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ラジオ局前、破壊された自動ドアの前、二体の蜥蜴が警戒に視線を投げていた。
全長はほぼ人と同じ、身には鎧、盾と剣を持つ。二足歩行。鎧の間には高熱の炎が噴き出す。――天魔、それもディアボロだった。
瞬間、輝かんばかりの明るさが、蜥蜴の目に入った。
海野 三恵(
jb5491)は車両の影から飛び出し、自身を星の輝きで照らした。蜥蜴は三恵に気付き、一体が足を鳴らしながら近づく。迫力はあった、だが三恵は撃退士だ。負けてなどいられない。
「シー、戦う、です。シーの海物に、勝てない、よ?」
魔法書を開いた。そこから出現した小さな魚は海を泳ぐかのように空を滑る。
九十九(
ja1149)は身を隠しながら、二体の敵が互いの距離を開けるのを確認した。
攻撃に入る三恵に、仲間の援護と踏み出した敵へ狙いをつける。
「蒼天の下、天帝の威を示せ! 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊」
蒼い光を放ちながら、弓が飛ぶ。その派手な色彩に気付き、後方の蜥蜴は防御をするも盾が間に合わず、矢は刺さった。前方の蜥蜴は後方を振り返ろうとするが攻撃が絶えない。
後方の蜥蜴は九十九の攻撃にたたらを踏み、持ちこたえた。
反撃、と九十九を探して首を回すと突進するが、そこには待ち構える者がいた。
「あまり時間をかけている訳にもいかないからな」
黒羽 拓海(
jb7256)は呟き、アウルを二振りの小太刀に集中させると練っていた気をも込める。飛び出した。
気配を隠していた拓海の傍を通り過ぎる蜥蜴に、背後から斬りつける。
ドゥッと倒れる蜥蜴と、その直線状で固まる蜥蜴。戦いながら誘導されていた前方の蜥蜴が、斬撃だけでない衝撃をあらぬ場所からぶつけられたのだ。
止めを刺すように、九十九が弓を放つ。
「火の、トカゲさん……倒した、です」
こくり、と頷いて敵が動かないのを確認する。
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局前に張り込んでいた二体の蜥蜴が交戦状態に入った。
その機を見逃さず、ジェンティアン・砂原(
jb7192)はしゃがんだ姿勢から片手で合図する。日下部 司(
jb5638)と織宮 歌乃(
jb5789)は素早い動きで地下駐車場へ入り込んだ。
下り坂は暗闇に包まれていたが、ライトを使用して前方を照らす。敵を警戒しながら折り返して地下二階へと向かう。
「――来ます」
何かの気配に、司は注意を呼びかけた。歌乃が息を飲み、ジェンティアンは警戒に目元をきつくした。
地下二階、上層から繋がる坂の影に隠れながら、三人はライトを消し息を潜める。ザッ、と荒っぽい足音が一つ分。
(もう一体は局への通用口近く、か?)
地上駐車場での様子を見るに、敵はツーマンセルを組んでいる。そのことから一方が見回り、一方が扉の警戒をしていると推測する。
近づく足音に、先制を掛けたのはジェンティアンだった。暗闇の中、狙いもつけず乱射した。
どこから来たのか知れない攻撃に、蜥蜴は盾を前面に防御態勢を取る。銃撃が止むや否や、フラッシュライトが蜥蜴に向けて点灯された。暗闇に慣れていた蜥蜴の目には眩しく、盾に身を隠したまま動けなかった。
盾にライトが反射する。駆けだしていた歌乃はそれを目印に、剣を振り下ろした。歌乃の髪色のような赤いアウルが獅子の形を成して剣先から飛び出し、蜥蜴に襲い掛かった。盾のある場所以外に牙が掠めていく。
猛攻が止んだ。蜥蜴はその隙を狙って盾を取っ払うと、距離の近い歌乃へ剣を振り上げる。だが、盾のない大きな攻撃モーションは隙だらけだ。眼にも止まらぬ速さで接近した司は蜥蜴が剣を振り落すよりも前にその腹へと槍を突き入れた。
「……ふぅ、これなら大丈夫そうだね」
ジェンティアンが息をつきながら言った。まだ敵は一体。しかし連携して一体ずつ対すればさほどの苦労もなく討伐できる。
「ええ、でも……一秒とて、惜しいのです」
沈鬱な表情で、歌乃は言った。局内にいたはずの局員たちの様子が分からない。殺されているのか、捕虜となっているのか。その不安が歌乃の心に暗雲をもたらしていた。
「もう一体を倒したら、この階を探しましょう」
必然、暗くなる雰囲気を払拭するよう、司は目先の話題を取り出した。
「……っ敵が、接近してきてます!」
警告に、時間はなかった。前方にあった車を破壊しながら、走る存在がいる。
先ほどの戦闘に気づいたのだろう。すぐさま司は迎撃体勢を取る。
「ウォオオオオオオ!」
猛烈な勢いの攻撃を散開で躱す。ジェンティアンが銃撃をするも、盾で防がれる。反対側にいた司は懐に潜り込んで、穂先を切り上げた。
痛烈な一撃に蜥蜴は体を浮かせて吹っ飛び、前方の車にぶつかって勢いは止まった。凹みから抜け出そうと、腕を動かした蜥蜴に、刃が押し込まれた。
それは鮮やかな赤色を纏い、美麗だった。だが、それを見ることなく目を瞠らせると、蜥蜴は絶命した。
「私の血で、一瞬を買えるならばいくらでも――」
言葉を紡ぎ、歌乃は剣を抜き取った。
「さぁ、次の階へ行きましょう」
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ラジオ局、屋上。
屋内へ続く入口の上、複数のアンテナが立っている。そこを守らんと、蜥蜴型のディアボロが二体、警備していた。
あるのは貯水タンクと、転落防止の柵、停止したヘリコプタのみで、視界は非常に開けている。そんな場所に襲撃しようものなら、通常は屋内に通じる扉からの侵入しかないだろう。局はそう高い建物ではないが、屋上ともなれば壁をよじ登るなどできない高さであるからだ。
――通常ならば、の話だ。
命図 泣留男(
jb4611)は夜空に輝く月を背に、敵を見た。そして、
「このガイアの輝きで眼を潰しちまいなっ!」
ブラックの皮ジャンの内側を晒しながら、星の輝きを使った。途端、夜にも関わらずメンナクを中心として昼間のような明るさを取り戻す。
二体の内、一体は盾を頭上に掲げて影を作ることで目つぶしを避けた。その盾に向かって、銃撃が飛ぶ。イリン・フーダット(
jb2959)による攻撃だ。
上空からの攻撃に、圧力がかかりながら盾で我慢強く防御する蜥蜴。もう一体はといえば、輝きをまともに見上げて目が潰れた。
「グァアアアアッ!」
碌に防御態勢も取らずに雄叫びを夜に響かせる。
「あなたはわたくしの攻撃に耐えられまして?」
ロジー・ビィ(
jb6232)は言うが早いか、翼での低空を止め、急降下した。構えるのは大剣。その刃は夜の闇を消し飛ばすかのような光を宿す。
それが、加速・重力・体重をも加え、蜥蜴を上から下に両断した。
相方の死に、ハッとして盾の防御を緩める蜥蜴。その瞬間、イリンが銃撃からラジエルの書で生み出したカードでの斬撃に切り替わる。
白いカード状の刃は蜥蜴に向かい、盾に弾かれて蜥蜴の背後にある地面に刺さるかと思われたが、次の瞬間、角度を変えて死角から蜥蜴の背に突き刺さった。
「グアッ」
バランスを崩して前から倒れ込む蜥蜴に、羽状のナイフが突き刺さる。
「存外呆気ないものですわね」
首からかけていた十字架から手を外し、ロジーは感想を言い放つと、ぐるりと踵を返した。
「ヘリコプタの足を潰してしまいましょう」
メンナクがアンテナに細工を施し始めるのを横目に、燃料がなければ飛べないだろう、とロジーはヘリに近寄る。イリンもヘリへと歩みを進めた。
と、その時ロジーの携帯に連絡が入った。局内の電源を一部、切るという連絡だった。
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「ギィッ!」
返した刃で斬り付けられた子鬼が悲鳴を上げて倒れたのに、拓海はさっと身を離して敵の次なる行動に備えるも、倒れた子鬼はそれ以上、動かなかった。
小さく息を吐き、後ろを見る。
蒼い顔をして、腰を抜かしている一般人。局員だろうその男性の横にいた九十九が万一の為にと構えていた銃を降ろすところだった。
現在は三階。既にエレベーター・エスカレーターなど一部機能は停止している。そろそろ、地下から来る班とも合流できるはずだ。
「シー、捜してる、です。AOI、どこ、ですか?」
保護した局員にAOIの居場所を知っているか、と尋ねるのも既に数度目だ。この局員にも他の救出した人たちと同じく、とある部屋まで護衛して別れた。
その部屋は戦闘中に偶然発見した。ベランダが設置されており、非常用ハッチが下部に接続されているのを確認した。避難はしごも設置されている。
と、そこに階段を上がってくる者たちがいた。一瞬、警戒に身を固めるも、顔を出したのは地下から入って来たジェンティアンたちだった。
「AOIは?」
ジェンティアンの言葉に拓海は首を振った。
「こっちは人質輸送に使われそうな大型車のタイヤを潰してきたよ。敵も、あらかた見かけなかったしね」
局の人たちには悪いけど、と苦笑するジェンティアンに拓海も自分たちも同じだと言葉を返した。
「――しかしね、AOIっていうのはなんなんさね」
悲哀の歌は嫌いじゃないが、と言ったのは九十九だった。九十九はAOIと直接対面したことがないため、書類上でのみしか知らない。そのため、AOIの行動がどういう目的を思ってどう行動しているのか、予測がつかないのだ。
その言葉に、屋上へ連絡する手を止めて歌乃は顔を上げた。
「そう、ですね。私は最初、彼女をローレライ――魔へ導く歌姫という印象を抱きましたわ」
美しい響きの歌は観客を魅了する。そして、それは観客にとって破滅への導なのだ。
歌乃は同じ歌い手として、彼女のその歌が許せない。歌乃が歌うのは人を守る、破魔の祈刀。緋剣の歌。歌を悪行に利用するAOIとは対照的だった。
「つくづく派手好きな歌姫様だよね。ラジオ局ジャックなんて」
随分と大胆な行動に出たものだ、とジェンティアンは言った。口元は笑みの形を取っていたが、瞳の色は辛辣だった。
「前回逃がしたのは痛かったな。今回、仕留めなければ――次を考えるのが恐ろしくもあるな」
拓海は眉を潜めた表情で、徐々に被害が大きくなっていくということを指摘した。
「でも、そうですね。今までは観客を狙っていたというのに、今回は局員を狙うという。主旨が違うのに何か、意味があるかもしれません」
ふと、その意味を考えようとした思考を、頭を振って追い出した。
今は人質の救出とラジオの放送を止めることが先決だ、と司は前に向き直る。
「(ここですね)」
そのONAIRと書かれた扉の前、身をかがめながら司は小声で言うと、背後に向かって頷いた。ジェンティアンが生命探知で見つけた場所だ。
微かに、扉の奥から何かがいるような気配がする。
もしかしたら他の局員の可能性もあったが、他の放送室が空であったことから、未だ放送が継続されているならばその場所以外にない。
「(1、2、)……3!」
ジェンティアンの合図とともに拓海は転がるようにして扉に体当たり、内部に侵入した。続いて銃を構えた九十九が侵入する。
「震えろっ!」
AOIの声と共に、拓海の身に何かが飛んできた。見えないながらも、それを回避するが一個が拓海の腕を掠めた。透明な、複数の刃による斬撃。
それは同時に九十九にも向かってきていたが、銃撃で飛んでくる刃の方向性を変えることで移動することがなかった。そのお蔭で第二・第三の刃の進路上には移動せず、被害は受けなかった。
だが、その間にAOIは狭い部屋から開いたままの扉に向かう。
当然、そこには放送室内に入らなかったメンバーがいる。待ち構えていたジェンティアンは聖なる鎖をAOIへ向けた。しかし、走るAOIを拘束するに至らず、接近してきた身に突進を受けた。
男女差、年齢差はあれどAOIは非力なる人間ではなくヴァニタスだ。ジェンティアンを押しのけ、廊下に出る。すぐさま三恵が本から魚を呼びだすと突撃させた。
しかし、AOIは素早く身を躱す。だが、そこまでだった。AOIの背が小さくなるかと想えた瞬間、その腕に獅子が食らいついた。
三恵の攻撃から、歌乃はAOIがどこへ回避するかを予測したのだ。逃げ道が一か所になるよう、三恵が攻撃で誘導したともいえる。どのみち、狭い廊下での出来事だ。逃げる場所など限られている。
痛みに顔を歪め、紙を振り乱して獅子を腕から引きはがすAOI。既に、彼女に逃げ道などなかった。
廊下の先には屋上から降りてきたロジーたち三人が、そして後方には歌乃を筆頭にして六人がAOIを包囲している。
「――詰み、ですわよ」
ロジーが笑みを向けて、AOIに放った。まさに、そうだ。
「……まったく、してやられたわね」
AOIは警戒を緩めないまま、そう応えた。
「そろそろギブアップしてくれない? かくれんぼも鬼ごっこも疲れちゃうよ」
どうにか逃げられないか、と算段するAOIを見抜き、ジェンティアンが声をかけた。
「そう言われてもね。一度死んだ身とはいえ、あたしも自分の命を諦めたくないの」
軽く肩を竦める様子に、不快を皆が感じた。言っている内容そのものでなく、AOIの態度の軽さに、だ。
どうにも、AOIは意志の薄弱が見受けられる。目的意識、何かを成し遂げたいという強い想い。自分が今この場で生き残りたい、その覇気が垣間見えない。
端的に言うと、底が知れなかった。何を考えているのか、まるで分らない。
「AOI、貴方は何だ? 何故ここを狙った」
固い物言いで、司は詰問した。
「観客を集めるのはもう無理かと思ったの。だから趣向を変えただけよ。無駄だったけど」
理由を告げるAOIだったが、その真意はやはり不明だった。
「――ねぇ、人間もお腹がすくでしょう? あたしたちも同じ、食べなきゃ生きてられないの」
だから、食べ物を取りに来ただけよ。
そう、軽く言い放ったAOIに今度こそ拓海は不快感を抑えられなかった。
「貴様……っ」
意気込む拓海に、AOIは笑みを向けた。
「暫く、こちらには来ないわ。ある程度の期間は人間界に手を出さない。だから、ねぇ」
見逃して?
グッと、歯を食いしばった。
「この局員にいる手勢はすべて帰還する。今回は人間の誘拐は一切しない。約束するわ」
魅力的な、提案だった。
AOIはまだ、余裕がある。この場にいる全員でかかって、打ち取れるか。その自信はある。だが、人質がいる。
(人命は、何よりも代えがたい――)
「呑みましょう」
切り出したのは歌乃だった。茶色いはずの瞳がまるで炎のようだった。その意志に迷いはない。苦りきった顔をしていた他の者たちは、ハッとした。
AOIの提案に、揺れていたのはAOIを倒すか人命か、ではない。悩んだのは、その誓いに偽りはないか、否かだと気づかされた。
「……いいだろう。その代り、きちんと人質が解放されたことを確かめさせてもらうよ」
ジェンティアンの言葉に、AOIは了承と受け取った。
「――本当だと思いますの?」
AOIと子鬼たちが手ぶらで、飛んでいくのを見上げながらロジーが苦言を呈した。
真意はわからない。未来の約束に、嘘か真かも確かめられない。
しかし、局員はすべて解放された。そのことだけは、確かな成果だった。