●
「行こうじゃねぇの、あの街へ」
そう、ヤナギ・エリューナク(
ja0006)が言えば皆が頷いた。
「ではまずは報告ですね」
鍋島 鼎(
jb0949)が携帯を取り出して学園へと連絡を付け始める。
彼らは青野というシュトラッサーが起こす植物サーバント連続事件解決のため組まれたスペシャルチームだ。これまで数々の戦いを乗り越え、青野の目的のようなものを見出した。
それにも拘わらず、青野の動きはここで一度止まった。
いつ、青野が再び動き出すともわからない状況で彼らの耳に入ったのは件の街近くに出現した植物サーバントの討伐依頼。
勇んで討伐に乗り出すも、青野主導の事件と証明づけるものはなかった。
外れか、と帰途につこうとした彼らの前にしかし――青野による追手が現れた。
連戦ではあるものの、敵を倒したのが現在だ。
「学園に報告もないまま戦闘に入らざるを得なかったからね」
まぁそんなこともあるよ、と幽樂 來鬼(
ja7445)。
「青野がいつ動くかわからないんだ。早く行って事件に備えとこうぜ」
夜劔零(
jb5326)がそう言えば、草薙 雅(
jb1080)は深く頷いた。
「うー、私は今は疲れたのです……。頑張る前に充電したいのですよ!」
安原 水鳥(
jb5489)は召喚していたスレイプニルの背にうずめていた顔を起こし、そう言うとスキルを解いた。
「一理あるね。待ち伏せなんてしてまであたしらをどうこうしようってんだ、漸く本気になったってことだろう」
こっちも万全にしとこう。地領院 恋(
ja8071)が言えば、虚空へ視線を投げていたViena・S・Tola(
jb2720)が向き直り、ぽつりと口にする。
「……あるいは既に……動き出している……そのための布石……」
「え――?」
声をもらした鼎に、何かあったのかと恋が視線を向けた。
はい、と頷きを幾度かした後、学園との連絡を終えた鼎が皆に呼びかけた。
「まずい状況です。既に青野は動きはじめています」
「街か!」
冷静を装おうと、眼鏡を取り出して言う鼎に零が早くも結論を出す。それに続いて早く行きましょう、と今にも言いだしそうな雅を前に、鼎は制止した。
正直、零と雅だけでない皆が焦りに表情を歪めさせていた。
「私たちは迎えが来るまでこの場で待機しておくようにと」
「そんな悠長なこと言ってられねぇだろ。――そうか、駐屯の奴らが?」
ヤナギは一度否定するも、街には様子見として数人の撃退士が常駐しているはずだと思いだす。
「……いいえ、かなり大規模なことになっていて人手が足りずに学園にも増援を頼んでいるとか」
複数個所に多量のサーバントが発生しているために街全体で住民避難をしているという、現状を軽く説明する。
鼎自身、電話越しのことだからと軽くしか説明はされてない。追って、資料を携帯の方に送るとのことだ。
「かなりヤバいんじゃないの、それ」
歯を食いしばるよう、歪めさせながら來鬼は言った。
「戦闘中であろう、と私たちへの連絡は後回しになったようです。今、増援部隊の方が街へ向かう最中なので、拾っていくと」
「私たちがそのまま行っちゃった方が近くて早いです! 待ってるだけなんて……」
勢い込んで主張する水鳥に恋は首を振った。
「街がそんな状況じゃ、入場規制とか通れなくしてる道もあるからだろ。それに、戦闘後で疲れてるあたしらがまんま向かっても、役に立たない」
「今は回復、でござるか……。今にも助けを求めている人々がいると考えれば無理を押したくなる思いがあります」
グッと、拳を握りこんで雅は言った。普段ならばこの状況、後先を考えることもなく進んだだろうが、先の戦闘で起死回生を使ってしまっている以上、無理などこれ以上押しようもない。
「――追加情報が来たな。街に入った後の作戦を考えて置こうぜ」
じっと話を聞いていた零がそう言って、皆で内容を読み込み始める。
(ぜってぇ許さねぇ!!)
煮えたぎる心情を、けれど零は不快気に顔を歪ませるだけに留めた。
戦闘後の疲労状態を狙って待ち伏せ攻撃をするという、その卑怯な作戦だけでもはらわたが煮えくり返る程であったというのに、その実、街で暴れていたと考えれば――後先も考えずに街へ、青野の元へ行き、スキルを使用する前に己の拳をぶつけたい気分になる。
しかしだ。一方で零の中にある冷静な部分が、きっちりと作戦を練って確実に仕留めようと強く誓わせる。
「――以前、青野が仕掛けた五か所だ」
街の現状を記した資料に目を通し終えて、恋が言った。
街に出現したサーバント。その最初に出没したと思われる、目撃情報の場所が恋たちが五芒星を描いたと推測した例の五か所地点と全く重なっていた。
「ということはですよ、今街にいるサーバントたちは私たちが倒したサーバントなのです?」
「プラスして、今さっき倒した木偶じゃねぇのか。徘徊してるっていうやつは」
また出たのか、そう言ってヤナギは煙草を吸い始める。どうにも気が急いて仕方がない。
「あいつらの弱点や核の位置、戦い方。――情報は力だ、前線に伝えとこうぜ」
自分たちが表立って戦わずとも、アドバイスという形での参戦は体を休めながらもできるというもの。
木偶については最新の情報であるし、青野との対峙を続けてきた自分たちならば有効打や対処法も心得ている。自分たちならではの戦い方だ。
「おぉ、それは名案! では早速……」
雅が学園に向けて情報伝達周知の旨を伝えようと文章を作成し始める。
「で、どうする。街に入って、私たちも避難誘導に回る?」
それとも、と言って來鬼は言葉を切った。後に続く言葉は言わずとも伝わる。
「こんだけ派手なことしてんだ。青野も、俺たちもこれが最後だ」
ヤナギが言葉を添えた。
「これじゃ、青野を叩かねェわけにもいかないだろ。あたしは――青野の方へ行く」
強く、表明する恋。
鼎は手に握っていたライターの蓋を指で開け、閉じた。
「なぜこのようなことをしたのか。そのことを知る機会を得られなかったのは非常に残念ですが――蛮行はここで留めなければなりません」
火力は十分に残っている。
「青野は大量のサーバントを街に放つことで、俺たちの眼を欺くつもりだ。つまり、青野は――ここにいる」
樹木を生やしたという丘、そこを地図に示して零は言った。
(守って見せろ――だったな。俺は、守って見せる!)
以前、青野が零に向けて言った。煽るような言葉だ。
今まで散々人の命を奪って来て、試すかのような言葉を放った。どうせ守る事などできないと、高をくくっているのだ。
「青野は最優先で倒すべきだ。だが、サーバントを放っておくわけにもいかない」
零の言葉。街と青野への対処、両方を一緒にするには時間がかかりすぎる。両方共をするというのならば班を分ける必要があるだろう。
「サーバントは私に任せるです。終わったら、すぐ飛んで行けるのですよ!」
「……避難の誘導には少し……案がございます……」
「拙者は青野に一言申したくは思いますが、人命優先! 多くの尊い命を前に、背を向けることはできませんっ」
水鳥とヴィエナ、雅の三人がサーバントに名乗りを上げた。示していないのはヤナギと來鬼だけだ。
口にしていた煙草を指に挟む。少しの間を開けてから、ヤナギは役割を述べた。
「街中にゃ、サーバントが徘徊してる。感知のできる俺がいた方が都合良いだろうしな、そっちいかせてもらうぜ」
(それと、術式の破壊もできれば一石二鳥ってとこか)
五つ箇所での事件発生と五芒星の一致。術式結界とみられるそれの、どこか一角でも崩すことができれば結界は効力を発揮できなくなるとみて、まず違いない。
ただし、何が術式をなしているのかが不明だ。現場で騒動を起こすことなのか、サーバントがそこにいることなのか。血を必要としているのかもしれないし、何某かの装置が必要なのか。そう言った術式形成の起因に見当がつかないため、とりあえずはサーバントを倒すというのが第一目標だ。
残るのは、
「ウチは青野班に回る。けど、戦力が少なくないかなぁ」
青野との戦闘は幾度かあった。しかし、何度も逃げられている上に、シュトラッサーの実力は甘く見てはいけない。
青野に不意打ちをできた、山菜採りの時でさえ取り逃がしている。あの時は六人で囲んでいた。それよりも更に人数を減らして対峙し、倒すことができるのか。
不安は各所に拭えないまま、迎えの車に乗った八人は件の街へ向かう。
●
「なんて光景だよ……っ!!」
(俺たちが囲まれている間に、ここまでの状況になっていたなんて)
昼ごろに学園を出て移動、戦闘二回にまた移動。たったそれだけの行動で、しかし日付は既に変わってしまっている。
朝日の昇る街。そこにあるのは憔悴しながらも走り回る撃退士たち。逃げ惑う人々。
街の中央にある丘に出来上がった黒い樹木が、陽の光を浴びて街に長く影を落としていた。
車から降りた零は呟き、俯いた。
食いしばった歯がギリ、と音を立てる。その強くしかめられた眉の下にある瞳は片方が銀色の光彩を帯びていた。――憎悪に燃える、銀の右目。
「青野ぉ――っ!!」
ここにいない青野へ、來鬼は怒気を露わにした。
(やはり知らずにいてよかった)
このような光景を生み出す青野という人物。同情の余地はない。その思いがどこに向けられていようと、変わる必要性はないのだから何も知らないでいい。
「急ぎましょう!」
鼎の言葉に、恋は沸々とわき上がる怒りを足へ力を込めることで方向性を変えた。
逃げてくる人の波に逆らい、街の中央――青野の敷いた五芒星の中心点なる丘へと脇目も振らず走った。
車から降りたヤナギたちはそのまま他の撃退士と共に駐屯所となっていた場所に向かった。既に到着している学園の撃退士たちと、現地に滞在していたと思われる撃退士。
無線等で他と連絡を取り合う者、地図を前にペンを取る者、慌ただしく駐屯所から出ていく者。様々、忙しく立ち回っていた。
「被害状況はどのようになっていますか?」
雅はそのうちの一人を捕まえて尋ねた。
五か所のサーバントと徘徊サーバント、そして街住民の避難度。避難が終わっていない場所。最新の情報を聞く。
「はい、応援を受けて徘徊サーバントに対応しつつ住民避難を急いでいますが、混乱が酷く……」
「では、五か所のサーバントは手付かずなのです?」
頷く撃退士。
「事前の情報から、現場にいた撃退士たちはサーバントの手をかいくぐって避難民を誘導しています。未だ、然程の人的被害は出ていない状況ですが避難が終わるまでにはやはり相当の時間がかかるでしょう」
その返答に、ヤナギは眉をしかめた。
地図を見る限り、避難は西から南回りに東――街の出入り口へと誘導している。今現在、完全に避難の終了した場所は東地区と南地区、中央部のみ。
山に方々を囲まれている地形が故に、街で入口付近のみが避難が素早く終わり、遠い場所はそれなりに時間がかかっているというのが現状なのだ。
「なら、俺は街の様子でも見ながら蛇花――街の西端へと行かせてもらうぜ」
あそこは特に、人的被害が大きかったからな。そう、ヤナギが言った。
「青野の目論見を完成させるわけにゃいかねぇ……。ゲートができる前に、術式を崩す」
ゲートができてしまえば、今避難に動いたところで後の被害はより大きい。
(青野は俺たちに見つかることも承知で五か所も事件を起こした。つまり、それはやんなきゃいけなかった過程ってことだ)
「不自然な順序での事件は明らかに五芒星を描いていた。つまり、ゲートに関してこの五か所は要。一点でも崩しゃ、機能しなくなると見た」
「では私もそちらへ……避難民の誘導には下水をお使いになれば……サーバントに出会わず済むかと……」
五か所のサーバント付近からの住民避難さえ完了してしまえば、あとは地下に降りればひとまずの危険は避けれる。
けれどその前に、地下に目を持つ蛇花だけは何としても討っておきたいところだ。
「私は一番突破しやすそうな北西の蛇蔦を狙うです!」
敵の数はいまいち判明していないと聞いて悩んだ後、水鳥は言った。
個体の強さだけで言えば、蛇蔦が一番弱い。敵の数がどれも複数だというのならば倒しやすいものから対処すべきだということ。
「五芒星の一角を崩すというのには賛成なのですよ。でも、蛇蔦は動けるので注意なのです」
蛇蔦の特徴として、他サーバントにはなかった自立移動が可能なこと。つまり、一定の場所から動かない他のサーバントに比べ、住民や撃退士たちが戦闘を回避しようとしても追跡したりして戦闘に陥ってしまう。
「ふむ。……なら拙者は安原殿とともに参りましょう。ヒリュウの目で視野を確保しつつ、参戦したく。敵の数と戦力にはチームワークと強気意思で乗り切りましょう!」
街の出入り口となる東から最も遠い、西・北西の二つを抑えるために、二人ずつの二班構成で分かれると決めた雅たち。
「我々への指示は何かありますか! 現在はまとめ役もおらず混乱している我々ですが、学園からの応援も受けて既に戦力的には十分なはず」
我々も向かいますか、と尋ねてくる撃退士に雅は首を振った。
五つ箇所の内、残るは三つである。地点と地点を結ぶのならば、五芒星から二点を取ったところで残るのは三角形だ。用心を重ねるならばもう一点、三点目を破壊した方がより、結界としての術式が壊れるだろう。
しかし、だ。この混乱の中でさらに人手をサーバントへ割けるわけもない。
「拙者のヒリュウならば街の様子は俯瞰できるのでござる。何かあれば連絡を入れます!」
互いに検討しましょう。そう、拳を握りしめて雅は激励をする。
では、散!
雅の声掛けで、二方向に分かれた。
雅は早速、ヒリュウを呼び出し、その視界共有の能力で逃げ遅れた人や隠れた人がいないか、徘徊サーバントの位置情報を取得していく。
その隣で、水鳥は震える手でぎゅっとロザリオを握りしめた。
(が、頑張らないと……です!)
自分よりも年上、戦歴も多いだろう撃退士の皆が慌て、苦心している。避難民に関しても多く、混乱している。この状況に、自分の責任感に水鳥は苛まれていた。
(それでも、この事態は私たちが最後まで見届けるべきなのです!)
青野を止められなかった。企みを知ってなお、逃がしてしまった。だからこそだ。
青野を今、止めることができるのも自分たちしかいない。
「ゴーレムがいたでござる!」
リンドブルムを手に、雅が駆ける。
(青野健殿……人間を止めてまでなしたいという理由。その強い気持ちは感心しますが、我等は世界の平和を守るが宿命!)
「拙者は、拙者の守るべきもののために戦うでござる!」
足を挫いたように、地面に座り込む男性の前に、覆いかぶさるがごとく立つ植物ゴーレム。それを見た瞬間、雅は踏み込んで人型の心臓部へ背中から刃を突き刺した。だが、それで終わりではない。
「こっちなのです!」
水鳥が座り込む男性に肩を貸しながら、手榴弾を投げた。たちどころ、煙が周囲に充満する。
「拙者には、視えているでござる!」
ヒリュウの視界から、煙の中の影に敵と知った雅が煙をものともせずに電光石火と一方的に攻撃を続ける。
●
感知に引っかかるものがあり、ヤナギは足を止めた。問題の区画、街の西端の手前だった。
手を広げて、ヴィエナを留めると曲がり角を覗き込む。
「おいおい、これは――ひとつふたつ何て些細なもんじゃねぇぞ……」
数々の店が立ち並ぶ大通りの両側。いくつもの路地が並ぶ、そのどれもに蠢く存在がある。
「……確か……問題の路地は反対側が川に繋がっていたはず……」
そう、呟いてヴィエナは事件当時の事を回顧する。
「い、いやぁあああ!!」
路地から悲鳴が上がった。
(逃げ遅れかっ!)
ヤナギは素早く跳躍して路地に入った。地面に倒れる女性と、その足に絡みつく蔦。その蔦の繋がる先には赤い実を携えた花がある。
路地を進んだヤナギは花を正面として女性を背に庇った。後を続いたヴィエナがサッとアンドラスソードで女性の足元の蔦を切り裂き解放する。
「……当該路地はどうやら……より先の方かと……看板を覚えております……」
「じゃぁ、そっちは任せる。俺はこいつらを、片付ける」
女性を立ち上がらせながらヴィエナが言えば、ヤナギは犇めく蛇花を正面にニヤリ、笑みを浮かべた。
「足元に……お気を付けを……」
そう、言ってヴィエナは女性と共に路地を出た。
事前に資料で読んだ、蛇花の攻撃。近寄った獲物の注意を地上で引き付けながら、地下から蛇が接近、一瞬にして絡め取るというもの。
(地面は得策じゃねぇってんなら、壁なら大丈夫だろ)
ヤナギは跳躍し、壁を蹴った。後を追うように、蛇顔の蔦が登って来たが、気にすることはない。
細い路地の壁だ、左右の壁を蹴りながら路地の奥に向かうように登ってゆけば蛇は的を外し、ヤナギは敵の攻撃範囲外から抜け出る。
振り返ったヤナギの目に入ったのは、ヤナギを追いかけて随分と伸びあがった蛇。そして、ヤナギに背を向けたままの本体。
「蛇同士でも属性がちってもんがあんだゼ――火遁・火蛇」
ヤナギによって生み出された炎はうねりながら蛇花を一気に呑み込む。
壁を蹴ることを止めたヤナギが再び地面に落ちる以前、路地を炎が舐め、すべてが消え去っていた。
「……さて……と。次行くか」
「……他にどなたか……お見かけになりましたか?」
路地を抜けて大通りに戻ってきたヴィエナは助けた女性に尋ねた。
「他に七八人いたはずだけど、変な化物に追われて逸れちゃって……」
蛇花のいるこの路地周辺を、ゴーレムのサーバントが徘徊していたのだろう。上手く誘われ、路地に逃げ込んだところを捕らえられたとみて違いない。
「では……私はその方々を探します……路地には入らず何かあれば声を……」
この区画より離れた場所に移動させた方が良いかとも思ったが、どこにゴーレムがいるかわからない。そして蛇花の駆除が終わらない以上、地下へ降りることも危険だ。
一時的に女性を大通り、という黙視しやすい場所に残して周囲の路地を伺い見る。
(引きずられた後……あれは……)
何者かの靴のようなものが見え、ヴィエナは路地に入り込んだ。
「やはり……」
蛇花犇めく路地。蛇が何か、大きなものを覆っている。
隙のある本体に腕を差し向けた。無数の珠が風に吹かれた様にシャラリ、音を立てた。
生み出される蒼の風が紅い実を切り裂く。
ゴトッ
本体を失った花は花弁を散らし、大きなものを覆って蠢いていた蛇も途端に息絶える。
「間に合えば……」
息のなくなった敵から視線を外し、しゃがみこむとソードを使いつつ蛇を引き剥がしてゆく。見えたのは、人。
(微かに呼吸がある……)
蛇にかみつかれてなのか、全身に裂傷があるその人物を抱え、先ほどの大通り――女性の下へと向かう。その途中、見覚えのある看板を見つけた。
逃げ惑う人々がいた。
押し合い、怒声を上げ、批難しあう人たち。そこには混乱が広がっていた。
けれど、零は走った。人々の様子に気が向きつつも、仲間がいるのだからと。
嫌な予感がする。いや、それはもはや警鐘に近い。早く、早くと気が急いてたまらない。昨日から、随分と焦らされたのだ。
丘の上の樹木だけを見つめ、草を踏む。そして、
「青野ぉおおおおお!!」
登り切った丘の上。愛想の良い笑みを浮かべて立つ、枯れ草色のコートの長身男性――青野健。漸くの対面だった。
「早かったね」
ひらひらと手を振って、皮肉を告げる青野。その背後には黒い樹木の森。
「下には俺が用意した大量のサーバントたちがいただろう。人を護らないでいいのかい?」
「てめぇの策には載らねぇよ。あれは俺たちの気を退くための囮だ」
あれほどの数のサーバントを街に放った。それが最初からできるならば楽に行動できたにもかかわらず、青野は少しずつ、出し惜しみするかのようにサーバントを各地にばら撒いた。
山菜の時にはサーバントを使うことさえしなかった。つまり、数には限りがある。青野は今、防御を持たない。
「ふぅん? その割に人数が足らないようだ。全員なら、まだ可能性があったものを」
青野への追手である恋あちが八人であることは既に、青野も承知である。
そして、六人で奇襲をしてなお逃げられるという失態を犯したことも確かにある。だが、今はあの時とは違う。
「てめぇを倒せば全部、終わるんだよ」
倒せるか否か、ではない。倒す。
強くなったという自負はあるし、青野についても了解している。その戦い方、性格、目的。だからこそ、恋たちには勝機があるのだ。
「倒せなければ何も終わらないさ。それに、これから始まる」
終わらせる、と言った零に青野は笑みを崩さないままこれからだと言った。
(これから始まる、確かに。ゲートが作られれば――)
「ンなことにはならねぇよ。アタシが、止めてやる」
恋はいつでも飛び掛かれるよう体勢を低くして足に力を入れた。
「そうだね、今なら、俺を倒せば終わるかもしれない。だが、以前にも言ったはずだ」
俺もシュトラッサーだとね!
言葉尻に沿うように、青野が腕を上げた。それと同時に、いつの間にかその手に握られていた蔦がしなり、鞭のように零へと向かった。
零は向かってきた蔦が事前情報の通り、ただの植物であることに気付き、素手で振り払った。その隙に、恋は走り、青野へと距離を詰める。
「お互い譲れねぇモンがあんなら楽しい喧嘩になりそうだなァッ!」
槌を振り上げた恋に、青野は後退して避けると素早く身を翻して森へと入ってゆく。
「待ちなさいっ! ――八卦石縛風」
制止の声を上げるも、止まるはずもない。鼎は走りながら砂塵を操る。巻き上がったそれはサッと広がりながら青野を包み込もうとするも、その間に植物の壁が割り込んできた。
「くっ」
砂塵を更に操作して、再び青野の背に向けるも、その背は森の中へ入り込む。
その直後、青野の背を追うようにして闇色の炎が森に激突する。だが、炎のぶつかった樹木は燃え落ちるも、そこに青野の姿はなかった。
「――チッ」
零は舌打ちし、その背に出現していた死神のような影がゆっくりと薄らいでいく。
その間にも、燃えて窪んだ森の一部が他の蔦によって補われ、元の姿を取り戻さんとしている。
(そうか、ただの植物だから攻撃以上の効果がない)
アカシックレコーダーは自然の炎を使用して攻撃するが、アウルを炎に模しただけの攻撃では、サーバントに炎のダメージを与えることはできてもただの植物に延焼といったような効果は望めない。
青野の、特性の利点に今更ながら気づき鼎はほぞを噛んだ。
「森に逃げ込まれた以上、追わないわけにはいかんね」
來鬼の言葉に、三人は頷いた。
●
「相手のフィールドに入ることになります。分断されないよう、気を付けましょう」
火陣球を使って前方を破壊しながら進むということで、話をまとめる。
青野がどこにいるのかは不明だが、わざわざ中央へと生やしたこの森。早々破壊されてよいものではないだろう。
攻撃がより遠くまで届くよう、樹木の絡み合っているのが薄い場所を慎重に捜した。
「触れてはならぬ、触れてはならぬ――……道を拓くは深紅の天焔!」
生み出した炎の球体が、森を叩き貫く。焼き切った先、少しの空間があるのが見えた。
「今のうちに!」
そう言って、鼎は先陣を切った。
そこは約五メートル四方の小さな空間。けれど、何もない。青野も出てくる様子が見えない。ただ、そこだけは樹木の枝が浸食をして来ない。
「戦うための場所、ってこと?」
不自然に開けられた空間。しかし、そこにいても仕方がない。
鼎は次の場所へ移動すべく、壁の薄い場所を探し、火陣球を放った。
鼎、恋、來鬼、零の順番にその空間を走り抜けようとし――
「そっちじゃないよ」
「あいつ――ッ!」
違う樹木の隙間に、零は青野の姿を見た。
勢いのまま、壁を抜ける前に青野の方へと向かう零。それを追うように、來鬼も方向転換をした。
もちろん、恋と鼎も追おうとしたが、その前に空間の間の壁が閉じはじめる。
「なんていうタイミングで……!」
先ほどとは逆方向――今までいた空間に向けて鼎は再び火陣球を放つ。だが、そこに零と來鬼はもういなかった。
「青野を追って行ったか」
そう、冷静に恋は状況を判断する。
(くそっ、上手く分断された)
やはり、懸念通りだったというわけだ。
戦力不足。時間稼ぎのために逃げ回ればいい青野と、追いつつ攻撃をしなければならない恋たち。追いつめるには、一歩力が及ばない。
「――このままだと、本当にタイムリミットが……」
何も空間に、恋と鼎は佇んだ。
「青野ぉ! どこ行った!」
青野を追った零は鎌鼬で植物の壁を切り裂きながら次の空間へ入っていた。來鬼も一緒である。
だが、当然のごとく青野の姿はない。
「ここは俺の能力が支配する森。君たちに勝ち目はない」
声だけが木魂するのに、首を巡らせながら手当たり次第に風の刃を周囲に散らす。
木々は次なる空間を開けるも、そこに青野の姿はない。
声が聞こえる以上、すぐそばにいるはずなのだ。穴が塞がるにしても、こちらの攻撃等の状況が見えていなければ修復もできないのだから。
だが、
「くそっ! 姿を見せろ!」
卑怯だ、という零の挑発にも関わらず、青野は姿を見せない。
姿を見競る必要性も無いからだ。
「あぁ、イライラする! そんなに広くないはずなのに一体どうなってんだっ」
來鬼が周囲に武器をぶつけながら、そう口にした。
それに、零はスッと冷静になった。
(そうだよな、――そんなに広くはないはずなんだ)
ひとまず、攻撃をするのを止めて考え直す。
「どうした、もう終わりか?」
からかうような声が未だ降ってきてはいるが、それは無視だ。攻撃する気配もない。
(やっぱ、時間稼ぎかよ……)
自分が辿った道と、5メートル四方の空間に出た回数。そして森全体の大きさを考える。
そうすれば、どこからか破壊音が聞こえる。別の小空間にいる恋と鼎が道を拓くために何かをしているのだろう、と当たりがついた。
(森の大きさはせいぜい25メートル四方。てことは、両側から同じ方向に攻撃を当てれば、どんなに離れていてもほぼ道は開く)
零の持つ鎌鼬のスキルはおよそ、直線距離にして12メートル。一つの空間が5メートル四方なので、壁側から攻撃を当てれば最短距離で届く。
音の聞こえる方向に、零は三回目の鎌鼬を放った。
「……そこで冷静になるとは、思わなかったな」
君、前回も思ったけど馬鹿じゃないね。小さく、青野は呟いた。
恋、鼎、零、來鬼。分断した四人が、再び集合している。
「漸く、観念したのかよ」
大樹の枝の上に姿を見せた青野に向かって、零は言った。
「青野、お前は、ゲームオーバーだ」
そう、言いながら零は黒炎を青野のいる枝に放った。
正面からの直接的攻撃に、青野は枝を蹴って回避した。青野は地面に着地し、立ち上がろうとして――
「終わらせるって言っただろうがァっ!」
恋が咆哮を上げながら青野に向け、槌を振り下ろす。
青野は能力を使用しようとし、それが使えないことに気付いた。間一髪、それを転がるようにして躱す。が、そんなことは当に読んでいる。
カチンッ!
青野の逃げた先には鼎がライターを放っておいた。それが、アウルによって着火、爆発をする。
「ぐっ!」
植物の盾は脆く、青野は片腕を犠牲にして身を守るも爆風は身を飛ばし、青野の体は樹木に激突した。
「護るべきものの為にそれ以外を壊すというなら、反対に壊されても文句はねぇな?」
再び、咆哮とともに技の使えない空間を生み出した恋が確認を取るよう、青野に言った。
「は、はは」
追いつめられて、なお笑みを崩さない青野。いや、更に笑みを深めた。
皆が眉をしかめるのも当然。だが、青野としては単純なことだ。
「もう、ゲームオーバーだ。――君たちがね」
時間稼ぎは、既に姿を見せた時点で必要が無くなっている。
ヴィエナはハッとして、丘を振り返った。
路地の蛇花を倒し終え、逃げ遅れた人たちに地下を通って街を脱出するよう説明していた時だった。
「あれは……」
件の路地にて蛇花亡き後に何か、術式を構成するものがないかどうか、改めていたヤナギは空を見上げた。
「安原殿!」
スレイプニルを召喚した雅は水鳥に呼びかけた。
「やばいのですよ……」
ギュッと、手に力を込めた後、水鳥はロザリオを離した。
その視線の先、空が割れていた。