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「やはり外れでござるか……」
草薙 雅(
jb1080)は呟き、立ち上がった。しゃがんでいた際に膝へついた砂を払う。
今しがた倒したサーバントの遺体を詳細に見聞してみるも、そこに核と呼ばれるものは見当たらない。
「植物系サーバントとはいえ、青野の起す一連の事件とは関係ない、そう捉えるのが妥当でしょう」
鍋島 鼎(
jb0949)は一時的に掛けていた眼鏡を外し、鞄をごそごそと漁り始める。
日差しの強い空の下、水分補給にと持ってきたコーヒーを飲み始める。
「無駄足じゃねェか。この暑い中ここまで足伸ばしといて」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は戦闘後の一本と吸っていた煙草の煙を吐き出しながら言った。木の幹に背を預けたまま、木の葉を透かしてまで届く陽光に目を細める。
「前回、青野は街の外にいた。街の外で事件が起こる可能性も十分あり得た、だから俺らが対処したんだろ」
結局、外れちまったが。武器をヒヒイロカネへと戻しながら夜劔零(
jb5326)も言う。
「青野ちゃんもねぇ、天使側のくせ天使嫌いってどういうことなんか。はっきりせぇい! って感じだし」
幽樂 來鬼(
ja7445)は一瞬、マジギレしつつも言って見せた。その本音、暑さに切れていた。東北のくせに暑いとはどういうつもりなのか。夏だからなのだが。
「……やはり街際とはいえ……街外……ということなのでしょう」
街中こそ、核心であり、青野の目的であるとViena・S・Tola(
jb2720)は推測する。そのことからも、前回の遭遇は計画には無関係。青野にとっての予想外であったのも頷ける。
だがしかし、街中での事件五つが目的であったならば既に目的は達成されている。次の行動に移ってもおかしくはないというのに、音沙汰ない。それは不自然だ。
青野の目的、そして根城さえも街にあることは確実。別働隊は未だ街内部にて異変がないかと駐屯しているにもかかわらず、そちらにも何の変化はないという。
「アタシらがわかってないだけで青野は動いてんのか? ――くそったれめ!」
手がかりなしは相変わらずかよ、と地領院 恋(
ja8071)は悪態ついて地面を蹴った。八つ当たりだとわかっているが、他のどこにも不満の吐き出しようがないのだ。
今まで、たくさんの犠牲があった。撃退士の定めとはいえ、犠牲が出てから、異変が明らかになってからしか動けない。それが、前回は敵の意表をついて攻撃できた。
だからこそなお悔しい。人質を取られて追いつめきれなかった。人の命最優先、それは本心から感じているが青野をこれ以上野放しにすることも許せない。
(あいつは、アタシらをおちょくってるのか……っ!)
動かない。それは不審でしかないのに、どうすることもできない。
「とりあえず学園に帰るですよ! 討伐はしたし、暑い外とはさっさとおさらばなのですっ」
暑さによって大分削り取られてはいるが、空元気とばかりに元気よく言って見せる安原 水鳥(
jb5489)。
通常、依頼時等の出動の際にはディメンションサークルを使って該当地区周辺までひとっとびする。一方、帰還の際には公的交通手段を使用して、時間とお金をかけての移動になるのだ。
青野の引き起こした事件ではなかったものの、街近くまで来てしまった以上、ここからは学園まで引き返さなければならない。日中の日差しが暑い中を駅へ向かって八人は足を勧める。
と、曲がり角の先に並木道が見えた。ザァっと風が吹き、誰もが視界を木の葉で覆われた。その瞬間。
「……っ!」
息を飲んだのは誰か。
一瞬で警戒に身を低くし、ヒヒイロカネを活性化させる。
「背を合わせろ!」
恋が叫んだ。皆、手前に武器を構えたまま一歩ずつ距離を詰めて背を向け合う。
「囲まれた……!」
雅はグッと、リンドヴルムを掴む手に力を込めた。
「あながち、まったくの外れじゃなかったってことか」
アルビレオを握りながら來鬼は目を走らせる。円陣が如く取り囲む敵は植物蔦で全身を構成された人型ゴーレム。気配からしてサーバント。その数、十。
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「……待ち伏せ……何やら思惑がある様子……どなたに命を受けたものか……」
ゆらり、二メートルはあろう姿は威圧感があるが遅い動作と、その様子から知能が低いと見える。ともすれば、標的を見定めて囲い込みなぞ思いつきそうにない。誰かが命令を与えたと考えるのが自然だろう。
「け、あちらから殺しに来たか」
悪態をつきながら恋は敵の隙を探した。ゴーレムに武器らしきものはないが体躯を考えれば防御面は優れていそうだ。
鈍重な拳の突出しを軽く躱すが地面に重い衝撃が走った。見れば拳がコンクリートの地面に少しめり込んでいる。パラパラとコンクリの欠片を落としながら拳を引き戻す姿に攻撃力もあるのだと納得せざるを得ない。
「青野がどういう考えなんか、今はいい! ここを切り抜けんとぉ!」
蔦で全身を構成されたゴーレムはその目元、暗く陰になっていて見ることはできない。空洞なのか、それとも目玉のようなものがあるのか。それでも來鬼は視線のようなものを感じ、受けて立つように強く睨み返す。
「まずは核があるか探すのが先決、てこたァな」
防御・攻撃共に優れているゴーレムでも素早さはない。それと同じに、青野の従属する植物サーバントには核と呼んでいる弱点部分が必ず存在する。
とはいえ、核のある場所はサーバントごとに異なっている。紅く輝く拳大のそれは今回、一見しただけでそれとわかる場所にはないようだ。
「見当たらないでござるよ! それに、切っても切っても倒れない!」
攻撃あるのみとばかりに雄々しい剣を振り上げてゴーレムを斬りつけていた雅が叫んだ。分厚い身体のどこを切ってもすぐさま新しい蔦が傷跡を覆い隠し、核を発見しようとじっくり検分することもできない。その間にもゴーレムの体中を取り巻く蔦は鋭くしなり、雅は手向かう蔦を切り落とした。
「それならそれで上等だ。全部叩き潰してやるからよ、覚悟しなァッ!」
恋は槌を横薙ぎに振り抜き、ゴーレムたちは背後へと押し返された。槌は攻撃力が高い分、攻撃へ転じる前に隙が生じやすいが動きに精彩のないゴーレムを相手に当てるには十分だった。
「目の前のデカブツもらったァアァッ!!」
(今ここで、死ぬわけにゃいかねェんだッ!)
「連戦だぜ、こっちは……!」
ヤナギはそう言いながら今自分が使えるスキルを確認した。先ほどの戦いで体力の消耗はもちろん、スキルも幾度か使っている。それはヤナギだけではない。
雅と水鳥の様子を横目に見る。バハムートテイマーは、自らが契約した召喚獣を呼び出し、自らと力を共有しながら戦うのが基本スタイルだ。普段から剣を嗜む雅はまだしも、水鳥が銃を片手に戦う姿はあまり余裕があるようには見えない。接近されないよう、捕らえられない様にするのが精一杯のようだ。
「こんな事なら、他にもジュース持ってきた方が良かったですね」
鼎は向かってきたゴーレムの拳を一歩横にずれて回避した。的に当たらず、地面に激突した攻撃は地面を揺らしながらコンクリートをひび割れさせる。だが、それでおわりなわけがない。地面に突き刺さる拳からは複数の蔦が伸び、鼎は飛びのいた。
地面に足がついた瞬間、練り上げたアウルを目標地点へと飛ばす。
ぐにゃり。視界が歪む様は鼎ではなく、ゴーレムの方だった。奇門遁甲による方向感覚の狂い。ゴーレムの動きが怪しくなる。
(奇襲だなんて、――やっはりアイツは敵だ! 人類の、敵……!!)
青野健。シュトラッサー。植物を操る。それ以外のことはあまり知らない。だが知る必要はなく、知りたいとも思わない。敵。それだけわかっていれば零にとって十分だ。
心の中にある憎悪が強く、深くなるのを零は感じ取っていた。
「人数で攻めて俺らに勝てると思ってんのか!? それは弱い奴の考えってもんだぜっ!」
奇襲というのは当然だが相手に有利だ。だが、だからといってただ一方的にやられるつもりはない。されたことはやり返す――十倍、いや百倍返しだ。
「俺が、一匹残らず消し去ってやるよ!!」
零の示した先、魔方陣が急速に描かれ範囲内に爆裂を引き起こす。
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「ヴィエナさん!」
鼎のスキル奇門遁甲による方位感覚の狂い、そして零の引き起こした爆発。この両方が同時にかなった。この期を逃すまい、とヴィエナへ合図する。
それを即座に読み取ったヴィエナは武器での攻撃を停止、その背に翼を出現させた。
「……空から抜けさせていただきます……」
スッと浮かび上がったヴィエナが円陣を抜けんとする。だが、方向感覚が狂ったとて無茶苦茶に攻撃を放てば一つぐらいは当ろうものだ。
的外れに繰り返される、蔦の鞭の一つがヴィエナの羽を打とうとした。そこに、雅が割入った。
「おぬしは拙者が相手でござる!」
体は限界だ。攻撃を手にした武器で受け止め、衝撃に雅の意識は遠のきかけた。だが、
(拙者は限界を超える!)
起死回生。意識を繋ぎ止め、蔦を刻んだ。
「今こそ復活の時! 必ず十倍返しにして殲滅するで御座る!」
スレイプニルを高速で召喚。リンドブルムを片手に、その背に乗り込む。
(抜けた! でも、一人だけじゃ……!)
雅の飛込みに寄り攻撃を免れたヴィエナが鼎たちを囲むゴーレムたちの背を越えた。すぐさま攻撃の態勢に入るのが見えたが、未だ核も見当たらなければ一人での挟撃は逆にヴィエナを危険にさらす。
もう一人、あともう一人でも円陣から抜けられれば。そう、思いながら鼎は書を片手に前に出ることもできずにいた。
「スゥちゃんのビリビリーいっちゃうですーっ!!」
水鳥は声を上げた。体力は限界で、銃も弓も使ってはみたがやはり召喚獣とともに戦う方が性に合っている。
力を温存するのを止め、スレイプニルを召喚する。本日二度目となるスゥちゃんの登場。本当ならばゆっくり休んでいてほしかった。それでも、指示を出す。
カッと空から落ちる、小さな、けれど破壊力抜群な雷。周囲が一瞬明るくなり、そして暗くなった。
「今なのです!」
「抜かせてもらうぜ!」
気配を薄くさせながらタイミングを見計らっていたヤナギは水鳥の合図を受け、即座に脚部へアウルを集中させた。グッとため込んだのは一瞬。雷に打たれて動きの止まっているゴーレムたちの足の間に滑り込み、抜けた。
(挟撃、いやその前に核の確認が先か!)
ヤナギは高速の足を止め、しゃがみこんだ姿勢から振り返りつつ一瞬で思考。
(人型――となればやはり核は心臓のはず!)
今しがた足元を通り抜けたゴーレムが振り向くよりも前に背後へ接近。両手を添えた忍刀を心臓部へ向けながら肩から体当たりした。
ヤナギの全体重を受けてその巨躯はドォンと重い音を立てながら倒れ込んだ。僅かに塵煙が舞う。だがそれを機に掛けることもなく更に刃を押し込む。
「く……っ」
忍刀の傷口から、ヤナギへと蔦が伸ばされた。
(届かない、か!?)
離れるか、それともさらに押し込むか。迷い、横にいたゴーレムがに気付き、刀を抜いてゴーレムの背から退いた。
ヤナギを捕らえようと両腕を伸ばしていたゴーレムが倒れていたゴーレムの上に折り重なるようにして倒れた。
「相打ちの……お覚悟を……」
ヴィエナは目の前のゴーレムの攻撃から逃れるよう、空へと舞いあがった。
力強く拳を振るったゴーレムはヴィエナという目標を失い、前のめりになった。そこは十字の形に倒れ込む二体のゴーレムがいる場所。
ゴーレムの目前に寄っては攻撃をされる前に翼で回避するという行動を繰り返しつつ場所を誘導していたヴィエナ。ゴーレムの積み重なりが三段になった。
そこに、雅の乗ったスレイプニルがラッシュをかけた。三つのゴーレムは蔦がまじりあい、どれがどれだかわからない。だが、ひしゃげる肉体の中に赤が見えた。
「これで終いだッ! 散れェエァッ!」
恋は槌を抉り取るように核へ打ち下ろす。
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「良いこと教えてやる。弱いからこそ、群れたがり奇襲だなんて仕掛けてきやがる。――興冷めだ」
目の前にするゴーレムは三体。極近距離へと零へ迫っていた。だが、零は押されているのではない。ただ、核のありかが発見されるのを待っていた。
雅が、恋が、核を心臓部に発見したことを知り、零は蒼白い大鎌を構えた。
蒼白い刃は的確に肉体から核を抉り取る。空へ飛び出した赤を、銃へと変えた武器でそのまま打ち落とす。
素早く、冷静な一連の作業。その様は死神とも鬼とも思わせた。
「ふむ……外れの後に当たりとは……」
ヴィエナは核の欠片を拾い検分しながら呟いた。
(何かを……焦っていらっしゃる……?)
そうであるというならば、ヴィエナたちが介入したことで青野による計画は変更を余儀なくされているということ。自分たちの行動は青野にとっての障害であり、自分たちにとっては有益になっている。ここになって明確に自分たちの行動の影響が理解できる
「今回の事は多少なりとも私たちは計画に邪魔だと思われている、その証左ですね」
鼎もヴィエナと同じ意見のようだった。
邪魔をするなというその本心、撃退士を追い込むことのみが目的ではない。本懐は、足止め。
(やはりあの街――今こそ期熟したるか)
この一件の影で、青野が既に動き始めているに違いない。
「行こうじゃねぇの、あの街へ」
ヤナギはそう言った。
同時刻、件の街内部では既に異変が起こり始めていた。