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「っは?」
学園の喫煙スペースで煙草を嗜んでいたヤナギ・エリューナク(
ja0006)は突然の呼び出しに、傾けていた椅子を倒した。
ここ数回通った空き教室に入った鍋島 鼎(
jb0949)が中を見ればやはりここ最近で慣れてしまった顔ぶれ。鼎同様、急遽呼び集められたのだろう。詳しい事情が分からない様子で周囲を見渡す安原 水鳥(
jb5489)と目が合った。
「青野ですか」
空いている座席に適当に座りながら鼎は確信を確実にするため問うた。それに対して、職員ももったいぶる様子無く本題を切り出す。
「ああ、休暇中の撃退士が発見した。まだ相手には気づかれていないようだが、時間の問題だろう」
急行してほしい、と言う職員に切羽詰まった状況が伝わってきた。
「場所はどこなのです?」
「山中の野、山菜採りツアーの現場だ」
水鳥の問いに、職員はしかめっ面をして答えた。だが、その返答には夜劔零(
jb5326)が頭を抱えた。
「……なんでそんな状況に。いや待て、発見した撃退士もツアーに参加してたのか?」
呆れ混じりに問う零に職員も表情を変えずに頷く。零はさらに溜息を吐きたくなる心地で頭痛のしてきた頭を抑えた。
(人類の敵が山菜採りかよ……)
「ちっ……何が目的だ、あいつ」
地領院 恋(
ja8071)は吐き出すように低い呟きを零す。一方で幽樂 來鬼(
ja7445)は至極楽観に、首を傾げた。
「青野ちゃんがこんな所にいるの? 珍しいぉ」
確かに、今までの事件はすべて一つの街で起きていた。五芒星を町に描いているのではないか、そう思わせていたが今また現れた場所が街の外であると、今までの事をもう一度考え直さなければいけなくなる。
「……シュトラッサーと言えども人間……普通の生活をしたくなる時も……恐らくあるのでしょう……」
Viena・S・Tola(
jb2720)の考えは街で起こる一連の事件とは別の行動である、ということ。
天使を嫌うようなそぶりを見せた青野だが、やはり根本は天使の考えに準じている。シュトラッサーとしては秩序と清廉さを好むのだ。今回青野が起こした山菜ツアーに参加するという行動は今までの事件と繋げるにはあまりにも無秩序すぎる。
(……異端ではあっても……人は人の群れに埋没を望むのですか……)
ヴァニタスと違い、シュトラッサーはあまりに人間過ぎる。彼らは目的の為、理由があってこそ使徒となることを望むのだ。人が人であるが故の、果て。
青野にも家族はいるはずだ。知り合いも、友も、――絆を持つ人々がいるはずなのだ。それを断ち切ってまで人外となりたかったのか。もしくは、断ち切られたからこそ人外を望んだか。
「私情でござるか……。もしやそこが青野殿の攻略のヒントとなるかもしれませんね」
ふむ、となにやら思案気に草薙 雅(
jb1080)は頷き言った。
ともかく、と一言にまとめて職員は続ける。
「この間の一件から青野はシュトラッサーとして指名手配になったからな。幡名も青野との対面は初めてだが顔は知っていたらしい。撃退士とバレれば交戦に入るだろうから、幸か不幸かは解らない偶然だな」
「……こっそり顔を撮ったのが裏目に出たのかもしれませんね。顔が割れていると向こうが知らなければ抑止力とはなりえない」
道理ですね、と自嘲気味に溜息吐く鼎に恋は首を振った。
「奇襲には絶好のチャンスだよ。相手はノコノコ警戒もせずに山菜採りに来てんだ、一発食らわせられる」
「待つでござる。ツアーということは一般人もその場には多いはず、そのままでは戦闘に巻き込んでしまうかもしれない」
好戦的に目を鋭くさせた恋に、雅は待ったをかける。その言葉によって職員はバサッと追加の書類を出した。
「青野1名・撃退士1名・運転手含む添乗員3名・一般観光客が22名だ。ちなみに、現地撃退士の幡名はアスヴァンだよ」
ツアーの日程表、企画書類、ツアー参加客のリストその他もろもろの書類だ。ツアー会社の方から資料を引っ張り出してもらったようだ。
「幡名は待機させてある。添乗員への説明等もさせてない。まだ通常通りにツアーが続行中だ」
このままだとしばらくしたら次の場所に移動するな、と日程表を見ながらヤナギが言った。
「青野がツアーに参加してる理由は後からでいいじゃねーの。今は事件だろ」
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「以前対峙した時にあたしが感じたのは、あいつはかなりの利己主義だということ。目的の為なら手段を択ばない。選ぶ必要性さえ感じないだろう奴だ」
「ああいうタイプってクールぶって、切れると手が付けられない感じ?」
青野の性格分析をする恋に來鬼が感想を加えた。
「まず、人質を取ろうと動くだろう。奇襲ができたとしてもその危険性は拭えない。一般人とは早い段階で引き離す必要があるってことか」
零は俯き、隠すようにして右目を抑えた。幼い頃天魔に襲われた際の傷跡が生々しく残るそれに時々疼痛を覚える。何らかによって心が乱され、感情が揺さぶられると零の右目は色を変えるのだ。
(一般人に紛れられたら攻撃、できねぇだろうな)
憎い。どうしようもないほどに、憎しみが消えてはくれない。
天魔は人の命を何とも思わずに、散らしてゆくばかりだ。だからこそ、その儚い命を守りたい。
「避難が最優先ですね」
鼎がそう、結論した。問いかけではなかったし、否を唱える者もまたいなかった。
皆が同じように、人命を最優先と考えている。
「でも、さっきまで隣にいた人が人外だった、なんて知ったら他の人たちは混乱するんじゃないかしら」
避難手間取るわよ、と來鬼が言った。
避難をするにも青野に途中ちょっかいを掛けられないよう、牽制する者も必要だ。
「二手に分かれるです?」
「いえ、三手にしましょう。拙者はどうにか温和にいけないかと青野殿に説得をしようと思っています」
水鳥の案に、雅は否を唱えたが雅の案に否定は出なかった。
「……戦闘準備もできていない内から積極的に戦闘に入る愚は犯さない、か。確かに多勢に無勢ということを考えれば慎重を踏む青野が好んで交戦しようとは考えにくい」
それでいこうか、と恋が言って八人は三班に分かれることにした。
(――さて、いつバレルか)
零たちは無事、不自然なくツアーに途中参加した。ただし、零たちは青野に顔と身分がばれてしまっている。そのため、すぐさま戦闘に入ったり逃げられるという状態に陥らないよう、変装することになったのだ。
だが、いかんせん零は180cmを越える男子高校生である。夜神零という偽名、黒髪のロングウィッグにひらひらのスカートで女装姿。監視のためとはいえ恥ずかしいったらない、というのが心情だ。
來鬼はキャップに男装という体で少年を装っているが、一方雅は美少女顔に化粧をしてさらに少女のように見えている。もともと少女のような青年なので、これはあまり変装としての効果が見込めない。
性別を反転させておけばなんとかなる、といわんばかりの変装具合だ。
表だってツアー客として参加した雅・來鬼・零の三人の変装に加え、恋と鼎の二人はあくまで変装をせずにツアー客へと紛れ込んだ。個々人がまとまりではなく、バラケて山菜採りに励むからこそだが、この大所帯ではそれも不自然でなく可能とさせていた。
零は視線が強くなり過ぎないように気を付けながら周囲を見渡す。警戒ではなく、あくまで観察であるので青野に悟られることはないだろう。
だが、ふと見た先に青野がこちらを向いているのに気付き、ドキッとしながら視線を外す。
(バレテる、のか?)
青野が見ていた、ということは怪しまれているのかもしれない。だが、零たちに注意が向いている分には恋たちの存在に気づきにくくなるというものだ。
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「ねぇ、どうかした?」
青野の視線を辿って零に行きつくことに気付いた來鬼が尋ねた。ちょうど今、青野に話しかけようとしたところだったのだが、その前に視線が動いたのだ。
「どうもしないよ。それで、何の話だっけ」
「その花、なんていうのかと聞こうと思ったんだよ」
優男のように笑みを見せながら会話に応じた青野には、聞き込みの効果が効いていると思われた。
「これは勿忘草だ。その名の通りの花言葉を持つ、惨めで哀れな花――過去を拭えない、弱い花だ」
言葉はひどいのに、とても愛おしげに指で花を触れるから。だから來鬼はわけがわからなくなった。
「その割に随分大切に触っているね」
シュトラッサーなのに、どうしてこんな場所に来ているのだろう。押しやっていたはずのその疑問が、再び湧いてくる。
それと同時、青野は決してただの人殺しではないのだと、そう思った。何か理由がある。そしてその理由を知りたい。
(普通に、話してみたいなぁ……)
自分の過去を話して、彼の話を聞いて。そうすれば学園の仲間と同じ、分かり合えるのではないか。青野はこんなにも、人間らしいのだから。
けれど、青野の雰囲気は一瞬で変じた。
「それで、君の要件ってそれだけかい? てっきり、俺には色々聞きたいことがあるのかと思ってたけど」
「……っ」
あの街の事とか。そう、告げられて、いつの間にか青野の笑みが自然のものではなく、皮肉めいたものに変わっているのを見て、來鬼はすぐさま警戒に距離を取った。
「――まぁ、バレるよな」
來鬼の様子に気付いた零がやれやれ、と言いながら言葉を紡ぐ。瞳に映るのは、強い敵意。青野も警戒に身を低くする。周囲の一般客も二人の異様な雰囲気に気付き、ざわつき始める。だが、そこに雅は飛び出した。
「ま、待つでござる! 拙者たちに戦うつもりはないのです、できれば――」
「戦うつもりがない? これはおかしなことを言う」
雅の言葉を遮り、青野は笑みを向けた。そして滔々と語り始める。その視線の先、ツアー客が添乗員により移動させられている光景が映っていた。ツアー客には幡名が付いてゆき、紛れていた鼎と恋の二人も指示を出し終えて姿を見せる。
「変装し監視をし、戦うつもりがない? そもそもシュトラッサーは人類の敵、君たちの敵だ。なぜ、戦わない?」
「今アタシ達が望むのは此処にいる人達の安全だけ。あんたが手を出さないなら、アタシ達もあんたに手を出さないと約束する」
ツアーは続行できるよう、あんたの説明もしていない。そう、恋は言った。最優先は人命である、というのが彼らの想いだ。いつだって、それだけを望んで戦ってきた。
「戦うのか。戦わないのか」
恋の問いに、青野はすぐには応えなかった。
雅は祈るような顔をして、來鬼はただ一つの答えを静かに待つ。零は青野への警戒を、鼎は青野の問いの答えを吟味しようと、そして恋はただ問う。
「信じろ、と? 敵を? ――冗談!」
青野は吠えた。そして、地面から蔦が伸びあがった。その瞬間、どこからか飛んできた手裏剣が蔦をぶち切り青野を襲った。
「っ伏兵!」
身を捩り、すんでのところで躱す青野に迅雷によってヤナギが迫る。
「舐めるなぁ!」
青野が気迫とともに言った途端、ヤナギの足元が不安定になった。すぐさま跳躍して交代する。
「――君たち、確か八人だったね。後二人どこかに隠れている」
いや、と言って青野は一般人たちの向かった方向を見た。
「あそこにもう一人、か」
「何を考えてるんだか知らねぇけど、これ以上攻撃をするようなら容赦しないぜ」
零の言葉に、青野はあくまで皮肉の笑みを浮かべたままだった。
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「護って、見せろよヒーロー!」
今まで守れなかっただろ、そう言いたげな青野に向けて零は容赦なく狙いを付けた。
「おまえ……! 弾け飛べっ!」
カッと地面が光り、土を巻き上げながらその場所が破裂する。だが、零の攻撃はそれで終わらない。続けざまに土煙の中へと風の塊を放った。
「っな!」
青野の姿がない。
いや、しゃがみこんだ青野に攻撃が外された。
「攻撃がまだまだ荒いね」
しゃがみこんだ状態から勢いに乗って零の懐までもぐりこむと、下からのアッパーを放つ青野。寸で、零は上体を後ろへ反らし避ける。
「敵は一人じゃない、って言葉――返しますよ!」
以前、青野に言われた言葉を繰り返し、鼎は青野の突き出された腕を上から叩き切る勢いで剣を振るう。
「多勢に無勢、って言葉嫌いじゃなかったっけ正義のヒーローは……!」
鼎の足が何かに躓いた。だが、それでも剣の勢いは止まない。だが、剣がひっぱりあげられるような感覚を受ける。それでも攻撃は中断されない。
だが、狙いは外れた。
「今のは……危なかった、けどね」
二度の邪魔を受けて、鼎の剣が目標を逸れ、タイミングを見失った。その間に青野は回避動作を終えている。
「戦闘向きじゃないとはいえ、シュトラッサーなんだよ!」
青野の言葉と同時、地面の至る所から植物の触手が生えた。そしてそれは、一般人たちが避難している場所へも、向かう。
「そんな、あんな遠距離まで――!」
雅が青野から視線を外し、振り向いた。その瞬間、その横を青野が抜いた。
「――逃がさないっ!」
來鬼は手に集めたアウルでナイフを作り、青野へと投擲した。それは青野の腕を掠ったが、青野は逃亡の足を止めることなく、背を小さくした。
襲い来る植物触手に悲鳴が叫ばれた。
一般人は今、水鳥の背にいる。ここは避けられない。
「っ、護らないと……駄目です!」
襲い来る、鞭のようにしなる植物触手の前に水鳥は体を投げ出した。
パシンッ!
「え?」
植物の蔦は、水鳥の体を鞭打った。だが、撃退士の頑強なる体にその威力は微弱。
「……弱いのです?」
ウネウネの触手をガシッと掴むが、抵抗は薄い。拘束しようと絡みついてくる触手も撃退士の手に掛かればブチブチ、あっけなく千切れる。
通常のロープと変わらないような頑丈さに首を傾げるも、背後の一般人たちからの悲鳴は止まない。
「今助けるのですっ!」
足を蔦に捕まれて動けなくなっている女性のもとへ行き、引きちぎる。やはり、呆気ない。だが、一般人には解けないほどの頑強さで、皆が所々ですっ転んでいたり拘束されていたりする。
「あわわわわ」
幡名と言う撃退士も彼らを助けようとするが、いかんせん皆がてんでバラバラに動くものだから被害が止まらない。
「ハッピー!」
召喚したヒリュウのハッピーに怯み効果のある超音波を出してもらうことにする。これでここは大丈夫だろう。だから、
「水鳥ちゃん、大丈夫!」
「ふぇ?」
慌てて駆けつけてくる恋たちに、水鳥は若干気の抜けたような声を上げた。
「……やはり……あの街なのですか……」
戦闘には加わらず、遠距離からの監視を続けていたヴィエナ。青野の向かった先が件の街であることを見届け救助活動に向かった。