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「と、まぁ次の事件発生現場を予測しろとまる投げされたわけなんだが……」
そういって夜劔零(
jb5326)は室内を見回した。依頼主の職員は書類を押しつけると煙草を吸ってくると言って出て行ったため、撃退士が八名いるだけだ。以前、当該の街へ調査に向かったメンバーである。
「ぅうわっかんない! 頭使うのは苦手だよぉ!」
頭をかきむしりながら机に撃沈する幽樂 來鬼(
ja7445)。一方で、ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は俺も喫いてェと思いながら指でたばこの箱を触る。
鍋島 鼎(
jb0949)はそんな様子を作り出した、今はいない人物に呆れた溜息を吐きながら
地図を覗き込んだ。尺度のせいか、建物の名前や細道など各種情報が入れ込まれ、自分たちに必要ない情報が数多くゴチャゴチャして見える。
新しい紙に簡易な地図を作り始める。それを見ながら、地領院 恋(
ja8071)は顎に当てていた指を外した。
「あたしは事件現場が偏っているのが不自然だと思う」
こっち側は何もない、と指で北と西の間に円を描く。
「次はそっちかもしれないです? でもそれだけじゃ広すぎなのですよ!」
安原 水鳥(
jb5489)はコテン、と首を傾げて言ってみたが誰かが何かを言うよりも前に自分にツッコミを入れた。あうぅ……と唸って落ち込み始める水鳥。
「では……人の出入りが少ない……けれど確実な来訪予定の立つ場所……というのを候補地とみては……?」
Viena・S・Tola(
jb2720)の言葉に草薙 雅(
jb1080)は頷いた。
「各所の共通点ということでござるな」
「これだけ揃ってると何だか条件に感じるな。無造作に事件を起こしているというより何らかのルールに従っているようだ」
ふぅ、と息を吐いて背を椅子に預ける零。
「条件ね……。だめ、やっぱり何も思いつきそうにない」
「詰まっちゃったのですよ……」
机に縋りつく來鬼と落ち込む水鳥がそれぞれに言った。けれど、その一瞬後に水鳥は立ち上がって拳を突き上げた。
「でも、これくらいなら頑張って頑張ればなんとかなるかもしれないですよ!」
そのままストンと着席して地図を中央に持ってくると皆の注目を集めた。
「考えてみたのですけど、こっちに事件がないのはきっとこの不審者の家の近くだからなのですよ? ご近所さんで事件は起こせないのです!」
えっへん、と胸を張る水鳥だが、それは街に住んでいるということが前提だ。
「単純に遠いから、とかどうだろう? あたしたちと同じ方向から街に入るとしたら一番向かいにくいだろう」
水鳥の言葉をヒントに、事件発生現場の偏りの理由を探す恋。けれど、様々案や推測は立つものの決定打のでないまま時間はすぎて行く。
「……天使は整合性を好む習性がある……」
サーバント事件、つまり天界側の者の関与が疑われるということだ。ならば天使の意向に則っている可能性は高い。
「整合性……ですか。現場も時刻もバラバラに感じます。確かに共通性を垣間見えることはできますが、この中途半端な時刻や斜めった4みたいな動き方。とても――」
「あ……?」
鼎の言葉の最中、何かに気付いたようにヤナギが声をもらした。椅子から立ちあがって地図上を一か所目から二か所目、と順に事件現場を廻り、四ヵ所目で指を止めた。
「事件は終わってねェ、途中なんだ。てことは、奴の行動も何かの途中――そう考えるのが自然だろ」
まだ、どっか行こうとしてる。そう言ってヤナギは座り直す。
「途中……」
言いながら雅は紙に線を引くと驚きに固まった。その様子を見たヤナギは雅の手元をのぞき込んだ。
「逆五芒星……? まさか、」
そんなわけない、そう思いながらヤナギは地図と図形を見比べた。恋はヤナギが口に出した図形に一瞬考えたものの、地図を何度も見返すヤナギの様子にハッとした。
マジックで四ヵ所の事件発生現場を順に繋ぎ、四ヵ所目からまっすぐに新たな場所へと、そしてその場所から一か所目に戻る。
「……とんだことになったね。奴は何か企んでいる」
地図を見ながら、恋は努めて冷静な声音で言った。その眼下、まるで地図を、街を蹂躙するように巨大な五芒星が根を張っていた。
●
「もう一班からの連絡は?」
來鬼は鼎に尋ねた。
五つ目の現場の予測が地図上ながら、次の現場を北西と予想を立てた八人は二班に分かれた。東の方向から街に入るのは変わらないが、時計回りに西から北へと調査の幅を狭める班と逆回りに北から西へと進む班だ。
「先ほど、向こう側の調査がすべて終了したと連絡がありました。私たちもこの場所を調べて合流としましょう」
もうすぐ十一時になります、と難しい顔をしながら鼎は言った。
不審者がシュトラッサーかはわからない。しかし、描き出された五芒星が示すのは天界側の動き。――もし事件の真意が「ゲート設置のための力場調整」などというものであったら。
笑えねェ、などとヤナギは言ったが真に迫っていた。
即急に動く必要がある、と判断したのは恋の発言もあってだ。事件現場による五芒星の描きだし、それと同時にも事件発生時刻も鍵になっていた。
街は五芒星を描くだけでなく、時計にも見立てられていた。事件発生時刻と事件の発生現場の位置がピッタリと、時刻盤上で重なるのだ。五つ目の現場が北西であるならば、その発生時刻は十一時であると導かれる。
「この工場おっきいのです! いったい何個コンテナがあるのです?」
赤と白のコーン、安全第一と書かれた黄色と黒のバリケード。立ち入り禁止と書かれたオレンジ色のフェンスを撃退士の身体能力で軽々乗り越え、工事現場の内部に侵入した水鳥たち。
そこは廃棄された工場施設だ。敷地は広く、本工場以外に小さなコンテナがいくつも立ち並んでいる。車もいくらか停車しているようだが、そこに人影はなく放置されているためか少なくない埃が積もっている。
コンテナの一つ一つに人影がないか、サーバントがいないか確認してゆく。
「推測が正しいのか、正しくないのか。その確証が持てないのが辛いですね」
事件の発生時刻が十一時であるとして、それが午前か午後かさえわからない。今日起こるとも限らない。わかっているのは街の北西端にあるということ。そして、普段は大多数が来る場所ではないが、確実に人が来ると予想される場所と言うことだ。候補地は決して少なくない。
「しかし、徒労ではないはずです。拙者たちが見回ることでそこにいる人々は確実な安全を得ることができるのでござる」
信念を持って言う雅はこの作業が無駄ではない、と心から思っているのだろう。事件が発生するまで常に警戒を張っていなければいけないというのは確かに大変な作業だが、その分――安全性をも高める。
これまで後手に回って、被害が拡大してきていたからこそ今度こそと言う思いは皆強い。
その時、何かが聞こえた。
「何か聞こえなかったです?」
水鳥の言葉にハッとして顔を見合わせた。
「(うちが様子を見てくる)」
小声で來鬼が言った。現場の推測の方ではめっきり発言を無くしていた來鬼だが隠密行動は得意だ。周囲を確認しながら音の方向へと忍んでゆく。
「〜♪」
徐々に鮮明になる声。それが歌なのだとわかった。歌詞の可笑しさに内心で首を傾げながらも來鬼は物陰に隠れたまま、覗き込んだ。
枯れ草色のコートの青年が怪しい動きをしていた。
●
(これは、)
歌いながら、スクワットのような上下運動を繰り返す人物。誰の目から見ても不審人物だ。そう納得して來鬼は物陰に頭を引っ込めると後ろを振り向いた。
こちらの様子を伺う鼎たちに携帯を取り出してメール機能を立ち上げるとポチポチ打ち込み送信、もう一度青年の様子を伺う。
そこで、青年の前に不思議な模様を描いた種があるのに気付いた。
「(拙者が対話に向かいます)」
來鬼は振り返った。水鳥と雅がいる。鼎は電話で詳細を伝えるため声の届かない場所まで離れたのだろう。
「(丸太と鉄パイプ……縄とシートのようなものがありますね……)」
闇色の翼を消しながらスッ、と静かに足を地面につけたヴィエナは正確に状況を判断する。鼎が戻ってくるのに合わせてヴィエナは「私は上空よりあちらへ回り込んでおきましょう」と言って再度上空へと舞い上がる。
「(私もあっちに行くです)」
水鳥が場所を移動し、雅と鼎は物陰から出た。
姿を現した二人に青年は驚かなかった。雅が話しかける。
今、鼎の着ている上着の胸ポケットにはスマホが入っている。ポケットに目立たないよう小さな穴をあけてそこからカメラ機能で映像を取れないかと試みているのだ。聞き込みだけではあまり頼りにならなかった、不審人物の容姿情報を確実に得るためだ。
「俺は青野健(あおのすこやか)。そう、君たちの敵――シュトラッサーさ!」
バッと両手を広げて、隠す様子もなく白状した青年――青野に雅は視線を鋭くした。
雅が次々と向ける質問に答える様子はまるでないのに青野は鼎たちの前で態度を崩すことさえない。余裕の笑みを浮かべて逃げる様子もないのに鼎が不審を感じた瞬間。
パリッ ベリベリベリッ
小さな、けれど何かが剥がれ落ちるような音に振り向いた鼎。
「――何もいない?」
抜け殻だけが残された種。
「下よ!」
鼎と雅の足元、蔦のような生物が這いまわっていた。
「……っ!」
「スゥちゃん!」
二人の足へと迫るサーバントはその直前、焼かれた。
「ドンドコいっちゃってくださいです!」
スレイプニルを召喚した水鳥が指示を与えるのに従い、鼎と雅の足元に蔓延る蔦は数を減らす。それにホッと息を漏らすと、青野を振り返った。
「しまった……っ!」
誰もいない。ティアマットを緊急召喚する雅。鼎が周囲を見回すとヴィエナの前に青野がいた。
「悪魔か」
「現在は撃退士でございます……天界の方……」
ヴィエナを見て種族を見抜いた青野だが、ヴィエナの言葉に対し盛大に眉をしかめた。
「俺は天界の者になったつもりはないよ」
今度はヴィエナが青野の言葉に疑問を覚えた。
「……これまでのこと……上司の命による行動では……」
「利害が一致しただけ、さ!」
言葉と同時に攻撃動作に移る青野にヴィエナは翼による空への上昇をしてみせた。しかし、それを好機と青野は攻撃を開始するそぶりもなく逃亡を再開する。
攻撃はハッタリだと気づいてヴィエナも滑空しながら追う。
「逃がしはしねえよ!」
突如、青野の前方にあったパイプの山が崩れた。パイプをまとめていた紐が切れたのだ。
「く……っ」
立ち上がる土煙に両手で顔を覆う青野の前、二つの影が立つ。
「よぉ、漸く会えたな」
周囲に五つの光玉を浮かべたヤナギが青野に不敵な笑みを見せた。その隣に先ほど風を操って紐を切った零がいる。
「――囲まれた、か」
青野は背後を見やれば新たに恋を加えた鼎たちがいる。
「さぁ教えて貰おうか」
黙秘権なんて認めねぇからな、と零がすごんだ。
●
「でも甘いな。敵は俺だけか?」
余裕の態度を崩さない青野の言葉。けれどそこには何もいない。
「随分、ハッタリが好きと見える」
ハッと好戦的に鼻で笑いながら恋は武器を構えた。けれど、青野は構うこともなく時計を確認する。
「人がね――来るんだよ。ほらほら、助けに行かなくていいのかい撃退士?」
「呪縛陣!」
からかうように言った青野に対し、鼎は結界を発動させる。
「あなたの言葉に惑わされたりしません。……隙だらけなんですよ」
束縛効果が働いているようで青野は身動きもしない。けれど脳裏にはこの廃工場の話を聞いた時の事を思い出していた。青野の言葉に嘘はない。
「私が残ります、皆は向こうへ」
「チッ」
舌打ちしながら零は走り出した。
「任せるぜ!」
ヤナギが言葉を残して踵を返す。スレイプニルに乗った水鳥、同じく召喚獣のティアマットを従えた雅が続く。空を飛びながらヴィエナも行く。
恋は一息ついて荒れ狂う感情を抑え込むと短く頼んだ、と告げて後に続いた。
「さて、私たち二人になっちゃったけど」
動けない相手なら問題ないわね、といって來鬼は手にアウルのナイフを構えた。
「――ふはっ! 本当に、甘いね……」
突如、青野が笑い出す。言うが早いか、青野の体が引っ張られた。
青野の腕に素早く、青紫色の蔦のようなものが絡まった。それによって青野の体は木の上に引っ張りあげられる。
「そんな方法で……っ!」
空間、範囲内の対象に影響を与える呪縛陣。自ら動くことなく、青野はその範囲から飛び出る。
「このまま逃げるつもり……!?」
來鬼がナイフを新たに投げつけるも、青野は素早い動きで避ける。鼎が攻撃しようにも、既に距離が開いてしまっていた。
「……見事に逃げられましたね」
「なんなの、あれ。普通の植物? なんか成長した、よね?」
先ほど青野が釣り上げられた木。どっからどう見てもただの木だ。
「あの蔦、は……」
木に垂れ下がる藤の花。青紫色のそれは――先ほど青野を引っ張り上げた蔦のようなもの。
「青野の能力は、植物を成長・操ることですか……」
青野の能力を考えることへ区切りをつけ、鼎と來鬼はサーバントとの戦闘場所へ向かった。
「ここから先は通さないのです!」
スレイプニルで牽制をかける水鳥。その背後には一般人たち。
「ちまちま目障りに動きやがる……ッ!」
生命探知で逐一場所を確認しながら対峙するも、素早い動きで攻撃を避けたかと思うと隠れ、潜んだ後に恋たちの足元に絡みつこようとする。
「うぜぇ……。まとめて焼き払いてぇ」
五つの赤玉をサーバントの密集へと打ち付けながらヤナギも同意する。
「それでは……炸裂陣で終わりとしましょう……」
ヴィエナがそう言うと、零も陣を出現させる。陣の上にいたサーバントたちが慌てて逃げるのを、雅が打ち漏らすまいとボルケーノで応戦する。
「行っちまえ!」
地面を揺らす重低音が轟くのに合わせて陣が光を満たし、爆発した。
「怪我はない?」
來鬼が一般人に怪我を尋ねた。その横で恋は生命探知で警戒を続ける。
「今まで全く得られなかった情報が、得られたな」
写っている、とスマホを鼎に返しながら零が言った。
「さっそく学園で指名手配してもらいましょう!」
戦闘後すぐさま青野の足取りを追ったが全くつかめなかった。また捜索となるが、今までとは明確に違う。明確な進展だ。
「やっぱ中心部、は怪しいよな」
ヤナギが言った。学園を出る前に依頼主の職員へそのことは告げてある。
「……一度学園へ……戻りましょう……」
別途、調査に向かわせるとの話であったので新しい情報があるかもしれない。