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夕方の日差しが舞い込む空き教室。
とある街で起こった3つのサーバント事件の調査依頼を受けた8人がイスに腰かけ、話し合っていた。
「不審な人ねぇ……。それってどんなことをしていたのかしら」
外見でそうとわかるってすごいことじゃない、と首を傾げた幽樂 來鬼(
ja7445)。
「それは一件目の事件の時ですね。ええと――ああ、ありました。不審人物は歌いながら踊っていたそうですよ」
鍋島 鼎(
jb0949)は新聞記事を切り抜いて作ったスクラップと報告書を机の中央に置き直した。報告書をもらって後、地方記事で該当の新聞を切り抜いて作った鼎特製のスクラップブックだ。事前に事件が長続きする可能性を示唆されて、依頼を引き受けて後に用意したのだ。
「サーバントの発見直前と、退治中に現れた不審者――順当に考えれば天使やシュトラッサーという線が強そうですけれど……」
確定はできません、と鼎はスクラップブックのページをめくった。第一の事件時に発見したからといって、他の事件に関与しているかはわからない。少なくとも、他二件ではサーバント退治中に誰かが介入した、と言う情報はない。
「でも確かに怪しい匂いがプンプンするゼ。サーバントに共通事項はあるんだしよ」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)が言った。サーバント事件が連続するものであるならば、不審な男も情報はないが関与していた可能性は高くなる。
「なんにせよ、聞き込みが重要だろうね。サーバント事件が連続事件なのかどうかもあやふやだけど、逆を言えば男が連続して現れていたならサーバント事件も連続している可能性が高くなる」
地領院 恋(
ja8071)は冷静に、言って見せた。淡々とした口調だが、その視線は鋭く、報告書に書かれた不審人物の特徴を読み込んでいく。
「三件……わたくしが以前受けた依頼もその一つ……やはり事件性が垣間見られますね……」
Viena・S・Tola(
jb2720)は黙り込んでいた口を開き、告げる。
「植物系のサーバント……身を潜めるような場所に居つくのは……不審と……考えておりました……」
「確かにそうでござるな。確か、三件目も他の植物に紛れておったのでござろう?」
草薙 雅(
jb1080)はヴィエナに同意する。一件目の事件は早朝、人通りの多い場所で発見されたが二件目も三件目もサーバントは身を潜めているという印象が強い。
それゆえに、人が消える噂として評判になってから久遠ヶ原への依頼となり、被害者が増大している傾向にある。
「あー、ちょっと思ったんだが二件目と三件目は事件の発生が不明瞭だろ。防犯カメラや街頭カメラでそれって写されてねぇのか。不審者の方もそれで確認できるだろ」
夜劔零(
jb5326)はそう切り出した。確かに、カメラで確認が取れれば男の容姿なども明確にわかるし、その動きからシュトラッサーもしくは天使と確定できるかもしれない。が、
「無理だと思うぞー」
依頼主、というか斡旋所の職員から横やりが入った。
「そいつが使徒だって確定してるなら警察も民間も喜んで協力するだろうが、今の段階じゃプライバシーの問題だとかで渋ると思う」
本人は一般人で、撃退士ではないので依頼の事は丸投げ風に任せていたのだが言うことは言うらしい。確かに、その人物が使徒以外の――たとえば同業者と言う可能性も考えられる。ただの一回だけならば完全なる偶然と言うのも否定しきれない。
「カメラは交渉次第でござるか。うむ、期待しすぎはよくないでござるな」
「んー、じゃぁやっぱり聞くしかないのですー?」
雅は納得して頷いたが、首を傾げながら安原 水鳥(
jb5489)は言った。
「情報は足で稼ぐものだぞ、若者たち。……とはいえ、事件現場もそれぞれ遠いからな。一件目の事件と三件目の事件は関係者が多いようだったから発生時間に合わせてアポ取っといた」
やってることはやっているらしい。言うのが遅いが。
「となると、明日の行動はアポの時間に遅れないよう聞き込み中心に各自バラける感じですか。一応カメラの方も交渉してみる価値はありそうですね」
警察機関は法など問題があるでしょうが、民間はまた別ですからと鼎は言った。
「そういや、一件目の方は撃退士も不審人物見たんだろ。そっちは会えねぇのか?」
「依頼で不在だ。今後も会えないって考えとけ。なんなら、俺が聞くことはできるかもしれねぇけど、あんま期待するな〜」
しかし、そうなると不審人物の情報はやはり一件目の事件での目撃情報に頼るしかない。
「明日は早朝から動くことになりそうだし、とりあえず解散するか」
「この調査が少しでも多くの人の役に立てるよう、精いっぱい頑張るですよっ!」
ヤナギの言葉に合わせて、勢いよく水鳥が立ち上がった。それを終了として次々に立ち上がり部屋を出ていく中、ヴィエナは施錠される部屋を振り返った。
「ふむ……使徒に会う可能性……その準備はしておいたほうがよさそうですね……」
その部屋に残されたのは、ホワイトボードに飾られた街の地図だけだった。
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「結局、朝から夕方まで動いたわけだが……」
「疲れたのですぅ……」
公園のベンチに両腕と背を持たれ掛けさせたヤナギに元気が取り柄の水鳥が答えた。しかし、その声にも疲れが見える。
「こう、辛いな……さすがに街の端と端だと」
両足に肘を乗せて俯く恋も同意する。
「しかし、確認できたこともいくつかありますね」
水分を取っていくらか回復した鼎がメモを見ながら言った。それに応じて、ベンチでバテていた雅と服で自分を仰ぐことに夢中だった零が顔を向けた。
「事件発生現場に類似……やはり、場所的な意味がそこにあると考えて宜しいかと……」
燦々と降りかかる陽光を手で遮りながらヴィエナが言うのに恋が尋ねた。
「場所……か。もし、相手が使徒で何らかの計画のために動いているとしたら? この事件、続きそうだと思わないか?」
もし、というよりもほぼ確定だと撃退士の勘は言っていた。この街で、事件が続くとするならば、やがて彼らは使徒と対面することになる。
「似顔絵は書いてみたが、期待しない方がいい。あの警官も特徴がないところが特徴の様な男だったと証言していることだし……」
「参考とするべきは顔よりも、服装とその言動でござるな。むむむ……」
「変な踊りと歌の、特徴のない男な。枯れ草色のコートで背の高い……って無理だろ」
見分けられる自信がネェ、とヤナギは脱力する。
「向こうから会いに来る、とか」
ぽつり、鼎が呟いた言葉に一同の視線が集まる。
「俺の邪魔をするな、といったことで会いに来る可能性――いえ、偵察ですね。接触してくる可能性も無くはない、と言ったところでしょうか」
「私たち撃退士はアウルの反応や眷属の気配を感じることはできても、使徒の区別できないし、ありえるかも」
來鬼の同意に、切り出した鼎自身何も言えなくなった。
「ん……? 声、聞こえなかったか?」
風に紛れて聞こえた、微かな声を感じ、周囲を見回した。
「声、か。周囲に人はいない、が……気になるな」
「……不審なことが続く街……些細なことでも調べた方が良いかと……」
続いて、零とヴィエナも同意する。朝からこの時間まで動き続けたため、皆疲れているが、天魔事件の可能性が微かでもあるならば見逃す撃退士はいない。
「あれは……!」
雅が息をもらし、見つけた先――公園の中にある池。白い花びらを持つ、睡蓮。それが美しいほどに咲き誇っていた。
本来、午睡のため午前中にしか開かないはずの花びら。シュルシュルと伸びた蔦が収納されてゆく。
「花弁が……赤く汚れている……」
「綺麗な花には棘がある、ならぬ睡蓮にはサーバント有りか」
ヴィエナの呟きに目をやり、零はヒヒイロカネを武器に変えた。それまでは冷静な声音だったが言葉尻に感情が宿っていた。そしてそれは恋にも同じく言えた。
「綺麗に散らしてやるッ!」
斧を手に装備して踏み出す、恋。しかし、
「待つのです! 今正面から向かっても駄目なのですよっ」
恋を精いっぱい止める水鳥。
「これがもし、連続事件の敵であるならば弱点となる部分があるはずです」
努めて冷静に、鼎は言った。
敵は水中に身を潜めているといっても過言ではないだろう。水上にあるのは葉と花。けれど、植物であるならば根や茎と言った部分が必ずある。特に睡蓮といえば水中に根を広く張り巡らして群生する植物。やみくもに攻撃しても水中と言う不利も手伝って、接近も許されないまま相手に絡め取られる。
「敵は複数……弱点を確実に狙う必要があります……」
ヴィエナの言葉に、納得して零は作戦に耳を傾けた。
「搖動と、水中を探る班が必要だ。あたしは水中から奴をブッ飛ばす」
核を、確実に狙う。
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「――それでは始めさせていただきます!」
光纏し、白い焔を浮かんだその一瞬後、鼎の手には炎を纏う大剣が握られていた。
剣を誇示するよう掲げる。その先端の向かう先、敵の周囲にいくつもの魔方陣が出現する。
「爆ぜろ、天焔……!」
魔方陣がひときわ強く輝くと、魔方陣が爆発する。連鎖的に広がる爆発に隠れて、四人が水中に飛び込んだ。波紋が広がるが、爆発の威力で既に波紋が池中に広がっていた。
「さて、こっちもいっちょ派手に搖動してやるぜ」
ヤナギは未だ波紋の収まらない水中に足を踏み出した。と同時、駆けた。
即座に反応したサーバントたちが多量の蔦を伸ばし、鞭のようにしならせながらヤナギへと向かってくる。
「うーん、自分たちが複数なんだから相手も複数と考えてもいい位だと思うけど」
うまい具合に1人へ注目してるようね、と來鬼は狙いを付けながら言った。水上を動けるヤナギは別として、來鬼と水鳥は岸にいる。散歩道と言うこともあって草木が覆い茂り、視界は悪い。しかし、それは敵も同じだ。
來鬼は茂みの間から暴れる敵を見据え、その手に作り出したアウルのナイフを投擲した。
「ハッピー!」
水面ギリギリで、ヤナギの足を引っ掻けようとしなる蔦を発見した水鳥は力いっぱい呼びかけた。それを受けて、ヒリュウはブレスを吐きかける。
ゴォッ!
水に波紋を広げながら吹き付けられた炎は蔦を燃やす。パラパラと墨のように水中へと落ちていくそれを見届ける暇もなく、ヒリュウは空へ飛び掛かる。
ヒリュウを追うようにして蔦がいくつも空へと向かって伸びたが、その途中で蔦は焼き切れた。
いつの間にか展開されていた鼎の陣により、爆裂飛散した。敵の意識が岸にも向いた瞬間だった。そのわずかな隙を鼎は見逃さず、次なる手を打つ。
「焔に抱かれ惑え……!」
鼎へ向かって岸へと猛烈な勢いで伸びる蔦。だが、既に方向感覚が狂っている。そのままの勢いで何もない地面へと激突。鼎は突き刺さる蔦を炎の宿る大剣で切り払った。
「今のうちに……っ!」
感知を最大限に利用し、敵の攻撃を避けることに集中していたヤナギは蔦の注意が他へと拡散してゆくのを感じ、白い花びらに近づいてゆく。
あまり時間は掛けられない。
サーバントのガードは高かったが、さほど防御力があるわけではないらしい。蔦を伸ばし、遠距離攻撃をしている間に攻撃を入れなければならない。水中班が本命だとしても、こちらも本気で向かわなければ相手に気付かれる。
水中班が弱点を見つけてもすんなりいくとは限らない。ある程度ダメージを与える必要はある。
「翔扇!」
距離を縮め終わらない内から構え、投げる。扇子は風を纏い、空気を斬り付けながらブーメランのように空を飛んでゆく。が、
「な、んて……デタラメな」
水面に浸っていた葉が突如、角度を変えて扇子と打ち合い、弾き飛ばした。葉の縁にある小さなギザギザがまるで電動ノコギリのように激しく回転し動いてる。
ヤナギは扇子を手に受け止めると、そのまま後退し遠距離をできるだけ保つようにした。
「――まずいわね、あの葉……。触れたら肉を根こそぎ削られそう」
來鬼は遠隔攻撃のできるヴァルキリーナイフの援助で出していたカレンデュラから武器をアルビレオへと変更する。両手に双剣を持ち、水鳥の方へ向かう。
バハムートテイマーは召喚獣を前衛に出して戦うことが多いため、基本的な身体能力が他のジョブより低めだ。彼女の護衛に着く必要がある。
そう思ったのは鼎も同じだったらしい。三人で一所にまとまり、防衛に移る。
池の中の光景は見たことのないものだった。
地上での戦闘が激しいのか、常に水泡が湧き、水面が揺れている。しかし、それよりも長く複雑に絡み合った蔦の方が異様だった。
まるで蔦がそのもの呼吸しているかのようだった。束になり蠢く様はおぞましい。下は根になっているのだろうが、薄暗さだけが目に映る。
恋は眉をしかめ、眼を閉じた。全力で一撃を放つ、その瞬間を待つ。
(人の息が水中でどれほど持つのか……)
悪魔であるヴィエナには水中も地上も関係ないが、人間は息をしなければならない。水中ではすべての物理法則が地上と変化している。
今、池の中にいて通常を変わらない動きができるのはヴィエナと、そしてストレイシオンのみ。蔦の支柱から漏れるように紅い柘榴が垣間見えるのを探すため、ストレイシオンに捕まる雅とヴィエナが高速で水中を移動する。その度に水泡が池を満たす。
(……皆様……水面近くに核が御座います……)
意思疎通を使い聞こえてくるヴィエナからのメッセージに、恋は目を開けた。
ヴィエナが作り出した無数の羽型ナイフが蔦に突き刺さり、細かい蔦を切り落としていくのが眼に入る。徐々に露出され、紅い色を剥きだしにしていく敵の弱点に零が大鎌を振るい、更に蔦を切り落としてゆく。
ドンッ!
鈍い音がして水面が割れる。
根を切り落とされてバランスを崩した花や蔦が水面に倒れる音だ。大きく水が揺れる。そんな中、水上から突き刺すように潜り込んできた蔦は一目散に零を絡め取ろうと襲い掛かってくる。それに対抗して高速召喚されたティアマットが猛攻する。
(今だ!)
その瞬間、再び水面が割れた。
振動による攻撃が露出された核を的確に、押しつぶしてゆく。
「要らねェよ。人を肥やしにしねェと咲かねェ花なンかよ……ッ!」
水面に沈み落ちてゆくサーバントの残骸に履き捨て、恋は岸に上がる。
「大丈夫ですかっ!」
真っ先に駆け寄ってくる水鳥の元気さに苦笑しながら、手を振って見せる。
「っぷは、……やっぱこの時期だと水中はまだ寒いな」
若干震えながら水面に上がる零。
「これで平穏が取り戻せるのならばこのぐらいなんてことないでござ……くしゅっ!」
「あー……びしょ濡れ何とかしないとな」
さすがに風邪ひく、とくしゃみをする二人を見ながら恋は言った。
(今回は明らかに人の多く集まる場所……そしてやはり、餌が自ら近づいてくるのを待つ植物……)
ヴィエナはふと、周囲を見回したが何者の気配も既になかった。