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コンクリートを突き破って出現したツクシ。袴と呼ばれる葉の部分と茎によって構成されているそれは一見して異常だとわかる。――巨大なのだ。
人の背丈以上に高い所にある袴は人々を睥睨するように首をもたげ、餌を探している。
それは化物だ。天魔とか呼ばれるもの。
それを発見した住民は警官の後ろで震えている。それもそうだろう、警官が駆け付けた時に見たのは通りがかりの人がツクシの袴部分によって腹部を突き上げられ、建物の壁へと激突する場面だった。
既に仲間の警官たちには無線を使って状況を説明し、久遠ヶ原の撃退士へと依頼を出してもらった。だが、だが今目の前に化物がいるという状況に変わりはない。
(これは人生終わったな……)
今まで警官が生きていて、天魔事件に遭遇したのはこれが初めてだ。撃退士が現場に来るまでどの程度の時間がかかるのかはわからない。ただ、化物は既に警官へと狙いを定めている。
じゃりっ
足が鳴らした音。それと同時に襲い掛かって来たツクシ。咄嗟に、後ろに庇っていた住人を突き放した。
「うっぐぁ……っ!」
首に絡まる、茎。人の腕の倍ほどもあるそれが締め付けてくるのに息が詰まった。
「うわぁぁああああ!!」
住人が後退るように距離を取った。どうやら、彼には化物の注意が向かっていないようだ。
(はやく、逃げてくれ……っ)
身近に迫った死の恐怖となけなしの正義感で警官は思った。
「とりあえず一発食らっとけや!」
ライアー・ハングマン(
jb2704)は三日月のように鋭い刃を敵サーバントに向けて無数に打ち出した。目の前の獲物にしか注意を向けていなかったサーバントはそれをモロに食らい、細かく刻まれた茎がバタバタと地面に落ちてゆく。
同時、警官の首へと絡まっていた茎も間を切断されてゆるく、落ちた。
「けほっこほっ」
御堂・玲獅(
ja0388)は咳き込む警官を背に、ビチビチとコンクリートの上で動きまわる茎を火炎放射器で焼き払う。
「今のうちに、避難を!」
御守 陸(
ja6074)は警官の手を取って長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が言う方向へと駆けだす。もう一人、転がっていた住人は既に恵夢・S・インファネス(
ja8446)が敵の攻撃が届かない範囲まで連れ出したようだ。そこらに倒れていた、敵に攻撃をされたらしき人物を石動 雷蔵(
jb1198)がそっと、壁へと持たれ掛けさせていた。脳震盪を起こしているかもしれないのでそっとだ。御守 陸(
ja6074)が見える傷に応急手当をしている。
前に出ていた玲獅も火炎放射器を向けたまま後退、敵の攻撃範囲から抜け出る。
「あのサーバント、やはり移動はできないようねェ」
黒百合(
ja0422)がサーバントから視線を離さないまま、笑みを張り付けた。敵はこちらをヒタと睨みつけたままだが攻撃を仕掛けてくるそぶりはない。
天敵である撃退士からの攻撃を受けているというのに、じっとしている。ということは、今黒百合たちがいる場所は敵の攻撃範囲から外れた、安全圏。敵が移動をしてくるのならばそれもまた違うのだが、移動する気はないらしい。――いや動けないのか。
「……へんてこなサーバントなの。なんでこんなつくしんぼみたいなのが生まれたのかな?」
周 愛奈(
ja9363)もまた首を傾げた。けれど、敵が植物系――地面に根を張って動けないというのならばそれは好都合というものだ。何事も、土台が大事というのだから敵が動く、動かないにかかわらず足元を狙うのは条理。
「君たちが……撃退士なのか?」
呼吸が落ち着いたらしき警官が尋ねてきた。その眼が示すのは懐疑。初めて撃退士を見たものに多い、こんな若者でよいのかという戸惑いの視線。
玲獅は安心させるように微笑んだ。
「依頼人、でよろしいでしょうか。詳しい状況を聞きたいのですが」
「あ、ああ……」
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「不審人物というのが気になりますわ……」
みずほの言葉だが、皆の心情は一致している。
「枯れ草色のコートを着た背の高い人物、か……難しいな」
該当する人物が複数人いる、と雷蔵は呟いた。召喚したヒリュウを上空に、固有能力である視覚共有から野次馬の群れを観察する。
前日に警官が現場にて発見した不審人物の特徴は服装だけだ。顔立ちのようなものは暗い中であったし、ほぼ特徴もなかったそうだ。どこにでもいそうな、最近の若者だという。
もし、この天魔事件に関係する人物であるならばその男はシュトラッサー、もしくは天使という可能性も出てくる。
先ほどの警官には後で再度不審人物について聞く必要性は出てくるだろうが、今は何よりも一般人の安全が第一だと避難誘導の方に行ってもらった。
朝、通勤時間ということもあって人の流れはすさまじい。迂回を促すにも野次馬と化した連中というのは人の話を聞かないものだ。住民への注意勧告、カラーコーンやキープアウトのテープでの通行遮断――人手は足りない。ライアーと黒百合もその協力に今は場所を離れている。範囲内に入らなければ敵も動かず様子見状態から動かないためだ。
「犯人は現場に戻るというけどねェ……」
黒百合の声に振り向く。
「戻ったのか」
「あらかた、野次馬は散らしてきたぜ。ま、後から増えるだろうがな」
聞き分けのないやつにはオシオキぜよー? って言ったら簡単だった、とクスクス笑みを浮かべるライアー。その反応に撃退士がどういう目で見られているのかわかったが、しかたがない。撃退士は天魔という災厄とともにある存在。つまり、行程と結果が入れ替わっても、撃退士が災厄を運ぶと意味は同じなのだ。
(関わり合いになりたくない、か……わかりきっているがな)
撃退士は、自ら為る者もならざるを得なかった者もいる。天魔の被害にあった故に撃退の道についたものだって、そう少なくはないのだ。
「戦闘中に介入されると厄介だしな、とりあえずヒリュウを飛ばして注意を払っておくか。発見しても見て見ぬフリで行こう」
動かないとはいえ目の前の敵を放っておくわけにもいかないしな、という雷蔵。
「敵は攻撃力がありそうですね」
先ほどの方、掠り傷のようでしたが骨折が見られました、と陸が言う。既に戦闘モードに入っているのかその語調はやや冷たい。
「それと再生能力もだな」
さっきの攻撃の部分、元に戻ってるとライアーが付け足した。先ほど、クレセントサイスで切り刻み、玲獅が焼き払ったはずの茎。けれど敵は再び茎を長くし頭部分を垂れ下げ、こちらを睥睨している。長さはおよそ三メートル弱。
「えーと、ツクシの穂を放置すると、緑色を帯びたほこりの様なものがたくさん……こっちはいいや。えー、浅い地下に地下茎を伸ばしてよく繁茂する。生育には湿気の多い土壌が適している……?」
プリントアウトしたツクシ情報を読み上げる笑夢。敵は天魔ゆえ、既成の生物を模倣することが多いとはいえ、どこまでが同じでどこに差異があるのかはその個体ごとに変わってくるが、外見上はツクシに似ているし、植物系であることから見て炎系攻撃にも弱いだろう。後は、根を張っているために動けない、というのも同じであるらしかった。
「うーん、参考になってるのかなってないのかよくわかんないけど……浅い所に根っこ?」
よし、と言って大剣を構える笑夢。
「敵は動けねぇし包囲殲滅するのが理想だわな。まぁ、俺は後衛とさせてもらうとするか」
前に出て攻撃でも食らったらお陀仏になりかねんからな、俺は。というライアーは他と比べると防御力が低いのだ。希望し後衛となったライアーに加え、玲獅と陸、愛奈がジョブ的に後衛だ。
「では、前衛には私と石動さん、黒百合さん。皆で攻撃をしている間にインファネスさんが敵の弱点と思われる根を露出させるという流れでよいですわね」
みずほが確認を取ると、愛奈が力強く頷いた。
「ともかくこのまま放っておいたら、みんなの迷惑になるの。だから、愛ちゃんがきちんと退治するの!」
「では前衛の方、今アウルの鎧を掛けますね」
玲獅が前衛三人の防御にアウルを付与する。これで、準備万端だ。
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「ミンチの御時間だよォ、雑草は雑草らしくバラバラに散って大地の肥やしになり果てろォ♪」
歪んだ笑みを浮かべる黒百合は闇を纏って敵の攻撃範囲外から一気に接近。迎え撃って出た茎を、ヒラリと交す。そこへ玲獅の放った雷が向かう。
だが頭は避けず、そのまま雷と相対――透明な壁が出現し、雷を防御した。
「耐魔法シールド、というところですか……」
だが、玲獅が呟くか否か、黒百合が死角から二連撃を加える。それだけであっけなく、茎は絶えた。
「頭だけ護っても、ねぇ……?」
笑みを浮かべながら黒百合が再度、闇を纏う。
茎を狙い、死角からの攻撃を放とうとした瞬間、襲ってくる大量の茎。後退に距離を取る黒百合に対し、追う茎。空蝉で対応する前に、雷が間に入る。
そのまま黒百合は下がり、攻撃範囲外まで出ると影を固形化させる。無数の棒手裏剣が周囲に広がる。
「あははははァ、さぁ、何分割で死に絶えるか試してみようかしらァ♪」
黒百合の声に従うようにして、手裏剣が茎へと猛襲していった。
「避けるのは得意なんだ、っと」
敵の攻撃を避けた雷蔵はそのまま懐に潜り込む。
概ね、こういった遠距離攻撃に対応できるものというのは懐が甘い。攻撃へと手を伸ばしている間は本体が無防備になるのは誰だって同じだ。それが遠距離への攻撃なら、懐に一度潜り込まれたと思っても引き返すのに時間がかかる。つまり、
「ヒット!」
一発二発、と雷蔵の持つ左右の拳銃から銃弾が飛び出す。攻撃の要であるサーバントの頭の部分を、後ろから銃撃。袴と茎の切り替え部分に炸裂し、頭がはじけ飛ぶ。
その雷蔵を狙い、襲い掛かろうとした茎をライアーが炎で焼き尽くした。
「綺麗な華を咲かせてやんよ」
ライアーの周囲に浮く色とりどりの炎が軒並み、サーバントへと向かう。その爆発によって弾幕が広まり、的を見失ったサーバントの動きが止まった。
本来ならば弾幕で見えないのは敵も味方も一緒だ。しかし、雷蔵には他に眼がある。船上を俯瞰するヒリュウには、動かない敵の位置など明白である。
敵から距離を取って弾幕から抜け出た雷蔵の手元、クロスファイアが火を噴いた。
愛奈が雷帝霊符で敵を撃つと同時、みずほは踏み込んだ。拳で打つ。そしてすぐさま距離を取る。そんなヒットアウェイ戦法に焦れたように敵は大ぶりの攻撃で打って出た。
(来ましたわね)
待ってました、と隙の大きくなった攻撃に、タイミングを合わせて首を回す。攻撃を避けた。スリッピングアウェーだ。
「これが、人が2000年の歴史で作り上げたディフェンス技術ですわよ」
みずほという的を外して、サーバントの頭は地面へと向かう。その動きを止めようとした一瞬、サーバントの体は動かなくなった。地面からわらわらと出現した複数の手がその長い首を抱きとめている。
「……動きを止めたの。いまのうちに思い切り攻撃を仕掛けてほしいの!」
愛奈の作った隙に、みずほの口元が優雅な笑みを象る。
「棒立ちではいいサンドバッグですわよ?」
移動ができない相手ならば攻撃が単調となるのもまた道理。その太刀筋は簡単に見切れるというものだ。
みずほは短い息を吐くと共に拳を突き出した。打ち出されたアウルが敵を襲うと同時、みずほは下がる。それと交互するように、愛奈の放った炎の塊が敵へと突進していった。だが、炎の中にサーバントの頭は揺らめいている。
まだ、敵の戦意は削がれていない。
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現場付近で見かけた不審者が歌っていた歌はもしかしたら事件に関係あるかも、と口ずさみながら大剣をコンクリに突き刺し、少しずつ根を根絶していく笑夢。玲獅が黒百合の加勢をしながら生命探知で根を探してくれるので指示通りに抉るだけ、簡単な作業だ。
だが、抉られた根から繋がる茎はバタバタと倒れ落ちる。そんな笑夢を援護するように、陸が向かい来る茎の軌道を銃弾を当てて反らしてゆく。
「んーと、あった!」
他とは違う感覚にコンクリを派手に破壊して中身を露出させる。
そこに見えたのは血のように紅いもの。周囲を根に取り囲まれ、守られるようにある朱。――このサーバント核ともいえる弱点。
核の露出に気付いたツクシがそれまでの動きをすべて止め、一斉に笑夢へと猛攻を掛ける。だが、その前に銃弾に撃ち落される。
「やらせはしない」
陸が放つ銃弾が敵の軌道を反らすが、敵も必死に上からも下からも自由に軌道を変えて笑夢へと接近しようとする。
「く……っ!」
「凍って眠っちまえや、大人しく……な」
笑みをこぼしてライアーは凍てついた空気を放つ。火勢のようなサーバントの動きが鈍くなった。だが、完全には止まらない。
一瞬後、跳ね返すように自らの弱点だろう核へと巻きつこうとする。
「――Sting Like Bee!」
蜂の様に刺す。アウルを一点集中させた、高速にして最大の一撃。ひねりを加えたみずほの右ストレートは核に当る瞬間、爆発。その形状を針のように鋭いものにして刺し貫いた。
「よぅ、そこの兄ちゃん――何してんだ?」
ライアーの問いかけに、男は動きを止めた。
戦闘中の介入はなかったとはいえ、枯れ草色のコートの男への疑いが晴れたわけではない。要注意人物としてヒリュウが見張っていた人物数人のうちの一人に、ライアーと陸は対峙する。
「俺が誰かって? そんなもの、誰にも、そう俺にもわからない……」
相手を揶揄するような、通じない会話をしてくる男に警官が目撃した不審者はこの男かもしれないという疑念が深まった。
「……お前は何者だ。目的はなんだ」
冷酷な視線を向ける陸に、男は振り返らなかった。けれどコートを翻し、駆ける。
「……逃がさない!」
角を曲がった男に陸も急ぎ曲がる。銃口を上げるが、
「いない……」
「逃げ足早ぇな」
「あの男、また現れるでしょうか……?」
始終、顔を見せなかった男。事件に、天界に関わりがあるのは間違いない。
「考えてもしかたない。皆でモーニングでも食べに行かないか?」
早朝の依頼で朝食を済ませていないのは皆同じである。