依頼を受けた6人は学食に集まって、今後の調査方法を相談することにした。
「まずは今回の件、本当に怪奇現象なのか、人為的なものなのかというところだけど、みんなはどう思うかな?普通の学校なら悪戯で決着なんだろうけど、ここでは、何があってもおかしくは無いか」
とりあえず一番年上の冴島悠騎(
ja0302)がそう切り出す。
「ゆ、幽霊なぞおるわけないのじゃ。人為的に起こしておるに違いないわ!」
白い法衣を纏ったフル・ニート(
ja7080)が、若干顔を引き攣らせながら言う。
「そうですね。お化けなんて、そんなメルヒェンなぁですよね」
ツインテールに赤いリボンの水無瀬詩桜(
ja0552)もフルの意見に同意する。
「でも、不思議現象ですね……」
巫女姿の村上友里恵(
ja7260)が控えめにそう言ったが、内心では探偵になったようでドキドキしている。
「トリックなら面白そうだが」
もしそうなら、暇なことをする人がいるものだと木花小鈴護(
ja7205)と思った。
「でも、嫌な感じ。誰が何の目的で事件をおこしていたとしても、気に食わないわ」
中国人とのハーフの藍星露(
ja5127)は顔を僅かに顰めていう。
「じゃあ、とりあえず人為的なものとして調べましょう。まずは情報収集からね。あと、一日一回は学食にでも集まって報告会しない? どうかしら?」
「情報の整理は推理に必要と聞きました。良い案だと思います」
村上が肯くと、他の4人も異議なしということで、毎日放課後に集まることになった。
次の日から6人はそれぞれ調査を開始した。
冴島は学園の学生が作ったWEBサイトの掲示板をチェックして、旧校舎の怪現象についての書き込みがないかを探す。
「怪現象、怪現象と…… えーと、鏡に映る白い影、笑う骸骨標本。裸で走る男って何これ? あ、これね。誰もいない教室で話し声が、確かに最近多いみたいね。でも、起きてる場所はばらばらだわ。あと、瞬間移動する少女の霊。これも多いわね。まだ誰も正体は見てないか。怪しいなぁ」
主だった書き込みをメモしておいて、次に“アウルの力を強制的に高める薬”に関連する書き込みを探す。だが、それらしい書き込みは見当たらない。
「堂々と書いてあるわけないか。やっぱり隠語とかかな」
少し考えて、『数字と名詞→何かしらのレス』という順で、一定以上繰り返し書き込まれているものをピックアップしていく。
フルは職員室に向かって歩いていた。
(どうも旧校舎から人を遠ざけたい風には感ぜられぬの。斯様な噂は逆に人の気を引こうし、噂の流布自体が目的かや? ずばり此度の件は新たに怪談を作らんとするオカルト好きの所業じゃ!)
「ふふふ。神の眼は誤魔化せぬ!」
フルは一人、ドヤ顔で呟くと、職員室のドアを勢い良く開けた。
「失礼するのじゃ!」
とりあえず近くにいる教師に声を掛ける。
「先生〜、旧校舎の見取り図借りられんかの? ですのじゃ」
今まで“神の子”として敬われる立場だったので丁寧語がまだおかしい。
「旧校舎の見取り図? うーん。資料室にあったかなぁ ちょっと待っていなさい」
「最新版をお願いするのじゃ」
「最新版ねぇ あそこは無秩序に増改築されてるから、まとまったのはあるかなー」
待つこと数分。教師が何冊かの冊子を持って戻ってきた。
「これが旧校舎の初期の見取り図だ。そして、これが南側を改築した際の図面。そしてこれが東側を増築したときの図面で、これが……」
そう言って次々に図面を渡されていく。フルは両手の上に積み上げられていく図面の山を引き攣った顔で見つめた。
「……ちょっと、借りていっても、よいかの?」
水無瀬は、早朝から都市迷彩服に身を包み、顔にも迷彩化粧を施して、旧校舎正面玄関を見張れる位置にある茂みで張り込みを開始した。完全に周囲と同化した状態で双眼鏡を構える。見慣れぬ人の出入りがあった場合に撮影できるように望遠レンズ付きカメラもセットしている。
忍耐の一言で監視を続け、お昼も携帯食で空腹を我慢した。
「欲しがりません、真相を暴くまでは!」
藍は聞き込みを中心に動いていた。聞き込みの対象は主に不良っぽい生徒たちだ。とりあえずサボりといったらここっということで、校舎の屋上に来て見た。
風に乗って微かに煙の香りがした。これは、タバコの臭いだ。臭いのする方にそっと歩いていくと、給水タンクの裏にたむろしてタバコをふかしている5人を見付けた。
「あ、いたいた。よーし」
藍は、静かにアウルを発動させ、特殊なスキル、『アウトロー』を発動した。これで話が聞き易くなったはずだ。できる限り自然な感じで、5人の方へ歩いていく。
「こんにちはぁ」
突然声を掛けられて5人は慌ててタバコを隠そうとしたが、相手が女子生徒だと判ると力を抜いた。
「なんだよ、てめぇは。おどかすんじゃねぇよ!」
一人が下から舐めるように睨み付けてくる。
「ごめん、ごめん。驚かすつもりはなかったのよぉ」
藍が明るく言うと、その不良はチッと舌打ちするに留まる。よかった、スキルが効いてるみたい。
「ちょっと訊きたいことがあって。旧校舎の怪現象って聞いたことなぁい?」
「旧校舎の? 怪現象だぁ?」
「そう。何か知ってたら教えてほしいなぁって」
藍がそう言うと、不良たちはお互い顔を見合わせた。
結局、不良たちも怪現象の噂が出始めてからは旧校舎へは入っていないらしく有益な情報は得られなかった。
藍はその後、一人で旧校舎に向かった。気になる点が1つある。もし何処かで隠れて悪さをしているならば、旧校舎自体に入らせないようにする方が安全のはず。それをわざわざ相手を奥まで誘導してから脅かしていることから、そうやって導いた先にある何かを、こちらに見付けてほしいように感じられる。
「さて、どう出てくるかな?」
藍は旧校舎をあちこち歩き回ったが、怪現象も怪しいところも見付けられなかった。それより旧校舎は本当に複雑で危うく迷子になるところだった。
「で、なんで俺のところにくるんだ?」
木花は机の上に並べられた図面と、その向こうでどこか偉そうなフルと、申し訳なさそうな顔をしている村上の東西神の使いコンビを交互に見やった。
「何故って、こういうのは男の方が得意じゃろう」
「ごめんなさい、木花くん。私もこういうの苦手で……」
どうやらフルは手に入れた旧校舎の図面が複雑過ぎて判らなかったようだ。それで村上に泣きついたが、村上も降参。そしてこっちに回ってきたらしい。
「男だからって得意とは限らないだろ。まあ、とりあえず見てみるけど」
溜息をつきながら木花は図面を広げた。
予定通り6人は放課後、学食に集まって情報交換を行った。
フルが旧校舎の見取り図のコピーを全員に配る。木花がメインでフルと村上が手伝って最新版に書き直したものだ。
それぞれが入手してきた情報を元に、見取り図に怪現象があったとされる場所にチェックを入れていく。
「……見事にバラバラね」
そう言って冴島が溜息をついた。見取り図上のチェック箇所は全体にまんべんなく分布している。
「まだ情報が少ないかもしれませんね」
水無瀬の言うとおり、全体に分布している上にデータ数が少ないため法則性が見出せない。
「そうね。もう少しデータを集めた方がいいわね」
「しかし、実際に旧校舎を見にも行った方がよくはないかの? 百分は一見に四角というじゃろ?」
「間違え過ぎだ、百聞は一見にしかず、だ」
フルのいい間違いを木花が冷静に突っ込む。突っ込まれたフルはぐぬぬぅと唸る。
「私は昨日、行ってみたけど、何も起きなかったわ。やっぱり毎日起こるわけではないみたいだから、何度か行ってみるつもりだけど」
「じゃあ、もう少しデータを集めたら、私たちも一度行ってみましょう」
相談の結果、冴島とフルと村上で明日の放課後に旧校舎へ行くことになった。
そして、次の日の放課後、冴島、フル、村上の3人は懐中電灯片手に旧校舎の入り口に立った。
「こ、これで肝試しをする生徒に見えますよね」
村上は、万が一犯人に出くわしたときに誤魔化せるように、怪しい御札や数珠をこれ見よがしに持ってきていた。
「じゃあ、今回はあくまで好奇心できました風にいくわよ? いい?」
「わ、わかったのじゃ!」
フルは、ロザリオを握り締めて緊張した面持ちで頷く。幽霊の存在など信じていないが内心はビクビクしていた。
3人は旧校舎の廊下をゆっくりと歩いていく。見取り図を見ながら、特に過去に怪現象があったとチェックされた場所を重点的に見て回る。
薄暗くなってきたので懐中電灯を点けようした瞬間、視界の片隅で何かが動いた。ハッとしてその方を見ると、先の廊下の角をスカートの裾らしきものが消えていった。
「! 出たわっ! 追うわよ!」
冴島は小声で叫ぶと同時に走り始めた。村上とフルも即座に反応して走る。
廊下を全力で駆け抜け角を曲がる。しかし、そこには既に少女の姿はない。
「は、速いっ!」
そのまま、その廊下を駆け抜けて次の角を曲がると、更に先の角にまたスカートが消えていく。
3人はその場に立ち尽くした。速いなんてレベルじゃない。まさに瞬間移動だ。
「……ほんとにいたんだ」
「い、いや、これは、ト、トリックに違いない、のじゃ」
「でも、もしトリックなら、これは凄いです」
「とりあえず行ってみましょう」
少女が消えた場所に行ってみると、そこは行き止まりになっていて、もちろん少女の姿はない。右に教室が1つだけ。
廊下から覗いてみたが、椅子がいくつか雑然と置いてあるだけで誰もいない。
「ど、どうしましょう? 入ってみますか?」
村上が冴島とフルに小声で訊く。と、そのとき、誰もいないはずの教室がガタンという音がした。
「!!」
3人は驚いて上げそうになった悲鳴を必死に抑えた。ガタガタと続いた後に、今度は話声が聞こえてきた。しかし、その話声は霊の囁きとかではなくはっきりした人間のもの。
やばい! これは犯人たちだ。3人は慌てて近くの教室に入って身を隠した。
少しして隠れている教室の前を、数人の足音が通り過ぎていく。最近は稼ぎが悪いだの、明日は少し多めに必要だのという会話が耳に入る。
ある程度足音が離れてから、そっと廊下を見てみると、歩いていく4人の男子生徒の後ろ姿が見えた。暗くてはっきりとは判らなかったが、その4人は、いわゆる不良という感じではなく、ごく普通の生徒のようだった。
次の日の報告会で、冴島たちは昨日のことを報告した。見取り図から昨日の教室の奥に、準備室として使われていた部屋がもう一つあることが判った。しかし、水無瀬の報告では不審人物の出入りは無かったというから、図面に載っていない出入り口があるのかもしれない。
ただ、これで今回の件はやはり人為的なものだと確定してよいだろう。そして、怪現象を隠れ蓑にして“アウルの力を強制的に高める薬”を売り捌いているに違いない。
「あとは、現場を押さえることね」
藍の言葉に全員が頷く。こういうケースの場合、現場を押さえて証拠を掴まないといけない。
「次の取り引きが、どこで行われるかが問題ね」
集まった情報、つまり囁かれる声、倒れる椅子の怪現象が犯人の仕業とすると、犯人たちは取り引き場所を転々とさせていて、続けて同じ場所では行っていない。
「でも、そうすると、取り引き相手にはどうやって場所を知らせていたんだ?」
木花が疑問を口にすると、全員がうーんと悩む。しばらくして、村上が遠慮がちに言った。
「もしかしてですが、”瞬間移動する少女”が道案内だったのでは?」
言われてチェックを入れた見取り図を改めて見てみると、確かに発生場所が近いというか重なっている部分が多い。これはありかもしれない。しかし、皆がそうだろうという考えになっている中で、藍だけは違っていた。
「あたしは、ちょっと違うと思うなぁ。誰かに不正の場所を知らせて、止めてほしいって思ってるんじゃないかなって」
藍の意見を冴島はなるほどと頷く。
「そうね、そういう見方もできるかもね。結局誰も実体を見ていないし。まあ、いずれにしても案内してくれることには変わりないわね」
そして相談の結果、明日決行することになった。
次の日の放課後、6人は旧校舎の廊下に目立たないように待機して、”瞬間移動する少女”の出現を待った。
そして、待つこと1時間。ついに現れた。
「来ました!」
村上がいち早く見付けて、右奥を指差す。全員足音を立てないように少女を追う。そして、少女が最後に消えた場所は、今度は倉庫だった。
そして、見取り図から、そこにも奥に増設された部屋があることを確認した。
そっとドアを開けて中に入る。ここにも椅子や段ボール箱が雑然と置かれている。
藍が椅子の一つに近付き、その足の部分を注意深くみてみると、透明な細い紐が結ばれていた。やはりトリックだった。木花が奥の部屋へと繋がるドアを見付けた。冴島と水無瀬がお互いを見て一つ肯くとアウルを発動する。
「「エナジーアロー!!」」
2人の放った魔法の矢がドアを吹き飛ばした。
全員で部屋に飛び込むと、犯人4人と買い手1人が驚愕に固まってこちらを見ていた。机の上には錠剤のようなものが置かれている。フルが携帯のカメラを連写する。
「おぬしらの顔はバッチリ写メに収めたのじゃ! 観念するがよいぞ!」
「貴方達のやっている事は全てお見通しです!」
村上がビシッと彼らを指差して叫ぶ。叫んでからちょっと照れて赤くなる。
藍が素早く動いて錠剤を押収した。
「執行部の依頼で来ました。既に応援も呼んであります。抵抗は無駄ですよ」
冴島の言葉で観念したのか、5人はがっくりと肩を落とした。
駆けつけた執行部と風紀委員に5人を引き渡した。最後に村上が呼び止めて気になっていたことを訊いた。
「もう一人女の子がいるはずですよね? その子は何処に?」
村上の言葉に犯人の男子生徒たちは首を傾げる。
「女の子って? 誰のことだ?」
「え? だって、あの瞬間移動する少女が、取り引き場所に案内してたんじゃないのですか?」
そういうと男子たちは益々判らないという顔になる。
「なんのことだか…… 場所はメールで指示してたんだけど……」
それを聞いてフルの顔が青褪める。
「な、ならば、あ、あの瞬間移動する、しょ、少女は……」
「本物の幽霊」
藍の止めの一言で、フルはうーんと唸って気を失った。
後日、執行部の話では、“アウルを強制的に高める薬”というのは、ただの風邪薬や酔い止めの薬を調合したもので、暗示によって精神を高揚させてアウルが高まったと思い込ませるだけのものだったらしい。但し、そういう怪しい物が学園内に流出していたことは確かで、その入手経路は徹底調査するとのことだった。
“瞬間移動する少女”は結局謎のまま、学園七不思議として語られている。