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沿岸地域・市街地。この地への直接的侵攻に出た、カストル・アークライトの進行ルート上。
「……風が好きとの事ですが、どうやら得意技は洗脳らしいですね?」
作戦開始の前段階に割り出されていた時刻丁度に現れたカストルと、Rehni Nam(
ja5283)が対峙する。
カストルはRehniの後方、距離を取って待機している五名の撃退士と、彼女の呼び出した『大佐』の姿を確認して、目を細める。
「対策なのだろうが、悪手だな。この状況、援護役の射手が居る事を想定しても、此方に分がある」
カストルの前に立ち塞がっているRehniではあるが、後方五名との距離は、かなり開いている。
「しかし、そのような発言をしているという事は、この状況を恐れているのでは?」
「さて、な」
肩を竦めた彼の手中に顕現する、虚無の力を宿した大剣。歪曲していく空間。
「何処へでも吹き抜ける自由な風ではなく、澱み腐った穢土の風……」
吹き抜けようとしていた風もまた、歪曲していく空間に取り込まれていき、Rehniはそんな言葉を口にする。
「もはや風は止んだのだ。それが澱んでいようが腐っていようが、関係の無い事よ」
カストルはそれに応えるように、すっと左手をかざして。
「……だが、鎖には成り得るかもしれないな」
Rehniの姿を睨みつけた。
「そうですか。そんな物で私を縛り付けられるというなら、縛り付けてみせなさい」
Rehniは動じず、カストルの前を離れようとはしないが、カストルはそんな彼女の姿を見て、口元を引き締める。
「そうか。これは忠告だったのだがな……!」
そして放たれる、念動波。混沌を具現したような『それ』は、抵抗をする間も与えずに、彼女の精神を喰らう。
「また厄介な技を使うが……妙だな」
鳳 静矢(
ja3856)は洗脳を受けたRehniとカストルの様子を見て、咄嗟に身構える。
何故ならRehniは、その場で両手を広げ、その身を差し出すような動作をしていたからだ。
「洗脳を受けたからと、そのまま利用されると思うな」
無抵抗のRehniを前に、カストルは顕現した大剣を構え、息を吐く。
Rehniの呼び出した大佐は、事前より彼女に色々な事を言い含められていた。
だが洗脳によって、Rehniが自ら無抵抗を選んでいる影響か、まともに行動を起こす事が出来ず。
「此方に一手を差し出してくれた事、感謝せねばならないな!」
Rehniは無抵抗のままに斬り飛ばされ、地面を転がった。
「……やれやれさぁね。死地に立つつもりは更々無かったんだがねぇ」
その一手を皮切りと踏み、九十九(
ja1149)は後方から、追撃を防ぐ為の射撃を行う。
精神が練磨された状態より放たれた矢は、暗紫風の力を受け、カストルの元へ到達する。
彼は防御すらもせずに矢を受けるが、微動だにせず、ゆっくりとRehniから視線を外して。
「道を開けてもらおうか。それでも我が道を阻むと言うのなら、この場で斬り伏せる」
いよいよ行動を開始した五人に対し、宣戦布告をした。
「この即効性、以前使っていたものの完成形という事ですか……」
静矢と共にカストルとの距離を一気に詰めていく十三月 風架(
jb4108)は、かつての戦闘の経験から、それが彼の実験の成果である事を理解。
Rehniは深手を負った事で意識を取り戻しているが、その効果が如何に強力なものかを物語っていた。
カストルは、歪曲した空間に静矢と風架が踏み込んできた事を受け、翼までもを顕現させる。
「……油断出来ない相手だ。一気に行かせてもらう!」
顕現した翼は空間と共鳴し、彼の姿が僅かに揺らぐも、静矢はただ真っ直ぐに、カストルへ渾身の一手を叩き込む。
明色、暗色の紫。それらが注ぎ込まれ、昇華した一手。
静谷の斬撃とカストルの大剣が接触した刹那、鳳凰が如き紫のアウルが辺りを飛び舞う。
「これが貴様の全力か……!」
その一手、カストルであれど受け止める事は敵わず、受けを無視した衝撃が彼の肉体を蝕む。
それが確かな威力を発揮した事は明白だったが、カストルは受けの後、静矢に斬撃を浴びせんとする。
「……風を捨てた風神よ、貴方は何を望むのですか?」
だが、そこで死角を取った風架が、カストルの動きを封じ込めんと自らの血を円錐状に伸ばしていく。
しかしカストルは、背後に迫る気配を察知。翼と虚無の力を共鳴させる事で空間転移を引き起こし、風架の血針を回避する。
「聞いていた通り、厄介な動きばかりしてくるみたいですね。裏を掻かれてしまいましたが、さて……」
同タイミングで復帰したRehniは、肉体を活性化させる事で自身を治療し、次の一手に備える。
「風を捨てた、か。だが望むものの為には致し方の無い事、今の私には進む以外に道は無い!」
空間転移によって静矢の側面を取ったカストルは、彼に向けて大剣を振り下ろしつつ、自身という存在を歪曲させる事で風架、Rehniまでもを手中に収める。
三人は防御へ転じ、虚無の刃を受けるが、Rehniはダメージの蓄積によって押し切られ、その場に倒れ込む。
ただ、夢か現か、蒼い月より降り注ぐ雫が不倒の力をもたらし、彼女は再び立ち上がった。
「いいや、絶対にこの先には進ませない! こっちにも居る事を忘れるな!」
そうして攻撃を終えたカストルに、遅れながらも空間内に踏み込んだ鈴代 征治(
ja1305)が、十字架を用いて更なる追撃を仕掛ける。
彼の両腕に宿されし光と闇のオーラ。繰り出される、決して防ぐ事の出来ない一撃。
「追撃か……!」
征治の接近と攻撃に気付いたカストルは、両手で構えた大剣を振り抜く。
それによって征治の攻撃を弾き返したかと思われたが、混沌の片鱗は衝撃となって、彼に一定のダメージを与えていく。
先程までは後方に居た五名も、九十九を除き、次々と歪曲した空間の中へ突入してきており、カストルは次なる標的に狙いを定める。
「圧倒的な力を持つ刃は、敵としてもさぞ強力であろうな。ならば、利用する他に手は無い」
そして彼は左手をかざし、念動波を放つ。
次なる標的となったのは、静矢。内なる記憶、内なる混沌が一瞬にして引きずり出され、傀儡となった彼は、真っ直ぐRehniの元へ駆け出した。
「以前、氷刀を使った時点でいくらでも想像はしていましたが、今度は氷影……。ポルックスの技の原型が、全てここにあると考えるのが妥当でしょう」
それ故に、少しでもカストルの行動を阻害すべく、風架が再び背後からの攻撃を仕掛ける。
「ポルックスも零も、そして正宗も、自分自身を探して戦っていました。ならば主である貴方は、この先に何を望むと言うのですか?」
しかし、カストルは振り向き様の一閃で彼の攻撃を弾き返し、掠り傷を負いながらも動じない。
「面倒だけど、やらない訳にはいかないんでねぇ。このまま妨害を続けさせてもらうさぁね」
カストルの視線は風架を捉え、大剣を構える手には力が込められていたが、九十九が引き続きの支援射撃を行う。
精神を錬磨し、風の力を借りようとも、九十九の射撃が有効打になる事はない。
だがそうする事でカストルの防御行動を誘発させ、妨害として機能している。
現に、風架と九十九の攻撃が繋がる事で、カストルの動きは止まっている。
その隙にRehniが重ねてリジェネレーションを使用し、自らの傷を癒していく事で、状況は少しずつ彼等の方へと傾いていた。
「確かに私の手を止める事は出来ているのだろうが、しかし此方には――」
だが、彼に洗脳された静矢がRehniの元に到達し、闇を纏った刀を振り下ろさんとする。
静矢もまた、洗脳を受けている間は強力な敵として存在している以上、状況は振り出しに戻るかと思われた――が。
「悪いな。確かに洗脳で作り出した手駒の方は自由だが、だからと言って誰も守らないとは言ってないんでな」
静矢の攻撃を代わりに受け止め、有利な状況を維持したのは、向坂 玲治(
ja6214)だった。
後方からのスタートであったが故に、到達こそ遅れたものの、彼の守りは静矢の刃を受け止め、事実上の無効化を果たす。
「……やはり、再び相見える事は必然だったという事か」
「ああ。それで、あれだけ拘ってた正宗の事はもう良いのか?」
幾度とカストルの前に立ち塞がり、その度に彼の攻撃を受け止めてきた玲治は、この場に於いても存在感を放っており。
「それとも、もはや拘っていられない程、上層部に余裕が無いって事か?」
彼は挑発混じりの問答の中で、カストルから何らかの情報を引き出そうと試みる。
「言っておくが私は、それらを捨て去ったつもりは毛頭無い。否、あれはもはや拘りなどという枠中には収まらない」
カストルは徐に口を開いた。
それは挑発や問答に乗ったという訳ではなく、ただ自らの『生き方』を示す為。
「ただ封ずる事で、見届けられると言うのなら。そうする事で積み重ねてきた物の意味を残す事が出来るのなら。私はただ、あれらを無為にする訳にはいかないだけだ」
正宗とノヴァは死んだ。彼の妹であるシエルは堕天使として生きる道を選んだ。
彼等の命は終わったのであろう。彼女との関係は途切れたのだろう。だがそれは命としての、関係としての終わりを迎えただけで、意味として途絶えた訳ではない。
「そうか。まぁ、どっかで引きずってんじゃないかとは思ったぜ。そっち方が自然なのかもしれないけどな」
その『答え』に続きがある事は明白だったが、玲治は円卓の騎士――七人の幻影騎士結界を展開し、九十九と風架を除く、味方三名の守りを固める。
「ならば、このまますぐに終わらせてやる……! 敵が何かを目指すと言うのなら、それを阻むのみだ!」
そこから続け、カストルの側面を取った征治は、洗脳にも屈していない絆の力を受け、二連撃を叩き出す。
側面を取っていた事もあり、一発目は命中するも、カストルは二発目を弾き返し、そのまま流れるように征治の懐へ入り込んだ。
「阻まれようと、それこそが終着点であるというのなら、それもまた答えなのかもしれないな」
征治はカストルの反撃を咄嗟に防御するも、歪曲した空間が彼の肉体を蝕み、一定のダメージを負う。
更に、歪曲した空間は再びカストルという存在までもを歪曲させ、分身がRehniと静矢に襲い掛かった。
洗脳を受けていた静矢は無抵抗での被弾を許し、深手を負うも、玲治は再びRehniを守り、彼女がダウンする事態を回避していく。
「つまり、その答えとやらを見届ける事こそが、貴方の目的である、と?」
風架の問いにカストルが直接答える事こそ無いものの、それは肯定であったのか否か。
攻撃後の隙を突いて放たれた血針はカストルを捉えるも、その身を貫く事は出来ず、行動の阻害には至らない。
「だが一つ。私が今、どうあっても成さねばならぬ事は、この市街地を完全に制圧し、与えられた使命を果たす事だけだ」
そんな風架に返されたのは、風神という仮面を捨て去った彼の全力。
姿が揺らぎ、大剣が構えられたかと思うと、瞬く間に風架の肉体は切り裂かれ、Rehniたちとは正反対の方向へと吹っ飛ばされた。
致命傷を受けた風架がダウンすると、カストルは空間転移によって、残る五名全てを自身の『前面』に収められる場所に陣取り、大剣を掲げた。
「死して尚、意味を持ち続ける者たちよ。光天の下へ集い、我が道を切り開け……!」
掲げられた大剣に集約していく虚無の力。
歪曲していた空間は元の状態に戻り、風が吹き抜けていく。
「奥の手、でしょうか。そういう事なら、封じさせてもらいましょうか……」
それを奥の手の前兆であると踏んだRehniは、臆さずカストルの元へ走り、再び彼の前に立ち塞がった。
「人の身で封じられると思うな、我が奥義の片鱗を」
カストルが大剣を振り下ろすと同時、空の彼方から無数の光線が降り注ぎ、彼の前方に居る五人を射抜く。
「その身に刻め、我が虚構の姿を……!」
そして虚無の力を宿した大剣が振り抜かれ、無色の剣波が放たれた。
ガラスが砕けるように、景色が割れる。無色透明の破片が散り、光を受け、儚くも美しい輝きを放つ。
Rehniはそれを受け止めんと立ち塞がるが、自身の真後ろが死角となっただけで、努力も空しく呑まれゆく。
彼女に続けて玲治、静矢、征治と剣波に呑まれていくが、九十九は被弾寸前で範囲外へと逃れた。
「…………」
剣波が通り過ぎ、辺りは静寂に包まれる。
だが、今も五人は立ち続けていた。
「此処をどうしても通りたいのは分かった。ただ、目的が目的だ。簡単には通してやれねえな?」
これだけの攻撃を受けた事で、さすがに結構な傷を負っているが、それでも玲治は平然と答えた。
広範囲に渡るこの攻撃は、一点突破という意味では威力を発揮しきれず、複数人の守りを固める一手には弱い。
そう。静矢はダウンしかねない程の深手を負っていたのだが、玲治が彼の代わりに剣波を受け、そして円卓の騎士の効果が最大限に活かされた事で、結果として五人全員が奥の手を耐え凌ぐ事が出来たのだ。
「ふっ……ふははははっ……!」
静矢は洗脳を受け、その内に眠る記憶の残滓を引きずり出されていたが故か、笑い、鋭い視線をカストルへ向ける。
焼ける故郷。失った家族。人を襲う天魔の姿、そしてそれを守る事が出来なかった撃退士。
その光景を見ていたのは、彼自身。何も出来ず、ただ絶望的な光景を前にして、佇む事しか出来なかった、昏い過去の記憶。
「……この力が貴様の本地か。これで何を無に帰し、そこに何を築くつもりだ?」
それを引きずり出され、激昂しない訳が無く。
「では。反撃といかせてもらいましょうか」
Rehniの一言を起点に、反撃が開始された。
彼女はシールゾーンを展開し、カストルの技を封じ込めんとするが、彼はそれを無意味と打ち破り、大剣を構える。
しかし、その行動によって生まれた僅かな隙を繋ぐように、九十九の矢が飛来。
「嫌な事を思い出させてくれた返礼だ! 受け取れッ!」
防御の追いつかなかったカストルが被弾すると同時、静矢は彼の側面を取り、絆の力を宿した二連撃を叩き込んだ。
静矢の二連撃を防御するカストルではあったが、威力の高さからか静矢が押しており、それを好機と踏んだ征治もまた、静矢の逆サイドから二連撃を狙う。
「このままもらっていく、今度こそ終わりだ!」
一発目を背後から直撃させたものの、二発目を斬撃で弾き返され、一歩後退する征治。
「突破だけを考えた攻撃じゃ、俺たちは倒せないって事だ。残念だったな」
だが、そこへカバーに入った玲治の攻撃により、カストルは後退し、このまま押し通る事は敵わないという事を証明した。
結果、カストルはこの場から撤退し、いよいよ攻勢へ転じる事が出来る状況へと持ち込む事に成功する。
戦闘後の時間を利用し、Rehniが風架に治療を施した後、六名もまたこの場を撤退。次なる戦闘へと備えるのだった。