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沿岸地域、市街地。道路上。
「――待ち侘びたぞ、撃退士」
そこに堂々と姿を曝していたのは、ムラマサ。だが彼の纏う雰囲気は、今までとは何処か違う。
さながら、研ぎ澄まされた刃のような。その鋭い視線は撃退士たちの姿を捉え、一寸のブレも見せない。
「んー、今までとちょっと雰囲気違うかな。小馬鹿にした感が消えてるじゃない、心境の変化でもあった?」
微笑し、小馬鹿にしたような雰囲気を醸し出しつつも、今までとの差異を感じ取る砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。
「その力を見くびっていた事に気付き、一度ばかりは真剣に手合わせをすべきかと思ってな。君の言う事は間違ってはいない」
一変したその口調、眼差し。これが彼の持つ、本来の物である事は間違いない。
だがそれらは、既にこの世には居ない『ある人物』と重なっている。
「何時か戦った剣士と、何処か似ている気が……」
一正宗。はっきりとは言わずとも、ぼんやりと雫(
ja1894)の脳裏に浮かび上がった剣士の物と重なっているのだ。
しかし、雫がその事に確証を得る事は無い。何故なら彼女の前に立っているのは、また別の人物であるからだ。
「……この戦い、私も様々な技を以て応じるつもりだ。それに応える事が敵ったのなら、その力を認め、私が持ち得る手を曝そう」
ムラマサの言葉に込められた意味は、重みは、彼という人物にしか作り出せぬ物。
故にどれだけ近かろうと、どれだけ重なっているように感じようと。決してそれらが重なる事は無い。
「うんうん、やる気になっている様で何よりだよ!」
「ああ、せいぜい期待を裏切ってくれるなよ。撃退士」
余裕の笑みを称えたままに言葉を返した神喰 朔桜(
ja2099)に応えるように、ムラマサは刀を構える。
「……では、問わせてもらおうか。己に与えられし使命を果たす為なら、対価を払う事も惜しまぬのか否かを」
構えられた刃が平らになるのと同時、邪神の如き力を身に宿した雫が先行、大剣を振り下ろす。
「その対価が私自身であるならば、支払うでしょうね。けど、対価が他人であるのなら、絶対に支払いはしない」
ムラマサはその刃を一瞬だけ刀で受け、滑らせるように受け流したが、雫の大剣が接触した箇所の風が剥がれ、刀身が剥き出しになっていた。
雫の言葉を聞き、その刃の重みを感じる事で、彼は彼女の力の強さを悟ったのだろう。
ムラマサはそこから流れるように腰を落とし、再び風を纏った刀を突き出した。
「己が身は守らずとも、他人だけは守り通す……そう言いたいのか」
雫は突き出された刀を受け止めた――のだが、その瞬間に刀が纏っていた風が解き放たれ、彼女の肉体を切り刻んでいく。
そこから更にもう一段、ムラマサは刀を振り抜くも、雫はそれを的確に受け止め、動じない。
「確か、正宗との戦い以来ですかね……使うのは」
そこへ白炎、黒風を纏った十三月 風架(
jb4108)がワイヤーを放ち、雫の離脱に合わせる形で攻撃を狙う。
「彼は恐らく、君がここまで来る事を見通していたのだろうな。その力、決して偽物ではあるまい」
ムラマサは刀で一閃、ワイヤーを弾き返すが、やはり刃を包む風が剥がれ、その狙いの正確さを窺わせる。
「…………」
するとムラマサは、再び風に包まれていく刀に視線を向けながら、思案顔で足を止める。
これらの力を前に、未だ全力とは言えぬこの力で応じ続けるべきか。或いは、己の持つ本来の力で応じるべきか。
それらの思案を巡らせた後、彼の出した答えは。
「――代償を恐れたりしない、その使命を心から信じているなら」
「……見慣れぬ顔も幾つかある、まだ早い」
遠石 一千風(
jb3845)が力を乗せての一撃を叩き込もうとしたその時、ムラマサは刀を勢いよく突き出し、暴風を解き放った。
一千風は咄嗟に防御を図るも吹き飛ばされ、風にその肉体を切り刻まれるも、上手く体勢を立て直す。
「だからさー、僕の目の前じゃ倒れさせないってば」
竜胆が一千風にアウルの光を送り込み、その傷を完全に消し去ると、ムラマサは足を止めたままに撃退士六人の姿を見回す。
「まぁ、それが自分の望みと適ってるなら是非もないんじゃないかな?」
だが彼の視線が朔桜の元へ辿り着く直前に、彼女の展開した黒の雷槍が五本、彼の元へと射出された。
「使命って、責任をもって果たさなければならない務めって事でだよね?」
しかしムラマサは一歩も動じずにそれらを受け止め、平然と頷く。
「それは誰から与えられた物? それとも自分で見出した物? 他人に与えられた使命って言うなら、そんな物は捨てたらって思うけどね」
「……もっともらしい考え方だな」
ムラマサは今までの彼女の言動を踏まえた上で、彼女らしい考え方であると踏んだのだろう。
それを一つの考え方として肯定した上で、目前に迫るまた別の敵へと視線を移した。
「君はどうなんだ?」
「やるべき事があって、それが俺にしか出ないのであれば、俺が負担を負うのも是非も無い。コストとリターンさえつり合えばの話だがな」
向坂 玲治(
ja6214)の真正面からの攻撃に対し、ムラマサはそれを迎え撃つで、正面から刀を突き出す。
玲治の一撃とムラマサの風突が衝突、周囲に衝撃が巻き起こるが、僅かながら玲治が押していて。
「言われている通り、誰に与えられたかによっても変わってきますけどね。自分が自身に与えたのなら支払うと思いますが、運命やら神様なんかに与えられたのなら、対価なんて踏み倒して、言い放ちますよ」
そのまま彼を押し切るべく、雫が側面から強烈な一撃を狙う。
「あくまでも己が道を往く、と。そういう事か」
雫がその後に繋げるであろう言葉を、ムラマサが見透かしたように続ける。
そして彼は素早く玲治を押し返し、形勢を立て直すべく、刀を突き出さんとする。
玲治はそれに即時反応、盾による殴りつけでムラマサの行動を食い止めようとするが、その寸前で風が解き放たれる。
雫は解き放たれた風に吹っ飛ばされ、玲治もまた風に切り刻まれるも、彼はアウルの力を下半身に集約、踏み止まった。
「……ならばその意志、この私に示してみろ!」
玲治が踏み止まった事を逆に好機と見たのか、ムラマサは吹っ飛んでいく雫の元へ一瞬で詰め寄り、高速の斬撃を見舞う。
雫は大剣で刀を受け止め、自身へのダメージを最小限に抑えるも、その斬撃の勢いを抑え込むには至らず。
打ち上げられた雫の元へムラマサが瞬間的に詰め寄り、淡い青色の風を纏う刃を振り抜いた。
その一閃を雫は受け流そうとするが、威力を増した斬撃をいなす事は容易ではなく、刃が彼女の肉体を容赦無く襲う。
「――そう、私は自分で考えて歩んで行く。横から使命なんて荷物を背負わせるな、と」
だが彼女は受けの体勢から一転、蒼く冷たい、月の如き輝きを宿す大剣を構えた。
この状況、彼女はむしろ機会であると捉えたのだろう。
空中で二人、相対するその状況。相手は刀を振り抜いた後、次の斬撃を繰り出さんとしている段階。
それは言い換えれば、敵前で足を止めた上で、隙を曝け出しているに等しい状態なのだ。
「散り逝きなさい!」
雫は刀を打ち砕かん、と斬撃に斬撃を叩きつける形で剣を振り、ムラマサを地上に叩き落とす。
「……これ程までの力を持っているとは。全く、私の目も衰えたものだな」
叩き落とされたかと思われたムラマサは、既に体勢を立て直していたものの、刀全体にはヒビが入り、それを覆う風もまた消滅していた。
「ムラマサ、自分からも問わせてください」
体勢を立て直したとは言え、衝撃から動きが止まっているムラマサの元へ、風架が迫る。
「――ポルックスは貴方の何なのですか?」
その名を聞き、ムラマサはあからさまに硬直した。
だが何も答えぬ彼を前に、風架は血液で手甲を生成、死神の風を纏うそれでムラマサを突き飛ばす。
「……捉えたなら、全力を叩きつける」
そこへ更に繋げにいく形で、一千風が闘争心を乗せ、目にも留まらぬ一閃を叩き込む。
しかし、直撃した筈のその一撃は有効打にはなっておらず、むしろ力を込め直すように着地するムラマサ。
「私が黙っていては、何も始まらない……か」
彼は顔を伏せたままに呟き、息を吐く。
「……答えが出ると良いな」
迷いのような物を感じ取ったのか、一千風が言葉を続けると、ムラマサは顔を上げて。
「答えなら既に出ている。彼女が、彼女たちがそれらを見出した事と同じように」
そして、ヒビの入った刀を構え直した。
「再三言われてるけど、自分がやらなきゃいけないと思う事は、与えられるんじゃなく自分で決めるものだと思うしね。自分で決めた事なら、どんな対価も支払うよ」
引き続き言葉を交えながらも、竜胆が雫の傷を癒し、戦う姿勢を崩さないムラマサへ対抗の意を示す。
「僕の命だって、他者の犠牲だって厭わない。それだけの価値があるから決めるんだしね」
柔らかい物言いをしながらも、しかし、断固たる考えを持っている竜胆の言葉。
「……頃合いか」
それを皮切りとするように、ムラマサが刀を平らに構えた。
「私って結構自由だし、己の心が命ずる儘に……ってのが、一番性に合ってる。他人に与えられた使命なんて、関係無いよ」
だがそれを気にもかけず、余裕の表情で雷槍を展開した朔桜は、言葉と共に、それらをムラマサに投ずる。
彼女の使命と言うなれば、もはや『それ』以外には有り得ないのだ。
彼女が総てを愛するが故に。全てを己が愛、即ち焔で包みたいと望むが故に。
「私はその使命を、自分が成すべき物であると自らの考えで認めた。例え最初は他の者から下された物であれど、今この時に於いては、自らが望んだ使命と差異は無い」
ムラマサは刀で雷槍を切り払い、それら全てを消滅させて。
「なら良いんじゃねえか? それで自分が良いって言うならな」
「……ああ」
雷槍の射出に合わせて突撃してきた玲治の攻撃を刀で受け、その威力を利用する形で後退した。
「我らが根本は破壊であり、破壊は万物を無へ還す。光天の名の下に降臨するは、破壊を司る一の刃」
ムラマサが詠唱を始めるや否や、刀は風となって消えて行き、彼の手中に薄らと『大剣』の影が浮かび上がる。
「覚醒せよ。万物を断ち、神速を宿す風の刃を以て、この者たちに裁きを与えん――!」
そして顕現したのは、純白で美麗、見る者全ての視線を釘付けにする程の輝きを宿す剣身。
されどその刃は輝きを放たず、見る者全てに、全てを呑み込むような錯覚を与える。言うなればそれは、虚無の刃。
「ポルックスは私の弟子だったが、今はそうではない。彼女はもはや私のような存在には縛られない、自分という存在を確立させた」
ムラマサはその大剣を片手で構えながら、風架へ答えを返す。
「彼女は私という存在から、過去から解放されたのだ。今の私に彼女をどうと言う権利は無い、彼女がそれを望まない限りはな」
今の彼は並々ならぬ気迫を放っているが、しかし、撃退士たちは一切動じず。
「嫌な予感がします……此方も奥の手を切って、相手の情報を引き出します」
雫はムラマサの本当の力を確かめに行くように、過量のアウルを利用して痛覚をシャットアウト、接近しての連続攻撃を仕掛ける。
身体のリミットを外しての連撃、その内の初段から続く二発をムラマサは大剣で受け止めるが、尋常ならざるその威力により、衝撃が彼の肉体に直接的なダメージを叩き込む。
「此方とて、もはや手を惜しむつもりは無い……!」
だが連撃の三発目、最後の一発をムラマサは受け流し、反動で動けなくなってしまった雫に向け、反撃を直撃させる。
しかし反撃の威力は弱く、まともな一手には成り得ないと思われた――が、ムラマサが狙っていたのは『その次の一手』だった。
反撃が命中したと思われたその次の瞬間には、既に次の一閃を命中させていたのだ。
直撃した神速の一手は雫を吹っ飛ばすも、彼女は倒れず、ムラマサはそのまま雫の懐へ踏み込む。
「望みの一手だ、見逃すな」
雫の懐に踏み込んだ彼は、やはり尋常ではない速度で大剣を振り抜く。
そしてその斬撃と同時に放たれたのは、風の刃。斬撃と風の刃は、交差するような形で雫の肉体を切り裂かんとする。
「残念だが、そう何度も繋げさせるつもりはねえぞ」
その瞬間に庇護の翼を展開、雫を守ったのは玲治。
「この刃すら通さぬ守りの硬さ……か」
これはムラマサとしても、力を乗せた一撃だったのだろう。
それを平然と受け止めた玲治を警戒してか、彼は足を止め、迎撃の姿勢を見せる。
「ですがムラマサ、貴方にも言いたい事はあるのではないですか?」
「己が生き方を貫け、己が信じた終わりへと辿り着け。私はずっと彼女を見ていた。言う事があるとすれば、それぐらいなものだ」
「聞き届けました、では――!」
ムラマサから確かな言葉を得た風架は、血液と神殺の力を以て生成した『偽りの神器』を全力で振り下ろす。
だがムラマサはそれを的確に受け止め、即座に反撃。風架はそれを回避する事は不可能と見て、受け止める。
しかし反撃から繋げられた神速の一閃は、彼の防御を打ち砕き、吹っ飛ばした。
「……だが、本来の力を以てもこの程度とは」
押される事は無くとも、押し切る事も出来ない。そんな状況を前に、ムラマサは思案顔になる。
今なら攻撃が確実に命中すると踏み、一千風は警戒を緩めぬままに、力を込めての薙ぎ払いを狙う。
「少なくとも五人、確実に捉える……!」
だがムラマサが呟くのと同時、広範囲に強い旋風が解き放たれ、朔桜を除く五人がその餌食となる。
玲治は庇護の翼によって風架をカバー、その場に踏み止まるが、彼等を除く三人は旋風に切り刻まれ、吹っ飛ばされた。
「屈しませんよ、一太刀浴びせるまでは!」
玲治に守られた事で再接近に成功した風架は、再び偽りの神器を以てムラマサに斬りかかる。
しかしムラマサはそれを受け止め、反動によって行動不能となった風架に反撃。彼を弾き飛ばした。
「随分とぐいぐい来るね、ムラマサちゃん。でも女の子にしつこ過ぎると、嫌われるよー?」
「まだこれでも本調子ではないのだが、な」
体勢を立て直し、雫の傷を癒している竜胆を見たムラマサは、息を吐く。
「……この一時を以て、その力を認めるものとしよう。私の真名はカストル・アークライト。覚えておけ」
このまま押し切る事は敵わないと判断したのだろう。
本当の名を告げた彼は、撃退士たちに背を向ける。
「いずれまた相見える事となろう。戦場で……な」
そして彼は意味有り気な言葉を残したままに、この場から撤退していくのだった。
竜胆はそのまま雫に回復を重ね、死活による彼女への負担を和らげた後、改めて戦闘の終了を実感するのだった。