.


マスター:新瀬 影治
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/30


みんなの思い出



オープニング


 ――前回行った、撃退士との直接的な戦闘によって、少なからず収穫は得られた。
 まず、彼等は思っていたよりも『我々』と近いという事。近いというよりも、我々と全く同じであると言っても過言ではない。
 人は人であり、我々は我々である。我々は人よりも、より高度な存在であり、そんな我々にとって、人はあくまでも道具や観察対象といった存在に過ぎない。
 と、今まではそんな認識を抱いていた訳だが、その認識を改める時が訪れたのかもしれない。
 ……いや、むしろ我々はそれに気付く事こそしていたものの、その事実から目を背け続けていたのだろう。
 少なくとも、我々が抱く『感情』は人の持っているそれとほぼ同等であり、そこから察するに、やり方次第ではこの手で同種までもを自由に操る事の出来る可能性がある。
 同種、それは自身の仲間を指しているのではない。我々に刃向かう『堕天使』の事だ。
 奴等は我々と同じ天使ではあるが、目指しているものや考えている事は全く違っていて、そもそもの話として彼等はもはや仲間ではない。敵なのだ。
 つまり。そんな『敵』を撃退士と同じように、この力を以てして自由自在に操る事が出来るようになったのなら――。

「フフフッ……」
 考えるだけで面白い。敵を敵の手によって殺させるなど、今までは考えもしなかった事だ。
 だがもしこの『可能性』が現実の物となれば、僕はいよいよ、この身一つで奴等を幾らでも葬り去る事が可能になるだろう。
 ……しかし、その可能性を現実の物とする為には、当然の事ながら実験が必要だ。
 実験を行う為には被験者が必要であり、被験者は当然、奴等と同じ天使でなければならない。
「――報告は以上となります。それで、次の作戦行動というのは?」
「ああ、そうだったね。実はこれから、新たな拠点を作ろうと考えているんだ」
 シエルからの戦闘報告を聞き終え、改めて話を切り出すも、僕が真に目的としているのはそこではない。

「拠点、ですか?」
「そうだ、これから先はより激しい戦いが待ち受けている事は明白だからね。僕が予め目を付けておいた市街地を囲み込むように防壁型サーバントを設置、その内部を占拠しようと思ってる」
 この目的は、真の目的を隠す為のフェイクに過ぎない。それに加え、僕は彼女の行動内容を全て掌握している。
 前回の戦闘の内容、敵の数、そして……彼女が戦闘を開始する前に接触していた、少年の事でさえも。
 彼の名は「浦名カイ」と言い、シエルが戦闘を行う前は、偶然にも母親に連れられて都内に来ていたようだが、実際の居住地は、僕が狙っている沿岸地域だ。
 ……言うまでもなく、僕はシエルとカイを再会させる為だけに、あの場所に狙いを定めたのだ。
 シエルが無邪気な彼に見せた素顔、そしてその『共通点』。シエルをカイと引き続き接触させ、徐々に打ち解けさせる事で初めて、僕の実験が幕を開ける事となる。

 そう。被験者は、今僕の目の前に居る「シエル・アークライト」だ。
 戦乙女の二つ名が意味するところは、その由来になっているヴァルキリーの意味するところと同じ。
 ――故に、彼女を助ける者は誰も居ない。その従順さから、作戦行動中に於いては優秀な『駒』として信頼を得ているものの、彼女に深入りしようする者は誰一人現れない。
 だが、それも当然の事だろう。理由を探し、その意味を理解し、自分の頭で考えて、自分が良しとする判断を下す。
 戦いの果てに裏切りのリスクすらも孕んでいる駒など、幾ら優秀であっても、自分と近しい場所には置きたくない。
 だから僕は、彼女をこの実験の果てに『傀儡』へと変貌させる。
 彼女の持つ感情が人の抱くそれと同じであると言うのなら、その感情を浦名カイという少年に入れ込ませ、彼女が自分の持っていない物に気付いたその瞬間に、それを希望もろとも打ち砕いてくれよう。

 感情を打ち砕かれ、僕の干渉を受け付けるようになったその時、彼女はようやく傀儡として完成するのだ。
 希望を失った絶望によって精神を蝕まれ、全てを擲ったその時、彼女はようやく全てを受け入れるだろう。
 絶望は永遠に彼女の中に残り続け、それは彼女を縛る鎖となる。それによって彼女は、もはや誰の命令にも逆らわなくなる筈だ。
 もしこの実験に成功したのなら、僕は撃退士だけでなく、奴等でさえも自由自在に操る事の出来る洗脳術を手にする事が出来る。
 ……待ち遠しい。もはや実験に向けての準備を進める事でさえ、億劫になってしまう程に。
 だが過程をしっかりと用意しなければ、感情を破壊して彼女を傀儡に変える事も不可能になってしまう為、これに関しては的確にこなしていかなければなるまい。
「――だからシエル、君には撃退士を引き付ける囮になって欲しい。市街地内部にて撃退士との戦闘を行い、僕が防壁型サーバントを設置するだけの時間を稼ぐんだ」
 無論、これもフェイクである。
 僕はそもそもこの沿岸地域を占拠するつもりも無ければ、防壁型サーバントによってそこを塞ぎ込もうとしている訳でもない。
 ……全てはシエルを駒にする為に。全ては、彼女の感情を破壊する為に。

「では、今回からは本格的な戦闘を開始する、という事でよろしいですね?」
「そういう事で頼むよ。出来るだけ派手にやってくれた方が、彼等の注意もそちらに向くだろう」
 するとシエルは、了解です、と頷いて。
「あの、カスト――」
「……うん?」
 そこまで彼女が言いかけたところで、口を塞ぐ為にも睨みつける。
「――ごめんなさい。ムラマサ様は、これから先の事を考えて、この作戦を立てているのですよね?」
「決まっているじゃないか、そうじゃないとやる意味が無いからね」
 先の事、か……。そうだな、僕は彼女を壊す事の出来るその瞬間が楽しみで仕方がない。

「でも、それだけに失敗は許されない。もしシエルがまともに囮として機能しなかったら、その時は……分かっているね?」
「……分かっています。私の全力を以てして、使命を果たします」
 そう言って僕の前から去っていくシエルの背中を見送りながら、堪え続けていた笑いを漏らす。
 全ては破壊への布石であり、この第一段階は、彼女を意のままに操る為の口実として機能する事になる。
 失敗を積み重ねれば、僕の部下たる彼女は、僕に逆らえなくなる。例えどれだけ理由を積み重ねようとも、それだけは絶対に不可能になるのだ。
 ……僕と彼女の関係性は、それを更に確実なものとするだろう。
 それ故にこの戦いは、第一段階でありながらも、最も重要な戦いと成り得るのだ。
 ――期待しているよ。君達が正義の為に、誰かの為に戦った分だけ、僕の抱く楽しさは増大する事になるのだから。


リプレイ本文


 ――防壁型サーバント出現地点、破壊された住宅地。
 撃退士六名がそこに辿り着くや否や、大天使のムラマサが、防壁型サーバントに寄りかかりながら彼等に視線を向ける。
「久しぶりに面ぁ拝むことになったな、今度は誰で人形遊びするんだ?」
「君は、そうか……正宗と戦っていた撃退士の内の一人か」
 向坂 玲治(ja6214)が挨拶がてら、と言わんばかりに問いかけると、ムラマサは肩を竦め、くすくすと笑っている。
 彼等は平然と言葉を交わしているものの、辺りの地面には、無数の死体がそのままの状態で転がっていて。
「あーあ、こんなに壊しちゃって。物は壊れても作り直せるけど……まあ、同じ物ではなくなるけどね。でもヒトは作り直せないんだよ?」
「無論、分かっているよ。だがそれだからこそ、壊しがいがある……そうは思わないかい?」
 周囲の惨状を確認した砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)はそう言うが、ムラマサはニヤニヤと笑う事を止めない。

「たった一つしか無い物が壊れてしまえば、君達はそれを諦める事しか出来ない。そのような状況下で君達人間が抱く感情というものは、実に興味深くてね」
 取り戻す事の出来ない、絶対的な物。それを失った事によって湧き上がる、人々の抱く強い感情。
「……君達は、何かを壊したいと強く願った事は無いかい? 破壊や殺傷によって、大切な物を失ってしまったその時、君達人間はどのような感情を抱くのか。僕はそれをずっと観察し続けてきた、その仕組みを理解する為に」
 その仕組みを理解した事で、彼は何をしようとしているのか。
 その真意は闇の中に隠されたままだが、しかし今この時に限っては、彼の目論見を破壊する事が出来るかもしれない。
「ま、無くは無い。例えば『僕』とか」
「……ふむ、それは何故だい?」
「だって世界を破壊したかったら、自分を壊すのが一番手っとり早いでしょ。世界を形作ってるの僕なんだし。面倒なの嫌いなのよ」
 世界を形作っているのは自分。それを破壊すれば、彼の知る『世界』は崩壊する。
 そんな竜胆の考えを聞いたムラマサは、確かにそうかもしれないな、と彼の考えを肯定する。

「君の世界は確かに、君自身を壊してしまえばその瞬間に崩壊するだろう。世界などと言うものは、自分が居ないのならそもそもとして価値を持たない。しかしそれは、ある種の逃げとも言えるんじゃないかい?」
「逃げ? あはは、そうかもねー。でも別にいいじゃない、攻めるだけが人じゃないんだよ? 時には、逃げて勝てる事だってある」
 逃げる勇気、という言葉があるように、竜胆の考え方もまた、時には大きな価値を持つ事もあるのだろう。
 ――だが。今はその時ではなく、今の彼等は明確に、『破壊するべき相手』を目の前にしているのだ。
「君の言っている事は事実だ、何一つとして間違っていない。ただそれでも今の君は、今の君達は、このサーバントを破壊する為に此処へ来たんだろう?」
 ムラマサはサーバントに寄りかかる事を止め、風によって刀身が覆い隠された刀を構える。
「君達は、同じ人間を守る為に敵を斬る。敵を破壊する。ならばその内に秘めた物を、この戦いの中で見せてもらおうか……!」
 人の抱く『破壊への渇望』を知る為に、自らがその対象となる。
 これもムラマサの企みの一つに含まれる事なのだろうが、しかしこのサーバントを破壊する事で、救える命がある事もまた事実だった。
 ムラマサが刀を構えるのと同時、撃退士側が二手――サーバント対応とムラマサ対応に分かれた事から、彼は行動を起こさず、六名の行動を観察している。

「……ある。今、この目の前のサーバントなんてその最たるですの。これだけ人を壊してまだ何かを壊し足りませんか、ムラマサ」
 橋場・R・アトリアーナ(ja1403)はムラマサの問いに、街を壊す以上の意図があると感じ、その意図を引き出す為にも問い返す。
 ムラマサはその問いには何も答えず、様子見を続けているが、彼女がギガントチェーンで防壁型サーバントを殴りつけると、彼の視線が動いた。
「やはり、壁ではすぐに破壊されてしまうか……? 正宗すらも打ち砕いたその一撃、侮れない」
 アトリアーナの一撃は、防壁型サーバントの表面に展開されているシールドを物ともせず、命中箇所に小さなヒビを入れていく。
 本体への直接的な衝撃を与えた事で、周囲には唸るような鈍い音が響き渡り、攻撃の威力の強さを物語っていた。
「ま、これだけ大きいと当てるのは楽だよね。やっぱり硬そうだけど」
 竜胆は蛇の幻影をアウルで生成、アトリアーナが攻撃した箇所に被せるように、追撃を与えていく。
 蛇の幻影は、即時再生していたシールドを貫通。アトリアーナが入れた小さなヒビを拡大させ、確実にダメージを蓄積させる。
「やはり、何をするにしても破壊は付きまとうものだ。それぞれの確立した考えを持つ君達であっても、破壊への渇望は抱いているみたいだね」
「――そんなの、寧ろ常に思ってるよ。前にも言ったよね、私は総てを愛してるって。そして、私の愛は焔だとも」
 それぞれの答えが返ってきている為か、何処か満足気にムラマサがそう言うと、神喰 朔桜(ja2099)がそこへ更に答えを返す。
 彼女は一切の動作を見せずに五つの雷槍を展開、ヒビが入っている箇所に向けてそれを一斉に射出。
 そうして攻撃を行い、防壁型サーバントに入ったヒビを拡大させながらも、朔桜はムラマサとの対話を続けていた。

「焔……なるほど、君の愛は破壊に結び付いているという事か」
「だからほら、ね? でもそんな問いをするって事は、君も今、そう思っているのかな」
 朔桜に返され、ムラマサはそれ以上の言葉を返さず、ただフッと笑う。
 彼女の抱く焔とは、即ち破壊である。破壊の形を成す、己と異なる総てへと向けられた慕情――その博愛。
 彼女がそうした情を抱く事に特別な理由はなく、その『愛』の形は、慈愛、純愛、性愛、溺愛、友愛――適当に並べただけでも、無数の形が存在している。
 ならば、『破壊』の愛が存在している事も然りであり、彼女が純粋に、嗜虐の嗜好など一切無くそれらを抱いているからこそ、透けて見える物もあった。
「……ああ、当初の計画を変更せざるを得ない。損傷が遥かに大きいとなると、そうでもしなければ、全てが無意味になってしまうからね」
 ムラマサは防壁型サーバントの姿を見て、呟く。
 ――その破壊の対象を、サーバントへの攻撃を行っている者に変更するように。

「実はお前、他人が怖いんじゃないか? 自分の意のままに動かない他人が怖くて、だから一切合財、意思を削ぎ落して操りたいんだろ?」
 行動を開始したムラマサの進路上に立ち塞がるのは、玲治。
 彼は言葉による挑発を行いながらも、武器に重みの全てを乗せ、真っ向からムラマサに突っ込んでいく。
「恐怖心は無い、それだけは断言しておこう」
 ムラマサはかつて、正宗と彼等がぶつかり合っていた時の事を思い出しながら。
「だが僕には、それを成さねばならない理由があった!」
 正面から突っ込んできた玲治の一撃を刀で受け流し、更に奥へ足を進めようとする。
「まぁとりあえずは、自分たちに付き合ってもらいますよ」
 しかし、玲治の一撃に被せるようにムラマサに接近する、十三月 風架(jb4108)。
 風架の両腕には、血液で形成された手甲が着けられており、赤い風を纏う『それ』を見たムラマサは、刀を即座に突き出した。
「付き合う時間は無い、少なくとも今は」
 彼らしくも無い、楽しむという言葉を忘れたような反応。
 刀が突き出されたその瞬間、刀身を覆っていた風が暴風となって辺りに解放され、風架と玲治を押し飛ばしていく。

「――そうね。貴方が壊れてくれたら、私としては大助かりなんだけど?」
 だがムラマサが二人を突破した先で、堂々とした立ち振る舞いを見せたのは、影野 明日香(jb3801)だった。
「あれの失敗は機会の完全な損失とも言い換えられる……仕方のない事か」
 誰にも、真正面に立っている明日香にでさえ聞こえないような小さな声で呟いたムラマサは、普段であれば真っ向勝負を挑んでいそうな明日香でさえも、無視してそのまま突破しようとする。
 明日香はそんな彼の進行を止めるべく、布槍を利用して積極的に攻撃を仕掛けにいく、が。
「その鬼神の如き力に、まさかこのような状況を作られるとはな……!」
 ムラマサは彼女の攻撃をいとも簡単に回避して突破、サーバントへの攻撃を行っているアトリアーナに対し、側面から高速の斬撃を叩き込む。
 高速の斬撃によって彼女は宙に打ち上げられ、ムラマサはそんな彼女の元へ瞬間移動、淡い青色の風を纏った刃で彼女に斬りかかった。
 ――これが命中していたのなら、もはや防壁型サーバントの破壊も困難になっていたのかもしれない。
 だが。暴風に飛ばされてから即復帰、駆け付けた玲治が比護の翼でアトリアーナを守り、その刃を自らが代わりに受けているではないか。

「鬼神の如き力だけでなく、この僕の攻撃までもを受け止める護り……もはや止める事は不可能、そういう事か」
 玲治はムラマサの風神二閃を物理的に無力化、アトリアーナを守りきり、活路を弾き出した。
「……今、撃ち抜くべきなのはお前じゃないので」
 着地したアトリアーナは即座にムラマサとの間に距離を取り、再びサーバントへの攻撃に戻っていく。
「だが、それならそれで……もはやこれを守る理由は無くなった」
 ムラマサはニヤリと笑い、サーバントへの攻撃を行っている三人の元から、自ら離れていく。
 圧倒的な威力の一撃により、サーバントが予想よりも遥かに早い段階で破壊されてしまうという結末。
 それにより、思い描く『何か』が破壊されてしまうリスクが一掃されたように。
「それぞれの破壊衝動の片鱗、その裏側。フフッ、フフフフッ……病みつきじゃないか、それこそ全てがどうでも良くなってしまう程に」
「破壊してみたくなった事……それは貴方の計画を、という回答で満足ですか?」
 一人で不気味に笑い続ける彼の元へ、ワイヤーの一端を地面に打ち込んでから、風架が素早く攻撃を仕掛けにいく。
「それも一つの答えとして十分だ。君の裏を覗き見るには、十分過ぎる情報に成り得るからね」
 風の虚像を伴い、虚実の連撃を繰り出す風架を前にしてもムラマサは動じず、もはや彼は虚像の刃までもをその刃で受け止めた。

 ……人である以上、破壊衝動を抱いた事が無い事などあり得ない。
 しかし、何も考えずにその衝動に身を任せる事だけは、二度と繰り返したくはない。
 そんな風架の心の裏側を覗き込むように、刃を受け止めた直後のムラマサは、ニヒルな笑みを彼に向けていた。
「破壊を望むのなら、破壊される覚悟をその身に抱く事もまた然り、だ。何も失わない事など、僕を含めた全ての存在に於いて、あり得ないのだから」
 そしてムラマサは素早く刀を突き出し、それによって風架を弾き飛ばす。
「……これ以上、やらせはしませんの」
 その間にもアトリアーナは、死んでいった人々の無念までもを乗せた一撃により、サーバント全体にヒビを拡大させていた。
 彼女が攻撃を加えるのと同時に轟音が響き、拡大したヒビは、サーバントの機能停止までのカウントダウンを始めているようで。
「ダメ押し、重ねて行こうか」
 更に竜胆が蠱毒による追撃を重ねると、とうとうヒビは穴となり、サーバントの機能停止は目前にまで迫っていた。
「――敢えて言うとすれば。君の情は、歪んでるよ」
 常に余裕の笑みを浮かべている朔桜の雷槍は事実上、最後の一撃となり、雷槍に撃ち抜かれたサーバントはその機能を完全に停止し、防壁としての『崩壊』に至った。

「歪んでいる、か……歪んでいるとも。そうでなければ僕も、このような名を騙ったりはしないだろうさ」
 正宗の対となる、村正という名。それを彼が騙る裏には、どのような理由があるのか。
 鼻で笑い、刀を両手で平らに構えた彼の姿は、対として存在していた『彼』の姿と何処か似通っていた。
 目の前にまで迫った玲治の姿を見据え、ムラマサは手にした刀を、両手で一気に突き出そうとする。
「もうちっと手を抜いてくれると、俺が楽で助かるな」
 が、玲治はその刃を盾で受け止め、そこから風が解放されるのを阻止した。
 玲治はそのまま強引にムラマサの体勢を押し崩さんとするも、その前にムラマサは自ら刀を引き、玲治の後ろに居る明日香へ視線を遣る。
「今回は私を楽しませてくれるのかしら?」
「この刃では、君を楽しませる事は出来ないだろう。しかし、本気を出すにはまだ惜しい……」
 明日香の問いに返した自らの言葉を思い返して、何を勿体ぶっているのだろう、とムラマサは若干の迷いを覚える。
 だがそれでも、彼はそれと同じくして、現時点で出せる『力』によってどれだけ彼女を満足させられるのか、という疑問を抱いたのだろう。
「これを受けて、どのような反応を見せてくれるのか……それ次第にしようじゃないか」
 玲治と入れ替わるようにして挑み来る明日香の攻撃を、ムラマサは正面から受け止める。

 その直後、ムラマサは明日香の攻撃を受け止めた体勢から一転、高速の斬撃で彼女を宙に打ち上げた。
 明日香は打ち上げられる際、布槍の布部分をムラマサにひっかける事で打ち上げの阻止を試みたが、ムラマサはそれを瞬時に回避、彼女の対策を無為にする。
「――この刃、その身を以て受け止めてみてくれ!」
 打ち上げられた明日香の元へ瞬間移動、淡い青色の風を纏った刀を振りかざしたムラマサは、素早い二閃を明日香に叩き込んでいく。
 明日香は二閃をどちらも真っ向から防御。衝撃によって傷を受けようとも、何ともない状態で着地し、平然とした表情でムラマサの方へ向き直った。
「大天使と言ってもこの程度? やっぱり、私を満足させてはくれないのね」
「ああ、やはりこの刃では君を貫く事は出来ないらしい。認めよう」
 風神二閃を物理的に無力化された事を認め、ムラマサは刀を風へと変換、何処かへと吹き飛ばしていく。
 そんな彼の視線の先では、傷を負ったアトリアーナの事を、竜胆がアウルの光によって治療していた。
「癒し手の目前で倒れさせるとか、カッコ悪いっしょ?」
 竜胆の動作を見て、言葉を聞き、もはやこれは自身の完全敗北であると悟ったのか、ムラマサは彼等に背を向けた、が。
「今回は僕の敗北という事で引かせてもらおう、しかし……僕だけ楽しむというのは何だ、そろそろ僕も自らの力で挑ませてもらうよ。君を、君達を貫く為に」
 彼の手の中に薄らと浮かび上がったのは、大剣と思わしき『何か』の影。
 ムラマサはそのまま風となって何処かへと姿を消し、この場所には『残骸』だけが残されていたが、この物語もどうやら、真の姿を曝け出さんと動き出したのだろう――。


依頼結果