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交戦開始直後、カストルを中心とした一定範囲の空間が歪曲していく中で。
「……終わらせましょう。この先に、貴女の道があるのでしょう?」
蜃気楼に隠れ、ボディペイントによって潜行を狙うエルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)が問うと、シエルは静かに頷いた。
カストルはエルネスタの気配こそ察知しているようだが、しかし正確な位置までは把握出来ていないらしく、その隙に彼女はカストルの背後へと回り込んでいく。
「シエルの、理想は……願いは何……?その為に、倒しちゃっても……後悔しない?」
エルネスタと同じように、最終確認のような形でシエルに問いかけたSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)。
「その逆。後悔をしない為に、その先へ向かう為に戦うの。だから、私は気にしなくて大丈夫」
だがシエルは一切の迷いを見せず、前を向く。
すぐ目の前に自身の追い求めた『真実』があるのだと、そう断ずるように。
「なら、負けられない……!」
奇襲を狙うエルネスタを除き、シエルを含む五名が前進を開始。
その間、カストルの側面方向から長距離射撃を行うSpicaだったが、彼は瞬間移動によってそれを回避した。
「人の世を乱すのなら、この場で討たせてもらおう。そこに是非など無い」
次いでフローライト・アルハザード(
jc1519)が、カストルの移動先を目がけて踏み込み、白き光を武器に纏わせた一撃を放つ。
しかしカストルはそれを易々と大剣で防御。弾き返し、フローライトに続く四名の姿を確認する。
「……此処まで辿り着いたというだけ、気概は十分か。決戦に相応しい」
一つ息を吐いた彼は、大剣を平らに構えて。
「だが、気概だけではこの私は超えられぬぞ!」
陽動を狙ったシエルの斬撃を、真正面から受け止める。
「この一撃で決まらずとも、蠍の毒は死に繋がる……。だからせめて、次の一手へ」
それに繋ぐ形で、背後からエルネスタが、アウルで形成された蠍の針を突き刺す。
気配は察知していたものの、正確な位置を掴めていなかったが故に、それは奇襲として直撃。だが威力が不足しているのか、行動の自由を奪うには至らない。
「望んだ先を掴む為と、彼女は此処まで来ました。故に、この場も勝たねばならない……」
だがシエル、エルネスタ両名の攻撃は撹乱として機能し、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)がカストルの懐へ潜り込む。
そこで具現する力の一端、彼女の渇望たる終焉。
「その勝利は何の為か……今一度、考えてみるが良い」
カストルはそう言うと、瞬間移動によってマキナとシエルの背後へ転移し、大剣を振りかざす。
「……何?」
しかし、瞬間移動のタイミングを見定めたような、背後からの銃撃。ダメージとしては軽微なものの、カストルの行動が止まる。
「零の頃から長い付き合い、か……遅まきながら初めまして、だな。カストル・アークライト」
銃撃の主は、アスハ・A・R(
ja8432)だった。
「なるほど、彼女たちの関係者という訳か。面白い……」
カストルの言う『彼女たち』とは、零だけでなく、その『元の主』までもを指しているのだろう。
「そんな細かい事はどうでも良い、ややこしい謀も全部ここで終いにしてやらぁ!!」
攻撃と攻撃の合間を埋めるように、カストルの懐に滑り込み炸裂符を眼前で爆発させた、獅堂 武(
jb0906)。
カストルは瞬時にその場から瞬間移動で離脱し、大剣を構え、腰を落とす。
「彼女の死をも見届けたというのなら、この技も見切れるのだろうな――!」
直後、カストルはアスハの背後へ移動し、大剣を振り抜く。
アスハは上手くそれに反応し、防御するが、斬撃の重さは尋常ではなかった。
「全く……貴様の弟子に感謝、だな」
その斬撃は、かの氷神の技と似通っているのか、アスハは不敵に笑う。
しかしカストルの斬撃はそれだけにとどまらず、歪曲した空間の中、彼の幻影二体がシエルとマキナにも斬撃を放った。
シエルは防御するも、あまりの威力に吹き飛ぶが、マキナへの斬撃はフローライトがカバーし、受け止める。
「私には打ち倒す力も、守る力も無い。だからこそ、確実に繋いでいく……!」
そこへ引き続きエルネスタが、背後からカストルへ天蠍ノ槍を突き刺しに行く。
ただ贖罪の為に生き、贖う為だけに戦ってきた彼女の、その裏に秘められし渇望の一手。
「アサシン……否、蠍か。ようやく見つけたぞ」
カストルは被弾寸前で自身の位置をずらし、それを空振りさせ、エルネスタの位置を掌握する。
「……やらせない、狙い撃つ」
だが、エルネスタの攻撃によって生じた僅かな隙を、Spicaが遠距離から狙撃する。
上手く不意を突いた銃撃はカストルに命中、有効打となり、新たな流れを作り出す。
「そう狙い通りに動けると思うな……私が居る限りは守り続ける」
先程のカバーによって負傷しているものの、焔の輝きによって傷を癒しつつ、フローライトは再びカストルに正面から攻撃を行う。
「その身は滅びようとも、か?」
カストルはそれを防御、フローライトに問い返すも、彼女は睨み合う形のまま動じない。
仲間を守る事こそが自らに課した使命なのだと、そう答えるように。
「しかし、ただの一人に押さえられる私ではない。その程度では、意味が無い……!」
その場を譲ろうとはしないフローライトだったが、カストルは彼女の後方、瞬間移動を警戒して背中合わせの形で構えているアスハとマキナを視認。
「見切れると分かったのなら、より深く踏み込むまでの事!」
瞬間移動によってアスハの正面に移動し、反応した彼が銃を構えるよりも早く、即座に大剣を一閃させる。
更にカストルの瞬間移動に対応しようとしたマキナ、フローライト両名の背後に自らの幻影を出現させ、三人へ同時攻撃を仕掛けた。
一手一手が致命傷になり得るこの状況、アスハは起死回生によって何とか持ちこたえるも、もはや後が無い。
「彼女に力を貸すと決めたからには、私とて退く気はありません。決して、彼女が渇望した勝利に至らせるまでは」
マキナは攻撃を防御する中でカストルの側面を取り、攻撃直後の彼に強烈な一撃を叩き込む。
魂の渇望を力とするその一手は、敵の魂を喰らうが如く、カストルへ有効打を与えるのと同時に自らの傷をも癒していく。
「何となく気付いてた、でもそれが本当かどうか私には分からなかった……。ただ貴方は何と言えば答えてくれるのか、そればっかり考えてた」
大剣を構え、接近していくシエルの言葉に、カストルが答える事は無い。
「でもようやく理解したの。貴方は答えない、答える必要は無いんだって」
故にシエルは、マキナに繋げる形で追撃を行い、怯みを作り出す事で自らの力を証明しようとする。
「アルねぇ、大丈夫か!?」
一方、度重なる被弾によって消耗したフローライトの身を案じる武。
「……ああ。獅堂、今回ばかりは止めはしないぞ」
だがフローライトは、自らの傷を気にせず、武の背を押すように言う。
「思うがまま、好きに動け。あやつだけは、討たねばならん」
「……おう!」
それを受け、武は前進。八卦石縛風により砂塵を巻き起こし、カストルへ更なる追撃を仕掛ける。
砂塵による攻撃は威力が見込めず、何らかの状態異常によって行動を封じ込める事も叶わなかったが、怯みを引き延ばす形で行動の隙を作り出した。
その隙を確認したSpicaは、その手に槍を持ち、後方より即座に接近を開始する。
「という事だ……そこから動けると思うな」
しかしSpicaは後方からの狙撃に徹していた関係上、カストルに接近するまでは若干の時間を必要とする。
故に、限界寸前ながらも、それを表に出さぬまま、フローライトは再びカストルの正面から攻撃を行う。
彼女の武器は白い輝きを纏い、勢いの変わらぬ一手となるが、カストルは攻撃を重ねた手応えから、フローライトが限界寸前である事を見抜いているようで。
「ならば……貴様からもらっていくぞ!」
武の追撃は時間稼ぎとしては機能したものの、体勢を立て直したカストルは、フローライトの攻撃を受け止め、弾き返す。
「ッ……!」
反撃によって体勢を崩され、フローライトが危機的状況にある事を武は察知するが、彼女を今から救えるだけの手段は、彼の手中には無かった。
「最後まで盾である事を望むというのなら、そのまま散っていけ――!」
体勢を崩したフローライトの懐にカストルが潜り込むと、そのまま大剣が彼女の腹部を切り裂き、フローライトはその場に倒れ込んだ。
「……このまま終わらせて堪るかよ、やってやらああああああッ!!」
カストルがフローライトに追撃を仕掛けた事で生じた、僅かな隙。
武はそこで迷わず突撃し、カストルの懐に飛び込んで渾身の一撃を叩き込もうとする。
「意地でも仲間の意思を繋ごうとするか、滑稽ッ……!」
だがカストルは被弾寸前で瞬間移動、僅かに自身の位置をずらし、武の攻撃を回避。斬り返す。
「…………」
大剣は武の胴体にめり込み、致命的な一撃となっている事が窺えるが、しかし、彼は倒れず。
「言っただろうが、終わらせて堪るかよってな――!」
「何だと!?」
むしろ大剣を抑え込み、カストルの位置を固定した武は、残された全ての力を振り絞り、火事場力の一撃を放つ。
固定され、回避も防御も出来ないカストルの腕に、斬撃が直撃。腕を切り飛ばすとまでは行かずとも、深い傷を負わせた。
「戦いの中でも生き残る為の強さ、どのような状況に於いても決して折れぬ不屈の意思……その力、これ程までに大きいか」
カストルは意味ありげに呟き、もはや限界を迎えた武を突き飛ばす。
「それでも、超えなければいけない……」
フローライトと武が倒れた一方で、此方も意味ありげに呟くシエル。
「そう。何があっても前を向きなさい、それが貴女の選んだ道なのでしょう?」
二人が倒れてでも繋いだ間を絶やさぬよう、自らの役目を果たさんとするエルネスタは、彼女に言う。
表には出さずとも、しかし胸の内に抱き続けているエルネスタの意思が、その言葉に宿る。
贖罪の為に生き、戦ってきた彼女。だが彼女が本当に望んでいたのは、悲しみの連鎖を断ち切る事に他ならなかった。
もう誰にも苦しんで欲しくないと。その為にも誰かを勇気付け、支えられるような、淡い燐光の如くあろうとした彼女の生き様。
「……ずっと、考え続けてた。何の為にこんな遠回しな戦いを続けてきたのかって」
エルネスタはそれ以上、直接的な言葉で何かを伝えようとはせず、ただ間を繋ぐ為にカストルへ挑み続ける。
「それは強さを確かめる為。意思の強さを確かめ、一度は折れた心の弱さを克服する為」
カストルは既にエルネスタの位置を正確に認識出来るようになっているらしく、背後から仕掛けられたエルネスタの天蠍ノ槍を回避。
「強さとは、生きる為に必要な物。一人、ただ前を向き、如何なる困難をも乗り越える為の力……」
エルネスタの攻撃が回避された直後、マキナがカストルの側面を取り、彼女の渇望たる終焉を宿した幕引きの一撃を放つ。
それを咄嗟に防御するカストルだったが、幕引きたる一撃はそれを貫通、確実にダメージを蓄積させていく。
「それは私が生き残る為に、絶対に必要な物だった。自由で、でも過酷なこの世界で私が生き延びる為に、何としてもそれを確かめなければいけなかった」
そんなマキナへカストルは反撃を行うが、そこへアスハが援護射撃を行い、離脱を支援。
「刺し違えようなどとは思うなよ、シエル」
そこまで呟いたシエルに、アスハが声をかける。
すると彼女は大剣をおもむろに構え、深呼吸をした。
「……絶対に勝つ。それが最初で最後の、兄から私への贈り物であるというのなら」
兄である彼が妹である彼女に贈ろうとした物とは、何なのか。
「ええ、決めましょう。此処に至るまでの総てに……終止符を」
マキナの言葉と共に、後方より接近してきたSpicaがシエルの横を通り過ぎ、カストルの元へ向かう。
Spicaの手中に顕現する、紫炎纏いし破滅の剣。
「私が見ているこの光景は。私が思い描き、掴み取ろうとしているこの理想は、幻影なんかじゃない……!」
そして彼女の動きに、大剣を構えたシエルの動きが重なる。
「我が理想、汝の剣と共にあれ……今ここに、顕現せよ」
更に声と、大剣から放たれた光までもが重なって。
「この一閃で撃ち砕け、レーヴァテイン――!!」
理想を具現せし一撃が、Spicaの手を介し、カストルに向けて放たれた。
それを大剣で受け止めようとするカストルだった、が。
「これが、理想の真の形だと……ッ!?」
理想を宿したSpicaの一閃は、カストルの大剣を真ん中から撃ち砕き、彼の脇腹を抉り取る。
一方、理想を具現化させた事で力を使い果たしたのか、シエルの大剣は光となり、空の彼方へ消え去っていった。
「……だがな、シエル」
それを見て、大剣を折られた事で空間歪曲が収束していく中、カストルは彼女に呼びかける。
「その先を超えられなければ……生きる事が出来なければ、全てに意味など無い!」
その刹那、カストルはシエルやSpica、その他全員を自身の前方に収める位置へと瞬間移動し、大剣を掲げた。
「私に一矢報いた事で力を失い、それで終わりか? それは違う、お前はこの先の未来をも思い描いていた筈!」
虚無の力は瞬時に集約。折れた筈の刃を一時的ながら再び形作り、天罰の光を呼び覚ます。
アスハは即座に零の型によってカストルの背後へ回り込むが、発動の阻止には至らず。
「これを超えろ、そして生き永らえてみせろ! お前の理想は……お前の自由は、全てその先にある!」
カストルが大剣を降り下ろすと、空の彼方より無数の光が降り注ぐ。
「……!」
それを見て、シエルは先程の一閃によって無防備になっているSpicaに視線を向ける。
この一撃を彼女が浴びる事になれば、その後は……どうなってしまうのだろうか?
光に貫かれ、その後は?
彼女の脳裏に、あの時の光景が甦る。
最後まで笑顔で、ただひたむきに自分の事だけを考えてくれていた少年の姿。
そして最終的に自分の手で首を斬り飛ばす事となった、あの時の光景。
あの出来事を経て、彼女は何と願ったのだったか。
「お前は何の為に生きるんだ、シエル――!」
恐らく最後であろうカストルの問いかけに、シエルはSpicaの前に立って。
「大切な仲間を守って、その幸せの為に力を貸す。私がそうしてもらったように、私もそうやって生きていく」
彼女が答えた直後、空から降り注いだ光がアスハを除く四名の身体を貫き、無色の剣波が一帯を呑み込んだ。
ガラスが砕けるように、景色が割れる中で、Spicaを抱き、その身を盾とするシエルの姿。
そして役目を果たしたように、剣波に呑まれて倒れるエルネスタ。
「それで、どんな気分だ……? 貴様お得意の洗脳を跳ね除け、自分の意志で貴様に刃を向ける、立派な妹を持った気分は……満足か?」
シエルがSpicaを守り切り、静かに瞼を閉じると、カストルの背後に立ったアスハは、彼に問う。
「言うまでも無い。世話になったな」
この程度で死ぬような妹ではない、とカストルは続け、折れた大剣を消滅させた。
「私が言うのも何ですが……不器用も大概ですね」
もう一人、あの剣波を耐え凌いだマキナに言われ、カストルは肩を竦める。
「……こういう性分なのでな」
こうして彼らの決戦は、激戦の果てに、勝利という形で幕引きとなった。
直後、市街地を襲撃していたサーバントたちも一斉に撤退を始め、事態は収束へと向かっていったそうだ――。