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沿岸地域、市街地から少し外れた場所にある森林。その合流地点にて。
「……諸々のご無礼があったにも関わらず、ご協力、感謝します」
救援要請に応え、この場に集結した六名の撃退士に向け、本件を立案したシエル・アークライトがぺこりと頭を下げる。
「早い再会で、嬉しい限り、かな。レイ、シエル」
「その節はお世話になりました。零からも聞いています」
アスハ・A・R(
ja8432)の挨拶を受け、シエルがふっと微笑むと、その隣に立っている零もまた、何も言わずに会釈する。
「……少しは目に光も戻ったようで何よりです。道を模索していた貴女がただ慟哭のままに止まるのは、此方としても、今まで対峙した甲斐がありませんからね」
「十分に存じています。ようやくながら、色々な過ちがあった事に気付きましたから」
続くマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)に対しては、シエルは思い詰めたような表情をしながらも、はっきりとした視線を向ける。
「シエル……!また会えて、嬉しい……!」
やはりここに至るまでの経緯が尾を引いているのか、表情の晴れないシエルだったが、再会を喜ぶSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)を見て、安堵の溜め息を一つ。
「……事前の索敵によれば、本戦闘地域に配置されたサーバントは五体。いずれもこの森林を一定のルートで巡回しています、そろそろ現れる頃でしょう」
だが、落ち着いて言葉を交わしている余裕が無い事もまた事実。
「二人には、敵の炙り出しと奇襲を頼もう、か。但し、無理はしないように、な」
「大丈夫よ。これまでの戦いもある、信頼は裏切らないから」
アスハの要請を受け、零が淡々と答えた後、シエルもまた手中に大剣を顕現させる。
「森林……動きやすくて助かるわ」
「その分、相手側の奇襲なども考えられます。十分に警戒しつつ、前進しましょう」
足並みを揃え、蜃気楼で姿を消したエルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)と共に、二人は木々の中へと先行する。
「全く、今度は何しやがるつもりなんだ?」
「……さて。何らかの目標がある事は確かだろう」
その後ろ姿を見送る獅堂 武(
jb0906)、フローライト・アルハザード(
jc1519)だったが、彼等の言う通り、サーバントがこの場所に現れた目的という物は存在している。
否、それは『存在しなければならない』のだ。そうでなければ、一連の出来事との関連性は確立されないのだから。
三人が木々に紛れての先行を開始してから、少しすると。
「此処に居るのは三体だけのようね。五体居るというのは確かなの?」
残る四人からそう離れていない場所で、エルネスタが三体の剣士型サーバントを発見するも、残り二体の姿が見当たらない。
「……はい、それに関しては間違いなく」
敢えて隊を分ける必要が思い当たらない為か、怪訝な表情を見せるシエル。
だが残る二体が完全に視認出来ないという事は、現時点で確認されている三体は孤立している事と同義である為、エルネスタはその旨を四人に報告。シエル、零が戦闘行動へ移る。
「零、先行を」
「了解」
シエルの命を受け、零が跳躍。木々の上から降下し、サーバントの内の一体に向け、自身の分身二体を交えての斬撃を見舞う。
奇襲は成功し、冷気を纏いし斬撃によってサーバントは凍結。行動不能となり、そこへ更にシエルが追撃。
光を宿した神速の一撃によって盾が打ち砕かれ、本体の甲冑までヒビが入るも、その衝撃でサーバントの動きを止めていた氷が砕け、残る二体も彼女たちの行動に気付いた。
「奇襲に対する反応は鈍く、されど接触した後の対応は堅実。反撃時に於ける標的の一致は、隊で行動している以上、一定の形で意思疎通が成されているか……」
その間もエルネスタは注意深く敵の行動を観察しつつ、先行した両名の支援を行える位置に陣取る。
それと同時、奇襲を受けたサーバントと隣接する場所に居るサーバントが剣を構え、反撃を狙っていた。
それを見落とさないエルネスタは、蠍の腕状に形成されたアウルを用いて、その阻害を実行。
蜃気楼によって姿を隠していた事が功を成し、一切気付かれていない状態からの一撃が決まり、彼女の放った蠍の腕はサーバントを捕らえ、動きを止めた。
「隠れられたら、めんどくさい……」
すると、奇襲成功を受けて行動を開始した四名が合流。Spicaは三日月の如き鋭さを持つ刃にて、自身の前方にある木々を薙ぎ倒す。
彼女は木々を薙ぎ倒す際にサーバント一体の巻き込みを狙うも、相手は最大射程ギリギリの場所に陣取っていた為、命中寸前で回避された。
「……害成す存在には容赦などしない、私が相手だ」
だが、攻撃の隙を埋めるようにフローライトが前進。彼女がタウントを仕掛けると、奇襲を受けた一体を除く二体が彼女に反応し、武器を構える。
「少し……見通しを良くする、か」
そこに更なる一手を繋いだのは、アスハ。
サーバント三体を中心とし、一定範囲全体に向け、蒼い輝きを宿す魔法弾が降り注ぐ。
その光景、全てを呑み込む雨の如く。蒼い光は範囲内に存在するサーバント三体に命中し、視界を遮っていた木々までもを呑み込んだ。
盾を持っている二体は防御によって持ちこたえるも、先の奇襲によって盾を砕かれていた個体は、甲冑に入っていたヒビが全体にまで拡大し、半ば行動不能状態に陥る。
「……では。砕くとしましょう」
展開された翼によって飛行していたマキナは、アスハの一手に合わせ、行動不能寸前のサーバントの元へ降下。
滑空に合わせ放たれる、終焉を内包せし一撃は、一瞬の接触を以てサーバントを粉砕。幕引きを言い渡した。
マキナがサーバントを撃破したのに合わせ、シエルと零は一旦の離脱を図るも、そんな彼女たちの元へ、隣接する一体のサーバントが迫る。
「悪いけど、そう簡単に動かせるつもりはねえからな!」
武はそのサーバントに向け、符を利用して生み出した雷の刃を放ち、防御を誘発させた。
二人は武の支援攻撃によって生み出された僅かな隙を利用、素早くその場を離脱し、若干離れた場所から再びの一手を狙う。
「零、引き続き貴女が先行して。何らかの手段で動きを止められるのなら、貴女が先手を取る方が後に繋がりやすい」
「了解。なら、誘発を狙ってみるわ」
シエルは再び零に先行を指示。
指示を受けた零は冷気に姿を眩ませた後、エルネスタの一撃によって動きを拘束されているサーバントを通り越し、もう片方のサーバントの元へ迫る。
そして冷気の中から飛び出て、氷の刃による一閃を仕掛けるも、サーバントは瞬時にその動きに反応し、盾で刃を打ち返した。
「……起点は作った、という事ね」
盾での迎撃は少なからず防御の穴を生み出し、その穴を突くようにして、エルネスタは再び蠍の腕による一撃を狙う。
狙い通り、その一手は直撃。もう片方のサーバントが既にそうなっているように、蠍の腕はサーバントを捕らえ、離さない。
――だが、その刹那。
「……!」
後衛であるSpicaと武の背後、視界が確保されていなかった場所からサーバント二体が降下し、彼女たちに奇襲を仕掛けようとしていた。
事前に偵察を行い、数や巡回ルートを正確に把握していた事もあってか、真っ先にその事に気付いたシエルは、残る二体をエルネスタたちに任せ、後衛の支援に向かう。
しかし、その間にもSpicaや武との距離を詰めていくサーバント。
「狙撃手だからって、ナメないで……」
Spicaは先手を取られる前に行動を起こし、片方のサーバントに対して、距離を取りつつの刺突を行う。
想いの込められし槍による、その一手。サーバントは盾での防御へ転ずるも、強大な威力によって押し返され、盾に亀裂が走る。
だが、そんな彼女の攻撃を確認するや否や、Spicaに一太刀浴びせんと前進する、もう片方のサーバント。
そしてその瞬間に空中より放たれる、白き光の刃。
「……私は未だ無力。しかし、手出しはさせない!」
それはシエルの放った一刀であり、Spicaへの接近を狙っていたサーバントは押し返され、その隙に彼女が二人の前に着地した。
一方、順調に戦闘を進めていた前衛側。
「何故にこの地に現れたのか。一言も話せないと言うのなら、早急に消えてもらおう」
動きを封じられ、もはや接近しての攻撃は不可能になっているサーバントに対し、フローライトは黒鎖を投じる。
サーバントはそれを正面から防御、自身へのダメージを最低限に留めようとするも、それがむしろ好都合となったのか、鎖が盾に絡みつく。
サーバント両名は引き続き移動が出来ず、防御体勢へ転じようとするも、フローライトの攻撃を受けた片方は、盾を思うように構えられず。
「どうだ……受け切れる、か?」
そこへアスハが突撃し、蒼き焔を纏った一撃を叩き込む。
それは終焉を内包せし一手と同じく、破壊し、終わらせる為の一手。
蒼き焔は自らの敵となる存在の甲冑を穿ち、一瞬にしてそれを半壊させる。
「もはや受け切れる筈も無いでしょう。その盾すらも封じられているのだから」
そしてアスハの攻撃から繋げるように、一呼吸を置く事すらも許さずして、マキナが幕引きの一撃を以て、二体目のサーバントを粉砕した。
「……残るは一体。私は私に適した役割を果たす、追撃はお願い」
もはや自らの奇襲よりも、仲間の連携に任せた方が堅実であると判断したのか。
零は残る一体の元へ先行、斬撃によって相手の反撃を誘発させ、残る攻撃を四人に託す。
「ええ。任せなさい」
零の意図を汲んだエルネスタは、反撃直後のサーバントに対し、引き続き蠍の腕による拘束を成功させ。
「……もはや足掻く事すらも出来ないのなら、ただ黙って砕かれるが良い」
フローライトによる追撃で、その盾を弾き飛ばし。
「しっかり受け止めろ……凍り付くほどに、な」
氷上を滑るように踏み込んだアスハの手による、氷の太刀を用いた斬撃で凍らせ。
「……終わりにしましょう」
そしてアスハに合わせたマキナの諧謔の一撃により、三体目のサーバントが砕け散った。
しかし、シエルが援護に回った後衛側では。
「厄介な事してくれんなぁ、わざわざ裏に回るなんてよ……!」
武は今の位置から最も近い場所に居るサーバントに接近、数珠を縄のように飛ばし、盾の絡め取りを狙う。
サーバントは武の行動を単純な攻撃と判断したのか、盾での防御を行うも、逆にその行動によって武の計らいが成功し、盾が拘束された。
「この状況なら、繋がる筈……!」
そんな武の一手を好機と判断。シエルはその場から跳躍、サーバントの背後に回り込み、腰を捻っての斬撃を叩き込む。
背後から大剣による一撃を受けたサーバントは、彼女の狙い通り吹っ飛び、その勢いを利用するようにして、武が盾を引き剥がす。
「……これなら、絶対に避けられない」
Spicaは武とシエルのトスに合わせ、レーヴァテインを具現化。
紫炎纏う剣の斬撃は的確にサーバントの胴体を捉え、破壊した。
だが、連携攻撃によって片方のサーバントを撃破するも、もう片方のサーバントは未だ健在。
残るサーバントは三人の攻撃行動の内に武の元へ接近し、その剛腕を以て剣を振り下ろした。
武は咄嗟に防御を行うも、それによる威力は決して小さいものではなく。
「私の仲間から、離れなさい……ッ!」
シエルは遅れながらもサーバントの側面を取り、突撃。大剣を用いた大振りの斬撃で敵を吹っ飛ばす。
「仲間、なぁ。そう呼ばれたんなら、こっちも応えねえとな!」
武もまた彼女の行動に応えるようにして、再び数珠を用いて盾を封じ。
「ロックオン、逃がさない……!」
Spicaの正確な狙撃によって、サーバントの頭部を破壊。戦闘は一先ずの終息を迎えるのだった。
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サーバントの全滅を確認し、暫くして。
「そもそも何故この場所に敵が出たのか? だよなぁ。なんかこの場所に意味や理由があんのかね?」
武は周囲の状況を確認していく中で、何故この場所にサーバントが現れたのか、その推測を膨らませる。
「それに関しては不明だ。ただ一つ懸念点があるとすれば、五体ものサーバントが現れたにも関わらず、この森林よりも外には一切被害が及んでいないというのは、ある意味では不自然だろう」
上手く状況が掴めていない様子の武に向け、フローライトは言う。
しかしこれといって「正確」と言えるような情報は浮上しておらず、事の真偽は不明。
ただ一つだけ言える事があるとすれば、サーバントの行動パターンからして、何者かが何らかの意図の元で、八名をこの場所に誘導したという事だろう。
そして、本隊は別の場所に居るのだと。
「それで、だ……。これは、そちらの目的の彼が作った、と思えそうなの、かな?」
一方、アスハはシエルと零を呼び、二人にサーバントの残骸を確認させる。
「……そう、ですね。カストルがこのようなタイプのサーバントを従える事に関しては違和感は無いのですが、ただ、不思議な部分はあります」
様々な角度からサーバントの残骸を確認するシエルを横目に、零が散らばっていた別の個体の残骸を集めてきて。
「分かりますか? 盾や甲冑の形状、そして大きさ。比べてみると、どうにも違っているんです」
そして、そこから導き出される結論。
「この一件、恐らく……カストル以外にも複数の人物が関わっていると見るのが妥当でしょうか」
「……なるほど、な」
シエルの出した答えを聞き、アスハは溜め息を吐いて。
「そろそろ、雨露しのぎも必要、だろう……。学園に来たら、どうだ? レイの方は、会いたがってる者もいるし、ね」
唐突なアスハの提案を聞いたシエルは、耳を疑うように目を丸くをする。
「シエルと、一緒に戦える……嬉しい……!」
「!!?」
更にはSpicaに抱き締められ、ぴったりくっつかれている事から、シエルは緊張のあまり凍り付き、顔を真っ赤にする。
「とても助かる事には違いないけれど、本当に良いのかしら?」
「ええ。私の妹……あの子がね、あなたを連れて来いってうるさいの。紅い髪、緑の瞳の魔女と言えば伝わるかしら」
エルネスタが零の問いに対してそう答えると、零はある人物の姿を思い浮かべ、納得したように頷いた。
「アスハに倣う訳ではありませんが、貴女も――シエルさんも此方に来ませんか?」
「……良いのですか?」
「その、私がこう思うのは稀なのですが……貴女とは仲良くなれそうな気がしますし、ね」
そしてマキナが照れ臭そうに、柔らかい笑みを浮かべながら右手を差し出すと、シエルはその手を取り、微笑み返した。
「さて。きちんと話した事も無かったし、改めてよろしく頼むぜ。二人とも」
武から改めての挨拶を受け、それに応える形で学園へ行く事に決めた二人。
「……ありがとう、ね。私も嬉しい、受け入れてもらえて」
シエルは自身から離れようとしないSpicaの頭を軽く撫で、孤独から解放された事を痛感するのだった。