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マスター:新瀬 影治
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/03


みんなの思い出



オープニング


 ふと、昔の事を思い出した。
 私が戦乙女と呼ばれるようになった、その理由。
 私は天使としての在り方に拘り、上からの命令を忠実に遂行する事を生き甲斐としていた。
 任務に正しいと思える理由が備わっていたのなら、どのような手を使ってでもそれらを遂行してきた。
 ――仲間と呼んでいた存在の亡骸を積み上げてでも。
 優秀な天使で在りたいと願うが故に仲間を切り捨て、逆に信頼を失っていった私が最終的に得たのは、戦乙女という二つ名。
 これは、ある一説に於ける『死を選定する者』の名前。
 ただ一つ違っていたのは、単純に私は『死を与える者』としてこの名を付けられたという事。
 戦乙女に付いていけば、確実な死が待っている。そういう意味で、私は戦乙女と呼ばれるようになったのだ。
 ……それも、もうずっと昔の事だが。

 ――冷たい風が頬を撫で、私の白く長い髪が靡く。
「お姉ちゃん?」
「……!」
 はっとして、顔を上げる。
 カイくんは不思議そうな表情をしながら、私の顔を覗いていた。
 ……あれから何故か、ムラマサは私の前に姿を現さない。
 あの時、撃退士を倒す事が出来なかった私には、それはそれは悲惨な未来が待っているだろうと思っていたのに、それすらも無く。
「ごめんね。ちょっと、昔の事を考えてて」
「ふぅん、そうなんだ。それって、面白い事?」
「面白くはない、かな。でもそれが無ければ私は今の私にはならなかった、っていう感じの事。ちょっと分かりにくいかな?」
 問い返すと、カイくんは一秒も経たずに頷いて、思わず笑ってしまった。

「でもそれって、お姉ちゃんにとって良い事なんだよね? それがあったから、今の優しいお姉ちゃんになれたって事でしょ?」
 予想だにしていなかった返しを受けて、言葉を失った。
 でも、言われてみればそうかもしれない。
 積み重ねてきたものの多くは私にとっての失敗だったとは言え、それらのお陰で『現在』があるのだから。
「だってお姉ちゃん、僕との約束も守ってくれたじゃん! それって良い事だよ、うん!」
「……うん、そうなのかもね。きっとそう、私もそう信じたい」
 何かを願うように、頷いた。
 これから何かよからぬ事が起きるのではないか、という予感だけは、どうしても抑える事は出来なかったけど。
「それがあったからこそ私はカイくんと出会って、一人じゃない時を過ごせるようになったんだから。これは良い事、なのよね」
 ……いや。これはむしろ、最初からそう仕組まれていた事だったのかもしれない。
「そうだよ、お姉ちゃんの家族だって言うあの人もそう言ってたもん!」
「え……?」
 だって、全てが都合よく動き過ぎているんだもの。
 どれだけ足掻いても自分の理想を叶えられなかった私が、今になって、これ程までに優しい時間を手にしているのだから。

「――お前が人間だったら、の話だがな」
 唐突に背後に現れた、ひんやりとした嫌な気配。
 咄嗟に装備を呼び出し、振り向いて大剣を構えると。
「カストル……!?」
 その服装からして、間違い無かった。
 そこにはムラマサという男ではなく、カストル――私の実の兄が立っていた。
「な、何で貴方が此処に……!? 何で彼が貴方の事を!?」
 ある意味では、私は最初から全てに気付いていたのかもしれない。
 ただそれを、事実として受け入れようとしていなかっただけで。
「違うんだ、お姉ちゃん。このお兄さんが、お姉ちゃんの来る場所を教えてくれたんだよ!」
「……そんな」
 最初から私は、カストルの思うがままに動かされていただけだったのだ。

「浦名くん。シエルと過ごす時間は、楽しかったか?」
「うん、勿論だよ! ありがとう!」
「何、私は必要な情報を必要な人物に与えただけに過ぎないさ。此方こそ、礼を言わせてもらいたい」
 二人の会話を聞く中で、私は力を失って、剣を構える腕を下ろす。
 ……私は根本的な部分から、全てを間違えていたんだ。
 理由が知りたい、理由が欲しい、理由さえ伴っていれば何でも良い。カストルはそんな私の性格を知り尽くした上で、私を踊らせていたんだ。
 私の過去も、やり方も、私の想いでさえも。彼は私が『ムラマサ』に逆上するところまで計算した上で、カイくんにも手を回していた。
「シエル、準備が整った」
 淡々と告げる兄の姿を見て、確信する。
 ……私は失敗したんだ、と。

「標的はこの市街地、物理的に一定範囲を制圧する。それにより撃退士が派遣されてくるだろうが、それも計算の内だ」
「……嫌よ。私はこの街を破壊したくなんてない、この街に住む人たちには死ぬ理由なんて無いじゃない!」
 たぶん私は、カイくんを助けたいだけなんだ。
 最初から仕組まれていたのだとしても、彼は私を孤独という絶望から救ってくれた。その一点だけは嘘ではないから。
「私がこの地を欲しているから。理由はそれだけだ、それでも不服か?」
「当たり前でしょう、そんなの従えるわけ無い!」
「だが私は前にも言った筈だ。信頼を裏切ったのなら、もはやお前の意思など尊重しない、と」
 ……そうか。私が撃退士に負ける事まで全てを予想した上で、彼はこの状況を作り出したのか。
「お前は私に逆らう事など出来ない、お前の本質は人間ではなく天使なのだからな。ここで私に背けばお前はもはや天使として存在し続ける事は出来ない、それは分かっているのだろう?」
 全てカストルの言う通りで、身動きが取れない。
「今までの動きはこの時の為に仕組んだ布石に過ぎない。そう、全てはお前を駒とする為に」
 ――その言葉を聞いた瞬間、背筋を悪寒が駆け抜けていった。
 今までに積み上げてきた全ての瞬間が、私を駒にする為の布石だったと言うのなら。

「シエル。その手で浦名カイを殺せ」
「っ……!」
 思わず一歩、後ずさりをする。
「そうする事で、お前という自我は崩れ去るだろう。街の破壊を躊躇する事も無くなる。さぁ、やれ」
「嫌だ、絶対に嫌だ……」
 逆らえる筈も無いのに、ひたすら嫌だと呟きながら、後ずさりしていく。
「カイくん、逃げなさい! 早く、走って!」
「人間がこの私から逃げられる、と?」
 そうだ。この場を何とか凌いだところで、カイくんは結局、カストルに殺される事になる。
「お姉ちゃん。僕は逃げない、逃げちゃダメだと思うんだ」
「何で!? 早くしなさい、お願いだから……早く!」
 それでも生きてさえいれば何とかなるだろうと信じて、叫ぶように呼びかけようとも、彼は一歩たりとも動かない。

「……だって、僕が死ねばお姉ちゃんの為になるんでしょ? それなら僕は、此処で死んでも良いと思うんだ」
 何で、彼は。
「お姉ちゃんは僕を助けてくれた、僕に少しでも楽しいと思える時間をくれた。大好きなお姉ちゃんの為だって言うのなら……僕は、此処で死ぬよ」
 そこまでして、私に尽くしてくれるのだろうか。
「シエル」
 私は、自分が自分である為に他人の命を奪うような下種なのに。
「殺れ」
 どれだけの罪を積み重ねてきたのか、分からないのに。
「シエルお姉ちゃん」
 大剣を構えた私を真っ直ぐ見つめながら、彼は言った。
「ありがとう。さようなら」
 最期まで笑顔で私の前に立ち続けたカイくんに向けて、私は剣を振り下ろす。
「あああああああああああああああ――っ!!」
 そして。
 私の信じ続けてきた現実は、私が現実だと信じ続けてきた幻影は。
 いよいよを以て崩壊した。




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リプレイ本文


 ――崩壊した市街地の中心、そこに『彼女』は立っていた。
「何だ!? 今までとえらく違うぞ!?」
 獅堂 武(jb0906)の驚きもまた、自然なものと言えるだろう。
 何故ならこの市街地は、間違いなく彼女――シエルの手によって破壊されたものであり、彼女と幾度も手合わせをしてきた彼等にとっては尚更、異例の光景だった。
 シエルは武たちの存在に気付いたのか、何も言わぬままに振り向く。
「何があったか想像はつく、が……その姿が貴様の答えか、シエル」
 アスハ・A・R(ja8432)が問いかけようとも、彼女は壊れた人形のように不気味に、けたけたと笑うのみ。
「いつもの、貴女じゃ……信念を貫いてた、貴女じゃない……。還ってきて……」
 Spica=Virgia=Azlight(ja8786)は何か裏があると読んだのだろう。
 Spicaは『彼女』を求め、声をかけるも、反応は変わらず。

「……どうやら、思い違いをしていたようですね」
 そんな彼女の姿にマキナ・ベルヴェルク(ja0067)が抱いた感情は、端的に言えば落胆であった。
 問い、問われ、多くの解を得てきた筈の彼女が最終的に辿り着いたのは、単に無様な末路でしかなかったから。
「今の貴女……私にそっくりよ」
 エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)の声を聞き、シエルがおもむろに彼女の方へ視線を向ける。
「当ててあげましょうか。大事なもの、切り捨てたでしょう」
 エルネスタがそこまで言うと、シエルは片手で大剣を持ち上げ、その切っ先を彼女の方へ向けた。
「……誇りを捨てたか、恥知らずめが!」
 フローライト・アルハザード(jc1519)の怒鳴り声もいざ知らず、シエルはゆっくりと口を開いて。
「どうでも良い。全部同じ、皆同じ」
 だが彼女はそこまで言ったところで、ふっと真顔になる。
「カイくんは……大事。皆大事。どうしたら……帰って、くる? こない?」
 どうやら彼女の中には、まだ『切り捨てたもの』の余韻が残っているようで。

「忌々しい木偶風情が、大層な口を利くな!!」
 しかしこの状況、全てが終わった後なのである。
 フローライトの声を聞いたシエルは、そのまま両手で大剣を構え、翼を顕現させる。
「……何も帰ってこない」
 彼女の自我というものは、無意味な破壊の中でとうに崩れ去ったのだろう。
 シエルは虚ろな、しかし様々な感情が込められた視線で撃退士の姿を見回し、翼で飛翔する。
 エルネスタとフローライトも翼を顕現させ、後を追うが、Spicaとマキナは行動を起こさず、様子見に徹する。
「あの時は何もかもが遅すぎた。だが今は、理不尽な暴力がそこにある……」
 シエルが移動を止め、振り向いた事を確認したフローライトは、自ら最前に出て、白い輝きを放つ光を武器に宿す。
 フローライトの中に込み上げるのは、怒りと呼べる感情ただ一つ。
 眼前に広がる、理不尽で、非情な暴力の跡。まさに地獄と呼べるようなその光景。
 抑えられている感情の中で、怒りという最も衝動的な感情が込み上げてくるという事は、それだけこの光景は彼女にとって、悲痛なものだったのだろう。

「ならば……認められる訳が無いだろう!」
 光の宿った武器を構え、フローライトはそれをシエルに叩きつけようとする。
 そこに、彼女を救いたいなどという意思は無い。フローライトにとって今の彼女は、平穏に害を成す敵でしかないのだから。
「力は込められているけれど、単調ね」
 だがシエルは命中寸前で身体を捻り、フローライトの渾身の一撃を受け流す。
 そして受け流した体勢から大剣を振り抜き、フローライトに反撃を当てに行く。
 フローライトは反撃を防御、自身へのダメージを最低限に抑え込んだが、シエルはすぐさま次の一手を繰り出さんとしていた。
「……貴様の守りたかったものが、守れなかったものが、お前の今の姿を望んでいると思う、か?」
 ただこの瞬間、フローライトを一気に落とそうとしているが故に、シエルにも隙が生じているようで。
 アスハが手をかざすのと同時、蒼い輝きを宿す微細な魔法弾が降り注ぎ、シエルをその中へと呑み込んでいく。
 光の如く、雨の如くシエルを呑み込んだアスハの一手は、防御されようとも、彼女に確実なダメージを与えた。

「どうしようも無い選択に迫られて、自分の意志を捻じ曲げて。そんな自分が許せなくて仕方がない。仕方がないから、考える事すら止めてしまって」
 そこへ更に、エルネスタが蠍の腕による追撃を試みる。
 シエルはその追撃も防御、蠍の腕を振り払うが、アスハとエルネスタの言葉に何かを感じたのか、動きが止まる。
「抗う事もせず、子供を殺し。それはただの逃避であって、何の意味も成さない」
 彼女が最終的に選んだ道が逃避であったが故に、マキナは失望を禁じ得ず。
 マキナが投じた苦無は疾風の如くシエルの元へ飛んでいくも、彼女は再び言葉に反応を示すように、それを被弾寸前で受け流す。
「守る為じゃ、なくて……壊すだけの、戦いなんて……意味がない……」
 受け流し直後のシエルは、もはや防御にも回避にも転ずる事は出来ないと踏んで、Spicaは彼女を狙撃、弾丸を直撃させていく。
 Spicaの狙撃は重い一手となったのか、シエルは彼女の方へ視線を向ける、が。
「派手にやりやがった分、ぶち当ててやらぁ!」
 それはむしろ武にとっての好機となり、今まで潜行していた彼は、シエルの背後から鎌鼬を放つ。
 鎌鼬は言うまでもなく直撃し、それによって更にダメージを受けたシエルは、地上へ真っ直ぐ視線を向け、大剣の柄を握り締めた。

「その程度……その程度の軽い意志で、この者たちの平穏を奪ったのか!」
 だがそう簡単にはいかせまいと、フローライトは再び武器に光を宿し、シエルの元へ詰め寄る。
「辛い? 私も辛い。だって意味が無い。だから、今……楽にしてあげる」
 シエルはフローライトの接近に気付くや否や、大剣の刃に一瞬で光を宿し、自らフローライトの懐へと飛び込んでいく。
 これは恐らく、シエルから『自我』が失われているが故の事なのだろう。
「……貴女は仲間を守って落ちる。それだけ」
 思考と言う名の鎖を奪われた彼女の力は、もはや彼女自身にも抑える事は出来ない。
 密着した状態から繰り出される、反撃や回避を許さぬその一撃は、瞬時にフローライトの腹部を貫き、意識までもを一撃で奪い去っていった。
「アルねぇ!?」
 武の反応を気にも留めず、シエルはフローライトが落ちていく様を眺めながら、再び地上へとその視線を向け、大剣を構え直す。
「想いを込めて、意志を込めて、矜持と誇りを持って振るっていた刃……今はどう?」
「貴女には、関係無い……」
「……随分と軽く感じるでしょう。空っぽだものね」
 地上に視線が向けられている事を受け、エルネスタが言葉での挑発を試みるも、シエルの視線が彼女の方へ向けられる事は無く。
 しかし、エルネスタの指摘は全て的中しているのだろう。
 意味有り気に口元を引き締めたシエルの表情は、何処か悔しそうで、何処か悲しそうに見えたから。

「殲滅する他に、道は無し……」
 シエルは呟き、そして滑空する。
 彼女が狙っているのは、Spica。狙撃を受けた際、彼女はSpicaを最優先で処理すべきであると判断したのだろう。
「でも、私は……本当に、何も出来ないと言える?」
 一気にSpicaとの距離を詰め、大剣に光を宿した上で走り始めるシエルだったが、数々の言葉から疑問が生まれ、本当に自分は何も出来ないのかと自らに問う。
 Spicaはシエルとの間合いを維持するべく離脱を図り、エルネスタを除く三名が彼女の後を追うが、しかしシエルの機動力は尋常ではなかった。
「もう戻れない、だから戦うしかない。でも戦うべき相手は、誰……?」
 自問自答を続ける彼女は、移動を続けながらも三名の立ち位置を確認、直線上に並んでいない事を把握する。
 並びにマキナに関しては、前回の戦闘から、一撃で落とし切る事は絶対に不可能であると考えているのだろう。
 故に彼女はそのまま前進、翼を利用して最後の一歩を詰め、両手で大剣を構えながら腰を捻る。
「壊すだけの戦いに意味は無い。こんな姿、カイくんが……」
 だが。
「望む訳が、無い……」
 言葉と記憶が結合した刹那、僅かながらも『彼女』の自我が動き、大剣の軌道を逸らす。
 大剣から放たれた光は剣波となり、剣波は一瞬にしてSpicaの元へ到達。彼女の肉体を切り裂いた、が。
 僅かに自我が働いた事によって直撃は免れ、剣波を受けながらもSpicaはその場で踏み止まった。

「想いも熱もない攻撃が……届くと思う、な」
 そしてシエルに追いついたアスハは、異界から幾本の腕を呼び出し、隙を見せているシエルの拘束を試みる。
「届かない、いつだって。届かなかった、いつも。怯えているのは、たぶん……私」
 アスハはそのままシエルの元へ踏み込み、彼女の気付けを狙うが、彼女は腕に捕まれる寸前で離脱し、剣を振るう事でアスハまでもを後退させた。
「――逃げた先には、碌な事が待っていませんよ。分かっているでしょう」
「違う、私は……私はただ、一人に……」
 しかしアスハの任を引き継ぐように、繋げる形でシエルの懐へ潜り込んだマキナは、回避に転ずる事も出来ない、うわ言を呟き続ける彼女に、終焉を内包した一撃を放つ。
 シエルは防御に転じ、大剣でその一撃を受け止めようとするが、幕引きと成り得るマキナの一撃は防御を無意味とし、彼女の肉体を撃ち抜く。
「そう、私はっ……もう一人になりたくないからと、あの時……」
「やらせは、しない……目が、覚めるまでは……」
 徐々に自我を取り戻し、後悔に苛まれつつあるシエルの元へ、Spicaが詰め寄る。

 Spicaの手には、具現化されたレーヴァテイン。紫炎を纏いし剣の姿があり。
「怯えていたのは私だ、逃げていたのも私だ。嵌められたのだとしても、抗う事ぐらいは出来た筈……!」
 対するシエルの手中にも、破滅の大剣の姿があり。
 そして、反撃の一閃が繰り出される。
「……!?」
 だが。Spicaの放った一閃は大剣を弾き飛ばし、防御だけでなく、反撃までもを無意味としたのだ。
「ならば貴女は、何をしたいの? 何をすべきなの? 考えなさい、逃げるばかりでは何も変わらないでしょう?」
 Spicaと入れ替わり、蠍の腕による一撃を狙うエルネスタの言葉には、様々な想いが込められていた。
 ここで腐るなと。ここで折れるなと。
 逃げず、諦めず、面と向き合い、そして再びあるべき姿を取り戻せと。
 彼女はまだ輝きを失ってはいない、今ならばまだ間に合うかもしれない。彼女に宿る燐光を掴むように、再び彼女に光を与えるように。
「私は――」
 エルネスタの問いを受けたシエルは、転がるようにして蠍の腕を回避。そのまま飛翔し、大剣を光として呼び戻して、唇を噛み締めた。

「……何で貴方たちはそこまでして戦えるの、何でその身を犠牲にしてまで誰かを助けようとするの?」
 私は臆病だから、とそこまで言いかけて、彼女は口を閉じる。
「俺は自分を犠牲になんかしちゃいねぇよ。好きでやりてぇ事してるだけさね」
 武が治癒膏により、Spicaの傷を癒しながら答えると、シエルは顔を伏せて。
 そして彼女の手中に集約しつつあった光は黒く染まり、内包されていた『破壊』その物とも呼べる、紅い稲妻が解き放たれる。
 黒き光は呪いとなって、紅い稲妻は憎悪となって。彼女の右腕を包み込み、その力を増幅させていく。
「私はあの時、愚かな選択をした。一人になりたくないからと、自らを助けてくれた存在を切り捨ててまで、自分を認めてくれる何かに縋り付こうとした」
 彼女が選んだのは、カストル。自らの兄。
 彼女は全てが『幻影』だったと分かっていながらも、それでも孤独への恐怖から、自らの信じる幻影に再び縋りつこうとしたのだ。
「……っ!」
 先程Spicaに攻撃を命中させられなかった為か、彼女は片手剣を呼び出し、自傷。
 その痛みによって狙いを正確なものとし、立ち位置を変え、残る撃退士たちを一定方向へ追い込む形を作る。

「貴様の無念、怒り、悲しみ……その全て、受け止めてやる」
「……本当に馬鹿馬鹿しいわよね。信じていたものは全て幻影で、それらに尽く裏切られて。でも一人は嫌だからとまた自ら幻影を見て、それに縋り付こうとするなんて」
 アスハの声に反応を示したシエルは、言われるがままに、その視線を彼の方へと向ける。
 だがこの状況、既にシエルとの距離を取り直したSpicaを除き、彼女にとっての『範囲』に全員が収まるのだろう。
 彼女の右腕に宿りし呪いと憎悪は、徐々に彼女の手中へと集約し始め、槍の形状へと変化していく。
「……慟哭に咽ぶまま、終わりを望むと?」
「いいえ。どうあっても縋り付こうとした幻影の為に、私は貴女たちを殲滅する」
 マキナに問われたシエルは、呪いと憎悪によって形作られた紅黒の槍を構え、その視線を真っ直ぐ『敵』の元へと向ける。
「――崩壊に呑まれた私の一投。受け取りなさい」
 もはや自我を取り戻しつつある彼女は、自らを支配し続ける幻影と決別すべく、最後の一手を投ずる。

「それが貴様の望んだ形、か」
 アスハは布槍を盾にシエルの一投を真っ向から受け、起死回生の力を以て耐え抜き、そしてその場に立ち続ける。
 だが着弾と同時に放たれた衝撃は、一瞬の内に広範囲へと広がり、マキナと武をその中へと呑み込んでいく。
 呪いと憎悪に焼かれ、武は一瞬の内に意識を奪い去られるも、マキナは自らの力を解き放つ事で持ち堪え、その一投を耐え凌いだ。
 しかし解き放たれた力は最終的に、再び一ヶ所へと集約。一瞬にして空へ伸びたかと思うと、紅の十字架が展開された。
「そう。私はきっと、こうなる事が分かっていたんだと思う」
 十字架はエルネスタを刺し貫き、一撃で地上へと落下させるも、シエルは落ちていく彼女の姿を眺めながら、一筋の涙を零す。
「……終わり。私の負け、さようなら」
 その涙は、傀儡としての彼女に課せられた最後の任務の失敗と、どうあっても縋り付こうとした『兄』との別れを意味していた。

 項垂れるシエルに向け、マキナが苦無を投擲すると、彼女は抗う様子も無しにそれを受け、地上へと落下する。
「カイくんも、街の人も……ごめんなさい」
 仰向けに、虚ろな視線を空へ向けるシエルは、自らの行いをただひたすらに悔やむ。
「……終われるのなら、終わらせてください」
 鎧すらも消えていき、その場にぺたりと座り込んだシエルは、歩み寄ってきた三人に対し、終わりを乞う。
「もう、やめたい……。だから、お願い……」
 しかし、そんなSpicaの言葉を聞いた彼女は、はっとしたように顔を上げ、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「――奴を止めるため、シエルが欲しい」
 そして彼女は、アスハの言葉に対し、首を縦に振る。
「この力、必ずや貴方たちの為に使います……。贖う事は出来ずとも、必ずや」
 と。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: さよなら、またいつか・Spica=Virgia=Azlight(ja8786)
 燐光の紅・エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)
重体: 桜花絢爛・獅堂 武(jb0906)
   <Curse of Valkyrieに呑まれる>という理由により『重体』となる
 守穏の衛士・フローライト・アルハザード(jc1519)
   <渾身の連撃を受け止める>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB
守穏の衛士・
フローライト・アルハザード(jc1519)

大学部5年60組 女 ディバインナイト