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文化会館大ホール、その舞台にて、彼女は彼等を待ち受けていた。
「この戦、果たして……終焉に至る事が出来るのか否か」
彼女――ノヴァは、その使徒である零と撃退士の姿を視認するや否や、氷刀三本を展開。それを座席側に飛ばし、自身は様子見に徹している。
「決着をつけましょう、ノヴァ。水神の巫女として、氷神の天使……貴女を此処で倒します」
水無瀬 雫(
jb9544)を始めとする三名が前進すると、ノヴァは氷刀を天井の暗がりに飛ばし、視認を困難にさせる。
「あらぁ、本気な感じ? それなら、挨拶も派手にやらせてもらうわねぇ♪」
三名の前進を支援するのは、Erie Schwagerin(
ja9642)。
舞台上に居るノヴァを中心として、破滅の空間を展開。挨拶代わりの一撃を狙う。
「冷徹に、されども熱は宿したままに。この戦い方も久しいな、手は抜かない」
するとノヴァは、一度は踏み込もうとするも、舞台上での回避に転じ、瞬間移動にて破滅の空間から脱出する。
その硬直を狙い、零が氷剣を投ずるも、ノヴァは虚空より引き抜いた氷刀を以て、それを斬り落とす。
「――ノヴァ、それが貴女という存在ですか」
だが、それは零に注意が向くという意味では機能しており、十三月 風架(
jb4108)が死角からの一手を狙う。
「私は私だ、それ以外の何物でもない」
ノヴァは気配より風架の一手に反応、被弾寸前でそれを受け流し、氷刀を平らに構える。
「ならばノヴァ、その覚悟とやらを聞かせて欲しい。その覚悟の先に、どのような終焉を思い描いているのかを」
風架に代わって刃を受け止めたのは、久井忠志(
ja9301)。
庇護の翼による防御は的確に仲間を守り、その離脱をアシストする。
「……純然たる終わりさ。命を賭して戦い、悔い無き最期を迎える。故にこの場に於いて私は、殺される事も厭わない」
ノヴァの返答を聞くのと同時、忠志は繋げる形で正面から斬り込みにいく。
忠志の刃が標的を捕らえる事は無く、彼女は易々とそれを受け流した後、忠志の懐に踏み込んで。
「問い返そう。貴様はどのような覚悟を決めてこの場所に来たのか、と」
振り抜かれた氷刀は、絶の印を宿したままに、忠志の肉体を切り裂いた。
忠志を押し返したノヴァは、暗がりに飛ばした氷刀を呼び戻し、次の標的へと視線を移す。
「……お互い出し切ろうか、ノヴァ」
傾斜、座席を利用して身を隠していたアスハ・A・R(
ja8432)だったが、氷刀の破壊は不可能と判断、ノヴァへの追撃に転じる。
魔銃より放たれた弾丸は的確にノヴァを捉え、氷刀を貫通、彼女の肌に傷をつけていく。
「言われなくても応えるさ。安心してくれ」
ノヴァの表情には僅かながらも笑みが浮かび、更なる追撃を狙う雫を前に、彼女は深く息を吐いた。
「私は必ず貴女を倒します……人々の為ではなく、今は自分の為に」
雫の決心を目の当たりにしたノヴァは、魔水の宿る一撃を受け流し、忠志とは正反対の方向へと彼女を突き飛ばす。
そしてノヴァは雫の元へ、呼び寄せた三本の氷刀を投じた。
「あまり甘く見てもらっては困る、な。敵は一人ではない、ぞ?」
それに反応したアスハは、銃撃にて一本の氷刀を破壊。
雫もそれに続き、自らの幻影を生み出しての攻撃を加え、残る氷刀を弾き返した。
「そんな事は分かっているさ。それを踏まえた上で、受け切れるか否かを問わせてもらう」
しかしノヴァは、僅かな隙に紛れて彼女の懐へと飛び込み、即時生成された氷刀にて一閃。
雫は防御が間に合わず、直に刃を受ける事となった。
「――いつかの貴女の手も取りたいという気持ちは、今も変わりません」
雫に一閃を叩き込み、跳ね返るように離脱を図るノヴァの姿を捉えたのは、神谷春樹(
jb7335)。
「だからこそ、全力で倒します」
着地を狙っての狙撃は、的確に彼女の脚を捉えていた筈だった。
「……ああ。そうでなければ、な」
だが、ノヴァは顕現させた実刀を以て、春樹の放った弾丸を弾き落とす。
彼女はそのまま座席側を警戒しながらも、標的を風架に切り換え、素早く彼の元へと詰め寄る。
「己が生き方を貫け、己が信じた終わりへと辿り着け。これが誰の言葉かはわかりますね?」
瞬く間に懐へ潜り込み、冷気を解き放たんとするノヴァを前に、風架は自らの血で手甲を形成しつつ。
「愚問だな」
ノヴァの返答を得るのと同時、それを彼女に叩きつけた。
しかしその刹那、ノヴァは自らを中心として氷の衝撃波を展開。風架を凍結させる。
「零ちゃんにも、ノヴァちゃんにも言えるんだけどぉ……何か、見えるものはあったかしらぁ?」
風架の反撃を受け、吹っ飛んでいくノヴァだったが、彼女の着地に合わせ、Erieが攻撃支援を行う。
ノヴァは回避、防御が間に合わず被弾。ただErieの言葉に応えるように、すぐさま受け身を取って。
「……覚悟は決めたか?」
次にノヴァが捉えたのは、忠志。
「あんたが命を賭して戦うなら、俺もそれに答えるまでだ。この命、此処で捨てる覚悟を決めた!」
忠志は問いに答えるのと同時、その一撃を受け止めると言わんばかりに身構える。
さながら決闘を挑み、挑まれるように、ただ真っ直ぐ視線を合わせる二人。
ノヴァは右手に実刀を構えた後、虚空より氷刀を引き抜いて。
「ならばせめてもの手向けだ、一瞬で沈めてやる……!」
忠志が展開した銀の盾すら、無意味とする程の斬撃を繰り出した。
彼女は踏み込むのと同時に姿を消し、瞬く余裕すらも与えぬ速度で二閃。絶の印を以て、銀の盾ごと忠志を両断した。
氷刀は一刀の後に砕け散り、それと同時に忠志も舞台上に倒れ行く。
「いつか雫さんに言いましたね。何かをさせたいなら、力でねじ伏せろって」
斬撃後の隙を狙い、春樹がノヴァの脚部を狙撃する。
「なら、その言葉通り貴女をねじ伏せたら、零さんの決断に従って下さい」
斬撃後の隙を突いた狙撃は命中、ノヴァの脚部を確実に捉えていたが、有効打には成り得なかったのか、ノヴァは平然と座席側に視線を向ける。
「助力を請われて今があるので、ね……別にノヴァ自身をどうこうする気は、僕には無い」
春樹に続き、アスハが銃を向けると、ノヴァは一瞬にして彼の居場所を掌握。
彼女はアスハが引き金を引いた瞬間に姿を消し、彼の目の前に瞬間移動する。
「互いに出し切るという事なら、多少なりとも応えさせてもらおうか!」
ノヴァは自身を中心とする氷の衝撃波を展開。アスハは咄嗟に防御するも、それを受け止める事は容易ではない。
衝撃波に呑まれ、負傷するアスハだったが、幸いにも凍結だけは回避。彼はノヴァの目を欺く為、その場で動きを止めた。
「さて、踏み込まれる事は最初から分かっていた筈だが?」
するとノヴァは、咄嗟に銃口を向けてきた春樹に対し、刀を向けながら問う。
「いつかの、暗殺者は正面攻撃に弱いって言葉が悔しくてね。そう思われたまま終わるのは癪だからさ……!」
だが春樹は一切の揺らぎを見せず、引き金を引き、ノヴァへの追撃に出た。
しかし春樹の弾丸がノヴァに命中する事は無く、彼女は被弾寸前で再び姿を消し、舞台上の元居た場所へと戻っていく。
「追いかけるだけの自分で居るつもりはありません。今はただ、その隣に並ぶ為に……!」
舞台上へ戻ったノヴァを待ち構えていたのは、雫。
蛇の姿を持つ魔水を纏いし一撃は、ただ真っ直ぐにノヴァの元へと振り抜かれる。
「成長か、或いはただの願望か。戦え、叫べ、そして打ち砕け!」
ノヴァはその一撃に対し、刀を用いての一閃で迎撃。二人の攻撃が衝突するのと同時に衝撃が走り、双方の肌が切れる。
「その程度で終わりか、笑わせるなッ!」
ノヴァは雫の懐に潜り込み、氷の衝撃波を展開。
雫は氷の障壁でそれを受けるも、ただ一方的に押し返された。
「此方の手は切り札を除いて出し切った。人の本気はそんなものなのか?」
挑発。それは即ち、ノヴァへの示しが足りていないという事の表れ。
腹を括り、命を擲つ覚悟を決め、その上で臨んだ一瞬の衝突に於いて、結局は押し切られるという結末に至った事への未練。
ただ一人、舞台上に伏し、このまま戦いが終わるのを待ち続ける事しか出来ないのか。
――このまま終わって、覚悟を決めたと言い切れるのか。
「……ッ」
斬撃によって一度は倒れた忠志の中で、不屈の意志が燃え盛り、少しずつ彼の身体が再生していく。
そんな中、凍結を打ち破った風架がノヴァの死角を取り、力の込められた一撃を浴びせにいった。
ノヴァは風架の気配を察知、刀でそれを的確に受け止め、睨み合う。
「ムラマサは……カストルは貴女をずっと見ていたと、そう言ってました。最後にこれだけは伝えておきます」
風架の言葉を聞き、ふっと笑うノヴァの姿。
そんな彼女の元へ放たれるのは、零の生成した氷剣。
彼女は風架を押し返した後、氷剣を空中で斬り落とし、更なる追撃を予測する。
「正面戦闘が苦手な事は誰よりも自分が分かってる。だからこそ、常に的確な一手を狙う!」
だが、ノヴァの予測すらも打ち砕くように、春樹の放った弾丸がノヴァの元へ着弾する。
彼女は被弾しようとも動じないが、その一手は『示し』となり。
「最後の一手、出すに値するな」
もはや狙われないと判断したアスハの銃撃が続くも、ノヴァはそれを回避し、迫りくる雫の姿を見据える。
「お前の敵は誰だ、お前が成すべき事は何だ! それがただの願望でないと言うのなら、お前は私に何を示す!?」
「私は貴女を、氷神という壁を越えて先へ進みます!」
黒蛇と称された雫の一撃を受け止めたノヴァは、その返答に何らかの感情を抱きながらも、彼女を弾き返す。
「大技注意かしらぁ? それなら尚更、この隙は無駄には出来ないわねぇ」
雫たちがノヴァと渡り合っている隙に、Erieは忠志を射程圏内に捉え、治療を施す。
するとどうだろう。彼の肉体が再生を始めていた事もあってか、彼は決死の覚悟の下、再び立ち上がった。
「氷神の名に於いて、絶対零度……その本質を呼び覚まさん!」
だがその瞬間、ノヴァは刀を掲げ、一瞬にして天井を埋め尽くす程の氷刀を顕現させた。
絶対零度の本質とも呼べる、優に千を超す刃は、全て撃退士の方へ向けられている。
「最後の一手よ、備えて!」
零の呼びかけを皮切りに、Erieと忠志を除く四名は集結。迎撃体勢を取る。
「死する覚悟の下、それでもと敵に挑み続けるその勇気。私はそれに魅せられ、そしてその本質へと辿り着いた」
解を得て、終焉へと至る事を望んだノヴァは、掲げられた刀を両手で構え、そして。
「……祈る余裕は与えん!」
その身に宿る全ての力を、雨の如く、彼等に向けて降り注がせた。
「傘の役割ぐらいは出来そう? 後は任せるわぁ♪」
Erieは翼を顕現させ、鮮血の如き花びらを散らしながら、四人の頭上へと飛翔する。
そして彼女が現界させる、破滅の空間。それは氷刀の雨を呑み、幾らか威力を削いだものの、それら全てを破滅させるには至らず。
彼女はその身に氷刀の雨を受け、幾本の氷刀に身体を貫かれた後、ゆらりと座席の上へ落ちた。
「伊達に雨の名を冠してないぞ、この技は」
しかし、それに続くようにアスハが手をかざすと、蒼い輝きを宿す魔法弾が雨のように降り注ぎ、更に氷刀の数を減らしていく。
全てを呑み込む、光の雨の如き一手。それに続くは、暴風の如き猛射撃。
「一発限りだけど、中々でしょう?」
それを放った春樹を見て、ノヴァは何処か満足気に笑うが、氷刀の雨の相殺に至った訳ではなく。
最後に一段、清浄なるアウルが宿された武器を雫が振り抜くと、蛇の姿をした水の如きアウルが放たれ、氷刀の多くを喰らい尽くしていった。
残る氷刀は四人の元へ降り注ぐも、威力を発揮せず、地面に突き刺さった後に冷たい輝きを放つだけ。
「雨を避けられようとも二段目、これはどうだろうな……!」
多くの氷刀が地面に突き刺さった事を受け、ノヴァが手をかざした、その瞬間だった。
「うおおおおお――ッ!」
深い傷を受けたままの状態で立ち上がった忠志が、彼女の元へと突っ込んでいったのだ。
「何だと、貴様……!?」
ノヴァは手を振り抜くのと同時、氷刀に宿る冷気全てを衝撃波として解き放ったが、忠志の姿に驚きを禁じ得ず。
「意識がある限り、俺は命を燃やす……!」
忠志が突っ込んでいく間にも、解き放たれた衝撃波が撃退士四名を呑み込まんとしていたが、春樹と雫はそれぞれの手段を以て跳躍、それを回避する。
「ノヴァ、あんたと同じように……最後まで!」
「そうか、お前は……。そういう事なら、正面から受けて立つ!」
突っ込んでくる忠志を前に、ノヴァは刀を構え、自ら刺しに行く形で彼の腹部を貫いた。
刀は彼の腹部を貫通し、その刃は血に濡れていたが、忠志は一寸の揺らぎも見せぬままに、刀を自身の身体にめり込ませていく。
「…………」
誰にも気付かれず、そんな忠志の姿を遠くから見つめる者が、一人。
衝撃波に呑まれ行く座席の中、アスハが受けの構えを取っていると、彼の元へ風架が駆け寄って。
「終わらせてきてください」
アスハを血拳で斜め上方に吹っ飛ばし、彼をノヴァの元へ送っていく。
「正宗の最期の言葉、最期を迎えるまで忘れないでくださいね」
「……ええ。大丈夫!」
風架に後押しを受け、零が跳ぶと、彼は衝撃波に呑み込まれた。
「レイ。氷は溶けたら水になるだけ、だ。今のレイのように形は変われど、無くなるわけじゃない」
アスハと零が向かう先では、忠志がノヴァの刀を受けたままに、一歩たりとも動かずにいる。
「ぐ……ッ」
忠志は自身の肉体を貫いている刀を掴み、冷気を以て出血を和らげる事で、無理やりにでも意識を繋ぐ。
「支える、といった以上、勝手に消えられても困るし、な」
その刹那、アスハがノヴァの元へ到着し、二つの『蒼月』を以て彼女を切り刻み。
「零、俺はキミがどんな結果を望もうとも構わん……!」
紡がれた想いを、忠志が最後の一手へと繋いでいく。
「ただ、後悔する選択だけは絶対に選ぶな――!」
命を擲ってでも戦い抜く覚悟を決めた彼の言葉に、零はただ真っ直ぐ、ノヴァの姿を見据えて。
「逝きなさい」
零の言葉を聞いたノヴァは、ただ静かに微笑む。
「……良い仲間を持ったな。死ぬんじゃないぞ、美月」
そして。
彼女がその言葉を発した後に、零はその肉体を全力の一手で両断した。
その『幕引き』の先に待つ未来が、自らの思い描いた『正義』にそぐわぬ、正しき物である事を願いながら。
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ノヴァが倒れるのと同時、忠志もまた静かに倒れ、零は唯一無二の仲間が居たお陰で『終焉』へと辿り着いた事を実感する。
「…………」
長く息を吐いて、上を見上げて。
「これで本当に終わり、ね」
これは事実、最後の戦いであった。
正義を求め、そして『自分』を求め、幾度となく撃退士と渡り合った日々。
いつしか敵であった筈の撃退士は味方となり、彼等の力を借りながら、真の敵であるノヴァを撃破するに至った事。
「……さて。これからどうするつもり、だ?」
アスハに問われ、血だまりの中に倒れている忠志の姿を眺めながら、零は刀をそっと鞘に納める。
死をも恐れぬ彼の行動があり、彼に続く仲間の行動があり。
紡ぎ、繋ぎて、そしてその果てにこの『終焉』があるという事。
座席側には春樹と雫の姿が見え、その合間には、倒れているErieと風架の姿も見える。
「私は自分も生きる事の出来る道を探す。時間は無いけれど、きっと」
自らが背負った恩を忘れず、そして彼等が繋いでくれた未来を絶やさぬ為に。
「……だから貴方たちも生きて。いつかきっと、また会えるように」
自身が消え行く未来ではなく、自らも彼等と共に生きる未来を思い描きながら、彼女はその場を去っていく。
「――人の未来はそう簡単には終わらない。貴女の分まで、私が彼女と紡いでみせる」
それから程なくして。
その幕引きに立ち会ったある者は、白く長い髪を靡かせながら、舞台に背を向けた。
誰かの手によって描かれたシナリオではなく、これからは自分たちのシナリオを描いていく為に――。