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零が潜伏しているとされる、森林地帯のとあるポイント。
そこには零を迎撃するべく赴いてきた、六人の撃退士達の姿が。
だが六人がそのポイントに足を踏み入れるや否や、何処からか吹き寄せてきた冷気がそのポイントを包み込み、瞬く間に冷気に覆われた特殊な空間が形成された。
「貴方達なら来ると思っていたわ。どのような状況であっても、何度でもね」
その時、何処からか使徒の零が六人の前に姿を現し、彼等に向けてそう言う。
「今日は正義についての講釈はいいのかい? いや、例えそうでも君が剣を収めない限りは、俺は何も教えてやれないけれどもね」
「ええ。今日はそういう訳ではなく、ただ純粋に貴方達と戦う為に此処へ来たの」
この状況を見たベルメイル(
jb2483)が零に問いかけると、彼女は淡々と答えた。
彼女が慕う『師』の為に勝利を得る、ただそれだけの為に自分は此処へ来たのだと。
「そういえば、教えてなかった、な……アスハ、だ」
「そう……貴方はアスハと言うのね。良い名だわ、こうして向き合う度に何かを感じさせてくれる事と同じように」
アスハ・A・R(
ja8432)の名を聞いた零は、今まで彼にかけられてきた言葉を思い出しながら、言葉を返す。
「来い……お前の全て、受け止めてやる」
「以前も言ったように、貴方と正面から渡り合いたいのは確か。でも、貴方達は六人……直接戦うには、少し数が多いから」
零がアスハにかけた言葉の意味は、直接的なただの戦闘ではなく、互いがその内に秘めている物をぶつけ合うと言う意味での『渡り合い』だったのだろう。
それ故か、アスハの言葉を聞いた零は若干残念そうに呟いたが、それでも彼女は刀を構える。
アスハが零の使っていた刀の鞘を投げ返し、彼女はそれを受け取ろうとも、その構えを崩す事は無くて。
「ふむ、俺も名乗ってなかったな。俺は久井忠志、少しは迷いを捨てたか? 前よりも迷いがない眼になっている気がしてな」
「お陰様で、ね。貴方には相当イラつかされたけれども、その甲斐があってよ」
アスハに続き、久井忠志(
ja9301)の名乗りを聞いた零は、彼の方へ視線を向けながら淡々と答えた。
「アスハさんに倣って僕も。僕は神谷春樹、よろしくは……出来ればしない方が良いんでしょうね」
「……そう? それなら私は敢えて、よろしくと言葉を返すわ。神谷春樹、覚えておくから」
「貴女が変わってるのは嬉しいけど、個人的には良い変化じゃないですね。前みたいに、自分が出来る事を必死に探してる時の方がずっと恐かった」
神谷春樹(
jb7335)の言葉を聞いた零は、若干呆れたように笑いを漏らす。
「折角答えを得たようですが、私達も負ける訳にはいかないのです。貴女のその正義、ここで打ち砕かせてもらいます」
「砕かれるつもりで来た訳じゃないのだけれども、そうね。水無瀬さん、貴女達はいつだって私の予想を上回る動きを見せてくれるから」
水無瀬 雫(
jb9544)を前に、何処か楽しそうに答える零ではあったが、二人の言葉を聞いたErie Schwagerin(
ja9642)が口を開いて。
「誰かの為に戦う、なんて言ってたから……今回のコレも、その考えの末にってことなのかしら。その誰かが、あなたに何を望んでいるのか……それを理解しての行動なのぉ?」
「……いいえ、それは分からない。確かめるにも、あの人が今何処に居るのかも分からない。でも、あの人があの人のままだったのなら、勝利の名誉に固執していただろうから」
あくまでも正宗が正宗のままであったのなら、こういう事を望む筈。
不完全なままの自分で、手に入れたばかりで不安定の『正義』をどう貫くのか、という事を考え続けた零は、そんな答えを導き出したのだ。
故にErieの言葉を聞いた零は、揺らぎ続ける『自分』と向き合いながら、そう呟く。
「勝手に動いてるだけじゃ、迷惑じゃなぁい? 振り回される貴女の主人は、さぞ大変でしょうねぇ。誰かの為に……そう言いながら、やっている事は自己満足なんだから」
「やっている事は自己満足、確かにその通りよ。あの人が今どのような生き方をしているのかも分からない、そんな状況で考えた事なのだから」
「貴女は剣なのでしょう? 主を、その誰かを無視してどうするのぉ?」
だがErieがそう言った瞬間、零はその透き通るような青色の瞳で彼女を見つめながら、首を横に振った。
「私は、使われるだけの剣じゃない。自分を持った、一人の剣士よ」
――ようやく、本当の自分という物を掴めそうな気がする。
そんな予感を感じ取った零は、Erieに向けてそう答えた後、腰を落とす。
「受け止めて、私が本当の自分と言う物を確かめられるように……!」
「……少しだけ、本気で行こう、か。高機動という、相手の土俵に合わせない」
零の姿を見たアスハは前面にスリープミストを展開、彼女の突撃進路の制限を図る。
だが霧が展開されたその瞬間、零は冷気の中へと身を隠し、尋常ならざるスピードでの移動を開始した。
「もはや私にとって貴方達が敵なのか、それすらも分からない。でもだからこそ、私は此処で正義の在り処を問う!」
冷気に隠れ、霧をもろともせず、超高速でアスハの懐へと潜り込んだ零は、強い冷気を纏った刀を振り抜かんとする。
あまりの速度に反応が間に合わず、一閃がアスハに直撃したかと思われた、その瞬間。
「来い、零! 力で勝利をもぎ取り、正義を示すと言うのなら、あんたの本気の氷舞の一撃、その追撃までもを俺が全て受けよう!」
そう言い放った忠志は、庇護の翼を使う事で、アスハの代わりに一撃を受け止めたではないか。
「倒れない……これだけ深く斬ったと言うのに?」
「……勝利が欲しいなら、この俺一人ぐらい倒してみせろ!」
さすがに全力が込められた一撃であったという事もあり、忠志は立っているだけで精一杯なレベルの傷を負うが、それでも彼は倒れようとはしない。
「さて、変な技まで使ってくるようになったし……いよいよかしらねぇ」
忠志がギリギリ持ちこたえた事を確認したErieは、攻撃後の隙を突くような形で、後方から『蒼褪めた死の車輪』を解き放つ。
「普段ならそれで腕を持っていかれていたのでしょうけど、今回はそうはいかない……!」
だが零は瞬時にそれに反応、機動力を活かしての回避行動を試みて、死の車輪が左腕を掠める程度の被弾に抑える。
しかし、回避行動によって若干の時間が出来たと判断したErie以外の五人は、彼女を包囲するように移動を行う。
「成る程、逃げ道を塞ぐつもりね……。でも今の私なら、抜けられる筈」
そう呟いた零の側面を取った雫は、彼女の動きに合わせるように、瞬時に脚甲での攻撃を繰り出す。
その一撃は普段の零であれば命中していたのだろうが、今この時点ではその上を行く機動力を発揮している彼女は、それを的確に回避した。
雫の攻撃を回避した零は、そのまま包囲されないように、素早く離脱を図る。
「今回の君は速いみたいだから、こっちを使わせて貰うよ。こっちもなかなか様になってるでしょ?」
高速で離脱を図る零を逃さないように、ゼルクに持ち替えての追撃を行う春樹。
春樹の攻撃は、的確に彼女の足を捕らえたかのように見えたが、やはり並外れた速さを持つ今の彼女に、それを直撃させる事は出来なくて。
「掠めた、か……。でもこの程度なら、どうって事は無いわね」
ゼルクによる攻撃は零の右足を掠めたが、彼女が抱いている強い意志は、その程度では止まらない。
「一つ、あまりにも見当違いな君にアドバイスをあげよう。君の正義とやらは誰かの為、なのだろう? 護るべき誰かは何処に居るんだい? 君の正義は、ここで剣を振るっても得られはしないよ」
「だからこそ私は、その在り処を問う。この戦いは、そういう物よ」
翼によって飛翔、空からの銃撃を仕掛けるベルメイルだったが、零はそれを容易く回避する。
零が銃撃を回避しているその隙に、零の元へ正面から接近した忠志は、機動力を削ぐ事を意識しながらの攻撃を行う。
「大体読めた……こうして攻撃を続ける事で、私の足を止める寸法ね」
実際その通りであって、現に忠志の攻撃を避けた零は、若干ながら機動力が落ちていた。
「速度を生かす接近戦は強い……が、諸刃、だ。手が読まれやすい。先を見ろ、手札を生かしきれ……僕に本気を出させて見せろ!」
そう言ったアスハが、離脱した零の可動範囲を奪うように、スリープミストを展開したその瞬間。
「貴方も面白いわね、アスハ。本当に、一度で良いからじっくりと渡り合ってみたいものだわ……!」
零は回避行動を取った直後であるにも関わらず、先程と同じように爆発的な機動力を発揮、その霧の右側へ離脱した。
「このまま行っても貴方が受け止める、そうでしょう? なら忠志、私は貴方から斬る事にするわ!」
そして彼女は体勢を即座に変更、正面に居る忠志の元へ素早く駆け寄り、目にも留まらぬ二連撃を繰り出そうとする。
ベルメイルはそんな零の元へ回避射撃を試みたものの、もはや懐に潜り込んだ彼女を止める術は無い。
忠志は盾だけでなく、そのアウルの力を発揮して彼女の連撃を受け止めようとするが、先程受けたダメージが大きすぎたようで。
連撃の一撃目で押し切られてしまった忠志は、そのまま二連撃目を正面から受けてしまい、その場に倒れ込んでしまった。
「先ずは一人、次は――」
忠志が倒れた事を確認し、次の標的を斬ろうとする零。
だがそのタイミングで、忠志が倒れた事を逆手に取るようにして、Erieが正面から死の車輪を解き放つ。
零を揺さぶるような言動は変わらないが、やはりErieもまた、彼女の本気さを理解しているのだろう。
状況を掴んだ的確な攻撃だったが、零はそれを命中直前で回避。
しかし、Erieの解き放った車輪は彼女の頬を掠めており、そこから血が流れ出していた。
「ただ一心にぶつかり合う……楽しくないか、レイ? 勝つ事は、正義を示す為の手段、だ……目的を見失うなよ?」
Erieに続き、零の背後を塞ぐような形で、ポイズンミストを展開させるアスハ。
「それは、貴方達が教えてくれた事。でもそうね、あの人の為だという事を忘れては意味が無い」
そんなアスハの言葉を聞いた零は、敢えて突撃する事で、毒の霧を避け切って。
「だから今度こそ貴方を斬る、この意志を証明する為に!」
そのままアスハの元へ突っ込んだ零は、忠志にそうした時と同じように、流れるような二連撃を行う。
それに対するアスハもまた、彼女の攻撃を槍で突くように受け止めようとするが、本気の一撃は重く、彼の肉体を刃が切り裂く。
続けて振り抜かれた二連撃目も彼の身体を切り裂いたが、さすがに威力が衰えている為か、初段と同じような威力は無い。
「あの方の隣に立ち続ける為にも、負ける訳にはいきません」
そのタイミングで零の元へ接近した雫は、彼女の動きを読むように、側面から瞬時に攻撃を加えようとする。
だが零は敢えてそれを刀で受け、衝撃を利用して、反対側へ跳ぶように離脱を行った。
「多分さ、君はこの戦いだけは勝つってつもりで来たんだろうね。でも、何かを守る戦いをするなら、勝ち続ける戦いをしなくちゃダメだ。それとも、君が守りたい人は君が一回の勝利のために刺し違えて、それで満足するの?」
「……ッ!」
春樹の言葉を聞いて考えが揺らいだのか、彼のゼルクによる追撃が足に命中し、若干ながら零の機動力が低下する。
「この力、誰かに助力を乞うたかな。そこは評価するよ。けれど、一人で何かを成そうとし続ける限り、君はずっとゼロのままさ」
ベルメイルは機動力低下を見逃さず、即座に追撃を仕掛けるが、零はそれを的確に回避して。
「そう、ずっと考えていた……こうする事が私にとっての正義の示し方なんだって、ずっと自分に言い聞かせてた」
五人からは少し離れた場所で、体勢を立て直した零は、その場に立ったまま刀を構える。
「でも、それは違う。それは偽物の正義で、正義の在り処は此処じゃない」
彼女がそう言葉を続けるや否や、展開されていた冷気が三か所に集まり始め、徐々に氷の槍が形成されていく。
「……それを気付かせてくれたのは、貴方達。それを教えてくれたのは、貴方達。でもだからこそ、私は今こうする事で、貴方達を超えたいと思うようになった」
形成された三本の氷の槍は、それぞれ別の場所から、別の対象へ向けられていて。
「貴女は前に、自分の事を何も持たない、空っぽで冷たい女と言っていましたが、今はどうなんでしょうか?」
「……今は違うような気がする。まだ分からないけれど」
雫の問いかけに答えた零は、刀を握る手にぐっと力を込めた。
「だから私は私を手に入れる、この一撃で――!」
そして零が刀を振り抜いた瞬間、三本の槍がアスハ、Erie、雫の元へと放たれた。
その内の二本は若干発射タイミングがズレていたが、ベルメイルが片方の槍を射撃、続いて春樹が貫通力の高い弾丸を撃つ事で、二本の槍を同位置に纏める。
それを見たErieは、着弾地点の先に破滅の空間を呼び出す事で、それらを粉々に破壊した。
――だがその一方、雫へと放たれた槍は、一本だけ別方向から放たれたという事もあり、彼女の元へ高速で迫り行く。
彼女はその身に小さな氷の結晶で形成された霧を纏う事で、回避を試みた、が。
雫は高速で迫る槍を避け切る事が出来ず、身体をそれに貫かれ、最後の最後で意識を失ってしまった。
「まだ……甘い、な」
相打ちを前提で魔銃を構えていたアスハは、氷雨使用によって硬直している零の腹部を撃ち抜く。
それを受けた彼女は、満足気な笑みを浮かべながらその場に膝を着き、刀を鞘に納めたのだった。
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「……ようやく、本当にようやく理解した。私が戦うべきは貴方達ではないと言う事や、この正義の示し方も間違っているという事を」
そう呟いた彼女が四人の方へ手を向けると、ようやく何かが解き放たれたように、彼女の髪は白色に、そして瞳は透き通るような水色に変わり始めた。
「今その技を使ったら、アタシはアンタを斬るからね」
――だがその時、何処からか現れたノヴァ。
彼女は自分の使徒である零の喉に、氷で形成された刀を突きつけていた。
「レイに何をするつもり、だ? その刀を下ろせ」
アスハが零を庇おうともノヴァは動じず、零は解放された新たな力を再び自分の中へ押し込める。
「氷神の魂……仕込んだのはアタシ自身なんだけど、まさかこのタイミングで覚醒するとはね」
予想外に次ぐ予想外。
そう言わんばかりに零を立ち上がらせたノヴァは、零に背中を向けて。
「付いてきな。アンタの師匠と、アタシの師匠が危ない」
「正宗が……?」
その言葉を聞いた零は焦ったような反応を見せ、自分を手に入れた事でノヴァへの反感を強めながらも、彼女と共にこの場所から撤退していくのだった。