●動画紹介
公式サイトではQON∞の動画が既に配信されている。
映るのは柔らかな微笑みの水無月 葵(
ja0968)と、
可愛らしいカバーの掛かった本を抱き締めて少し緊張した面持ちで座っているユイ・J・オルフェウス(
ja5137)だ。
「初めまして、私達がQON∞です」
二人揃って、小さく礼。メンバー紹介を最初に告げて。
現れるのは朱色の小さな竜だ。キィと愛らしく鳴くヒリュウがインタビュアー。
草薙 雅は声を当て、動画編集に大きく携わっている。
「ファイナル☆ステージにかける意気込みを、一言どうぞ!」
質問は一つだけ。そこに、全てを注ぎ込むように。
折り目正しく椅子に背筋を伸ばして座り、けれど同時に優雅な仕草で三味を響かせる葵は、音楽に映える鈴の音じみた声を優しく添える。
「皆様に、元気が溢れるようなステキな歌を披露しようと思います。最後までよろしくお願いします」
深々と礼をする彼女の横でユイは、一呼吸を置く。本を強く抱き締めるのは、其処に込められた思いを確かめる為。
「えっと、私たちの、全力、見せますので、みんな、好きになってくれると、嬉しい、です」
素直に、正直に、自分の今を。一度ステージを休んだ分、伝えたい気持ちを真っ直ぐに向けて。
「がんばる、ですから、みんな、楽しみに、してて、くださいね」
笑うその表情は、灯がともるように温かい。
そして、 動画は三味の演奏をバックに切り替わっていく。
たどたどしくも精一杯踊るユイの姿、慈愛に満ちて子供達に寄り添う葵の姿。
水葉さくら(
ja9860)の姿も、動画の中には映し出されている。
体操服で、一生懸命腕や手を動かしダンスを振りつけていくシーンから始まり、
発声等のボイストレーニング、音楽のレッスン。
身体能力は十分にあるのだが、何処か控えめにおどおどとした印象が強い。
けれど、その雰囲気ががらりと変わる。
レオタードを身に纏い、指先から背筋までぴんと通る姿勢で、
手足のようリボンを扱いながらしなやかに舞う。
信じられない程に高い跳躍は、撃退士の能力を存分に生かしたものだ。
リボンの色が鮮やかな紅へと変じ、次の瞬間には淡い桜色の布とリボンを重ねた華やかな衣装へと彼女の姿は変わっている。
音楽を背景に、甘い声が軽やかに歌う。
頑なな蕾が、艶やかに花開く課程までを確かに動画に捉えて。
●魔法の呪文
英国形式のメイド喫茶は、本日アイドルデー。
水無月沙羅は忙しなく動き回っては、培った経験で客あしらいを見事に交し。
「私よりも魅力的な姉の水無月 葵、クオン∞の応援をよろしくお願いします」
ライバルや客の心も掴んで姉や皆への好感度を上げていく。
狗月 彩羽の方も清楚なメイド姿で、客の呼ぶ声に即時反応。
メリハリの利いた応対を忘れず、注文を承る。
二人の客捌きで、接客の機会と余裕十分狗月 暁良(
ja8545)とギィネシアヌ(
ja5565)は得ていた。
フリルブラウスに臙脂のロングドレス、白のエプロン。
派手ともいえる容貌の彼女達が衣装を纏えば、途端に異国の人形のような風情がある。
「アイドル心得…その壱! アイドルとは活力を与える人であれ、なのぜ!」
しかしながら、ギィネシアヌの表情は快活そのもの。
銀の髪を靡かせてくるくると動くとテーブルが華やぐ為か彼女への指名は途切れない。
一方で整った面差しも涼やかに、注文を受けているのは暁良だ。
声をかけても最小限の返事しかしない彼女だが、注文されたケーキセットを置いた瞬間にふ、と恥ずかしそうな笑みが零れる。
「アリガト、な」
このギャップこそがクーデレ萌えの真骨頂。
そして、
「あれやってくれる?」
とうとう入ったスペシャルオーダー。
「畏まりましたのぜ!」
早速準備、とばかりトレイを持って厨房に入ろうとすると逃げようとする人影、一つ。
すかさず磨き上げられたカードが女の足元に刺さる。
「虫だぜ?」
ケチャップの容器に僅かに混ざる異色は、妨害活動だろうと容易に分かる。
それ以上は追わず、優雅にスカートを摘まんで笑って見せる。
「ギィネ、手伝いに来たゼ」
覗く暁良の表情には、薄い接客用ではない笑みが浮かんでいて、声に出さずともこれ以上許さないと示すもの。
二人でこの上なく真剣に、厨房から新しく皿とケチャップを受け取る。
焼き立てでふわとろ、黄色いオムライス。
客のところに運んでからが肝要。
「ご主人様、美味しくなる魔法をかけるのぜ!」
両手にケチャップを装備したギィネシアヌの姿が、幻影の美女と重なる。
流れる銀月の髪、すらりとしたスタイルの良い肢体。理想の彼女の成長形だ。
す、と無駄の無い仕草で暁良も横に立ち、二人――いや三人はオムライスに向かい合う。
「俺の美味しくなる特別マホウ。萌え萌え…ドキュン!!」
「魔法の呪文♪ もえもえーッ ドキュン!!」
息を揃えて描くのは、QON∞の文字。
最後に両端から描き出したハートが中央で繋がり、目を見交わし二人で笑う。
●広場にて
「ようやく、ここまで来たか」
機材を手入れしながら、蘇芳 更紗(
ja8374)は感慨深げに呟く。
まず選ぶのは、アコギ。誰でも聴きなれた音質は、広場の人々の注意も引きやすいだろうとの判断だ。
弦を弾いて音を確かめていく。
「この季節の野外観覧って肌寒いよネ。良ければこれ使ってネ♪」
その音を背後に、もこもこの猫の着ぐるみを着込んだフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)がカイロを配っている。
次第に肌寒くなってきた時期の配布物としては気が利いているだろう。
勿論カイロのケースにはチームのロゴが入っており、それに興味を示す人がいれば次はメンバーの写真ファイルやステージの宣伝ビラも加えていく作戦だ。
「ふむ、こんなものか」
譲葉 石榴(
ja7791)は三次審査で作られたメンバーの写真や練習風景をパネルにして展示する。
勿論、名前や紹介も入っているのはここに来ていないメンバーも含めての八人であるから。
見覚えのある写真や動画の宣伝もあってか、ざわざわと客も増えている。
着ぐるみが元気よく客に手を振って、頃合を見計らい引っ込んでいく。
代わりに流れ始めるのは、彼等の持ち歌のバラード調アレンジだ。
ハーモニカでの優しい音色で押し付けがましくなくメインテーマを聴かせて。
蘇芳は悠然と腰を下ろしてゴスパンク風の衣装に身を包む。
ティアードスカートはミニ丈で、其処から添えられる甘みとすんなりと伸びた白い脚も鮮やかながら、
そんなことは構わないとばかり楽器の扱いに彼女は集中している。
流れを読みながら音楽を少しずつボリュームアップしていく。
雰囲気を生かすも殺すも、音楽次第ということはよく分かっている。
「QON∞だ、――宜しく頼む」
視線は、壇上に集まっている。
見られている、と思えば自然に胸は高鳴るが今はそれだけではない。
「私達は、撃退士として、そしてアイドルとして。――皆に、元気を分け与えに来た。それを、見て欲しい」
流れるのはもう、はっきりとしたメロディ。彼女達の為だけに作られた音楽だ。
敢えて、歌は歌わない。旋律だけでステージへの期待を掻き立たせながら、身軽な肢体が大きく宙を舞う。
彼女の着地地点に風の如く駆けつけるのはフェルルッチョ。
一瞬で距離を感じさせない縮地から、大きく片手だけのリフトで着地を支え、それから激しいダンスが始まる。
膝を使ってのスピン、全身からのスライディング。
揃ってのバク転と演技も多彩に、空を舞うかのような華やかなダンスに合わせて蘇芳も軽くステップを踏む。
全ては、この先のステージ位に繋げる為。
●ファイナル
カタリナが裏方作業を請け負ってくれている為、今の彼女達にはぎりぎりまで調子を整える時間があった。
「大丈夫、伝えたいことは、伝わる、です」
文字を追っていたユイは、今は落ちついて本を閉じる。緊張もほぐれて、今はお客さんのことだけ考えられる。
誰が言い出したともなく、円陣が組まれていた。
依頼で偶然一緒になっただけのチーム。
彼等の温度で、彼等の速度で。ここまで進んで、上り詰めたのだ。
「最後は、おもいっきり楽しみましょう!世界が明るく楽しく、元気が溢れるように!」
葵の掛け声で手を重ね合い、ステージに駆け出す。
「次のエントリーは――QON∞、曲は、」
皆が学園の制服を着ている。この学園で出会い、この学園で巣立つ皆の揃いとして。
同時に、自分達の個性を最大限に引き出すアレンジで。
「行くのぜ、【Reunion tomorrow】!」
銀髪が真っ先に翻る。軽やかなキレの良いステップ、何処までも心地よく透る歌。
鮮やかに、眩しく。
上着がマントのように肩で翻り、胸元できりりと赤のリボンが締める。
足取りは軽く、心は強く。
躊躇わない、踏み込んでいく。
笑顔と元気を届ける為なら、どんなところだって。
いつかまた巡り合える、幸福な明日の為に彼女は止まらない。
闇を切り裂く、希望の先駆け――ギィネシアヌ。
【Reunion tomorrow】
作詞:水無月 葵
甘く優しい声が、ステージへと満ちて。
触れたところから、光が始まるかのように眩しく。
けれど、それは触れがたいものでは無くて、誰もが触れて幸福になれるような。
心ゆらす、慈愛の笑みで両腕が客席へと差し伸ばされる。
誰一人分け隔てなく、包み込む為に。
胸にすべてを抱く、慰撫の歌姫――水無月 葵。
『見えない未来に 彷徨いながら
あなたの心が 苦しくて 叫んでいる』
生歌、更には野外ステージともなれば音響的にやり辛いことはこの上ないがだからこそやりがいもある。
スネアドラムのざらりとした音が、最初のショット。
エレキを絡めてクライマックスに向けて曲は加速していく。
スローなヴァイオリンの旋律がメインを張る音から、サックスへと音色が切り替わる。
演奏手は大胆に切り落とした袖に姫袖のウォーマー、短いスカートの下に伸びる脚はスパッツが覆う。
見せつけるようソロのサックスパートはパフォーマンス付きの指使いで。
音で魅せる、孤高の奏者――蘇芳 更紗。
『不安や寂しさに 打ち勝つ強さを
負けない心が 目覚め始める』
歓声は、もはや暴力的な程に溢れている。
TVカメラが幾つも此方を向く、その瞬間甘い愉悦じみた高揚が背筋を走る。
けれど彼女は飲まれない。
何度も辿った歌を口に、体重がないかと感じさせるような、
同時にけれど存在感に溢れた鮮烈な舞を演じ抜く。
ミニスカとニーソで仕上げた改造制服も、全てはダンスを少しでも踊れるよう。
溢れる高揚ごと昇華する、紅の舞い手――譲葉 石榴。
『今、この瞬間 恐れずに立ち向かう
いつだって 支える人が 傍にいる』
観客の熱気がステージを轟かせる。
だがここで、怖気づくようでは何もかもが台無しだ。
意地だろうが矜持だろうが、決して引かない。
動きの一つ一つを丁寧に、行き届いた仕草で。
己が殻を破り、その先にあるものは必ず人に活力を与える。
ホットパンツに変えたしなやかな脚で大きく地を蹴り、跳んで。
真っ直ぐ貫くような眼差しを、客席に向ける。
観る者まで連れて行く、凛々しき開拓者――狗月 暁良。
『いつでも笑顔が見たいから
想いをのせて贈るよ』
人一倍練習を積んだのは、休んだ穴を埋める為。
その間にあった沢山のこと、幾つもの想い。
全ては彼女を作る、大事な想い。
いつか誰にも愛され、誰をも愛した眩しき母親のように。
彼女もまた、沢山を愛していけるよう。
想いは自然に声になる。それは、彼女の本心だから。
どうか届きますよう、貴方の笑顔に。
祈り歌を捧げる、想いの詠いびと――ユイ・J・オルフェウス。
『眩しい明日に 駆け出そう―――』
迷いながら、戸惑いながら、それでも自分のペースで歩んでいく。
新体操程、伸びやかに動ける訳でもないけれど、
でも覚えた振り付けも声の高さも全て彼女が学んできたものだ。
控え目に、少しずつ。それでも不意に零した笑顔に、沢山の声援が返ってくることを知った。
抱き締める腕が、何かを掴んでいるのは分かっている。
蕾はいつしか綻び、密やかに咲く華――水葉さくら。
『あなたの夢が叶う 奇跡があるから』
最後に進み出る瞬間、カメラを違わず指さす仕草は颯爽と。
悠然と笑う、完膚なきまでのアイドルスマイル。人を惹きつけて止まない強さで。
男性ならではの身体能力と存在感を活かした、ソロステップからサビへ。
大きく空に向かって腕を差し上げるのは、まるで魔法でも使うように。
いつだって眩しい手品を魅せてくれた彼が、今日は何をしてくれるのか。
期待に満ちた視線が一身に向かう。
絶望すら希望に変えて見せる、星紡ぐ魔術師――フェルルッチョ・ヴォルペ。
間奏に入ると、全員が入り乱れる。
ハイタッチから始まって、全く規則性がないように見えながらその実、
スモークに隠れながら複雑に計算されたポジションチェンジ。
華やかなジャンプからスピン、かと思えばつつましげに肩を寄せ合う少女達。
全員が音楽に乗り、一つのステージを描いていく。
皆が皆を引き立て、故に個人の最大限の更に上をゆく。
かと思えば、しん、と不意に全ての音楽が止まる。
『眩しい明日に 駆け出そう
あなたの夢が叶う 奇跡があるから』
リピートをアカペラで歌い上げる。
七色の光が全員を包み、がつんと鳴るドラムを合図に花吹雪が散った。
皆それぞれのやり方で腕を広げ、笑う瞬。
無数の星が生まれて、煌めく光をステージへと撒いていく。
それは、彼ら自身の如くきら星のように。
希望を、描く。
●アンコール!
「皆さん、ありがとう、でした」
ユイの声は、客席にも、そして今まで歩んできた皆にも。
「お疲れ様でした、ギィネちゃん」
物販が完全にはけたのだと満足げに空の段ボールを示して見せたカタリナは、最後に大輪の花束をギィネシアヌへと手渡す。
「…ありがとう、のぜ」
言う言葉は、殆ど涙ぐんで言葉にならない。暁良が少し笑って、少女の背を叩く。
「……あ、結果」
水葉が、会場から聴こえる声に耳を澄ます。今、投票の発表が終わったのだ。
ステージ袖から見れば、点る電光掲示板。
三位、二位、―――そして一位を僅差で勝ち取ったのは。
「おめでとうございます、QON∞の皆さんです!」
歓声が、弾ける。スタッフ達に背を押され、彼等は再度舞台へ駆り出されることになる。
ラストステージからの、アンコール。
今日一日、彼等は忙しくなることだろう。生のテレビ出演から、いずれ発売されるCDの宣伝。
全国区に、皆の顔も歌も知れ渡ることになる。
誰一人疲れた様子も無く、まだ歌えるのだと彼等は笑う。
歌って踊った分だけ、確かに希望は届くのだから。
ガラスの靴を勝ち取って。