●ショウタイム!
ショウ会場は、既に熱気に包まれていた。
ギィネシアヌ(
ja5565)は舞台袖から少しだけ顔を出して、向こうから見えないように覗いてみる。。
「ひ、人がいっぱいだ…ドキドキするのぜ…!」
限られた審査員の前でだけ、とは完全に桁の違う人数に小さく深呼吸。
その横で、譲葉 石榴(
ja7791)が浮かべているのは高揚に近い色。
「…ふふ、悪くないな。より多くの人の前に出る、というのも」
同意するよう不敵な笑みで頷いて狗月 暁良(
ja8545)は、最後に帽子を浅く被って鏡を見る。
「…ああ、燃える。こんなに注目されるのは、いい機会だゼ」
それぞれの表情を浮かべる仲間を見遣りギィネシアヌは緊張の気持ちをぐ、と飲み込み真っ直ぐ背筋を伸ばして舞台へと顔を向ける。
「――行くぜ!」
鮮やかに舞う銀の髪を、一筋へと紅のリボンが纏めて気合いを入れ。
「次のグループは、『QON∞』(クオンエイト)です。お楽しみ下さい!」
コールが入った。眩いスポットライトと、歓声は直ぐそこに。
●開始!
水無月 葵(
ja0968)の名が呼ばれて、進むのは、緑なす黒髪を簪で結う少女。
日舞をはじめとした彼女の持つ技術に裏付けられているのか、歩みは舞うように美しい。
――いや、実際に舞っている。
ホルターネックで剥き出しの肩は、薄い羽衣のようなショールを纏うドレス姿。
豪奢な着物地に精緻な刺繍が施され、楚々と広がるAライン。
帯も華やかに結ばれており、その柄にはラインストーンが織り込まれている。
所謂「着物ドレス」だ。
掲げた腕は扇を操り伸び伸びと広がり、空を仰ぐ。
観客席を向く度に零れるのは、ただ、ただ、とびきりの笑顔。
既に緊張を飲み込んでギィネシアヌもまた向かう。
かつり、と硬質の音がステージに響く。
赤色のアフガンストールを颯爽と靡かせ、髪に結んだリボンも金魚の尾のようひらと舞う。
ゆったりと身体に巻くそれらの布は、風と共に踊るかのごとく自由で。
纏うのはざくりとしたベージュのセーターに、黒のサルエルパンツ。
股下の長いルーズ感の強いパンツにセーターも合わせて、
双方の落ち着いた色味には余計に赤色が見事な対比を見せる。
ブーティーも黒で、あくまでも堂々と、颯爽と。
色の薄い眼差しは、真っ直ぐ前に向いている。
次に続くは、譲葉 石榴。
葵のお蔭か大きく沸いた場内を見て、全く臆す所はない。
細く整った肢体を眸と同じ群青のチューブトップに包んで、丈の短さは僅かに臍が見えるか見えないか、と言ったところ。
下は艶やかに広がるフレアスカートに、見える長い脚はニーソックスでラインを思う存分見せる今風のデザインだ。
場は、エレガンスからカジュアルへ。沸くのは、やはり彼女らと同じティーンズの世代の少女達。
思う存分見せる、というだけで彼女の表情は高揚した何処か不思議な魅力のある面持ちで、腰に手を当てて見せつけるポーズ。
綺麗なウォーキングで中央まで行き踵を鳴らしてターンから、胸に軽く指を当てる仕草で、ゆるりと首を傾げ笑う。
先に行く二人を見て、少しばかり困った面持ちなのは蘇芳 更紗(
ja8374)だ。
何しろこの彼女、自分を男性だと言い張っており、男子更衣室で着替えようとした剛の者である。
「着たい物を着るのが一番無難だな、秋冬物とか言われてもサッパリだしな」
しかしながら、背を編み上げの形にしたゴスでパンクの燕尾服ラインをかたどった様なYシャツ。
袖は無く剥き出しの肩を見せて、腕は姫袖風にアームウォーマーが彩っている。
デニムショートパンツで魅せる脚はこちらもオーバーニーソックスで、足元は厚底ブーツ。
赤黒チェック基本にタイを結ぶ、勿論全身女物だ。
ゆったりとしたステップで、口元には柔らかな笑みの形を描く蘇芳はどうみても愛らしい少女そのもので。
次に現れるのも、際立つ黒色。
身体のラインに合わせたタイトなジャケットにはフード付き、パンツもショートでボディラインが際立つ形だが、
下品にならないのは暁良が持つ、凛とした空気故だろう。
アイテムは、特殊なものでなくティーンズ世代が手に入りやすい、またアレンジをして真似しやすいように。
チョイ悪風コーデ、の彼女なりのアレンジ版だ。
帽子は秋を意識してのキャスケットを、被り方は浅めに上手くアイテムを使っている。
ごく自然に散歩でも行く気軽さで、立ち止まったら顔を上げて自然なウィンク。
指先は気安い敬礼の形に留める。
さら、と深い紫のドレープが観客の視線を攫う。
服を着るに適した均整の取れた体躯に、異国の彫りを見せる面差し。
視線は踊る様にきらきらと、華やかな装いのフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)だ。
真っ先に目を引くのはドレープのニットポンチョを大胆に羽織る姿で、
そのボリュームを引き締めるスキニーパンツに手首丈の長手袋。
優雅なイメージながらも、がっしりとした編み上げの黒ブーツは紐が蛍光ピンクで遊びを示す。
作ったのでないとろけるような笑顔は、彼が心底この仕事を楽しんでやっているからだろうか。
基礎の整ったウォーキングからターンは一転、風を孕む服が弾む足取りに合わせてなんともラブリーに。
ステージが温まったところで、ごく普通に歩いてくるのは水葉さくら(
ja9860)。
少しだけ、会場がざわめく。
何しろ、彼女の格好は、色も大人しめの普段着に近い。
重ね着に使えるキャミソールに、スカートも丈の長い地味目のもの。
色はベージュからブラウンで纏めた、如何にも普通の女の子と言った感じだ。
整った体躯や、愛らしい表情故に見栄えはするのだが、ファッションショーとしてはコンセプトが多少不足してしまっている。
水葉は、少し恥ずかしげに視線を向けて、一歩一歩を丁寧に歩いていく。
最後にはぺこりと、礼。
そして、今回初登場の藤白 朔耶(
jb0612)は登場前に自分のタトゥを指先で押さえる。
目の前を行き過ぎて行った少女や、いわゆるアイドルとは全く対極の自分。
タトゥのことには突っ込まれなかったが、と自分の肢体を見下ろす。
――それでも、あたしはプロだ。
磨き上げた小麦の肌に、形もラインも崩さぬよう鍛錬も研鑽も積んだ、身体ごとが自分であり。
彼女は、むしろそれをプロとしての矜持をもって。
顔を上げ、凛とした横顔でもって前をはだけたシャツから身体にぴったりとしたタンクトップにホットパンツ。
腕も身体も足も、見せつけるに値する身体を、観られることを誇る笑みで胸を張る藤白には、惜しみない拍手が送られた。
●ヒーローショウ!
全員の集合が終わった瞬間――派手な音楽が場内へと響き渡った。
コントラバスの音色が重苦しく奏でる音楽に気を取られたところで、切り裂くようなシンセの音色が加わる。
臍を惜しみなく晒すタンクトップとミニスカにオーバーニー、の魔女風衣装で蘇芳が指先を鍵盤に走らせ、打ち込みに合わせて演奏をしていた。
ハードな音楽に子供が泣きだす寸前で、四方から湧き出るのはシーツを被ったりゾンビメイクをしたりの悪役集団だ。
「このショウは、モンスターが乗っ取った!!」
宣言に、会場の空気は緊迫と言うよりは次の見世物を待つ形だが、子供達ばかりは真に受けて本気で怯えている。
一番前方にいた葵が、泣く子供をあやそうとしたところで、彼女ごと包囲されてしまう。
けれど、笑って。
「心配いりません。すぐそこに、ヒーローはいるのですから。
助けてください!QON∞!!!」
凛、と声が響いた瞬間。
一気に転調、尖ったギターが派手に一音目を掻き鳴らしてそこからどんどん曲は加速していく。
盛り上がる空気に蘇芳のアドリブは、更にテンポを速めて別の音源と繋ぐ為の即興へと転じ。
合わせて真上から、――赤い影が降る。
空中で一回転した影、猫耳を生やしての石榴は鮮やかにスカートを翻して、しなやかに着地する。
身体を少し捩じって指先が柔らかく引っ掻くジェスチャー。
「貴様らの思い通りになると思うな?」
身を低めてから、大きな跳躍。飛び掛かる動作も計算されつくしたラインを魅せる仕草で、雑魚を蹴散らしていく。
表情までもが艶めく唇に猫のような好奇心と楽しさが満ちた眸と、観る者を完全に意識したもの。
高揚があっても、それに飲まれることはない。ここは、魅せる為の場だ。
「あたしたち、QON∞が相手だよ!」
藤白はセクシー担当とばかり、放漫な肢体を強調した魔女姿で、ロッドをびし、と相手へと突き付ける。
動く度にスリットの入ったスカートから太腿が見えかけるのはお約束。時にはウィンクを交えて、茶目っ気たっぷりに客席に微笑みながらも、見事な体術で敵を蹴り飛ばしたり、時には籠絡もして見せたり。
いざ、というところで。
「えと…戦いですか?」
全身に包帯を巻いたミイラの水葉が、魔具の大剣を取り出して振り翳した!
が、周りのどよめきと注目に顔を赤くして(ミイラだけど)慌てて、元通りしまい。
「あれ・・・? 違いましたか? ……えっと、悪い人には、い、いたずらしちゃいますよ!」
少し気恥ずかしげに胸の前で腕を組む様子はなんとなく艶めかしい。
別の声援が上がったところで、藤白と背中合わせに立ち。己に撒きついている包帯の一部を解いてみせる。
新体操のリボンのよう、自在に舞う包帯を繰り出しての殺陣に、幾人もが縛られて転がっていく。
四方からわっと押し寄せてくる敵達に合わせて、暁月はコートをはためかせながら、素早い身のこなしでお化けの懐に潜り込み跳ね飛ばす。
顔色一つ変えずに軽く顎を上げる姿はスマートなダークスーツに、銀やベルトの飾りがついたヴァンパイア姿。
彼女を横から棍棒で殴りつけようとするゾンビを、片手の模造剣でフェルルッチョが受け止める。
華やかな容貌に似合う、精緻な細身の剣にタイトな軍服は何処までも白く背の艶やかな蝶羽根が見事に映える。
黒揚羽を背負う、妖精の騎士と言うところだろう。
「ちびっ子にこれ以上手出しはさせないョ!」
腕の一振りごとに羽根が揺れて、大きな跳躍を合わせた剣舞は本当に蝶が舞うように。
「今助けるのぜ!!」
ギィネシアヌは先折れの鍔が広い魔女帽に、白蛇の模様が入った黒のロングスカートドレス。スリットから伸びやかにみせる足は片端から風の如く敵を薙ぎ倒していき子供達を助けようとするが――。
「武器を捨てろ! でなければこいつらの命はないぞ!!」
悪役が捕まえた子供に模造剣を押し当てる。
ショウと分かっていても、子供は泣きそうな顔になる。
「なんてひきょうな真似を…!」
途端に弱弱しく、ギィネシアヌが立ち竦む。早速、彼女を拘束しようとゴーレムの張りぼてが取り囲み始めた。
「…ま、待て。そいつらには手出しするな! ブキは捨てる…」
暁良も同様だ。短いダガーをからん、と舞台へ落とす。
先程までの悠然とした表情では無く、子供の方に心配げな眼差しばかりを向けて。
しん、と舞台が静まり返る。
ヒーロー達は今、悪の手に堕ちようとしていた―――。
しかし。
「QON∞のメンバーがピンチです!皆様の元気を!力を分けてください!」
す、と立ち上がるのは葵だ。マイクも無しに、彼女の肉声がまず響いた。
凛と通る、強い声で。
「皆様が応援してくれたら、いつだってヒーローは立ち上がれます。どうか、一緒に」
客席を煽り、大きく手を叩く。
同時に蘇芳の音楽は弱弱しいピアニシモから一気に跳ね上がる、シンセの鍵盤を縦横無尽に踊る指が紡ぐ鼓舞の音楽。
疾走感溢れるテーマと共に、髪を靡かせて葵が歌い出す。
客席の手拍子は次第に大きく、歌声が通り――。
――いつだって、私達は貴方のそばに
追い詰められていたギィネシアヌの口元に、ふ、と笑みが浮かぶ。
「ありがとうなのだ! 俺たちがその想いを勇気にかえて今、真の力を魅せるぜ!」
彼女の周囲に立ち上るのは、紅い光纏。いざ反撃か、と身構えた敵の腕を引き掴み、葵の声をバックに強引にダンスへと促す。
「ほらほら、ワンツーステップ。踊るのは楽しいぜ?
悪さするよりずっと面白いダンスを俺が教えてあげようだぜ」
彼女らのコンセプトは、武器以外の力。
歌とダンスで皆の心に、平和と楽しさを。
これもまた撃退士の在り方だと、メッセージを込めて。
暁良もまた、武器は捨てた侭で軽口を蹴る。
ゴーレムの着ぐるみの肩を踏み台に、途中で手を捕まえ引き寄せるような形でリフトをさせ。
空中で、その侭回転のアクロバットにコートが翼の如く広がる。
「そうさ、ブキは要らないんだゼ! 俺達の力は、ダンスと歌に!」
その宣言に合わせて、フェルルッチョが剣を持ち直して敵に奮うのではなく――翳す。
途端、獣人の頭には可愛い花輪が、シーツのお化けにはパステルカラーのカボチャ模様が。
何より、手に持つ武器は皆、大きなスティックキャンディやお菓子達に。
「皆で、仲良しだョ」
ぱち、と慣れたウィンクで流し目をひとつ。
「今です、逃げましょう」
葵はその隙に子供達を安全な場所にと縄を解き、逃がしていく。
彼女もまた、ヒーローの一員で子供達の保護の為に捕まっていたのだと告げ、それぞれにお菓子を手渡して。
「お菓子…たくさんあります、どうぞ…。協力、ありがとうございます」
水葉もミイラ姿で、客席の子供達にクッキーやキャンディ、チョコレートを腕一杯に抱え配っていく。
「あ、そこの包帯は引っ張っちゃだめですよ? 全部ほどけちゃいますから」
彼女の包帯を物珍しげに触る子供達に、優しく笑ったりして。
「楽しいよね、ダンスってさ!」
「―――皆で、踊ろうではないか。今宵は、モンスターも人も調和できる夜ハロウィンなのだから!」
藤白と石榴も、そこにいる誰とでも手を取り合う、笑い合う。
モンスター達も、観客も関係なく。
賑やかにここからは蘇芳の完全なアドリブで大団円に続くメロディを奏でていると、輪になった仲間達が押し寄せ、何かを耳打ちする。
「…む、いいだろう」
頷いたタイミングで葵が皆に向いて。
「今日は応援していただき・・・本当にありがとうございました」
皆深く頭を下げる、それから。
「QON∞の可能性は無限大!」
揃えた声と共に、派手に鳴り響くミュージック。
躍動感あふれる皆へと、シャッター音が確かに響いて。
感謝と思いを込めて熱唱する葵。
魔物と如何にも楽しげにダンスをするギィネシアヌ。
何処か艶めかしく己の胸に軽く指を当てる石榴。
シンセへと熱心に指を走らせる蘇芳。
クールに指先を軽く頭に当てる暁良。
ふわりと風孕むターンのフェルルッチョ。
ぺこ、と頭を下げる水葉。
快活に小麦色の肌を晒して胸を張る藤白。
そして、全員で誰とも手を取り笑う皆の姿が会場には飾られた。
決勝戦へ進めるだけの、票数を確保して。