●アイドル!
険しい道を共に歩む学園生達は面接官を前に椅子に腰を下ろしている。
面接官は壮年の男性が主に質問役として中央に、両脇には女性が控えている。簡単な紹介を終え、いよいよ本番だ。
書類に軽く目を落としてから、ゆっくりと彼は口を開く。
「久遠ヶ原学園の学生さん達で、八人か。将来は、撃退士として未来が約束されていると言ってもいい。
その上で、問おう。―――どうして、アイドルになりたいと思ったんだい?」
全員を見渡したところで、す、と手が上がる。
ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)の細い、小さな手。
面接前までは人、という字を一生懸命掌に書いていた効果か、大事な母親の詩を読み返したからか。
自分でも、驚く程に心は澄んでいる。
「私が、アイドルになりたいのは、お母さんみたいな、人になりたいから、です」
胸の前に手を合わせて、彼女は続ける。自身の母親はアイドルでは無かった。
けれど、誰からも好かれるコミュニティの中での「アイドル」だったのだと。
「ちょっと変、かもですけど、これが、理由、です」
お母さんなら、きっと。ちゃんとできる。胸の中で、彼女は繰り返して丁寧に頭を下げる。
純真で、率直な思いは確かに伝わるだろう。
次に、黒髪も艶やかなおっとりとした日本美人、水無月 葵(
ja0968)。
姿勢の良い淑やかな仕草で、柔らかく笑う。心の内側をその侭伝えるような、優しい笑い方。
「私達の笑顔と歌声で、皆様の疲れた心に癒しと元気を届けたいです」
言葉は短く、その笑顔と持ち前の綺麗な声音だけで全てを伝えるように。
「皆に注目されることでもっと自分を高められるから。そして、そのカテイの中で俺の生き様にショクハツされて、元気が出る人が居ると嬉しいから。ってトコだな」
帽子の鍔を押し上げると、狗月 暁良(
ja8545)の澄んだブルーアイズが挑戦的に、活発に輝く。
自分の喜びだけでなく、同時に他人も共に幸せにしていくと伝える言葉に、飾り気は無い。
幼げな風貌ながらも、体躯の見栄えは十分の蘇芳 更紗(
ja8374)は、堂々と胸を張り告げる。
「アイドルとやらの事は良くわからんが、楽器による演奏を披露できる場所、場が貰えるのであれば乗らない話はないと思い参加を決意させて貰った」
真っ向からの断言に、試験官の目が瞠られるが彼女は構わず続ける。
「わたくしの動機は他の者に比べれば希薄だが楽器を奏でる事には些かの矜持がある、そしてその機会を得れたのだから全力で演奏したいと思う」
「なら、やる気はあるんだろう。だが、そうだね。楽器を演奏できればどこでもいい、ではこの先勝ち上がることは難しいだろう。
自分がなろうとしている物を知り、その上で『だからこそ出来る楽器の演奏』を期待しているよ」
減点、というよりはこの先に向けての激励の言葉に近いのだと蘇芳は理解し、静かに頷きと礼を返す。
次に視線が向いたのは水葉さくら(
ja9860)。
すらりと長い手足は新体操の賜物なのか。整った背筋の少女に、試験官は同じ質問を向ける。
「えと・・・求められたから・・・です?」
疑問形。
「誰にだい?」
重ねられる言葉には、ふんわり笑って終えてしまう天然少女、水葉。
お互いに首を傾げて瞬く時間が流れる……。
涼しげに僅かに視線を流す、その動作だけで空気を引き戻すのは譲葉 石榴(
ja7791)。
動作に合わせて鮮やかな深紅の髪が揺れ、群青の視線が静かな色を湛える。
「――幼少期はアイドルと言うものに幼心に憧れていた」
訥々と語られるのはアイドルの憧れ、それだけではないという。
「私には撃退士として盾となり人々を護りたいという志がある。
それとある意味似ているのかも知れんな
私はアイドルと言う形で歌や踊りを通す事で人々の笑顔を護りたい」
彼女の言に知らず背筋を正すのは、ギィネシアヌ(
ja5565)。
細身の身体に銀と赤の色合いは何処か幻想的だが、その眼差しは強く苛烈だ。
「誰かに笑顔を届ける為に、ひいてはこの国の絶望を撃退する為だな。
血を流すだけが戦いじゃないって事を皆に教えてやるぜ」
声は、確信を持つ強いもの。
隣に座っていたフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)は、頼もしいとばかり小さく素早いウィンク。
そして、唯一の男性として堂々と目立つ長い腕を悠々と広げて。
色の薄い眼差しは、楽しげに踊る。
「撃退士のお仕事って、皆の笑顔を守る事でしョ。
アイドルのお仕事も、皆の笑顔を生み出す事だよネ。
るっちょの幸せもね、皆の笑顔を輝かせる事なんダ♪」
全員の答えを聞いて、静かに面接官は頷く。
悪くはなさそうだ、とは譲葉が受けた視線の感触を測る心のうち。
彼は、好感をどうやら持っているらしい。
「率直に言って、身体能力や話題性から、君達に期待するところは大きい。
だが、同時に君達だからこそ、の姿を見せて貰えなければそこでおしまいだ。
君達の目指す『アイドル』、拝見しましょう」
そうして、彼は舞台に続く扉を示す。
最初の一歩が今、――踏み出された。
●始動!
「振り付けは、ばっちりなんだぜ」
ギィネシアヌは、背筋を伸ばして堂々と闊歩してみせる。
学園の制服を身に纏い、胸には赤いリボン、チェックのミニスカに黒のニーハイはある意味アイドルとして基礎単位をしっかりクリアしていると言えるだろう。
しかも、それがほんの少しの緊張を強い口調に押し隠している少女となれば、尚更だ。
「ええ、きっと大丈夫です」
微笑む葵も皆も、立つ位置やきめポーズの角度まで、確認していたのだから。
歌とダンス、それから音楽。
アイドルの一番基本である姿を、全員で魅せようという彼女らの姿勢は、揃いの学生服姿にも表れている。
「あぅ・・・ひ、人前で歌うのはやっぱり恥ずかしい・・・です・・」
少しばかり小さく顔を伏せながら、緊張に声が震えているのは水葉。
初々しく、何度も息を吸っては吐き、所定の位置を確認する。
審査員の入ってくる気配に、葵が皆に声をかけ、円陣を組む。
マイペースに休憩していたフェルルッチョも、ペットボトルを置いて肩を組むのに参加。
そこで、少しだけ彼は距離の近さに笑ってしまう。やけに、楽しげに。
肩を寄せ合い、顔も近く。
中には友人同士や、依頼で一緒になったものもいるかもしれない。
けれど、今、一つの「アイドルグループ」として皆はここに居るのだ。
意見を出す過程、動いていく過程で時に戸惑うこともあったろう。
思い通りにならないもどかしさ、すれ違う寂しさ。
皆は立忍で、ただ偶然一緒に依頼を受けた八人、なのだから。
―――だが、今この瞬間は。同じ目的を持ち、勝ち抜く戦友なのだ。
「世界に夢と希望を!日本に元気を!!みなさま楽しく頑張りましょう♪」
葵の掛け声に、ふわりとユイが笑う。
「伝わればいい、ってお母さん、言ってた、です」
愛しいと思う気持ち、大事なこと。
この八人で、伝えたい――場所は何処でも、立場はどうでも、きっと伝えられる。
「ああ、このチャンス、物にさせてもらおう。――皆でな」
譲葉が真っ直ぐに頷く。一度しかないこの機会、この可能性――。
「最善を」
言葉は少ない、けれど重みのある音を蘇芳が紡ぎ。
「ああ、全員で力を合わせようぜ!」
狗月の力強い声と共に、円陣がぱっと解ける。
「テーマは『日本を元気に!』だぜ!」
審査員達に向かい宣言すると共に、音楽が鳴り響く。
●日本を、元気に!
音源の作成は、蘇芳の領分だ。
落ち込んだ友人を励ますといった内容のいかにもアイドルソング。
生演奏を取り混ぜる為の自己編集。
何しろ、彼女が演奏するはずの楽器は――。
審査員達がざわめく声もどこ吹く風、彼女は自らのもっとも得意とするヴァイオリンを主軸に持ってきたのだから。
楽器を肩に乗せて弓を構える仕草は、如何にも堂が入ったもの。
楽器を奏でるものの、矜持。
面接で告げたことを、彼女は実践してみせるとばかり弓を弦に引き当てる。
溢れる、軽快なポップソング。
其処に絡み合うヴァイオリンの音がどこか不思議な響きを描く――。
「いくョ、日本を元気に!」
艶やかな紫の髪に、目は明るい桃色。溌剌とした声と共に元気よく飛び出すのはフェルルッチョ。
唯一の男性であるという部分で、彼はどうやったって目立つ。
大柄な体躯も相まって、一気に彼へと会場の目が惹きつけられたところで、中央までバク転を数回。
ぱ、と両腕を広げて立った瞬間の笑顔は、キラッ!☆とばかりのイケメンアイドルオーラ全開だ。その癖、首を竦めて笑う仕草も胸にハートを作る指先も愛らしい。
そこから、踵を鳴らして華麗なターン。腕を取って引き出されるのは、譲葉の姿。
日本舞踊をたしなむだけあっていかにも大和撫子とばかり仕草は行き届いた美しさがある彼女が、次第に賑やかになる音楽に合わせてフェルルッチョと対になるターンを決めて背中合わせに。
お互い、全く後ろを見ないで片手を上げて合わせ、ぱん、と派手な音を立てる。
軽快な仕草でセンターが開けば、ギターを片手に立っているのは狗月だ。
ピックが派手なアレンジで弦の上を跳ねて、帽子の鍔も合わせて跳ね上げられる。
「ねえ どうして俯いているの 君の心が震える音がする」
ポップソングのアレンジはハードに、掻き鳴らすギターに負けず歌い出す。
心ごと攫って行くみたいに、強く。
蘇芳の演奏するヴァイオリンも合わせて、複雑な技巧を凝らして高く、高く謳わせる。
一つ一つが、音を殺し合うのではない調和。
センターに踏み出した狗月の両脇から、寄り添うのは水葉と葵だ。
「わたしたち いつだって一番近くに」
言葉通りに踏み出して、葵の軽やかなリリカルソプラノ。
水葉も、先程までの緊張と怯えもなんのその。今は、毅然と顔を上げて懸命に練習した歌を紡ぎあげる。
優しさを、誰かに手渡すこと。暖かな気持ちを、皆と分け合うこと。
それなら、彼女は得意だから。練習を懸命に積んだ、音程をけして外さない頑張っている優しい歌で、葵とコーラスを重ねる。
狗月の立つセンターの位置から、二人で後ろを支えるようにギターの音を受け止め、更に広げていく。
重なった声は、複雑に響き合う。
葵の高い声域を利用して、技法を使いながらもあくまで、何よりも願うのは歌への想い。
何もかも、包み込むような、抱き締めるような。
歌の中に、希望を浮かび上がらせるような。
そこから、曲は転調を行う。蘇芳の演奏は次第に腕の動きも華やかに。
彼女自身の小さな姿すら雄大と魅せる、音の波は広がっていく。
丁度その姿が目に入ったのは、狗月が大きく身体を逸らして蘇芳の側へと駆けよる振付があったからだ。
皆で、勝ち上がる。だから、誰もが見せ場を作れるようにサポートする。
それは、とても大事なことだった。
お陰で、ユイのソロのパートもまた映える。
胸の前で両手を握り、立ち位置よりはただ、紡ぐこと、歌うことばかりを懸命に心傾ける甘い声。
心に描くのは、テーマである『希望』。
大事な、母の言葉が幾度も胸にリフレインする。
母が愛されて、母もまた皆を、愛していた。
言葉の一つ一つが胸を震わせて、辛いときに暖かなものを胸に満たしてくれた。
「次は、私が、希望を、わたす、です」
心の中の呟きは、瑞々しい響きと、作ったのでない可憐な笑みを描く。
●後半戦
ここからはダンスパートの本領発揮だ。
「こんな時代だからこそ、アイドルが必要なんだぜ」
声を合わせながら、ギィネシアヌは自分の考えをより強く心に抱く。
明日は自分の街が滅ぼされるかもしれない、次の朝に恋しい人はいないかもしれない。
不安や絶望に怯える心に、――一筋の希望を。
「さて、行くんだぜるっちょ君!」
「任せるんだョ♪」
フェルルッチョが、ギィネシアヌの走ってくる方向に腰に溜めて手を組み、足場を作る。
其処に信頼を込めて飛び込む彼女は、大きく踏み込んで鮮やかな跳躍。
かと思えば膝でのスライディングも辞さずに、上体を大きく反らせての着地だ。
重心を下に、ミニスカが翻ってもスパッツがあるから安心とばかりのヒップポップダンスで視線を引き付けたところで、軽快なステップへと移行。
少しも止まらずに、衣装の内側でだけ汗が伝う。
彼女の激しいパートから、さりげなくセンターの位置を入れ替えて譲葉が舞う。
手足を大きく使う、躍動感のあるステップで振りは彼女と合わせながら、少しずつ違うもの。
己の胸を示してから、大きく相手を指さし、腰に手を当てて笑うさまは如何にも華やか。
軽快な踊りでありながら、何処か色艶が滲むのは日舞の成果だろうか。
気持ちいい、と心の中だけでじわりと滲む感覚。愉悦に思わず喉を反らすと、白い首に艶やかな汗が滴る。
だが、彼女はそれに飲まれない。自分の指先の動き一つ、動作一つが人の心を盛り立てるように。
相手が自分を見て楽しいと思ってくれる、自己完結でない演技。
殊更に、快活に笑う。
「よーし、あったまって来たな」
場の盛り上がりは上等、ならば、と狗月は不敵に笑う。
身を低くして、スライディングに近いターンからギターをかき鳴らすパフォーマンス。
長身の女子高生が、如何にも楽しげに演奏をしながら、身体全体を楽器のように声を跳ねさせる。
彼女の個性として打ち出す「かっこいい」は皆と調和しながら、一つの確固たる個として。
勿論、その間も突出しすぎないように水葉が身振り手振りながらもダンスを添えて、アイドルの雰囲気は崩させない。
ユイと一緒に、笑い合う仕草が如何にも愛らしいアイドルとしての側面を見せている。
そして、狗月の派手な演奏に合わせてフェルルッチョがソロダンスへと、前に進み出る。
「見る者の心を開放できぬアイドルに魅力はあるか?……否ッ!」
そう、心に描いて。
すんなりと腕が伸びて、自分の胸を示し、それから一人一人に明るく楽しいばかりの眼差しを送っていく。
一緒に気持ちを分け与える、共感を。
片目を茶目っ気たっぷりに瞑って見せれば、審査員の幾人かが思わず笑み崩れてしまう。
その瞬を逃さず――。
彼の両手を広げた姿勢から、手品を行使しての無数の花が溢れる。
「いつだって傍に居る 心に花を あなたに 夢を」
ユイ、水葉、葵が大きく舞い上がったその花を両腕一杯に抱え、顔を埋めて愛おしげに笑う。
三人で円を描くような優しいターン。
最後に花を審査員に差し出すポーズと共に、ラストフレーズは何処までも甘く、優しく響いた。
音源は止まり、ただ長く奏でられるのはヴァイオリンの生音のみ。高らかに、誇らしげに。
少女達の声に一番合う、重ねる楽器の音が共に踊るよう。
やがて審査員達が幾人も席を立ち、手を叩く。
飾り気のない、素直な拍手は『予選通過』を示すものだと誰の耳にも響いて。