●小屋へ
受けた依頼を見つめながら、カミーユ・バルト(
jb9931)は何度も目を瞬かせた。
「む。このボクが掃除だと!?掃除なぞ、普通メイドがやるものではないのか……?」
そしてふっと一息吐くと、
「……仕方なかろう。このボク自ら、ボクに見合うような輝きを取り戻してみせよう」
今度は自信たっぷりに顎を上げた。
同じく依頼を受けた逢見仙也(
jc1616)は、すぐさまネットを立ち上げ夕月の両親と今回の依頼にある小屋について調査を始めた。
小屋の所有者情報を見ると、神谷の前の所有者は新藤となっている。依頼書に夕月の苗字は載っていない。少しだけ考えた逢見は次いで新藤について調べた。どうやら、新藤は十四年前に妻共々死亡しているらしい。そして、彼には確かに娘が一人いた。
小屋を調べていくと、ある事実に行き当たった。あの小屋は、訳あり物件なのだ。ネットの掲示板には、心霊スポットとして載っている。
「……両親からのメッセージか、小屋で起きたことを探すことになるんだろうな」
逢見は大きく伸びをして、パソコンから離れた。
キッチンに向かう。
少し大きめの二段ある弁当箱を取り出すと、そこに炊き立てのご飯を一段目に、二段目には十数種類のおかずを詰め込んだ。
弁当の蓋を閉め、逢見は満足そうに頷いた。
ファーフナー(
jb7826)は一人依頼について考察していた。
山の中腹にある廃屋だ。おそらくは依頼人の親族の持ち物だろう。ヒミツと言うのは、おそらく廃屋になった今でも所持し続けている理由だろうから、今回はそれを探ればいいはずだ。
そこまで考えて、ファーフナーはスッと立ち上がって部屋の中をかき回した。一つまた一つと横に並べる。バケツに脚立に掃除用具一式。山に掃除しに行くのだ。きっとこれくらいは必要になるはず。
集合の日。例の小屋の前に続々と撃退士たちが集まってきた。
「掃除と探索……まあ、時間も限られてますし、ちゃちゃっとやっちゃいますか!」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が腕組をしながらボロボロの小屋を見上げた。
「おお、随分とボロボロの建物じゃのう。これを綺麗にするのは、大変そうじゃが、何やら面白そうでもあるのじゃ」
楽しげな口調で、アヴニール(
jb8821)が言う。
その後から、キャンプ用のランタンライトを手に持ったジョン・ドゥ(
jb9083)がやって来た。
ドアの下から漏れ見える床は予想以上に埃だらけだった。
「……毛皮や鬣に埃がつきそうだな……」
おもわず言葉が漏れた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
大きな荷物を持った夕月が、息を切らしながらやって来た。彼女に向かって、ジョンは軽く手を上げた。
「おう。また会ったな。夕月」
「はい。またまた、手を貸してもらうのです」
夕月はぺこりと頭を下げ、それから急いで小屋の扉を開けた。
●清掃開始!!
ファーフナーは小屋の中に入ると、開かない窓を無理に押し開けた。雨水で膨張した窓枠にひびが入り、一部欠けてしまった。
次いで部屋に踏み込んだエイルズレトラは右の部屋の扉を開けると、ベッドの前を横切って寝室の窓も開けた。
夕月に続いて小屋に入ろうとしたジョンは、入り口が勝手に閉まりつつあるのを見てその扉に石をかませる。
「まずは、物を外に運び出そうか」
ドアの入り口にいた逢見が言った。
「そうだな」
ファーフナーは古く脆くなってしまった机を慎重に丁寧に担ぐと、器用にドアから外に出す。
エイルズレトラは物凄い速さで部屋と外を行き来しながら、大きめの家具から部屋に散らばる小物まで全部外に運び出した。小物はさらに袋に詰める。
「明らかに捨てるべきものもあるが、まあ、取捨選択はあとで夕月か神谷にしてもらいましょう」
エイルズレトラがパンパンになった袋を見下ろして言った。
空っぽになった部屋に、カミーユが足を踏み入れる。分厚い埃に驚きつつも、頭を仰いで天井を見渡した。はらりと埃が一枚落ちてくる。カーテンのような蜘蛛の巣では、まだ大きな蜘蛛がじっと彼らを見下ろしている。
「そう言えば、何処かで掃除は上から奥からと、聞いたことが有ったような気がするな……。上からは……その、コホン、ま、飛べる者に任せてやっても良いぞ?」
腕を組み肩幅に足を開いて、カミーユはそう言ってのけた。
「所で、掃除は、我もするのかえ? 生憎と掃除などした事が無い故、教えて欲しいのじゃ」
小屋の入り口からひょっこりと顔を覗かせたアヴニールが、元気な声で訊ねた。
「そうか。ならば、ボクと一緒に柱や壁の蜘蛛の巣を取り除きたまえ」
「ふむ。箒は見た事があるのじゃ」
カミーユは小屋の外に立て掛けてあった箒を持ってくると、アヴニールに手渡した。箒を手にしたアヴニールは言われた通りに蜘蛛の巣をはたき始めたが、直ぐに落ちてくる埃に咳が零れた。
「むう、煙たいのじゃ。埃を吸わない様に、口に何かあてがった方が良いのかの?」
「あの。マスクを持ってきたので、これを付けるといいのです」
夕月が使い捨てのマスクの箱をアヴニールに差し出した。
「おお。ありがたいのじゃ。では、使わせてもらうぞ」
マスクを付けたアヴニールは、また嬉々として掃除に当たった。
「どうやら水道はないみたいだな。近くに川はあるか?」
部屋の中を一通り見渡したファーフナーが、壁の埃を落としていた夕月に訊ねた。
「はい。小屋の右手側徒歩数分の距離にあるのです」
「そうか。じゃ、俺が水を汲んでくるぞ」
掃除中の仲間に一声かけると、ファーフナーはバケツを手に持って川に向かった。
ジョンははたきを手に取ると、天井から蜘蛛の巣や埃を処理し始めた。毛皮のおかげでもはや全身モップの状態で埃を絡め取っているが、ジョンはそんなことをまったく気にしなかった。
エイルズレトラは右の部屋で天井の埃や蜘蛛の巣と格闘していた。壁は逢見がはたいている。
水汲みから戻ったファーフナーは雑巾を手にすると、天井や柱の水拭きを始めた。ジョンも水に雑巾を浸し、埃を落とした天井を拭いていく。
撃退士の掃除は思った以上に手際が良く、物凄い速さで部屋の上部と壁がきれいになった。
時は正午近くだった。
「昼だ。一旦休憩にするだろ?」
逢見は雑巾を一旦窓枠にかけた。
「そうですね。休憩にするのです。みんなも手を洗ってください。おにぎりを作ってきたのです」
夕月は全員に声をかけると、先頭に立って川へ向かった。
夕月のおにぎりが全員に足りたかどうかはわからないが、少なくとも休憩は十分に取った。大きな背伸びを一つ挟んで、撃退士たちはまた掃除に取り掛かった。
午後からは、さらに分厚くなった床の埃を外に掃き出す作業から始まる。誰も何も話さず、黙々と作業に当たった。
(しかし本当に荒れ放題だな)
箒に纏わり付く埃を外の土に叩き付けて落とすカミーユは、静に心にそう思った。やっとのことで落ちた埃の間に、黒い物が見えた。
(何だ、コレは。虫の成れの果てか? 命在る者はやがて死に逝く……道理だな。塵や埃と一緒にするのは気が引けるが仕方あるまい)
ジョンも物思いをしながら掃除をしていた。埃が厚くなると、
(春一番で埃とか吹っ飛ばせないのだろうか…・・・)
と考えた。大量の埃が足に付くと、
(磁場形成で動けば、足裏に埃もつかないのだろうか)
と考えた。
そして掃除をしながらも、隠し部屋の有無を調べるため、何度か壁を透過した。
やっとのことで埃や塵、虫の死骸を全て部屋から掃き出すことに成功すると、今度はそれ以外の汚れが気になってくる。
エイルズレトラは雑巾と漂白剤を手に取ると、目立つ汚れをひたすらに擦って消し始めた。
●さて、直そうか
エイルズレトラが細かな汚れを落としている間、他のメンバーは一旦小屋の外に出た。
「あとは修復作業か」
ファーフナーが、抜け落ちた床板を見て言った。
カミーユは、外に運び出したベッドを雑巾で拭こうと持ち上げた。が、板が折れて取れてしまった。
「む。これも壊れているな」
「そうなのです。なので、修理も頼んだのです」
いつの間にか後ろにいた夕月が声をかけた。
「壊れているなら新しいモノを買えばいいじゃないか!」
「買うためのお金を貰ってないのです」
「なるほど。ではそれに則ろう。うむ。床板とベッドの板を全て張り替えてやろう」
「おう。木材は俺が準備するぜ。ちょっと待ってな」
ジョンは斧槍を手に持つと、森の中に分け入って木の伐採を始めた。倒れた木を、ファーフナーが担いで小屋の前まで運ぶ。カミーユたちが枝や葉を落とすと、立派な丸太が完成した。
丸太はジョンが双剣に切り替えて板に加工した。
「修繕か?これは本当に見た事も無いのじゃ。我にも手伝える事はあるかの?」
板の横に躍り出たアヴニールが言った。彼女に答えたのは逢見である。
「じゃ、俺と一緒に今の床板を剥がすか?」
「分かったのじゃ」
逢見はアヴニールを連れて小屋に戻ると、慎重に板を剥がした。剥がしながら、床板の下に何かあるか調べる。
「これは、どうして……」
床板の下には、一枚の石の板が張ってあった。拳で叩いてみると、下が空洞に成っている音がした。
板の準備が終わると、いよいよ張替え作業に入った。
金槌と釘を持って、ジョンは高いところにある破損箇所を修理する。
他にも、壊れた窓枠の修理や、ベッドの板の張り直し、破損のある家具に手直しをした。
山小屋は想像以上に綺麗になった。
「最後にはワックスの一つでも掛けたいモノだな。このボクのように輝くこと間違い無しだっ!」
カミーユが平らになった床を見下ろして言う。
「でも、ワックスは準備していないのです」
夕月が、少し困ったように首を傾げた。
●ヒミツとは……
ワックスは諦めることになった。
天井も柱も綺麗になった。綺麗になったからこそ、柱の跡がと窓の消えない汚れが余計に目に付く。
「うん?何故こんな風になっているんでしょうねえ?」
窓を拭くと、黒い汚れが雑巾いっぱいに広がった。
「これは、わざと塗りつぶしたんでしょうかねえ。部屋をそんなに隠したかったんですかねえ」
「いや。窓にある何かを塗りつぶしたとも考えられるではないか。さあ、もっと拭いてくれたまえ」
同じく窓を調べに来ていたカミーユが口を挟んだ。
「そうですねぇ」
エイルズレトラはさらに窓を拭いた。すると、拭き取りにくい箇所がいくつかあるのに気がついた。そういったところは一旦置いたままにして拭きやすいところを拭く。
「これは!」
カミーユの口から驚きの声があがった。
『さようなら』
そう書いてあった。
「この小屋に一体何があるというのだ?夕月クン、何か聴いていないのか?」
カミーユは小屋の外に出ると、袋の中の小物をあさっていた夕月に声をかけた。
「ごめんなさい。何も聞いてないのです」
夕月が申し訳無さそうに目を逸らした。
エイルズレトラは、再び天井に登って柱の跡を調べ始めた。
「これは何だ?」
エイルズレトラが柱に跨っていると、ジョンがヌッと現れた。
「そうですね。なんだか、紐の模様みたいですね」
「紐かの?なぜ紐の跡がこんなところにあるのじゃ?」
アヴニールが翼で飛んで来ていた。ヒミツ探しを面白がっているのか、笑顔が耐えない。
「たしか、この下にちょうど椅子があったよな」
「ええ。しかも、倒れていましたね」
「ほう。首吊りでもしたのかの」
アヴニールが何気なくそう言うと、エイルズレトラとジョンの動きが止まってしまった。
逢見とファーフナーは右の部屋のベッドがおいてあった辺りの床を調べていた。正確には、剥がした床板を調べていた。
「この赤黒いのはなんだ?」
逢見は手首をひねって手に持った床板を多方面から観察する。横にいたファーフナーは別の板に水をつけて擦り、鼻に近づけて臭いをかいだ。
「もしかしたら、古い血かも知れんぞ」
「血なのか? もしマットレスにも血があったら、この血の主は死んでおるのう」
いつの間にかアヴニールが傍にやって来ていた。
「マットレスはなかったぞ」
逢見が言う。
「撤去したのかもしれないな」
ファーフナーが続けた。
それから逢見は全ての板を調べたが、それ以上の異変は見つからなかった。
カミーユは椅子にしっかりと縛り付けられていたクッションを手に取った。クッションという割にはぺったんこで、特に座り心地が良さそうには思えなかった。ということで、引き裂いてみた。
僅かばかりの綿と共に、紙片が一枚、ひらりと地面に落ちた。カミーユはクッションを放り投げて紙片を拾うと、夕月のところまで行った。
「夕月クン。こんなものを見つけたよ」
同じ頃、ジョンは物質透過の能力を生かして床下の石の下を調べていた。逢見はジョンの持って来たランタンを使って小屋の下を照らした。
「私の腕だと、ここまでしか届かないのです」
夕月の指し示す場所にジョンが動く。土を掻き分けて、石の板の上を手で触った。
何かが手に触れる。石に紙のような物がテープで張ってあった。
「見つけたぞ!」
ジョンが紙を持って床下から出て来た。
二つの紙片が、ほぼ同時に夕月の手に渡された。
「ちょっと待ってくださいね。先に、物を戻しておきましょう」
エイルズレトラが割って入った。
●最後の手紙
輪になって夕月を囲む。真ん中で、夕月は見つけた二つの紙片を開いた。
一枚は、手紙だった。
一目手紙を見た夕月は、ぽろぽろと目から涙をこぼし始めた。そして震える声で、手紙の内容を読み上げる。
「親愛なる娘夕月へ。元気にしているかな。君を一人にしてしまって、本当にごめんよ。」
手紙は謝罪から始まっていた。
夕月が生まれてまもない頃、二人は死の病に罹ったのだという。
裕福な家の生まれの母親と駆け落ちし、この場所でひっそりと生活を始めた事。そして生まれた夕月の事。
綴られた真実は、夕月の空虚であった幼い時間を埋めていく。
「残せるものは、この小屋だけだと思う。ここはね、パパとママが出会い、そして君が生まれた場所なんだ。大切にしてくれ。最後に、愛しているよ。パパとママより」
読み終わっても目を離せなかった。その手から、もう一枚の紙が零れ落ちる。
いや、紙じゃない。写真だ。病院のベッドの上で愛おしそうに赤ん坊を抱いた女性と、その傍で優しく赤ん坊を覗き込む男性。
「優しそうな両親だな」
ファーフナーが写真を拾う。その写真を、エイルズレトラが覗き込んだ。
「子供への愛が伝わってきますね」
「裏に走り書きがあるな。読んでくれたまえ」
カミーユが指摘すると、ファーフナーは写真を裏返した。
すると手紙の裏にもメモが貼り付けてあった。
「十年前に他人が忍び込んで事件を起こしちゃったんだよね。勘違いしてたら困るから簡単に片付けたけど、やっぱ気にするよね? 夕月の両親とは関係ないから。神谷」
事件とは逢見が事前に調べていた心霊スポットとなった原因だろう。
恐らく、血の跡や不信なロープなどはその事件の名残か。マットレス等は、『簡単に』片付けた結果なのだろう。
「いい加減な男じゃのう。この、神谷というのは」
アヴニールがクスクスと笑った。
「今は泣け、夕月。明日はもっと幸せに笑えるぜ」
夕月の頭にジョンはそっと掌を乗せて、そしてニカッと笑った。
「ありがとうございます。私は…ちゃんと愛されていたんですね」
「勿論だ」
画して廃屋は新しい持ち主を得て、新しい記憶というヒミツを作ったのだ。