●状況と可能性と
「状況の確認が最優先ですわね」
駅に辿り着いた一行が待っていた警察官と挨拶を交わし、あれから変わったことが無いかの確認を済ませ、1区画前にやってきた。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)はちらりと木嶋香里(
jb7748)の方を見やり、小さく頷く。
「可能な範囲で準備は整えておきましょう」
「今後の可能性の方はどうなんだ?」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が割って入り、香里がそうですね、と返した。
「1つ目は女性像を破壊することで老人像が暴走したり強化する可能性、2つ目は老人像を破壊しない限り女性像が傷つかない可能性。そのために近寄らせていないのかもしれませんから。そして最後、3つ目は同時撃破をしなければならない可能性、になりますね」
「とりあえず、最初に女性像を攻撃してみて、攻撃が効いていないようなら1つ目の可能性は消える、ということか」
「そうなりますね。ダメージが無いようだったら老人像にも攻撃を加えてみて、結果が同じであれば恐らく…」
「3つ目の同時撃破になるわけだ」
「そうなります。確認の順序はそれでいいかと思うんです。女性像を優先して壊せたらそれが一番ですから」
香里が戒 龍雲(
jb6175)に言葉を返し、少し遠くに見える銅像を見つめる。
「何よりも、まずは一般人の安全確保だな」
正太郎がそう言うと、全員が頷く。
「一般の人が興味本位に近づかないよう、周囲の人は警察の方に見張ってもらおう」
「そうですわね」
「人質になっている人々も問題だ。俺の叫びで皆が目覚めてくれれば良いんだが」
暫し考えるように唸る。
「取り合えずは、シールゾーンで封印効果を試してみようかとは思、う」
ふと、僅(
jb8838)が呟いた。
「できれば、声は止まるはず、だ」
横で龍雲が相槌を打って、話は纏まった。
「一人の力はたかが知れているからな。皆、宜しく頼む」
「協力し合って適切な対処で素早く終わらせましょう!」
ディアボロ討伐の方向が決まり、正太郎が銅像へと歩き始めた。
ユーラン・アキラ(
jb0955)も隣に立つ。
「じゃあ、俺らで銅像をぶっ潰してやろうぜ」
僅もこくりと頷いた。
●スタートの声が鳴る
問題の区画に入り、全員で老人像の横を通る。
横と言っても左側にある老人像からかなり離れて右端の方だ。
音はごく微小で、報告の通りあまり聞こえては来ないし、これだけ離れていたら最早聞こえてこない。
本当に小さい音なのだろう。
「わたくしはここまでですわ。予定通り、頼みますわよ」
みずほが老人像を過ぎて少ししてから立ち止まり、連携に入るため待機する。
「任せてくれ」
龍雲と正太郎の2人が更に前へと進んでいく。
アキラは女性像に近いのビルに屋上を借りてくると言い、ビルの中へと入って行った。
香里は離れた3人から見て丁度真ん中になるような立ち位置で止まり、左を見て立ち止まり待機しているみずほと老人像を目視で確認し、上を見上げてアキラが屋上を借りたことを確認する。
真横には、最初の予定では無理だった時の為に僅が立ち、事の経過を見守っている状態だ。
そのまま右を見て、2人がギリギリまで近寄ったことを知る。
一瞬、正太郎が振り向き、視線で確認を問われた。
そして、静かに香里が頷く。
「正気でない相手に効くか博打だな。」
正太郎が呟いた次の瞬間、声と声がぶつかり合い、無いはずの衝撃が辺りを埋め尽くした。
●可能性は3番目
衝撃は結果として、一部有効、一部無効であったと言える。
銅像を囲っている外側の人達は一瞬正気に戻り、怖さから距離を取ったからだ。
内側の近くで聞いていた方の人達に関しては目覚ましい結果が得られなかった。
中には、驚いて逃げる者や、何があったのかわからずに辺りを見回す者がいたが、その辺りはまだ音が飽和している状態を利用して物理的に引き剥がす。
効いていない者が後に残り、そこへ静かに僅が近寄って行く。
銅像が入るように試しに魔方陣を展開してみると、音が止み始めたのが確認できた。
聞き入っていた人々が意識を取り戻していく。
「この近くにはいないように。安全な場所へ避難してくれ」
龍雲が走って逃げる人へと声をかけ、安全な場所へと誘導する中、人によっては混乱してしまい、一時的だろうが、中にはパニックになっている人もいた。
このままでは避難が終わらないと察したアキラがヒリュウに指示を出す。
途端、聞こえない音が人々の動きを止めた。
その隙を突いてヒリュウとスレイプニルが人々を銜え、少し離れた位置へと移動させていく。それを龍雲も飛行しつつ手伝い、正太郎も固まったことでパニックから自力で戻った人などを誘導し、辺りは普段では有り得ない無音の空間が出来上がった。
老人像の周りにも十数人の体調不良者がいたが、主に頭痛などが症状だった為、そちらもヒリュウとスレイプニルに動いてもらうことにはなったが、何とか避難させる。
後で状況を確認しなくてはいけないな、と遠くで見守った正太郎が呟いていた。
「やっと、いなくなったかな…?」
辺りを上から、改めて龍雲が見回す。戻ってきたヒリュウとスレイプニル以外は動いている者はいない。
途端、体に刻印が刻まれるのが見えた。
攻撃の合図とも取れるその刻印を見て、遠方のみずほ、正太郎、空中の龍雲が構え、ビルにいるアキラが様子を伺う。
最初は女性像から壊したいのが本音だ。
予定通り、女性像の方から攻撃を仕掛ける算段である。
銃を片手に、空中に居る龍雲が真っ先に動いた。
「ふむ、ダメもとだがやってみる価値はあるか…」
握ったそれを目の前に持ってきて思案する。
一撃で何かしらダメージがあれば破壊可能ということだ。
十分な間合いが必要だと高度を保っていた龍雲はそこから一気に急降下し、音の範囲に入るギリギリの所で引き金を引く。
引いた瞬間、すぐさま横へと軌道を変え、そのまま上へと軌道を戻し、再び同じ高さを保つ。
全員が放たれた銃弾の先にある女性像に集中する。
衝撃のため最初は見えなかったが、徐々に見え始めたその先にあったのは、ひび一つ無い綺麗な銅像。
「効いてない…?」
空中から見る龍雲がぽつりと呟いた。
「ならば老人像への攻撃を試してみるしかないですね」
香里は迷わずそう告げると、離れている老人像を見やる。
「それでもだめなら…?」
「予定通り同時攻撃を仕掛けましょう」
上からの声にそちらを見上げて答え、横にいた僅に老人像への攻撃を素早く指示した。
「お願いします!」
こくりと頷いた僅が迷わずアウルの矢を放つ。
敢えて足元を狙ったそれは薄いガラスが割れるような不思議な音がして砕けた。
「やっぱり、刺さりませんか…」
思わず香里がじっと僅を見つめ、僅はそのようだと頷く。
「同時攻撃に切り替えましょう!老人像の方はアキラさんもお願いします!」
香里が数歩後ろに下がり、振り向いた。
そこには動かない老人像。
射程ギリギリまで近寄り、そこで気が付く。静かなその音は小さいながらに範囲は広かったようだ。
聞こえてくる小さい小さい音色は少しずつ頭を侵そうとする。
軽い頭痛を覚えたが、この程度は問題は無く、寧ろその頭痛も音も吹き飛ばすように、香里は布槍を風と共に振り抜いた。
「ぶっ潰してやるよ」
上からは轟音と共に雷光が降り注ぎ、老人像が見えなくなる。
その動作を横目に、みずほが声を挙げた。
「さあ、行きますわよ!」
そして、少し失礼しますわよ、と告げてみずほの目の色が変わる。その目はいつもの穏やかさが消え、そこにあるのは目標を破壊し尽くすという意志だけだ。
目にも止まらぬ速さでみずほがその場を離れ、気付けば女性像の目の前。
身体から舞い散る蝶と共に、一般人では認識すら出来ないスピードの拳を叩き付け、銅像が半壊するのがちらりと見えた。
「雪ノ下さん、お任せいたしましたわよ!」
最後の一撃と同時に後ろへと下がり、身体能力の解放からの疲労に足が止まったみずほの後ろ。
迷うことなく、正太郎が拳をグッと握った状態で現れ、上からはギリギリの範囲まで近づいた龍雲が銃を構えていた。
「食らえ必殺、リュウセイガー・アックス!!」
銃が銅像を半分に砕き、更に強烈な肘打ちが追い打ちになり、粉々に粉砕されていく。
太陽の光に照らされて反射でキラキラと光る物言わぬ鉄くずを見つめ、次の瞬間に老人像を見やる三人。
そこには雷にあてられて黒く焦げ、脆くなった所から割れている老人像だったモノ。
しん、と静まり返ってから、誰ともわからないフーッと言う息遣いが聞こえた気がした。
●元通りには遠いけれど
実質人質になっていた人達は避難した先で救急隊員や警察官に手厚く介抱されていたらしく、すぐに自我を取り戻し逃げた人達はほぼ回復しているようだった。
それでも、最後の方で混乱してしまった人々はまだ恐怖に顔を青ざめさせていたり、中には何があったかわからず呆けてしまっている女性がおり、こればかりは、とお手上げ状態だったらしい。
「大丈夫ですよ、すぐに治りますからね」
言ったと同時に温かい空気が体を包み込み、意識が戻ってくるのがわかる。心が文字通り、生き返ったようだった。
「わ、たしは…?」
「怖かったですよね。女性の銅像の傍にいたのは覚えていますか?」
「あっ…」
「大丈夫だ、もうその銅像は無いからな!」
「そ、そうなんですか…?」
「そうですわ。ですからもう安心なさって?」
その後、彼女の方も病院の方へと救急車で送られて行った。
無事に治ることを祈るばかりである。
警察の方への挨拶を済ませ、全員で駅の方へと向かい歩く。
「銅像、壊れた、な」
「あぁ、これでまた平穏な日々に戻るぞ」
「良かったですわ…、傷一つ付かなかった時はどうしようかと思いましたわね」
「誰も怪我はしてないよな?」
「してませんよ。少し頭が痛くなりましたけど、気付いたら治ってました」
横でこくりと僅も頷いた。
背後には壊れた銅像。街中では自分たちも何度も見かけたものである。
安心もしたが、何だか切なさも込み上げる。
「物はいつかは壊れてしまうものですわ」
仕方ないんですのよ、と笑顔を浮かべて言うと、それに龍雲も便乗する。
「そうだ、また作ればいい。壊れても、また作れる」
「そうですね」
香里が微笑んで答えた。
「体調に問題があった者も離れて少し経ったら問題無く戻ったようだしな」
「安心して帰れますわね」
全員が駅側へと向かい、歩き始める。
と、龍雲がふと立ち止まり、顔を軽く青ざめさせているのを香里が見つけた。
「どうしました!?」
青ざめたままの龍雲は絶望的に呟く。
「しまった、友人と進級試験の勉強をする約束を忘れてた……」
空気も少し壊れつつ、早い夕暮れを背に市民の平和を守った撃退士もまた、日常へと帰って行った。