●涼しげな朝方に
本日は晴天なり。と言わんばかりに空は晴れ渡っていた。現在の時刻はまだ、夜明けが過ぎた頃のことである。
―――女子高生二人が夜中に行方不明になったのだと言う。
詳しい話を聞く暇も無く、最低限の準備だけでとりあえず洞穴を目指すことに不満が無いわけではない。
色々思う所はあるが、最初に山に足を踏み入れたのは地領院 徒歩(
ja0689)。
勇ましく登り始めた所を一度足を止めさせたのは点喰 因(
jb4659)だ。
「ちょっと一瞬良いですかねぇ?全員、連絡先だけ交換させてもらえないですかねぇ」
連絡取れないのは困りますからねぇ、と言われたら従うしかない。
「さて、向かおう。時間が無いだろう?」
交換を終えた地領院が再び意気揚々と歩き始めた。
●太陽も昇る
それなりに登った頃、エルム(
ja6475)はあらかじめ調べて来ていた地図を広げた。
どうやら、洞穴へはこの足場のしっかりしている道からは逸れ、少しばかりこの鬱蒼と茂る森の中を歩かなくてはいけないようだ。
「少し、ずれていますね」
「あら、本当ね。この地図だと少し右寄りかしら?」
近くにいたクレール・ボージェ(
jb2756)が地図を横から覗き見た。
「そうです。目星はつけていますが、正確とは…」
「そうねぇ。いっそ、一度上空から確認した方が早そうね」
「だったらあたしが行きましょうかねぇ。見つけたら連絡しますよぉ」
ゆるりと手を挙げて言うや否や、背中から翼が見え始める。ふわりと宙に浮き、行ってきますねぇ、と聞こえた頃には飛んで行ってしまった。
その姿を見送ると、控えめに手を叩く音が聞こえ、そちらを見ると、目線の先にいたのは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。
「さ、向かおうか。右側に向かわなくてはいけないんだよね?」
●真上からの日照りの頃
洞穴は案外簡単に見つかった。というのも、点喰が飛行していた時にふと山中に歩く人影を見つけて話を聞いてみれば、洞穴の目撃情報をくれたその人だった。
話を聞いていたら、案の定場所を教えてくれたのだ。
「さぁ、中に入ろう。陽の光が強くなってきた。早く、闇に捕らわれた女子達を助けるんだ」
「待って。私が先頭になります。明るくしていきなり気付かれるのも困るでしょう?」
軽く手で制し、若宮=A=可憐(
jb9097)が前に出る。目にはゴーグル。それがどのようなものかは一瞬で分かった。
「私は迷わず中へ行きますが、誰か外に残りますか?」
誰も外に残らないというのも不安が残る所だ。敵がそもそもここにいるという確信が無い。
先ほどの話によれば、ここ一週間ほどで唐突にできた洞穴とのことだ。関係があるのは間違いないだろうが。
「私は最初から外にいるつもりよ?そのつもりで準備もしてきたもの」
「それならあたしも。気になる足跡がちらほらありましたもんねぇ」
●真昼の闇
暗闇の中を黙々と歩く。洞穴と思っていた穴は思ったより深く、ただひたすらに真っ直ぐだが、少しずつ下に向かっているように思えた。
どちらかと言うと洞窟に近いな、と誰もが疑い始めるくらいには。
「流石に暗いね。そろそろ明かりを灯そうか。僕らが不利になることは無いからね」
砂原が準備していた明かりを灯すと、辺りが一斉に明るくなる。
「動物型ならこちらの動きにすでに気付いているかもしれませんね」
エルムが先頭に出て、明かりを砂原から受け取りながらぽつりと言う。渡す砂原もそれにはこくりと頷いた。
「確かに、その可能性は高いよね」
「ならば、我が魔眼の出番だな」
目元に手を持っていき目を見開く。周囲にいる生き物全てを見つけることができると辺りを見渡した。
見つかってほしいのは女子高生二人。
「むっ…この近辺にはいないようだ…」
当てが外れたか…と悔しそうに言いながら、ぐるりと全体を見回した。
「いや、いる…!」
薄く、ぼんやりとしか見えない。遠い証拠ではあるが、いることは確かだ。
「数は…一つ…いや、重なって見えるが二つだ…。間違いなく女子達だろう。先を急ごう」
「そうですね。ゆっくりしていても良いことはないでしょう」
地領院の言葉に若宮も頷き、再度足を進める。
もう少しで先ほどの感知した位置に辿り着きそうだ、と言う話が出た所で事態は動いた。
それは、歩きながら小さく聞こえた音が気になり、そっと辺りを視た砂原の言葉からだった。
「これは…」
「どうしました?砂原さん」
「んーと、反応からして…見つけた、かな?一瞬…」
続けようとした言葉は遮られた。
「うあぁっ!」
前方にいたエルムに何かが当たった。
「ぐぅっ」
真後ろにいた地領院の脇腹にも当たったらしく、二人で岩壁にぶつかる。
咄嗟のできごとで二人とも受け身を取ることができなかったが、二人はすぐに立ち上がった。
「な、何が…!?」
「どうやら、お出ましのようだね」
「そのようです」
それは普通の動物より一回りは大きい、トラ。
この自分達が通るだけでギリギリの幅しかない洞穴の中でこれは危険だ。若宮は砂原を見る。砂原は静かにちらりと奥を見た。
それだけで若宮は何となく理解する。ならばやることは簡単だ。
「救出、お願いします」
「お願いされたよ。ここからならもう近い。僕だけで平気だよ。ここは頼んでもいいかな?」
「任せてください」
「喜んで頼まれよう!」
同時に砂原から強い光が放たれ、トラが目を背ける。その瞬間を逃さず、若宮のインフィニティが火を噴いた。
銃弾は足を打ち抜き、小さいながらに的確に速さを削いでいく。
その隙に砂原は名残のように星をまき散らしながら奥へと消えて行った。
●真昼の仕掛け
「さて、仕掛けますかねぇ」
「そうね。足跡、この近辺を縄張りにするみたいにあったもの」
「流石ですねぇ」
「うふふ、きみも気付いていたじゃない」
楽しそうに笑いながら、敵の姿が視えるように仕掛けをしていく。入口にネットを仕掛け、少し離れた木に糸を張る。
「そっち、お願いしてもいいかしら」
「任せてくださいよぉ」
逆サイドにも糸を張り、終わった所で連絡を入れる。すると、切羽詰まったような声が聞こえた。
上からかけたので相手はエルムだと思ったのだが、少し遠くから全員の緊迫した声が聞こえてきた。
「二人は反応があったので、今、砂原さんが向かってます…!こちらはトラ型のディアボロと交戦中です…!」
「一体しかいないんですかぁ…?」
「はい…!生体反応も、無いそうです…!」
「わかりましたよぉ。そちらに行った方が良いですかねぇ?」
「いえ、もう一体の、動きが気になります…!」
「では、そっちはお任せしますねぇ。こっちは任せてくださいよぉ」
「はい…!では、落ち着いたら、また連絡、します…!」
そのまま会話は途切れ、点喰は内容をクレールにも告げる。
「そう。一体しかいないのね」
「ということは…」
「うふふ、外に、いるわね」
「そういうことですよねぇ」
茂みから小さく足音が聞こえた。
二人同時にそちらを向く。
噂をすれば何とやら、ですねぇ。と点喰が呟いた途端、かろうじて残像だけが見えたそれは、仕掛けた糸を食い千切り二人の間を通り抜け、入口に仕掛けた網に引っ掛かった。
「っと…やはり早いですねぇ」
狼ってとこですかねぇ?と呟きながら、点喰が好戦的な目を向けつつ右腕を左手で押さえる。見れば、服が裂け、血が滲んでいた。
「あら、やってくれるわね。なら、私も本気を出さないといけないかしら」
言いながら開いた目は瞳孔が細くなり、じわじわと翼が広がっていく。
優雅な漆黒が開き切ったその時、クレールは持っていた斧槍を迷わず振りぬいた。
光る闇が突っ込んでくる狼に直撃し、反動も手伝ってどさりと跳ね返り、地面に叩きつけられる。
狼が立ち上がろうとした所に上から鋭い雷が落ち、かろうじて避けたものの、前脚に大きな傷を負った。
「うふふ、簡単に終わらないで頂戴ね?」
●陽が傾く前の反応
砂原は視えている生命反応の元へとひた走る。
どうやら足止めは上手く行ったらしく、自分のことを追ってくる気配は無い。
「いた…」
光の途切れる寸前の所に人影が落ちた。
そこはもう行き止まりになっている為、ここが最深部らしい。
傍へゆっくりと近寄る。
どうやら今は気絶なのか眠っているのか、意識は無い。流石に二人となると起き上がってくれないと連れて行くことは難しい。
目立った外傷は無いようなので肩を揺さぶってみる。
「ん…」
二人ともゆっくりと目を覚まし、砂原の出す明るさに気付いて一度顔を隠した。
そして、再びゆっくりと目を馴らすように開け、それから自分達の状況を思い出した。
「あ、あ…」
「ひっ…」
ガタガタと震え、それでも大きい声を出すのでもなく涙をボロボロと零し、泣き始める。
どうやら先ほどのトラに連れて来られたことなどを覚えているようだ、と砂原は認識した。
怯え、震え、ぐずぐずと泣く二人が、少しずつ泣き止み、震えが止まり、辺りを冷静に見回せるようになるまで、砂原は柔らかな、淡い光を拡散させる。
二人のことをゆっくりと待った。
「さてと。確認をさせてね。明日葉舞ちゃんと、鏡野由美ちゃん。で良いかな?」
二人はまだ少し不安が残るのか無言でこくこくと頷く。
それを見て、砂原は後ろを一度振り向いてから、安心させるようににこりと微笑んで二人の頭を撫でた。
「ん、大丈夫大丈夫ー。喋っても平気だよ。僕らは撃退士だからね」
撫でる手と「撃退士」の言葉に、二人は安心したらしい。もう大丈夫だろうと話を振る。
「所で、どうして夜中に学校に行ったのかな?」
●陽が傾く前に
「少し遠いけど、出口まで誘導しましょう!」
前線で戦うエルムがそう告げると、トラの気を引きつつ後退し始めた。
来る時は警戒をしていたため、ゆっくりと歩いてきたが、戻るだけなら簡単だ、と判断しての言葉だと言うのは誰にでもわかることだ。
「私が引きつけます。二人は出口へ」
「仕方ない、我が力、後で見せつけてやる…!」
「ほら、いきますよ!」
若宮が立ち塞がり、地領院とエルムを後ろへ引き下がらせる。出口へと走って行くのを見届け、若宮はディアボロを見つめ、一言告げた。
「さて…悪いと思いますが、私は私を試すとしましょう。来なさい…!」
出来れば外には出したくなかった。大きいだけに、動きは相手の方が抑制されている。だが、ここには一体しかいない。ならばもう一体はきっと外だ。
考えは巡るが、やることはもう決まっている。
「グルルルルル…」
飛びつこうと構えた所を銃弾が狙う。怯んだその隙を見て、少しずつ自身も後ろに下がりながら確実に当てに行った。
「ウガアアアッ」
当たれば興味は自分に向くことを若宮は理解していた。
「こっちよ」
殺意が見えるが、それでももう飛びつこうとはしない。それを利用して若宮も出口へと走る。追ってきているのを確認しながら、後ろを見ては銃を撃った。
出口付近で襲いかかってきた所を後ろ足を狙い、確実に銃弾を撃ち込み、そのまま自分は受け身を取りつつ倒れ込む。
多少は明るかったとは言え、仄暗いそこから出てきたトラは一瞬光で目が眩んだ。着地までの間に、先に出て、構えていたエルムの雪華が前脚を切りつけ、そのまま右へと避ける。
出てくる際の勢いが強かったのか、そのまま倒れ込まずに大きく口を開けたまま、その先にいたクレールへと向かって行く。
「あら…随分と大きいじゃない…?」
ギリギリで横に避けたものの、避けきれずに斧槍を持った腕を爪が掠め、逆の手で腕を庇う。
「突然出てきて、やってくれるじゃないの…」
漆黒の羽がざわざわ広がり、地面を踏んだ勢いのまま低く斬り裂いた。
「もう一体はどうなったかしら…?」
「大丈夫です…!」
全ての足に傷を負い、動きが鈍くなってきたトラの姿を見てから、ふと狼の方を探す。
エルムがそれに答えたが、どういうことか一瞬わからなかった。
「我が魔眼から逃げられると思ったか!」
この叫び声の方を見て納得する。
クレールと点喰が二人で仕掛けた糸の付近で鎖に縛られ、麻痺しているのかビクビクと不自然な痙攣を起こしている狼が見える。
そして、首元には点喰の放った雷の矢が深々と刺さっていた。
「我が右目が赤いうちは死なせはせん!」
「あたしの目が黒いうちも死なせませんよぉ」
一匹を完全に仕留め、残りはトラだけになったと全員がにじり寄る。
トラも状況がわかっているのかいないのか、血のようなものをブシュッと出しながら足に力を込めた。
「これを最後にしましょう!」
若宮が叫び、トラが駆け出した瞬間に右側から銃弾を放ち、左側で構えていたエルムが斬りつけ、右側へと弾いた。
倒れ込んだトラは怯んで立ち上がれず、少し高い位置で構えていたクレールが衝撃波を叩き付ける。
「きゃあああああああ!」
唐突に声が響いた。どうやら砂原が二人を連れだしてきたらしく、トラを見た明日葉舞が叫んだようだった。
その声に反応したように、深手を負っているはずのトラが二人へ向かって走り出す。
「アアアアアアアッ」
ただ噛み殺そうとする動きだな、と砂原は静かに見ていた。
「いやあああああああ!」
「―――――っ!!」
二人はお互いを抱きしめるようにしがみ付き、その場にしゃがみ込む。
「そうはいかないよ」
砂原は一言、冷静なままそう告げて、巨大な火の塊を容赦無く炸裂させた。
●空が赤く染まる頃
「本当に、有難うございました…!ほら、舞!」
「あ、あの、本当に、ありがとう、ございました…」
「僕らよりもさ、ご両親に心配かけたゴメンナサイはしておこうか」
全てが終わり、山を下るとそこには二人の両親がおり、泣きながら母親は娘を抱きしめた。
感謝より先に親に謝ることを告げるとまたわんわんと泣いていたが。
「あの、皆さん、本当に有難うございました…」
もう一人の被害者であった鏡野由美は、目元は赤く腫れてしまっているが、もう完全に落ち着いたらしく、しっかりと頭を下げた。
「どう致しまして、かな?お願いは、死にそうなったんだもん。自分で叶えられるよ」
それを見ていた地領院が語り始める。
「それより、件の噂なんだが、俺の魔眼によれば、天魔が都合よく餌を手に入れるために広めたのだろうと…」
「あ、それなんだけどね。話を聞く限り、本当に偶然だと思うよ」
砂原の一言で、クレールがクスッと笑い、そこから伝染するように皆が笑う。
「や、やはりそうだったか…!自分の願いは自分で叶えるものだからな…!」
動揺しながらも、全くその通りのことを地領院が言い、女子高生二人が顔を見合わせてから地領院を見る。
「私達、きちんと告白しますね!」
「絶対付き合ってみせるんだから!」
恋する女子高生の瞳は、何よりも眩しく輝いていた。