●海の上で
昼の洋上をたゆたっている、岩山のような甲羅がある。
それは紛れもなく、ここ数日でこの近海を荒らしに荒らし回った首長甲殻竜サーヴァントの、恐るべき甲羅であった。
並大抵の船の逃走を許さない推進力に、頭部の叩きつけ、噛み付きによる破壊力。そしてその甲羅に別に寄生したフジツボのようなサーヴァントから放たれる強力な砲撃。
それらがあっては最早この辺りに船を出す者はおらず、海域の封鎖という目的を達して、このサーヴァントはいかにも退屈げに漂っているのだ。
「――」
しかし、ある機械的な音を耳にして、サーヴァントがその長い首をもたげる。
音の方向を見回せば、サーヴァントに向けて高速で近付いてくる小型船が一隻。
――現れたのだ。撃退士という名の挑戦者が。
●攻撃開始
「――目標確認ですわ。皆様、準備は宜しくて?」
海風にその流麗な黒髪を靡かせながら桜井・L・瑞穂(
ja0027)が問う。
モーターボートの舵を握るのは彼女だ。この戦いの全員の命綱にも等しい彼女の声に、それぞれが応と頷き答えた。
「宮子、私の分まで宜しくお願い致しますわよ?」
「うん、任せて」
猫野・宮子(
ja0024)が短く頷いて答える。戦いの前であるからか、若干に緊張が見える面持ちだ。
「では、参りますわよ。 ――乙女の嗜みを、ご覧遊ばせ!」
「いつも思うんだけど、どんな乙女の嗜みかな、それは」
宮子の突っ込みを他所に、ボートが更に加速する。
それに対応するように、首長甲殻竜サーヴァントは持ち上げた首をそのままに、旋回しながらの推進を開始した。
距離があると見てか、その甲羅の側面を向けるように展開し、砲撃の体勢を取る。
「距離二百五十、来ますっ。予定より遠いですー!」
距離を目算で測っていた櫟 諏訪(
ja1215)がそう警告する。
「分かった」
落ち着いた頷きで応えたのはユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)。盾を構えながら一段を上がる。
砲撃を受けた場合はその身で受け止めようというのだろう。彼の光纏を示す赤色の輝きが、その身に集まっていく。
「こちらも了解ですわ。些か揺れましてよ、お気を付け下さいな……!」
瑞穂が一拍の間を置いて、進路を右へと切る。
直後、どんどんどんっ! という火薬のくぐもった炸裂音を思わせる三連続の砲撃音と共に、ボートが半瞬前に通る予定だった水面が爆ぜた。
小さくはない水柱が立ち、波と衝撃に船体が煽られる。
「この程度、っ」
狂う進路をきりきりと戻して、瑞穂は次に備える。
若干の間。その後に、再び三発の砲声が轟いた。
再び船体の周囲の水面が爆ぜる。一発、二発――
「させん」
ユリウスが言うと同時、彼の盾が獅子の鬣を思わせる金色の纏いを持って、直撃するはずだった三発目の弾着を受け止めた。
「きゃっ」
「うわわっ」
瑞穂と諏訪の小さな悲鳴が上がった。
凄まじい衝撃と共に熱波が船の上に広がる。副次的な打撃力を伴う弾着が三人の身を炙った。
だが、肝心要の船体に被害はない。
「桜井殿、大丈夫か?」
「この程度、問題にもなりませんわ。感謝致します」
着弾の衝撃から素早く立て直して、瑞穂は更に船を進める。
向かうはサーヴァントの側面側。攻撃隊が飛び移れる位置だ。
サーヴァントもそれに気付いてか、あるいは純粋に本能として組み込まれた攻撃の意志からか、側面をボートに向けぬようにと移動しながらの旋回を始めつつ、三度目の砲撃を行う。
しかし、これは命中ならず。ボートは小回りのサーヴァントに対し優位に立てる小回りの強さを駆使して、その長い首に捉えられないよう側面へ回り込んでいく。
「接近、そろそろですよー! 皆さん、準備をー!」
諏訪が叫ぶ。
火を噴く岩のような甲羅は、すぐそこにある。
●跳躍からの一撃
「――うに、この距離ならいけるにゃ! 瑞穂さんの分まで頑張るにゃよ、マジカル♪ジャンプ!」
先陣を切ったのは宮子。猫耳尻尾を装着して魔法少女マジカル♪みゃーこに変身しての跳躍だ。
さながら猫のようにしなやかに、そして軽々と数メートルの距離を跳び――サーヴァントの甲羅の上に着地する。
「にゃっ、よしっ、ここから――」
「――宮子、危ない!」
「にゃっ!?」
次に跳び乗ってきた御影 蓮也(
ja0709)が、クレイモアを振り抜きながら宮子を押し退ける。
瞬間、硬質な激突音。蓮也のクレイモアが、ぶん、と甲羅の方向へ回し振り抜かれたサーヴァントの頭部を間一髪で弾いていた。
「くっ、大丈夫か?」
「な、なんとか。ありがとうにゃ!」
そんな二人のやり取りを外に、背中の鬱陶しいものを蹴散らそうとしてか、サーヴァントの長い首が再びしなやかにうねり、振るわれる。
「仕方ない…… 俺は頭を相手取る!」
「宜しくお願いします――はっ!」
続いて跳び乗ってきたレイラ(
ja0365)も、跳躍から一撃を加える。狙うは、首長竜型サーヴァントの背中の砲撃手――フジツボ型のサーヴァントだ。
振るった直刀がアウルの光を帯び、宙に燐光の軌跡を描きながら岩のような巨大なフジツボに突き刺さる。
「――やはり、魔法攻撃なら十分に通用します! 切り替えを!」
「分かったっ!」
「にゃっ!」
レイラの看破の声に応じて、それぞれの武器が強いアウルの光を帯びる。
特性を変えた攻撃が幸いし、通常の物理的な打撃なら殆どを弾く甲羅が、次々にダメージを受けていく。
「せ――やっ!」
高峰 彩香(
ja5000)が気合一閃、ごんっ! という音を立ててアウルによる炎を伴う衝撃波を放ち、フジツボの一列を薙ぎ払う。
「もう、一回!」
立て続けにもう一度。威勢のいい声と共に爆炎の一撃が放たれる。
「負けていられませんね、僕も……! はっ!」
鳳月 威織(
ja0339)も彩香に合わせるようにして剣閃からの衝撃波を放ち、フジツボをまとめて削っていく。
与えたダメージは同量程度だろうか。ふと顔を見合わせれば、快活な笑いと享楽的な笑みが交差する。
そうして攻撃に曝されたフジツボのひとつがついに砕け散り、感覚を共有しているのか、首長竜サーヴァントが悲鳴に似た咆哮を上げた。
蓮也への頭部による攻撃を中断し、ざば、と頭を水中に沈める。
「お、効いてるか?」
首を斬り付けながら辛くも攻撃を凌いでいた蓮也が、その攻撃の中断にそう声を上げ――はたと気づく。
「こいつ――潜るぞ!」
ぐら、と撃退士達が足場にしている甲羅が揺れる。同時に、甲羅の水際があたかも迫り上がるようにして急速に撃退士達へと押し寄せてきた。
「桜井さんっ」
「ええ、見ておりましてよ!」
付かず離れずの距離でボートの上から攻撃を行いながら観察していた諏訪の声に瑞穂が応え、ボートを一気に近付ける。
させじとしてか、サーヴァントは潜行しながら片側の二発分で砲撃。
「ぬっ――やらせはせんと言っている」
避け切れない二発を双方共にユリウスが受け止め、爆風を強く浴びながらも事なきを経て――ボートが接近に成功する。
「皆さんー!」
「にゃ! 皆逃げるにゃ!」
諏訪と宮子の声に応じて、全員が手際よくボートへと避難する。
「瑞穂さんに酷いことしたお返しにゃ!」
最後は宮子。割れかかったフジツボのひとつに止めの一撃を打ち込んでから、鬼道忍軍らしく軽やかに水面をひた走ってボートへと戻る。
しばしの後、水面を割って再び姿を現すサーヴァント。長くは潜行できないのだろう。それはもはや一時凌ぎにすらならないのは明白だった。
どんっ! と片側一門だけになってしまったフジツボが火を噴く。それを瑞穂の操るボートはあっさりと回避して、側面へと回り込みながら再び甲羅へと迫る。
●最後の跳躍
迫ってくるボートに対し、サーヴァントは推進旋回しながら何とか側面を取られまいとする。
片側の砲撃手が破壊されていることを自覚しているのだろう。その姿は、まるでボートから逃げるために足掻いているようにも見えた。
だが、速度はともかくとしても旋回力に勝るボートに、側面の取り合いで勝てるはずもない。
狩る者から狩られる者へとサーヴァントが確かに転落した瞬間だった。
「接近、今ですー!」
ボートが十分な距離に近づく。
再びにして、この戦いでの撃退士達の最後の跳躍が始まった。
「――待たせたな、これで終わりにしてやる!」
挑発的な台詞と共に、二度目の先陣を蓮也が担う。
跳んで着地しては甲羅の上を走り、サーヴァントの首元へ到達。迎え打たんと振り回される頭部を弾いて、そこからアウルの力が十二分に乗った一撃を加える。
「――行きますよ!」
「うんっ、これで――最後の一個!」
威織と彩香が息を合わせ、片側に残された最後のフジツボを攻撃する。
禍々しい金と焔に照らされた金。ふたつの金色の光が一撃と共に奔流となって注ぎ込まれ、交じり合っては破壊的な威力となってフジツボを粉砕する。
「片側フジツボ、全破壊ですー!」
「流石ですわね。近付きますわよ!」
「うむ、今度は私達の手番だ」
船がより近付いては、船上から諏訪とユリウスがスクロールの光球による弾幕を頭部に浴びせかける。
ダメージこそ高くはないが、側面から蓮也を支援する形だ。目と思しき箇所を狙って、蓮也に痛打が通る可能性を少しでも下げる。
「食らうにゃ、マジカル♪ソード!」
「はっ!」
宮子とレイラもここぞとばかりに首へと攻撃を集中する。
丸太のような太さの首。狙うにも、頭部攻撃による巻き添えを喰らう可能性がある危険な場所だ。
だが海上に露出している部分で、唯一甲殻に覆われていない部分でもある。
撃退士達の集中攻撃で、効果覿面、というほどではないものの、確実に打撃が蓄積していく。
そして――ついに断末魔の咆哮をひとつ上げると、サーヴァントはその長い首を海中に沈め、推進を停止した。
撃退士達の勝利により、無事にこの海域の封鎖は解除された。
主が朽ちても海上に浮かぶ岩山のような甲羅は、しばしの間、ここを通る船から観光の対象になったという。