●嵐の中の二人
――猛雨と豪風が吹き荒れている。
「……ねえ、ミル」
「なによ」
少年天使アリアスティルの呼び掛けに、少女天使ミルティヘイヤは短く応える。
ぐたっとした顔と、むすっとした顔で。
「一旦引き上げない?」
「嫌よ。まだ何程もしてないじゃない」
「そうだけどさ……」
「初任務がこんなので終わっていいわけがないでしょ。アリアももうちょっと気合入れなさいよ、気合」
二人の目の前では、白熊と白サーベルタイガーの二体のサーヴァントが手当たり次第の破壊活動に勤しんでいる。
ビルの壁を壊してみたり、窓を割ってみたり、街灯を叩き折ってみたり、街路樹をへし折ってみたり。
しかし状況が状況のせいで、二体のそんな行動に何かしらのリアクションを返すものは存在しない。
ただただ、猛雨と豪風が吹き荒れている。
「僕、実感がないのはどうにも苦手なんだ。ミルも知ってるでしょ」
「そんなんだからアリアは要領が悪いって言われるのよ。一人相撲でもなんでも、必要ならやるの」
「……一人相撲なんて言葉、よく知ってるね。確か人間の言葉でしょ?」
「煩い」
何故だか頬を少し赤らめて、ミルティヘイヤはぴしゃりと言う。
「今重要なのはそんなことじゃないでしょ。それよりも、まだ何も来ないってことは、ひょっとしたら気付いてないだけかも知れないわ。だから気付くまで――」
「あ。ミル、ちょっと」
「何よ」
「来た」
「へ?」
●天魔討伐(雨天決行)
「……あの。お取り込み中でしたでしょうか?」
佐藤 七佳(
ja0030)がそう尋ねると、二人の天使の内、少女の方の頬が赤く染まったのが少し離れた距離からでも目に取れた。
距離は二十メートルと少し。
合間には白熊と白サーベルタイガーのサーヴァントが並んで、撃退士達を威嚇している。
風雨で天使二人の声はやや聞き取り難かったものの、それでも耳の良い撃退士達には二人の会話はそれなりに聞こえていた。
奇襲から入って下手に機嫌を損ねても面倒であるし、かと言ってこの台風の中、会話が終わるまで待っているのも辛い。
そんな訳で軽く相談し、一声掛けてから――と考えていた矢先のことである。
「き、来たわね! というか、来たのなら来たって言いなさいよ!」
「っ、す、すみません」
がーっ! と恥ずかしいのを隠すように怒鳴る少女天使に、七佳は反射的に謝罪する。
援護射撃は、意外なことに少年天使の方から来た。
「ミル、わざわざ僕らを待っててくれたみたいなのにそれは無いと思うけど」
「そもそもアリアがもっとやる気を出してればあんなところ見られることも無かったでしょ!」
再び始まる、なんとも子供っぽい言い争い。
ひとつ息を吐き、柏木 丞(
ja3236)は口を挟む。
「――失礼。そのぐらいにしてもらっていいっすかね?」
「そうだぞ。こっちも暇でこんな天気の中、わざわざ来たわけじゃないんだ」
獅子堂虎鉄(
ja1375)もイライラとした様子を隠し切れずに文句を上げる。
「ほら、あんな小さい子にまで言われて」
「うっさい! ――こほん。そうよね、失礼したわ。あなた達も使命あってのことでしょうし、手短に行くわね」
赤い顔で少年天使をひとつ怒鳴りつけて、少女天使はひとつ咳払い。
ばさりと純白の翼を広げ、やたら格好つけてびしりと言う。
「私は天使がひとり、ミルティヘイヤ。人間よ、あなた達が誰に支配されるべきなのかを教えに来たわ」
「僕も同じく天使がひとり、アリアスティル。宜しくお願いしますよ、撃退士の皆さん」
天使二人は風雨の中で宣言するように、翼と合わせてやたら様になる左右対のポージングを取って毅然と名乗りを上げ。
対応するサーヴァントもそれぞれが吼えた。
「……ちょっといいですか?」
その様子を見て、雫(
ja1894)は小首を傾げながら口を開いた。
「何よ」
「何ですか?」
「……あの、先程急かしておいて、このような質問を投げかけるのは何なのですが」
僅かな空白。
「お二人は、恋人同士なのですか?」
●嵐の眼を抜く一矢
次の空白はちょっと長かった。
雫の質問に、ミルとアリアは目をぱちくりとして、お互いに見つめ合い。
「え、いや、ち、違うから! なんで私がこんなのと!」
「違う違う! いや、っていうかこんなのって酷いね!」
お互いに顔を赤くしながら全力否定。
その様相は、いわゆるひとつのお約束というやつであった。
「変な質問しないで頂戴! と、取り敢えず行くわよ! うん、さあ、行きなさい!」
ミルの号令に従い、待っていましたとばかりに白熊が吼える。
「まあ、恋人って言うよりは、幼馴染っていうか、腐れ縁というか。取り敢えず、僕も行きますよ!」
同様にアリアも号令を下し、白サーベルタイガーが吼える。
撃退士達はそんな二人の様子に、興味、呆れ、苦笑など、それぞれの反応を抱きつつも散開。
四人ずつに分かれ、それぞれに相対する。
一団の中で、最も早く動いたのは白サーベルタイガー。
「――行け!」
アリアの指令によって跳び掛かったその先は、後衛も明らかな由野宮 雅(
ja4909)の前。
風雨を透過によって無効化しての、制限されることのない跳躍は半瞬でも対応の遅れた牧野 一倫(
ja8516)を抜き、雅の眼前へ。
「く、由野宮! 行ったぞ!」
「ち――分かってる!」
襲いかかる爪。
瞬間的に黒椿 楓(
ja8601)が反応し、矢を放ったが、殺傷目的でないそれをサーベルタイガーはその身体で容易く受け止め、そのまま押し通ってくる。
雅は即座に得物であるコンポジットボウを消し、手元にパルチザンを顕現させる。
躱し切れない――そう判断した雅が取ったのは、カウンターによる返しの一撃。
凶悪な爪が肉に食い込むのを堪えながら、雅はその刃を繰り出す。
顎下から胴へと食い込んだ刃は、結果として追撃の牙を押し留め、離脱を可能にした。
「面倒だ、な!」
次の瞬間には二丁拳銃へと持ち替え。
風雨で鈍る離脱をカバーするように、弾丸の嵐をサーベルタイガーの鼻先に叩き込む。
これを回避しようとしてか、サーベルタイガーは身を捻って横に跳び――瞬間、その動きが格段に鈍った。
原因は、もう一方。
「さぁ来い――」
虎徹が向かって来る白熊に対し、アウルを漲らせながら阻霊符を発動。
瞬間、透過を阻害するフィールドが周囲に展開され――
「きゃっっ!?」
「うわっ!?」
ミルとアリアは勿論、サーヴァントの二匹も唐突に風雨の影響を受け、その行動が制限されたからだ。
結果、サーベルタイガーは威嚇程度だったはずの弾丸をまともに受け、たたらを踏んだ。
勿論、その瞬間の隙に七佳と楓は喰い付いていく。
「――はああぁっ!」
「今度は、逃がさない……」
すかさず側面に回り込み、アウルの輝きを盛大に迸らせての胴を抉るようなパイルバンカーの一撃と、この風雨の中でも正確無比に瞳を狙う一矢。
両方をまともに受け、獣の血飛沫が雨霧の中に消える。
反撃で飛んだ光の矢はいかにも苦し紛れで、七佳を掠めるだけに終わった。
大きく吹き飛んだサーベルタイガーは、それでも戦意を失わずに片目で撃退士達を睨む。
「今度は俺が相手だ、かかってこいよ」
次は行かせぬと、一倫も立ち塞がる。
喉を見せて指先で叩き、にやりと。
そのあからさまな挑発に、サーベルタイガーは吼えた。
●白熊より熊猫
「っ、ちょっ、の……! そこねっ!」
突然にして透過が無効化され、襲い掛かってきた風雨に対応したのはミル。
指先に光を溜め、虎徹を指さして解放。
瞬間、細くも鋭く眩い光条が薄暗い風雨の中を貫き、虎徹の所持していた阻霊符を撃ち抜いた。
「ぐっ……!?」
「虎徹先輩! 前!」
衝撃はなくとも痛烈な一撃に虎徹がたたらを踏んだ瞬間、白熊が来る。
丞の声を受け、虎徹はぎりぎりで防御態勢を再展開。
「これぐらいでっ……!」
構えた盾に、白熊の爪が弾かれる。
それでも今度は少なくはない衝撃を受け、身体を貫いた光線の痛みに虎徹の身体は流された。
すぐさま追撃が来る。
「させん」
すぐさま割って入ったのは、下妻笹緒(
ja0544)の指先。
直後、その背後に化現した風神雷神の屏風から放たれた雷撃が雨雫を焼き貫いて、虎徹がやられた一撃を返すように白熊の胸を打った。
カウンター気味に炸裂した雷光が、火花を散らして白熊を蹌踉めかせる。
「く……やるじゃない!」
白熊が受けたダメージを見て、ミルが素直に賞賛する。
「ジャイアントパンダであるからな。ただ白くてデカいだけのホッキョクグマとは違うのだよ」
風雨の中でも毅然と屹立して、白熊とミルを見返す笹緒。
二虎ならぬ二熊並び立つ光景に、背後で自然発生の稲妻が轟いた――ような気がした。
「ジャイアントパンダ、ですって?」
「うむ。クマ科最強にして最高は、ジャイアントパンダなのだ。それを、今から分からせてやろう」
笹緒は構え、次の術撃を繰り出す準備を開始する。
「そんな格好までして、面白いじゃない――行きなさい!」
ミルの指示に応じて白熊が吼え、突撃する。
当然、そのままでは行かせない。
「こっちもいるっすよ」
「させません――」
丞が四肢を狙って銃撃を加え、雫が横から強打を加える。
「く、まだまだ……! こっちだぞ、白熊!」
虎徹もまだまだ倒れてはいられないと、立ち上がっては割って入り、盾を構える。
白熊はそれら妨害を、その少なくはないはずのダメージを持ち前の体力で強引に無視し、虎徹の前で大音響の咆哮をひとつ――
「そうはさせんというに」
その瞬間を、再び笹緒の雷撃が焼き貫いた。
迸った衝撃と雷火に、咆哮が中断される。
ぐらりとふらついた身体に再び丞と雫、そして虎徹の攻撃が追撃として入る。
「今だ!」
虎徹の号令に合わせ、次々に突き刺さる火力。
焼かれたその一点に合わせ、アサルトライフルの三点射を叩き込む丞。
雫の振るう炎を模した巨剣が、その毛皮と肉の防御を刺し貫く。
そして虎徹が懐に飛び込み、紅の雷火迸るアウルの刃で持って、二連撃を叩き込んだ。
白熊の攻撃は、笹緒に届かない。
サーベルタイガーのような敏捷性もなければ、遠距離の攻撃手段も備えていない。
「案の定、近接攻撃手段しか有さないではないか。そこのトラすら射撃ができるというのに」
「く……!」
悔しげにミルが呻く中、悠々と笹緒は三度、術撃の準備を完了する。
現れた灯籠が、風雨の中で怪しく輝き――
「これが、その証明だ。持って行きたまえ」
轟! と迸った火焔が、白熊を風雨の中で赤く包んだ。
●決着
一方で、サーベルタイガーとの戦いも決着が付こうとしていた。
「お、っと」
その特徴的な牙の攻撃を受け止め、一倫は一歩を下がる。
ハンドガンによる牽制射撃を織り交ぜながらの防御に、サーヴァントは右へ左へと飛びながら、七佳と楓の攻撃を往なしつつ、隙を伺う。
「来ないのか? ご自慢の牙も相手に届かなけりゃ、ただの飾りだろ? そいつで喉笛を裂いてみろよ。ここをな」
笑って一倫は自らの喉を指し示す。
それを受け、サーヴァントは一度離れ――光の矢をばら撒いてからの、跳躍。
「ならば、その挑発――乗ってみましょう! 行け!」
アリアの指令に従い、サーベルタイガーは一倫をその巨体で組み伏せにかかる。
勿論、それを狙っていた一倫は、あえてそれを受け止め――
「今だ――行け!」
跳び付かれ、雨に濡れるアスファルトに組み倒されながらも放った声に、面々が動く。
「自然の脅威、再び思い知りなさい……」
先じたのは楓。
と言っても、彼女は武器を構えたわけではない――その身に付けている阻霊符を発動しただけだ。
何の予備動作もなく発動したその効果は、交戦の頭に虎徹が証明した通り。
サーベルタイガーが暴風に晒され、その行動に制限を受ける。
一倫に何度も何度も執拗に突き立てられようとしていた爪は、途中で止まり。
「今度はこっちから行くぞ」
雅のパルチザンが鋭い軌跡を描いて、その胴を薙ぎ。
「これで――!」
暴風を物ともせずに至近距離からアウルの波動を噴いて加速した七佳が、そのパイルバンカーを抉り込むように再び撃ち込んだ。
「っ、二度同じ手は……!」
アリアがすぐさま手を掲げ、その周囲に光の矢を生み出す。
勿論、虎徹の時同様に狙われるのは楓も想定の内。
すぐさま阻霊符の効果を切り、回避行動へと移る。
光の矢は光線となって飛翔し――
「っ……! こちらも、二度同じ手は受けない……」
――矢そのものは避けきれなかったものの、弾着がズレ、阻霊符の破壊を免れた。
「流石、ですね」
一瞬降り注いた雨粒を拭いつつ、アリアも素直に賞賛する。
サーベルタイガーはもはや死に体だ。
苦し紛れに爪を振り回すも、それはせいぜい七佳と一倫を掠めるぐらいのことしかない。
「これで、終わりだ」
止めと雅がパルチザンを振るう。
それでサーベルタイガーも狩られ、天使二人のサーヴァントは撃退士達に討ち取られた。
「……回復や、支援は、しないのですか?」
恐らくは出来るだろうに、と雫が問う。
それにはアリアが、さも平然と余裕を持って答えた。
「君達が出来るような感じではなかったから。君達を侮ってるわけじゃないですよ。その方が次にサーヴァントを作る時に、参考になるってだけのことです」
「結局は上から目線なんっすね」
「そう、ですか?」
丞の声に、アリアは首を傾げる。
本気でそんなつもりは無かった――そんな様子。
「ともかく――次はもっと天気のいい日に、もう少し勉強したサーヴァントを連れてきます。この天気では、あんまり示威活動になりませんから」
「ああ、そうしてくれ。そもそも来ないのが一番面倒がなくていいけどな」
「あはは、それはちょっと。僕達が決められることではないので」
「来るなら来るで空気を読むってことを覚えるべきだとおいらも思うぞ」
「善処しますよ」
雅と虎徹の声に朗らかな調子で答え、余裕を持ってアリアは下がる。
「それじゃあ、僕達も直接手出しはあんまりしたくないので、今日は僕達の負け、ということで失礼します。 ――ほら、ミル、行くよ?」
「うー…… ちょ、ちょっと待って!」
ミルはそう言って、先程から――自身の白熊サーヴァントが倒された時から、ある一点をじっと見つめていた。
それは、他でもない笹緒の姿。
たっぷり三秒ほど。
サーヴァントを倒された怨恨などではなく、純粋に挑戦の意を込めて、ミルはびしりと笹緒に指先を突きつけた。
「あなたの言葉、参考にさせてもらうわ。次は、こうはいかないんだからね!」
そう捨て台詞を残して、ミルはたたっと駆けて飛んでいく。
それをアリアも追い――こうして、台風の日に現れた天使の二人の襲撃は、最初の幕を閉じたのであった。