ここは苺農家。近くに来るだけで苺の香りが漂ってくる。
「苺のいい香りがすばらしいですわ! ……手早く終わらせてティータイムにしたいですわね」
苺はビニールハウスで作っているようだが、側に加工用の小さな工場があるのか、そこから漂ってくるようで、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は嬉しそうな顔をしている。
「そう、だな。存分に、手伝う、ぞ」
その隣では無表情ながらも言葉にやる気を見せる仄(
jb4785)。
「本日はよろしくお願いします」
撃退士を代表して矢野古代(
jb1679)が挨拶をする。その隣の矢野胡桃(
ja2617)は苺に視線が釘付けである。
「ああ、よろしく頼む」
この農家の代表らしき人が出迎えるが、難しい顔をしている。
「なんだい、あんた。仏頂顔で」
そんな少し不思議な様子に、背中を豪快に叩くおばちゃん。
「仏頂顔は前からだ。ただ不安なだけだよ」
「ですね、急いで農家の皆さんの不安を取り除かなくては、です!」
不安を和らげるために元気よく答える九十九折七夜(
jb8703)。そんな七夜に同意するような顔をしてるのは、八鳥羽釦(
jb8767)に百目鬼揺籠(
jb8361)。
「いいの、気にしないでね。どうせ昼間は出てこないから、それまではゆっくりと苺狩りをを楽しんでね」
「それじゃあ、お言葉に甘えますね」
そんな勢いのあるおばちゃんの言葉に答える宵真(
jb8674)。まずは皆で苺狩りを開始するのだった。
「ねえ、苺。どれくらい食べていいの?」
苺が大好物な胡桃は大粒に実っている苺を見て、満面の笑みを浮かべている。
「好きなだけたべなぁね」
そんな農家の皆さんまで笑顔にするような胡桃の笑顔に農家のおばちゃんたちは、どんどん食べてと勧めてくる。
「じゃあ、頂きます」
笑顔で目の前の苺を採り、それをぱくっと口に運ぶ。最初に優しい酸味が広がり、その直後に酸味を打ち消すように甘さが口一杯に広がる。
「美味しい!」
「そうかい、そうかい。それはよかった」
胡桃の口から思わず溢れる言葉におばちゃんも嬉しそうに笑います。そして次々に苺を口に運ぶ胡桃。
そんな胡桃を優しい顔で見つめるのは古代。娘の楽しそうに食べる姿を見ながら自分も苺を口に運ぶ。だが、どんどん、どんどんどんどん食べていく胡桃に、少し申し訳ない気持ちになる。
「モモ、農家の人が涙目なんだか……」
美味しそうに食べ続ける胡桃に注意しようとする古代。
「いいんですよ。あれだけ美味しく食べてもらえれば、作った私たちも嬉しいですよ」
その様子に農家のおばちゃんは涙目だけど、それは嬉し涙……ではなく、実は安心して少し気が抜けたあくびの涙。
「それにしても頼りになりそうな人が来てくれてよかったよ」
そう言って古代の両手を握るおばちゃん。他の人からも特に古代には農家の皆さんから『頼りにしていますよ』という視線が集まっている。撃退士の皆は知らないが、やはり泥棒とそれ以外の謎の化け物は不安だったようだ。
「任せて下さい」
その視線に答えるように頑張って丁寧に答える古代だった。
その隣では仄が綺麗に実った苺を……無表情で眺めていた。
そして満足するまでその深紅の宝石のような苺を眺めてから、一口ぱくり。口一杯に広がる甘さに満足気な……表情は無いが、それでも次々と口に運ぶ姿を見れば、気に入ったのは間違いない。
「うむ、苺、は、美味しいな。何と言っても、見た目が、良い」
そして目の前の苺を狩り終わると移動しながら満足そうに答える。
「よかった。練乳は使うかい?」
「苺、には、仄、は、何もつけずに、生でいく派、だ」
側にいたおばちゃんが仄に練乳を差し出すが、仄には不要の様子。
「そう、おばちゃんもそう思うよ。仄ちゃんと一緒だね」
なんとも人の良いおばちゃん。少し変わった口調であり無表情な仄を気に入ったのか、何かを世話を焼いている。
「そう、いえば、美味しいモノ、には、赤色、という事も、多い、な」
「そうね。春は苺にさくらんぼ、夏はスイカ、冬はリンゴ。本当ね、美味しい果物は赤いね」
そんな仄と、とても楽しそうに話をしているおばちゃんでした。
「真っ赤で、つやつやきらきらして、美味しそうなのです……!」
たくさんの苺に囲まれて一緒にほわぁぁな雰囲気になっているのは七夜。そして、一つ採って口に運ぶ。
「とっても甘酸っぱくて美味しいのですよっ。長様、揺籠兄様、羽釦兄様、七夜はこんな美味しい苺初めて食べましたです!」
そして幸せそうに食べる七夜。それを知人である宵真、揺籠、羽釦に全身を使って美味しさをアピールしている。
「そいつは良かった」
七夜の嬉しそうな姿に顔をほころばせる羽釦。そんな羽釦に揺籠が苺を差し出す。
「はい、釜サンあーん、ごふぅ!」
揺籠が悪ふざけで羽釦に、恋人にでもやるような事をするから、見えない速度の腹パンが盛大に炸裂した。
「まあ、大きな声を出して、揺籠兄様どうしました?」
次々と苺を食べながらも、揺籠が急に出した変な声に振り返る七夜。
「いえ、何でもないですよ。それよりも、九十九折サンあーん」
「はい、いただきます。うん、揺籠兄様に食べさせてもらえると、もっと美味しいです」
七夜は揺籠の『あーん』を笑顔で受け止め美味しそうに食べています。
「じゃあ、羽釦兄様、あーん」
そして今度は羽釦へ『あーん』のお返し。
「むぅ……いただきます」
一瞬躊躇する羽釦だが、諦めて食べる。その様子をにやにやと眺めている揺籠に再度腹パンが炸裂したが、笑顔で耐える揺籠だった。
そんな仲間たちを優しい顔で眺めていた宵真は……こっそりとビニールハウスを出るのだった。
そして、皆が美味しそうに苺狩りを楽しむ中で、みずほと宵真は周囲を警戒する。
「ありがとうございます」
そんなみずほに丁寧にお礼を言って、案内を引き受けたのは、みずほよりも一回り年上の若い女性。どうやら、この苺を加工販売する仕事をしているようだ。
「あのメレンゲとクリームは何をなさるのですか?」
みずほは事前にメレンゲとクリームを冷蔵庫に保管させてもらっていた。苺の加工品はやはりお菓子が多いからか、みずのの用意していたメレンゲに興味津々の様子。
「それは後でのお楽しみですわ」
二人で楽しくお菓子談義をしながら周囲を警戒する。そこでみずほが見たのは、みずほを見て少し安心する農家の皆さんの姿だった。
「旅館で留守番をしている同胞達への土産用に200個程度持ち帰りたいのですが……無理でしょうかねぇ」
一方宵真は、見回りの途中で代表と少し話をする機会があったので持ち帰りについて訪ねていた。
「いや、一人この袋に入るくらいは持ち帰れるんだけどねぇ」
さすがに200個は多いのか、困った顔をする代表。その袋はだいたい普通の大きさの苺が20個くらい入る量だろうか。
「後は出荷の分などもありますのでね」
仏頂面でそこまで言われると引き下がらずを得ない。宵真は諦める事にした。
そして、楽しい苺狩りも終わり、静かな夜が訪れていた。
「ひゃっはー! 苺はお持ち帰りだ!」
そんな深夜の静寂を引き裂くように現れたトラック。その荷台には……時代錯誤というべきなのだろうか、それともマンガの読みすぎだろうか、頭をスキンヘッドにした男たち6人が手には鎌、背には籠を背負い苺畑へ突進してくる。
「……馬鹿だろ」
あまりに唐突かつ無策無謀な突撃に呆れる羽釦。そのトラックが畑に到達する前に、響く銃声。そしてバーストするタイヤ。
「私の苺に手を出すなぁ!!」
胡桃のPDWSQを使用した狙撃。そんな胡桃に『いや、モモの苺でもないんだよ』という視線を向ける古代。
「なんだとぅ!」
盛大に横転するトラック。しかし、その荷台から飛び降りる強盗。そして鎌を構えるその姿は……ファンタジー世界に登場するゴブリンか何かにも見える。
「てめえらぁぁああぁああ!」
トラックのタイヤが狙撃された事を理解しているのか、罵声を響かせるスキンヘッッドの男。
「いや、お前たちは銃を持っている俺たちに鎌で戦うつもりなのか?」
一番に強盗団に接近した古代が思わず口を滑らす。
「うらぁあああぁああ!」
しかし、その言葉に耳を貸す事もなく、鎌を振り回し古代を攻撃する強盗。もちろん、素人の動きで当たる事もない。
「泥棒は、めっ! なのです!」
七夜の可愛らしい説得(?)は効果が無い模様。でも、それを見て複雑な表情をしている羽釦と揺籠。
銃声を聞いて走ってきたみずほは、あまりに人間に見えない風体に思わずアウルを込め拳を握る。
「それは、泥棒、なの」
そんなみずほの様子に気が付いたのか、仄が指摘する。みずほも気が付いたが、拳は止まらない。アウルだけ押さえ、そのままレバーに突き刺さる拳。
「ぉぅあぁ!」
突き刺さる拳に悲鳴すら上げられない泥棒。それでも暴徒のように暴れる泥棒。
「愚かですね」
そんな様子に呆れながら泥棒に視線を向ける揺籠。その揺籠の目を見た泥棒の動きが停止する。
「うわぁああ!」
その泥棒は揺籠から見せられた幻影で恐怖のあまり動けなくなり、次々に捕縛されたのだった。
そんな泥棒を捕縛する間、別の場所を監視していた宵真は……。
「おっと、これはどうするんだったかな?」
慣れない手つきで携帯電話を操作し首を傾げるする宵真。その間にどうやら泥棒は逮捕されたようで静かになる。
「まあ、戻ろうかね」
そして、合流する宵真であった。
そして、捕らえた泥棒に『話し合い』をするのは胡桃。その目の前には、大きな穴が開いている。
「モモ、暴れすぎ!」
「やだなぁ、だいじょうぶだいじょうぶ♪」
思わず古代が窘めるが、それを聞く様子はない。
「で? ごめんなさいは? はい、ご一緒に『胡桃さんの苺に手を出してごめんなさい』!」
「ほら、形だけだ! 形だけでも良いから言え、早く!」
そんな『物理的話し合い』は、すでに恐怖で失神している泥棒たちには聞こえなかった……。
そして、一度合流してから、泥棒の処罰を農家の皆さんに任せて、今度はディアボロの警戒に取りかかる。
「もし、そこの化物方……我ら妖の息の掛かりし、この地で、一体何をされておられるのですか?」
ディアボロを発見したのは宵真だった。すぐに皆に連絡を入れようとする。
「おっと、これは八鳥君さんにやってもらったから、このままでいいのでしたね」
泥棒の時には携帯電話の操作が分からなくて悩んでいた宵真だが、今回は携帯電話を羽釦にもう一度教わったから大丈夫。まあ、常時ハンズフリーで通話状態にしてあるだけだが……。
連絡の言葉としてはともかく、皆にディアボロ発見の報が伝わり、集合する。
「ウキキキッィ!」
猿のようなディアボロは、声も猿のようで愉快な声を響かせながら宵真に飛びかかる。
ディアボロの攻撃を迎え打つために数珠を構える宵真。だが、その前に銃声が響き、打ち落とされるディアボロ。そのまま地面に伏す。
「ディアボロ? よろしい、ならば撃退だ、です」
「ディアボロ? そうか、狩る!」
銃声と同時に現れたのは胡桃と古代。古代は包囲するように背後に周り射撃を行う。あっと言う間に囲まれたディアボロは慌てて逃げ出そうとする。しかし、そんなディアボロにダッシュで近づくのはみずほ。懐にもぐり込み、コンパクトな振りで拳を腹部に抉り込ませる。
「ウギィィ!」
さきほどまでの愉快な声ではなく、うめき声。そんな動きを止めたディアボロの体をよじ登り、大きく跳躍を試みる別のディアボロ。
「逃がしは、しない」
跳躍しようとした足がそのまま停止する。その足下には仄の描く結界。その姿は……生け贄にされる供物のようでもある。
「キキキキイイイィ!」
これで逃げられる恐れはないかと思ったその瞬間、倒れ伏していた最初の1体が起き上がりダッシュで逃げ出す。どうやら、やられたフリをしていたようだ。
「やぁ〜」
そんな姑息なディアボロに七夜の雷一閃が光る。気合いの声はちょっとおっとりなのは、昼間に苺を堪能したからだろうか。それで完全に動きを止めた訳ではないが、体が痺れうまく動けないディアボロ。さらに追い打ちにように放つ揺籠の遊戯『数多目結び』。これにより揺籠の幻影に捕らわれ動きを完全に止める。
そして、万が一に逃げ出された場合を想定して上空で待機していた羽釦が降りてきて、最後の掃討を行う。撃退士たちの完全勝利だった。
「本当にありがとうね」
泥棒とディアボロを退治して戻った撃退士たちを出迎えたのは……テーブルに隙間無く並べられた苺のデザートだった。
「今、お茶を入れるからちょっとだけ待ってね」
おばちゃんが皆をテーブルに座るように促す。
「お茶を用意しましたわよ」
お茶を持ってきたのはみずほ。お茶は彼女がいれた紅茶。さらに、グラスには綺麗な白と赤がざっくり混ざったグラス。イギリスの伝統菓子、イートン・メスだ。
「みなさん、召し上がれ」
「いただきます!」
そして皆で声をそろえて『いただきます』をしてから、豪華なデザートを食べ始める。
「これ、は、美味しい」
みずほの作ったイートン・メスを食べる仄。隣では七夜が苺パフェに苺山盛りのタルトを美味しそうにほうばっている。さらに隣では次々と目にも止まらぬ早さで食べているのは胡桃。それを優しい目で見つめる古代。山のように用意したデザートは次々に笑顔の中で皆の口の中へ消えていくのだった。
「おや、忘れ物だよ」
そして次の日……農場を去る撃退士たちに大きな大きな鞄を忘れ物だと持ってくるおばちゃん。
「いや、私たちではな……」
古代が忘れ物は無い事を確認するが……おばちゃんが、やたらに片目だけをつぶって合図している。
「おっと、そうですね。それは私の忘れ物ですね」
それを察した宵真が鞄を受け取る。そして、こっそりと中を見ると……少し形は悪いですが、それでも立派な苺。俗に言う『訳あり品』といったところだろうか。
「ありがとうございますね」
七夜が『何に』ありがとうか答えずにお礼を言う。たぶん、急いで規格外品を集めて来たのだろう。少し息が切れている。
「おおい、忘れも……っておい」
そんな話をしていると、農家の代表さんが同じように鞄を手に現れる。
「……まあ、いいか」
そこにいるおばちゃんを見て、独り言を呟いた後に、古代と仄とみずほに『忘れ物』の鞄を渡す。
「ありがとう!」
胡桃は古代の手から鞄を取り笑顔を見せる。
「ありがとう、ござい、ます」
無表情ながらも、嬉しそうな雰囲気を漂わせながら答える。
「ありがとうございますわ」
「みずほちゃんには美味しいお菓子もご馳走になったからな」
「何言ってんでい、忘れ物届けただけだろうがよ」
照れ隠しなのか、そっぽ向きながら無骨に答える代表。
「来年、良かったら来てくれよ」
だけど、最後には手を振り答える。その時だけ……笑顔を見せてくれた代表だった。