「いよいよ決戦やね……ゲートなんか絶対作らせへんで!」
葛葉アキラ(
jb7705)の大阪弁が響くこの島に三度撃退士たちが降り立った。
「勝ちたい戦いは久しぶりですかね」
「ゲート作成……阻止……頑張る……」
イアン・J・アルビス(
ja0084)も気合いの入った表情をし、雪月深白(
jb7181)はいつもののんびりな雰囲気だが、そんな中でも気合いが垣間見える。
そんな意気込みを語る撃退士たち。だからこそ、ちょっと提案を出したのは水無月沙羅(
ja0670)だった。
「先に腹ごしらえしませんか?」
そう言って、かなり豪華な重箱を取り出すのだった。
「そうだな。『腹が減っては戦は出来ぬ』って言うからな」
藤堂猛流(
jb7225)が笑顔でその提案を受け入れる。意気込むのもいいが、いままでの皆の努力の結果、多少の余裕がある。その時間を使って、戦いの前の腹ごしらえもいいと思ったのだ。
「すっごく美味しそうだよ」
「ニンジン……美味しそう」
白野小梅(
jb4012)は輝く栗きんとんに目がいき、雪月は菊の形にカットされたニンジンの煮物を見ている。
「では、わたくしはお茶を用意しますわね」
斉凛(
ja6571)はその様子を見て、お茶を用意する。ともかく、シママートで腹ごしらえする事になった。
「これは……鮑?」
目をきらきらさせながら、鮑の旨煮に手を伸ばす雪室チルル(
ja0220)。柔らかく煮た鮑は絶品だ。
「この卵焼き……美味しい」
雪月は煮物や伊達巻きがお気に入りのようだ。
「伊勢エビとは豪華ですね」
「それに美味い」
イアンと藤堂は豪勢に入っている伊勢エビを食べている。
「こちらもどうぞ」
さらに水無月は斉にも手伝ってもらって、粕汁に餅を入れた雑煮も準備していた。
「わ〜 ちょっと早いけどお正月みたいだね」
白野は、笑顔で煮物に伊達巻きにカマボコにと食べていく。
そんな次々に無くなっていく重箱を笑顔で眺める水無月。そして、雑煮もすべて綺麗に平らげる。
「ごちそう様でした!」
「お粗末様でした」
そして、声をそろえて水無月にごちそう様をする。
「よし、腹ごしらえも終わったし、行くか!」
「島民が帰れる居場所を作りに行きましょう 」
「おー!」
そして、藤堂と斉の掛け声で気合い十分で出発する撃退士たちだった。
「思った以上に険しいな」
山崎からの説明にあった山の頂上を目指す。そこには
、山崎以外の人間がほとんど立ち入る事のない場所だった。
「道って本当にすごいんだね」
白野は思わず呟く。本当に道の無い山や森を進むのは、本当に大変だ。枝を払い足を踏み込むと場所によっては集まった枯れ葉で足が深く入ってしまう。その下に水でも入っていると、靴に水が入ってしまう。
「ちょっと休憩にいたしましょうか」
予想以上の道に休憩を提案する斉。水筒から水を飲み、飴を配って小休止。
「それにしても、腹ごしらえは正解だったな」
藤堂が飴を口に入れながら呟く。
「ほんまやな、水無月ちゃんに感謝やな」
葛葉が同意するように答える。そして山の頂上を見ると……空に少し雲がかかっている。
「雨……降るかな?」
少し不安そうな声で雪月が呟くが、それは不幸にも現実になってしまうのだった。
「ここか……」
そして、山道を登りたどり着いた場所は……なんとも言葉に表しづらい場所だった。空気が澄んだ場所、落ち着く空間、パワースポットなどと呼ばれそうな場所であり、言葉に表せられる場所とはちょっと違う良さを感じるような場所だった。
「静かやな……」
思わず葛葉が呟く。その音が地面に吸い込まれそうなほどの静けさ。しかし、その静けさが次の瞬間に、まるでガラスが割れるように切り裂かれる。
「ここまで来たクマか!」
社の上から声がする。そこに目を向けると、そこには全身にローブを身に纏い、顔が見えないほど深くフードをかぶっている。さらに、その手にはクマのぬいぐるみを抱きしめている。
そして社の後ろから、ハードベアとイージーベアがゆっくりと回り込み現れる。
「……まずは、そこから降りろ」
そんな様子に、藤堂が静かに……だが、有無を言わせないような声で……勧告する。
この山の上で、これほどの息を飲むような、景色の中に静かに佇む社。その社を足蹴にするヴァニタスを藤堂は許せなかった。
「ひぃ!」
その静かな気迫に押されるように、小さく悲鳴を上げると、社の後ろに回って降りる。
「何だよ、怖いクマよ……」
そんな事をヴァニタスは小さく呟くが、それは撃退士たちには聞こえない。気迫に押されたままでは危険だと理解して、一度深呼吸して、ぬいぐるみのクマをしっかりと抱きしめてから社の前に現れる。
「貴様等だなクマな! ボクの可愛いクマちゃんをやっつけたの!」
深呼吸して、落ち着いたのか意気揚々と啖呵を切るヴァニタス。
「そんな事はどうでもいいのよ! ゲート作成はさせないんだから!」
そんな啖呵に啖呵で返す雪室。
「それに、顔を隠してるのは失礼だと思わないのですか」
そして挑発するように言葉を繋げるイアン。
「そうクマね。ならば、クマの顔をしっかり拝むクマ!」
そう言うと、ヴァニタスはフードを取る。そのフードの下から現れたのは……中性的な顔立ち、大きく綺麗な青の瞳に、シルバーブロンドの髪を後ろでピンクのリボンで括ったポンーテール、そして、頭部にはクマ耳のような装飾の付いたカチューシャ。
「これがクマの素顔クマ!」
それがヴァニタスの美少……少女? 少年? 少なくとも性別を確認出来る特徴は無い。喉仏は見えないし、ゆったりしたローブを着ているから、それ以外の特徴も見えない。外見年齢は12歳程度だから、なんとも言えない。まあ、ヴァニタスなのだが。
「……あ! クマが男だか女だか分からないって顔したクマ!」
「よく分かりましたね」
イアンはそんな表情をしたつもりはないが、せっかくなので答えておく。
「許さないクマ! やっつけてやるクマ!」
もはや最初の目的はどこへやら。激怒したというよりは、駄々をこねている子供の顔になり、攻撃を開始するのだった。
「良い感じにまとまってるわね! あたいの必殺技の良い的よ!」
「壁を減らす!」
雪室が放つ氷の砲撃と藤堂のショットガンの一撃が連続で叩き込まれる。
「ガガガァ!」
悲鳴を上げ倒れるベアたち。簡単に倒れる個体が多いから、この中にダミーベアが含まれていたのだろう。
白野は生き残っているイージーベアを狙い、1メートルを越えるやや大き目な竹箒を振り回し、同時に指笛を鳴らす。すると、竹箒から黒猫が現れる。
「みゃみゃ〜ん」
「にゃんにゃんごー」
その黒猫……いや、黒猫の幻影は白野のかけ声でイージーベアをやっつける。
「クママをやっつけるとは、なかなかやるクマね!」
そんな白野の攻撃を見て、やる気を出すヴァニタス。どうやら『クママ』というのがイージーベアの固有名詞のようだ。
「クママン出撃だクマ!」
そして、ヴァニタスはローブにクマのぬいぐるみを入れる、代わりに小さいクマのアクセサリーの付いたステッキを取り出し、それをタクトのように振り回す。すると、今度はクマの幻影が現れる。
「くまくまだ〜しゅ!」
一瞬、可愛らしいクマに見えたが、直後に……直立し背筋を伸ばすと、腕を激しく振りながらのアスリート走りで突撃してくる。
「くぅ!」
そのアスリート走りのクマはイアンに強烈なタックルを決めるが、それを盾でダメージを減らし耐えるイアン。同時に消滅するクマ。
「どうだクマ!」
「……たいした事はありませんね」
自信満々の攻撃に余裕の表情を作るイアン。自分に注意を向けるためにやせ我慢する……つもりだったが、実際に盾で防いだ事もあり、たいした事は無かった。
「むっき〜クマ!」
そしてムキになってイアンを狙いはじめるヴァニタスだった。
「じゃあね、ばいばい」
そんな問答の間に斉のアサルトライフルと葛葉の弓矢の援護射撃を受け、雪月がサンダーブレードを一閃する。同時に崩れ落ちるハードベア。そして、動きが緩慢になるイージーベア。
「クマママ!」
イージーベアが『クママ』でハードベアが『クマママ』のようだ。
「あれが『クマママ』なら、弱いのは『クマ』やか!」
思わずヴァニタスのひどいネーミンズセンスに突っ込みを入れてしまう葛葉。突っ込みを入れながらも、弱体化したイージーベアに矢を打ち込んで倒していく。
「ち、違うクマ! あれは『コクママ』クマよ!」
どちらにしても酷いネーミングセンスなのは間違い無いようだ。そんな突っ込みを受けながらも、再度ステッキを振り、直立歩行のクマを呼び出し突撃させる。
その攻撃に耐えながらも、ヴァニタスを牽制しながらイージーベアに攻撃を集めていく。
「そもそも、こんな辺鄙な島に何故ゲートを作るんだ?」
藤堂は、足に雷のアウルを纏い疾走しながらイージーベアーを攻撃しながらヴァニタスに問いかける。
「そ、そんなの教えないクマ!」
本当に教える気が無いのか、それとも深く考えていなかったのか、ともかく藤堂の問いには答える気はないようだった。
そして、最後のイージーベアが倒れたところで……ヴァニタスが、急に沈黙した……。
同時に、激しくなる戦いに水を指すように静かに雨が降ってくる。そんな雨は、戦いで暑くなった体を冷やしてくれる。
「時雨か……」
思わずイアンが呟く。時雨は秋から冬にかけて起こる、一時的な雨……。
「……ククク、ハハハハァッァァアアアア!」
そんな言葉を呟いた直後、ヴァニタスの態度が急変する。
「な、何んや!」
そんな急変した態度に呑まれないのうに、葛葉が大きな声を上げる。
「貴様等、この私の本当の力を知りたいらしいなぁ!!!」
そう叫ぶと同時に、その背には巨大は黒い翼が現れる。さらに、ヴァニタスの首もとに、まるで月の輪熊のような三日月の光が現れる。
同時に、咆哮を上げその背後には、巨大な熊のオーラが現れる。その熊は、さきほどまでの少しディフォルメされた物ではなく、食物連鎖の頂点として君臨する最強の肉食獣の姿。その姿に恐怖すら感じる。
「吹き飛べ!」
同時に口を開くと、そこから咆哮と同時に放たれる強力な火炎弾。イアンはそれをかろうじて盾で受けてダメージを減らす。その火炎弾の威力はさきほどまでの、威力とは桁違い。
「……それが貴方の本性ですか……ですが、その姿でやっと一人前でしょうか?」
だが、その一撃を受けてさらに挑発するイアン。
「おのれ!!!」
そのイアンの態度に怒り叫ぶ。そんな挑発に乗るヴァニタスの背後をアウルの風に包まれ速度を上げた雪月が忍刀を一閃する。さらに追い打ちをかけるように、白野の放つ鎌鼬がヴァニタスを捕らえる。
「人の意地を見せてあげますわ。堕ちなさい」
さらに、スカートを翻しながらアサルトライフルを構え、三連射を叩き込む。
「グハァァァアア!」
本来命中精度の低い三連射が幸運の女神が微笑んだのか、全弾命中する。だが、それでもヴァニタスは倒れない。
「おのれ、おのレ、オノレ!!」
叫び声が怒りにかすれる。ヴァニタスは両手を広げると同時に、巨大な熊の幻影を三つ同時に召喚し、それを撃退士全員を包み込むような巨大な炎の嵐を作り出す。
「集まれ!」
避けられないと分かると藤堂が大きな声を上げる。そして、イアン、雪室、藤堂が盾を構え防御の姿勢を作る。
「あたいは、あんたの炎になんて負けないんだから!」
雪室の気合いの入った声と同時に炎の嵐が撃退士全員を包み込む。
「……死んだか!」
次の瞬間に、炎の嵐から全員がいたるところに火傷を作りながらも、誰一人倒れる事なく現れる。
「たいしたことないですね」
かなり満身創痍ながらも、それを見せないように笑顔を見せるイアンに、気圧されるように後ずさりするヴァニタス。
「……くぅ!」
そして、羽を広げ逃げようとする。
「逃がすか!」
そんなヴァニタスに全身を使ってタックルを繰り出す藤堂。しかし、間一髪で避けられてしまう。
「ぜーったい、やっつけるもん!」
それを追いかけようと、背中に光の翼を形成する白野。
「白野ちゃん、もう大丈夫ですわ」
斉はそれを静かに制する。ヴァニタスもまだ余力は残している。8対1ならともかく、1対1では危険すぎる。
そしてヴァニタスは空を舞いながら叫ぶ。
「ボクの名前は、クルースニクス・マーヴァルティン! 覚えてろクマ!」
よく見ると、月の輪熊のような喉元の光も口調も戻っている。
そして、ヴァニタス……いや、クルースニクスは逃げていった。
「はぁ、疲れたぁ」
その背を見ながら、尻餅を付いて脱力する白野。そして、ポケットから持ってきたリンゴジュースを口に運ぶ
「ゲート……阻止……出来たの」
白野によりかかるように一緒に力が抜ける雪月。
そんな勝利を喜ぶ撃退士たちに、降っていた冷たい雨が……静かに止んだ……。
「何のために、人のいなくなった島に、ゲートを作ろうとしたのかしらね……」
「この場所を独り占めしたかったんじゃないの?」
斉の言葉に白野は直感的な返答をする。この静かで……そして落ち着く場所でリンゴジュースを飲みながら、そんな事を想う。
一瞬、そんな馬鹿な事を考えるのか……とも思うような答えだが、こんな場所を見ていると、馬鹿なことと一蹴する事でもない気がしてくる。
「ともかく、掃除しよか」
社の裏手にあった箒を持って着た葛葉は、掃除を開始する。
「そうですね。こんな場所を荒らして帰る訳にはいきません」
イアンも他の者も掃除を手伝う。
「わたくしは、お茶の用意をしますわ」
「そうですね」
斉と水無月は社の納屋を借りて、お茶を用意する。雨で濡れた体は冷えきっている。本来なら急いで下山したいところだが、戦いで散らかってしまったこの場所を放置しておけなかった。
「おわったよ〜」
「おお、寒いな」
「お疲れさま、お茶をどうぞ」
そして、掃除が終わり水無月と斉の用意したお茶を飲んでいると、急に大きな風が舞う。同時に周囲の枯れ葉がまるで撃退士たちに感謝するように舞踊る。
その直後、雲が晴れて太陽が顔を出す。そして広がる海と空。その光景に、思わず息を飲み言葉を失う。
その景色はヴァニタスが望んだ物かどうかは分からないが……少なくとも独り占めしていい物ではないだろう。そんな場所を守れた事を、静かに誇りに思う撃退士たちだった。