●狩人は静かに機会を待つ
「ベニシロさんは村に送る」
森へ入る道の途中、Rehni Nam(
ja5283)は徐に口を開く。
「ディアボロは倒す」
そして主装備の盾を持って両腕を交差させると、やや斜めがかった態勢で首を後ろに倒し、且つ朧げに前を向きながら姿勢を保つ。
「『両方』やらなくっちゃあならないっていうのが『撃退士』の辛いところですね」
まるで覚悟がどうとか言い出しそうな台詞を述べたところに、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はあっさりと訊いた。
「何やってんだ?」
「……最近読み返したので、つい」
そう言えば依頼形態も冒険だったなぁ。
そんな事をふと思い出していると、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)、ファーフナー(
jb7826)という二人の高身長の間から、紅城雛が恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。
「あの……」
「ん、どうしたの? 何か不安?」
竜胆が余裕を感じさせる微笑で返すと、雛は恥ずかしそうに伏し目で答えた。
「『ベニシロ』じゃなくて……『クジョウ』……なんです」
人名の読みはたまに意外な時が有る。
「あ、あの、私がちゃんと自己紹介してなかったのが悪いんで! 済みません! 済みません!」
因みに、下の名前は雛と書いて『ヒナ』ではなく『ヒイナ』と発音するそうだ。
口にしてしまえば案外判らないので、名前は本人も気にしていないが。
その後も何度か視線を送られた事にRehniは気付いただろうが、雛は目が合いそうになったところでさっと視線を逸らす。
紅城雛と言えば、以前おしるこ大会か何かでお互いに少し関わった気がする。
まぁ、その際も直接会話という会話はしていないので、彼女も「何処かで見た事あるな」くらいの自信しか無かったのだろう。
視線の先に困った雛は、目の前を見上げた。
「ルートは森の方面からですよね」
自分の前に並ぶ高身長の二人が、胸下辺りからの声に振り返る。
「あぁ、そうだ」
「紅城ちゃんと和紗を中心に、周りを僕達が囲って進むよ」
それってやっぱり……護衛?
「不満もあるかと思いますが」
Rehniの言葉に、樒 和紗(
jb6970)が続けた。
「陣形という程ではありませんが、各自の位置にも意味はあるものです」
雛の職業はアストラルヴァンガード。
その能力を最も活かせる位置に配備された、という事なのだろう。
飽くまで護衛では無く、戦闘の補助。
ど真ん中に位置するのも引け目を感じてしまうが、彼女もこれで撃退士。
能力の差から引け目を感じる事は有れど、不満に思う事は無い。
むしろ、役に立てるのならちょっぴり嬉しくもあった。
そんな雛に、Rehniは横目で振り返って声を掛ける。
「……普段は槍を使われるとの事ですが、銃や弓みたいな遠距離武器は使えますか?」
今回の敵の主力は遠距離武器。
雛の持つ槍では、流石に届きそうには無い。
だが、雛は首を横に振ってそれに答えた。
「いえ、私はこっちの方が使い慣れてますのでお気持ちだけで……それに」
ヒヒイロカネを取り出して苦笑する。
「……実力以上の魔具を持っても、身を滅ぼしそうなので」
「へぇ、真っ先に突っ込んで自滅するタイプかと思ったぜ」
薄く笑うラファルに、雛はむっとして見返した。
「私、自分の実力くらい解ってるつもりです」
「だと良いけどな」
こうして一行は、立ち位置を整えながら薄暗い森の中へと入って行く。
狩人の待ち受ける、静かな静かな森の中へと。
●
森の中はやや進みにくい、といったところだろうか。
これだけ大木が密集していれば死角の射線も多く出来る。
(「待ち伏せにうってつけの森ですね」)
雫(
ja1894)はそう考えながら大剣を既に抜き、奇襲に備え気配を探る。
「狙撃手が相手ねェ、どんな相手か楽しみだわァ……」
と雫と左右反対の位置で黒百合(
ja0422)も目を光らせ、警戒を怠らない。
彼女の場合だと、戦闘狂の血が自ずとそうさせているのかもしれないが。
「(近接戦闘もそれなに出来ると楽しめそうだわねェ♪)」
と思っているのがその証拠ではないだろうか。
「ところで、この先の村が目的地という話でござるが」
エイネ アクライア (
jb6014)が浮き出た木の根から跳び下りる。
現在透過の能力を使用しているものの、Rehniが阻霊符を発動させているのでそれも限定的なものだ。
「その村での依頼は何でござる?」
「それは……」
何やら答えにくそうにしているのを隣で悟ったか、返答の代わりに和紗が会話を保った。
「外からの者もですが、中の者も村の外へ出るのに危険だという事ですから」
別に、それが村の依頼と関係あるのでは、などといった返しではない。
「安心して通れるように力を尽くします」
間を持たせてくれた和紗に小さく礼を言い、また黙々と先を進む雛は足元の小枝に足を取られそうになり、ラファルに声を掛けられた。
「おい、大丈夫か? 足元ばっか見てると頭ぶつけるぜ。あぁ、いや」
と、含みを持たせた言い方で。
ぶつける程身長が無いとでも言いたいのか。
ふいっとラファルから顔を逸らす雛は、答える事もなく。
そのまま足元の根っこに引っ掛かって盛大に転んだ。
「いや、それは無いわ……」
頭上から振り掛かるラファルの言葉に震えながら。
「いやに静か……ですね」
静かな森に思わず、雛がそう口にした時。
ピクッと同時に何かに反応した和紗の視線が、ある一定の方角へ鋭く向けられた。
それと同じくらいに、ファーフナーも気付くだろう。
その場の地面だけ妙に草花が無い事、つまり踏み荒らされた形跡が窺える。
もし、これが奴らの領域に入った、という事なら。
和紗が無造作に和弓を構えて注意を促す。それは一瞬。
警戒を払った砂原や黒百合らが木の葉の擦れあう音を耳にした時だろうか。
それとも、和紗が目の端に矢尻を持つ手を捉えた時だろうか。
エイネが飾りの翼を顕現させ、ファーフナーも構えを取る。
それだけの動作をさせるくらいには、それまでがあまりに静かでそれはあまりに違和感を感じる物音であった。
雫が自身へ刻印を刻んだ、直後。
この中で最も先頭を行くRehniに突如、二本の矢が飛来した。
聴力に自身の有る竜胆ならその風切り音も聞こえたかもしれないが、流石に放たれてからでは反応が一手遅れてしまった。
だが、位置が幸いしたのか咄嗟に動かした盾が矢の一本の軌道を微かに逸らし、もう一本もRehniの頬を掠めて地面に突き刺さる。
毒、に痺れ……。
当たった瞬間には多少感じたかもしれないが、Rehniに取ってそんな異常など取るに足らないものなのかもしれない。
いつもと見劣りせぬ動作で一度盾を振り払うと、ラファルがその場を飛び退いたと同時、続け様に和紗が弓を引き絞る。
「前方、二体……ですか」
「紅城さんの位置から敵は見えましたか? 大凡の位置でも良いので教えて下さい」
「……角度から木の上、ですかね」
矢の来た方向から大まかな位置を予測した雫が銃を構えてそう呟くと、矢の着弾直後に和紗の和弓からアウルを纏う矢が放たれた。
「矢が通った道筋に遮蔽物は無く、射線の元には射手がいるはずです」
彼女の視線が捉えた相手の矢の軌跡と、ほぼ同じ射線を辿ってその矢は木の上部を豪快に削ぐ。
「命中です。一体見えました、正面左右……距離十五メートル」
「良いね」
飄々と返す竜胆は同じ方向に目を向け、雫の銃弾と共に鮮やかな炎で追撃を繰り出すと眼鏡を指で押し上げる。
「隠れんぼはお終いって事で」
その火花にも似た炎を突っ切り、即座に反撃を仕掛けた黒百合は、槍を突き立てた地面の下から空へ舞上る劫火を竜胆と同じ目標付近へ放った。
それと同じくして、弓のディアボロへ充分な戦力が回った事を確認したファーフナーは次の手に備え、エイネは磁場の利用で機動力の底上げを行う。
(「前方には二体……ですが」)
Rehniは矢が到達したと同時に探知を開始していた。
敵の姿は見えた。だが、二体だ。
それは生命探知にも掛かっている。
それ以外の物体……。
獣並みの知能を持った小動物なら、戦闘が始まれば本能的に逃げるはず。
ならば、足早に歩み寄るこの塊は。
「……右」
Rehniがそう呟いた途端、草陰から鎖鎌の刃が飛び出す。
前方に気を取られていた雛の反応が一瞬遅れ、槍を持つ態勢が崩れた。
「っと」
その胸元へ迫った鎌を竜胆が割り込んで打ち払う。
鎌の先には木の葉に隠れた黒い影。
その影は一瞬姿を現したかと思うと、鎌を引き戻してそのまま木の影に隠れようとする。
だが、そいつは一定間隔の距離で急に引っ張られるような感覚に襲われた。
鎌が、戻って来ない。
「受けて掴んでしまえば、直線にしかならないの気づいてた?」
鎌の鎖部分を絡めとった竜胆が、悪戯に微笑を浮かべている。
力比べは何度か試せば勝てそうだ。
その暇が有れば。
草を掻き分ける音がカサドルの耳に入る。
薄汚れた布切れの間から覗かせた眼光が、横に動いた。
迫ったのは暗がりに紛れた黒のスーツ。
白髪の下で、鈍く光る青い瞳が目前に迫っている。
鎌持ちのカサドルが振り向く前に、ファーフナーの右手が頭部を鷲掴みに、左手は胸部を捉え、帯電させた電撃を一気に放出させた。
続く炎の魔法にその場を離れざるを得なかった二体の弓持ちは、一旦木の上から跳び下りて木に隠れつつ場所を移し始める。
その時、毒弓持ちのカサドルが地面に着地した、その瞬間だ。
ヒュッと風を切る音と、旋風にも似た衝撃が毒持ちの身体を襲った。
気付いた後には自身の腹を貫いた風穴。
その背後に見えた金色の人物に、毒持ちは慄いた。
まるで、全く気付かなかった、とでも言うかのように。
風景と同化するラファルの光学迷彩。それは間違いなく伊達では無い。
「人間狩りは最も危険なゲームってな」
そこへ、木の壁を伝って雫が麻痺持ちの上から跳び下り、落ち葉を吹き飛ばしながら闘気を解放させる。
滑空するエイネもその場へ一気に到達、麻痺持ちへ雷の刀を振り下ろした。
先に敵の攻撃が来るかと思いきや、相手は慌てふためいている。
成程、どうやら至近距離には即座に対応出来ないらしい。
せめてとその場を離れた毒持ちの方に、和紗から飛んで来たのはアウルの塊。
だが、それがこびりついたように剥がれない。
マーキングされたカサドルへ接近したRehniは、具現化した短槍を突き立てそのまま後方へ押しやる。
よろめいた毒持ちが最後に足を付いた場所、そこが墓標となった。
大木を一気に駆け上がった雫が体重を乗せて飛び降りる。
その大剣の切っ先は、毒持ちの頭部から足元へと、深々と突き刺さって命を絶った。
「もう後は無いでござるよ」
麻痺持ちの身体を滑らかに掻き斬ったエイネは一旦上空へ移動。
攻撃が緩まった麻痺持ちは、次の手段を考えた。
近接はマズい。
ならば、ここは一度近くの木に身を隠し……。
幸いにして、大木は目の前。
そこへ逃れる……直前、その行動を同じ弓持ちとして予測した和紗の矢が頬を貫く。
「弓の扱いで負けるつもりはありません」
驚いたカサドルだが、そんな暇は無い。
最早拘束するまでもない、と悟ったラファルは、瞬時に刃を形成。
Rehniの光槍が斬り払った瞬間を突き、一気に詰め寄り、その刃を深々と突き刺した。
一瞬の静寂、後。
カサドルの身体が膨れ上がり、内部から爆発四散。
肉片を背に、ラファルはRehniへ向き直る。
「手向けの言葉でも言ってやれよ」
「アリーデヴェルチ……ってとこですかね」
戦闘はまだ終わってはいない。
竜胆との力比べに勝てないカサドルに、突然暴風のような衝撃が走る。
眼前に現れたのは黒百合の金眼。
「思ったより歯応えないのねェ……」
と、深々と貫く漆黒の槍。
半ば攻撃手段を封じられたカサドルは今やただの案山子でしかない。
ファーフナーの電撃の掌底が撃ち込まれ、竜胆が舞い上がらせた砂塵がカサドルを石に仕立て上げる。
その時か、いや、それ以前だったのだろう。
落ちていたのだ。ファーフナーの初撃から、既に。
竜胆の雷刃が石を裂きファーフナーの拳は石を砕く。
そして、頭上で大きく旋回させた黒百合の槍が、カサドルへと叩きつけられた。
石が崩壊していく……。
跡形も残さぬほどに。
●
「あ、怪我しちゃった。紅城ちゃんアスヴァンだよね、治して☆」
戦闘後、何処かわざとらしく竜胆は雛へ声を掛けた。
鎌を打ち払った、あの時か。
「あ、はい! えと、これならライトで良い……かな?」
癒しの光が竜胆の傷を癒す。
それを見ながら、雛はほう……と息を吐いた。
「どうかした?」
「いえ……私、あんまりお役に立てなかったな、と」
それでも、こうやって傷を癒す役目を担える事が出来た。
普段は雛はこういった事も頼まれないのだろう。
傷を癒しながら、彼女は何故か微笑する。
「何笑ってんだ。フェチか?」
「違います……!」
そうむくれつつも、雛は手を差し出した。
「……何?」
「怪我したなら見せて下さい」
それを聞いて、ラファルは大いに笑った。
「あの程度の奴らに俺様が? 冗談!」
ぽかん、と雛はしていたが、それでも彼女に対する気持ちは少し改まった。
矢張り、彼らは相応に実力の有る人達なのだ、と。
「紅城、こちらも頼む……俺ではないが」
雛を呼んだファーフナーがRehniの方に手を落とした。
その治癒にも駆けつけ、そこに和紗が歩み寄る。
「お疲れ様でした。……緊張して疲れたでしょう? どこか休憩出来ると良いのですが」
「有難う御座います。でも、これから依頼に向かいますので」
出来る限り笑って答えたつもりだが、引き攣っている。図星だったのだろう。
そう言えば、出立の際も随分と無表情だった。
笑顔が不得意なのだろうか。
そう言えば、とファーフナーは思い返す。
エイネも言っていたが、これだけ危険な森の先に在る村。
何かあるのだろうか?
黒百合が見る限り、森自体にはもう何も無さそうだが。
その事を改めて訊いてみると、あの時と同じ不服そうな顔に変わっていく。
言い難そうにしている雛に、雫はそっと告げた。
「ああ言った時は、お願いしますは要らずによろしくとか、一緒にがんばろうとかで良いと思いますよ」
雛は顔を真っ赤にしている。
自分では気づいていなかったのかもしれない。
そうして随分言葉を選んだ後に、雛はこう言った。
「あ、あの、もしかしたら……またお願いする事が……」
言い掛けて、雛は頭を大きく振る。
ここから先は自分の仕事だ。
だけど、もしこの先また力が足りなくなった、その時は……。
「……また、宜しく……!」
耐え切れずに「お願いします……」と小さく付け加えたのを皆は聞き逃さなかった。