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マスター:朱月コウ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/08/12


みんなの思い出



オープニング

●鼓動、心、何処へ
 彼は歩いていた。
 目的の場所が有った訳では無い。
 自分の中で考えを纏めるには、こうやって何も考えずに身体を動かしていた方が良く纏まる。昔からの癖だ。

『……歩き方を変えてみようと思う』

 その言葉を自身の中でずっと繰り返していた。
 前の戦いで見せられた、誰かの為の力の使い道。
 己の考えを改めるには充分な出来事だった……が、彼がそれを決断するには、もう一歩だけ進まなければいけない道があった。
 そしてそれが彼の決断を傾ける最大の要因でもあった。
 それは単純でいて基本的な、力の行使。

 思い出せばあれはどれ程前だっただろうか。
 今が高校生だから中学一年……いや、もう少し前だったか。
 生まれも育ちも田舎だった。
 田舎と言っても本当にドの付く田舎だ。
 交通機関もまともに無いし、駄菓子屋は在れどコンビニに行くまでにも一時間は掛かった。
 車は持っていない人の方が少なかったが、それでも道路に走るそれはあまり見た事が無い。
 母子家庭の葵は元々の性格が無口で、友達、どころか母親とすらロクに話をしない。
 それでも葵に不満は無かった。他の家庭を見て羨む気持ちは有れど、自分達をそこに置き換えていかに劣悪な毎日を過ごしていたかには、見て見ぬフリをしていた。
 そんな中で、彼、雁真葵は彼の中では幼少期から平凡の一歩上を行く平和な生活をしていた。

 異変が起こったのは……そうだ、小学校を卒業し、中学生になるまでの短い期間の中だった。
 最初に立ち込めたのは暗雲。そして巨大な影が真上を横切った。
 それが天魔だと気付いたのは近所の大人がそう叫んでいたからだ。
 そいつはどうにも邪悪で、理解に苦しむ形をしていて、それでいて何処か神々しかった。
 村が蹂躙されるまでに時間も掛からなかったと記憶する。
 怒号と悲鳴が飛び交う中で立ち尽くしていたのは、自分ではどうする事も出来ないというのを悟ってしまったからだろう。
 彼はどうしてこんな事をするのか理解が出来なかった。
 沸々とした怒りも込み上げて来たし、悲しみと恐れも同時に頭の中を支配した。
 その時だろうか。自身の身体が淡く発光したのは。
 天魔が自分に気を取られた。
 その天魔の向こう側に、母親の姿も見られた。
 こいつをどうにかしたいと思った訳じゃ無い。村を助けたいと言う気持ちも二の次に有る。
 ただ、親を見て思ったのは『助けに来てくれた』という少しばかりの安堵感。
 涙ながらに母親に向かおうと足を動かすのと、その母親の口が開いたのはほぼ同時であった。
「ねっ……狙うならその子にして!」
 母親であるはずの目は、葵の身体から発せられる淡い光を、そして彼自身をも恐怖していたのだ。
 葵は愕然とした。
 と同時に、自分と母親との関係がそこまでこじれていたんだという事実を改めて理解した。

 結局は、天魔は駆け付けた撃退士達によって処理されたらしい。
 らしいと言ってもあの状態……葵の目の前にいる天魔を撃退士達が倒したのだから、葵にとっては事後報告以外の何物でも無かった。
 葵自身は母親から直接突きつけられた言葉に、しばらくの間は茫然自失したままの状態だったと言う。
 気付いた時には彼は独りぼっちになっていた。
 母親があの戦闘の最中で帰らぬ人となってしまったのか、またはその後病気か何かで亡くしてしまったのかすら定かでは無い。
 ……いや、葵は解っている。
 彼は母親の記憶に対して無理矢理にでも蓋を閉ざしたのだ。
 そうしなければ、本当に潰れてしまいそうな程に恐怖していたから。


「(今更になって何を思い出しているんだ、俺は……)」
 葵は自身の過去から意識を取り戻し、一つ溜息を吐く。
 辺りは既に日が暮れかけている頃だ。
 そろそろ帰るか……という時に、一本道の目の前からこちらに走って来る影を見つけた。
 まだ若い女性だ。ランニング、という感じでは無く、纏っている衣服が汗で張り付いている。
 おまけに呼吸は全く整っておらず足がもつれかけている。
 短い距離を走ったのではないだろう。
「……何があった!?」
 女性が口を開くより早く、葵は声を掛けた。
「あぁ……! 息子……天魔、山の奥に……!」
「待て、落ち着いて話してくれ」
 そう言いつつ葵は今の三つのキーワードを頭の中で組み立てる。
「……天魔に息子を攫われ……山の中へ連れ去られた……?」
 女性は力無く頷く。
 その人から視線を外し、葵は遠くの山を見据える。
 確か、あの山奥には無人となった神社が在るはずだ。
「お願いします、息子を……!」
 訴えかける母親の言葉を前に、葵の中で『助けなければ』という思いと、何か『黒い疎外感』のような感情が交錯した。
 ……もし、俺も『普通』の子だったならば。
 あの時助けてくれたのだろうか?
「ここを少し戻れば町が在る。まずはそこで学園に……」
 言い掛けて、葵は言葉に詰まった。
 襲われた日のフラッシュバック。
 喉から震え上がって来る嗚咽感と頭痛が重なる。

 そうか、と彼はいつもより酷く寄せた眉根で思い当たった。
 この状況はトラウマなのだ。
 一人見放され、置き去りにされる恐怖。
 他の人間を見放してしまう恐怖。
 助けなければいけない。だが助けたらまた怖がられるのだろう。それは嫌だ。
 葵は今、母親であり、息子であった。
 思考と行動が矛盾してしまう。
 だが同時に、これはトラウマであり光である。葵はそう考えた。
「ここから、少し戻れば……町が在る。そこで助けを……求めると良いだろう」
「……あなた……は?」
「俺は……」
 この問題を解決しなきゃあいけない。
 ここで息子を助けなければ、『新たな光は訪れない』……!


 遠く離れた学園で、電話を取ったのはオペレータの一人だった。
「救助の依頼が入った。天魔に息子を攫われたようだ」
 やや早口になっているが、それだけ急を要するのだろうか。
「五歳になる子供のようだ。山の中に在る神社に連れ去られたみたいだな」
 そこで撃退士達の中から質問が挙がる。
 場所の特定が早いが、親が見ていたのか? と。
「いや、連絡を入れた母親は途中で引き返したそうだ。この情報は偶然通りかかった通行人が証言した」
 オペレータは資料に目をやり、再度撃退士達に視線を向ける。
「……雁真葵、だ。母親と入れ違いで連絡を入れて来た。現場のすぐ近くに居るようで、詳しい情報を伝えてくれている」
 だがな……とオペレータは息を吐いた。
「どうも様子がおかしかった。『神社で子供と天魔らしきモノを確認した。ここから先は、少し無茶をする』と言い残して切れたしな……
 見つけ次第突っ込むなんて馬鹿な真似はしないだろうが……正直不安過ぎる。天魔が易々と発見されるというのも引っ掛かる」
 冷静さを欠いた行動は危険な事だと知っている筈だ、が。
「アイツの声には執念のようなものを感じた。こりゃ、ちょっとやそっとじゃあ引き下がらないぞ」
 もし助けに入るなら、説明を続けよう。
 そう言って、オペレータも冷静に、かつ迅速に話を続けた。

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リプレイ本文

●惑い消えるか、問うは己
 森の中へ、七つの影が立ち入った。
 それらは各々が持つ、限界近くの速さで急行する。
 決して状態の良いとは言えない足場も意に介さず移動する、その上では葉を揺らして木々を縫う一つの影が有った。
 下を行く仲間達と自身の真横を羽ばたいた藍那湊(jc0170)を前に一度動きを止め、両目にアウルを集中させる。
 確認するは二か所。
「(やれやれ……この間の事といい、葵さんはほんと無茶をするさねぇ)」
 九十九(ja1149)は一つ息を吐き、集中を切ると先行する仲間達を追ってその背に声を掛けた。
「十三時の方向」
 ふわりと風を纏わせた苑邑花月(ja0830)の頭上に姿の無い声が降りかかる。
「まだ……そこ、に……待機、しているのですか?」
「機会が有ればいつでも動き出しそうさね。ギリギリ、ってとこかねぃ」
 その様子を尻目に、チョコーレ・イトゥ(jb2736)も足を止める事無く彼らに言う。
「間に合うなら問題無い。急ぐぞ」

 葵は、彼らの少し先でジッと機会をうかがっていた。
 ただ突っ込むだけでは、自殺行為なのは明らか。
 かと言って、このままでは子供の体力も限界……。
 一か、八か。
 痺れを切らし、足に力を込めた葵の背後で草を掻き分ける音が鳴り、そちらを振り向く。
「見つけたぜ」
 最初に誰よりも早く彼を視界に収めたのは、ラファル A ユーティライネン(jb4620)の碧眼。
 次いで小さく照らされた光を前に不知火あけび(jc1857)、やや間を置いて蓮城 真緋呂(jb6120)を含む後続組が現れる。
 冷やりとした空気が降ったかと思うと、頭上から蒼い翼が舞い降りた。
 その中に見知った顔が何人か居る事を確認し、葵は彼らが撃退士である事を悟った。
 悟った、が。葵はもう決心したかのように一層顔を険しくする。
「俺は助けに行く……これ以上、迷っている時間は無い」
「待って!」
 言葉の終わりに、あけびの声が被さった。
「もしかしたら、これまでは運が良かったのかもしれない。奇跡的に軽傷で済んだのかもしれない。でも、今回もそう上手くいくとは限らない」
 そう前置きして、一歩寄る。
「天魔退治は危険です」
「理解している……つもりだ」
「それでも、行く気ですか?」
「行かなければ救えない!」
 珍しく、葵の語気が強まった。
 一瞬の後、済まんと小声で謝ると、口元を覆うように手を当て背を向ける。
「何を……焦っているの?」
 真緋呂が葵の背中に問い掛ける。
 彼はぎこちなく手を外すと、震えた息を吐く。言うか、躊躇った様子に見えた。
「……被るんだ……」
 突然の呟きに、返答をした者は居ない。
 だが、焦った行動を起こした事、それを踏みとどまらせてくれた事に己が気付き、未熟な精神をさらけ出そうとしているのは理解出来た。
「天魔に襲われ……親とも引き離され……孤独を感じてるだろう子供が……昔の、俺と被るんだ」
 ポツリ、ポツリと口から漏れる。
「この状況はトラウマで……俺が進む道の、壁だ……無茶でも何でも、乗り越えなければ、きっとまた迷い続ける……」

 数分、経っただろうか。
 切っ掛けが有った訳では無い。真緋呂の声が問い掛けた。
「無茶をするにも手は多い方が良いでしょ?」
 俯いた葵の顔が上がる。
「一緒に行きましょう」
 真緋呂が微笑む。
 それに加えるように、湊も口を開いた。
「被害を大きくしない為にできることは、突っ込む事だけじゃないんです。僕らもいます。一緒に協力して、捕まってるコを助けましょう」
「……止めないのか」
「貴方にとって必要なことなんですよね?」
 返答の代わりにあけびは問うた。
 良く素性も知らない、こんな男の意見を尊重しようというのか。
 葵は穏やかに息を吐く。
 皆が立ち直らせた男の瞳は、決心の灯が宿っていた。
「(……雁真葵)」
 その瞳に、チョコーレはふと気付く。
「(あぁ、どこかできいたような名前だと思っていたが、コイツだったか)」
 あの倉庫街で見た立ち向かう瞳が、目の前の彼と重なった。
「歩き方、は……定まった、のですか?」
 花月の言葉に、葵は頷いた。
「さて、あんまりのんびりもしてられないさねぇ」
 九十九の忠告に、光纏と阻霊符の発動を済ませたチョコーレも頷く。
「事情は後回しだ。まずはディアボロを倒す……話はそれからで良いだろう」
 現在の情報と大まかな作戦が話し合われる。
 作戦の開始に動こうとする葵を、再び真緋呂が呼び止めた。
「で、どれがいい?」


 木々から二つの翼が飛び出す。
「(敵の周囲にみられるのは、ガスか!? なんにせよ、下手に接触しないにかぎるな)」
 翼を持つ一人、チョコ―レは高度を保ちつつ、状況をうかがう。
 同じくもう一人、湊もそれを確認すると、一旦高度を下げた。
「敵は神社の中心に陣取ってます。その後ろに子供……敵の能力で捕らわれてますね。回り込めば、何とかいけるかも」
「りょーかい」
 報告を受けたラファルは、草陰から実際に覗き見、唸るように言った。
「久々にまともそうな天魔じゃねーか、最近の意味不明な奴らに比べれば格段に敵っぽい」
 その隣の茂みでも、身を隠す四人の姿。
「天魔と子供の距離は開いてる。けど、まだ巻き添えになるかもしれないわね」
 藍から緋色へと変わった真緋呂の瞳が状況を捉え、淡々とした口調で語る。
「引き、離すんです……ね」
「蓮城さん、合図をお願い出来るかねぃ?」
「分かったわ。九十九さん、カウント3で九時の方向。三、二……」
 隣に居るあけびと、ラファルの視線が合う。
「一……」
 彼女が頷いたのが、開始の合図になった。
「行くよ、ラル!」
「応」
 ラファルの姿が辺りと同化する。
 草陰が動いた。
 その様子をディアボロ、虹蜥蜴は見逃さない。
 目の前に躍り出たのは、眩い光の羽を持った紫の花弁舞う少女。
 毒の散布を停止させた虹蜥蜴に、彼女は堂々と名乗り出た。
「さぁ、手合わせ願おうか!」


 虹蜥蜴が薄くなった毒のガスを抜けて接近し、鞭の様な舌をあけびへと伸ばす。
 目の前の不審な侵入者に対象を移したのだ。
 予想よりも速い刺突だったが、あけびは前方へ飛んで回避する。より注目されるためにも後ろへは退かない。
 虹蜥蜴が接近した事により、子供との空いた隙間から真緋呂が光の波を放つ。
 その衝撃に虹蜥蜴の肉が波打ち、更に子供から離れた位置に飛ばされる。
 続けざまに草陰から無数の矢が飛来し、虹蜥蜴へと突き刺さり、その間を縫って湊が駆けた。
 体勢を立て直そうと起き上がる虹蜥蜴。そこへ、チョコ―レの金属の糸が絡みつき、肉を削いだ。
 上にも居るのか……!
 いや、そんな場合では無い。
 何故なら、花月の放った風の渦がもう目の前まで来ているのだから。
 激しい風圧と土埃に飲み込まれ、虹蜥蜴が大きく転倒した。
 愛らしくも、悲し気な瞳が暴風の結末を見届ける。
 風が止んだ直後に、虹蜥蜴の背後で何かが空を切った。
 完全な意表。死角も死角。
 見落としてしまったのは、目の前の侍が派手に立ち回ったからこそか。
 『気付けば血が噴き出していた』。ただ、それだけしか理解出来なかった。
「腕がなるぜー。さくっと片づけて飯にしようぜ」
 何処からともなく軽口が響く。
 長い金色の髪と左目下の星のマーキングが一瞬空気に映り、また薄らいでいく。
 ラファルが虹蜥蜴を奇襲したとほぼ同時に、あけびは自分の身体に刻印を刻む。
 その二人の隙を突き、虹蜥蜴は僅かながらの余力で息を吸い込むと、辺りに紫色のガスを蔓延させた。
 耐性を高めたあけびはその毒ガスを振り払うが、ラファルの体内にそれが侵入してしまう。
 更に大口を開けようとした虹蜥蜴に、上空から再びチョコ―レの金属糸が降りかかった。
 子供達との間に立ち塞がった花月達からも、攻撃の手が緩む事は無い。
 冷気を纏った花月の突風に、真緋呂の光の波動が合わさり、虹蜥蜴はまたもその場から大きく吹き飛ばされた。

「上手く陽動出来たみたいですね」
 花月と真緋呂の背後で湊が言う。
 話し掛けたのは其処に到達したであろう、矢を放ち、気配を絶った狩人へ対してだ。
 もっとも、その出で立ちと行動は暗殺者を彷彿させるが。
「あれだけ派手にやってくれたら、こっちも楽さぁね」
 その後ろで、大回りして来た葵も目の前の子供を見て、次に手元のヒヒイロカネをちらりと見た。
 開始直前に、真緋呂から言われた言葉が脳裏を過る。
「戦いたいのではなく、護りたいのでしょう?」
 そう言って差し出されたのは、彼らが魔具や魔装と呼んでいる武具。
「護る為の戦い……私もそうだもの。攻めて護るか、受けて護るか、それは貴方が選ぶ道だわ」
 似た者、と言うのは失礼かもしれないが、きっと彼女も同じように天魔に襲われた経験を持っているのかもしれない。
 今、彼の手にはその内の一つである剣と、ラファルの盾が収められている。
「トラウマがあるって話だけれどそいつは自分で何とかしな」
 続けて思い返されたのはラファルから言われた言葉。
 『護る』為に『斬る』。
 それは彼自身が選んだ、彼なりの答えだった。
「この刃、殺傷力は無いんですって」
 湊の声に、葵は現実に引き戻される。
 彼は携帯品から剣を取り出すと、葵に見せるようにして子供を束縛する粘着物へ突き立てる。
「でも覚醒者が使うと……」
 煌めく刃が束縛していたものを切り裂く。
「ほら、切れる。こういう力は使い方次第なんですよね、きっと」
 解放された子供は、かなり衰弱している様子だった。
 動く事は出来ない。だが、息は有る。
「(助けられた……)」
 湊が翼と入れ替えた能力でその子供へ氷の粒を纏わせるのを見て、葵は安堵し、膝をついた。

 彼らが子供の元へ辿り着いたと同時に、攻撃班も更に苛烈に動く。
 ラファルが対毒浄化の活性を高めると、自身を侵す不純物を消化。
 直後に一閃を駆け抜けるあけびの雷遁と虹蜥蜴の舌が交錯する。
 あけびは傷跡を気にせず反転、入れ違いに真緋呂が敵へ斬り結び、九十九が装備を入れ替えるとチョコ―レの糸が虹蜥蜴の身体と影を縫い留める。
 花月は瞬間移動を試みようとしたが、活性化させるよりも移動した方が早く、またあけびとチョコ―レの攻撃で動きの鈍った敵の死角へは充分回り込めると判断、その場を離れた。
 真緋呂があけびの傷へ活性の光を送り込み、傷口の再生と共にあけびは虹蜥蜴へ間合いを詰める。
「その口、邪魔だね?」
 高速で振り下ろされた一撃。
 虹蜥蜴の上顎から血が噴き出す。その飛沫の一つ一つまでもが赤い瞳に鮮明に映る。
 ……いける。
 振り下ろした曲刀を持つ手首を即座に返し、あけびは続けて下顎を穿つ。
 急接近した花月がその口内へ手を突っ込み、今度は内部から激しい風を巻き起こす。
 その頭上に影が落ちた。
 花月も、あけびも、攻撃を加えていたチョコ―レもその場を素早く退く。
 途端、空中から刃が虹蜥蜴の中心に突き立てられた。
 金色の髪が舞い上がり、刃と共にしなやか、且つ機械的な身体が蜥蜴の身体に乗る。
「塵も残さねー」
 ラファル自身もそこから飛び退いた。
 時間にして数秒。体感にして一瞬。
 虹蜥蜴の身体が膨らんだかと思うと、体内へ送り込まれた攻撃が身体を爆裂させた。
 血か肉か分からなくなった蜥蜴のそれが、神社一帯を覆う。

 無人の静けさを、辺りの空気が取り戻していた。 
 


「怪我はないか? お前の情報で、ディアボロを迅速に倒す事ができた。礼を言っておこう」
 対象が絶命したのを確認し、降下したチョコ―レは葵へ向かった。
「問題無い……それより、こちらこそ礼を言わなければならない」
 ラファルへ借りていた盾を返し、葵はふと視線を落とす。
 山の麓で、花月の手配していた救急車の音が聞こえる。
「しかし、お前はトラブルに巻き込まれやすい性質なのだな。もしくは、自分から首を突っ込んでいるのかもしれんが」
「……お前達が来なければ、今頃死んでいただろうな」
「全くさぁね。V兵器も持たず、撃退士としての経験も持たず……無茶を通り越して無謀さねぇ」
 チョコ―レから九十九の追撃に、葵は具合悪そうに言葉を詰まらせる。
 何だか、以前に比べて少しだけ、表情が増してきたような気がした。
「それじゃ例え撃退士になったとしても、命を投げ捨てに行くようなもんさねぃ……」
 言いつつ、九十九は紙片を葵に差し出す。
 自身の幼き頃の、親と引き離された経験。それだからこそ、葵の行動は理解出来るし、その行動に怒りを感じる事が出来るのかもしれない。
 紙片に書かれた連絡先を葵が受け取る後ろで「あれがツンデレ?」と「痛いよラル!」という同じ声が聞こえた気がしたが、葵は気にせず「頼りにさせて貰う」と紙を受け取った。
 その横では「もう怖くないよ」と放心している子供へ真緋呂が飴細工といちごオレを差し出し、頭を撫でている。
 そうして背中を向けて立ち上がると、真緋呂はおもむろに言う。
「……私は全てを喪ってから、この力を得た。だから気持ちが分かるとは言えない」
 葵へ振り向き、真っ直ぐに目を合わせる。
「雁真さんが無茶しようとした理由、良ければ教えて?」
 葵は視線を外し、ゆっくりと返答した。
「分かった……だが少し長くなる。落ち着ける場所で……話したい」
 その言葉に、あけびが提案した。
「もう学園に来ちゃいましょうよ。楽しいし強くなれますよ!」
「そうだな……俺も丁度、そこへ用が出来た」
 なら、と真緋呂は微笑んで手を差し出す。
「一緒に行こう?」
「……あぁ」
 性格からか彼女の手を取る事はせず、迷った彼の手は代わりに借りていた剣を返す。
 神社を出る途中、湊が彼の隣に立った。
「人を助けると……自分も救われた気持ちになります」
 子供を背に、葵は湊の方を向きその言葉に耳を傾ける。
「戦うための力だと思っていたから……それだけじゃないって」
 そしてやはり、黙って目を伏せた。
「有難う」と何故か彼から、そんな言葉を聞いた気がする。
「(哀しい眼差し……)」
 葵の表情を見た花月は、ふとそんな感情を抱いた。
 拭いきれていない何かが、まだ彼の中に残っているのかもしれない。
「貴方の選択……が、貴方の未来……の、光となります……ように」

 花月の言葉を背中に受け、皆山を降りる。
 日は落ちていたが、光明が彼らを照らしていた。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 万里を翔る音色・九十九(ja1149)
 あなたへの絆・蓮城 真緋呂(jb6120)
 明ける陽の花・不知火あけび(jc1857)
重体: −
面白かった!:8人

鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
chevalier de chocolat・
チョコーレ・イトゥ(jb2736)

卒業 男 鬼道忍軍
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍