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マスター:朱月コウ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/01


みんなの思い出



オープニング

●災難は命の結尾となるか
 一年と数か月前に久遠ヶ原学園を訪れた男を覚えているだろうか。
 無愛想な表情。切れ長の吊目は髪と同じく茶色で、その髪は肩まで伸びている。
 中性的な顔の輪郭と細身の体型がややその事を緩和させているが、一目見て抱く感想は『近寄り難い』だろう。
 男が学園に来た理由はアウルの能力に目覚め、その力を使うべき場所を探していた為。
 その青年、雁真葵(カリマ・アオイ)は今日も一人、誰も居ない家に帰宅する途中だった。

 あれから一年程経ったが、結局久遠ヶ原学園の生徒には未だなっていない。
 決してあの時の学園案内が無駄だった訳では無い、という事だけは断言して置こう。
 あの時を経て尚、青年は心の中で苦悶していたのだ。
 本当に学生にならなければ生きていけないのか?
 本当はこの力を理解してくれる場所に行きたいだけではないのか?
 意固地になりつつある、と自分でも解ってはいるものの、そんな葛藤が葵の足を踏みとどまらせていたのだ。

 そんな事を考えながら歩く帰路は実に短いものであった。
 葵が住んでいるのはこの辺りではそれほどでも無いが、それでも立派なマンションだ。
 収入は自分で稼いでいる。と言うより、まず仕送りをしてくれる親などいない。
(「……嫌な事を思い出した」)
 葵は表情を崩さずに思う。
 別にもういない奴らの事は良い。
 目を閉じ、オートロック式の玄関の前で数秒立ち尽くす。
「……ん……うぇーん……」
 不意に、右耳に子供の泣き声が聞こえた。男の声だ。
「……どうかしたのか?」
 葵が尋ねる。寡黙だが、全くの無口という訳でも無い。
 子供は葵のキツイ表情にまた顔を歪ませながらも、たどたどしく理由を語った。
「ミャーが……ミャーがね、居たの。お母さん信じてくれなくて……」
 ……どうにも要領を掴めない。
 落ち着いて再度話を聞いてみると、やっと輪郭が見えて来た。
 この少年には、飼っていた猫が居たらしい……事故で亡くしたそうだが。
 ところが先日、街外れに在る倉庫街でその姿を見たと言うのだ。
 その事を母親に言ったが当然信じて貰えず、言い張った挙句怒らせて今に至る、という事だ。
「絶対ミャーだったもん……僕、行って確かめて来るもん……」
 恐らく『ミャー』というのがその猫の名前だったのだろう。
 これが同年代の者であれば「そうか。知らんがそうだと良いな」と適当に返して終わっていた。
 しかし、葵はそれを飲み込んで制止を掛ける。
「待て。あそこは危ない……俺が行こう」
 思えば、その少年には見覚えが有った。
 同じマンションの同じ階に住む少年だ。母親と買い物に行く様子をたまに見かける。
「家で待っていてくれ」
 そう言った葵は一度自宅へ向けた足を踏み直し、少年に背を向けた。

 倉庫街へ着いたのは夜になった。
 元々ここは人気が少なく、少年一人で彷徨うのには危険すぎる。
 加えて、最近ここは奇妙な物音がする、と住民から遠ざけられている場所なのだ。
 その一角に踏み込み、葵はフと顔を上げた。
 今、倉庫の窓を何かが横切ったな……。
 良くは見ていなかった。何かの光が差し込んだと言われればそれまでだが。
 その倉庫に向かい、施錠もされていない簡易的に掛けられた閂を外した。
 少々気が引けるが、今は誰も使っていない倉庫だ。
 雑草が自由気ままに伸びた土を超え、重たげな扉を開く。

 葵が感じたのは、まず眩暈だった。
 何が起きたのか、自分でも理解する事が出来ずに足元がふらつく。
 自分の中を探られたような、気味の悪い悪寒。
 そこに居たのは、鳥だった。
 いや、鳥と表現して良いものだろうか。
 そう見えるのはおおよそ翼の部分だけであり、身体の大体が醜い獣のような見た目をしている。
 背には二本の棘、頭には一本の角が生えており、その前身は石像の様にゴツゴツと角ばっていた。
 しかし、見た目に反して滑らかに動くその獣は、木箱の上に乗ったまま翼を広げると奇怪な音を発してくる。
 それが倉庫の中に響く度、葵は目に見えぬ力に頭を割られそうになる。
 そして、その隣にそいつは居た。
「……何が猫だ」
 誰にともなく葵は呟く。
 額から落ちた汗が頬を伝った。

 目の前に居たのは、虎に近く、隣の石像より一回りも二回りも大きな四足歩行の何かであった。


 葵は直感で確信した。
 こいつらは、学園でも聞いた天魔なのだと。
 このまま逃げ、学園に連絡するのが得策か……。
 しかし同時にある事を思う。
 今、恐らく狙いを付けられた。このまま逃げれば街に開放してしまう事になるのではないか?
 瞬時に思考を切り替え、葵は崩れかけた足に力を入れる。
 街にこいつらを連れていく訳にはいかない。
 撃退士達が来るまで……俺が囮になろう。
 と、外から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「ミャー? 何処にいるの? ミャー?」
 最悪のタイミング。
「……とんだ厄日だ」
 毒づいた葵が声の元へ一目散に走る。
 その背に、二体の天魔が飛び掛かった。


「救助依頼よ。一刻を争うからまずは簡潔に説明するわ」
 鮮やかなボブカットを揺らし、女性オペレータは資料を机に置いた。
 少し見覚えがあるな、と思ったら、前に葵を学園案内するよう依頼したあのオペレータだ。
「福岡県にある街外れの倉庫街で一般人二人が天魔に襲われてる。一人は地元の少年、そしてもう一人は雁真葵って青年。
 連絡はこの葵って子から入ったの。
 猫を探している途中に天魔と出くわしたらしく、居合わせてしまった少年を庇いながら逃走中よ。だけど逸れてしまったみたいで、今は葵君が一人で二体の敵を引きつけてるわ。
 引きつけてるとは言っても、彼はただの一般人よ。アウルの力は開花させているけど、まだ正式になんの訓練もしていない一般人……とても持ちこたえられるとは思えないわ。現に、既に軽傷を負ってるみたい。
 だけど、天魔も痛めつけてから徐々に仕留めに掛かるみたいで、迅速に対応すればまだ希望が無い訳じゃないわ」
 一般人二人が別々の位置にいると仮定すると、少々厄介な事になりそうだ。
「天魔は二体……恐らくはディアボロね。事は急ぐけど、救出の為にしっかりと話し合う事を欠かしてはいけないわ。
 それじゃあ頼んだわよ!」


リプレイ本文

●希望、来たる
 もうそろそろ日が落ちる頃か。と青年は何処かで静かに息を吐いた。
 こんな狭い範囲だと言うのに少年とも逸れ、未だに鉢合わせすらしていない。
 位置取りが悪かった。ガーゴイルの空中奇襲さえなければ、分断される事も無かっただろう。
 爪が掠めた左腕を一度強く握り締め、青年は足元の小石を建物に向かって投げつける。
 乾いた音が辺りに響く。
 それが、奴らに気付かれる合図だった。


 青年が走り出してからどれ程の時間が経っただろうか。
 きっと正確に計れば数刻もしない、その上空。
 そこに浮かぶ三つの影。
「双方、ご無事だと良いのでございますが」
 そう呟く影の一つ、狐空(jc1974)の深く、紅い瞳が倉庫街の一帯を見渡す。
 真上から見ても、この位置からでは撃退士達以外の誰一人として姿を見受けられる事は無い。
 視覚では情報を獲得出来ない。だが、方法は他にも有る。
「夜の倉庫街ならば、音も響くかもしれないな」
 倉庫街に到着した際にチョコーレ・イトゥ(jb2736)の言った言葉がまさにそれだった。
 今も尚、付かず離れずで引きつけているであろう『戦闘の音』は確かに何処かから聞こえてくる。
 片方だけでも、見つけ出すにはその音が頼りになるだろう。
「じゃあ、僕は手前の列を……」
 氷の結晶を舞い散らせ、蒼き翼を広げながら藍那湊(jc0170)は少し高度を上げた。
「では、私は中央の列を」
「俺が奥の列、だな」
 自身の機動力に合わせ、三つの影はそれぞれ適した場所へ散開する。

 黒に染まりつつある空を滑空していく、その真下。
 地上からも二人を捜索する別の四人が動き出す。
 ふと上を見上げて見れば、薄汚れてはいるが各倉庫には大きな番号の入った板が取り付けられている事に気付くだろう。
 手前から順に1から6の割り当てられた倉庫街。
 1と4には紫園路 一輝(ja3602)。
 2と5を木嶋 藍(jb8679)。
 3と6を九十九(ja1149)。
 全ての倉庫を見渡せる位置には苑邑花月(ja0830)が。
 つまり、上と下からの同時捜索。
(「聞き覚えのある名前だと思ったらあの時の彼か……」)
 担当の倉庫の扉に手を掛け、九十九は今一度救助者の名を思い返していた。
 以前、学園に来た際に案内を担当していた者の一人として、『彼』とは面識も有る。特徴も有った。
「やれやれ面倒なと言いたいけど、猫好きをほっとくわけにもいかんさねぇ」
 錆びた音を立てさせ、暗い倉庫の中に少なくなってきた光を流し込む。

 それと同じく、心情を抱えながら扉に手をやる者も一人。
「(あ……くっそ、やっぱり此処に来たらこうなったか……)」
 過去のトラウマが、一輝の胸中を貪る。
 今度はそれに立ち向かうべく。
 ゆっくり、重い扉が幕開けの合図を告げる。

 藍は倉庫内では無く、それらの中間地点に立つと自身の獲物を空へ掲げた。
 それに伝わるアウルの力によって、武器が光を帯びている。
 これに二人が気付けばそれで良し、敵に気付かれればそれもまた良し。
 気付いたとすれば、少年を除き恐らくは察せるはず。
 活性化させたその技は僅か一発。
 その一発に希望を託し、藍は天高くに光纏う銃弾を穿った。


「おーい、誰かいるか!! 居たら返事しろ!!」
 1番倉庫の中に一輝の声が反響する。
 すれど、返って来る声は無し。
 それを受けて、一輝は眉根を寄せつつも何処か安堵した表情を浮かべて溜息を一つ吐き、次の倉庫へと即座に切り替える。
「(少年は頼むからこっちと会いませんように)」
 出来れば、自らのモヤを掘り起こしたくは無い。
 しかし、救助者の発見に一輝は急ぐ。
 変化が起きたのは、周辺を探る花月の元だった。
 2番倉庫の裏手側。妙に大きな影だとは思った。
 倉庫の影に紛れて膨らんだその影は、右へ、左へと惑い動く。
 感知出来たのは、影から漏れ出た微量の息遣いであった。
「そこに、居るのです……か?」
 迷う影に花月は声を掛ける。
 その影は、ゆっくりと姿を現し、そして穏やかそうな彼女の姿を見て安堵したように駆け寄って来た。
「お、お兄ちゃんが『隠れてろ』って……」
 周囲に他の人影は無い。
 敵の姿も見受けられない。
 隠れてろ。
 そう言った割にはやや危ない場所に居た気がするが、先程の光を見て釣られて出て来たのであろうか。
 その様子を上空から確認した狐空が、周囲を警戒しながら降り立った。
「お怪我は?」
 少年は首を左右に振る。服や肌はところどころ汚れているが、傷自体は見られない。
 救助者の内一人は無事に発見出来た。
 高台へ避難させるにも、ここからならそう遠くならないだろう。
 だが、変化が起こったのはそこだけでは無かった。

 一つ、明らかに異常な音のする倉庫に九十九は急行する。
 暗い紫の風が彼の軌跡を辿る。
 その倉庫とは6番。
 内部から激しい打撃音が辺りに漏れ出しているのだ。
 恐らくは、仲間と共に使用した阻霊符によって透過されなくなったディアボロ達による戦闘音が増したのだろう。
 開け放ち、確認するまでも無く倉庫の前では振動音が漏れている。
 九十九は即座にハンズフリーにした携帯に向かって語り掛ける。
 同時に、それを受信した撃退士達にもその情報が伝達された。
『発見したさぁね。6番倉庫、今から突入するさね』
 直後、割れたガラス窓から大きな何かが飛び出した。
 ガラスの破片を撒き散らしながら現れたそれは、地面に着地したと同時に反転、そして保護に巻き付けていた布を取り払い、前方の九十九に視線をずらす。
「やぁ、いつぞやの以来さね。うちを憶えてるかねぃ?」
 状況とは裏腹の、やや間延びした言葉がその視線の先の男性、葵に掛けられる。
 葵は軽く小首を傾げながら窓と九十九を交互に見やった。
「……あの時の撃退士か……助かる」
「また面倒な事になったもんだねぃ?」
 近づく九十九に再度葵は首を軽く傾ける。
「……お互いにな」
 瞬間、窓から飛び出す何かを察知し、二人は左右に飛び退いた。
 二人の身長より一回りはあろうかという身体。
 飢えた眼光は瞳孔が開ききり、悪食を求める嗅覚が二人へと向けられる。
 それは虎の様でいて、全く異なる野獣と言っても良いだろう。
 その四足歩行の虎の様なディアボロは前傾姿勢を取ると唸りを上げた。
 と、窓の縁を軋ませ、もう一体何かがこちらを伺うように姿を現す。
 そちらは子鬼に翼を取り付けたような、虎……ヘルタイガーよりかは小さな、石像の様な悪魔。

 ヘルタイガーが、地面を力強く蹴った。
 標的は変わらない。牙が葵に向けられる。
 更に後退しようとした葵だが、直後背中に衝撃を受けた。
 倉庫を囲む壁……。
(「しまった……!」)
 もう躱す事は出来ない。
 咄嗟に防御の姿勢を取る葵に牙が迫る。
 その牙と葵の身体が僅か1メートルに近づいた時、突如空から金属の糸が降り注いだ。
 半端に目を閉じた葵の瞳が開かれる。
 目の前に居たのは、青い肌に黄金色の髪を伸ばした男の背中であった。
 男、チョコーレは地面に糸を軽く振り払い、ディアボロとの境界線を作ると横顔をこちらに向ける。
「待たせたな。撃退士だ」
 そこで葵はようやく思い出した。
 そうか、依頼では確か複数人で事に当たるのだった、と。
 ならば九十九だけでは無い。
 今助けてくれたチョコーレ、そして先程微かに見えた狼煙のような何か。
「……待ちくたびれて遊び相手もご立腹だ」
「そうか……」
 皮肉を言ってディアボロへと向き直る葵と同じく、チョコーレもそちらへ視線を戻す。
「なら、充分に持て成さなければな」
 ヘルタイガー、ガーゴイルの爪をその場を殆ど動かずに躱し、金属糸をヘルタイガーへと振り抜く。
「人形劇はどうだ。舞うのは貴様らだがな」
 突っ込んだヘルタイガーが背中を見せて動かない。
 いや、痙攣しているようにピクピク動くその様から見て、動けない、と言った方が良さそうだ。
 攻撃と同時に縫い付けられた影に動きを封じられている。
 同時に躱されたガーゴイルは空に向けて羽ばたく。
 しかし、その動きを確実に捉える目がそいつには向けられていた。
 九十九の和弓より放たれた重き一撃が、ガーゴイルの身体を貫く。
 空に羽ばたこうとしたガーゴイルの翼がもぎ取られるように射抜かれた。
「……弓師を相手に空を自由に出来るなんて思わない事さぁねぃ」
 同時、矢が命中した直後にガーゴイルの更に上空から弾丸が撃ち込まれる。
「無事だったようですね」
 湊の穿った弾丸から百合の幻想が絡みつく。
 蔦の代わりに根を下ろした鎖が、ガーゴイルをそのまま地面へと叩き落とした。
 目標を迷うヘルタイガーの目の前を、横っ飛びに青い影が割り込んだ。
 途端、撃ち込まれる銃弾にヘルタイガーは短い悲鳴を上げる。
 揺れる髪にピアスが見え隠れし、藍が銃を構えたまま葵に駆け寄る。
「間に合った! さ、安全な場所に避難しよう」
「……いや、待ってくれ。まだ子供が一人居る」
 その子を放って逃げられはしない。
 藍もそれには感づいていたようだが、このままと言うのにも危険では有る。
「……どうしても?」
 今は逃げない?
「……どうしても、だ」
 少し、間が空いた。
 と、藍は頷き、再び銃を構え直す。
「なら、『こう』だね」
 葵の前に立った藍は、自然と彼に笑顔を向けた。
 束縛されたヘルタイガーを視界に収める範囲で戦闘場所を広く移した撃退士達は、庇いながら戦うというハンデを背負いつつも有利に事を進めた。
 既に幾度と無くチョコ―レ、九十九、藍、湊の攻撃で手傷を負ったヘルタイガーだが、未だ殺気の衰える様子は無い。
 そして移した直後、敵の移動と半ばカウンター気味に真空の刃がディアボロ達を斬り裂いた。
「援護、致します……」
 花月によって動きの止まったディアボロ達に、大鎌、曲刀の刃が駆け抜ける。
「良かった無事に見つかったんだね、じゃー早く終わらせようか」
 鞘に刀を戻す一輝の横で、妖艶に鎌を振りかざすのは孤空。
「……さて、狩る側から狩られる側へ」
 その背後を見て、葵はハッと気が付いた。
 少し離れた物陰だが、こちらをチラと見ているのは間違いなくあの少年だ。
「無事……だったか」
「葵さん」
 不意に、湊から声を掛けられた。
 傷の手当てをしてくれていた彼が、銃と盾と取り出している。
 一輝からも取り出された武器に、葵は少し戸惑った。
「ひとまずの護身用です。武器は慣れないかもしれませんが……」
 しばしそれらを見て、悩んだ表情を見せた葵だが湊からは銃を、一輝からは剣を授かる。
「……上手く扱えんかもしれんな」
 それでも、何も無いよりは精神的に心強い。
 地に落ちたガーゴイルへチョコ―レの毒手が突き刺さった時、束縛の解けたヘルタイガーが攻撃を再開した。
 目標は先程からチラチラと映り込んでは消える花月だ。
 だが、それも当然策の内。
 わざと動かずに攻撃を誘った花月は、その口腔内へ向けて激しい風の渦を巻き起こす。
 尚も突っ込むヘルタイガーの牙は花月の懐へと飛び込む。
 1メートル……30センチ……ゼロ距離。
 パッ、と両者の後ろに血が飛び散った。
 花月の腕は切り傷として線を引き。
 ヘルタイガーの口は……開いていた。
 パックリと、そう、風穴を開かせていた。
 そのまま、項垂れるようにヘルタイガーは前方にのめり込む。
 大量の血液が地面へと流れ出、ヘルタイガーは突如眠ったように動きを止めた。

 翼をもがれたガーゴイルはそれとは別に攻撃の対象を変える。
 今一番無防備なのは誰か?
 それは距離さえ離れてはいるが、物陰に潜む少年であろう。
 すかさず、ガーゴイルは爪を構える。
 しかし、少年との間に割り込まれた男にその攻撃も阻まれた。
「何処へ行く?」
 爪に裂かれつつも、チョコ―レはそのディアボロを見下ろす。
 チョコ―レの背後から影が飛び出し、ガーゴイルへ刃が振り下ろされる。
 一輝の曲刀が横凪に。
「終わりでありんす」
 そして大鎌が縦軸を勢い良く斬り裂いた。
 十字に裂かれたガーゴイルもまた、声を出す事無く地面に平伏したのだ。


「(初陣? が取りあえず無事に終わって良かったな……)」
 戦闘を終え、一輝が葵に抱いた感情はそんな安堵のものだった。
「……助かった」
 静かに、葵は呟くように礼を言う。
「葵さんが持ち堪えてくれたお陰で何とかなったんです。ありがとうございますっ」
 湊もほっとした表情の様だ。
 緩んではいるが、労いの言葉を葵に掛ける。
「賭けではあったんだが……な」
「誰にでもできる事じゃないです。例え撃退士であっても……素直に、かっこいいって思います」
 葵は、少し顔を俯けた。
 この力を持って悩みしか生まれなかった……が、こうして少年を助ける事が出来たのもこの力のお陰であろうか。
 ふと、横を見る。
 そこでは、少年を優しく諭す女性たちの姿があった。
「危ないことをしちゃだめだよ。きみが怪我したら、おにいちゃんもミャーも悲しむ」
 藍と共に花月も屈んで傍に座る。
 一通り探しはした。やはり、猫と言うのは見間違いだろう。
 つまり、少年の飼っていた猫も……。
「この夜空の満天の星、に……猫さんはなったの、ですよ」
「もう……何処にも、居ないの?」
「いいえ、いつも……見て、いますわ。あの……星空、から」
 狐空も続けて子供をあやしてくれている。
 それによって、今日の恐怖も、ミャーの居なくなった事も何となく落ち着いて来たようだ。

(「……誰かの為に使う力。守る力……だが、使えなければ無い物と一緒……か」)
 葵は握り締めた右手をじっと見つめた。
 悩む事はいくらでもある。
 だが、いつまでも悩んでばかりでいる訳にもいかない。

 そろそろ、決断をしなければ。

「……これは返そう」
 借りていた魔具を元の所持者に渡し、葵は立ち上がった。
「……歩き方を変えてみようと思う」
 その時は宜しく頼む。
 それだけを言い残し、寡黙な青年は暗闇へと消えて行った。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
『三界』討伐紫・
紫園路 一輝(ja3602)

大学部5年1組 男 阿修羅
chevalier de chocolat・
チョコーレ・イトゥ(jb2736)

卒業 男 鬼道忍軍
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
狐空(jc1974)

大学部3年324組 女 ナイトウォーカー