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マスター:朱月コウ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/01/08


みんなの思い出



オープニング

●目が覚めれば

「ん……」
 冷たい外気に冷え切った頬を更に撫でられ、少女、牧原美里(マキハラ・ミサト)は目を開けないままにして「自分は外に居るのか」と思い出した。
 顔と手に砂利の感触が有ったところで、自分が地面に寝そべっている状態なのだと気付くのには、然程時間は掛からなかった。
 意識がハッキリしてからものの数秒で今日起こった事が脳内を巡る。
 だが、未だに何処かぼんやりとするのも、やはり目が覚めた直後であったからだろう。
 自分はどうなったのだろう……。
 活性化していく脳と同時に、うっすらと瞼が開かれて行く。
 そして、半分ほど開かれた瞼は、そのまま一気に開眼した。
「え……何!? ここ……!」
 眼下に広がる広大な樹林。いつもより、より近くに感じる空。
 慌てて伸ばした手の先にある地面は、およそ数メートル先で途切れていた。
 そうして少女は、今日起こった事、そして何が起こったのかを記憶と体感によって繋ぎ合わせた。

 今日は久々に実家へ帰る日だった。
 実家は都会から随分離れており、コンビニに行くのにも気軽に出来ない。
 少女が都会で一人暮らしを始めた訳もそんなところからだ。
 実家に帰る道は整備らしい整備はされておらず、田んぼ道ではあるものの人影が見える事は殆どない。
 そんな道のりを延々と三十分は歩いた頃だろうか。
 少女の頭上を黒い影が横切った。
 最初はただの大きな鳥の影かと思っていた。それでも地面に映し出されるそれは大き過ぎる程だったが。
 余程近くを飛んでいるのか……。
 よくよく耳を澄ませば、小鳥が飛び立つ際とは比較にならない感覚で大きく羽ばたく音が聞こえる。
 影も同じく、その大きな黒だまりが地面をぐるぐる回っているところをみれば、まだ頭上を旋回しているのだろうと思えた。
 そこで少女は、ようやっと顔を空に向けて上げる。
 鳥は居た。
 空高くを旋回する、一羽の黒く巨大な鳥が。
 羽音の大きさも、影の大きさも間違いでは無い。
 違ったのは、それがおおよそ自分の知識の範囲外もの巨大な鳥であった事。
 少女は言葉が出て来なかった。
 驚嘆と恐怖。理解を拒む脳と震える身体。
 一瞬、怪鳥と視線が合った気がした。
 そして太陽の光が怪鳥の身体によって阻まれた時、悟ったのだ。
 これは、逃げられない。
 あらゆる負の感情が一斉に湧き出てくる。
 少女の脳は、そんな狂気から逃れる為に助けを働きかけたのだろう。
 少女が意識を失ったのは、怪鳥の鉤爪が迫るのと同時であった。


「救助依頼だ。少女が天魔……サーバントに連れ去られた」
 久遠ヶ原学園の夕刻に一つの依頼が舞い込んだのは、美里が恐怖に震える日の夕刻の事であった。
 どうやら、被害に遭った美里から直接救援依頼の電話が掛かって来たようだ。
「……その電話も途中で切れてしまったがな。様子からすると携帯電話が壊れたと言うより、充電が尽きたんだろう」
 通話時間はおおよそ一分程度。
 その短い時間の中で得られた情報を整理し、オペレータは再度口を開いた。
「彼女が連れ去られた場所は九州地方。今居るのは切り立った崖。連れ去られた時刻と目覚めた時刻からして、そう遠くは無い場所だろう。
 とすれば特定するのはそう難しくない。場所に関しては現在調べているのもあるが、問題無い。問題が有るとすれば、やはり崖自体だな。
 高さにして約30メートル。その三ヶ所に窪みのような穴が空いているらしい。一番高い場所に一つ。中腹辺りに一つ。低所にも一つ。彼女が居るのはこの中腹辺りの窪みだな。とてもじゃないが、少女が身一つで降りられる崖じゃ無い。もっとも、降りられるなら電話なんぞ掛けてこないだろうが……」
 少女、美里は実家へと帰る途中であった。その為荷物も持ち歩いており、その荷物の大部分も無事に彼女と共にあるようだ。
 その中には軽食も入れてあった為、撃退士達が到着するまでの間なら食料を保つ事は出来るかもしれない。
 だが、流石に登山道具まで運良く持ち合わせている訳も無く、遠く聞こえる怪鳥の鳴き声をただじっと聞き耐える事しか出来はしない。
「彼女が言うに、連れ去ったのはカラスと鷲を混同させたような……黒く、鋭利な鉤爪を持った怪鳥、だそうだ。『大鴉(オオカラス)』とでも付けて置こうか。
 鳴き声の数からして、二体居るようだ。衰弱したところを狙っているのか判らないが、鳴き声が聞こえるだけで襲っては来ないらしい。
 だが、そうだとすれば君達撃退士が行けば獲物を取られまいと襲い掛かって来るだろう」
 その言葉の終わりと同時、部屋の扉が開かれた事でオペレータの視線はそちらに向けられた。
 入って来た別のオペレータの手には資料が見える。その二人の間で二言三言会話が成され、説明中のオペレータは咳払いの後に続けた。
「……早速場所が特定出来たようだ。崖は確かに彼女が降りるには危険が過ぎるな……だが、足場が無い訳じゃない。君達なら問題無いだろう。
 しかし……この窪み、人は立てるが、この窪みで戦闘するなら三人が限界かもな。それ以上は互いの動きが邪魔してまともに立ち回れない可能性が有る」
 しばらく資料を眺めていたオペレータだが、その両目を数秒閉じ、再び開いた時には真っ直ぐ撃退士達を見つめていた。
「最近更に冷え込んで来たからな。到着した頃には彼女も衰弱しているだろう……あまり無茶に動かす事のないよう、頼んだぞ」


リプレイ本文

●その翼を撃ち落とす

 少女は風の靡く崖の窪みの上で今も尚孤立していた。
 暖かさが微塵も感じられないこの場所で、更に孤独という状況を加算して牧原美里の精神は限界へと近づいていた。
 体操座りをした膝に顔を埋め、項垂れた茶髪が耳を撫でる。
 その髪の隙間から聞こえて来るのは窪みに勢い良く入る風の音、そして遠くから響く鳴き声だ。
 鳴き声とは、間違いない。彼女を攫ったあの大鴉の忌まわしき雄叫び。
(「……携帯も充電切れた……やっぱりもう誰も……」)

「撃退士だ! 今、助けに向かう!」

 突然響き渡った男の声に、美里はハッと顔を上げた。
 這う様に窪みから身を乗り出し、覗き見た眼下には七人の男女の姿。
 先頭に立つ年配に見える男性が先程の声の人物だろうか。
 その男、ファーフナー(jb7826)は美里の姿を確認すると一度更に上を見上げ、周囲の仲間達と何やら二言三言会話をして再度美里へ声を張り上げる。
「護衛がそちらに向かう、動かずに隠れていてくれ!!」
 ファーフナーへ返答をしようとした美里だが、僅かな気力に同じ声量を出す事が出来ず、代わりに素早く頷くとサッと元居た場所に姿を消した。
 彼女が完全に窪みの中へ消えて行くのを見届けると、濃い紫地の武者袴を纏った少女、不知火あけび(jc1857)が近寄り、彼に声を掛ける。
「牧原さん、無事みたいですね。良かった……」
 彼女が居るのは崖の中腹辺り。高さにして大体20メートルといったところか。
 また厄介な所に攫われたなぁ。
 そう思うあけびにケイ・リヒャルト(ja0004)は空を見上げながら言葉を返す。
「とは言っても、悠長にしている暇も無さそうね」
 ケイ、そしてファーフナーが見上げた方向には黒い影が見える。
 大きな二体の黒い影。一体は崖の頂上に威風堂々と腰を下ろし、もう一体はその上を旋回していた。

 頂上に居座る大鴉が僅かに動く。小さな岩の欠片が転がり落ちた。
(「……その場で啄まれなかっただけマシ、か」)
 向坂 玲治(ja6214)の黒い瞳がジロリとその二体を睨む。
 同時に、薄陽 月妃(jc1996)が崖に向かって飛び出した。
「あの鴉達はお願いします!」
 彼女に続き、玲治、あけびも崖へ駆け出す。
 月妃の呼び掛けにエルネスタ・ミルドレッド(jb6035)、フローライト・アルハザード(jc1519)の二人がそれに答えるかのように、それぞれ天使と天魔の翼を顕現させ、飛翔した。
 救助対象を無事に助ける為にも、鴉達は早々に片を付けるべきだ。
 臨戦態勢に入った撃退士達を見下ろした鴉が大きく翼を広げ、天を仰ぎ一際大きく鳴く。
 新しい獲物だ!
 そう告げんばかりに。


 二人のハーフが空へ飛び上がるのを視認してから、頂上に鎮座していた大鴉は羽ばたき、更に高度を上げる。
 が、頂上部から数メートル離れたところでその高度がガクッと落ちた。
 ファーフナーの投擲したアウルの鎖が大鴉に絡みつき、そのまま真下の地面まで引きずり落としたのだ。
 崖下へ落下した大鴉、の傍をもう一羽の黒い影が掠めた。
 直前、接近に気付いたファーフナーの肩口に大鴉の嘴が傷跡を付ける。
「ミルドレッド」
「えぇ」
 フローライトが眉の一つも動かさずに傍らのハーフに呼びかけると、エルネスタは頷くより速く攻撃を仕掛けた大鴉へと飛んだ。
 狙うはその大きく広げた翼。
 天使の力を引き出し、エルネスタは自身のアウルを蠍の腕へと形成させ強襲する。
 甲高い鳴き声で鴉が鳴いた、が身体を激しく動かしたせいでそのまま挟み込む事までは出来なかったようだ。
 辛うじて痛手を免れた大鴉は再び空へと舞い上がる。
 そうして中腹辺りに来た頃だろうか。
 大鴉の瞳に、キラリと光る小さな『何か』が映り込んだ。
 それを宝石とでも思ったか、鴉は飛翔を中断しその光り物へと導かれるように滑空する。
 しかし、当然ながら意図的に映し出された宝石の位置から飛び出したのは研ぎ澄まされた銃弾。
 今度は短く大きい鳴き声を上げると大鴉は翼を激しくはためかせながらも高度を落としていく。
「……上々、ね」
 銃弾の元で絹の様なストレートの黒髪が揺れた。
 日の光を反射させて儚げに光る手鏡を足元に、ケイはもう一体へ銃口を向ける。
 出鼻を挫かれた形となった大鴉達。彼らと言うべきだろうか。サーバント達に取って注目すべき相手は多数に渡って存在した事だろう。
 だが、それらを差し置いてサーバント達にはもっと目を引くべき存在に気が付いた。
 それは言うなれば『オーラ』であろうか。
 ともかくその鴉達にとっては光り物以上の魅惑であったか、もしくは蓋をしてでも閉じ込めたい害悪であったに違いない。
 フローライトがもたらすそのオーラは、一瞬でも鴉共の注意を引くのには充分であった。

 交戦の合間、土と岩肌を駆ける者達が居た。
 まず崖下に辿り着いた玲治が用意した楔とハンマーを素早く取り出し、崖へと打ち込んでいく。
 その楔を足掛かりに月妃が崖を飛び移り、その傍の岩壁をあけびが駆け登る。
 術を使用して気配を薄める事も確かに出来たが、あれだけ敵を引きつけてくれているなら態々活性化する迄も無く、現在の状態で充分だろう。
 逸早く救助者の元へ辿り着いたあけびが中の人物へと声を掛ける。
「牧原さん、助けにきましたよ!」
「あ、貴方達は……」
 眼前で視た美里は、崖の下から見た時よりも痩せ細っているように感じた。
「先程言っていた護衛の撃退士です」
 と、そこに楔を頼りに飛び移って来た月妃が、中腹へ着地と共に彼女へ告げた。
 裾に付いた土を軽く払い、微笑して首を少し傾げる。
「もう大丈夫ですよ。私達がお守りしますからね」
 月妃の言葉に、美里は安堵の息を漏らした。
 本当に、心臓の奥から吐き出された深い、深い息。
 それまで溜め込んでいた不安を一緒に吐き尽した時、新たに中腹に辿り着いた男から声が掛かった。
「おう、無事だな」
 ぶっきらぼうにそう言い放ったその男、玲治はその場で半身を翻すと、もう一言付け加える。
「そのまま、そこに居ろよ」
 言葉の直後、玲治の周囲に七人の騎士染みた幻影が展開し、結界を張り巡らせる。
 状況を呆けて見つめる美里に月妃は優しく声を掛けた。
「怪我はしてないですか?」
 手早く救急箱を広げる月妃に美里は肘を擦った。
「少し擦りむいたくらいです……」
「少しの怪我でも女の子は治療を怠ってはダメですよ? 痕になってしまいますから」
 手慣れた手付きで処置を施す月妃が、フッと何かを思い出して自身の携帯品から防寒着を取り出した。
「さぁこれを。寒かったでしょう? 少しでも暖かくしましょう」
「あ……りがとう」
 その窪みの前をフローライトとエルネスタが交差する姿が見え、玲治とあけびがそれを覆うように美里の視界の前に立った。
 鴉の姿を見せないようにするだけでも精神的効果は有るだろう。
「今はこれしかありませんが、何か食べられそうですか?」
 戦闘から気を逸らす為にも、何より美里自身の為にも月妃が取り出したのは軽食と飲み物。
「出来れば……暖かいものだと嬉しい……かな」
「なら、これはどうですか? あ、あとこれもどうぞ!」
 あけびから手渡されたのは暖かなあんまんにはちみつゆず茶、それに携帯カイロ。
 美里は礼を言いながらそれらを受け取ると、小さく胃に収め始めた。
 やり取りを後ろに聞きながら、玲治は眼下の敵に弓矢を向ける。
「……一体こっちに来るぞ」


 崖下ではやや一方的ながらも攻防が繰り広げられている。
 攻勢なのは勿論大鴉達の機動力を削いだ撃退士達に有るが、サーバントも防衛より反撃に徹しているようだ。
 落下はしたものの完全に動きを封じられていない事も反撃を許す展開に繋がったかもしれない。
 上空からはフローライトが死角から放った黒色の鉄鎖に合わせ、エルネスタが側面から蠍の腕を仕掛ける。
 その巨体で跳んだ大鴉に蠍の腕は躱されてしまったが、フローライトに合わせた攻撃はそれだけでは無い。
 大きく踏み込んだファーフナーの掌底、そして遠距離からはケイによる銃弾が大鴉を襲う。
 もう一体の大鴉はファーフナーのアウルの鎖によって未だ地を離れる事は出来ない。
 が、こちらもそれで大人しくなる訳も無く、その場で翼を羽ばたかせるとフローライトへ向けて烈風を巻き起こす。
「む……」
 微かな切り傷。しかしその間にもう一体の、星の鎖に捉われなかった大鴉が自身の傷を顧みず、上空へと羽ばたく。
 状況が不利だと直感したか。それとも獲物を奪われまいと躍起になったか。
 フローライトのオーラよりも優先して大鴉が飛び立った先は、護衛と美里の居る中腹の窪みだ。
 ケイが咄嗟に銃をそちらに構える。
 その先には既に巨大な和弓を構える玲治の姿。振り向く事無く奥に何やら声を掛けていた。

 翼の音で、窪みの中に居たあけび、月妃、美里は一斉に外に目をやった。
「必ず貴方を助けます。もう少しだけ頑張って下さい」
 目線を合わせ、ゆっくりと声を掛けて立ち上がったあけびが月妃と頷き合うと、玲治の方向へと駆け出した。
「ただじっとここで過ごすのも辛いでしょう? こんなのはいかがでしょう」
 月妃がその後ろ姿を隠すように座り直すと、なるべく美里の気を逸らせるよう、アウルのインクで地面に絵を描き始める。
「わ、凄い……ね!」
 チラリと背後に目をやった月妃は、次に音楽プレーヤーのイヤホンを片方差し出す。
「大きな声は出さないで下さいね? この曲知ってます?」
 曲に合わせ、月妃は子守歌のように歌を謡う。
 完全に不安が取り除かれるとまではいかなかったかもしれない。
 だが、隣で穏やかに謡ってくれるこの撃退士を、血生臭い光景から背けてくれるこの撃退士を、美里は柔らかな花のように感じていた。

 大鴉は手負いとは思えぬ動きで素早く窪みへ姿を現した。
 あまりに近い距離。
 だが、逆にこの距離ならば狙って外したりしない限り命中は確実だ。
 あとは、どちらの手が速いか……。
 被弾に怯まない自信が玲治には有る。例え先手を打たれたとしても、この影と矢をぶち込むだけだ。
 邪魔者達を一掃すべく、大鴉は烈風の予備動作、すなわち翼を大きく震わせる。
 対象は玲治……だが、数秒、数秒だ。
 大鴉が風を巻き起こす瞬間、玲治の影が膨らんだ瞬間、その中から紫色の影が飛び出して来た。
「狙うなら目が良いかな? ……それともその足を貰おうか」
 刀身と鞘が擦れる音と共に、その影、あけびが足元から空中へ舞い上がる。
 鋭い風が大鴉の顔面を横に薙いだ。
 直後、紅い剣閃が鴉の瞳を奪う。
 予期せぬ攻撃を受け怯んだ大鴉に、玲治が召喚した影の腕が足元から伸び絡みつく。
 動きを止めた窪みの大鴉に、上空のフローライトから放たれた光の衝撃波が直撃した。
「無事か? 人間」
 素っ気無くフローライトに問われた玲治は、同じ様な口調で返す。
「……あぁ、問題無い」
 完全にバランスを崩した大鴉がそのまま崖下へと落下していく。
 地面に堕ちる直前、その無防備な隙を見逃さず、ケイが腐敗の弾丸を撃ち込んだ。
 最初に撃ち落とされた時の速度、対応、それに加え効率化されたアウルの弾丸が大鴉の身体を貫く。

 空に悲鳴が響き渡った。
「どう? 弾丸で腐っていく気分は?」
 艶やかに微笑するケイが微かに緑の瞳を細める。
 透明感の有る声は冷ややかに鴉へと。
 それは人間で言うところの五感の一つを奪われた鴉にとっても恐怖を覚えるには充分だっただろう。
 もっとも。
「あら……残念。案外脆かったわね」
 これから消え行く事を考えれば、それは余りにも遅過ぎた感情だったが。
 片方が消滅していくその後ろで、星の鎖に落とされていた大鴉が翼を広げる。
 だが、その大鴉の周囲を突如として深い闇が包み込んだ。
 状況を冷静に把握していたファーフナーの援護だ。
 反撃、回避、その隙を与えずに一筋の赤色が大鴉の頭上から突き刺さった。
 余韻を残し、エルネスタの長髪が風に浮く。
「Dum spiro spero」
 形成された蠍の腕は見事に大鴉の胴体を潰し、そのまま断末魔の先をもたらした。
「……Facta non verba」
 それは誰に言った言葉だったか。
 動かなくなった大鴉を背に、エルネスタはひっそりとそう呟いた。


 牧原美里は無事に救助された。
 とは言っても、訓練等していない一般人の生身の身体で崖を降りられる訳も無く、玲治と月妃が見守る中、崖下まではファーフナーが翼を顕現させ抱えて降ろす事になる。
 意外と言うか、美里は恐がる様子も無く、むしろ貴重な体験だったと嬉しそうであった。
 また、翼を顕現する際にファーフナーが増して渋い顔をしたように見えたが、気のせいだろうか。

「ミルドレッド、居たか?」
「いえ……どうやら攫われたのは彼女一人だけのようね」
 ケイとファーフナーの案で上部、下部とそれぞれ窪みを調べた二人が地に降りて互いに報告し合う。
 鴉なだけに光り物は幾つか見つかったが、どれも価値がある代物でも無かった。
 そこへファーフナーに応急手当を施していたケイが近づき、二人もそれに気が付く。
 どうやら用が有るのはフローリアのようだ。
「怪我を負ったでしょう? 看させて貰っても良いかしら」
「不要だ」
 ピシャリ、とフローライトは断った。
 代わりにケイの後ろを指して言う。
「あの人間にでも施してやったらどうだ?」
 その先にはあけびの姿。
「え? いや私は別に……」
「お前じゃ無い」
 あけびが背後を振り返る。
 更にその奥で、ケイから渡されたゼリー飲料を片手に半ばぼう然とこちらを見る美里の姿が在った。
(「紛らわしい!」)
 そんな心情も口に出す事無く、あけびは咳払いで取り繕った。
 結局フローリアの負った傷はファーフナーが無言で回復し、結果的に負傷者は出なかったと言って良いだろう。
 精神的な負傷と言う意味では月妃の対応が和らげてくれたし、玲治の万全を期した防御態勢も無事に終わった一つだ。

 ファーフナーが炎を灯したりと暖を取った後、予めケイの手配した救急車で美里は病院へ行く事となった。
 とは言え、軽傷なので簡単な検査後、すぐに実家へ送り届けられる事になるだろう。
 この恐怖がすぐに消える事は無いだろうが、時が立てばそれを笑い話に変えられるかもしれない。
 その時までは家族と穏やかに過ごすのも良いだろう。
 この笑顔が、無事であるならば。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
 明ける陽の花・不知火あけび(jc1857)
 好き好きお兄ちゃん・薄陽 月妃(jc1996)
重体: −
面白かった!:6人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
守穏の衛士・
フローライト・アルハザード(jc1519)

大学部5年60組 女 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
好き好きお兄ちゃん・
薄陽 月妃(jc1996)

高等部3年14組 女 アストラルヴァンガード