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「容姿を指定する事で何か意味があるんでしょうか?」
場所は町中。時刻は朝を少し過ぎた頃。
集まった撃退士達が本日の行動を確認する中、銀縁眼鏡の奥で目を細めて黒井 明斗(
jb0525)はそう質問した。
真面目な彼の思考に合わせるように、他の撃退士達にも小首を傾げる者、喉を唸らせる者と居るかもしれない。
だが、こんな露骨な依頼文に全く誰も気付かないという訳でも無く、それは彼の純粋な思考を尊重した故の行動にも思える。
「仕事に関係無い注文も有る」という風な事を祖父から聞いた覚えの有る黒羽 拓海(
jb7256)もその一人。
露骨さに何とも言えない気持ちになっている向坂 玲治(
ja6214)もそうであった。
しかし、仕事は仕事。天魔が被害を及ぼしているのも事実。ならばきっちりとやり遂げるのみだ。
「依頼は今後に関わる……ちゃんとやっとくか」
二人の内心を代弁するかのように、明斗の質問から様々な過程を飛ばして薄氷 帝(
jc1947)はそう呟いた。
依頼人との合流予定である噴水広場では既に目的の護衛対象の姿がうかがえた。
薄めの青色ワンピースに茶髪のセミロング。
季節も季節ということで寒々しい印象を与えはしたが、こちら側にもウシャンカをすっぽりと被った雪室 チルル(
ja0220)の姿が有るのでその点はお相子と言ったところだろう。
それにその際立った服装から発見するのにそう時間は掛からなかった。
噴水越しに目が合った彼女は何処かぼんやりとしていた様にも見えたが、こちらを見つけた途端、その瞳に生気が宿って来たのがありありと見える。
「こんにちは。比宮愛華さんですね? 本日護衛をさせて頂きます撃退士のユウと申します」
メンバーの戦闘に立ったユウ(
jb5639)がまずは一言。それに倣い、ジョン・ドゥ(
jb9083)から各自簡単に自己紹介を済ませる。
「来て下さって有難う御座います! 話には聞いてたんですが……本当に色んな方がいらっしゃるんですね」
とは、チルル、そして渋い外見をしたファーフナー(
jb7826)を見比べての事だろう。
見た目だけの年齢で言えば下が十代から上が五十代くらいまで。
しかし、問題は無い。何がと問うならストライクゾーンが。
「……愛華さん、大丈夫ですか?」
「え……あ、はい! 何でしょう?」
突然ユウに名を呼ばれ、慌てて愛華が返事を返す。
それに対し、ユウは一呼吸置いてから丁寧に繰り返した。
「本日の護衛任務の方針です。基本的に私達は天魔を排除する隊と愛華さんを御守りする隊に別れて隣町まで移動します。
天魔との交戦に入ったら玲治さん、拓海さん、ジョンさん、帝さんの四名が護衛に付きますが、愛華さんもなるべく前線へは出ないように気を付けて下さい」
「きちんと送り届けますので、御安心して下さい。では、行きましょうか」
繁々と撃退士達を見て動かないままの愛華に明斗が告げる。
再度慌てて返事を返した彼女を最後に、九人は町を出た。
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依頼人、愛華の姿はと言うと、後方の護衛部隊の中にあった。
前衛にいる者達にも話を聞きに行きたい所だが、事前に言われている以上はおいそれと近付けはしない。
が、それでも良く見ずとも美男に囲まれたこの状況。血と心が躍り出しそうなのが自分でも良く解る。
愛華は主に自分の周りに居る四人に目を配る。
紅髪に金色の目とジョンは少し怖い印象だが、話しかければ友好的に会話をしてくれる明るいタイプの人物だ。
何より、他の者に話題を振ろうとすればさり気無く身を退く。
……出来る!
クール系男子の拓海と帝は別ベクトルで話し掛け辛いが、いや、ここに来て何を惑う事があろうか。
「あの、撃退士の皆さんって普段どんな事をされてるんですか? やっぱり毎日鍛錬とか?」
まずは、当たり障りの無い様な質問から。
「色々……ですかね」
「……色々?」
「思っている程縛られた場所では無い……と言う事だ」
ふむ、と思案した拓海に代わり、帝が答える。
対して前傾姿勢で身を乗り出して来た愛華に対し、帝はそれと逆方向に首を傾げた。
「つまり、友情恋愛オールフリーと?」
「……いや、一概にそうは言えんが……」
変わらず無愛想な表情のままだ。
もしかして懐いてくるタイプは苦手なのだろうか。
「一応聞いておきたいんだが、なんだってこの道で行こうと思ったんだ?」
三人の前から、玲治が顔だけ振り返って質問を投げかける。
当然、周囲への警戒も怠ってはいない。これはふとした疑問だ。
「あ……えーとですね……」
思惑は有る。
この道が隣町に着くまで一番距離が有る。
つまり、その分撃退士達と一緒に居られる時間も長く、その間に距離を詰めてしまおうという魂胆だ。
勝負は短期決戦。
今日の朝、愛華が一人心に刻んだ言葉である。
「や、この道が一番見晴らしが良くて好きだなー……とか、アハハ。そんな理由です」
その言葉にジョンが周囲を見回してみる。
林ばっかりだ。
「わ、私、木とか好きなんで!」
裏返った声の愛華に、それ以上追及する者は居なかっただろう。
「皆さん……」
静かに、ユウが発した。
「来ましたよ」
最初は犬の遠吠えだった。
地面を抉って駆ける音、空中からは翼の羽音。
「自分達の指示に従って下さい。貴女の協力が全員の安全にも繋がる。お願いします」
即座に構えを取る拓海が愛華に告げる。
「こっちだ、こい。俺が、いや俺たちがお前を守る」
愛華が返事を返そうとするや否や、帝がその手を引いて後方へと下がった。
と、同時。
羽音の正体がそこに現れた。
鷲のような姿を更に巨大にした鳥獣の生き物。
「これくらいらくしょーよ!」
と先陣を切るチルルの後方から、ユウによる銃弾が撃ち込まれる。
地を見れば灰色の毛並を持った獰猛な狼が二体。
その前に立ち塞がるは青い瞳で見据えるファーフナー。
ユウの射撃と同時に前方に出た彼は、その勢いで片方の狼、ダイアウルフに向けて掌底を放つ。
短い鳴き声と共に吹っ飛ぶダイアウルフへ拓海の支援射撃が撃ち込まれる。
上空では銃弾に足止めされた鳥獣、ガルーダがその翼を大きく羽ばたかせた。
湧き起る風。それは真空の刃となってチルルを切り裂く。
が、その風の刃を抜け、明斗によってアウルで紡がれた鎖の束がガルーダを捕えた。
鎖の下から現れた青い髪の少女、チルルが二体のダイアウルフを眼前に収め、武器の先端を向ける。
生成される力場。突き出された先端。
そこに収束し、開放されたエネルギーが吹雪のような白さでダイアウルフを薙ぎ払う。
後衛に目をやれば、ジョンの背後に真紅のレンガ造りの城塞の幻影が一瞬見えては消えただろう。
七つの塔を持っていたその幻影が消えれば、紅い結界空間が生成される。
だが、それにも構わずファーフナーへと二体のダイアウルフが牙を立てた。
玲治、帝の二人によって愛華の周囲は護られている。
特に玲治が愛華の前方に立つ事により、敵からは勿論だが愛華の視界も塞ぎ、この一瞬とも思える合間の攻防で起こった血生臭さを防いだのは良かったかもしれない。
おかげで、未だ愛華が混乱する様子も無い。
続けてファーフナーが牙を立て続けるダイアウルフの一体を鷲掴み、その身体に帯電していた電撃を一気に流し込んだ。
激しく痙攣したダイアウルフが地面に崩れ落ちた。
「やっぱり、あたいがいればさいきょーね!」
「倒したのはファーフナーさんの様な気がしますが……」
「……まだ油断は出来んぞ」
至極真面目な返答をチルルへする明斗。構えを解かないファーフナー。
その背後、明斗の鎖によって地面へと落とされたガルーダを確認したユウが、闇の翼を顕現させる。
「正面、来ます!」
拓海が発動させた阻霊符の直後、再びガルーダによって生み出された真空の刃。その範囲に居た明斗が標的になる。
その攻撃の内に回り込んだチルルはダイアウルフとガルーダを正面に位置取り、吹雪を思わせるエネルギー波を二体に放った。
入れ替わり、明斗、ジョンの放つ矢もガルーダへと突き刺さる。
攻防は瞬時に行われた。
ファーフナーの脇をすり抜けたダイアウルフが、後衛へと直進してきたのだ。
だがその爪も牙も、比宮愛華はおろか、後衛の誰に刺さる事は無かった。
帝が愛華の傍で構える前方、攻撃に失敗したダイアウルフへ影からの魔の手が伸びる。
玲治の繰り出したその魔の手がダイアウルフを素早く捕えると、少し離れた位置で黒い霧を纏わせたユウの弾丸がガルーダへと撃ち込まれるのが見えた。
接近してしまったダイアウルフを愛華から引き剥がすようにファーフナーが掌底を叩き込む。
明斗がガルーダへと放つ矢と交差し、チルルがダイアウルフへ大剣を振りかざして斬り掛かる。
起き上がろうとしたダイアウルフに対し、ジョンが矢を放ち、その足を再び止めさせた。
先程倒れたダイアウルフから考えて、耐久力はそれほど高くは無いようだ。
前足のみで行動を起こそうとするダイアウルフ。
その頭上から振り下ろされたのは、ファーフナーの分厚い掌だった。
絶命したダイアウルフの前方でもユウの放つ勇ましき銃音によってガルーダが動く事は無くなった。
これで一先ずは安心、と言ったところだろうか。
その前に小休止を、とファーフナーが提案する。
正直、愛華にとってもここでの休憩はほっとしていた。
建前上、一つの溜息だけで済ませ、内心「ナイスミドル!」という声援を送ったのは、ファーフナーには聞こえなかっただろうが。
「あの、大丈夫……ですか?」
休憩の合間に明斗によって受けた応急手当でも治しきれない傷を見て、愛華は思わずファーフナーへ声を掛けた。
「あぁ、問題無い。そちらは大丈夫か?」
「あ、はい。ところでファーフナーさんは、その……やっぱりそのお年になると恋愛経験も豊富でしょう?」
何故怪我の話から恋愛の話へとなったのか甚だ疑問ではあったが、前々より愛華の言動を観察していたファーフナーも、元々の心理を読み取る力も相まって薄々悟っていた事だろう。
「……さて、な。恋愛と言えば趣味から似た相手とくっつく事も多いらしいが」
「趣味……囲碁……とかなら」
何とも意外である。
「そうか。なら、そういったサークルや習い事に行けばまだ俺も出会いとやらが有るかもしれんな……よし、そろそろ行くぞ」
サークル……なるほど!
程無くして、愛華がハツラツとした表情を浮かべていたのは見間違いでは無い。
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第二陣は休憩後、時を待たずして訪れた。
空を飛ぶガルーダが二体。そして地上には筋骨隆々の牛男、ミノタウロスが一体。
二体のガルーダを確認した直後、ユウが翼を顕現させて上空へと舞い上がる。
それと同時に敵へ接近したファーフナーが深く腰を落とし掌底を突き出した。
ミノタウロスの膝へ叩き込まれた掌底。だが、一撃で膝を付く事は出来なかったようだ。
その上空で一体のガルーダへと、拓海のワイヤーが絡まった。
力で抵抗しているのか、地面へ叩き落とすには至らない。
もう一体のガルーダはユウへと真空の刃を放つ。
斬り裂かれる身体。手痛いダメージだ……が、動けない程では無い。
ガルーダの方へと、またも明斗のアウルの鎖が絡みつく。
これで実質二体のガルーダはほぼ動きに制限を掛けさせられた。
そして絡みついたアウルの鎖は、ガルーダをそのまま地面へ叩き落とす。
が、もう一体のガルーダは突如力を緩めた。
抵抗を止めた訳ではない。絡みついたのなら、そのワイヤーを辿って攻撃者へ突撃を仕掛ける。
ガルーダの嘴が拓海の方を掠める。
そのまま滑空するかと思いきや、ガルーダの前方を闇の手が覆う。
「にがすかよ」
止まる事も出来ず、ガルーダは玲治が呼び出した手によって捕えられた。
後方ではジョンが再び紅のレンガのような結界空間、七耀城塞を展開させ、皆の身を守護する。
帝は第二陣でも愛華の守りを離れない。
彼に取っては今後の他者との繋がり、そして他者の戦いを学ぶのも目的の一つである。
「…絶対に護る」
「なら、ここは任せた」
ジョンの言葉に、帝は首肯で応えたのだった。
ファーフナーがミノタウロスへ再攻撃を仕掛けた直後、ユウの身が、悪魔のそれを連想させる姿へと変化していく。
そして拓海がようやく捕えたガルーダを地に落とした瞬間、
「これでもくらいなさい!」
直列に並ぶ瞬間を狙いすましたチルルの氷砲が、ガルーダとミノタウロスを纏めて飲み込んだ。
アウルの氷華が舞い、二体の動きが一瞬止まった。
「一気に行きましょう!」
明斗がガルーダへ矢を放つ。
攻勢の撃退士に対して、片方のガルーダは落とされた衝撃で行動出来ず、またもう一体の突進も回避され不発に終わった。
終わった、が、
むしろ、突進が成功しないのであればそれは不用意な接近だと言わざるをえない。
カウンター気味に振りかぶられた玲治の武器が、強烈な一撃となってガルーダの脳天に落とされたからだ。
さらに、攻撃後の隙を狙っていたユウが、上空からガルーダへと疾駆の突きを繰り出し、羽の一部を切り飛ばす。
辛うじて直撃を避けたガルーダは、お返しと烈風が玲治の身体を斬り裂く。
が、そんなガルーダの前面で具現化されたのは、黄金の槍。
その先には、愛華を帝に任せたジョンだ。
「穿て、天をも啼かせるこの一撃で……!」
真白き閃光。共に走る轟雷音。
その一撃でガルーダは黒く炭となり、
「こっちも、これで終わりだ」
残るもう一体のガルーダも、玲治が強烈な一撃を振り下ろされ、それ以上起き上がる事は無かった。
鈍重な獣の鳴き声が響き渡る。
帝に護られた愛華が小さな悲鳴を上げる。
戦闘の様子は上手く隠せたが、剣戟音や断末魔まではどうしようも無かった。
だが動揺する事のない帝の姿は、愛華の心境を落ち着かせただろう。
ミノタウロスは雄叫びと共に棍棒を勢いよくチルルに向けて叩きつける。
浮き上がる身体。否、あえて浮かせて衝撃を逃がしている。吹き飛びはしない加減こそが、歴戦の証。
ファーフナーの電撃がミノタウロスへ、後方からは明斗が回復支援をユウへと送る。
拓海の支援射撃と、攻撃を耐え切ったチルルの大剣が命中すると同時、
麻痺に痺れたミノタウロスは動く事無く、その身体に、ファーフナーの最後の拳が叩き込まれた。
ユウが躊躇いなく黒の弾丸をその身に撃ち込み、明斗によって剣状になった雷がその上から振り下ろされる。
何とも手早い撃滅を前にして、見事と言うべきか、流石と言うべきか。
ともあれ、これで予測された全ての敵の殲滅には成功したのだ。
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隣町へ到着した後、愛華からお礼の言葉が述べられた。
「皆さん、今日は有難う御座いました。それで、あの……」
何かを言い淀む愛華に、ジョンが声を掛ける。
「世の中は待つだけな人も多いが、愛華は行動出来る人だ。それは十分な魅力の一つだ」
パアッと、一気に愛華の顔が明るくなった。
「ちなみにだが……俺含めて学園の撃退士は恋人持ちが多いぞ」
続けてポロリと零れた玲治の一言に、真顔になる愛華。
どうやら浮き沈みも激しいらしい。
「でもでも、全員って訳ではないですよね! まぁ撃退士さん達が全てではないんだし、私、これからも頑張りますね!」
では! と手を振って愛華は皆を見送る。
果たしてこれで満足したのだろうか。
少なくとも、懲りてはいないようだ。