●予感、予測
「氷の焔、つい先日の件を思い出しますね。あの時はサーバントで、その大元は小さな女の子でしたが、今回は……」
そう言って短い沈黙の後かぶりを振ったのは、物憂げなアストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)。
考えている暇は無い。
――今は成すべきことをまず見据える、そこから。
「目的地無く行動してると言うことは何かを探してるのか。……でも探し物には、その火は少し大きすぎるな?」
底冷えする空気が満ちる街に足を踏み入れた青空・アルベール(
ja0732)は凍結させられてしまった様を見渡しながら、白い息を吐いて呟く。
――冷えた冥魔の狂気を前に、ヒーローは立ち向かう。
●亡者彷徨う凍土
凍てついた街、I市。
早過ぎる冬の到来かと思わせる程気温は低く、路面と家屋は所々氷結している。樹木は枯れ、子どもたちの憩いの場であっただろう公園の遊具はすっかり元の姿を無くしてしまっていた。
先遣隊と交代する形でディメンション・サークルを潜って来た撃退士たちは、寒さを予見した上で持ち寄った防寒具を身に付けながら情報を求めた。
得られた情報は、以下。
三体の内一体は赤い目をしており戦闘能力がやや高く、残り二体は青い目をしているということ。
その赤目……ジャックは、幻影を映し出す。その幻影が、妙だと言う。誰だか判らない少女の夢のような幻覚で、それ自体にダメージは無いが、油断を誘うものであるということ。
泣くことを堪えて笑っている、父母を亡くした少女。父親と母親を求めて歩き回る姿。――何の為にディアボロがそんな幻覚を映すのかは、判らない。
そして、つい先程住民の避難は近隣の体育館に完了しており、逃げ遅れた民間人の有無は現時点で確認済みであり、体育館の護衛は引き続き他の部隊が行うということ。
次いで、未凍結箇所については点在しており、見つけることは難しくないということ。
最後に、避難完了の時点で、行方不明になっている子どもが三人おり、現在捜索中とのこと。
「ディアボロと行方不明者が同数、か。……時間を割く必要が有りそうだな」
口許に指を宛てながら考え込むのはアラン・カートライト(
ja8773)。
先遣隊から得ることが出来た情報をそれぞれ纏めながら、撃退士たちは準備を終える。
「まあ、こっから先は自分で見てみるしかあるまい」
ディザイア・シーカー(
jb5989)は黒翼を広げながら肩を鳴らすと、地を蹴りそのまま宙へと舞う。
「無差別に襲ってるとなると早めに見つけ出したいね」
その後を追うように頷いたユリア(
jb2624)、黙したままの谷崎結唯(
jb5786)も翼を伸ばし、空へと跳んだ。
●放火魔ジャック
天魔組が上空から発見した、近場で尚且つ比較的広い未凍結の箇所へと足を運んだ、A班。
近隣に何者かの陰が見えたとの情報も得ている為、待ち伏せも兼ねている。
その上でアルベールが展開する魔糸、繰り広げられた不可視の糸。
糸の一端が、じわりと真紅に染まる。
視界の端、路地を行き過ぎようと動く物陰。
「――来たよっ」
味方へ投げ掛けた声に呼応するように振り向いたその姿は、正しくジャック・オ・ランタン。
目鼻口のくりぬかれた橙色の南瓜に、纏うマントは黒尽くめ。コミカルに小首を傾げる仕種はまるで人間染みていて、けれどもその手には異形にしか成し得ない不気味さを持つランタンを掲げ持っている。
「こりゃまたハロウィンらしいな……」
光纏と共に出現したキーボードを叩きながら、ウィンドウを操作する言羽黒葉(
jb2251)。
ウィンドウに映し出される敵影は一体、目の奥で輝く光はブルー。
「レプリカ、か」
黒葉が判別を下すより先、南瓜頭が視界に入るや否や、磁場形成で足場を整えたアスリットは弾丸のように飛び出し素早く肉薄する。
「放火魔ジャック、あなたを逃しませんっ!」
相手の回避先を予測した上での斬撃は、見事レプリカの頭にぶち当たる。欠ける橙の破片を振り払い、更に追撃を加えるアスリットの猛攻を三人もただ見ているだけではない。
射線を縫い、ランタンを射抜くよう狙撃するのは射程ギリギリからのアルベールの銃弾だ。撃たれたランタンは火の粉を弾けさせ、けれど罅割れない。
「――こっちだ」
仲間の引きつけるような流れの攻撃で出来た隙を狙って背後に回りこんだアランは、空色の金属糸で薙ぎ払いの一手を南瓜の後ろ頭に向けて振り被る。――結果、見事命中。
糸は激しい衝撃を伴って後頭部に直撃し、レプリカはたたらを踏み、そのままランタンを取り落とす。意識を刈り取られた今が好機、そう思いきや――。
「――……ちょっと待って、危ない! アスリット、アラン、退いて!」
怪しく蒼く輝くランタン。注意深く観察していたアルベールの一声。
レプリカが取り落としたランタンが地に触れた瞬間氷が弾け、波紋のように地面に広がる。
路面を瞬時に凍結させ、アスリットとアランを燃やし尽くさんと蔦となって伸びる。
声掛けで反射的に退いた二人にとって回避は容易。
二人がサイドステップで避けると同時、つい先程まで居た場所を氷の蔓が駆け抜けてゆく。そうして、昏倒から目を醒ましたレプリカの手に再び生まれる蒼いランタン。
「青い焔自体は、何より綺麗だと思うんだがな」
「そうですね。ですが、生命を奪う焔……放ってはおけません」
足場を改め、手にしていたアイトラを指先で弄びながらアランは言い、アスリットは直剣を構え直し凛として立ち向かう。
――駆けるアランとアスリット、左右挟撃の一手。
剣とワイヤー、左右から挟み込まれての攻撃に圧された南瓜頭は皹割れ、そのまま崩れ落ちるとあっさり動かなくなった。
造られたジャック・レプリカの口許は、それでも笑んだまま。
青く不気味に輝く瞳の奥に、表情は何も見えない。
「! ちょっとみんな、アレ! もう一体来てる! しかも目が――」
正に不意打ち。辺りに意識を配っていたアルベールの声に三人が振り向くと、そこにはもう一体のジャック・オ・ランタンの姿。纏うは襤褸い布切れ、オレンジの南瓜頭。
その瞳の色は――真紅。
アルベールはすかさずハンズフリーのスマートフォンに届くよう声を上げて別班へと伝達する。
「B班のみんな、レプリカを討伐次第こっちへ急行して欲しい。……出たよ、ジャックだ!」
手には冷えた焔の源を携え、異形が奔る。
――お菓子は貰えない。だから悪戯してしまおう。
ジャックの口が笑って、四人を青い光の波に呑み込んだ。
一方舞台は変わって飛行出来る者の多いB班。
上空からの索敵で得た敵影を待ち伏せし、難なく不意をつくことが出来た。
「――少々物騒なtrickは如何ですか?」
狙いを定めながら樒 和紗(
jb6970)は言う。
射程範囲ギリギリ、それでも大きな的は撃ち易い。矢を番えた弓を鳴らすと、南瓜の後頭部にアウルの矢が傷を作る。
「凍らせるのだか放火なんだかよく分からないけど、とにかくそこまでにしてもらうよ」
その一歩後方から構えた銃口を据えるのは、ユリア。街並みに融けるように姿を眩ませつつ、矢が穿った箇所を狙うように合わせて銃弾を放つ。
さしものレプリカも集中攻撃を受ければ振り向かずには居られず、首をかくりと折って撃退士らと視線を合わせる。
その手のランタンに灯る焔は空より青く、燃えていた。
レプリカが片手を上げると同時、鮮やかな青に色付いた火の玉が生まれ、そして一直線に和紗へと向かい刃の形を成す。
残像を揺らしながら伸びていった焔の刃は和紗の元に容易く行き着き、彼女を捕捉すると同時にその勢いを増して大きく脹らむ。
「――っ、……!」
鋭い攻撃に避ける間は無い。追尾する焔は身を捩った和紗の腹に接触し、砕けるように一度散ると渇いた音を起てて氷結していく。
撃退士でありアウルに護られている彼女の全身を凍らせることは無いにせよ、突き刺すような寒さが彼女を襲う。
痛い。寒い。唇が合わさらない。歯の根が震え呼吸が定まらない。痛い。寒さより先に痛みが訪れ、ただただ痛い。――外気が暖かく感じる程の、震え。
「樒、大丈夫かっ!」
小刻みに震えながら膝を付いた和紗を庇うように前に立ち、直ぐに声を上げたのはディザイア。
守護者で在らんとする彼が、味方の被害を食い止めようとするのもまた道理。
稲妻を弾けさせる剣を手の内に精製し、歩みを進める南瓜頭を迎撃するよう構えを取って地を蹴る。
「やってくれるじゃねぇか――……ちょろちょろすんな、止まってろ!」
傷を負わされた味方の姿に舌打ちひとつ。
ディザイアは勢い付けて一気に距離を詰めると雷を振り抜き、がら空きの胴体へと向かって斬り付ける。迸る稲妻、けれど、麻痺させるには一歩届かない。
「……ウィル・オ・ウィスプ、愚者火め」
結唯は上空からその合間を縫って、レプリカへ弾丸の雨を降らせる。
ジャック・オ・ランタンの別名、ウィル・オ・ウィスプ。彼女はその存在意義と、存在理由を良く知っていた。
「これは本来旅人を道に迷わせたり、底無し沼に連れて来たりと危険な道に誘ったりする。今回の場合はあの世に誘うモノ。まさに愚者火そのものだな」
結唯が持ち得る人間界に関する知識の内の一つ。彼女は当然のことながら、その存在について良くは思っていない。憎しみすら篭めて、言う。
「……お前らは煉獄にすら行かず、地獄へ堕ちろ」
結唯の発砲。
爆ぜる音は、少し離れた先――A班の元からも同様に鳴る。
それから暫くの間の後、ハンズフリーのスマートフォンからアルベールの声が響く。
『B班のみんな、レプリカを討伐次第こっちへ急行して欲しい。……出たよ、ジャックだ!』
「っと……了解だよっ、アルベールさん!」
レプリカがディザイアに意識を向けている間、ユリアは潜行状態のまま不可視の矢を解き放つ。
空を切って奔り、着弾と共に輝く月色の矢。見事胴体を射抜いた矢は、霧散して宙に消える。
「急ぎましょう!」
腹を抑えつつも何とか立ち上がった和紗もまた、改めて間合いを取り直し、弓を引く。
ディザイアは身の丈程もある大剣を構え、距離を詰めた勢いそのままに振り抜くと、躍るレプリカを一撃で斬り伏せた。
●トリックオアトリート
マッチ売りの少女ってお話、知っていますか?
マッチに火を灯すと、だいすきな、欲しいものを手に入れることが出来る。
だからわたしは火を灯す。
マッチに火を。おうちに火を。世界に火を。
そうしたらきっと、ママとパパにも逢えるんだって。
わたし、そう思ったんです。
(たくさんの罪を重ねて、たくさんの罪を抱いて、そうしたら、きっとずっとずっとこの世界に留まって居られるから)
だからわたしはマッチ売りのジャック。
かなしくて、さみしくて、とてもとても寒いから。
――――ママとパパにあいたい。あいたいよ。
●マッチ売りのジャック
四人は夢を見ていた心地だった。
先遣隊の注意通り。幻覚だと判っていながら尚、朦朧とした意識は揺さぶられる一方。
マッチを手に取り、家屋へ火を灯す少女。
今にも泣き出しそうな表情で燐を擦り、火花を散らし、そうして次の表情は、落胆。
得られなかった。手に入れることが出来なかった。欲しいもの。ママとパパ。
「――また随分悪趣味なことで」
アランは皮肉めかして笑う。
何度目かのデジャヴ。幻覚を映すディアボロ、そのどれもが傷付いて、そのどれもが意志を持っていた、記憶。
「……冷たい。冷たいなあ。冷た過ぎて凍えちゃいそうだ」
アルベールは苦笑した。
それ以外に浮かべる表情を持たない彼は、愛銃を手に朦朧とした意識から還らんと首を振る。
「そういう、ことですか……」
アスリットは静かに息を吐き、両刃の剣の柄を握り直して真っ向から見据える。
怒りはない。ただ、静かな波。漣が胸の内に沸いて、ふつふつと音を起てている。
それぞれが思慮する最中、ジャックは笑んだ口そのままにランタンから火を灯す。
燃え上がる――凍り付く、家屋。亡くした家族は、見えない。見えるわけがない。
「……冷たい、そんな火で灯しても何も、見えないよ!」
アルベールは胸中に過ぎる悲痛な想いを隠して言う。
苦い笑みは絶やさずに、銃口を向けるは哀れなジャックへと。
アスリットは無言でアウルを具現化させ、怒りの名を持つアクアマリンが輝く宝剣を振るう。
それに呼応するようにランタンを翳したジャックから伸びる鋭い焔の牙が、アスリットの頬を裂いた。
「一緒に躍ろうぜ、可愛いジャック」
戦斧を手に誘うアランは背後から不敵に笑い、焔発動の瞬間を狙って重い斬り付けを行う。手応えあり。
大きく背を裂かれたジャックはよろめきながらも跳躍し距離を取り、ランタンを掲げる。
ランタンを中心にして生まれるのは、凍てつく氷粒の霧。
巻き込まれる形で極寒の霧に曝されたアランとアスリットの足取りは重く、ジャックの矢次に放たれる氷の牙に次々と身体を凍て付かせられる。
「おっとそこまで! 仲間を氷像なんかにさせやしねーのだっ」
身体能力が鈍る二人の背後、駈け寄ったアルベールが治癒の力を宿すアウルの光を空へと打ち上げる。先ず一発、そして最中でジャックの焔刃を受けて尚、二発。
直ぐに引き下がったアルベールを追うことはせず、ジャックは再度ランタンを揺らして焔を散らす。――だが。
「貴方の焔、奪います」
ランタンを持つ手を狙い撃ち抜く和紗の死角からの一矢。
B班の到着だった。
「機会は逃さず、狙わせてもらうよ」
ランタンを取り落としかけジャックがバランスを崩したタイミングを逃さず、隠された月の刃を放つユリア。
「ちっと寒いんでな、燃え上がってくれや!」
蒼い氷の炎に対して、ディザイアの真紅の炎がジャックを貫く。
続けざまに撃たれる結唯の銃弾は避けたものの、その先では動きを見切ったアスリットとそれに合わせるアランとが同時に挟撃を仕掛ける。
――二班の合流で、戦局は決まった。
見る間に消耗したジャックは暫くよたよたと歩いた後、あっさりと崩れ落ち、絶命した。
●マッチの代わりに
調査の結果、行方不明者はディアボロ三体であったのだろうと結論付けられた。
その中で、両親を亡くしている子どもはひとりだけ。
警察から、未成年ではあるが少女は放火事件の被疑者であったと伝えられた。
「唯純粋に愛し求めただけだ、何も悪い事なんてねえだろう」
ぽつりと呟いたアランの言葉に、頷いたのは誰であったか。
「それじゃあ次は、与えて貰わないとな」
淡い明かりを灯す線香。
一筋の煙は、今は何所に居るのか判らない少女と、先立った彼女の両親の元に。
繋がる焔は、少女の夢の奥。