●一番最初に思うこと
「……変な感じでですよね。ディアボロを作っているのは確かなわけですし、戦闘不能に陥った撃退士がいるのも事実……けれど被害は広がっていませんし、人を狙っていないというのもおかしな話で……何が、目的なのでしょうか?」
目的の村の農場の近く。現場が目視できる距離に差し掛かった辺りで、神月 熾弦(
ja0358)は小首を傾げて、改めて今回の事件の不可解さを言葉にした。
悪魔出現による、生き物のディアボロ化。それは、それ自体はおかしくない。ディアボロの行動理念に何も反していない。けれども、細かな所で謎が多すぎる。ディアボロ側の考えとすれば、狙う対象は人間が適しているにも関わらず――どうも、接触を避けている節が。
「……以前も下水で似たような悪魔が居たよね。あの時は姿を確認する事は出来なかったけど、もしかして今回の件と関わり有り……? ま、ディアボロ達は今回も僕の魔法でちゃちゃっと片付けてやるけどね」
クインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)は以前に解決した事件を思い出し、その関連性を考える。クインが一月ほど前に受けた依頼では、無数のネズミが下水道内でディアボロ化する事件だった。あの時も悪魔の目撃情報が出ており――わざわざネズミを、人の出入りが滅多に無い下水道内でディアボロ化させる利点が思い浮かばなく頭を悩ませたものだ。
今回の件と前回の件。何か関わりがあるのかもしれない。
「悪魔自身、変わった悪魔の可能性が高いですからね。もしかしたら悪魔と人の共存の一歩になるかも知れませんよ……」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は、まだ見ぬ悪魔を想って口元を緩める。悪魔の目的や素性が如何様にせよ、人に対して明確な敵対行動を取っているようには見えない。泣きながら去っていったという話もあるし、ひょっとすれば――その思いは消えない。
だが、それはそれとして、無視できない事実もある。
「確かに何をしたかったのか解らない部分はありますけど……パンチ一発で撃退士を沈めてるのは事実ですよ。警戒は忘れないようにしてくださいね」
もう近くには居ないのかも知れませんが、と大神 直人(
ja2693)は言う。
聞いている情報からも、悪魔の素性が、何か人と解り合えそうな気がしないでもないが……撃退士を軽く打ちのめしているのは事実。単純な力量差では、敵の方が圧倒的優位なのは言うまでも無い。
警戒を緩ませる訳にはいかないだろう。少しでも判断を誤れば、一瞬で此方の命が潰えるかもしれない。
「それに……誰かのお腹に入るはずだった、お肉とか卵とか、その他いろいろ……残念で、なりません……悪魔の人とお目見えできるかもしれませんが、目的は違えないようにしないと」
楠 侑紗(
ja3231)が、両の拳をぐっと握り締める。
人の被害は無いものの、牛や鶏など大切な家畜が犠牲となっているのは確かだ。長い目で、広い視野で見ればこれはやはり看過できる状況ではない。悪魔の目的はさて置いても、ディアボロ化した牛と鶏は退治しなければならないだろう。
抱く感情は多々あれど、成すべき任務は変わらないのだ。
「……どうにか迂回しながら進めそうです。御二人とも頼みますね。もしかしたら逃げ遅れただけの女の子なのかも知れませんけど……状況から言って、件の悪魔の可能性があります。接触は、慎重にお願いします」
双眼鏡で、農場の様子を探っていた三神 美佳(
ja1395)は言った。
彼女が見た所、どうやらディアボロ化した家畜達は一箇所に固まっており、迂回して進めば気付かれずに進む事が可能なようだった。農場の傍で、泣いている女の子の声が聴こえている……既に村の住民は避難を終えているので、この泣き声の主は聞き及んだ女悪魔である可能性が高い。
動き出す撃退士達。事前に交渉人として決めた二人は道を迂回しながら、それ以外の者は真っ直ぐ農場に接近しながら。
どうなるかは解らない。ただ――事は動き出したのだ。
●第一次接触
「……農場の傍から少女の泣き声か〜。悪魔だって決まった訳じゃないけど、多分そうだよね」
「うんうん♪ きっとそうだよっ! リリーはね、悪魔ちゃんといっぱいいっぱいお話する為に、飴玉いーっぱい持ってきたんだよ♪」
「僕もお菓子は持ってきたよ。さてさて、一体どんな相手が居る事やら……」
土方 勇(
ja3751)、そして鈴蘭(
ja5235)の両名は別班行動として、迂回しながら目的の場所へ向かっている。その最中に、会話に上るのは何と言っても今回の悪魔についてだ。
「……んー、こっちこっち。こっちの方みたいだよ? 何か、ひんひん言ってるよー?」
その最中、鈴蘭の耳に届くどこかの女の子の泣き声。ひんひん泣いている可愛らしい声が、二人の耳に届く。逃げ遅れた村の子供と言う可能性も捨てきれないが……。
「……僕も聴こえたよ。近い、ね。……さてと、悪魔だったら絶対激昂させたりしないようにしないと。まずは話を聞かないとね」
緊張感を滲み出しながら、勇も声のする方へ。
二人は息を殺し、一歩、また一歩と近寄る。
そして。
「……ふぇぇぇぇん……ひんひん、どうしようどうしよう。撃退士の人殴っちゃったよぉ……他の人が仕返しに来たらどうしよう……こわいようこわいよう……ふぇぇぇぇん……」
ぺたりと座り込んで、ウェーブのかかった銀髪の、童顔で小柄な女の子が泣いていた。
背中には悪魔の証である黒い翼がぱたぱた動いているし、あれが問題の悪魔で間違いないだろう。
ただ、うん……二人は一目で解った。
あれは駄目な子だと。
●一方その頃
「……っ! やってくれますね、この牛は! ええい、この辺りで女の子が泣いているのは解っているんです! これ以上邪魔するようなら部位事に解体しますよ!」
牛の突進をその身に受けながら、レイラ(
ja0365)は波打つ刀身の大剣を振るって応戦する。前衛後衛に別れ、役割も事前に決め、誰かが一方的に集中攻撃をされる事態は防いでいるが……前衛で戦う以上、どうしたって敵の攻撃を受ける羽目になる。レイラは長い黒髪を靡かせながら、もーもー突進してくる牛ディアボロ相手に悪戦苦闘中だった。
「とは言え、こいつら相手に長々と戦ってはいられないな。目的不明、素性不明の悪魔が近場に居るようだし、こいつらは範囲攻撃で一気に……!」
漆黒の大鎌に渾身のエネルギーを溜めて、御巫 黎那(
ja6230)は体当たりの連続で一箇所に固まりつつある牛ディアボロ目掛けて、黒い光の衝撃波を放った。直線上に居る牛ディアボロが、もーもー言いながら薙ぎ払われていく。
一気に複数を攻撃出来た訳だが――数はまだまだ多い。凄く多い。
そして鶏ディアボロの鳴き声が、煩くて腹が立つ。
「あああああ! 胸キュンな悪魔ちゃんに会いに来たのに、この牛と鶏は何なんだよー!? 鶏は煩いし、牛はもーもー迫ってくるし……ああ、また来たぁ!?」
どかーんと牛ディアボロに吹き飛ばされる因幡 良子(
ja8039)。前衛で食い止める事を目的に頑張っている彼女ではあるが、そうそう上手く事は運ばない。時にはこうして、牛さんの猛突進に押し負ける時だってある……無論、頑張り自体は確かなので、多くの攻撃は後衛にまで届いていないのだが。
しかし壁役は、何も一人だけという訳では無いのだ。
「簡単に突破などさせはしない。……残念だが、ディアボロ化してしまってはどうすることもできない。せめて、速やかに眠りにつかせてやろう」
迫り来る牛ディアボロを、梶夜 零紀(
ja0728)の矛槍が迎え撃つ。アウルの力を込めた強烈な一撃が、牛ディアボロの息の根を一瞬で絶つ。敵の動きをよく見据え、決して戦線を崩させないように。
一同の狙いは明確だ。前衛が攻撃を押し止めて、その間に後衛が集中砲火で牛ディアボロを倒していく策。もーもーもーもー突進を繰り返すディアボロだが、裏を返せばそれ以外の攻撃方法を持っていないらしく防御に専念していれば、そう簡単に壁を抜けられる事は無い。
前衛の壁に護られながら、ファティナは雷を放つ。牛に正確に命中させつつ――口から出るのは、前衛を諌める言葉。
「だけど、無茶は駄目ですよシヅルさん! 私達が数を減らすまで無謀な事はなさらぬように!」
「……そうしたいのも山々ですけど、後ろに攻撃を通させるわけにはいきませんし……少しは無茶させて貰いますよ。大丈夫、その為の準備はしてきてありますから――」
後方より掛かるファティナの声を受けつつ、熾弦は楕円形の盾を構えて強力な防壁を出現させる。
迫り来る牛ディアボロの突進は、その防壁と、熾弦自身を持って食い止める。衝撃が盾越しにも伝わるが――もとより覚悟の上。彼女は今、壁として、盾として前線に立っているのだから。
そして、攻撃を受け止めているその間に、クインが雪球を放ち、侑紗が雷球を放ち、牛ディアボロを魔法攻撃の雨あられの真っ只中へと送り込む。
「もう少し耐えてくれよっ、僕は牛を受け止めるなんてごめん……というか厳しいんだっ! すぐにこいつら料理するからさっ!」
「料理……本当に出来れば良いんですけどね……でも、食べられないんですよね……残念です」
クインが前衛を激励する横で、侑紗が牛さんを見つめて何か呟いてる。バーベキューとか丸焼きとか、食欲を誘う言葉が偶に聴こえて来るが……詳細は不明なのだ。
それに、その言葉の真相を判明させている暇は無い――美佳の放つ雷鳴の矢と、直人の撃つ光の弾丸が牛ディアボロを穿ち、また一匹その数を減らした。
「うみゅぅ。まだまだ一杯居ますけど、どうにか減ってきましたね。この調子なら……」
「ええ。俺達の勝ちは間違い無いですよ。問題は……」
ディアボロ達への攻撃の手を休めぬまま――胸中で、泣き声の元へ言った二名の事を考える。
果たして、泣き声の持ち主は悪魔なのか。そして悪魔ならば、その接触は上手く行ったのか。
ここからではその全貌は解らない。ただただ、戦いに専念するのみである――。
●OK、話し合おう
「――そうなのかー、じゃあティミドちゃん、一人でお仕事してるんだ? 頑張ってるんだねー」
「うん……でもでも、魂頑張って集めても、ティミドは下っ端の下っ端だから、集めた魂、上の人達に奪われることあるの……世知辛い世の中なの……」
「悪魔社会も大変なんだね……あ、お菓子まだあるよ? 食べる?」
「うん……食べるの」
差し出されたお菓子をあむあむと口に頬張る、悪魔っ娘。
このちんまくて、涙目で、世の無情に項垂れている少女の名前はティミド。勇と鈴蘭の両名が接触に成功した、女悪魔の名前である。
最初は泣きながら逃げかけたティミドであったが、敵対の意思が無いことを示し、お菓子等で餌付け――もとい、交渉し始めた事が功を奏し、今こうして会話が出来るまで至っている。
二人の聴き方も良かったのだろう。目的を聞こうとしたり、素性云々を詳しく探ろうとすればこうはいかなかった。
「でも……やっぱり上手くいかないの。ティミドは頑張ってるけど、魂は全然溜まらないし、撃退士さんとかに目をつけられたら怖いし……ふぇぇぇん……」
「ティミドちゃんティミドちゃん、そんなに泣かないでよー……ほらほら、リリーともっと楽しいお話するのだよー♪」
まあ、こうして相も変わらずひんひん泣いている訳なのだが――その時、遠くから戦闘の音が。
どうやらディアボロと仲間達の戦いが佳境に近づいてきているようである。どちらが優勢か、仲間との信頼とは別に気になる二人であったが……ちょっとそれどころではない。
ティミドの涙目が、もう凄いことになっている。
「ひ、ひうっ!? ティミドがディアボロにした牛さんや鶏さんが戦ってるの!? じゃ、じゃあ他に撃退士さんがやってきてたんだ……じゃあじゃあ、リリちゃんや、いさむんも、本当は……」
何か妙な名前で呼び始めているが、それどころじゃない。ティミドは大粒の涙をポロポロ零しながら、涙目で、上目遣いで睨んでくる。やたら可愛いが、本当にそれどころじゃないのだ。
「う〜〜! やっぱり撃退士さんはみんな、ティミドの邪魔をするんだー! ふぇぇぇん!」
そうして泣きながら振るわれる悪魔っ娘の拳。OK落ち着け話し合おう――そう言いたい二人であったが、可愛い見た目とは裏腹に、大気を裂きながら迫る拳に、逃げる術は無かったのだ。
●で、その後ディアボロは全滅……した訳ですが
「……どうも調子が狂うなその悪魔は。様子も行動もズレていると言うか……。それで、大丈夫なのか二人とも? 悪魔の中でも浮いた存在とは言え、悪魔は悪魔。相当な強さの筈だが……」
零紀は、ぶっ倒れていた勇と鈴蘭の二人に、どこか呆れ顔で悪魔の話を聞いていた。
聞けば聞くほど、悪魔っ娘ティミドの残念さが明確になっていき、どうしたもんだかなー、と言った感想しか抱けないで居たが……リバーブロー喰らって悶絶していた鈴蘭と、右のスマッシュ一発でダウンに持ち込まれた勇の姿が、ティミドの強さを物語る。
「でも大丈夫だよ! 話聞くだけでも可愛い胸キュン悪魔ちゃんなのは間違い無いし! それに、さ、そのティミドちゃんが本気だったら、もっと危なかったって。殴られても意識失わないで倒れるだけだったんだよ? それを考えれば……うんうん、そうだよねファティナさん! この悪魔とは分かり合える可能性があるよね!」
良子は倒れていた二人の傷具合を見た後、傍にいるファティナと一緒に「ねー」と笑い合っている。
良子の言うように、ティミドとの交渉が完全に失敗に終ったとは思えない。悪魔が本気の一撃を繰り出していたら、ぶっ倒れる程度では済まなかっただろう。意識的か無意識かは解らないが、間違いなく手加減したのだ。勇と鈴蘭の体を気遣って。
……まあ、ドヤ顔で「銀髪っ娘は正義だから」とか言ってるファティナは、ひとまず置いておくとして。
けれども楽観視はできない。黎那は冷静に、客観的に今回の事件を見つめる。
そうすれば、見えてくる、考えられる物が幾つか。
「……でも、そんな悪魔に私達が手も足も出ないというのは納得し難い部分があるね。演技をしている可能性もあるだろうから、一応考慮しておくべきだろう……そもそも、性格は兎も角、悪魔的な行動をしているのは間違いないのだしね」
「むぅ。しかしお姉さんとしては悪魔でも女の子が困っていたら優しく対応したいものです……何はともあれ全ては今後次第でしょうか? もうティミドさん本人は何処かに消えてしまったようですし」
レイラは周囲をぐるりと見渡しながら言う。
既にこの場に残っている物は無い。ディアボロは全滅させた後で、肝心の悪魔っ娘も泣きながらどっか行ってしまったようである。今この場で何かを考えても、進展は無い。
全てはこれからなのだ――。