●下水道
暗い下水道内を、ランタンの灯りが照らす。
撃退士一同は、暗く、そして臭うその下水道内を四班に分かれて探索していた。探すものは勿論ディアボロ。今回の一件で討伐すべき、ドブネズミのディアボロ達だ。
「それにしても、ドブネズミのディアボロか……一体何の目的でそんなものを作ったんだ? ドブネズミの魂なんて吸ったって大した力にならないだろうし。まさか、撃退士をおびき寄せて何か企んでるのか?」
「悪魔が目撃されたという情報もあります。何らかの意図があるのかも知れません……いずれにせよ、今は目の前の事を片付けることとしましょう。急いては事を仕損じるともいいますし」
大神 直人(
ja2693)と神月 熾弦(
ja0358)は灯りに照らされた下水道内を歩きながら今回の事件を考える。今回の件は考えれば考えるほど訳が解らなくなってくる。悪魔の目撃情報があった以上、このディアボロ騒動は悪魔自身の手によるものである可能性が高いのだが……それならば何故人間を狙わないのかという疑問が出る。
事件の裏が解らなく、気が抜けない――油断は禁物ということだけは解っている。
「どのような理由があるか解りませんが、憎き、忌々しき鼠退治とあらば……!」
「……姫宮さん? あの、目付きが怖くなっているのですが……」
「俺の目にもそう見える……どうかしたのか?」
「――いえいえ、これは失礼を。ただ、ディアボロ退治に意気込んでいただけですので。ええ、特に他意はないのですよ?」
首を傾げる仲間二人に対し、微笑みながら誤魔化す姫宮 うらら(
ja4932)。
どうやら口には出していないが、今回のディアボロ騒動に何か思うところがあるらしい。その理由が何なのか。それは現段階では解らないが。
撃退士達は歩く。警戒しながらディアボロを探す。
だがしかし、どんなに警戒しても対応しきれない問題が此処にはあった。
それは――。
「くさいよー……マスクしても防ぎきれないこの臭い。なんだってこんな下水道なんかに来たんだろうね悪魔。ネズミをディアボロにしたっていっても効率は良くないし。うーん、いつか会って調べたいね」
マスクで口元を隠した神喰 茜(
ja0200)が、若干うんざりした口調で呟いていた。
彼女がうんざりしているのは、何もディアボロ退治が面倒だから、という訳ではない。
マスク越しにも感じられる下水道の匂いに辟易しているのだ。気分的には、すぐにネズミ達を斬り捨ててしまいたいくらい。
その横では少年が一人、クインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が眼鏡を押し上げながら歩く。
「でもまあ、ちょっと臭いけど洞窟みたいで面白いもんだね……べ、別に怖いから話しかけてるわけじゃないさ。……悪かった、静かにしていくよっ」
「まあまあ、少しくらいなら話しても問題ないと思うよ……私も、今回の効率悪そうなネズミのディアボロ化には思うところあるもの。何か裏があるとは思うんだけどねー」
広げる地図をペンライトで照らしながら、八東儀ほのか(
ja0415)は語る。
彼女も、この事件に首を傾げている。ディアボロの数は多いものの、その対象はネズミ達だけ。悪魔の目的を考えれば、ネズミを対象にするのは効率が悪すぎる。何か別の目的があるのではと勘繰ってしまうのも仕方ない。
「兎に角、まずは鼠を探し出して狩らないと……げぇ、服が汚れちゃうな……汚れて良い服なんて無いのに。こんなところに出るなんてホント許せないなっ」
「同感。……うーん、誘い出しの魚に上手く掛かってくれるかな? 駄目なら虱潰しに探す事になるから長期戦になるし……そうなったら」
汚れて、しかも臭くなる――その考えに至った 茜とクインVはげんなり表情を見せた。
「クインVさんも神喰さんも、ぼやかないぼやかない。数は多く居るんだし、すぐに見つかるって……ほら、噂をすれば何とやらだよ。あれは逃がさないようにしないと」
広げた地図を畳み、太刀を構えるほのか。彼女の視線の先には、四匹のネズミ――四匹のディアボロが淀んだ瞳でこちらを見つめていた。
●至る場所で、戦いは始まる
予め、ディアボロの潜伏場所の大まかな位置は判明していた。故に、撃退士達とディアボロの戦闘は各場所で滞りなく始まる。
暗く、そして臭い水路の下水道。本来ならあまり戦いやすい場所ではない。
だが、それも撃退士による。例えば水上歩行のスキルを持っている――古島 忠人(
ja0071)などは、水路をものともせずディアボロを追い詰める。
「ふははっ、忍者舐めんなよネズ公がー! こんなケッタイな場所で何する気か知らへんけど、容赦はせんでー!」
忠人の振るう忍刀が、ディアボロの体を切り裂いていく。元々がドブネズミであるためなのか、ディアボロ達の強さは大したものではない。水路を苦も無く進める忠人に斬られていく。
「数は多いが、古島のおかげで水中に潜るネズミを逃がす心配は無さそうだな。俺は――近くの奴を確実に仕留めていくか」
長大な斧槍を振るい、アウルの力を込めた強烈な一撃を見舞っていく梶夜 零紀(
ja0728)。仲間が動きにくい地点の敵を倒してくれるなら、零紀は無理に動く必要は無い。その分、攻撃に専念し確実に討っていく方が、確実に数を減らせる。
「古島お兄ちゃんと梶夜お兄ちゃんの討ち漏らし……そんなの丸解りです。通路に逃がしませんよ!」
そして、二人の討ち漏らしは三神 美佳(
ja1395)が雷の矢で穿つ。忠人と零紀が討ち漏らしたとしても、その数は僅か。そんな僅かなディアボロを美佳は逃さない。自らの攻撃射程を活かし、素早く討っていく。
遭遇した五匹はすぐに討ち取る事ができた。ひとまず安堵の息を吐く三人。
「よし。ひとまずは問題なしやな。とりあえず他の班に連絡取るから、それ終ったら場所移そうや」
そう言って、忠人は事前にレンタルしてきた小型の無線トランシーバーを取り出す。あーあー、こちら古島ーと連絡を取り合うのを見ながら、美佳と零紀は敵について話し合う。
「……奇妙といえば奇妙ですよねぇ〜今度は悪魔側でなんか企んでいるのでしょうか?」
「あまり、メリットがあるように思えないんだが……ここで悪魔の目撃情報がある以上、無関係とも思えない。ネズミ達をディアボロ化してどうしようと言うんだろう?」
考えるが答えはまだ解らない。しばらくの後、三人は再びディアボロを求め下水道の探索を開始する――。
「おっと、逃がさないっすよ! そんなに長居したい場所でもないし、ささっと依頼を終わらせて帰りたいっすからね……南雲さん手早くやっちゃいましょう! ネズミ退治で臭くなるのはごめんっす!」
「そうだな……相手は然程強い固体でもない……丁度いい。この新しい武器に慣れる、いい練習台になってもらうか」
株原 侑斗(
ja7141)と南雲 輝瑠(
ja1738)。二人はツートップで攻め立てる。
逃げようとするディアボロは、侑斗が迅雷を用いて急速接近。一撃を見舞って打ち倒す。
噛み付いてくるディアボロは、輝瑠が白色の騎士双剣を振るい斬り捨てていく。
敵は弱い。集中攻撃にさえ気をつければ、容易に討ち取れる相手。そして、前衛の二人が集中攻撃に晒されぬようー―後衛より、土方 勇(
ja3751)が和弓で狙いを定め討ち取っていく。
「狙わせないし、逃がさないよ。一撃必殺を常に……そこっ!」
矢がディアボロの体に突き立ち、呻き声と共に倒れ伏せる。前衛後衛の役割を互いにしっかり護っていれば、ドブネズミを射抜くことも然程難しくは無い。逃がさぬよう、狙いをつける。
「二十匹のドブネズミ……ここにいるのは五匹か。気になるといえば気になる。だが……」
「今は目の前の敵を倒す事に集中っすね!」
同時に駆ける輝瑠と侑斗。刀と騎士剣の二閃が、ディアボロの体を容易に斬る。
何度か噛まれたが、ダメージは大したものではない。傷のうちにも入らぬような些細なものばかり。本当に、注意するべき点は、逃がさぬように戦う、その一点だけであった。
「ここが片付いたら連絡を取り合って、場合によっては他班のルートも索敵しないとね。全体で見れば一匹二匹逃しても不思議じゃないし……って、ああ、逃げた!?」
勇の撃った矢を避けて、運よく逃れた一匹のディアボロが横の通路に入り姿を消す。
弱い敵だが、この下水道内で逃がすと厄介極まりない。三人は舌打ちを漏らした後、すぐさま後を追い始めた。
●戦いは佳境を向かえ
「恨み辛みの限り、この場で晴らす……姫宮うらら、荒獅子の如く参ります……! 」
白銀の髪を逆立てんばかりの勢いで光纏を成したうらら。彼女はディアボロと遭遇した途端、果敢に敵に挑みかかっていた。まさに荒獅子の如き勢いで、忍刀を突き立てていく。
「姫宮さん……もしかしてネズミが嫌いなのでしょうか……? いえ、今考えることじゃありませんでしたね。私もいかせてもらいます!」
うららに続き、手にしたハルバードを勢い良くディアボロに向かって突いていく熾弦。噛み付いてくるディアボロに気にも留めず、ひたすら攻撃に専念。逃がさぬ事が一番大事だと判断しているが故の攻めであった。
無論、それを無視して何とか逃げ出そうとする個体もいるにはいるが。
「――ですから、逃がしませんよ。逃がしたらまた探さなきゃいけない――それはごめんだ」
直人の持つリボルバーが火を吹き、逃げようとするディアボロを撃つ。
長時間、こんな暗くて臭い下水道内を歩きたくない……そんな考えも見える射撃であった。
もっとも、そんな直人以上に、血気盛んな女性の姿もあるわけだが。
「此処より先には、往かせません……一匹たりとも逃しません!」
距離を取るディアボロがいれば、弓に持ち替え容赦なく射抜いていくうらら。
もう、口に出さなくても解る。うららがネズミに対して、異様な敵愾心を持っている事を。
「回復は……必要さなそうですね……姫宮さん、何が貴女をそんなに駆り立てるのですか……?」
星の輝きの範囲内で、そりゃもう大暴れのうららを見つめ、熾弦はぽややんと呑気に呟いた。
そりゃ呑気にもなるってもんである。この場で遭遇した、ディアボロネズミはもう全滅しちゃったのだから。
「ま、これで残りの班の状況次第では依頼完了かな。……依頼じゃなかったら絶対にこんな所へ来るのはごめんだな」
くんくんと自らの服を嗅ぎながら、顔を顰める直人。
敵は雑魚でも――この臭いは中々強敵だった。
「――あぁぁぁぁぁっ!!」
そして、別の場所で剣鬼と化している赤髪の少女が居た。
発勁による蛍丸の一閃が、固まっているディアボロを一気に貫く。楽しそうな笑みを湛えた剣鬼と化した茜が、ディアボロどもを撫で斬りに。
「神喰さんが何か凄いね……私の取りこぼしを一気に貫いちゃったし」
「……残念だったね、いや、あのネズミ達がだけどさ。僕からも逃げられないのに、きみ達までやる気満々なんだもの。むしろ憐れに思えてくるよ」
ほのかとクインVが、それぞれ遠い目で呟く。しかし、二人がネズミ達を可哀相に思うのは少し間違っている。だって二人も、結構容赦なくネズミディアボロをずたずたにしていたのだから。
「そりゃお仕事だもんね。ディアボロ相手に加減はしない――もう一度いくよ。天真正伝香取神道流、表之太刀が一つ……八神之太刀」
今度は茜が取りこぼしたディアボロを、ほのかの蛍丸が突き貫く。強烈な踏み込みからの一撃で衝撃波が生まれ、残っていたディアボロを一掃。運良く生き残ったものが居ても――それはクインVが許さない。
「僕からは逃げられないっていっただろ? ……大人しく撃たれる事を勧めるよ。これ以上、斬られたくはないだろう?」
六花護符から放たれる雷球がディアボロを撃つ。二人の女性の太刀に斬られ貫かれたディアボロが、更なる攻撃に耐えられる訳がない。物言わぬ骸と成り果てるネズミのディアボロ。
そして――動く敵が居なくなったのを確認して、茜の体から発散されていた静謐な殺気が落ち着き始める。ふぅ、と一息吐き、彼女の顔から凶暴だった剣鬼の笑顔が消えた。
「にしても……うーん……何のためにこんな場所にこんな天魔を作ったんだろ。確かに数は厄介だったけどさぁ……正直、弱くて斬りたいないし……」
何やら物騒な台詞ものたまっているが、やはり疑問はそこにいく。
何故、何の為に――。
●終る時
「消えろ、目障りだ」
そして――逃げた個体を追いかけていた班と合流した零紀の斧槍の一閃が、ディアボロの体を断っていた。現状、これで見かけたディアボロは全て倒した筈。仲間との報告を合わせれば二十匹は確実に倒している。
「いやいや助かったっすよ。水路の中を逃げるあのネズミを、上手く挟み撃ちできて良かったっす」
「はっはっは! いいって事や! こんな時のための水上歩行やさかいな! ……ただ」
「だた? どうしたっすか?」
「いや、結局今回の事件、良く解らんまんまやなー、と思ってな」
忠人と侑斗は、共に会話を交わし――その中で、はっきりしていない現状を考える。
今回の件、悪魔が関わっているにしてはどうも腑に落ちない。大体こんな、人が訪れる機会が少ない場所にディアボロを潜伏させてどうしようというのか。
輝瑠も思案する。最初の発端。つまり今回倒したネズミの存在を。
「二十匹のドブネズミがどうしてディアボロになったのか……基本はやはりそこだろうな。この近辺をよく調べる必要があるかもしれない。三神などは先程から捜索しているが……」
「手がかりになりそうなもの探してるんですけど〜……見つかりません。そもそもここは、暗くて臭くて探し物するには不向きな場所なんですよぉ〜」
若干泣きが入っている三神が言うと、周囲の者達は「確かに」と神妙に頷く。
戦闘中はあまり気にはならないが、こうして事が済んだ後落ち着いて嗅ぎ始めると……もう臭いの何のって。
「お腹すいたしシャワー浴びたい……とりあえずおやつをって……ああ、良かった落ちてなかった。これでおやつのチョコレートバーを無くしていたら、僕はどうなっていたか……」
思わず、こんなところに持ってくるなよと突っ込み所満載な勇。
こんな臭いところにチョコレート持ってきてどうするつもりだったのか。食うのか。食うつもりだったのか――また一つ、疑問が生まれてしまった。
「……疲れも取りたいしな。戻って、まずはシャワーを浴びた方が良さそうだ。俺達は多分、これでも匂いが麻痺している方だと思う。このまま学園内に入ったら」
零紀が怖いことを言う。多分、匂い的な意味で村八分だ。こんなに頑張って、そりゃねぇのである。
かくしてディアボロ退治を終えた一同は帰路に着き、地上へと上がっていった。
……地上に出る際、下水道の奥から、何か女の子の泣き声が聴こえたような気がするが……気の所為なのである。