瞑目していた鳩が目を開く。
「来た、か」
橙と黒の瞳が闇の向こうをひたと見据える。
「よくぞ来てくれた兵達よ。我が招来に応えてくれた貴様らを歓迎したい。……が、生憎とここには粗茶も茶菓子も無い。代わりに鋼でもてなそう」
鳩は背より野太刀を抜き放つ。降り注ぐ月光が刀身に反射し、剣呑な光へと変貌する。
「その前に、まずその少女を離して頂けますか?」
血気逸る鳩へカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)が提案する。
が。
「そんなものどうでもいい。欲しければ持って行け」
人質など一顧だにせず、鳩が疾駆する。
名乗りも皮肉の応酬も無く。卒爾に戦端は開かれた。
一番槍は、地面に膝を着き、遁甲の術で闇と同化した黒百合(
ja0422)のフルオート射撃だった。
高精度のSR-45の銃口より吐き出される、7.62×39mmの死神たち。
しかし、殺気とそしてマズルフラッシュで、鳩は狙撃を予感した。疾走していた軌道を半ば無理矢理に変え、射線より外れる。躱し切れなかった弾すら、その腹を剣で払い弾く。
そんな彼の背後へ回り込もうと、身を屈めススキ野を移動するのはパルプンティ(
jb2761)。射程ギリギリから攻撃しプレッシャーを掛けることが、彼女の戦略だ。
鴉(ja631)がリボルバーの射程まで移動し、引鉄を引く。撃鉄が雷管を叩き、立て続けに六度の発砲。
だが自動小銃に比べればダブルアクションの発射間隔は長い。
呵呵と嗤う鳩は薙ぎ、打ち下ろし、切り返し、峰打ちで弾いては身を捻り、首を振ることでその全てを躱す。
「ッハハ! こりゃ射的みたいで楽しいなっと♪」
桁外れの回避能力を見せる鳩に、空薬莢を捨てる鴉は悪意に満ちた笑いを上げた。
「――『銀』、参ります」
カルマは悪魔の頃からの名乗りを行うと、後衛の射線軸を隠し接敵。そして氷月はくあ(
ja0811)が射撃を行う一瞬、横にずれる。
カルマの陰より放たれたはくあの隠状狙撃。作戦は功を奏し、FS80の弾丸が鳩の肩口を掠める。
だが、血を散らしても鳩の戦闘嗅覚は鈍らない。
振り向き様に鳩が刀を振るう。突如に響く、金属音。
背後に回り込んだパルプンティの攻撃は一刀の下に叩き落とされていた。
「目障りだぞ悪魔!」
だが鳩は「卑劣」などとは嘲けらない。目障りと言いながらも、瞳は喜悦に濡れていた。
「……恐いのですねぇ」
どう見ても平和の象徴には見えない剣士に、思わず紫色の悪魔は漏らす。
味方への流弾と跳弾に気を遣った黒百合が、殺意と狂気を音速の三倍の速さで打ち出す。
パルプンティに注意を向けていた鳩の脇を、鉛色の死神が擦過した。
鳩は、現状厄介と判別したスナイパー達を先に排除しようと動く。
だがそれを阻むのは、味方の隙を埋めるべく間合いを詰めた蘇芳和馬(
ja0168)だ。
「……私は蘇芳和馬という。貴殿、名は?」
和馬は陰陽が波紋状に波打つ刀を、抜き打ちながら問うた。
「名など悪魔に奪われた。憶えているのは魂に刻んだ技と、強者への渇望のみよ!」
回避を無理と判断した鳩は、和馬の刃を野太刀で受ける。長物ゆえ、柳一文字への対応は一瞬遅れ、腕を浅く裂かれる。これを好機と踏んだ和馬は、流れる水の動きで抜き打ちから次の斬撃へと続けた。 さりとて、鳩も生前より剣の道を極めし修羅。理詰めの剣術、居合にも通じている。柄の握り、踏み込み、目線から、鳩は和馬が次に振るうであろう太刀筋を割り出し、刃を被せる。被せ、防ぎ、次手。報復の袈裟切り。
和馬の胸元から腹へと斬閃が抜ける。鋭く手痛い、斬撃。
鳩は和馬への追撃を行わず後方へ跳躍する。
一瞬後、鳩の頭があった位置を過ぎ去るはくあの弾丸。
畳みかけるのは、今度はカルマの居合だ。片手で振り抜かれる白刃を、鳩は正面より受け止めた。
金属質の悲鳴が両者の得物より上がる。
鳩が刃を押しこんでくるため、カルマは回避を選ぶ。大きく後方へ飛び退った。
しかし飛び退った分、鳩が詰め寄り、追撃を与えてくる。
驟雨のように降り注ぐ斬撃に、カルマは内心下を巻きながら防御し、受け流す。
それと立ち替わり踏み込んだのは桐原雅(
ja1822)だった。
一直線に襲来する彼女を捉え、嬉々として鳩は啼く。
「その矮躯は我へ挑むに足るか、小娘」
「……自分の身体で試してみると良いよ」
力量を問う煽り言葉に、雅は闘気解放で応えた。
「噴!」
鳩が逆胴の刃を振り抜く。
しかし、カルマに刃を放った体勢から放てる太刀筋は限定される。故に雅には鳩の繰り出す手は読めていた。ならば後はタイミング。
雅は左のハイキックで野太刀の腹を蹴り上げ、そのまま着地することなく中空で腰から身を捻らせ、右の回し蹴りに繋げる。
刀を弾かれた反動でよろめき避ける鳩へ、雅はさらに半回転し駄目押しの三撃目。
千変万化する雅の脚技に鳩の反応は遅れ、雅の左足刀が鳩の頬を打ち払った。
さらに、鴉の射撃のせいで反撃をすることも叶わず、退く。
「いよっ!」
捕虜の避難と応急処置を終え合流したアルレット・デュ・ノー(
ja8805)が、斧槍を振り下し鳩へ追い縋り兜割りを打ち込む。
重量武器とまともに打ち合っては、太刀は歪むか叩き折られる。瞬時に判じた鳩は野太刀を庇い身を捻る。
パルプンティの射撃がそこへ続くものの、首を倒す鳩の頬を掠めるのみ。銃撃の的にならぬよう、鳩は走った。その身を追って黒百合が掃射するが、当たらない。
鳩の進路上に走り込んだのは、雅とカルマ。
脛を狙う低空回し蹴り、そして、喉元への斬撃。上下に、時間差で攻める嫌らしい手だ。
しかし鳩も負けてはいない。
疾駆の勢い殺さず、浅く跳ねては雅の足刀を躱し、跳躍のまま上体を前方へ傾け、カルマの烈光丸は空振る。
「呵呵!」
前衛二人の間を抜け、哄笑を上げる鳩が標的としたのは鴉だ。
「上等、だぞっと♪」
正面から突撃してくる天魔へ、鴉は憎悪を円柱形に圧し固め、撃鉄を起こす。
眉間を狙う第一射。鳩が首を倒し空を切る。
胸目掛けた第二射。刃を上に向け切先を突き出す霞の構えのまま、鳩は刺突に近い形で弾く。
第三射、は最早無理と悟った鴉はアスピスを展開。円形盾を腰だめに構え防御の姿勢をとる。
けれどもそれは、鳩の刃を防ぐにはあまりに小さ過ぎた。
鳩は突き出していた切先を地を舐めんばかりに下げ、そこから撥ね上げる!
手首、腕、肩、背、腹、腰、膝、足首と全身の力で斬り上げられた無銘の野太刀が、盾の底を狙いあやまたず捉え、一息にかち上げた。
盾を弾き上げられた鴉は空足を踏み、自然と諸手を上げるような格好となる。
そこへ浴びせられる冷酷な二の太刀。後ろ足を擦りつつ裏へ回し、背中を鴉へ向けながら踏み込むと、脚を入れ替え一歩前進。と同時に、斬り上げた刀を握り変え、空中で刃を翻す。翻した野太刀の切先を自らの腹横横を通し、敵に背を向けたままの姿勢から刺突を繰り出したのだった。
鋭利な剣先が、鴉のガラ空きの胴へと突き立ち貫く。
鳩は無慈悲に柄尻を押さえていた手を握りに変え、振るう。
鴉の腹腔内で突きは払いへと変化、脇腹を内側より斬り裂きながら刀身を現わす。
激痛と失血によるショック反応で、意識を強制的に刈り取られた鴉の体が倒れる。
大技直後の鳩へ、和馬は無拍子で踏み込み、薙ぎ払った。
薄肌を斬られながら、鳩は横っ跳びに避ける。避けた先で待っていたのは、フレンドリーファイアが起こり得ない位置取りを漸く終えた、はくあの一射。
「削り、穿て……ヴァジュラ!」
悪神を抉り穿つ『金剛雷』が、闇夜を引き裂き鳩剣士へと喰らい付く!
雷矢はどう足掻いても回避しきれるものではないと瞬時に鳩は悟った。避けられぬのであれば斬るまで、と神の雷へ、大上段から振りかぶった刀をぶつける。
弾丸と太刀が激突し鳩は蒼光に包まれた。
刀身を伝い、柄を握る手から骨身へ侵略してくる電流に、鳩は血を吹き出す。
そこへ駆け寄るのは、得物を大鎌へと持ち替えた黒百合だ。
全長二百センチを超える黒鎌が、鳩の胸に引っ掛かり横一文字に斬る。
鳩は舞い上がる自らの鮮血の中に踏み込み、突きを返す。
黒百合の薄い胸板へと鳩の刀が吸いこまれた。
だというのに鳩は眉を顰める。
「面妖な技を」
妙に軽い手応えを覚えながら刀を引き抜くと、そこに残っていたのは学園指定の女子制服だけだった。『空蝉』である。
アルレットの戦斧が横に薙がれる。
鳩は斜め後方より襲来してきたアルレットに対応する。後ずさり、長大な間合いから逃れるのだった。
しかし、空振ると思われていたハルバードは、薙ぎの途中で軌道を変え、槍の刺突に転じる。
玄人好みの技に、鳩は眉間に皺を寄せる。刀を前方に突き出し縦に構え、斧刃に引っ掛けることで穂先を止める。
火花を散らし、一瞬の拮抗が生まれた。
その隙をむざむざ見逃すほど、久遠ヶ原の武士は甘くはない。
対格差を活かし、斧槍の下を潜り鳩の懐へと潜り込んだ雅の蹴撃『薙ぎ払い』が、鳩の腹へと叩きこまれた!
小柄で可憐な少女が放ったとは思えない蹴りに鳩が吹っ飛ぶ。
飛んだ先で待ち構えていたのは、腰を落とし、左手で鞘、逆の手で柄を握り、気息を整えた和馬である。
脱力状態から、瞬発的な緊張を各所の筋肉に与え抜刀する居合の秘剣『禍津太刀』。
日輪の光を纏った刃が振り抜かれる!
背負った鞘もろとも鳩はその背に、禍津日神の意を断つ太刀を受けた。
鳩はすぐさま反撃に移ろうとするが、雅の技で体が痺れ思うように動かせない。
傷口から盛大に出血し退く和馬と入れ替わったのは黒百合だ。
「あはァ、御免なさいねェ!」
遠慮なしに、黒百合が鳩の首を刈りに行く。
鳩は緊迫した笑みを浮かべながら、命令に逆らう躰に叱咤する。
そして首を刈り取られる寸前、無理矢理に肉体の支配権を鳩が取り戻した。後方へと体を倒し、片手でバク転するせいで、辛くも黒百合の斬撃は鳩の嘴を斬り飛ばすに留まる。
「呵呵!」
嘴を割られても尚、鳩は嗤う。
「貴方の相手は俺ですよ、剣士殿」
後衛に向かおうとした敵に向け、カルマが冷然と理詰めの剣術を浴びせかける。横一閃、から変化する斬り上げ、から納刀。そして一歩踏み出し、神速の抜刀!
カルマが遥か昔から磨き上げた『銀の刀技』の一撃。名をSlashという。
不完全な体勢のまま鳩は野太刀を振り下し迎撃、防ぐ。
「面白い、面白いぞ貴様ら!」
纏わり付こうとするSlashの銀の残滓と、パルプンティの浴びせかける弾丸を尽く叩き落としながら、鳩は高笑いする。そのまま、絶妙に嫌なタイミングで攻撃を仕掛けてくるパルプンティを、戦の舞台から叩き下ろしに向かう。
と見せ掛け、背後から『雷打蹴』を浴びせかけようとしていた雅に、襲い掛かる。
「余所見は良くないんだよ……」
「案ずるな。元より狙いは貴様だ、娘」
急降下してくる雅に鳩は挑む。剣道で言うなら「突きすり上げ面」、突いてくる雅の脚を力任せに斜めにすり上げ、すかさず一歩踏み込んで、叩き落とす!
体重の軽い雅は、空中で撥ね上げられ、一回転する。そこから彼女は驚異の反射神経を見せた。顔面に迫る斬撃を、両手を掲げることで命からがら防いだのだ。
骨まで達する鳩の斬撃に、雅は顔を顰め着地、一度体勢を整えるべく後方へと下がる。
「逃がさん!」
打ち下ろしから一歩踏み込み、踏み込んだ脚を基軸として回り、振るわれる鳩の剣閃に雅の額が水平に薄く切られる。
「あたしも忘れちゃ、いけないよ!」
雅へ更なる追撃を放とうとした鳩へ、アルレットは奇襲気味に斧槍を振り下ろす。
絶無の呼吸で加えられる重厚長大な刃は、鳩には避けられなかった。
「舐めるな小娘!」
鳩は凄絶に破顔一笑。自らの頭頂部から股間へと抜ける軌道の戦斧に、斜めに傾けた刀を重ね、強引に受け流す。
グラインダーに掛けられた金属板が如く、刀身から火花が上がる。そして軋みを上げながら、野太刀の中ほどに一本の罅が走った。
アルレットの必殺の兜割りは逸らされ、地面にめり込む。
そこへ、鳩が仕返しとばかりに薙ぎ払う。
野太刀の刃先がアルレットの喉元へと伸び、柔肌を裂いた。即死ではないが、喉笛を断つ致命傷たりえる一撃だった。
アルレットに重傷を与え無力化した鳩は興味を彼女から、駆け来る黒百合に移す。
八岐大蛇に持ち替えた黒百合は、瞬速の剣撃をさながら台風の如く繰り出す。
だが、十分な余裕を以って迎え撃った鳩は、斬嵐の中を舞い飛ぶ。あまつさえ、それを上回る速度で凶刃を振るい、倍の手数で黒百合を圧倒する。
剣鬼が二匹、狂喜しながら互いに喰らい合う。
三連の刺突が黒百合を捉えれば、黒百合が逆袈裟を斬り、そこへ次は鳩の斜めの切上げを黒百合が受ける。
「先程の、珍奇な身代わりはもう使わせんぞ?」
鳩は呵々大笑し、黒百合に『空蝉』を使わせる猶予すら与えず攻め立てる。
「全てを飲み込め、オーバーキラーっ!」
「妨害です!」
はくあの『螺旋白虹』とパルプンティの援護射撃が、執拗に黒百合を攻める鳩へ殺到する。
「いい所で!」
鳩が渋々ながら、二人の射撃に対応する。
和馬が『禍津太刀』を再度放とうとするが、鳩に胸を蹴り飛ばされ阻まれる。
その隙に、黒百合が鳩のキルゾーンから逃れた。
「中々に目障りだ。次は貴様らを……」
「目障りは、お前だ……ぞっと♪」
後衛の射撃手を討ち獲ろうと身を翻した鳩の台詞を遮ったのは、意識を取り戻した鴉だった。ダクダク血が溢れ出る脇腹を抑えながら、息も切れ切れに鴉はデリンジャーの引鉄を引く。
3インチの銃口から跳ね出る『月食の白兎』。
純白の弾丸が鳩の野太刀に噛みついた。
それは何の因果の悪戯か。被弾したのは、アルレットが損傷を与えた箇所であった。
甲高い音を立て、鳩の得物が折れる。そして白焔が鳩の肩口で爆ぜた。
「呵呵、死に損ないめ」
鴉の虚を突く一射すら、してやられたと鳩は笑みを零す。
その胸へ正面から、光り輝く太刀が突き込まれる。
その柄を握るのはカルマ。
割れた嘴から、心臓を貫かれた鳩が血反吐を吐く。
カルマが刃を引き抜く。風穴から噴水の如く血が噴出し、『銀』を紅に汚した。
「……もう、終いか」
膝を着く鳩が掠れた声を上げる。
胸の傷を抑えることなどせず、深々と溜息を吐く。
何かを言いたいのだが、今際の際になって彼の胸中には万感の思いが渦巻き、言葉にならない。
未だ成らぬ武が口惜しい。敵を全て斬り伏せることができず悔しい。もっと戦いたかった。全身全霊の死合いは、愉しかった。
どれを口にしたらよいものか、武骨な剣士は悩んだ。
が、湧き上がる喜悦を前にどれも瑣末と切り捨てる。
「呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵!」
童子みたく、ただ鳩は笑った。
嗤って、逝った。
カルマと和馬が、弔うように目を閉じる。
雅は、さらに強くあろうと決意を新たにする。