●怪しさ溢れる大瀑布
かつてこの地を訪れた高僧が絶賛したという袋田の滝は、四季において様々な姿に変化する。
紅葉に彩られた秋、真白き氷瀑の冬、新緑に包まれる春。
そしてこの時期の滝は――梅雨時ということもあり、堂々たる様子を見せつけていた。
故に、命図 泣留男(jb4611)は訝しむ。
(……あのダラケの月摘が大変な場所に行くはずがない。きっとこちらの裏を欠いてくるはず。)
メンナクは旅館の仲居さんを呼び止めると、何気ない世間話から始め、徐々に情報を引き出していった。
鴉天狗が座って滝を眺めていた岩がある、とか。
山のどこかに、滝壺と繋がっている底なし沼がある、とか。
聞きだした諸々の情報は、メンナクという変換機を介し、他の仲間達へと伝えられていく。
信憑性は考慮しない。それを検証するのは、探索に携わる者達の仕事だから。
(さて、次は……)
これで使命は果たした。
「うだる暑さがオレの内なる豹を目覚めさせた!」
マイ浴衣に身を包んだメンナクは、新たな情報を求めて露天風呂へと向かった。
●久遠ヶ原探検隊〜滝の洞窟に謎のアウル遺跡は存在した?
――前を見ろ! そして感じろ! 宝を撃ち抜くのはオマエのspirit魂だ。
受信した謎メールをそっと閉じ、ゆかり(jb8277)は深呼吸をして足を踏み出した。
観瀑台からの景色も凄かったが、袂から見上げる滝の豪快さはハンパない。
古式ゆかしい探検家スタイルを揃えたゆかり、四月一日蓮(jb9555)、グラサージュ・ブリゼ(jb9587)の3名は、真剣な面持ちで頷き合った。
「凄い迫力……。でも、お宝をゲットするためには、ここで引き下がるわけにはいかないんです!」
グラサージュが両の拳を握りしめて力説する。
「そうですね。足を踏み外さないよう、慎重に行きましょう」
「対岸のあの岩陰ですよね。確かにあそこだけ渦を巻いている。きっと洞窟があるに違いないわ」
冷静に警戒を呼びかける蓮の横で、ゆかりが可能性を力説した。
会話が微妙に噛みあっていないのは、滝の轟音で声がかき消されているからだ。半ば口パク状態なのだが、その事実を彼ら自覚する事はない。
お宝と言えば遺跡の中。
遺跡と言えば滝の裏側の洞窟の中。
故にお宝は、この滝壺に隠された洞窟の中にあるに違いない!
根拠のない自信に満ち溢れた探検隊は、揺るぎない足取りで進軍を開始した。
「タータタッター♪ タータターッ♪」
先陣を切るゆかりが口ずさむテーマソングが、弥が上にも気分を奮い立たせる。
滑りやすそうな石を飛び越え、滝水の中で無心に腕立て伏せをする轟闘吾(jz0016)の上を通り抜けて。
水圧は彼らが想像していた以上に強く、数メートル進むだけでも一苦労だ。
「おーい! 気をつけろ! 嫌な予感がすっ……」
隊列の中央に位置していたグラサージュの声が不意に途切れた。殿を守っていた蓮の目には、彼女の姿が一瞬で消えたように見えた。
「ちょ……グラさん? 引っ張らないでくださいいぃいぃっ」
安全対策のため、互いの身体を繋ぎ止めていたロープが仇をなし――芋づる式にどこまでも流されていく……。
その頃。
やはり滝の裏側に洞窟があるのでは? と推測したナナシ(jb3008)は、悪魔としての能力を存分に活かし、黙々と調査を続けていた。
「さてと。さすがに私も滝を走るのは初めての経験ね」
滝はかなりの高さがある。翼だけで全てをカバーする事はできず、ナナシは壁走りの術も併用して崖を駆け登った。
大量の水飛沫で覆い隠されていても、そこに洞窟があれば感触で判るはず。
その推測は、遠からず的中した。
端から端まで二度三度と往復した後、ナナシが着目したのは、滝の中ほど、二股に分かれた流れの片側だった。
岩と岩の間に挟まれた低い場所。
一見ただの“ウロ”にしか思えなかったポイントに、細い小道が続いていた。
●月居のお山には天狗がおじゃる
学園生の中には、巷で話題になっているお宝より、浪漫溢れる伝説に誘われた者達も存在する。
その一部が、古くから人の世に潜み、妖として畏れられた天魔――妖怪組の面々だ。
「長様のお仲間さん、伝説でいるという話だけれど……」
「会えたら楽しそうだよね」
ほわっとした柔らかな口調で呟いた白磁 光奈(jb9496)に、この場にいない知人を思い浮かべた両儀・煉(jb8828)が微笑みかけた。
「俺も天狗探しやるー♪」
共通の知人を持つ白磁 光奈(jb9496)が静かに頷き、ロタ・カルム(jb2999)が元気に飛び跳ねた。
もっともロタが燥いでいるのは、この山が纏う穏やかな空気が、懐かしい故郷に似ているせいもあるのだろう。
「あ、そうか。天狗って高いところにいそうだよね」
鶴のような翼を広げた光奈。ロタはぽん、と手を叩き、一緒に空へと舞い上がった。煉も後に続く。
その時、茂みの中から小さな影が飛び出した。飛び出す菓子絵本を抱えた江沢 怕遊(jb6968)だ。
「話は聞かせてもらいました。とうとう見つけたのですよ!」
有無を言わさず絵本を広げる。飛び出した紙製のドーナッツが数個、ブーメランのように地上に残った者達に襲いかかった。
「何さらしとんじゃ」
片手で菓子を振り払った霹靂 統理(jb8791)は、怕遊のボケに容赦のないツッコミを入れた。
仲間に対して優しい分、敵対するモノには容赦がない。身動きできないよう抑え込まれた怕遊は、統理の足の下でジタバタと暴れ続ける。
「悪い天狗は討伐しなきゃですよーっ?」
「僕はすねこすりだよ。名前はこすり」
真っ黒な犬耳をピコピコと動かし、夜寄 こすり(jb8809)が人懐っこく微笑みかける。
ここに集ったのは人非ざる者ばかりだが、統理の正体は鵺で、ロタは山童。他は鶴の化身に鬼神の血を引く煉……と、この中には天狗は居ない。つまり怕遊の思い込みは、間違いなく間違いなのだ。
「あれ……何か増えてる?」
周囲の探索を終えて戻ったロタは、いつの間にか増えた同行人を興味深げに見つめた。
実はうっかり地図を忘れ迷子になっていた怕遊。
旅は道連れという事で、探索中に光奈が出会った鏡月 紫苑(jb5558)共々、行動を共にする事になったのだ。
「いっぱい居た方が楽しいもんな。この調子で鴉天狗も仲間にしよーか」
和気藹々とする妖怪達を前に、怕遊はどうも落ち着けない。妙なテンションで、しきりに天狗=討伐対象という持論を唱え続けようとする。
「ま、そん時は俺がシバいたるわ。さっきみたいに」
「あら。暴力は良くないと思うわ? まずはお友達になる努力をしなきゃ。……ねぇ?」
ヤる気満々の笑みを浮かべて指の関節を鳴らす統理(jb8791)を、産砂 女々子(ja3059)が艶のある口調で諌める。
同意を求められた怕遊は、首をかくかくと振って頷いた。
(鴉天狗ちゃんが男前なら……んふふ、連れて帰っちゃおうかしらァ)
にんまりと微笑む女々子は、統理とはまったく違う意味でハンターの目をしているように思えた。
――風の囁きに耳を傾けろ。黒を目指せば天狗さえも俺にフォールする。
送られてきた暗号を元に、一向は天狗が腰を掛けていたという岩を目指す。
登攀用の鎖を頼りに急傾斜を登り、体力を取り戻すため、煉が心を込めて作ったお弁当を綺麗に平らげて。
途中、バサバサと風を切って飛ぶムササビや茶色い銭形模様の蛇に驚かされた。
陽の光を浴びてキラキラ虹色に輝く蜘蛛の巣に、紫苑がじっと見入ったりもした。
小さなハプニングはそれなりにあったが、それ以外に収穫と呼べる物はなく。
繰り返えされる単調な時間に、そろそろお子様達の注意力も散漫になってきた頃。
「あら? 皆様、あそこに何か……」
今度は蝶々に釣られて列を離れた紫苑が、川縁にある小屋の存在に気が付いた。鴉天狗の隠れ家にしては、軒下に幟が掛けられていたりして、ちょっと文明的だ。
「そう言えば、ラフティングを体験できるって言っていたわね」
「らふ天狗……?」
皆が探していたのは鴉天狗だったはず。
小首を傾げた紫苑に、女々子は渓流下りの事よ、と丁寧に教えてやった。
「それ、面白そう! 俺やりたい」
「僕もー」
真っ先に反応を示したのはロタとこすりだ。2人とも既に天狗の事は忘れてしまったのか、先を競って走り出す。
「待ちなさい、転んじゃうわよっ」
「私達も、行きましょう?」
「ラフティングか。ボクも初めてだね」
その様子を微笑ましく見守っていた保護者達も歩きだし……。
「みんな……ラフティングの方が危険度高いって知っとるんやろか」
呆れたように髪を掻き上げつつ、統理も仲間達を追いかけた。
あとに残された非・妖怪の2人はと言うと……。
「どうします?」
怕遊は紫苑を仰ぎ見た。
地図も無く道も判らないので、紫苑の答え次第では自分も覚悟を決めなければならない。
「そうですねぇ、どうしましょう?」
紫苑は暫し考える。
らふていんぐ、という物にも興味を引かれるが、今はもう少し、穏やかな山の空気を楽しんでいたい。
「そう言えば、この先のお堂に、美味しいお団子屋さんがあると聞きましたよ?」
「じゃあ、そこに行ってみましょう!」
「はい」
にっこりと微笑んだ紫苑に、怕遊はほっと胸を撫で下ろした。
●ココロを研ぎ澄ませて真剣勝負
菊開 すみれ(ja6392)は精神を統一させ、水中の気配を探っていた。
宝を求めて滝や山を探索する仲間達に振る舞うため、魚を捕えようとしているのだ。
釣り道具無しという状況ではあるが、すみれは魚が隠れやすそうな岩陰を探り、息を殺してその瞬間を待つ。
「ふふふ……。この『緑火眼』から逃げられると思って!?」
水面に現れた波紋。微かな魚の気配を目聡く感知したすみれは、渾身の一撃を繰り出した。
それにしても、何だか急に魚が増えた気がする。
ここへ陣を張ってしばらくは、姿を見つけることすら難しかったのに。
(もしかして私を食べようと?!)
一瞬本気でそう考えたすみれの耳に、何処からともなく激しい怒声と剣戟が聞こえてきた。
鴉天狗の正体が危険な存在であれば、討伐しなければならない。
騎士としての役目を全うするため捜索を始めたフィオナ・ボールドウィン(ja2611)は、山の長閑な空気を感じ取り、それが杞憂だった事を悟る。
「……居ませんね」
同行していた暮居 凪(ja0503)も、その事実を感じ取っていた。
「伝説が語られた時代は、遥か昔の事だ。案外、すでに久遠ヶ原の徒となっているやも知れぬぞ」
とんだ無駄足になってしまったか?
……否。
フィオナは悪戯を思いついたような笑みを浮かべ、凪に目を向ける。
強敵との闘いに供え、フル装備状態の凪。そして自分自身も同様の出で立ちで……。
「暮居よ、時間制限無しで一手どうだ」
ここなら一般人の目に触れることなく、思う存分力を振ることができるだろう。
挑戦的に笑うフィオナに、凪はやはり不敵な笑みで応えた。
「スキル使用も不可としよう。その方が長く楽しめる」
「スキルは無しでも、全力で行きますよ」
纏った白い光は挑戦を受けるという意志の現れ。凪はベルゼビュートの杖を顕現させ、切っ先を突きつける。
繰り出された初撃を、フィオナは軽々とかわした。
満足げに首肯し、赤き双剣で反撃を繰り出す。凪はとっさに後ろへ身を退いた。髪の毛が数本風に流れ、一筋の血が流れた。
「やりますね」
凪の手中にあった杖が消え、代わりに小振りの拳銃が現れる。間髪入れずに撃ちだされた白いアウル弾丸がフィオナの肩を直撃した。
しかしフィオナは眉一つ動かす事はない。騎士としての魂が、より激しさを求め焦がれる。
2人を取り巻くのは研ぎ澄まされた千の刃のような空気。
触れただけで全身を切り刻まれそうで、付近の鳥や獣達も微動だにせず、戦いの行方を見守っていた。
どうやら魚は、2人達の殺気に圧されて逃げ出していたらしい。
真の敵はそこに居たのだが……彼女達の存在感は、すみれの殺気を消してしまう程に強烈だった。
乙女達の闘いは続く。
高い確率でヒットを繰り返すフィオナと比べ、学科を移した凪は思うように相手を捉えきれない。
「貴様、その程度か? どうやら我の買い被りだったか」
「まだまだ、これからです!」
――きゃ……はっ……!!
突然聞こえた高い叫び声に、2人は本来の目的を思い出し、背中を合わせて身構えた。
「上流から何が来ます」
それがボートである事はすぐに判った。
乗っているのは、もちろん妖怪組の面々だ。
「危ない、退けやっ」
「え、もしかして私? ……き、きゃあっ」
統理の警告を受け、魚とりに没頭していたすみれが顔を上げた時、すでにボートは目の前に迫っていた。
避けた弾みでバランスを崩して盛大にコケたすみれ。溺れそうになって慌てて浅瀬に逃れたが、今度は服の中に入り込んだ魚が暴れ回り、身悶えた。
ドップラー効果を伴って、妖怪達を乗せたボートは更に下流へと向かう。
「楽しいわ、ね。自分の翼で跳ぶのと全然違う、わ」
自由にならないところが特に――光奈の柔らかな口調も、心なしか弾んで聞こえた。
確かにスリルはあるが、ちょっとでも油断すれば転覆してしまいそうで、統理や煉はハラハラし通しだ。
その上ロタが興味本位で右に左に動くので、バランスを取るのが難しい。
船底こすり、浅瀬に乗り上げ、ゴロゴロ転がる大きめの石に引っ掛かってグルグルと回り続ける。
「あはは、遊園地みたいだなー。もうちょっと早くても良いかも」
「でも、このまま行けば、滝に出てしまうんじゃないかな」
腹に響くような轟音に気付いた煉が顔を上げた。
袋田の滝の落差は120メートル。階段上になっているとはいえ、崖の一つひとつはそれなりの高さがある。しかもパワースポットと言われる場所である。妖怪の身とはいえ、無傷でいられる保証はなかった。
「そん時は飛べばえぇ」
「それもそうね。おちびちゃんは、しっかりとあたしに掴まっていてね?」
返事は無かった。
ふと気が付けば、さっきまで女々子の隣に座っていたはずのこすりが消えていた。
「……ちょっとォ、おちびちゃん何処行っ……」
まさかどこかで落っことしたのか? 心配になって周囲を見渡すと、いた! 前方の、滝上の崖に。
女々子が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
危ないわ。すぐに助けに行くから、動かないで。身振りを交えて呼びかける女々子に、こすりは楽しそうに手を振りかえす。そして、何を思ったのか、そのまま勢いよくダイブ!
太陽光を浴びて輝く水飛沫の中を、こすりは真っ逆さまに落下する。
咄嗟に飛び出した女々子。全速力で回り込み、空中でちびっ子をキャッチした。
「ちょっとォォォ!? あんた何してンのよ! ンもう!!」
「ばしゃーん。ってしたかったー……」
両頬をぎゅーっとつねられ、お仕置きをされたこすり。何故自分が怒られたのか理解できず、きょとんとした表情で小首を傾げた。
次第に早くなる流れの中、ボートは舵も効かず、まるで木の葉のように翻弄され続ける。
人間――否、たとえ妖怪であっても、本当に追い詰められれば、正常な判断が出来なくなるらしい。
直前の騒ぎで、彼らは見事に脱出するタイミングを見失っていた。
そして……。
●久遠ヶ原探検隊〜袋田の滝壺に鴉天狗は実在した?
全身びしょ濡れになりながらも、探検家達はようやくスタート地点へ帰還を果たした。
「とんだ災難でしたね」
ほっと胸を撫で下ろす蓮。
「えぇ。でも、例えどんな困難に遭おうとも、決して諦めませんよ」
「お宝の価値は、立ち塞がる障害の大きさで決まる。……そうだよね、ゆかりちゃん!」
蛇やネズミの大群に襲われたり、一本道で巨大な岩が転がってきたりするのは遺跡探検のお約束。もちろん滝に落ちて流されるのも王道だ。
時にはメンバーの誰かが孤立し、生死不明になるというプレミアフラグもあったりするのだが……それは考えない事にしたい。
「随分時間をロスしてしまいましたが、落ち着いて行きましょう」
「いっそ滝壺を潜ってみる? 深紅ちゃんの通訳だと、山の底なし沼と滝壺が繋がっているっていう話だったよね」
同じ轍を踏まないよう入念に作戦を練る探検隊の頭上に、怪しげな影が過った。
「……え?」
不穏な気配を感じ、グラサージュが空を見上げた時――
目の前に広がったのは四対の翼。逆光で陰になり、正体を窺い知ることはできない。
「おねーさん、退けてっ」
響いたのは少年の声。
避ける間もなく、咄嗟に頭を押さえて座り込んだ探検隊。その周囲に、ドボドボと水飛沫を上げ、妖怪達が着水する。
「……もう終わりかと、思ったわ」
この状況でも、光奈の穏やかな口調は変わらない。
皆無傷であることを確認し、煉は安堵の息を漏らした。
「あー死ぬかと思った。でも楽しかったぁ!」
「死ぬかと思ったのはこっちよ! 危ないじゃない」
何があったのかは知らないが、巻き添えを食らう所だったゆかり達は、抗議の声を上げる。
「ちょっと。今、何かすごい音がしたけど……何があったの?」
騒ぎを聞きつけて、ナナシが舞い降りてくる。その手には、黒い箱のような物が抱えられていた。
「上の方に洞窟――と言っても二畳ぐらいの広さだけど、隙間が開いていて、これはそこにあったの。随分古そうだけど、何だと思う?」
皆の視線を一身に受けたナナシは、怪訝そうな表情で箱を差し出した。
<
続>
【滝】袋田の滝 担当マスター:真人