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【AT/Blitz】蒼穹の船・探索 担当マスター:宮沢椿

●薄暗がりの邂逅
「駆動部と動力が分かれば飛空艇が作れますね」
 空挺の動力源を知りたい、というレミエルの言葉に逢見仙也(jc1616)はうなずいた。
「動力源は人間の魂とか?」
 不知火あけび(jc1857)は眉を顰める。
「大規模な宝探しですね!?!」
 楽しそうなダリア・ヴァルバート(jc1811)の横で、巫 聖羅(ja3916)は気を引き締めた。
(憧れのレミエル様と御一緒させて頂くこの作戦、決して失敗は許されないわ……)
 聖羅は『レミエル様ファンクラブ』の隠れ会員である。三峯や鳥海山でも彼を守って間近で戦ってきた。
(もし万が一にもレミエル様のお命が危険に晒される時は、私の命と引き替えてでもお護りしてみせます)
 今回も彼の盾となる。猫のような大きな瞳に力を込め、彼女はそう決意した。


 甲板で、そのすぐ下の通路で。次々に襲い掛かってくる敵を陽動に残る者たちに任せ、彼らは階段を更に下った。薄暗い通路をそれぞれ暗視装備やスキルを使い慎重に進む。
 装備もスキルも持っていなかったダリアとあけびには、ミハイル・エッカート(jb0544)が手持ちの物を貸し与えた。
 そんな中、灯火の下で彼らはヴァニタスと鉢合わせる。

「よう、はもりん。妙なところで会うな」
 戸惑いと驚きと警戒と。それらが織りなす一瞬の沈黙を制したのはミハイルだった。敵の正面に立ち、軽く右手を上げる。

「それはこっちのセリフだよ」
 葉守は赤い髪をかき上げた。
「見覚えのあるメンツ引き連れて何しに来たの」
「はもりんと 遊 び に 来 た !」
 即答。葉守ががっくりと肩を落とす。
「ふざけんな。どうせ偵察か強襲だろ……って、え? 後ろにいるの、もしかしてレミエル・N・ヴァイサリス?!」
 侵入者ひとりひとりを順に眺めていた目が長髪の天使に釘付けに。そういえば葉守って元・重症の撃退士オタクだった。レミエルのことも何かの記事で見知っているようだ。

「彼はいったい?」
 不審げに問うレミエルに、
「いや、何度か交戦したことのあるヴァニタスなんですけど……」
 と浪風 悠人(ja3452)が説明をする羽目になる。

 そんな葉守の様子を見て、とてもいい笑顔を浮かべるミハイル。
「そうか、興味があるか。遊びに来たっていうのはあながち冗談じゃない。船の中興味あるだろう、一緒に来いよ」
 じりじりと下がろうとする葉守の肩をがっしりとつかまえる。

「ふざけんな、見なかったことにしてやるからサッサとどっかに行ってくれ」
 抵抗する彼に、
「葉守さん、悪魔の空挺を自由に歩ける機会なんて滅多にないですよ?」
 あけびが言葉を添える。
「いや、お前忘れてるかもしれないけど、俺はここに住んでるからね?!」
 ツッコむ葉守。

「嫌がっても、立場上捕虜になっておかないとお前が後で制裁を受ける事になるぞ」
 悠人は感情を出さずに言う。
「交戦のつもりはない。同行してくれ」

「抵抗しなければ何もしない。葉守さんがあまり入れない所も行くわ。内部の見物しない? なかなか来られないから探検してみたいの」
 最後に華澄・エルシャン・御影(jb6365)にそう言われ、葉守は降参した。
「分かった、分かった。そのおねーさんには借りもあるから、今回は言うこと聞いてやるよ。けど、好きで行くんじゃないからな。この状況じゃ逆らえないから仕方なくだ」

「よし。協力次第では俺の弱点教えてもいいぜ」
 ミハイルは上機嫌だ。
「嘘は言わないさ。お前だってこれまで俺たちに嘘を付かなかっただろ」
 その言葉に葉守は一瞬目を見開き、そのまま黙ってしまった。


●二手に分かれる
「ノー戦闘。悪魔狩りはここに来られなかった方のやる事です」
 うなずく仙也の近くで、浪風 威鈴(ja8371)は少し不服そうな顔をしていた。葉守はかつて、彼女の大切な夫を傷付けた相手。本当なら同行など絶対に嫌なのだ。
「皆…頑張ってる……だ……ボクも……」
 小さく呟く。依頼のために沸き起こる怒りを堪えた。

 悠人はクリアワイヤーで葉守を拘束する。ただワイヤーにアウルは通さない。
 聖羅は駄目元で葉守にシンパシーを使用することを提案した。レミエルのため危険要素は少しでも除きたかったが、ヴァニタスの過去を読み取ることは出来なかった。
 残念だが仕方がない。彼女はきびきびと、これからの行動についての皆の意見を取りまとめる。
 葉守がいつまでもおとなしくしている保証はない。彼を押さえておく班と、レミエルを中心に探索に専念する班に分かれると意見が一致した。

「ダリアちゃん、気を付けてね!」
「あけびさん、お互い頑張りましょうね!!!」(両手ぶんぶん)
 親友のあけびと別班になったダリアは彼女にウィンク。ついでに葉守になげちゅ(はぁと)。
「……また変なの連れて来たな」
 葉守は肩を落とした。

 その間に仙也は『物質透過』を使い、床や壁が通れるか確認していた。だが壁も床も彼をはね返す。
「どういう……こと……?」
 威鈴は普段は誰にもしない無表情で葉守を睨む。
「この船の中は基本的に透過できねーよ」
 葉守は仕方なさそうに答えた。
「もともと、天使に対する要塞みたいなものらしいから。勝手に通り抜けられないようにしてるんだって聞いた」

 その情報を信じるべきか。葉守が本当のことを言っている保証はないし、船の中には他にも透過で調べるべき場所があるかもしれない。だが阻霊符の使用を制限したままだと陽動班の負担が重くなる。
 仙也はレミエルに意見を求めた。レミエルは少し考えてから、透過による調査を中止することを選択した。出来る限りの調査をしたい気持ちは彼にもあるが、陽動班が崩れれば調査どころか帰還も危うくなる。
 聖羅が陽動班に連絡を取り、阻霊符を使用して良いと告げた。


●鍵のかかった部屋
 探索班は聖羅、葉守班は悠人が光信機を持ち、互いに連絡を取り合いつつ違う階段を探索する。

「レミエル様はアストラルヴァンガードでしたわね。階段を上がった先で、『生命探知』による索敵をして頂けませんか」
「ああ、引き受けよう」
 聖羅の頼みにレミエルがうなずく。会話していると思うだけで心臓の鼓動が早くなるが、彼の前で醜態は見せられないので全力で平静を装う。今日はパーフェクト聖羅でいなくては!
「探知で自分の位置を見て貰い、階の大体の位相を測ることは出来ますか」
 仙也の質問にレミエルは首を横に振った。
「残念ながら生きて動くものがいるかどうかを感じ取るのがせいぜいだな。構造まで把握できればいいんだが」

 生き物はいないという回答を得、それでも聖羅は壁に背を付け慎重に進路確認をしてから通路に躍り出る。
 そこは広く明るかった。
 木製の壁はつやつやと光っている。等間隔に開いた窓の下にはつくば市が広がっていた。床には色とりどりのタイルが敷き詰められ、幾何学模様を描いている。先ほどの階層とは全く別の印象だった。

 警戒しながら通路を進む。
 仙也は全体の様子に気を配った。反響する音におかしなことはないか、明かりの配置は、壁は? どこに何があるかわからない。可能な限り細部まで見る。
 ダリアは壁のあちこちを叩いて異常がないか調べてみる。
 この階層にも紋章のタペストリーが飾ってあった。こちらは新しく綺麗だ。模様の色もはっきりしている。先ほどの階層にあったものは下の方がくすんで汚れていたが、こちらはその部分に鮮やかな文字が書き込まれていた。

「レミエル様。これには何て書いてあるのかお分かりになりますか?」
 聖羅がたずねるとレミエルはうなずいた。敵の情報を知るために冥魔のこともいろいろ学習している。
「炎翼のグリフォンに栄光あれ。……彼らのキャッチフレーズだろうか」
 太珀の話を思い出す。
「これはケッツァーの紋章だ。ひとたび翔ければ戦場を焼き払う炎翼のグリフォンなのだそうだ」
 生徒三人は裏側をめくって調べたが、特に何も見つからなかった。
「……なんか気になるんですけれど、ねぇ。」
 ダリアは更にタペストリーをいじってみるが変化は見られない。

 先に進むと、通路は大きく重い木の扉で終わりになっていた。しっかりと施錠されているようで、ノブを引っ張ってもビクとも動かない。
 仙也はスキルを入れ替え『開錠』を試してみたが、鍵が束の間ガチャガチャと音を立てただけで開くことはなかった。魔力で守られているようだ。

「鍵の破壊はダメですか!!」
 ダリアがわくわくした顔でさっと挙手。どうやら破壊したいらしい。
「時間も無いですし最悪、攻撃系魔術という名のマスターキーを使うことも考慮すべきでしょうかね」
 仙也も攻撃的提案をする。
「それは最終手段ね。まず鍵を探しましょう。それからでも遅くないわ」
 聖羅の意見に他の面々もうなずいた。
 ダリアは扉の周りの壁に何かないか念入りに探した。


●行き止まり
「まさか葉守さんに会うとは思わなかった」
 一方。あけびは長い階段をのぼりながら感慨深げにそう言った。警戒は怠らないが、今日は冷たくではなく素で話してみる。
「何だよ、えらくフレンドリーだな、ガキ」
「戦闘依頼じゃないですからね」
 北風じゃないんですと小声で付け加える。

 それから、
「この船の動力源について知ってることはあります?」
 一応聞いてみる。葉守は首を横に振った。
「本当言うと、さっきの階層から出ることはあまりないんだよ。たまーに他の悪魔のとこにお使いに行かされるくらいでさ」
 そうなんだ、とあけびは目を丸くする。葉守はきまり悪そうに眼をそらした。

「ね、ここを動画とか写メでSNSへ上げてウケそうな場所は?」
 今度は華澄が話しかけた。優越感を持たせ話を多く引き出そうと努める。
「それ、やっちゃダメってオッサンに言われてるから」
 答えは素っ気ないが、彼女はめげない。
「ケッツァーの印象はどう? 葉守さん。居やすい? 好きな人や嫌いな人は?」
「どうもこうも。他に行くとこもねえだろ」
 葉守はため息をつく。
「話なんか通じそうもないお方ばっかりだよ。ジュルヌってのがたまに、うちのオッサンとしゃべりに来るけど。あれも話通じないね。ロウワンって兄ちゃんは気さくだよ。この前、納豆キャンディ食うかって聞かれた」

「大変そうだな」
 学園で読んだケッツァーについての様々な報告書をミハイルは思い出した。
「ところでグムルはどこだ?」
「オッサン? さっきの階層の自分の部屋でディアボロ作ってるよ。乗組員には他に私室階層があるんだが、あの人はあそこがいいんだと。おかげで俺も穴倉暮らしだ。気が済むまで半日は出てこないから気にしなくて大丈夫」

「動力源が人間だとして、生かしたままなら巨大な船倉が必要になるはずだよな」
 ミハイルは考えながら言う。
「万を越える人が収容されたのは動力に使う為かもしれませんね」
 葉守を縛ったワイヤーの端をしっかりと握り、悠人は列の後方から答えた。威鈴はその隣で、仲間以外の足音がしないか警戒している。『鋭敏聴覚』も使用したが、対象を特定しない状態では思うように音が拾えなかった。

「家畜と見なすものを自分達の頭上には置かないだろう。船底に貯蔵庫、その近くに動力炉があるというところか?」
「探していくしかないね!」
 ミハイルの言葉にあけびは気合いを入れ直す。
 ようやく長い階段の先が見えて来た……が。

 そこには漆喰の上に横板を何本か張り巡らせた壁があるだけだった。
 威鈴は前に出て壁に耳を当ててみた。不審な音があれば仲間にその事を伝えるつもりだったが、壁の向こうは静まり返っている。
「本当に何もないのかな?」
 あけびは壁走りを使って調査した。壁に違和感は? 手垢の多い場所はないだろうか?
 ミハイルと華澄は壁や床を叩いて隠し部屋や仕掛けがないか念入りに調べる。
「この場所に見覚えがあるか?」
 何者かの痕跡が残ってないか仔細に観察しつつ、悠人は葉守に尋ねた。葉守は首を横に振る。嘘をついているなら見破ろうと、威鈴が射抜くような瞳で見る。

 壁の真ん中少し上の部分に触ると、不意に冥魔の文字が浮かび上がった。華澄がデジカメのシャッターを切り、文字を記録する。威鈴も持ってきた小さなメモ帳に読めない文字を書き写した。

 それから華澄は懐中時計を開く。そろそろ最初の調査を切り上げる時間だ。
 悠人は光信機で聖羅に通信した。彼女たちも撤収するところだとのことだった。


●情報交換
 元の階層で合流し情報交換をする。
「鍵の部屋に動力源、又は重要な物があるはずですね!」
 あけびが言う。

「合言葉を言え、と書いてある」
 威鈴のメモと華澄の写真を見比べ、レミエルは言った。
「行き止まりと見せかけた隠し扉かもしれない」

「合言葉や鍵について知っていることがあるか?」
 悠人が葉守に尋ねる。葉守は首を横に振った。
「知らされてない。ただ、合言葉は週替わりで廊下に掲示されるっていうのは聞いたことがある。オッサンなら知ってるだろうけど、わざわざ呼ばない方がいいと思うね」
「廊下……どこの廊下ですか?」
 仙也がたずねる。
「だから知らないって。ただ、廊下に新しい合言葉が出てるって仲間内で話してるのを小耳にはさんだだけで」
 嘘はついていないようだ。

「廊下といえば!!!」
 ダリアだけでなく、レミエル班の皆がタペストリーを思い浮かべていた。あそこに書かれていた言葉が合言葉……ということはあるだろうか。
 可能性はあるがまだ不確定だ。二回目は行く先を変え、それぞれ合言葉と鍵の手掛かりを探すことになった。


●私室階層
 次の階層に向かったレミエル班は、今回も『生命探知』で敵がいないことを確認してから通路に出る。鍵部屋の階層と似た雰囲気だったが、先ほどの階層と違ってたくさんのドアが等間隔に並んでいた。
 この通路にもタペストリーが飾られていた。同じ言葉が書かれている。
 撃退士たちはもう一度表と裏を丁寧に確認してみた。特に変わりはない。
「文字は魔力で書かれているかもしれないな」
 レミエルが言った。それ以上調べる時間はなかった。

 室内の調査に移る。もう一度『生命探知』を使い中に生物がいないか確認しつつ扉を試していく。施錠されている扉が多かったが、中の一つは簡単に開いた。

 淡いピンクの壁紙や絨毯で飾り付けられた可愛らしい印象の部屋だった。壁のあちこちには鏡が設置され、棚や寝台の上にはぬいぐるみがたくさん置いてあった。
「可愛いですね!!」
 躊躇せず中に入ってぬいぐるみを手に取るダリア。他人の物であっても容赦無し、取り敢えず面白そうな物があれば調べまくる。気になった物は何でも躊躇せず、手に取る、開ける、覗き込むetc。有利になりそうな物、持ち帰れそうな物はないかと物色。
 こういう人どこかで見たことある、確かゲームの中とかで。
「日記とか無いですかね??」
 今度は書き物机に突進。残念、抽斗は全て魔力で施錠されていた。

 聖羅は扉や壁、床、調度品などを調べる。棚の中には可愛らしい衣装やいろいろな楽器が丁寧にしまってあった。本棚の裏をのぞきこむが、きれいに掃除してあることが分かっただけだった。陰陽の翼を広げて天井も調べるがここにも異常はない。
 仙也はここでも全体を見る。家具の配置のバランスや、壁紙・絨毯の模様にズレはないか。


 ある程度調べたところで次の部屋へ向かう。
 そこはがらんとしていた。空き部屋かと思うほど何もなく、寝台と書き物机だけが殺風景な室内に置かれていた。
「……これは?」
 仙也は机の上にいびつな形の置物を見つけた。小学生が粘土でつくったようなそれは、時計っぽい形にも見える。裏を見るとたどたどしい文字で何か書いてある。
「に い さ ま へ」
 仙也は声を出して読んだ。その部屋にはそれ以上の収穫はなさそうだった。


 次の部屋は混沌だった。
 脱ぎ捨てたまま放置されてる服とかマンガとかおもちゃとか。めっちゃとっ散らかっていて床がろくに見えない。
「おおっ!!! これはもしかしてお宝ですか!!!」
 寝台の下をのぞき込んでいたダリアが高々とかかげたものは、コンビニで売っているえっちぃ本だった。
「ちゃんと机の上に飾っておきますね!!!」
 テーブルの上のお菓子と鈴のついたブレスレットの横にエロ本を置く。
 残念ながらこの部屋に手掛かりは……あるのかもしれないが探すのには時間がかかりそうだ。四人はそっと扉を閉め、見なかったことにした。


 その次の部屋の壁には大きな肖像画があった。銀紫の髪と瞳、ほっそりした体つきの美しい人物が描かれている。かすかな胸のふくらみがモデルは女性だと伝えていた。
 背後にはケッツァーの紋章が描かれている。もしやこの女性がべリアルだろうか?
「ベリアルの私室なら、動力源やつくばゲートに繋がる何かを見付けられるかも……」
 聖羅は美しい調度品で飾られた部屋を見渡す。するとダリアの声がした。

「これは、これこそは日記っぽいものではないですか!!!」
 書き物机の上から帳面を持ち上げる。するとページの間から小さな金の鍵が落ちた。
「あっ鍵です鍵ですよ!!!」
 落ちた鍵を拾って握りしめ、高く掲げる。

「確かに日記のようだな」
 帳面を渡されたレミエルは適当なページを読み上げた。
「……今日もべリアル様は美しい。愛の言葉をひとしきり捧げたが無視された。つまり僕はあの方の空気。つまりあの方にとってなくてはならないもの。その悦びに僕の全身は貫かれ」

「ごめんなさい申し訳ありませんやめてください」
 聖羅は慌てて押しとどめた。なんていうかレミエルにこんな文章を音読させるとかいたたまれない。

>きもいにっきをみつけた! すてますか? →はい
 
 そろそろ調査を一区切りする頃合いだった。鍵を見つけたことを収穫とし、彼らは来た道を戻った。


●豪華な部屋
 一方、葉守護送班も別の階層を歩いていた。彼らは初めて見るが、作りはレミエル班が調査した二つの階層に近い。
 あけびと華澄はそれぞれ『潜行』効果のあるスキル・足音を消すスキルを使って先行し偵察していた。罠に注意し死角にも気を配りながら進む。

 その間、他の者は階段に潜んで待った。万一、他の悪魔が現れたらまず葉守に対応させ別方向へ行かせるつもりだ。言うことをきかなくなった場合に備え、ミハイルの銃口は葉守の頭に向いている。

 すぐに二人が戻ってきた。敵影はなし、通路の先に美しい彫刻が施されたどっしりした木製のドアがあると言う。この階層には他に部屋はないらしい。
 通路に飾られたタペストリーを一応カメラに収め、問題のドアの前に立つ。施錠はされていなかった。内部の気配を探りつつ慎重に開ける。

 中は黒を基調にしつらえられた、どこかパンクな雰囲気のある部屋だった。調度は贅を尽くしたものであることがちらりと見ただけでもわかる。なぜかところどころにショッキングピンクのリボンが飾られ、部屋の雰囲気を微妙にしていた。
 『侵入』を使い威鈴が一番に部屋に踏み入る。
 正面の壁に巨大な肖像画が飾られていた。銀紫の髪の女性が金髪の男性にぴったりと寄り添っているそれは何というかリア充オーラを濃厚に放っている、が。

 誰もが鳥海山での戦いを、その報告書を思い出した。描かれた男性の黄金翼は間違えようがない。これは冥魔連合総大将・ルシフェルその人の絵姿だ。では寄り添っている女性がべリアルだろうか。
「べリアルの部屋なら、この船に関する情報があるはずです。机に書類やメモ書きがありませんか?」
 悠人の言葉に皆ハッとして捜索を始めた。悠人自身は光信機でレミエル班に状況を伝える。

 机の抽斗は空っぽだった。華澄は隠し抽斗がないかと念入りに探ったが、何もなかった。
 あけびは装飾品の飾られた戸棚や台の配置を中心に鍵や資料を探す。
 威鈴は物を隠せそうな場所を見つけながら、不審なものや箇所があるか捜索した。
 この部屋にはあまり生活感がなかった。豪華ホテルの一室のようだ。手入れは行き届いているが棚も抽斗も空っぽで、個人的な物は何もない。
 ペアのカップやグラス、ペアの物ばかりやたらに目についた。
 ミハイルはここでも床を注意深く調べるが、幾重にも敷かれた絨毯が邪魔をする。

 捜索を終えたあけびは入り口に戻り哨戒に専念することにした。
 入れ替わりに悠人が葉守を連れサッと室内を見て回った。窓際で豪華な刺繍の入ったカーテンを眺め、それを留める組み紐を一本失敬する。

 新婚の部屋のようだなと思いながら華澄は本棚、机、寝台の下、天井のダクト等、撮影しながら徹底探索していく。クイーンサイズの寝台の横にはナイトテーブルがあり、その片方にピンクのカードが置いてあった。何か書きつけてある。レミエルに見てもらおうと彼女はそれを持ち帰った。


●扉の向こうへ
 再び最初の階層で情報交換をし合う。レミエルは受け取ったカードを読み上げた。
「いらっしゃいダーリン、あたしのお城へようこそ」
 聖羅は、見つけたものをレミエルに読み上げさせるのはもうやめようと決心した。
 赤い瞳が冥魔の仙也の方へ動く。次からは彼に読んでもらおう。

 各階層のタペストリーに書かれた文句は全て同じだった。合言葉として試す価値はありそうだが、鍵部屋と行き止まりの両方を試している時間がない。
 鍵の部屋を試してみることで意見が一致した。

 階段をのぼり、もう一度慎重に気配を探ってから鍵のかかった扉の前に全員で立つ。
 金の鍵はぴったりと鍵穴に収まった。カチリという小さな音がして扉が開く。

 天井の高い広い部屋だった。
 正面には大きなモニターのようなものがあり、ひっきりなしに図形や文字、地図のようなものが映し出されている。木製の大きな机の上には羽ペンとインク壺、その後ろには書類や冊子がぎっしりと詰まった棚がある。

 悠人は葉守にこの場所に見覚えがあるか尋ねる。彼も初めて来る場所だと言った。
「管制室か指令室のようなものかな」
 レミエルがモニターを睨みながら言う。
「映し出されているのはおそらく航法データだ」
 そろそろタイムアップだ、と彼は思った。動力装置が見たかったが、ここまでの成果で良しとすべきか。

 だが生徒たちは諦めていなかった。
 あけびとダリアは一緒に壁を調べ始めた。華澄は室内の写真を撮影する。
 聖羅は航海に使用する空図や地図、伝令書や航海日誌のようなものがないか探した。それらしきものを発見すると使い捨てカメラで重要そうな部分を撮影しておく。
 威鈴はそれを手伝いながら棚の奥などに不審なものがないか探した。革装の厚い冊子を見つけ、葉守に聞いてみる。
「これ……どういう物か……分かる……?」
「だから分からないって。俺もココ初めてだってば」

「逢見さん、分かりますか?」
 悠人は仙也に冊子を渡して聞いてみた。
「航海日誌のようですね。いえ違うかな?『ダーリンいつになったら来てくれるの!』とか書いてありますねえ」
 ページをめくりながら仙也は言う。
「何の日誌だ……」
 悠人はついツッコんでしまった。

「ここに何かあるぞ」
 床を調べていたミハイルが声を上げた。
 その部分だけ音が違った。仔細に調べていくと床の一部がスライドし、再び鍵穴が現れる。

 同じ鍵で開くだろうか。半信半疑で鍵を鍵穴に当ててみる。今度も鍵はカチリと音を立てて回った。隠し扉の仕掛けが働き、床板が音を立てて持ち上がる。同時に金の鍵は空気に溶けるように消えてしまった。

「入ってみよう」
 レミエルの言葉に、
「おともします」
 ヒヒイロカネから取り出した魔法書を片手に聖羅が言う。
「俺も行きましょうか」
 仙也も手を挙げる。

 三人は翼を広げ、仕掛け扉の中をゆっくりと下りて行った。
 かなり広い部屋だ。しんとした冷たい空気の中に、魔力の波動が満ちている。その中心に柔らかな光を放ちながらゆっくりと回転している巨大な結晶体があった。室内にいるだけで押しつぶされそうな強大な魔力は、間違いなくそこから発生している。
「……当たりだ。これがこの船の動力に違いない」
 レミエルは感嘆しながら呟いた。

 周囲を警戒する聖羅の横で、仙也は携帯で室内と結晶体の写真を撮った。今は調べる時間がなくても、外観から後に得られる情報が有るかもしれない。


●うたかたの夢
 結晶体の調査を終え、三人は指令室に戻った。そろそろ帰投しなくてはならない。
 聖羅は日誌をどうしようかと迷った。重要そうな部分を撮影したいが時間がない。
「大丈夫です!!! これで解決ですよねおーるおーけい!!!」
 ダリアは日誌を丸ごと取り上げ自分のポケットにイン……はサイズ的に出来なかったので、ミハイルのスーツのポケットへ無理やりねじ込む。さすが勇者。

 仙也は机の上に持って来たアメの袋をいくつか置き、メモ帳をちぎって走り書きをした。
「何してるの?」
 あけびがたずねる。
「べリアルにお土産を。アメを上げたという話を前に読んだので」
 報告書にあったのはべリアルにじゃなかった気もするけれど、まあいいか。久々に書く魔界の文字で、『ほとんど果物のアメです。お好きだと言う納豆飴少なくて申し訳無いのだけれども』と書いておく。
 
 慎重にかつ迅速に来た道を戻った。
 薄暗い階層で悠人は葉守を拘束したワイヤーをほどき、上の部屋で拝借した組み紐で両手を縛り直した。
「これで言い訳になるだろ」
 それから悠人は、ふと相手の腹の辺りを見る。先日、自分が渾身のパンチを撃ち込んだ場所。そこに黙って手をかざし、『ライトヒール』で傷を癒した。
「……どういうつもりだよ?」
「お前は俺が殺す、だからそれまでは死なせない。それだけだ」

「部屋まで送ろうか?」
 華澄の言葉に葉守は首を横に振る。
「いいよここで。部屋で縛られてるよりこっちの方が自然だろ」
「そうね。サボりがバレるね」
「サボってねえし! アンタらに強要されただけだし!」

「急いで、みんな」
 聖羅が声をかける。
「……ああ、つくばゲートの正確な座標が分かれば良かったのだけど、そんな時間もないし」
 後半の呟きをとらえた葉守が言った。
「ゲートならこの船の中だ」

 沈黙が落ちる。葉守は早口に言った。
「場所は知らない。でもこの船のどこかにある。そこに入れるために、人間を下から連れて来たこともある」
 それだけ言うと石の床に座り込み、背を向ける。
「……今のは治療してもらった分の借りを返しただけだから」

 ミハイルは葉守の横にかがみこんだ。
「俺達は出会うのが遅すぎたな。非覚醒者でも司令塔になれたかもしれないぞ? これまでの手段はアレだが大胆な発想は興味深かったぜ」
 返事はない。彼は口調を変えた。
「そうだ、約束を果たさなきゃな。俺の弱点はピーマンだ。撃退士は毒を喰らっても平気だが、俺はピーマンを食べると吐き気を催す」
「は?」
 葉守は振り返り、呆れた顔で彼を見る。
「何そのカミングアウト。そんな情報要らねえんだけど」
「真面目な話だぞ」
 ミハイルは真顔で言う。
「食べろよピーマン。大人なんだから」
 ツッコまれた。

 あけびも顔を出す。
「十年経ったら告白してくれって言ってましたけど」
「言ってねえ。記憶捏造すんな」
 反論されているが笑顔でスルー。
「罪を犯す前に出会っていたら、兄貴分二号にならしてたかも。……今となっては斬るだけですが」
 わずかな寂しさも笑顔に紛らせて、それじゃ、と彼女は葉守に軽く手を振る。

「これ、後で読んでね」
 華澄は封筒を葉守のシャツの胸ポケットに押し込んだ。
 それは、読んでもらえるはずのなかったはずの手紙。それでも書かずにいられなかった。
 今ここで渡すかどうか、最後まで迷ったけれど。これを逃せば機会は二度とないだろう。

 そして撃退士たちはヴァニタスと別れ甲板へと向かった。次に顔を合わせる時はまた血の雨の中なのだろう。
 葉守が身を動かすと、ポケットの手紙がかさりと音を立てた。うたかたの夢の名残のように。


●蒼穹の船の主
 撃退士全員が再び甲板にそろうと、後は装備してきたパラシュートでここから飛び降り逃げるだけだ。
 その時、凛とした声が周囲を圧倒する。
「勝手に押しかけて、あたしに挨拶もせずに帰ろうってのかい? それはちょっとつれないじゃないか」

 輝く陽光の中に紫銀の髪の佳人がいた。ほっそりとしているのに、気圧されるくらいの威圧感と存在感がある女性だった。
 居合わせた全ての者の目が彼女に釘付けになる。
「部下たちから話は聞いてるよ。ダーリンからもね。あたしの大事なダーリンをあんまり困らせるんじゃないよ」
 艶やかな声が冷たさを帯びる。

「止まるな! 作戦は終わった、速やかに撤退だ!」
 レミエルが声を上げる。その姿に目を止め、べリアルは目を細めた。
「堕天使が頭目なのかい。それはまた……ボウヤがさぞかし血眼になって追いかけたがるんだろうね。あーあー、あたしの家をこんなに荒らしてくれて。この礼は必ずさせてもらうよ」
「地球は天魔の遊び場じゃない」
 レミエルはきっぱりと言った。その言葉にべリアルはただ大笑する。

 その笑い声を背中に聞きながら、撃退士たちは次々に地上に向け脱出していく。
 つくばでの電撃作戦はこうして終わりを告げた。

  






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