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【AT/Blitz】大禍時の朧雪楼 担当マスター:monel、由貴 珪花



「そんなら、おきばりやす」
 始まりの合図はアナエルの何気ない一言だった。
 その言葉に呼応するかのようにサーバント達の威圧感が増していく。
 気が付けば周囲に冷気が立ち込め、どこからともなく雪が舞い始める。
 冷気に肌を粟立たせ、一斉に動き出す撃退士達。
 ある者は楼内への門に駆け込み、あるものは空へと跳躍する。
 そして背後を取ったアナエルへ立ち向かう者達も。

「二階周辺に敵の陰は見当たりません」
 小さな声で通信機へ報告していた神谷春樹(jb7335)の視界に赤い人影が入ってくる。
 咄嗟に目に集中していたアウルを戻すが、焦点が合わないまま、赤天狗の放った風の塊がぶつかる。
「うっ……」
 風とは思えないほどの重みのある衝撃を受けて脳を揺らされた神谷は、足に力を込めてぐらつく体をおさえる。
「大丈夫よ!」
 すぐさま癒しのアウルに包み込まれ、鈍い痛みが和らいでいく。
「皆で生きて帰るの!」
 高瀬 里桜(ja0394)は首に下げたチェーンの先をグッと握りしめ、神谷に向かってアウルを送り込み続ける。
「絶対に、生きて帰るんだから……」
 決意を込めた視線で、次第に激しくなっていく戦場を見つめるのだった。 

「はじめまして、アナエルさん。私は……うわぁぁっ!」
 袋井 雅人(jb1469)は朗らかな笑顔を浮かべてアナエルに向かって歩いていく。
 手には個人的な狙いを込めた小さな書物を持っている。
 その狙いを果たすためには、アナエルに近づかなければならなかった。
 だが、アナエルに向かってくる袋井を敵とみなした赤天狗が上空から団扇を振るい、風の塊をぶつけてくる。
 アナエルを油断させようと体の力を抜いていたことが幸いしたのか、ダメージは受けたものの意識は鮮明だった。
 苦痛を無視できない事になるため、本人にとっては良かったのか分からないが。
「……袋井様になんてひどい事を」
 袋井に攻撃を仕掛けて来た赤天狗に向かって銃弾を撃ち込みながら、織神 綾女(jc1222)は嘆く。
「それに、あの方……私に容姿が似ておりますね。袋井様をたぶらかそうなど気持ちが悪い」
 倒してしまってくださいね、と祈る様に袋井の背中を見つめるのだった。

 凍てつく寒さに懐かしさを感じて藍那湊(jc0170)は空を見上げる。
 そこには我が物顔で空を飛ぶ天狗達が居た。
 視線を感じて顔を向けて来た一体の赤天狗と視線が合うと、赤天狗はついでのように団扇を振るってきた。
「わぅっ」
 慌てて身を投げ出して転がった藍那は、かわしきれずにそのまま地面を転がり続ける。
 石畳の上を激しく転がったためか、グラグラと揺れるような酩酊感は無かったが、回転の反動で若干目が回る。
 青い顔でうつむいて咳き込んでいる藍那の背後から、金色のアウルが送り込まれ温かく藍那の傷を癒していく。
「カマキリ救出部隊なんだよ!」
 アウルの送り主である私市 琥珀(jb5268)はぺかーっと笑って、カマキリを模した着ぐるみの腕を振る。
 緊迫した戦場でその明るい笑みは場違いにも見え、それだけに場に飲みこまれそうになる藍那の自分を取り戻させた。
 藍那は軽く頭を振って立ち上がり、繊細な細工が施された透明の銃を手に生成絵して天狗に向けて構える。
「ていっ」
 気合いと共に放たれた銃弾は赤天狗に命中し、銃弾から展開された鎖により赤天狗を地上へと引きずりおろす。
「やったね、凄いんだよー!」
 腕を振って喜んでいる私市の姿に、藍那は自慢気に小鼻を膨らませてさらに銃口を空へと向ける。

 天狗たちが地上へ風玉での襲撃を行う中、同じく上空へと飛び上がった撃退士達がいた。
 その中の一人である黒百合(ja0422)は、思わぬ事態に注意深く周囲を見渡していた。
 戦場に空を選んだ撃退士は他にも居た。
 孤立しないように立ち回るつもりであった黒百合だったが、地上を離れた撃退士達はコアを目指して2階へと飛び立ち、天狗の群れを黒百合一人で迎え撃つことになったのだった。
「あらぁ……? 劣勢ねぇ」
 言葉と裏腹に弧を描く口許。
「劣勢なら……本気を出さないと、ねぇ♪」
 自身を中心に爆発的に広がる冷気が天狗の翼を凍り付かせ、毟り取る。
 その代償として、全周囲から風の塊がぶつけられ、周囲一帯が氷と風で白く染まる。
 嵐が収まった時、そこには幾枚ものジャケットが細切れになって散らばっていた。
「こっちへいらっしゃぁい♪ それだけで終わりじゃないんでしょう?」
 囲みの一端にいた天狗の首筋に爪を喰い込ませていた黒百合は、口元に滴る血を拭いもせずに笑う。
 ドレスに滲んだ血は返り血だけではないが、その傷は既に埋まっていた。
 黒百合は痙攣が止まった手元の天狗を投げ捨て、殺到してくる相手に向かいアウルを高めて迎え撃つ。

 上空で繰り広げられている激しい戦闘の流れ弾に傷つきながらも、アウルで生成した水を取り込むことで傷を癒し、水無瀬 雫(jb9544)は走る。
「貴女に聞いてほしい事があるの!」
 童女を侍らせてしゃなりしゃなりと足を進めていたアナエルに水無瀬は叫ぶ。
 その言葉を聞いてアナエルはさもおかしそうに口許を隠した。
「目の前で家が襲われてるのにお話する人はおらんやろに、ほんにけったいな子やわぁ」
 相手にされていない事を感じ取り怯みそうになる水無瀬だったが、ぐっと拳を握りしめて言葉を続ける。
「身勝手なお願いということは承知しています! あなたに見極めて欲しいの! 私達を!」
 自らの周囲に霧を起こし、身体に纏わりつかせて水無瀬は踏み出す。
「対等となり得るか! 交渉に値する相手か! そのためにも!」
 力を見せる、と一気に踏み込んでアナエルに飛膝蹴りを放つ。

 ちりん、と涼し気な音が微かに響く。

 全霊を込めた膝蹴りをアナエルは微動だにせず、脇にいた童女が受け止める。
「そんなら考えときますわぁ」
 手応えの無さに距離を取った水無瀬に柔らかく微笑み、アナエルは再び歩き始めた。

「納豆まみれになって頂きますっ」
 アナエルに向かって手にした書物を開いて、独特の香りが漂う粘着質な豆状のアウルを投げつける。
 アナエルは異臭に鼻を押さえて下がり、苦し気な声を上げる。
「随分変わった香りがお好きなんやねぇ」
 袋井はその言葉を聞いてぐっと親指を突き出す。
「ええ! とにかく納豆は万能なのです!」
「私も納豆は万能だと思います!」
 遠くで見守っていた織神も袋井と一緒になって納豆を推す。
 ぼそりと、好きというわけではありませんが、と呟いているが袋井には聞こえなかった。
「ぜひあなたに受け取って頂きたいですね!」
 再び納豆を構える袋井の目の前の空間が歪み、青白い光が生み出される。
「また今度にしときますなぁ」
 遠回しに断っているのに推してくる袋井に若干の苛立ちを見せたアナエルは、納豆と共に袋井の頭を突然の猛吹雪で吹き飛ばす。
「ふ、袋井様っ!」
 その威力は吹雪などという生易しい表現では足りない。
 吹き荒れる氷が袋井の眼鏡を弾き、皮膚を削り、真っ赤に染め上げて行く。
 さらに、その背後に居た水無瀬をも巻き込み、吹雪きが止んだ後には血まみれで倒れた二人の身体が力なく転がっていた。
 慌てて袋井に駆け寄る織神には目もくれず、微かに呻く水無瀬に視線をおくり、興味を失くしたように再び歩き始める。

「追い詰められたら鼠だって噛みつくんだ」
 グリップに刻まれた鼠のマークを頼もしそうに撫で、森田良助(ja9460)は赤天狗目掛けて銃弾を放つ。
 森田の放った銃弾は赤天狗の翼の付け根を貫き、空での自由を奪われた赤天狗は真っ逆さまに地上へと落下してくる。
「上から見下ろしているつもりなんだろう? でも届く。僕等は噛みつくよ」
 だが、空を飛ぶ天狗の数は余りにも多かった。
 藍那や森田がいくら射ち落そうと、黒百合がどれだけ引き付けようと、全ての天狗の動きは封じられない。
「気をつけて、何体か取りこぼした」
 2階へと向かった仲間を追う天狗の姿を見上げて、森田は通信機に向かって警告する。
 既に射程外へと飛んで行った仲間達へちら、と視線を送り、森田は目の前の敵へと視線を戻す。
 敵は多く、打てる手は限られている。
 無意識のうちにグリップを撫で、森田は銃を構える。

「来ましたね」
 近づいてくるアナエルをみて、鳳 静香(jb0806)はアリシア・トライゼノン(jc2350)と目配せを行う。
「ええ!」
 静香の視線にアリシアは表情を強張らせて頷き、二人は声を合わせて召喚獣の名前を告げる。
「ストレイシオン!」
 二人の声に召喚され、何も居なかった空間に突如暗青の竜が2体現れる。
「GAOOO!!」
 ストレイシオンの咆哮に地面が揺れ、周囲にいる撃退士達を淡い光が包み込む。
 自身を包み込む光を確認して、静香は一歩前にでる。
「あ、あの……」
 アリシアが静香を呼び止めるが、何と言っていいのか分からずに言い淀む。
 そんなアリシアに静香は励ますようにもう一度頷いて見せる。
「大丈夫、すぐに戻ります。アリシア様まで前に出て倒れてしまっては皆を守る事ができなくなります。待っててください」
 そして、倒れた水無瀬に向かって駆け出していく。
 静香の後姿を見送り、開きかけた唇をきゅっと結んでアリシアは戦いに巻き込まれないように戦場から離れた場所へと飛び立つのだった。

「邪魔すんじゃねぇ!」
 鐘田将太郎(ja0114)の怒号が乱戦の中で響き渡る。
 アナエル目掛けて一直線に突っ走った男は童女に遮られて、苛立ったように大鎌を振るう。
「はっ、童女引き連れて御登場とはね。遊女気取りかい」
 飛びついてくる童女を叩き落とし、少しずつアナエルへと近づいていく。
 体から立ち上るアウルはゲートの影響を受けているとは思えないほど強くその身を覆っている。
「とっととご退場願うぜ、京かぶれ」
 手にした大鎌をヒヒイロカネにしまい込み、両手をくいくいと不規則に動かして指を鳴らす。
「勇ましいことやねぇ。その手で女子を殴るつもりなん? それともその細い糸で切り刻むつもり?」
 鐘田を見つめて、くす、と笑いをもらす。
「見た目によらず繊細なんやろか。鄙な男は複雑やねぇ」
「けっ、嫌味な女だ。気持ちの悪い言葉を放すお前さんの方が田舎もん丸出しだぜ」
 口ではけなしあいながら、視線はじっと相手の隙を伺い合う。
 膠着した状態はほんの一瞬であったが、鐘田には途方もなく長い時間に思えた。




 戦いが始まると同時に空へと飛翔したエイルズレトラ マステリオ(ja2224)とエイネ アクライア(jb6014)は真っ直ぐにコアがあると思われる2階に向かう。
 空を飛ぶ、というよりも駆け抜けるようにして走る二人は、他の仲間を引き離し一気に2階の壁の近くまで辿り着く。
「では、阻霊符の発動を止めるでござる」
 ゲート内部に建物があった場合について、事前に取り決めていたとおり、阻霊符の使用を止めて内部へと侵入しようとするエイネを、エイルズレトラが制止する。
「ちょっと待ってください。まだこちらに向かっている人が居ます。できるだけ全員で飛び込むべきでしょう」
 中で待ち受けているであろうハガクレと幾度も刃を交わしたエイルズレトラは慎重だった。
「ふむ、そういうものでござるか」
 エイルズレトラの言葉を受けて、エイネは後ろを振り返る。
 門へと跳躍し、広い屋根を駆け上がる様に走ってくるのは、鈴代 征治(ja1305)だろう。
 その上空には鳳凰を召喚したマリー・ゴールド(jc1045)の姿も見える。
 二人とは違う方向から全力で飛んでくる小田切 翠蓮(jb2728)の姿も見える。
 小田切は屋根の飾りの間を縫うように飛んでおり、その存在を知っているエイネでも所々で姿を見失うほどに、気配を消していた。
「しかし、余り待てぬでござるよ」
 鈴代とマリーは未だ遠く、二人のすぐ後ろには天狗が迫っていた。
「仕方ありませんね……。行きましょうか」
 天狗に追いつかれ、取り囲まれた鈴代とマリーの姿を見て、エイルズレトラは呟く。
 気配は感じられないが、小田切は既に近くにたどり着いているのだろう。
「ではいくでござる。拙者が一番槍でござるよ!」
 エイルズレトラとエイネ、そして小田切は壁を透過して2階の内部へと侵入していった。

「囲まれないように注意して! 孤立すると危険だ!」
 赤と青、2体ずつ4体の天狗に囲まれた鈴代は近くを飛ぶマリーに連携を呼びかける。
「は、はいっ!」
 鳳凰を飛ばして天狗を牽制しながら、マリーは高度を落として屋根の近くに舞い降りる。
 鈴代は前後左右から飛んでくる風の塊を2種類のワイヤーを駆使して切刻み、衝撃を受け流して耐える。
 マリーは危なっかしく動き、屋根の飾りに引っかかって転んだことで奇跡的な回避を見せている。
「くっ、このままでは……」
 ジリジリと2階へ向かい続けるが、次第に狭まってくる包囲網に鈴代は焦りを覚える。
「きゃっ!」
 とうとうマリーがかわしきれずに屋根へと叩き付けられる。
「危ないっ!」
 鈴代はマリーの追撃にきた天狗へ手にした十字架から無数の光の爪を放ち追い払う。
 もぞもぞと何かをしているマリーを助け起こし、周囲を警戒する鈴代のお腹に温かい感触が流れ込む。
「怪我を……私、こう見えて丈夫なんです。先へ行ってください」
 健気に囮を申し出るマリーに、鈴代は一瞬の躊躇の後に黙って頷く。
「こっちよ! 来なさいっ!」
 再び舞い上がったマリーと鳳凰に向かって2体の天狗が追いすがり、鈴代はその隙に2階へ向かって駆け抜ける。
 声を押し殺したマリーの呻きと屋根に何かが落下した音を聞きながら、鈴代は振り返ることなく跳躍する。
「そこだな! 分かっているぞ、アフロ頭!」
 背中から斬りつけられた痛みを根性で堪えて、2階の壁に向かって全力でエネルギーを叩き付ける。
 激しい音と共に、ガラガラと音を立てて壁と瓦が転がり落ちて行く。
「な、に……」
 さらに背後からぶつけられた風の塊に朦朧となりながら、鈴代は目の前に飛び込んで来た光景に愕然とする。
 崩れた壁の向こうでは、封砲の衝撃を肩で受け止めたハガクレの陰でエイネが血だまりに沈んでいる姿が見えた。
 その光景を最後に、鈴代は天狗の刀を頭部に受け、意識が断ち切られた。



 壁を抜けたエイルズレトラとエイネの目の前にハガクレが正座をして待ち受けていた。
「む、思ったよりも早かったでござるな」
 座ったままでも腰の刀には手が添えられており、いつでも抜けるという自信があるのであろうか、落ち着いた様子で立ち上がりながら二人を出迎える。
 朱金のアウルを纏ったエイネはすっと前に出て、ハガクレが立ち上がるのを待つ。
「拙者、武人として尋常な立ち合いをはがくれ殿に願うでござる」
 気合の入った言葉に、ハガクレは破顔して立ち上がる。
「カハハッ、面白いでござるな。ならば武士として拙者も断るわけには参るまい」
 すくっと立ち上がり、心持ち肩幅よりも広く足を開いて自然体でエイネに軽く会釈をする。
「拙者の構えはこれでござる。いつでも参られよ」
 くい、と手首を返して指を折り、エイネを手招きする。
 エイネは深く重心を下げて構え、紙刀を腰に構える。
「拙者の修練、どれほど通じるものでござるか。いざ、勝負でござる!」
 奇しくも共に抜刀の構え、緊迫した空気は座敷の壁が崩壊する音と共に破られる。
 ハガクレにわずかな隙を見たエイネは紙刀に雷光を纏わせ、練り上げた朱金のアウルと混ざり合った最速の一撃を放つ。
 はらり、とハガクレの着物がはだけ、胸元に一筋の赤い線が走ったかと思うとだらだらと血が流れだす。
「見事な才覚、見事な覚悟でござる。いずれ一角の武士となるでござろう……でござるが」
 カチン、と刀を鞘に納める音が響き、エイネは激しく血を噴き上げ、座敷を血で染め上げる。
「拙者も手を抜くわけにはまいらぬ。共に命があれば再び会いまみえることもござろう」
 その言葉はエイネには届かず、ただ、その場に倒れ込むのであった。

「幾度目でござろうか。お主と刀を交わすのは」
 目の前を飛び回るヒリュウの姿に視線を送り、自身の背後に感じるエイルズレトラの気配へと話しかける。
「……いや、もはや言葉は不要でござるな。参る!」
 ハガクレはエイルズレトラとハートから逃れるように座敷の中で円を描いて畳の上をすり足で走る。
「僕はもう飽きましたけどね」
 振り向いて刀を振るうハガクレの懐に潜り込む様にしてエイルズレトラが突き出した掌には一枚のカード。
 突き出された刀と交差して、ハガクレの身体に掌を押し付ける。
「まずは一手、貰いましたよ」
 引き戻された刀を潜り抜ける様に後退するエイルズレトラ。
 その瞬間、貼り付けられたカードが爆発し、ハガクレはアフロを揺らしてよろける。
「まだまだでござる!」
 背後に回ったハートを牽制して刀を一閃させ、ハガクレは刀を握り直した。




 黄昏ひりょ(jb3452)、白蛇(jb0889)、虎落 九朗(jb0008)、久遠寺 渚(jb0685)の4名は直進する本隊を離れ、右手の座敷へ続く襖を一閃。がたりと崩折れる音の向こうに視線をやる。

「――ッ、あの気色悪ィヤツ速攻でボコんぜ!」

 先頭で飛び込み、声を荒げたのは虎落。
 それ――鵺を難敵と定めた事に確たる理由などない。生理的嫌悪、直感、それとも撃退士としての経験か。
 残る3人も異を唱えることもなく、応と続いた。
「鎌倉解放の為にも、全力で頑張ります!」
「加護を授ける。合わせよ!」
「覇は畏を以って識らしめるべし、畏は歩を断って死たらめるべし――」
 白蛇の壁の司が体を震わせ、各々に薄い紗を纏わせる。と、同時。黄昏は意を決したように座敷の中央へと躍り出た。
 座敷中空に舞う5枚の符、それらを光で繋いでいく。
「印!」
 空間に満ちる、霓。
 夥しい数の光の礫がサーバントらを打ち抜くと、場の半数ほどの異形は四足の一つさえも動かす事ができなくなる。
 が。難敵と定めた鵺は体を翻し、辛くも霓から逃れると、蛇の頭をした尾でギラリと黄昏を睨めつけた。

 それはなんと表すべき音だったろうか。
 金切りとも、胴間声ともつかぬ、嗄声とも呱呱ともつかぬ蛇と猿顔の叫び。
 それが発せられるや否や、雷虎と鵺の爪が一斉に黄昏へと振り下ろされた。
 覇王の印を打ち込むために単騎突出した黄昏には、回避の余地すらなく。飛沫く赤。
「彼奴らを退かせるのじゃ!」
 ぐおん、と一声返事を返し、黄昏の周囲が壁の司の堅利な角で薙ぎ倒される。
 怯むは一瞬。黄昏に向けられた幾つもの爪が司へと閃き、感覚共有によって白蛇の意識は混濁していった。

「オイ神さん! 陣の中でも倒れちまったら意味ねーすよ……!」
 久遠寺が張ったドーマンセーマンにより周囲は安全だが、感覚共有の衝撃までを遮断するわけではなく。
 無数の裂傷で、白衣に赤が広がっていく。意識は、ない。
「このまま陣を維持しながら、私は鵺の足止めをしますっ!」
「とはいっても、黄昏さんはまだ敵のど真ん中だし……時間を稼ぐのが目的とはいえ……!」
 黄昏は未だサーバントが蠢く中で横たわっており、回復手である虎落は白蛇の治癒で手一杯。
 久遠寺は式神で鵺を捕縛しながらドーマンセーマンを張り直す以上の事に手が出せない。
 今は一刻も長く鵺の足止めをすることが、全体のために重要――。
 それは虎落も久遠寺もわかってはいたが、しかし、限界は必ず訪れる。

 近接でしか攻撃手段を持たず、陣の周りを取り囲んでいた雷虎と嵐狼が、機を見たりと四肢を振り回す。
「きゃあああっ!」
 疎敵の陣がほつれ、ひしゃげ、掻き消えたとき、久遠寺の運命はほぼ決まっていた。
 餌を前にして手をだすことができなかった猛獣が解き放たれ――そして、
「ックソ……これでも喰らいやがれ!!!」
 驟雨のごとく打ち据える彗星に、ギャンと引きつった声を上げた。

 既に戦闘どころか、時間を稼ぐ事も困難。
 黄昏を背負い、小柄の白蛇と久遠寺を両手に抱え、走りだす虎落。せめて、せめてゲートを出ることができれば。
 しかし――いかな超人的な身体能力を持つ撃退士といえど、3人運んで撤退するのは死出の旅。
 玄関を目前にして鵺の尾に足を絡めとられ、崩れ落ちていった。


 全員が意識を失った右座敷班だったが、その役割は十全に果たされたと言って良い。
 最後まで回復スキルで耐え忍んでいる間、彼は聞いていたのだ。
(あとは、よろしくお願い……しあす……)
 2階から聞こえる剣戟の音が激しくなり、そして少しずつ静かになりつつあることを。




 左の座敷へと向かった撃退士達は、広い廊下を駆け抜ける。
「まって、少しでも安全に進めるようにおまじない」
 川澄文歌(jb7507)は近くを走る木嶋 藍(jb8679)を呼び止めて、アウルの絵具で迷彩のペイントを施していく。
「コアに行くんでしょう? 気を付けてね」
 川澄のエールに、木嶋は左手の指を軽く噛みながら、しっかりと頷いた。
「ありがとう、でも、私は通信役のつもりだから。大変なのは彼とかじゃないかな」
 腰に下げた通信機に手を添えて、緊張をごまかすように軽く微笑みを浮かべて見せる。
 木嶋が指さした先には、大きな身体でトタトタと走るユーモラスな後姿があった。
「あれは、目立つよね……。わかった、しっかりと迷彩してくるねっ」
 軽い足取りで難なく先をゆく下妻笹緒(ja0544)の背中にアウルの絵具を浴びせるように塗りたくる川澄を見て、木嶋は今度こそ本当に吹き出すのだった。

 下妻の身体にアウルの絵具がペタペタと塗り付けられていく。
 服装を除けは白と黒のモノトーンな雰囲気を持つ下妻だったが、瞬く間に和のテイストを取り込んだ水墨画の世界観を身に着けて行く。
 ありていに言うと黒一色、熊になっていた。
「うむ、私を気遣ってくれたのだろう? すまないな」
 鏡が無い廊下ではパンダが熊になっていることなど下妻ですら気づけないことだった。
 
 最初に座敷へと侵入したのは法水 写楽(ja0581)だった。
 座敷の襖をスパァッンと開けて、視界に入ったサーバントの中心へと乗り込んでいく。
「お前ェ達ァ今からお休みの時間ってェ奴よ!」
 睨みを聞かせて周囲を見回した法水が、カァッ、と気合を入れると、法水を中心に凍てつく冷気が放射されていく。
「……こいつァ、一体ェどういう事だィ」
 広がって行った冷気は、一斉に打ち鳴らされた鼓の音により打ち消された。
 何事も無かったかのように四方から刀を振り上げて迫ってくる般若の面を見据えて、法水は啖呵を切る。
「おゥおゥ! それっくれェで足りるのかァ! 俺を倒したけりゃァ部屋中の刀を持って来やがれってんだ!」
「随分と賑やかな座敷だね」
「どいて、と言ってもきかないんでしょうね。このサーバントは」
 地堂 光(jb4992)と蓮城 真緋呂(jb6120)が座敷に入るなり、大ピンチに陥っていた法水を見て呆れた声を上げる。
 法水を救うべく、魔具から生み出された光の波動を般若の面へとぶつける。
 だが多勢に無勢、二人の攻撃を潜り抜けた般若達が振るう幾本もの刀が法水の身体を貫いていった。
「目の前で倒れられると困りますね」
 座敷へと駈け込んで来たRehni Nam(ja5283)が、全身を刺し貫かれて倒れている法水を見つけ、ためらうことなく手をかざして光の種子を法水の身体に埋め込む。
 眩い光とともに上体を起こした法水は、ひゅぅおっ、と妙な声を出して咳き込む。
「ぜぇぜぇ……死んだかと思ったぜ。ありがとよォ」
 のんきな声をあげる法水はそのままに、撃退士達は迫りくる般若の面に対して立ち向かっていく。

「……全力で、蹴散らす」
 ひょぉぅ、と独特の風切音を立てて、白槍が法水の顔の側を掠める。
 白槍は法水に切りかかろうとしていた般若の面の肩を貫くが、般若は刺さった槍をぐっと掴んで片手で刀を横に払う。
 燐(ja4685)は返り血を数滴頬に受けたまま、無表情に槍を引き抜き、般若の体勢を崩すことで刀を紙一重でかわす。
 よろけた般若に、とす、と矢が突き刺さった。
「加勢しますっ」
 梓弓を構えた深森 木葉(jb1711)はきりっと表情を引き締めて立っていた。
 矢を引き抜いて深森の方を向く般若の面の凄惨さに後退りかけたが、それでもしっかりと睨みつけてその場を動かずに弓を構える。
「怖い顔をしてもダメですよ。あたしは下がりません!」
 自分を勇気づけるように声を荒げる深森に、地堂は頷いて斧槍を具現化する。
「そうだ、良く言ったな。下がるのは俺達じゃない、こいつらだ」
 突き出された斧槍は般若の刀とかみ合い、金属の擦れる音を鳴らしながら互いに引かずにせめぎ合う。
「今だ、やっちまえ!」
 気を緩める余裕もない地堂は燐に向かって叫ぶ。
「……大丈夫、分かってるから」
 振るわれた白槍は般若の側頭部を強打し、床に転がした。
「あなたは、こっちよ」
 別の般若が加勢をしようと駆け寄ってくるが、蓮城が立ち塞がって炎を帯びた直刀で切り結ぶ。
 鍔迫り合いのまま互いに薄く切り合い、深手を負う前に双方が同時に離れた。
「血で染め上げてやる。このゲートも、貴様らも」
 蓮城が戦っていた般若に黒い霧を立ち昇らせる液体が吹き付けられる。
 液体と同じ黒い霧を身に纏ったエカテリーナ・コドロワ(jc0366)が、ライフルを腰だめに構えて液体を噴出させていた。
「溶けてしまえ、お面野郎」
 エカテリーナの放つ液体を受けた般若は煙を上げながら刀を振り上げるが、蓮城にあっさりと斬り捨てられる。
 先ほどよりも容易く斬れたことに、軽い驚きを示す蓮城に、エカテリーナは顎をくいっと振る。
「次はあっちだ」
 既に放射の準備を始めていたエカテリーナに、連城はアイコンタクトを交わして次の相手に狙いを定める。

「まだ動かないでくださいね」
 黒井 明斗(jb0525)は法水の傷を塞ぎながら座敷を広く見回す。
 座敷に入って来た撃退士を迎え撃ちに、どんどん迫ってくる般若につい従うように、鼓を持ったサーバントがついて行っている。
「俺ァあいつらを眠らせねェといけねェ。さっきは防がれちまったが、今度こそは……」
「防がれた……? 詳しく教えてください」
 法水の言葉に興味を引かれた黒井が法水に訊ねる。
「詳しくったってなァ……俺が奴等を眠らせようとした時ァ、あの鼓がポン、て……アイツラか? そうか、あの鼓が邪魔してやがったのか」
 黒井は法水の言葉に興奮した面持ちで同意する。
「その可能性は高いですね。彼等を片付けるにはあの鼓を何とかしないといけませんね」
 法水は首をぐりぐりと回して立ち上がる。
「いっちょやってみッかァ」
 立ち上がった法水は鼓をもったサーバントに冥魔の輝きを帯びた大剣を振るう。

 座敷中央での戦闘が激化してきた隙を狙い、座敷の端を通って2階を目指していた鳳 静矢(ja3856)と雪室 チルル(ja0220)は般若に道を塞がれる。
「道を開けろ……とは言っても無駄か。押し通るぞ」
 静矢が抜いた紫を帯びた刀は目も留まらぬ速さで般若達を切り払う。
 衝撃でよろめいた般若の背後に静矢が見たものは、2階に登る階段と階段の前で奇妙に目を引き付けられる踊りを舞う能面の姿だった。
「今のうちにいくわよっ」
 駆け抜けようとした雪室は不意に殺気を感じ、氷を纏った魔具を振り上げる。
 激しい手応えに驚きながら振り返ると、ぼんやりと焦点の定まらない静矢が雪室に向かって剣を振るっていた。
 氷を切り裂き伝わってくる衝撃に顔をしかめる雪室だったが、さらに横合いから斬りつけてきた般若の刀を受け流し、階段と踊りを舞う能面を見据える。
「あいつが何かしたのねっ!」
 雪室は深く考えるのを止めた。
 戦場ではそれもまた生き残る術であった。
「あたいが一番乗りするんだから!」
 能面を正面に見据えて、真っ直ぐ走って真正面から突きを放つ。
 剣を突き上げる前に体の中身がぐるりと裏返るような気持ち悪さを感じたが、無心に剣を振るう。
 雪室には敵が何をしてきたのか、何をされそうになったのか、分からない。
 ただ、分かる事は、道が拓けた、ということであった。

「おらァ! 眠れってンだ!」
 法水の周囲から発した冷気が座敷を覆うが、再び鳴り響く鼓の音が打ち砕く。
 だが、乱戦になり能動的に動く戦況のもと、鼓も般若の側にいつまでも居続けるのは困難である。
 特に階段を守ろうと動いた般若たちは、耐えることも出来ずに眠りに落ちて行く。
 もちろん、鼓により守られた般若もいた。
「はっ、こいつァ痛ェ……」
 自分の腹に刺さった刀を見つめて、再び意識を失うのだった。

「……好機、逃さない」
 燐は法水を指した般若を薙ぎ倒し、階段への道を切り開く。
「行って……すぐに起き上るから」
 燐は隣に立つレフニーへ話しかける。
 レフニーは法水を癒した後も、座敷の中央で戦い続ける撃退士達を支え続けていた。
 だが、そこは既に乱戦区域となっており、レフニー自身も多くの傷を受けていた。
 周囲に散らばる青薔薇の花弁はレフニーも死力を尽くして戦っていた証であった。
 ここでレフニーが離れる事でどうなるのか、燐もレフニーも分かってはいた。
 ためらいから僅かに反応が送れたレフニーを後押しするように、黒井が白銀の槍を振るう。
「行ってください、ここは私達が支えます」
 その言葉に、レフニーは足を踏み出す。
「……わかりました。やってみせるのです!」
 振り返ることなく、自らの役割を果たすために真っ直ぐに前を見つめ、駆け出した。

 激しい炸裂音と共に、前を塞ぐ般若がよろける。
 エカテリーナは反動で跳ね上がる銃身を力でねじ伏せ、次の射撃の姿勢に入る。
「行け、階段を制圧しろ」
 蓮城と地堂はエカテリーナの射撃により僅かに開けた隙間にアウルを叩き込んで更に広げる。
 蓮城の視線の先に誰も居ない階段が見えた。
「先に抑えないと……」
 階段に向かって走るのは撃退士達だけではない。
 サーバント達も終結しつつあった。
 ここで塞がれてしまえば、2階への侵入がまた遅れてしまう。
 その事は、被害の拡大だけでなく、作戦の失敗につながりかねなかった。
 駆け出す二人の前に、ゆらり、と影が立ち塞がる。
 雪室に突き伏せられた能面が、体にぽっかりと穴を開けたままで立ち上がり、再び踊り始めようとしていた。
「あなたには固まってもらいます」
 不意に何もないところから川澄が現れ、能面を砂塵で包み込む。
 砂塵が収まった時、今にも踊り出しそうな能面の石像がそこに立っていた。

「ここは絶対に譲れない、負けてられねぇんだよっ!」
 地堂は階段の前に立ち塞がり、サーバント達の攻撃に銀色の障壁を立てて耐え凌ぐ。
 その数は多く、やがて障壁は消え失せ、地堂の体に傷が回復速度を上回るほどに増えて行く。
「私は仲間を護る為の盾」
 地堂に並び立つ蓮城の身体の周囲に光が現れ、刀で受けとめきれない刃を弾く。
 雪室が、静矢が二人に援護を受けて階段を駆け上がっていく。
「気を付けてくださいねっ」
 無理な突破の為に傷ついた雪室の背中にアウルを送り込み、深森が叫ぶ。
 その深森は階段に殺到するサーバントの群れに飲みこまれるように倒れる。
 レフニーが階段を上り、真っ黒い人影が二つ、後に続き、地堂と蓮城は数歩下がり階段を抜けられないように守りを固める。
「かかって来やがれ、死んでも通さねぇぜ!」
 仲間を信じて、戦いは続いていく。



 アナエルが鐘田に向かって口を開いた瞬間、森田の放ったストライクショットがアナエルの頬を掠め、頬にひっかき傷を作る。
 ほんの一瞬、視線を動かしたアナエルに向かい、鐘田は童女をかき分けて襲い掛かる。
 今持ちうる最速の一撃、突き出した拳には確かに手応えがあった。
 だが、後方へと飛んで行ったのはアナエルではなく、かき分けたはずの童女であった。
 鐘田は予想外の相手を弾き飛ばした事に愕然とし、面白そうに覗き込んでいたアナエルと視線が絡む。
「なに、が……?」
「こないな小さな童をいじめて、酷いお人どすなぁ」
 微かに笑いを含んだ瞳に鐘田は引き込まれるように見つめてしまう。
 その時、アナエルの足元から無数の腕が生え、アナエルの脚を取ろうとする。
「あら、なんやろねぇ」
 絡みついてきた異界の手をひょいとかわして、高下駄で踏み潰して何事も無かったかのようにふるまうアナエルは、視線を鐘田の背後へと送る。
 そこには全身に迷彩ペイントを施した山里赤薔薇(jb4090)が潜んでいた。
「そんな、避けられた……?」
「あらあら、変わったお化粧」
 アナエルは含み笑いを隠していた袖を振るう。
 それに応じる様に驟雪が鐘田の横合いから放たれ、鐘田と山里の身体に無数の穴を開けて行く。
「ぐ、く……」
 鐘田は全身から血が噴き出し、無念そうに唸って倒れ伏す。
 たまたま鐘田の大きな身体の陰となっていた山里は、手足を損傷するにとどまった。
「うわぁぁぁ!」
 想いが溢れだすように叫び声を上げ、アナエルの正面から小龍の戯れを繰り出す山里。
 アナエル周囲の童女を巻き込み、激しく爆散する小龍の群れ。
 アナエルは身体の前に薄い氷の幕を張り巡らせ、迫りくる小龍の姿を鏡の様に映しとる。
 やがて爆散した小龍の余波に髪を揺らしながら、妖しく瞳を煌めかせる。
「どう? 全員を狙えば子供を盾に出来ないはず……!」
 山里は手応えを感じて爆炎が収まるのを見つめる。
 炎の中心、アナエルの前にあった薄い氷の幕がキラキラと崩れ落ちた瞬間、その表面から山里に向かって燃え盛る炎を纏った氷の龍が襲い掛かる。
 目を瞠る山里に喰らいつくように顎を開いた氷の龍は炎をまき散らして爆発する。
 自らの技を返されて驚愕の表情を浮かべたまま、山里は崩れ落ちる。
 その炎はそれだけにとどまらず周囲へと拡散していく。
「あぁっ、袋井様っ! 早く、早く病院へ連れて行かないと……きゃあっ!」
 近くに倒れていた袋井の身体を守る様に身を投げ出していた織神も、背中を焼かれて袋井に折り重なる様に倒れる。

 空を舞う天狗に鎖が巻き付き、地上へと引き摺り降ろされる。
 残る一体も翼を撃ち抜かれ、重力に引かれるがままに堕ちて行く。
「よし、もう一体捕らえたよ」
「こっちもバッチリ。神谷君っ」
 藍那や森田が地上に落とした天狗は刀を抜いて、自由を奪った相手へ襲い掛かる。
 門と建物を背に一ヶ所にまとまっていた撃退士達へ襲い掛かることは、すなわち、撃退士を狙う天狗の行動範囲も狭める事になっていた。
「この距離なら、外さないよ」
 並んで迫って来た天狗たちへ神谷が貫通力の高い銃弾を放つ。
 銃弾は天狗達の身体を貫き、ぽっかりと穴を開けるのだった。
 だが、それだけでは天狗は足を止めない。
 迫ってくる天狗の前にストレイシオンが立ち塞がり、咆哮を上げる。
 青い光に包まれたストレイシオンに足止めされた天狗たちは、苛立たし気に刀をストレイシオンへ容赦なく突き立てられる。
「うぅっ……」
 アリシアのうめき声が聞こえるが、その体はアウルの光に包まれ致命傷を避ける。
「大変っ! 諦めちゃだめだよっ」
「はいっ!」
 高瀬が癒しの光を送り、アリシアは血の気の戻ってきた顔に決意を浮かべて頷いた。

 黒百合や鈴代が引きつけていた天狗を除くとすべての天狗が地上に堕ち、刀を抜いて戦っていた。
 撃退士達は固まって身を守っていたが、既に敵を足止めする技術に長けたものはおらず、混戦状態となっていた。
 それでも大きく崩れることなく戦えていたのは、静香やアリシアの呼び出すストレイシオンの結界や、高瀬や私市による治療、そして気力を奮い起こすアウルの力が、押し寄せる敵の力と釣り合っていたからだった。
 均衡を大きく揺らすのは追加の戦力、黒百合かアナエルが参戦した時になる。
 
 先にやって来たのは、童女を引き連れたアナエルだった。
「さあ、お行きなさい。遊んでくれはるそうやよ」
 アナエルの声に従って数体の童女をアナエルの側に残して、残りは一斉に駆け出した。
 神谷に、藍那に、森田に、次々と飛びついて彼等の身体の自由を束縛していく。
「当てやすい位置に来てくれてありがとう」
 神谷は身体にしがみつく童女に銃口を当てて、立て続けに引金を絞った。
 3度鳴り響いた銃声に、しがみついていた童女は避ける事も身を守る事もできずに、銃弾を無防備に受けて倒れる。
 他の二人も同じように、童女を振り払い、その束縛から逃れる。
 だが、その代償は大きかった。
「よく頑張りはりましたなぁ。あとはゆっくりお休みなはれ」
 吹き荒れる吹雪が静香のストレイシオンと藍那を薙ぎ倒す。
 二人が倒れたことにより、一気に形勢が傾くのだった。
 
 雁鉄 静寂(jb3365)は身を潜めていた建物の陰から静かに身を起こし、両の手にもった双銃をアナエルへと向ける。
 じっと潜み、アナエルの行動を見ていた。
 何に関心を持つのか、その行動原理は、そしてどのような技を放つのか。
 充分、とまでは言えないが勝機が無いわけではない。
 アナエルが攻撃を跳ね返す技を使ったのは一度きり、それも正面の攻撃に対してだけであった。
 そう何度も使える技ではないのか、それとも相手の攻撃を意識していなければ使えないのか。
 試してみる価値は、あった。
 徐々に身に纏うアウルの闇を深めていく。
 やがて、闇が双銃に集まり、弾丸となって放たれる。
 横顔に向けて放たれた弾丸に、アナエルは全く気づいていない。
 肩を抉り、体をよろめかせた一撃に、アナエルは眉を潜めて雁鉄を睨む。
「わたしは雁鉄静寂。憶えて下さいね 」
 見つかった雁鉄は銃を構えたまま姿を現した。
「ここは私達人間の場所、ぶぶ漬けはアナエルさんが召し上がるべきではないでしょうか」
 雁鉄に対して口を開こうとしたアナエルだったが、突如飛び上がった童女が頭上で破裂した姿に上空へ視線を送る。
 上空では黒百合が天狗たちと戦っていたが、黒百合は何事もなかったように視線を逸らしていた。
「隠れんぼうが上手やねぇ。流石の私も驚いたわ。でも、ええ、雁鉄はん。人の家でぶぶ漬けを要求したら笑われますえ」
 アナエルは雁鉄に向けて手を振ろうとして、突然口許を押さえて咳き込む。
 口許を押さえた袖口に血が滲んでおり、アナエルは2階を見上げる。
「相手してもらいたかったんやけどなぁ。用事ができてしもたし、また今度。そや、皆相手したってなぁ」
 サーバントに一声かけて、その場から消えた様に見えるほど素早く跳躍する。
 そのまま瞬く間に屋根を駆け上がり、鈴代が開けた穴から楼内へと入って行った。
「慌ただしい……コアに何かあったようね」
 呟いた雁鉄の目前には天狗が2体立ち塞がっていた。
「やっぱり、無事じゃすまないかしら」
 唇を舐めて、刀を振り下ろす天狗に双銃を向けるが、銃声と共に血飛沫が舞い上がった。



 2階ではハガクレとエイルズレトラ、ハートが所狭しと激しくその位置を変えつつ切り結んでいた。
 懐へ入ろうとするエイルズレトラを牽制しつつ急所を狙って振り下ろされるハガクレの刀はエイルズレトラに軽くかわされる。
 決められた殺陣をなぞっているかのように、互いに紙一重で相手の攻撃をかわしていく。

 小田切は天井付近に身を潜め、自らの準備を進める。
「あの妙ちきりんな男がハガクレという天使かのう……? 何やら罠を仕込んでおるかと思っておったが……ただの阿呆じゃな」
 笑いながらエイルズレトラと斬り合うハガクレを見つめて、呆れた様に呟く。
 やがて、自らの準備が整った小田切は斧槍を掲げてコアに向かってアウルを放つ。
 冥魔のアウルが色濃く纏う一撃はコアの寸前で防壁にぶつかり、その防壁を激しく明滅させる。
「やはり守りはあったか。くく、ここの主はさぞかし痛いであろうな」
 パキリ、と音を立ててヒビが入る防壁を確認して、小田切は微かに笑みを浮かべた。
 だが次の瞬間、背中からの衝撃に、笑みを浮かべたまま不思議そうに自分の胸を見下ろす。
 そこには、どす黒い血を帯びた手刀が生えていた。
 一気に駆け上がって来たアナエルが小田切の身体を背後から貫いたのだった。
「こないな暖簾下げとったかしらて思うたら、なんや、人やないの。でも半分千切れ取るし、にたような物かもしれんねぇ」
 腕を振るって小田切を投げ捨てたアナエルは眼下の戦闘に視線を落とす。

 そこに駆け上がって来た雪室、レフニーが一斉にハガクレに向かってアウルを放出する。
 ハガクレは突然の攻撃に余裕なく身を翻して避けるが、二人の狙いは背後のコア。
 コアの防壁に新たなヒビが入ると同時に、アナエルが身を捩って鮮血を吐き出す。
「不覚でござる!」
 アナエルとコアの状態に動揺したハガクレに生じた隙、それを逃さず、静矢は懐へと飛び込む。
「油断が過ぎる」
 振り抜かれた刀に紫鳳凰の翼を模したアウルが纏われる。
 翼に切り裂かれ、ハガクレは後方へと後退を余儀なくされる。
 僅か数歩の距離、だが、常にハガクレを挟む様にして動いていたエイルズレトラとハートは、不意に後退したハガクレの目前に姿を晒すことになった。
「怪我の功名と申すものでござろうか。これは僥倖でござるな」
 手にしたのは扇子。ばっ、と音を立てて広げた扇子をエイルズレトラに突き出してゆっくりと回転させる。
 ハガクレの巨体の前に掲げられた扇子が徐々に視界いっぱいに広がり、ハガクレの姿を完全に隠した瞬間、ハガクレの刀がエイルズレトラの身体を両断する。
「その技は、何度も見てます」
 畳に崩れ落ちたのはジャケットのみ。
 エイルズレトラの言葉と共にハガクレの顔面に伸ばされた掌には一枚のカード。
 身体を横に捻って畳の上を転がるハガクレは牽制の刀を振りながら、その勢いで起き上る。
 二人の舞踏は終わらない。

「人の部屋でよぉも楽し気に暴れてくれますなぁ。私には考えられまへんわぁ」
 アナエルが腕を振るうと同時に、雪室とレフニー、そして静矢の3人は鋭い氷の吹雪にその身を削られて、座敷を鮮血で濡らす。
 吹雪きが収まった時、座敷の壁は破られ、傷だらけの柱だけで天井を支えている状態であった。
「汚れた部屋を掃除するのに、壁まで破壊するとは実に興味深い」
 階段からのそりと頭を覗かせた黒い影が言葉を放ち、それと同時に色が薄れ、白と黒の毛の塊が現れる。
 下妻が顔を覗かせたと同時に、ぼんやりと紅暗い空が見えていた楼の外の風景に、枯れた侘しさを感じさせる池のほとりに佇む寺の幻影が浮かび上がる。
「――国宝魔術」
 下妻の呟きと同時に寺から放たれた一筋の光がハガクレの身体を貫き、コアの防壁を明滅させる。
 防壁はヒビを広げ、鱗が落ちる様にさらにひとかけら剥がれていく。
「ぐっ……なんと風流な……」
 貫かれた肩の痛みに眉を潜めながら、消えゆく幻影を見つめるハガクレ。

 その様子を顔色を悪くしながら見つめていたアナエルは溜息をつく。
「あほらし。こないなボロ家護らんでもええし、しっかりと相手させてもらいましょ」
 すっと、明滅していたコアを護る防壁の光が消える。
 その瞬間、コアに銃弾が突き刺さる。
 下妻の背後に隠れていた木嶋が誰よりも速くコアを撃ち抜いたのだった。
 砕けた水晶のように粉々に砕け散るコアは壁に空いた穴から吹き込む風に吹かれ、キラキラと光りながら散らばって行く。
「なんとぉ!」
 砕け散ったコアを見てハガクレは悲痛な叫びをあげる。
「コアを破壊したよ! みんな、撤退、撤退しよう!」
 木嶋は手にした銃をヒヒイロカネに収納し、通信機に向かって叫んだ。
 それを合図に一斉に撃退士達はその場を後にする。
「拙者はまだ戦えるでござる! 逃げるとは卑怯なり!」
 楼内から離脱していく撃退士に向かって、ハガクレの悲痛な言葉が木霊する。
「なんやろかねぇ、せっかく相手したるいうたのにみぃんなおらんくなってしもたねぇ。お侍はん、切腹するなら介錯はやったるよ?」
「それは嫌でござる」
 撃退士の居なくなったボロボロになった楼内で、気温がさらにまた下がっていったのだった。


 左の座敷へと降り立った撃退士達が見たのは、酸鼻の現場であった。
 座敷の上で無造作に転がる、動かぬ仲間。
 その周りには、い草の畳に染みこむように滲む、滴るような血の海。
 だが、全てが決着した結果――ではない。

 バギン、と鋭い音が座敷に響く。
「……っ、は……っ、おう。ったく、遅いって……」
 今にも消えそうな細い声。先頭切って階段を降りてきたエイルズ、静矢、木嶋らを視認すると、地堂は息を切らせ、言った。
 階段の前に仁王立ちし、上階の応援に向かわんとする獣達の攻撃を文字通り身を削りながら耐え続けていた。
 そして連城と川澄が、地堂の背後を護るように陣取りつつ2人がかりで地堂を回復し、壁たらしめている。
「よかった、間に合ったんですね……!」
「ギリギリセーフだけどね、まだ――黒井君が」
 連城の声に弾かれたように、座敷に目を向ける静矢。
 しかし、そのバディから外れ孤立してしまった黒井は、座敷の中央でサーバントに取り囲まれてしまっている。
 倒すか。否。上階から撤退してくる仲間の傷も、決して浅くない。

「突破して、離脱する!!」

 愛刀の天鳳刻翼緋晴を入り口へ向けて翳し号令をかけたのち、自らは黒井を囲むサーバントに一刀。
 次いで機動力に優るエイルズが撹乱を請負い、黒井は玄関へ向けて撤退を始めた。
「はぁ、……はー、疲れた。なんとかなってよかったぜ」
 緊張の糸が切れ崩折れそうになる地堂を包む、暖かな光。顔を上げると、傷だらけのレフニーの姿があった。
「ありがとうございます。本当に――本当に」
「まぁ、俺に出来るのはしぶとく持ちこたえる事くらいだからな。それに」
 川澄と連城に視線を投げて、ニッと微笑む。二人も、達成感に満ちた笑顔を返した。
「皆さんのお陰で、満足に戦う事ができました。……さぁ、あとは脱出ですよっ!」
 各々が力強く頷き、走りだす。
 その足取りは、満身創痍とは思えないほど軽かった。


 まだ体力のある者は、倒れた者を担ぎ上げ。またある者は未だ残るサーバントの攻撃を往なし、反らし、道を作る。
 下妻はその巨体と毛皮に3人をもっふりと包み、木嶋も小柄な仲間を可能な範囲で背負って走った。
 玄関を目前にして倒れた者もいる。黄昏ら右座敷班の4人であった。
「ったく、ひりょの奴。俺は仕事を全うしたのに暢気なもん、だ、ぜっ……と」
 友を支え、地堂は困ったように笑う。
 ちくしょう大損害だ。――ああ。でも、俺達は勝った。


 楼閣の扉を開けると同時、瞑目した。
 眩い光が瞳に飛び込んだ矢先、爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。
「あらァ……♪」
 立ち上る爆炎を背景に、少女の形をした影がゆらりと体を翻した。
 艶然と。それでいて無邪気に。手にしたロンゴミニアトをタクトのように振って、黒百合はニィと嗤った。
「きゃはァ……♪ 焼き放題食べ放題のバーベキュー会場へようこそォ……♪」
「食べません!!」
 食い気味に叫びながら青天狗に蹴りをいれ、反動でくるくると身を返す雁鉄。
 バランスを崩した天狗を神谷と森田、さらに上空で体制を整えた雁鉄が銃弾の雨を散りばめた。
「まだこんなにも居たのか……」
 絶望的な状況に、唇を噛む静矢。
 ゲートの出口は遠くないが、脱出を阻むように陣取る天狗や童女。
 2回目の逡巡。どうする。戦うのか。
「あれっ? 追いついちゃったわ。ちょっと! 早く逃げないと、あのござるアフロが来ちゃうわよ!」
 殿を努めていた雪室がぎょっとしながら仲間を急かす。
 いかに雪室が最強でも、天使相手に1人で渡り合うには武が悪い。後ろは後ろで猶予がないのだ。

 黒百合が音もなく童女に虫を這わせる。

 ハガクレの怒号が楼閣の中から聞こえる。

 私市のロザリオから光弾が奔る。

 赤天狗の刃が森田の仮面をかすめる。

 誰かのうめき声が聞こえる。咳き込む声が聞こえる。乱暴に楼壁を破壊する音が。びちゃりと血が地面を叩く音が。しっかりしろと励ます声が。雷虎の遠吠えが。爆音、斬撃、叫び、弱っていく仲間。
 雁鉄を捉えたカムロが、その顎門を開き白い首筋へとむしゃぶり――



 パシュッ



 こめかみを撃ちぬかれた童女は、なぜ顎が閉まらないのかわからないという顔のまま、その場に横たわった。
「……ッ! 皆、無事か!」
 弾丸の主は狩野。
 生徒達を見回し、少しばつが悪そうに唇を引き締めた。
「こちらも苦しい戦いだったようだな……。外はシロキーチェフ達が邪魔しに来ているが、大丈夫。僕達が路を切り開くから、早く撤退を!」
 わっ、と歓声が上がる。
 最早意識を保っている人間も少ないが、それでも崖っぷちの状況が打破され、一様に安心した顔で微笑みあった。








「はぁ……あきまへんなぁ、この家ようけ気に入っとったんに」
 がらがらと音を立てて崩落していく楼。
 その轟音のどこかで、何かを叫んでいる声も聞こえるが――恐らく新たに現れた撃退士の数を見れば早晩引いていくだろう。
 ゲートの中の偽物の空へとのぼる土煙を眺めながら、アナエルは番傘の柄をぎゅっと握った。

『あなたに見極めて欲しいの! 私達を! 対等となり得るか! 交渉に値する相手か!』

「そうやねぇ……」

『ここは私達人間の場所――』

「ほんに、そうやねぇ……」

 瓦礫となった家を眺め、頬に滲んだ傷をなぞりながらぽつり、ぽつりと噛みしめるように呟く。
 見上げた空はくすんで濁り、土煙の向こうには血で染め上げたような赤い夕陽が揺らめいていた。


  






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