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　木村良大もその一人だ。
　張り紙してもポイ捨てが一向に減らない喫煙所の床に箒をかけ、胸が詰まるような臭いの吸い殻の山を片づけて。
　1ヶ月半前と同じく、やたら日差しの強い昼休みに、1ヶ月半前と同じく、授業とバイトをこなして過ごす。
　そして大喫煙所にはまた、ぼーっとそこに座る紫蝶の姿があって。
　唯一あの日と違うのは、そこに学園屈指の開発者――レミエルが居ることだけだった。


「どうだった木村。合宿は面白かったかい？」
　ふいに、首謀者の女が口を開く。
　昨日まで関東各地で行われていた合宿は、それはそれは『久遠ヶ原らしい』内容だったようだ。
　かくいう良大も、陰ながら巨大魚確保に尽力していた一人。
「合宿自体は面白かったけど‥‥紫蝶先生のお宝、正直あれはないですよねー‥‥」
「はは、貧乏教師に何を期待していたんだ？　実用品で何よりだろう」
　だからって――小学生の夏休みのラジオ体操の景品じゃあるまいし。
　良大はそう言いかけた言葉を飲み込み、代わりにはぁと溜息をひとつ零した。
　まぁ確かに、このサボリスト窓際教師が豪華な宝など用意出来るわけもない。うん、知ってた。

「その様子だと、案の定酷い宝だったようだな」
　企画を聞いた当初から予想していたのだろう。
　紫蝶と良大のやりとりを聞いていたレミエルは、くつくつと笑って言う。
「な、月摘君。俺からも宝を提供しておいたのは正解だっただろう？」
「はっ。お堅い天使殿には人間文化の由緒正しき『がっかりオチ』の良さがわからないようだね」
「あ、それは僕にもわかんないなー。まじ参加者的にはレミエル先輩の召喚獣が最後の希望だしー」
「お前は少し空気を読むスキルを身につけたほうがいいようだな木村？」
　一人負けの様相に耐えかね、良大の頭をぐりぐりして鬱憤を晴らし始める紫蝶。
　圧倒的とばっちりを受け――
「あだだだ先生ギブギブ！　がっかりオチの良さはさておき、レミエル先輩の召喚獣で二度がっかりかもしれないし！」
　そして墓穴の底でさらに墓穴を掘る少年。職人技である。墓穴掘りの。
「へぇ、俺の技術を疑うなんて木村君は悪い子だね？　じゃあ、二度と疑う気が起きないように次の開発は木村君に試運転してもらおう。――大丈夫、初めてでも優しく教えてあげるよ」
「ほう、いい値段で売れそうだな。いいぞもっとやれ」
「爽やかに色んな意味で危ない台詞言うのやめてくださいよ！　あと先生少し自重して！？」
　知ってか知らずか、にこやかに微笑むレミエルはまさに天使といった風貌で。
　多分こうして変なファンが増えていくんだろう。計算された発言だとしたらとんだアイドルである。

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　と、その時。良大の肩になにか――白い、ふかふかが飛び乗った。

「わっ‥‥なんだこれ？　もしかして、これが例の召喚獣ですか？」
「そうさ。名前は『ケセラン』という」
　人形。むしろマスコットか、と思わせるふわっふわのその物体。
　ヒリュウの外見の『強くなさそう感』も大概だが、それを数倍は超えるだろうそいつを見て――。
　思わずこぼれた一言。
「ぶっちゃけ戦う姿が思い浮かばないんですけど‥‥強いんですか、こいつ？」
　かろうじて角だけはちょっと強そう、というレベル。
　僕と契約して撃退士になってよとかいいつつ、自分は火の粉のかからない所に居そうなアレ感である。
「見た目的にそう思う気持ちは判るけどね、俺の作る武器は常に完璧だ。このケセランは召喚獣だが、バハムートテイマーでなくとも本来の能力を失うこと無く召喚できるのが最大の特徴であり、武器だろう」
　召喚獣の最大の利点である固有スキルは、バハムートテイマーでのみ発現するもの。
　他ジョブで召喚した時の使い勝手は、本家のそれに数段劣ると言っていいだろう。
　弊害を取り除き、用途を広くする。それが『ケセラン』のコンセプト、という事らしい。
「専攻変更《ジョブチェンジ》が日常的になった今の時勢にはちょうどいい相棒だと思わないか？」
「ま、どんな武器も利点があり弱点があり‥‥最終的には使う者《生徒》次第、だね」
　ちらり。『使う者』である良大に目をやって。
　咥えていた煙草を灰皿に押し付けると、紫蝶は目を細めて時計を見た。


　もう、休み時間は終わろうとしている。
　各地で息を潜めていた戦いの気配も、まもなく表面化するだろう。
　束の間の休息期は、終わろうとしている。
　遠く、学園の何処かで鳴り響いた予鈴の鐘の音が、まるで平穏を断ち切る血腥い剣戟の音のようだと。
　生徒達を屍山血河の戦地へと誘う喇叭の音のようだと。
　そんな事を考えながら。


「木村君、そろそろ行かないと次の授業に遅刻するんじゃないか？」
「うっわやべっ。次藤宮先生の戦闘実技じゃん、遅刻したら死んじゃう！　紫蝶先生、レミエル先輩、失礼します！」
　慌てて掃除用具を片づけ、ばたばたと駆け出す少年の背を見て、
「ああ。死ぬなよ、木村」
　と。
　届いたかどうか定かではない言の葉が、浅雲の空に滲んで消えていった。



（執筆　：　由貴 珪花）