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【三界/四国】氷碧に咲く戦花:峡 担当マスター:monel



 山に挟まれた道をサーバントの群れが列になって行進していく。
 行軍するサーバントの中ほどで、一角馬に跨った崇寧真君は口許の髭を撫でつけながら、左右にそびえ立つ絶壁を眺めていた。
「おっさん、ここらで来ると思ったんだけどねえ。ってことはあの先で仕掛けてくるのかな」
 視線の先には左右の壁に劣らない絶壁が鋭い角を見せて、道をさらに二股に分けている。
 面倒臭そうにその先を見つめる崇寧真君の様子に、アルヤはにやっと笑いを浮かべる。
「悩んでても仕方なくない? あたしが先にコアについたらすーくん罰ゲームね!」
 アルヤはそういうと同時に、鷲獅子を操って先頭に立って駆け抜けて行く。
「若い子は元気だねえ……あっ、アルヤ殿っ。サーバント連れて行きすぎだよ……はぁ、おっさん寂いなあ」
 先頭を突っ走るアルヤにつられて6割ほどのサーバントが広い道へと突っ込んで行った。
 崇寧真君は溜息をもらして残ったサーバントを狭い道へと向かわせるのだった。




 崇寧真君が向かった道の先では、雪室 チルル(ja0220)が慎重よりも大きな白銀の大剣を構えて素振りをしていた。
「そろそろよね! あたいはいつでも準備出来てるわよ!」
 ぶんぶんと空気を切り裂く雪室の様子にはゲートの影響はあまり感じられないが、Rehni Nam(ja5283)は扱いなれているはずの盾が酷く重いように感じていた。
「少し身体が重いのです。この重みは敵も感じているはず……と思っていたのですが」
 レフニーの言葉に雪室は素振りを止めずに視線だけを向けて目を瞬かせる。
 ハテナマークが浮かんでいるような雪室に笑顔を向けて見せ、レフニーはこっそりと溜息をつく。
「少し自信が無くなってきたのです……しかし、どうあれ私たちのやる事は一緒なのです。頼みますね、皆さん」
 ぐっと拳を握って周囲を固める盾猫達に話しかけると、意味が分かっているのかいないのか、盾猫達も拳をぐっと握って見せるのだった。



 狭い道を見下ろす山の上では、只野黒子(ja0049)がディアボロへの指示を再確認していた。
「弓隊は4匹一組、指示に従って狙いを合わせて攻撃を行ってください。わかりましたね?」
 只野の前で整列する子猫達は歴戦の兵士のように一斉にしゅぴっと敬礼をして見せる。
「おんしはいつの間にディアボロ共をしつけたのじゃ?」
 迷彩布をふわりと被った小田切 翠蓮(jb2728)が、テキパキと準備を進めるディアボロ達を呆れたように眺めて只野に問いかける。
「特には何も。猫でも分かる様に指示を簡略化しているだけです」
 スコップ猫へ指示を出しながら、何を言われているのかわからないとでもいうかのように、あっさりとした口調で言葉を返す只野。
「そういうものであるか……?」
 小田切は目を輝かせて作業に勤しむスコップ猫達に視線をやって、名状し難い物をみるかのような表情を浮かべたがそれ以上は何も言わずに敵が来るのを待つことにした。

「シェリルさん、よろしくなんだよ!」
 ステッキ、と呼ぶには粗野に過ぎる太い棒をクルクルと回していたメイド姿のシェリルに私市 琥珀(jb5268)は屈託なく笑いかける。
「ええ、こちらこそ」
 シェリルも微笑みを浮かべてスカートの端をちょんと摘まんで膝を曲げる。
「先日は危ないところだったけれど、味方になってくれるとなると安心感が違うわね」
 念のための仕込みを終わらせたケイ・リヒャルト(ja0004)も、シェリルに話しかける。
「それはこちらも同じですよ。貴女の動きには敵も戸惑うことでしょう」
 くすくすと笑いながら、実感の籠った言葉を返すシェリル。
 三人はつい先日にも刃を交わした中であり、その実力のほどを痛いほど理解していたのだった。

「シェリルさん。そろそろ準備しましょうか」
 頭上にふわふわとヒリュウのハートを飛ばしてエイルズレトラ マステリオ(ja2224)が声を掛ける。
「共に戦えるのは楽しみですね」
 エイルズレトラの姿にシェリルは眼鏡の奥の目を細めて柔らかな笑みを浮かべる。
「私の出番はないかもしれませんね。置いて行かれないように張り切りませんと」
 ふふ、と含み笑いをしてくるりと回した棒は、いつのまにか凶悪な刃を持った戦斧となって空気を震わせていた。
「それはこちらの台詞ですよ。少しは残しておいてくださいね」
 エイルズレトラも軽い調子で返し、ハートも空中でくるりと回ってやる気をアピールしている。

 和やかな雰囲気で話を弾ませている彼等を、華桜りりか(jb6883)は複雑な表情で眺める。
 シェリルと敵対したのはつい先日のことであった。
 友人を傷つけられ、横に立った天使を殺され、喉元に刃先を突きつけられた。
 その記憶は未だ生々しく華桜の脳裏に刻み込まれており、シェリルに対してどのような感情を持つべきなのか、華桜はまだ自分の気持ちを整理できていなかった。
「今は目の前の敵のことを考えるの……です」
 独り言で無理矢理思考を変えて、華桜は広い道に面した崖の側で身を潜める。

「やれやれ……意外な展開、だな」
 アスハ・A・R(ja8432)はシェリルや、関わりのあった元使徒の少年との共闘をすることになった状況に溜息をつく。
「まさかこんな形で再びこのゲートに来ることになるとはな」
 周囲を見回していた咲村 氷雅(jb0731)はアスハの言葉に気づいて感慨深く頷く。
「そう……だ、な」
 咲村の言葉に周囲を見回したアスハは、群生する氷の薔薇にふと目を止めて目を細めるが、やがて肩をすくめて曖昧に頷いた。
 アスハの様子には気づかず、咲村は眼下の道に視線を送る。
「人生何が起こるのかわからないものだ。やってくる天使も知ってる相手かもしれんな」
 咲村は何か予感めいたものを感じて呟く。
 アスハは長い髪をなびかせて、敵がやってくる方角を見つめ続ける。




 山を挟んで反対側、アルヤが選んだやや広め道の真ん中に天使の羽根を背中に広げた少女が仁王立ちで立っていた。
「目が覚めるとそこも死地であった、そんな気分じゃな」
 容貌に合わない古めかしい言葉で嘆く少女の横で、絵筆を弄っていた少年が言い訳をするように口を開いた。
「仕方ないよ、ドラ。僕等はこっちに来たばかりだし……ドラは僕が守るから。その、少し不安だけど」
 ドラと呼ばれた少女は少年の言葉に慌てて手を振る。
「そういう意味じゃないからね、ジン。ちょっとほら、荒野で風に吹かれて敵を待つなんて気分を高めたいシチュエーションだったから……」
 先ほどの口調は何だったのかと言いたくなるような、見た目相応の口調でドラはジンを宥める。
「まあ、その気持ちもわかるけどね」
 敵の集団が攻め込んでくる道に立つのは二人だけ、という状況に心細さを覚えてジンは不安そうに山を見上げる。
 そこに潜んでいるはずの味方の姿が見えるはずもないのだが、ついつい見てしまうのだった。




 最初にその変化に気づいたのは雪室だった。
「寒くなって来た……来たわね!」
 大剣を構えなおして、雪室は小声で気合を入れる。
「ええ、いよいよですね」
 盾を構えた子猫達に構えるように指示をだし、レフニーは静かに祈りを捧げる。
 祈りの言葉を唱え終えたと同時に、赤備えの騎馬武者が疾走してくる姿が見えた。
 曲線を描く狭い道にも拘わらず、ほとんどスピードを落とさずに人馬一体となって駆けてくる。
「盾を構えて。ここは通行止めなのです」
 レフニーの合図で盾を掲げた子猫達に向かって、槍を構えた騎馬隊が正面からぶつかる。
 爆発したかのような衝撃音が峡谷に響き渡る。


 それが作戦の合図となった。


「始めてください」
 只野の言葉で峡谷への攻撃が開始される。
 一列に並んだ子猫達が山肌へスコップを一斉に打ち込むと、土砂崩れが発生したかのように岩石が落ちていく。
 アウルを含んだその岩石は騎馬武者を押し潰し、狭い道をさらに狭く塞いでいく。
「カマキリ流星群! ふぃーばー!」
 私市が放った流星はスコップ猫隊が崩した崖の対面側の崖を破壊して土砂崩れを起こし、道を塞いでいく。 
 狙いは敵の真ん中。
 見事に狙い通り、突出していた騎馬部隊が雪室とレフニーが待ち構える前方に取り残され、後方部隊との分断に成功した。
「大成功カマァ―ッ! きさカマは向こうの支援にいくんだよー!」
 狙い通りの効果を発揮した攻撃に着ぐるみの鎌を打ち鳴らしてポーズを取った私市は、混乱渦巻く崖下に背を向けて反対側の道へと走る。


 目の前の道が土煙と共に塞がる光景に加えて、雪室の後方からも地響きが伝わってくる。
 雪室とレフニーが抜かれた場合に備えて、アスハが峡谷の出口を塞いだ音だった。

「ここから先はあたい達を倒してからよ!」
 近くに転がって来た落石を踏み台に雪室は飛び、閉じ込めた15体ほどの騎馬武者に向かって白銀の大剣を振り下ろす。
 大剣の軌道に沿って放たれたエネルギーは白く輝き、狭い場所に閉じ込められた騎馬武者達はなす術もなく吹っ飛ばされる。
 さらにレフニーが放った無数の彗星が騎馬武者の頭上に降り注ぐ。
 
 峡谷での作戦が思い通りに決まり、隊列が乱れている様子を見て、エイルズレトラはシェリルに頷きかける。
「ふふ、ではお先に失礼いたします」
 シェリルは崖から飛び出して、エプロンを風に膨らませながら地上へと降り立つ。
 落ちていた岩石を蹴りつけて崩壊させた反動を利用して騎馬武者の群れへと飛び、その勢いのまま戦斧を振るう。
 戦斧による衝撃波が混乱するサーバントを貫き、雪室やレフニーの攻撃で傷だらけになっていた騎馬武者が馬も人も崩れ落ちていく。
「ハート、援護を頼むよ」
 エイルズレトラも崖から飛び出したが、坂を駆け下りるように宙を走り、残っている敵の前に降り立つ。
 シェリルの前に降り立ったエイルズレトラにサーバントが殺到するが、繰り出される槍を踊るようなステップでひょいひょいとかわしていく。
「おや、この程度で終わりですか? では、出番を譲りましょうか」
 敵が群がって来たところでひょいと上空に向けて駆けあがる。
 寸前までエイルズレトラが居た場所をシェリルの衝撃波が通り過ぎ、サーバント達を薙ぎ倒していく。
「少し、物足りませんねえ。天使は何処にいるのでしょうか」
「ここに居なければ、きっとあちらでしょうね」
 微笑みを浮かべて首を傾げるシェリルに、エイルズレトラは生き残ったサーバントの攻撃をかわしながら頭上を指さすのだった。


「弓隊、前へ」
 4匹一組となった弓猫隊は分断されたサーバントの後方の部隊から飛び立った鷲獅子に向かって一斉に矢を放つ。
 次々と突き立つ矢に苦痛の叫びをあげて一体の鷲獅子が地面へと落下するが、その後方から近づいてきていた鷲獅子が咆哮と共に空中に浮かべた火球を弓猫隊へと放ってきた。
 固まっていた弓猫隊の真ん中に火球が命中し、弓猫隊が怯んだ隙を狙ったかのようにさらに2体の鷲獅子が崖上へと接近してくる。
「おんしら飛行戦力はちと厄介なのでな。眠るか凍るか、どちらかを選んでくれんかのう?」
 水のような透明の刃を持つ斧槍を頭上で回転させ、小田切は周囲に冷気を放つ。
 氷精により寒波の真っ只中にあった戦場であってさえ、小田切の周囲は際立った冷気に覆われる。
 空気中の水分が凍り付くキンキンという甲高い音と共に、霜に覆われた空気が鷲獅子を包み込み、鷲獅子の生命活動を低下させる。
 一体は空中でコントロールを失ったかのように崖に身体をぶつけて転がり落ち、残る鷲獅子は凍り付いた翼で滑空して転がるように崖上に着地する。
「罠があるとは思ったけどね。まさか人間もいるとはねえ。鮮やかな手並みにおっさん感心したよ」
 鷲獅子の背後からゆっくりと姿を現したのは一角馬を引き連れた崇寧真君だった。
 一角馬から身を躍らせて、崖上に降り立つ勢いのままに上半身を捻って肩に担いだ青龍刀を振り下ろす。
 その軌道の先まで全てを切り裂く斬撃が飛び、弓猫隊やスコップ猫隊を次々と切り伏せていく。
「それで、おっさんを炙り出した後はどうするつもりか教えてくれるのかな?」
 瞬く間に半数のディアボロを切り伏せた崇寧真君は青龍刀を肩に担いで、にやりと笑った。




 崇寧真君の部隊への攻撃を仕掛けたと同時に、アルヤの部隊へも落石が襲い掛かる。
「はいはーい。一気に通り抜けるよーっ」
 だが、アルヤの五感には山に潜むディアボロ達の気配がはっきりと掴めており、落石を避ける様に部隊を誘導しなららさらに速度を上げる。
 虚しく地面に激突し、跳ねた岩石が一部のサーバントを傷つけるが、アルヤの部隊は大きな被害もなく次々に駆け抜けて行く。
 そのアルヤの部隊の只中に突如として剣を構えた子猫ディアボロが現れる。
 突然の襲撃にサーバント達は混乱を極め、目の前のディアボロを屠ろうと槍や爪を振り回す。
 狭い道をさらに狭くした落石を避けるために密集隊形にならざるを得なかったアルヤの部隊。
 そこで槍を振り回せば、当然のように互いにぶつかり合うことになる。
 さらに、確かにディアボロへ突き入れた槍が、何の手応えも無くディアボロをすり抜けたかと思えば、隣で槍を振るう同胞を貫いていた。
 味方を貫き戸惑うサーバントの横っ腹には、また別のサーバントの爪が突き立つ。
 敵を倒すべく攻撃を行えば行うほど、サーバントは傷つき、倒れていく。

「ここからなら届くの……」
 崖下に積み上がった岩石にふわりと飛び降りてきた華桜は混乱から抜け出そうと空へ駆け上って来た一角馬目掛けて掌をかざす。
 その途端降り注ぐの大量の稲妻。
 空を割るような轟音と共に、眩しい光が煌めき、一角馬達の身体を焼き焦がす。
 身体の自由を失った一角馬達は地上へと墜落し、混乱の渦に飲み込まれていく。

 華桜の周辺に焼き焦げた異臭が漂うが、敵は次々に押し寄せてくる。
 稲妻の範囲外から飛び立ち、華桜を目掛けて襲撃してくる鷲獅子の周囲に無数の赤い蝶が群がり、爆ぜるように炎を生み出す。
「お前達も沈め」
 崖上の咲村が放った炎の蝶に背中を焦がされ、鷲獅子は標的を咲村に変更して宙を蹴る。
 迫ってくる敵を見て咲村が一歩後ろに下がり鷲獅子の視界から消える。
 逃がすまいと崖上まで躍り出た鷲獅子の目前に並んだのは弓猫隊が構える矢じりだった。
「放てっ」
 只野の合図で放たれた矢に全身を貫かれて、鷲獅子はなす術もなく落下して、岩石の間で動かなくなった。

「どうじゃ、私の幻術もなかなかのものであろう」
「うん、やっぱりドラは凄いよね」
 目の前に修羅場を発生させたドラは反り返るほどにふんぞり返り、ジンは油断なく絵筆を構えながらも信頼の眼差しで主を見つめていた。
 そんな主従に不意に声が掛けられる。
「面倒な技を使うのねー。でもでもあたしだってすっごい技を持ってるからね」
 爬虫類の尻尾をゆらゆらと揺らすアルヤが混乱する部隊を置き去りに単身で前に出てきていたのだった。
 幻の発生源たるドラの目前にやって来たアルヤが地面から重たい物を引き抜くような動きを見せる。
「させないよっ!」
 ジンが素早く絵を描き、無数の隕石をアルヤに向かって放つ。
「変わった技だけど、狙いが甘いね」
 ひょいひょいとその場で踊る様に身体を捻るアルヤにはかすりもしない。
 隕石が降る中、アルヤが引き上げた腕には巨大な蛇が絡まっていた。
「さあ、丸呑みだーっ」
 巨体に似合わぬスピードで地面を這う巨大な蛇は、口を開いてドラを丸呑みにする。
「ドラッ!」
 慌ててジンが蛇を引きはがそうとするが、蛇に放った攻撃は手応え無く地面を叩くのみだった。
「余所見するのはどーかと思うよ」
 アルヤの言葉に反応する暇もなく、別の蛇によってジンも丸呑みにされる。
 一人残ったアルヤはにんまりと笑って指を鳴らすと、サーバント達を混乱させていたディアボロの姿が瞬時に消え去るのだった。




「貴方には苦痛と敗北の味を教えてあげるわ」
 ケイがアウルにより自身の周辺に浮かび上がらせた銃から、一斉に弾丸が放たれる。
 崖上に降り立った鷲獅子、背後に控える一角馬を巻き込み、崇寧真君を中心に驟雨の如き弾幕を張る。
 サーバント達が血飛沫を上げて倒れる中、崇寧真君は青龍刀を地面に突き立てて周囲を光で覆う。
「面白い技を使うもんだねえ。おっさん、驚いたよ」
 ケイの攻撃が終わり、青龍刀を地面から引き抜いた崇寧真君は傷一つなく、飄々とした笑みを浮かべる。
「驚いてもらえたなら充分よ、ねぇ、シェリル?」
 余裕を見せていた崇寧真君はケイの言葉と同時に湧き上がった恐るべき気配に、慌てて体を反転させる。
「ええ、充分ですね」
 落石を足場に一気に崖を駆け上がって来たシェリルが、崇寧真君の背後で巨大な戦斧を振り下ろすところだった。
 咄嗟に青龍刀でうけようとした崇寧真君だったが、ケイの攻撃に気を取られて反応が遅れ、防御姿勢は間に合わずに戦斧によって殴りつけられる。
 地面に叩き付けられてバウンドした崇寧真君は、さらに振り抜かれたシェリルの攻撃になす術もなく吹っ飛ばされる。
「今ですっ」
 追い打ちをかける只野の声。
 残っていた弓猫達が放った矢が崇寧真君を襲い、ダメージを蓄積していく。
 只野もライフルを構えて冥魔のアウルを帯びた弾丸を打ち込む。
「小田切さん。ここは抑えますので、あちらの援護をお願いします」
 広く戦況を見ていた只野は、アルヤに仕掛けた足止めが失敗したことを察知して、小田切に援護を依頼する。
 崇寧真君への追撃を準備していた小田切は、その言葉に動きを止める。
「行くならば今しか機会は無しか、致し方ないのう」
 ちらりと地面に寝転がる崇寧真君に視線を送って、小田切は走り出す。

「おー、いてて。なかなかやるねえ。おっさん面倒な役回りになっちゃったなあ」
 何事もなかったかのようにひょいと立ち上がった崇寧真君の傷は一角馬の放つ癒しのアウルにより、既に塞がりつつあった。
「一番面倒なのは、君かな。悪魔殿?」
 崇寧真君の身体がぶれた、と見えた次の瞬間にはシェリルの懐に低い姿勢で潜り込むように入っていた。
「シェリルッ!」
 ケイが援護射撃を行うが、既に構えをとって重心を落としていた崇寧真君の動きを止める事は出来なし。
 守りを固めようとシェリルが戦斧を身体に引き付けると、その戦斧に触れる様に崇寧真君は掌をそっと当てる。
 次の瞬間、崇寧真君の足元から地面にヒビが放射状に奔り、シェリルはせり上がってくる血の塊を口から吐き出した。
「内部からの破壊、ですか」
 崩れ落ちる体を膝をつくことで辛うじて支えたシェリルは、口の端から血を垂らしながらもにんまりと笑みを浮かべる。
「今度は飛ばして逃がしたりしませんよ」
 戦斧が消えた棒を高速で振り回し、崇寧真君に当たる直前にその棒を巨大な剣に変える。
 崇寧真君は青龍刀を両手で掲げ、アウルを集中させる。
 高められたアウルにより光り輝いた青龍刀を振り回し、シェリルの剣にぶつける。
 剣を弾かれると同時にその勢いを利用して、身体を回転させてさらにシェリルは打ち込み、角度を変えて切り上げ、突き入れる。
 次々と放たれる連撃を崇寧真君はその全てを光り輝く青龍刀で相殺した。
 最後の突きを青龍刀の刃先で受け止め、互いに突きを繰り出した姿勢で制止する。
「怖いねえ、おっさん死ぬかと思ったよ」
 しみじみとした声音で呟いて青龍刀を引く崇寧真君に、シェリルは黙って距離を取る。
「それならいっそ死んでみては、どうだ」
 2枚の蒼刃が宙を舞い、崇寧真君の伸ばした腕を切り裂く。
 軽く眉を潜めた崇寧真君の視線の先には、蒼い髪をたなびかせたアスハが歩いてくる姿が見えた。
「この程度じゃあ、おっさん死ねないんだけどね」
 傷ついた腕を横に伸ばして、一角馬に治療させようとした崇寧真君だったが、いつまでも傷は癒えない。
 訝し気に後ろを振り向いた崇寧真君は、首筋を切り裂かれて倒れている一角馬を見て首を振った。
「やれやれ、そっちが狙いかい」
「たまたま、だな」
 肩をすくめるアスハに崇寧真君は口髭を撫でて困ったように周囲を眺める。
「まあ、どちらにしろ。おっさん頑張らないと危なそうだねえ」
 さて、と呟いて崇寧真君は青龍刀を構えなおす。
「おっさん、少しだけ本気を出させてもらうよ」
 崇寧真君は不敵な笑みを浮かべる。




 雪室は戸惑っていた。
 敵を分断して、サーバントを一掃する。
 作戦は上手く行っていた。いや、上手く行き過ぎたのだ。
 シェリルが天使を追って離脱した後、盾猫で押し込むように身動きを取れなくして、雪室とレフニー、そしてエイルズレトラの3人で一斉にサーバントに向かって攻撃を放っていた。
 順調に、手応えが無いほどに上手く敵を一掃したのだが、その先に思いもよらない壁が立ち塞がったのだ。
「この岩じゃまなのよ!」
 そう、岩である。
 敵を分断するために道を塞いだ岩が壁となって立ち塞がり、後続のサーバントの姿を見えなくしていたのだった。
「僕達は先に行きますね」
 エイルズレトラは無情にも空へと駆け上がり、ハートと共に岩を飛び越えて雪室達を置き去りにしていった。
「通行止めですから、大人しく引き返してくれ……ませんよねぇ。登って行きますか?」
 雪室と一緒に取り残されたレフニーは困ったように頭上を見上げる。
「そうよ! 道が塞がれてるなら作ればいいのよ!」
 雪室は思い付きを実行するべく剣を構える。
「ちょ、雪室さん! そんなことをしたら……」
 雪室の行動にぎょっとしたレフニーが慌てて雪室を止めようとするが、その前に目の前の岩壁が真っ赤に燃え上がって吹き飛んできた。
「え……?」
 拓けた道をの奥で咆哮を上げる炎虎の姿を見て、剣を構えたまま固まる雪室。
 不安定に積み上がった岩壁の一部が無理矢理に砕くということは。
「……崩れるのです」
 レフニーの言葉はガラガラと崩れ落ちてくる岩石の音にかき消され、垣間見えた炎虎の姿が再び岩石に塞がれる。
「なるほどね! でも壁が低くなったか登っていけるんじゃ……ってなんであたいより先に出てくるのよ!」
 見上げた雪室の視界に、岩壁を乗り越えてくる炎虎の姿が再び現れたのだった。
「大人しく引き返してくれていれば見逃しましたが……仕方ありませんね。ここで屍を晒してください」
 気を取り直したレフニーが再び無数の彗星を呼び起こし、岩壁を乗り越えてやってきた炎虎達に雨のように降らせる。
「あたいの気合を受け取りなさい―っ!」
 動きの鈍った炎虎達に雪室の苛立ちが籠った一撃が放たれるのであった。

 一方、空から戦況を把握しようとしたエイルズレトラには、数体の鷲獅子が群がっていた。
「これはこれは、歓迎されてますね」
 気取った様子でステップを踏んで、鷲獅子の放つ火球を避ける。
「それでも少し物足りない、ですかね。壁の花になっているお嬢さんをお誘いに行きましょうか」
 ハートと共に鷲獅子を引き付けながらサーバント達の後方へと駆け出す。
 後方から放たれる火球を軽やかによけながら空中を駆け抜けるエイルズレトラに、いつしか儂獅子は徐々に直線的な動きで追い続けるようになっていた。
「そろそろ、大詰めですね」
 突然立ち止まったエイルズレトラの周囲には小さな氷精が慌てて逃げ出そうと空中を浮遊していた。
「さあ、開演です。席についてお待ちください」
 深々とお辞儀をするエイルズレトラに鷲獅子が逃すまいと接近する。
 微笑みを浮かべて顔を上げたエイルズレトラが両手を広げると無数のカードが飛び出していく。
 無数のカードが舞い踊り、サーバント達を次々と縛り付けていく中、エイルズレトラとハートは激しいステップを踏んで一枚残らずカードを避けていく。
「ショータイムの始まりです。さあ、ハート」
 エイルズレトラの合図と共に、ハートの口許から大きな風船が膨らみ始める。
 膨らみ切った風船をハートがちょんと爪で突くと、風船が弾けて激しい爆風が周囲を駆け抜ける。
「エイルズレトラとハートによるバルーンボンバー。皆様お楽しみいただけましたでしょうか」
 ハットを胸に恭しくお辞儀をするエイルズレトラの周囲では、カードの破片と共にサーバント達が地上へと落下していくのだった。




 ディアボロの幻影が消えると、徐々にサーバント達の混乱も収まってきていた。
 そこに残されたのは興奮しきったサーバントの群れであり、目指す敵は岩石の上に居る華桜ただ一人しか居なかった。
 岩石を駆け上って槍を突き出してくる騎馬武者、仲間の頭を足場に跳躍してくる炎虎、低空飛行から火球を放ってくる鷲獅子。
 さらに後方から援護するように傷ついたサーバント達へ癒しのアウルを送り込む一角馬の群れ。
 全ての敵が華桜に向かって突撃してくる。
「これは、よくない状況なの……です」
 再び光を放つ稲妻が数体のサーバントの動きを止めるが、群がってくるサーバント達を止める事は出来ず華桜に肉薄してくる。
 槍で串刺しにしようと振り上げた瞬間、その体は炎の蝶が包み込まれて燃え上がる。
「堕天使など頼りにしたのが間違いだったか」
 華桜の側に降り立った咲村が不満気に言い放つ。
 さらに逆側に降り立った小田切は冷気に満ちたアウルで近寄ってくるサーバントを眠りにつかせて溜息をつく。
「この数の敵、抑えるのは老体には堪えるのう」
 言葉とは裏腹に鋭い視線で敵を見据え、斧槍を構える姿は堂々たるものであった。

 だが、岩石の周囲に押し寄せるサーバントの数は多く、3人がどれだけ倒しても次々に新手が押し寄せてくる。
 さらにその後方からはアルヤが指示を飛ばしており、サーバント達は連携だった動きを見せていた。
 槍が脚を抉り、胸元に爪が突き立ち、火球が傷を焼いて爛れさせる。
 致命傷は避けつつも、徐々に疲労は蓄積し、傷口から流れ出す血は止まることが無い。
 それでも何とか保っていたのは、傷を癒していく私市のアウルが3人の傷を塞いで行っているためだった。
「カマキリ救助隊は頑張るんだよー!」
 攻撃の手を休めることは敵に蹂躙されることにつながるため手を休めることが出来ない3人を、後方から支援する私市も当然の様に無傷ではありえない。
 数えきれない傷を負いながらも、戦い続けられるのは、崖上からのディアボロの援護射撃のお陰でもあった。
「……でも、このままじゃ」
 倒したはずのサーバントが一角馬により再び起き上る姿を見て、華桜がぽつりと漏らす。
 その瞬間、騎馬武者が振り回した槍の柄に側頭部を強打され、一瞬意識を飛ばす。
「まだ諦めちゃだめだよ! ここで止めないと奥に行っちゃうんだよ!」
 倒れそうになる華桜を支える様に私市が声をかけ、アウルに包まれた華桜は何とか踏みとどまる。
「そうですね、もう少し耐えれば皆さんが……」
 だがその時、上空から隕石が撃退士達へと降り注ぐ。
 これまでに蓄積されたダメージに耐え切れず、華桜が意識を飛ばしてその場に崩れ落ちる。
 他の3人も気絶しかけるが、私市のアウルに支えられて気力だけでその場に立っていた。
「くっ……蜥蜴女か……?」
 絵筆を持ってにやりと笑っているアルヤを視界に収めた咲村は重い体を引き摺るように前へと踏み出し、黒い蝶を生み出す。
「逃がさん……!」
 放たれた黒い蝶の群れがアルヤを取り囲んだ、と見えた次の瞬間、咲村はとん、と背中を押されて岩石から飛び出す。
 落下した先には無数のサーバントの群れが待ち構えており、咲村の姿は群れに飲み込まれるようにして沈むのだった。
「しぶといと思ったらあんたが邪魔してたんだねー」
 えい、と無造作に突き出された拳が私市の顎を打ち抜き、言葉を発することも無できぬ内に私市の意識を刈り取る。
「指揮官が前に出るとは愚かな行為じゃな」
 小田切が持ち替えた銃をアルヤに向けて黒い霧を纏った弾丸を放つ。
 起死回生の一撃も素早く身を捩ったアルヤの身体を掠るのみで、急所を捉えることは出来なかった。
 傷を一角馬に癒させながら、アルヤは周囲を見回して笑う。
「えー、別に前に出てないんじゃない? ほらほら、周りをみてよ」
 小田切の周囲は既にサーバントによって十重二十重に取り囲まれていた。
 唇を笑みの形に歪めて再び銃を構える小田切の背中に、炎虎の巨大な爪が突き刺さり、そのまま踏み倒される。
 私市の援護も失った今、小田切は意識を繋ぎ止める事も出来ずに、サーバントの群れに蹂躙されるのであった。

「さあさあ、遊んでないで先にいくよー。もうすぐ天使も復活するから敵は無視して走ってねー!」
 アルヤの号令で一斉に駆け出すサーバント達。
 満足そうに頷きながら、アルヤは頭上を見上げる。
「ついでに追っかけられないようにしておこうかな」
 勢いよく尻尾を崖に叩き付けると、無数のヒビが広がっていく。
「うんうん、悪くないねー」
 駆け出したアルヤが去り際に石を放ると、それをきっかけ崖上にいたディアボロ達もろとも崖が崩れ落ちるのだった。




 気合いを入れて青龍刀を構えた崇寧真君だったが、地響きと共に崩れ落ちる崖を見て気が抜けた様に刀を降ろす。
「やる気を出したらこれだものなあ。おっさん、泣いてもいいよね」
 困ったような笑みを浮かべて口髭を撫で、崇寧真君は自分が登って来た側の崖下へ視線を送る。
「こっちももう終わるみたいだし、おっさんの仕事はここまでかな」
 そういうと青龍刀を振り抜いて斬撃を飛ばす。
 斬撃はシェリル、アスハ、只野に向かって飛んでいく。
 只野の前に立つ盾猫がすべて受け止め、シェリルは斬撃をかわす。
 だが、冥魔のアウルを帯びていたアスハはその攻撃をシールドの展開だけでは受け止めることが出来ず、切り裂かれて崩れ落ちる。
「本気のおっさんはまた今度。そいつは再会の約束の置き土産だ」
 ケイの放つ銃撃を青龍刀でいなし、崇寧真君は崖を飛び降りる。
 崖下に居た撃退士達へ生き残りのサーバントをけしかけることで足止めし、崇寧真君は元来た道を去って行った。




「あれあれー? すーくんもしかしてやられちゃった?」
 サーバントを率いて駆け抜けるアルヤはいつまでたっても姿の見えない崇寧真君に首を傾げる。
 アルヤの足止めが薄かったのは、崇寧真君が引きつけていたからかもしれない、と思いながらも肩をすくめる。
「ま、いっか。シリウスは大丈夫だろーし……エステルは少し心配かなー」
 少し悩んだ様子を見せていたが、うん、と頷いてサーバント達へ指示を出す。
「コアまで行ったらエステルを迎えに行って。あたしは今フルパワーだから」
 にんまりと笑うアルヤの脳内では、一人コアにたどり着けないであろう崇寧真君にどんな罰ゲームをやらせようかと、想像の翼を羽ばたかせるのだった。







  



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