イメージノベル - その1
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しくしく。
しくしく。
棒っ切れの様な女の子が泣いていた。真っ暗闇の中で蹲り、項垂れる彼女はたった独り。愛する人も、大事な人も、やっと見つけた居場所すら、全部全部無くなった。全部全部奪われてしまった。
「可哀想なイヴ。空っぽなのかい」
闇の中で声がした。咽ぶ少女が顔を上げると、そこには天使の様な、悪魔の様な、眼球の無い男が彼女を見下ろしていた。眼窩、鎖骨、両手、足首、背中、腰。それぞれ一対ずつ、十二枚ある赤黒い翼。
その異様さに。少女は言葉を失った。心を覗かんと試みたが、そこに広がるのはここよりも暗い深淵で。
「これをあげよう、可愛いイヴ。我が力を一つだけ、空っぽな君に分けてあげよう」
そう言って、薄い笑みを浮かべたそれが、少女へ片手を差し出した。血反吐の様な鱗が蔓延る不気味な手には、林檎が一つ。まぁるい、林檎。
「我は君の味方だよ。さぁ言って御覧、どうしたいのか。手を伸ばして御覧。それを為す為に。『叡智』は、君を照らすだろう」
「……あなたは、誰……?」
「我はサマエル。神の毒。神の悪意。君と同じ、神に呪われ見捨てられた哀れな存在だよ」
極めて優しい言葉だった。撫でる様な、抱き締める様な、耳を塞いでも心にやって来るような。不思議な声の言葉だった。
少女は気が付くと林檎を手に取っていた。
泣き腫らした虚ろな瞳で林檎を見る。
そして少女は口を開け――
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「いや、はや。ゐのりちゃんが我等悪魔の血に半分目覚めて、小生のエンチャント代償を克服するとは。興味深い症例です。サマエル様、ひょっとして何かしました?」
「いいや、外奪。あの子が半悪魔になった事に関しては全く運命の気紛れだ。寵愛か、軽蔑か……何れにしろ祝福せねばなるまい」
「いいですね、お赤飯でも炊きましょうか」
「『祝福』は既に成された」
「というと?」
「可愛いイヴに林檎をあげたのだ」
「それは、それは。お優しいサマエル様」
「共に歩むアダムも居ない。幸せだった楽園も無い。空っぽになったイヴは、……さてさて、何処へ行くのやら。何処へ行けるのやら」
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「私達の意思を摘み取られる事だけは避けなければなりません。貴女は楽園の、“種” 」
それが、愛する『聖女』が告げた最後の命。京臣ゐのりを京臣ゐのりたらしめる、最後の糸。
僅かな数になった聖女を崇拝せし者達。ゐのりは実質的に彼等の盟主となり、聖女ツェツィーリアの思想を繋げる伝道師となっていた。
「聖女様は死した。けれどそれは肉の死に過ぎない。聖女様の魂は、我等が我等であり続ける限り、我等と共に永遠に在り続ける」
捕縛の網から逃れ、闇を這い、悪魔の加護を受け。『恒久の聖女』は再び、今ここに、力を取り戻したのだ。
「――聖女様、ツェツィーリア様、どうか我々を、見守って下さい」
憎々しいほど今日も世界は回っている。
少女は手にしたチェーンソーを唸らせた。叫び続ける駆動音は、決して止まぬ怨嗟の嗚咽に良く似ている。
少女の背には淀んだ色の翼があった。先端からぼろぼろと羽根が抜け落ち消えていく様は、零す涙に良く似ている。
少女の頭上には茨が絡む蛇の冠が浮かんでいた。それは原罪を贖う為に磔にされた神の子のものに良く似ている。
天使のよう。けれど悪魔。半分は人間。
『神の悪意<サマエル>』により祝福された『哀れなイヴ』は、誰かの楽園に唾を吐く。
「私から全てを奪った、全ての存在。――戦慄しろ、今度は私が奪う番だ」
(執筆:ガンマ)
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――久遠ヶ原学園。
『恒久の聖女』を名乗る者達が再び世に姿をあらわしたという報せに、新聞同好会が動いていた。
瓦解したはずの団体が何故今、再び。
その疑問も尤もではあるが、それ以上に学園生を驚かせたのは――
『は〜い、皆様こんにちは! 覚えておられますか? ええそうです小生、外奪でございま〜す!』
校内の放送機材を通し、全校に伝えられる声。声。声――。
人を馬鹿にしたような下卑た嗤い声。
誰かが噂した。
それはとある電波を通じ、遠く学園にまで齎された声明だ、と。
『さてさて、今日は皆様にラブコールを叩きつけようかと存じます。えぇ、拒否権なしの、……ね』
嗤う声は朗々と語る。
『演目は『ギ曲』、演者は皆様、進行役は小生、スポンサーはサマエル様でお送り致します。
さぁさ、喝采をどうぞ。第二幕の始まり始まりで御座います!
……それでは、またお会いしましょう。シーユーネクストタイム!』
高々とした嗤いがぶつりと途切れ、続いて放送の発信者が訥々と語る。
「――みなさん、これが、我々学園生に叩きつけられた、挑戦状。いえ――『恒久の聖女』からの、犯行、声明です」
其れは図らずとも、戯曲の序章、或いは舞台の幕開けの如く――。
(執筆:クロカミマヤ)
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(CV:
凪佳二)
3月13日の状況
かつて、アウル覚醒者からなる『恒久の聖女』という過激結社があった。
自然淘汰の原則に基づく「能力者は選ばれし者であり、この世界の正当な統治者として外世界に対抗する事で、人という種を守ることが出来る」という思想を掲げた彼等は【双蝕】と呼ばれる様々な事件を起こしたが、久遠ヶ原学園がこれを摘発、事態は沈静化したと思われた。
が、2015年3月になって、各地のテレビ局を『恒久の聖女』を名乗る集団と冥魔が強襲。これを乗っ取った彼等は、かつての【双蝕】事件で行方不明になっていた京臣ゐのりによるプロパガンダ――【双蝕】事件にて討ち取られた『恒久の聖女』盟主、聖女ツェツィーリア・アスカの思想――を放送し始める。
奇妙な事にゐのりの声は人間のアウル覚醒者に強く作用し、彼女の声を聞いたアウル覚醒者の多くがその思想に賛同、各地で徐々に混乱が起き始める。
久遠ヶ原学園では、滋賀県の撃退士関係者よりゐのりの奇妙な能力がサマエルによるものでは、との情報が入った。滋賀県伊吹山にゲートを携える大悪魔、サマエル。かの悪魔の得意とする事こそ、この言葉による魔力、『唆す力』であると。
『恒久の聖女』の傍にあった悪魔、外奪はサマエルの部下である。サマエルとゐのりの接触可能性が強い事から、滋賀県撃退士からの情報はほぼ真実であろう。
学園は混乱を一刻も早く収める為、テレビ局を襲撃した『恒久の聖女』を撃退する作戦に出た。
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【ギ曲/赤】美しい世界 (桜井直樹MS)
【ギ曲/赤】灰色の要塞 (BarracudaMS)
【ギ曲/赤】I MY⇔曖昧 (相沢MS)
【ギ曲/赤】這い蹲って懺悔しろ (ガンマSD)
【ギ曲/赤】境界線の上で (三咲 都李MS)
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3月16日の状況
イメージノベル - その2
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テレビ局から撃退されなかった『恒久の聖女』は間もなく撤退した。彼等は撃退士という存在を侮ってはおらず、撃退士の第二部隊が速やかに投入されるだろう事は予想していたようだ。篭城しその場で死ぬつもりはないという彼等の態度は、『次の展開』がある事を撃退士に示唆している。
陥落してしまった監獄については、第二部隊が派遣された頃にはもぬけの殻となっていた。かの場所に収容されていた囚人達及び『声』に導かれた刑務官は、そのほとんどが『恒久の聖女』の傘下に下った事が予想される。
世間は俄かに、復活した『恒久の聖女』の話題で賑わっていた。
劣等種とあからさまな差別をされた一般人は強い憤りを覚えており、撃退士などの覚醒者も彼等の思想を否定している。特に撃退庁や久遠ヶ原学園は彼等の危険性を事実と共に積極的に伝える等の注意喚起も行っている。
つまり世間的には『恒久の聖女』は悪であると認識されていた。
――が。
『悪』と思わぬ者がいる事も、また事実。
それが世間の裏で増えている事も、また事実。
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暗い、何処か。
立ち尽くす様に佇む京臣 ゐのり(jz0349)は、その陰鬱な表情に明るさを宿す事はなかった。
「どうしたんです、ゐのり様。浮かない表情をなされて」
そんな少女を覗き込み、眉を上げた外奪(jz0350)が訊ねる。
先日の行動の結果は上々と言える。特にテレビ局襲撃に関しては。尤も監獄襲撃の方は真逆で――それを咎める様に、「貴方の所為」とでも言いたげな眼差しを、ゐのりが向けた。
「まぁ……アレですよ。てへぺろ!」
茶化す様に外奪が舌を出した。反省のクソもない。
それでも、こんな悪魔をゐのりが信頼しているのは――亡き聖女、ツェツィーリアがゐのりに対して「外奪を信じよ」と言ったからだ。彼女はそれを盲信している。聖女の言葉を、少女は決して裏切らない。
だからゐのりは外奪に対して何か言う事はなく、ただ暗闇の彼方を見澄ました。
(未だ、足りない。全然足りない)
聖女に届ける『声』には――もっと、もっと大きな花を咲かせなければ。もっともっと、大きな葉を、枝を、伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして、大きな果実を、大きな枝葉を、楽園へ届くぐらいに。
「きっと大丈夫ですよ」
少女の肩に、外奪の手指がぽんと置かれた。篭手で覆われた悪魔の指はナイフの様に冷たく、無機質に、彼女の白い肌から温度を奪う。
「貴方は一人じゃないんですから……ねぇ?」
少女の真後ろ。そう言った悪魔の顔を、誰も窺い知る事は出来ないけれど。
――次はどうする?
決まっている。
種は既にばら撒かれた。
落ちた種は小さな芽を出し、枝を広げ花を咲かせる事だろう。
ならば実が生るのを待ちながら、それを蝕まんとする害虫から護らねばならぬ。
「サマエル様が次の展開を楽しみにしておられます」
どんな実を結んで。
どんな味になるのか。
悪魔は嗤って、待っている……。
『了』
(執筆:ガンマ)
4月3日の状況
テレビ局襲撃事件【ギ曲/赤】、監獄襲撃事件【ギ曲/黒】。『恒久の聖女』とそのバックにつく悪魔によって起こされた事件は、辛うじて撃退士側が勝利を収める結果となった。
だが勝利でこそあるものの結果は芳しいとは言い切れない状況である。
監獄襲撃事件【ギ曲/黒】の被害は大きく抑えられ、アウル覚醒犯罪者が『恒久の聖女』の戦力に加わる事は防げたものの……半分以上が失敗に終わったテレビ局襲撃事件【ギ曲/赤】によって、各地のアウル覚醒者や覚醒者犯罪者予備軍などに影響が出る可能性は非常に高い。
久遠ヶ原学園では、今後の『恒久の聖女』の動向に警戒しつつ、秩序を保つ為に『ゐのりの声』に導かれてしまった覚醒者達の対応を行っていく事となるだろう。
イメージノベル - その3
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蒔かれた種は芽を出した。
小さな芽はすくすく育ち、葉を茂らせ、天へと伸びる。
無謀なるイカロスの如く。
暗い部屋、少女は蹲っていた。
悪魔が囁いた言葉を何度も脳内で繰り返す。
『貴方の想いが実を結べば、聖女様を蘇らせることも出来るかもしれません――』
死人が生き返る?
そんなの冗談めいていますよね。
けれど、人の想いが時に奇跡を起こすことを、他ならぬ貴方がた『人』が最もご存知でしょうに。
ええ――絶対、確実、100%、かは、分かりませんけれどもね。
なにせ死人が生き返るなんて、『冗談めいて』いますから。
もしかしたら、ひょっとしたら……そんなお話でございます。
信じるも信じないも貴方次第。
悪魔は、そう言った。
聖女様は、あの悪魔を信じよと言った。
だから、信じることが、正解なんだろう。
――今はただ、『種』が『実』となるのをじっと待つのみ。
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「殊勝じゃあないですか。けれど、毒林檎を食べた人でも『めでたしめでたし』になるお話を聞いたことがあります」
悪魔が言う。もう一人の悪魔が答える。
「外奪、残りの演目は」
「あと半分かもしれません。もっと続くかもしれません。最早、後日談なのかも」
戯曲は続く。
悪魔共の笑みを客席に乗せたまま。
幕はまだ、まだ、下りてはいない。
それまでは、踊れ、踊れ、踊り続けろ、演者達。
『了』
(執筆:ガンマ)
9月7日の状況
2月26日の状況