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ぱらり、ぱらり、紙をめくる心地よい音が室内の空気をふるわせる。
円状の会議机に向かうものは一様に口を閉ざし、一言一句を噛みしめるように分厚い資料に目を向けた。
公称8万人。その実態は既に公称値をはるかに超えると言われる久遠ヶ原。
その全員に――任意投票ではあるが、こうした意見表明の場を儲けたのは初めてのことだ。
いくつもの選択があった。
いくつもの決断があった。
しかし、それらは会議室の中で行われるのが常で。
何故と問われれば、決断速度による戦局の有利を取るためだったり、不要な分裂を避けるためと答えるだろう。
間違いではない。
でも。
「言い出しっぺのあたしが言うんはアレやけど‥‥予想以上、やなぁ」
「ええ。私達が考え及ばなかった所まで考慮されている方もいますね」
そう言って、神楽坂茜と大鳥南は、ほうと息を吐いた。
生徒を軽んじていたわけではない。物言わぬ駒のように思っていたわけでは決してない。
しかし、こんなにも力強い意志を、深い慧知を、澄んだ慈愛を、秘めた怨嗟を――そして情だけに拠らず、冷静に利益を考える事のできる生徒達を。今まで私達はふいにしてしまっていたのではないだろうかと、考えずにはいられなかった。
生徒会への意見に対するメンバー及び太珀・レミエル・紫蝶の見解
「裏切られた時のために、いつでも船を潰す戦いができるよう準備をすべき。……ああ、その通りだ」
「常に臨戦態勢持続せなあかんのは、お金かかるんやけどなぁ。まぁしゃーないわ」
「人類も悪魔側とみなして、天使が全面的に搾取を始める可能性が指摘されていますね」
「フン、別に悪魔勢力じゃないからといって手加減されていたわけでもあるまい。
天使にしろ悪魔にしろ搾取にムラや加減があるのは、一瞬で吸収する焼畑農業に効率を見いだせないからだ」
「ケッツァーを露払いに使うなどの有効利用すべき、という案と、逆に操船以外何も関わらせたくないという意見、両方あるね?」
「難しい所、だな。今後行われる作戦の難易度にもよるだろうが‥‥。
ただ、気持ち的な所というか‥‥いきなり強い仲間を得て一気に解決、っていうのは釈然としない所もあるかもしれないね」
「政府や撃退庁、関係機関とのすり合わせや調整――ええ、これは必要です。
機関全体が諸手を挙げて賛成ということはないでしょうが、せめて確認は取るべきでしょうね」
「そういうのは宝井にやらせておけ。僕達が口を出すより余程上手くやるだろう」
「交流をしよか〜って意見が圧倒的やけど、中には暗殺されるんちゃうかーって声もあるんやね」
「必然だろう。個人的な感情で語るなら、僕も正直なところあまり積極的に関わりたくはないね。
……まぁ、島内滞在中は常に撃退士の同伴者を必要としたうえで
交流エリアを制限しておけば、ある程度の予防線になる可能性はあるか」
「反対意見を持つものへのフォロー、今後起こりうる分裂への対策‥‥か」
「こればかりは、言ってどうなるものでもないですしね‥‥。
ディベートの場は改めて設ける必要があるとして、最低限、友軍冥魔と関わらずに生活できる配慮は必要になるでしょう」
「――以上で内容間違いないね?」
書記である大塔寺源九郎が議事録を読み上げ、周囲を見回す。
茜と南、レミエルは大きく頷き、太珀と紫蝶は沈黙を肯定とした。
源九郎は一息つくと
「では、これで決定とするよ」
と言い、分厚い議事録帳をばふんと閉じた。
●
11月中旬、霞ヶ浦総合公園。
美しいイルミネーションに彩られた風車の前に、神楽坂茜は佇んでいた。
雪の便りにはほど早いというのに、きんと冷えた夜空が否応無しに茜の頬からぬくもりを奪っていく。
唇から伝い漏れる白い吐息は解けるように広がり、やがて夜闇に溶けて消えた。
コツコツと革靴がアスファルトを叩く音が不意に耳に入る。
「こんばんは。久遠ヶ原学園の生徒会長、神楽坂茜と申します。本日はお誘いに応じて頂き、ありがとうございます」
「‥‥驚いた。ほんとに1人で来るとはねぇ」
足音は遠巻きで一度止まり、数瞬を置いてから再びコツコツと音が近づく。
「ケッツァー頭領、ベリアル・エル・ヴォスターニャだ。‥‥ところで"せいとかいちょー"ってのは?」
「生徒‥‥久遠ヶ原学園にいる撃退士の総代といったところでしょうか。全撃退士の代表ではありませんが、久遠ヶ原学園という撃退士軍の、形式上の代表と思って頂ければ」
「オーケー。あたしも冥魔代表じゃぁないし、似たようなポジションってことだね。よろしく」
警戒なく差し出される右手。
それに少し驚きながら、茜もまたわずかの逡巡の後、ゆっくりと右手を差し出した。
◇
「結論から申し上げますと、今回の協力関係については歓迎したいものの、いくつか条件‥‥聞きたいことがあります。
大きくは、まず3点。質問に対して「言えない」「言わない」は事情次第では仕方ないとして、嘘はつかないでいただきたいのですが――まず、先だってあなたが濁した『こっちの事情』について開示をお願いします」
「ぶっ。っはっはっは! おいおい、今しがた「言えない」「言わない」は仕方ないって言ったじゃないか」
ベリアルは大声で笑い、近くのベンチに勢い良く腰を掛けた。
そして不意の大声で目を白黒させている茜に、「ん」と一言。ベンチの空いた席をぺしぺしと叩いた。
軽々に誘いに乗るのは迷ったが、取引というこの場面で立ったまま見下ろすのは憚られ、茜はそっとベリアルの隣に腰を降ろした。
話すべきか、少し迷ったように首を傾げるベリアル。
「未来の益となる働き――か」
呟いたあと、ふぅっと大きく白い息を吐く。
「あたしも全部知ってるわけじゃぁない。特に最新の情勢は一切知らないってのはまず承知しといとくれ。
魔界は今、天使の侵略を受けているのさ。‥‥察してるかもしれないが、天界の王ベリンガムだ。
天使と悪魔っつーのはウン千年だかウン万年だか戦争してるらしいけど、いわゆる本土に攻め込まれたのは初めてらしくてね。
9月末にダーリンが呼び戻された時は、既に相当状況は悪いって聞いた。
だから正直、ダーリンが緊急招集されたタイミングであんたたちが攻めて来たときは焦ったし、グルかと疑ったけどね。
メフィに相談したら、あんたたちも京都とかでベリンガムたちと戦ったっつーし。
そんなら今は共同戦線張ったほうが『益』になりそうだから、取引をもちかけたってわけさ。
‥‥あたしはダーリンやメフィみたいに頭が回るわけじゃあないからね。単純な理屈さ。
敵の敵は味方になり得る。それだけだ。
話す気になったのは。少なくともあんたたちがこの話に前向きなのがわかったからだね」
そう言って、ニッと白い歯をみせる。
「そう、ですか」
嘘は言っていない、と茜は感じていた。
日本各地で続いた、王権派によるゲート襲撃事件が夏を過ぎてぱたりと止んだ事とも一致する。
仮にこれが偽情報だったとしても、撃退士は魔界に行ける術がない以上、誘い込んで討ち取られるということもない。
敢えてこの話から撃退士の益を見出すのならば、王権派が魔界にかかりきりなら遺構を調査する時間が長く取れる、というところか。
「船をしばらく使ってもいい、というお話の『しばらく』は、魔界の状況が落ち着くまでということでしょうか?」
「へ? そんな短くていいの?」
「え」
「いや、こう、2〜3年くらいは付き合ってもいいと思って――‥‥はっ、人間的には2年って"しばらく"って言うには長すぎるのかい!?」
寿命の差による尺度の違い。
――そういえば、オグンの時にもこんなことがあった。
もう僅かしか生きられないから、と命を捨てようとした彼は、あれから2年近く経つ今も平穏に生きている。
「そう……そうでしたね。数百年生きる天魔の皆さんからすると、2年くらいはごく僅かな時間でもおかしくはありません」
「す、すまないね混乱させちまって。悪気はなかったんだ」
「では、3点目。
何らかの理由で協力関係が解消され、解消後、私達撃退士と敵対関係になる場合こちらにご通告いただけますか?
宣言なしで不意打ちのような真似はしない、ということですね」
「オーケー。それは例えダーリンに呼び戻されたとしても守ろう」
「では、その他細々とした質問ですが――」
ベリアル/ケッツァーへの意見、質問、条件など(抜粋)
「現在地球上でケッツァーが所持しているゲートを、すべて廃棄するということに間違いはありませんね?」
『ああ。つっても今ウチで特定の地域を占領してるようなのはアルファールくらいだと思うけど、交渉成立ならあいつにもそう伝える。
あいつ、駄々こねないといいんだけどねぇ。まぁ、もしなんかあって撃退士の手におえないなら、あたしがぶん殴りにいくよ』
「懐から斬る卑怯な事はしないと、武人の誇りに誓っていただけますか?」
『‥‥あたしは所詮、堕天して下克上してきた族だからね。悪いが誓えるほど高い誇りなんざもっちゃいない。
が、いい人ぶってから掌返すっつぅのは嫌いだね。
ぶっちゃけ、悪魔同士の勢力争いでなら何度もされてっけど、どいつもこいつもシケた面してやがった。
あたしゃあーいう奴にはなりたくないからねぇ。そういう意味でいいなら絶対しないと宣言できるよ』
「船の動力源は、一体どのようなものなのでしょうか」
『基本的な浮力は、船底にある鉱石の力だよ。あれはレアな鉱石でねぇ、石そのものに浮力があるのさ。
推進力はあたしの内にあるエネルギーだね。大した消費ではないし、運行のために新たに摂取するようなことはないが、元をたどれば人間も含む何かの魂――というのは否定しない』
「‥‥人間と同じ食事によるエネルギーの補給はできますか?」
『可能っちゃ可能だろうねぇ。そっちで暮らしてる天魔はそうやって生きてるんだろ?
だが、人間は野菜や家畜を食ってエネルギーにする。あたしたちは魂を食ってエネルギーにする。
仮にどっかの世界で天魔を食って生きる奴らがいるなら、あたしたちもそいつらのエネルギーになるんだろう。
なぜ食うのか? ‥‥そういう文明の中で育っているからさ。あんたもそうだろ?
あー、誤解しないでほしい。別に難癖つけて人間の食事を拒否するなんてつもりはないさ。
人間の食事も何一つ傷つけず得られるもんじゃないなら、結局何かの犠牲に感謝しながら食らう事には変わりないんじゃない、って話だ』
「船の操縦を私達‥‥撃退士が行う、というのは不可能なのでしょうか」
『一度、ウチの連中にやらせた事があるんだけど、なんかすぐにぐったりしちまってねぇ。
だからあたししかできない、って言ったのさ。
操縦できる奴がいるなら別に任せてもいいんだけど――だからって船だけ寄越せ、ってのはナシだけどね』
「六分儀のかたちをした空挺の鍵を1つ、学園で管理しても?」
『いいよ。‥‥カッツェのぶんが余っちまったからね』
「鍵を渡すということは、撃退士が出入りすること自体は構わないのですね。では、たとえば神槍を持った学園生徒を乗せたりは?」
『船内にゃ既に監視の撃退士もいるわけだ、今更締め出すのもナンセンスってやつだろ?
船が欲しいっていうほど興味があるんなら、好きに見て回ればいいさ。
神槍は‥‥戦地へ向かう時に持って乗るのはともかく、あんたたちアレで傷を負ったらどうなるか知らないわけじゃないんだろ?
なんかの弾みで意図せず怪我して塩になるのは勘弁だ。ご遠慮願いたいねぇ』
「有事の際以外でエンハンブレの武装を完全解除することは可能でしょうか?」
『問題ないってーか、主砲はもともとぶっ壊れたまんまだしなぁ。
どのみち船内の監視は続くんだろうし、管制室と武器庫を押さえてりゃあたしたちは船を飛ばすことすらできないよ』
「船の設計図や技術をご提供いただくことはできますでしょうか。エンハンブレの複製を作りたいという声もあります」
『設計図は、あんたんとこの金髪の優男が勝手に取るだろう。
技術提供‥‥神器や魔器の作り方っつーことなら、百年千年単位の話になっちまうよ?
エンハンブレは魔界で鉱石を確保するところからだから、文字通り雲をつかむような話だねぇ。
っつーか、それこそ四国の天使連中がそっちのスペシャリストなんじゃなかったかい? 学のないあたしより現実的じゃねぇ?』
「ケッツァーと学園で、交換留学や手合わせなど、交流を行うことはできますか?」
『"こーかんりゅーがく"? ‥‥はーん、お互いが相手のところに留まるってことか。
それ自体は構わないよ。ただ、行きたくないと言うやつを送り込んでもしゃーないだろうし、
交流ってぇ名目ならあくまで本人の意志で行くべきなんじゃないかい?
手合わせは、多分決め事がなくてもロウワンあたりが喜んで相手するとおもうよ』
「その、じょ、女子会をしたいというご意見も‥‥」
『"じょしかい"‥‥。女子、の、会? ほう。お茶をしたり恋愛談義をしたり、か。
いいねぇ、そういうのは面白そうだ』
「治療術に優れるジュエルさんを学園に招いて、日々の討伐をサポートしてもらうことは?」
『あいつを引き取りたがるってのは‥‥なんつか、物珍しいのもいたもんだな‥‥?
あたしの名代だといえばあいつは行くと思うが、治療用ゲートがない以上、あんたたちと大した差はないと思うよ?』
「メンバーの所在地を、常に明確にすることはできますか?」
『んんん、あたしの持ってる術じゃ無理だ。使い魔で探す事はできるが時間がかかるし、使い魔が戻る前に移動すりゃ姿くらますのは簡単だしね。
ぶっちゃけあたしは船から出る事ないだろうし、所在を知られて困るこたーないんだが‥‥技術的な問題かねぇ。
あー‥‥そうだ、これは謝らなきゃいけないんだが、カーラが船から消えててさ。
使い魔は飛ばしたけど、多分あいつは‥‥この船に、帰ってこない気がする。
もしあいつが人間に危害を加えるようなら――判断はあんたたちに任せる。どういう結末でも取引を反故にすることはしないよ』
「私達はツインバベル‥‥四国天界軍のミカエル・ウリエルらとも協力関係にありますが――」
『へぇ、そうなのかい! あのお硬ぇ天使様とも仲良くやれるって、あんたたち中々やるねぇ。
ソリが合わなかったとはいえ、あたしも元はといえば天使だ。こっちに害がないならあたしゃ気にしないよ』
「協定を結んでいるミカエルさんと会談を行うことは?」
『会って世間話ってだけなら別にいいよ。何かを決めようってんなら、それはその内容次第だ』
「ルシフェル以外の悪魔との対立、及びゲート破壊については許容いただけますか?」
『んー。立場的にノーコメント、かな。
一応地球にいる冥魔は、ダーリン旗下ってことにはなってるからねぇ。
ただ、知らないところで起きている事に文句言うもなにもないだろ?ってね』
「天界王権派の動きが落ち着くまで、四国の天使たちと不戦条約を結ぶようメフィスト・フェレスに要請してほしい、という声も」
『メフィは大公爵――あたしよりメフィのほうが階級が上だからねぇ、要請っつーのはちょっと無理だ。
まぁ話をするだけでいいならできなかないけどさ。それなら会って直接話すほうがよっぽどメフィに刺さるんじゃないかい?
それに、メフィも広島の自軍以上の裁量は持ってないはずさ。あくまで地球での総指揮官はダーリンだからね』
「隠さずにお伝えすれば、冥魔と組む事は絶対反対、という人も、少なからず居ます。
その‥‥こう申し上げるのは身勝手ですが‥‥、万が一という事がないとは言えず‥‥」
『まぁ仕方ないねぇ。あたしも心から歓迎されるとは思ってないさ。
それこそ神槍突きつけられちゃ笑ってられないが、多少の荒事は慣れっこだ』
「協力ならその意思を行動で示してほしいとも」
『良いこと言うねぇ。そいつの言うことはもっともだ。だが、あたしたちはこっちじゃ勝手がわからない。
あたしたちが是とするもの、それこそ食事一つとってもあんたたちには迷惑なものなんだろ?
だからこうして何をしてほしいか聞いてるわけさ』
「あなた方がエンハンブレを捨てて暴れる、といった選択を取ることは?」
『そいつぁあたしにとっちゃ死ぬか生きるかの選択に近いレベルだねぇ‥‥。
それをしない根拠はなんだ、と問われると難しいんだが、人間も自分や仲間が面白おかしく暮らす家は大事なんじゃないのかい?
そこに根拠や理屈を求められても、悪いがあたしにゃ説明できないね』
●
茜がベリアルとの会見に臨んでいる同時刻、久遠ヶ原学園・第7湾岸訓練施設。
凍えると表現しても差し障りのない風が、夜の海から容赦なく吹付け訪れた者の体温を奪っていく。
当然、それは大鳥南にも等しく襲いかかっていた。
「めっっっっさ寒い!」
悴む手をこすり、息を吹きかけるが、こわばった指先が解ける程の暖かさは得られない。
「だから無理に立ち会わずに休んでいても構わないといったんだよ」
「それはまぁ、そうなんやけどな」
「フン、さっさと終わらせるぞ。どうやら設備的には問題無さそうだな、多少古く傷んでる箇所もあるようだが」
レミエルと太珀が『準備』を進めるのを眺めながら、冷え切ったスマホを取り出し状況報告用のメール作成画面を起動した。
しかし文章を打ち込もうとした指先が器用さを失って、誤字を3度繰り返したところで南は作成を断念する。
「はぁ‥‥これ、夜にやる必要あるん?」
「夜間じゃないと、リンカー達の時間を作りにくいからね。とはいえ、残業扱いで待機して貰ってる以上早くこちらの準備を終わらせようか」
ベリアルら一派との交渉が成立した場合、こちらからまず指定するべきものがある。
それは彼女から指定する権利を予め提示されていたもの。
エンハンブレの居留地――即ち、彼女達を何処に留め置くか、である。
居留地をどこにするかの意見
「いつ暴れるか、信用できるのかが解らない状態の悪魔だ。一般人が近くに居る所は勿論、緊急時に並の戦力しか動かせないような所に置くのはリスクが高すぎる」
「もっともな意見だね。大前提とするべきだろう。つまり極めて近くに置くか、いっそ遠くに置くかの二択になるわけだ」
「リスクを考えるなら、広島で飼い殺しにするのが一番だろう。船は使いにくいが、友軍に裏切られるかもという不安もなくなる」
「現実的な一手だと思うよ。まぁ、その分彼らの動きも読みにくくなるのは大きなデメリットだろうけどね」
「学園の中に置く事で、十分な監視をするべき。有事の際にベリアルらに対抗できるのは学園のみだろう」
「そうですね。交流したいとう方も多いようですし、物理的な距離が近いと、何かと都合のいい場面は出てくるでしょう」
「学園の中には、絶対に置くべきではない。冥魔に不信感を抱く者もいるのだから、住み分けはするべき」
「わかるわ。生徒会への意見としてもあったけど、交流エリア分けたり生活を脅かさないってなると、中に置くのは難しいんちゃう?」
「近くに置くでも良いけど、監視は厳重にするべき。むしろ人間が悪魔を襲いに行く人が居るかもしれないから」
「往来手段を絞って、人目を忍べるルートを潰すのがいいんじゃないかな。門での転送を基本にするとかだね。
六分儀があるから技術的には可能だよ」
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「よし、出来たぞ」
レミエルの声で、南は思考の海から抜け出した。
‥‥思考というより、寒さで気が遠くなっていたのかもしれないが。
「あとは必要に応じて、六分儀を持って、いつも通りリンカーに道を開いてもらえばここに転移用の門が出来るようになる」
レミエルが設置した鉱石は、転移装置で見るものと良く似た淡い光を放っている。
その上にちょこんと六分儀を載せ、太珀はまだ何もない沖合を睨みつつ頷いた。
「とはいっても、数キロに満たない距離だ。飛行スキルで直接飛ぶことも出来るだろうがな。
ただ、この場所なら。飛んでいくにしろ、門を使うにしろ、船との接触するものを監視出来るだろう」
船の居留地は『学園の外であり、かつ学園から近い位置』がすべての意見の落とし所にふさわしいだろうとして、最終的に、学園から数キロの沖にベリアル達を迎えるという決断となった。
問題となったのは、『船へのアクセス方法』である。
船から来る場合は勿論のこと、船へ行くものについても気をつけるべきだという意見は少なくなかった。
そこで出された案は、エンハンブレ居留地点からも近い、学園沿岸にある訓練施設の一つを専用施設として仕立てる案だ。
飛行や遠泳での侵入についても、船と往来を随時確認する。訓練を見守る為に作られた訓練施設ゆえ、お誂え向きの櫓があるのだ。
「交流エリアを作るんなら、やっぱこの辺にまとめた方えぇやろしね」
「訓練施設だからな、多少の無茶もしやすいだろう」
なにより、居住区が付近にないのも大きい。
キャンプ演習なども出来るような場所だ。何か交流企画を考えて行うのにも不便はないだろう。
「うん、ひと通り設備確認完了や。警備雇用やらなんやらは、茜ちゃんの交渉が終わったらやな」
警備依頼には報酬が支払われる。
彼らの依頼主は生徒会となる。つまり、会計である南が実質手配しているのだ。準備と下見に立ち会っている理由の一つがそれだ。
実際に働いてもらう現地の状況を知ってこそ、適切な報酬を叩き出せる。
だが、理由は他にも在る。
「心配かい?」
「‥‥ううん。天魔との共存への夢の大きな一歩や、なーんも心配しとらんよ」
その声音は嘘偽り無いものであった。
今回、南は茜の思いに全面賛同はしなかった。
それでも、折り合いのつけられる場所から、応援はしたいと思うのだ。親友として全力で。
寒空の下、一人、ベリアルとの交渉に臨んでいる親友がいる。
それが、同じ空の下で手を悴ませるもう一つの理由。
南のポケットで茜からの報告を告げる着信音が流れたのは、それから数分後のことであった。
(執筆:由貴 珪花、コトノハ凛)