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槍の場所もわからないままにらみ合って何日たったかしら。
‥‥乗りかかった船ではあるけれど、ここまで大問題になるなんて想定外ね。
じきに私の上司も来るだろうし‥‥面倒なことを起こしてくれないといいんだけど。
ああクソ! 退屈だな!
せっかくお偉いさんが俺たちに任せてくれるって言ったんだ。
援軍が来るまでなんて悠長なことを言っていないでさっさと天使の野郎どもに突撃をすりゃあいいんだよ!
‥‥ん、撃退士の偵察? ハッ、うまそうなメインディッシュが目の前にあるんだ。
そっからかぶりつかないと嘘だろうぜ!

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オープニングノベル (執筆 : 望月誠司)


  地を揺るがすような声、というものがある。
  一つの建物に詰められた人々が、楕円の場を囲み熱を帯びた声を一斉にあげる。
  願い、欲望、興奮、恐怖、歓喜、失望、それらの入り混じった声を聞くのが男は嫌いではなかった。
「まくれー! ぶちかませー!」
「踏ん張れぇー! 有り金全部賭けてんだぁ!!」
  鍛えられた筋肉を躍動させ、十数の馬達が土煙りをあげながら走ってゆく。鞍上の人間どもが、必死に鞭を振るっていた。
  場の一点を騎兵達が通り過ぎると一つの戦いが終わり、また次の戦いが始まる。新たな騎兵達が柵の中へと入ってゆく。これは、要するに戦いなのだろう。男はそう解釈していた。
「ガイジンさん、今日も来てんのかい」
  帽子をかぶった初老の人間が歯を剥いて笑いかけてくる。
「まぁな」
  金髪碧眼の男が頷く。この国の古風な民族衣装――着流し――に身を包んでいた。
「なかなか、面白い」
「あんたも好きだねぇ、仕事は?」
「物好きだとは良く言われる。有能な部下が一人いてな、そいつにまるっと投げてある」
「かーっ、若けぇうちから良い御身分だ」
「何、俺の身分なんぞつまらんもんよ。なってみりゃあんたも解る」
  柵が開かれ、騎兵達が飛び出してゆく。
「どいつに賭けた?」
「七番だな。単勝一点買いという奴だ。配当が良いらしい」
「万馬券じゃねぇか。そうそう来るわきゃないぜそんなもん」
「そうか?」
  そんな会話を交わしていると人混みを掻き分けて黒スーツに身を包んだ女が近づいてきた。
「……様! ルーク様!」
「おう、お前か、どうした」
「どうした、じゃありません、またこのような場所に潜り込んで……!」
  女は汚らわしいもの、ムシケラでも見るような目で周囲を見回す。実際、彼女にとっては人間なぞムシケラと等しく変わりはないのだろう。
「そう言うな。それなりに愉快だぞ。退屈凌ぎにはなる。お前も一つどうだ?」
「むしろ私に退屈をください。このクソ忙しい時に何やってんですかアンタは! 火急です、急ぎ御戻りください」
「今、良い所なんだがな。どうしてもか?」
「どうしてもです! ――九州から使いが来ました」
「九州、ね」
  男は嘆息した。券を取り出すと言う。
「こいつぁアンタにやるよ。俺は行かなきゃならんようだ」
「遊び人もとうとう捕まったか」
  年季の入った人間がきししと笑う。
「有能な部下は鼻も効くようでな。有能過ぎるのも厄介なものだ」
  初老の男は苦笑した若い男から券を受け取ると、女と共に去ってゆくその背を見送る。変わった奴だ、と思った。
  背後から喊声が上がる。初老の男は振り向き、目を見張る。
  七番の馬が最後尾から一気に加速し、次々に馬群を抜き去って、ゴールへと飛びこんでいった。


「ルシフェル様、あのような場所へ赴くのはやめてくださいと何度も申し上げているでしょう」
  ゲートの最奥へと向かう途中、スーツを黒のゴシックドレスに変化させた女は今度は本名を呼んだ。
「偵察だ、偵察、人間社会というものをより良く知る為のな。敵を知る為にはその風俗から知らねばなるまい」
  男は変わらず着流しのままだったが腰に剣を一本差していた。
「家畜どもの賭場など知らずとも国は制圧できます! 百歩譲って必要があってもそんなもの部下にやらせてください! 貴方様は冥魔連合軍の総大将なのですよ! もっと立場というものを――」
「レヴィアたんは優秀だが五月蠅いのが玉に疵だな」
  片耳に小指を突っ込みながら半眼でルシフェルは言う。
「我が名はレヴィアタンです! 何度言ったら――」
  顔を真っ赤にして女悪魔は憤慨した。
「そう怒るな。短気では目付け等という物は務まらんぞ」
  ルシフェルは魔界の所属だが、レヴィアタンは冥界の悪魔だ。ルシフェルは地球へ派遣された冥界魔界連合軍の総大将であり、レヴィアタンはその副官で、冥界からの目付けだった。
「誰が怒らせてると思ってんですか。だいたい――」
「分かった分かった。で、九州と言ったな? 天界軍からの使者だと?」
「左様です。殺しますか?」
「言ってる側から短気な奴だ」
  ルシフェルは嘆息した。
「悪魔は人の話を聞かんなぁ」
「アンタが言いますか」
「まぁ一応、会うだけは会ってみよう」
  金髪の男が言って、二柱はゲートの奥の赤い闇に消えた。


  地球で最も巨大なゲートのその最奥、玉座の間。
  地獄の悪魔達が居並ぶその空間に純白の衣に身を包んだ男が跪いていた。背には純白の翼が四枚ある。天使だ。
「よう、遠路はるばる御苦労。面を上げて貰って良いぞ」
  天使の男が顔をあげると、玉座には片足を組んで頬杖をついた若い男が腰かけていた。絹のように流れる黄金の長髪が目に付いた。魔界の宰相ルシフェル。比類なき強大な武力を持つという剛剣使い。堕天使の血を引きルシフェルの名を継いだ男は、凶悪無比な悪魔達の中にあって、その戦闘能力だけで冥魔連合軍の司令官の座まで登りつめたのだという。
「メタトロンの奴はどういう風の吹きまわしだ? 地球じゃ直接対決は避けられてるが天と冥魔は戦をやってる最中だ。お前さん、その本拠地へ身一つでノコノコと乗り込んで来るとは――」
  ルシフェルの姿が玉座から消えた。
  喉に冷たい感触。
  気付くと、目の前に太刀を抜き放った姿で男が立っていた。切っ先が天使の喉元に突きつけられている。
「死にに来たのか?」
  刃先の背で顎を持ちあげられる、視線が上を向いて、見下ろすルシフェルの碧眼と交錯した。
  男はルシフェルの氷の如き青瞳に恐怖を覚えていた。どうして畏れられずにいられよう、一介の天使が四方を強大な悪魔達に取り囲まれ、さらに最強の悪魔を眼前にして……
  だが、男はそれを表にださずに言った。
「私の首をお望みなら差し上げましょう。ですがその時は天、冥魔共に夥しい損害となるでしょう」
  男の言葉にルシフェルは笑った。
「良い度胸だ」
  刀を引くと、峰で肩をとんと叩く。
「使者と言ったな? 聞くだけ聞いてやる。用件を言ってみろ」
  天使は頭を下げると主からの言葉を語った。
  それは要は戦力制限の提案だった。
  現在『聖槍アドヴェンティ』を巡る争いは激化の兆しを見せている。
  神器を持ち出し逃げた堕天使、それを追う撃退士なる人間達と天使と悪魔の奇妙な三つ巴は膠着状態となっていた。おおよその場所は判明しているのにどの陣営も神器を奪取できていない。
  この膠着状態を打破すべく天界は、異界への抗争に送りだされそこでも目覚ましい戦果をあげているザインエルに白羽の矢を立て神器の奪取に赴かせんと計画していた。
  しかし、この計画を察知した冥魔側も、ザインエルに対抗すべく、新たに地獄の悪魔侯爵『メフィストフェレス』を地球に送り込んで『神器』の奪取に赴かせんと準備を進めていた。
  力は拮抗しておりこのまま争いが加速すれば、そのまま天魔の全面対決に雪崩れ込む可能性が濃厚であった。

「メタトロン様はおっしゃられました『いかに聖槍アドヴェンティが貴重といえど、まだ収穫場となって若い人間界を焦土に化すことは好ましくない。互いに過剰な戦力の持ち込みは控えるべきだ』と」
「なるほどね……まぁ一理はある」
  ルシフェルは頷く。地球は収穫場であり、戦をやる場所ではない、というのが天魔の共通認識だ。焦土と化した地球を獲ってもなんの旨味も無い。
「だがな――こちらとしちゃ、むざむざアドヴェンティを天界にくれてやるつもりはない。あれは既に冥魔の物だ。ただで手を退けなんてのが話にならない事くらいは、メタトロンの奴も解っている筈だがな?」
「故に、手を退けとは申し上げておりません。戦力の制限です」
「具体的には?」
「『現状人間界に在する天使と悪魔の中でも特段管理エリアを持たない者のみを神器の奪取作戦に赴かせる』この条件では如何でしょうか」
「つまり、現状維持って訳か」
  ルシフェルは刀で二度、三度と己の肩を叩き思案する。
  振り返り、己の副官へと視線を向けた。
  レヴィアタンは頷く。
「もう一つ方法はあります。全軍を以って天界軍を圧倒すれば良いのです。我々が圧勝すれば焦土にはなりません。殺しましょう。天使など信用できません」
「メタトロンに伝えろ。提案は呑んでやる」
「ちょっ!」
「ルシフェル様!」
  レヴィアタンが遺憾の声をあげ、周囲の悪魔達も口々に不平を鳴らす。
  その様に天使の男は驚いた。天界なら多少は揉めるにしてもここまではまずならない。基本的に天使達は上には逆らわないものなのだ。一方の悪魔達のこの罵声の多さ、なんてまとまりのない連中だろう。
  しかし、冥魔の総大将は慌てた様子もなく一同を睥睨して言った。
「俺の命令だ。死ぬか?」
  場は一瞬にして静まりかえった。
  居並ぶ強大な悪魔達の、天使の男など一瞬で消し飛ばす力量を持つ大悪魔達すらも、誰も彼もが、ルシフェルただ一柱を畏れている。
「ま……そういう訳だ。ただし、そちらさんが持ちかけた協定だってのは覚えておけ」
  金髪の男は視線を再び天使へと戻す。
  天使の男は、冥魔の総大将の視線を受けて、身体が震えだすのを今度は抑え切れなかった。
「万一協定を破るような事があったら、その時はこの女が言った通りの事になるだろう。見ての通り悪魔は血の気が多いんでな。俺達を本気にさせるなと伝えておけ」








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