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マスター:yakigote
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
サポート:0
報酬:通常
リプレイ完成日時:2011/12/27


オープニング

●爆走オンスロート
 鐘が鳴ると同時、礼儀もそこらに走りだした。原則、徒歩での移動が好ましいが、日々行われるこの儀式めいた戦争においてそのような拘束などなんの影響力もない。
 駆けていく。駆けていく。鐘はまだ鳴り響いている。衣嚢から硬貨を取り出した。紙幣を握り締めるような真似はしない。釣銭は余分な行動だ。その隙を無数のライバル達に浸け込まれないとも限らない。
 疾く疾くとタイル床を上履きが蹴る。足を踏み出している。そろそろか。
 目的の場所が見えた。既に何十人という猛者達が群れをなしている。けして列はなしていない。そう、群れをなしている。
 出遅れたか。心で歯噛みする。自分の教室はどうしてこうも遠いのだ。日課に等しい悪態が今でも感情的であるのは思春期特有の脳構造であろう。
 群れに駆け入る。軍集団はそう簡単に自分を割りこませたりしない。だが負けるものか。形相は必死。恥ずかしくなど無い。ここに居る誰もが自分のそれと同じようなものだ。
 押し入る。引き剥がす。押しのけられる。前に出る。何時間にも感じた壮絶の一分間。自分の立ち位置は最前列。誰も邪魔はしない。権限は我にあり。今こそ勝者の雄叫びを。
「女将さん、絶望カレーパンひとつ!」
「売り切れだよ」
 頭が真っ白になった。

●懇願レギオン
「頼む。力を貸してくれ!」
 開口一番、少女は頭を下げて頼み込んだ。制服で高校生と見て取れる。活発な印象に、泣きぼくろが似合っていない。彼女はカミキリと名乗った。
 何やら必死な様子だ。こんなにも縋る少女を捨て置くなど出来はしない。とりあえず、話を聞こうじゃないか。ひとまずその土下座はやめろ。
「ぉお、聴いてくれるか! そうだな、ええと……そう、そうだ。なんというか私は。うん、敗者なんだ」
 まるで要領を得ない文言から彼女は話を始めた。順序立ててわかりやすい、とは到底言えなかったが、全体図を伺えば成程。話は見えてくる。要点をまとめるとこうだ。
 彼女、カミキリはこの一週間だけと購買部で限定販売されるパンをどうしても食べてみたいのだが、数日の挑戦結果はまるで芳しくない。日頃この戦場に参加している猛者達はもちろんのこと、限定パンにのみ執着する強敵が存在するのだとか。本日が最終日ということもあり、止む無く手伝ってくれる誰かを募集しているのとのことだ。
「お願いだ、どうしてもあの這い寄る屋の絶望カレーパンが食べたいんだよ。この通りだ!」
 だから土下座はやめろ。


解説

・少女カミキリが限定パンを購入するのを手伝ってあげてください。
・パンは1日10個と販売数が少なく、限定品ということもあり倍率は非常に高くなっています。
・本日が最終日であり、今後販売の予定はありません。
・日常的に競争へ参加する相手はもちろんのこと、限定パンのみを狙う敵も存在します。
・チャイムが鳴ったら戦争開始です。「正々堂々戦う」「怪我しても泣かない」「スキルは間違っても使わない」「少しぶつかった程度では訴えない」という購買部の原則を守って戦いましょう。

※カレーパンに固執する他生徒
◯マッチョ四天王
・『昨日のトムスン』『一昨日のセルゲイ』『明日の五郎』『来週のキャサリン』で構成されるなんかもう凄いマッチョな四人組。彼等のスクラムに力押しで勝つのは難しい。

◯化学薬品研究部
・痺れ薬や笑気ガスなどを多用するガスマスクの3人組。気体での妨害にこだわるが、後遺症のあるものは使わないのがポリシー。

◯雑魚敵浪漫同好会
・骨格標本を思わせる柄がプリントされた全身タイツの集団。無数に居るが、非常に弱い。さして華々しくもなく散るのが彼等のロマン。

以上三組がこの六日間におけるカレーパンの殆どを購入しています。彼らの妨害をせずには目的のものを手に入れることはできず、またそれ自体が限定パンの購入にも繋がるでしょう。

●マスターより

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。
購買部。争奪戦。昼休みの中の戦争。青春ですね。
やっとの思いで買えたおにぎりが傷んでいたのもいい教訓です。


現在の参加キャラクター


プレイング

撃退士・神宮陽人(ja0157)
インフィルトレイター
絶望ってどんな味がするんだ…?

■事前準備
円滑な連携の為携番を交換
ガス対策にガスマスク準備。無理ならホームセンターで買える防塵マスクとゴーグル装着
友達に借りた英雄っぽいロングコート着用。時間短縮の為そのまま授業参加

■行動
授業を抜けるのは一般スキル程度じゃ厳しいかな
先生に授業を5分、いや3分早く終えるお願い。駄目なら鐘と同時に走る

雑魚敵は英雄にホイホイされてくれると予想
矢麗さんと協力、ご当地ヒーロー的チープ演出で立ち回り雑魚敵を引き付ける
英雄っぽい台詞を叫びつつ銃を構え突っ込む
可能ならガスマスク軍団の方向へ誘導、ガスを吸わせて一網打尽に

失敗した場合は1人ずつ倒す
仲間が押し切られそうな時は敵へ威嚇射撃も辞さない

■事後
達成時:一緒に昼ご飯、感想を聞く。パンが余ったらご相伴に預かりたい
失敗時:土下座謝罪

周囲を汚したり壊した場合はちゃんと片付ける
敵を昏倒させた場合はフォローも忘れずに
重複時は他プレ優先で

撃退士・楊 玲花(ja0249)
鬼道忍軍
「正直、購買でそんな争いがあるなんて知りませんでした。
  まあ、限定品を求めたい気持ちも分からないではありませんけれど。
  真剣なお願いみたいですし、手伝うのはやぶさかではありませんわね」

  中華料理の名店の娘として生を受け、その薫陶を受けた玲花としては、お昼は手作りの弁当が多く、これまで購買には興味がなかった。
  その為、正直異次元の話ではあるが、依頼主の熱意にうたれて協力する。

・作戦遂行にあたり、今後購買を使用する事は少ないであろうが、要注意人物に顔を覚えられるのは忌避したいので、自らの正体がばれぬように顔を半ば隠し、服も体型をごまかせる少し大きめなモノをまとっている。

・マッチョメンズに対する足止め工作に協力する。
「幼女泣き落とし作戦」が敢行されるまでの間、効果が薄い事を承知でマッチョメンズに対して足払いなどの攻撃を掛けて時間稼ぎをしておく。

・「幼女泣き落とし作戦」が成功すれば良し、失敗に終わった際はマッチョメンズを言葉で挑発しつつ、「薬品部と同士撃ち作戦」を遂行する為、薬品部のいるところまで誘導していく。

撃退士
七嵐 青馬(ja0311)

ディバインナイト
初めての仕事が購買の手助けで楽そうと思たら、そうでもないな(笑
なんちゅうか、平和な感じもするけど学校ぽいっちゃぽいな。それに土下座までされたら手助けせんとな。
「さぁて、そしたらいくか」

マッチョ対処
二段構えの作戦
「幼女泣き落し作戦」
「薬品部同士討ち作戦」
二つ目の作品は一つ目が失敗した場合と薬品部が前にいた時のみ
基本泣き落とし作戦のサポート。ガチンコになったら正面からぶつからず、一人を狙い切り崩す事を狙う。一対一ではなく、誰かと連携して足止めする。
カミキリさんが自力で買えるように全力でいかんとな。後乱戦になっても周りに気配っとこ。

終わったら自分の分も買っておかんと。まあ、それは後回しでええけど。最優先はカミキリさんや。


撃退士・狩瀬 灯夏(ja2989)
阿修羅
依頼の目標:障害を退け、カミキリ依頼人を購買まで護衛、依頼人が目的の
       ものを購入すること。

敵軍勢力の情報:主の勢力はマッチョ四天王、化学薬品研究部、雑魚敵浪漫同好会
         だと思われる。

事前準備:おそらく妨害してくるだろう薬品部に備えてのガスマスクと
      相手のガスマスクを封じるための着色塗料

心境:「初依頼だからな、景気よく成功させるぜ。」

撃退士
止木 静音 (ja3532)

ダアト
・事前準備
見慣れた校舎だが、念には念を入れて校内の構造をすべて見ておく。
非常階段や普段使わない通路、時には窓からのダイブや他施設の屋根を疾走するなどの
アクロバティックな行動も計算に入れ、可能な限り最短かつ最速でカミキリの教室から購買まで行けるルートを構築。
また可能なら要所にビデオカメラやwebカムを配置し、近況が把握出来るようにしておく。
更に、カミキリを含めた参加者全員の携帯番号を交換し、常に連絡が取れる体制を取る。

・本作戦
自分の担当はマッチョ四天王。四人が集結したところに入り込み、泣き落とし作戦を決行。
「前の、授業で、お財布……忘れちゃったの。でも、教室、どこにあるか……分からないの。このままじゃ、私……死んじゃう」
と涙目かつ上目遣いで叙述的に語り、同情を誘いつつマッチョの退場を図る。
成功した場合は誘導しつつ気付かれないように、失敗した場合は素通りされた後すぐに電話で作戦の成否を報告。以降はオペレーターとして他のメンバーをサポート。

・事後
作戦成功時、可能なら戦利品を一口頂きたく。

撃退士・孫 矢麗(ja3701)
阿修羅
這い寄る屋って名前からしてヤバそうな匂いがぷんぷんするアルな…。
とりあえず「絶望カレーパンの中身はタコやイカがたっぷり入ったシーフードカレー」に一票(挙手

・作戦
まずは1時間目の授業終了のチャイムと同時に教室を出て購買周辺の何処か隠れやすい場所に身を潜めて昼休みを待つアル。この日は1時間目しか入れて無かったらちょうど良かったネ♪
待機中に予め用意しておいたヒーロー衣装とガスマスクを装着!
そして奴ら(雑魚部)が来たら

『悪事はそこまでネ!ザコザコ軍団!』
『金と愛と金の戦士 チャイナレッド登場ネ!』

と叫びながら颯爽と登場した後に何人かをフルボッコに……て、手加減は一応してやるアルよ?ここでの目的はあくまで足止めだから、ナ…(視線逸らし
3分の1ぐらいを片づけたら同行者の神宮と科学薬品部と対戦している組の様子を確認した後科学薬品部の方へと雑魚軍団を誘導(無理そうなら一匹捕まえてガスマスク野郎共にぶん投げてやるネ!)、そのまま笑気ガスの餌食になるが良いヨロシ…(くつくつ

撃退士・古河 直太郎(ja3889)
阿修羅
■目的
依頼者が目的の物を購入するまでの時間稼ぎ及び護衛

■担当
マッチョ四天王の足止め

■準備
連絡用携帯電話で他のメンバーとアドレスを交換し、連絡を取れるようにしておく

■作戦
…作戦当日の講義は自主休講ですね…。取り敢えず購買付近で待ち伏せしてチャイムが鳴ったら作戦開始…という感じですか…。
静音さんによる「幼女泣き落し作戦」と「薬品部と同士撃ち作戦」の二部構成で作戦を行いますが、二つ目の作戦は、一つ目が失敗して、薬品部がマッチョより前にいる場合のみ決行、という感じですね…。

撃退士・伊勢原 直樹(ja3998)
アストラルヴァンガード
流石、この学校。購買のラッシュも一筋縄やないなぁ。弁当組で良かった、って思うわ。
ま、ここまでいっとったら経験値低くとも逆に普通の押し合いへし合いより何とかなるか。

・前準備
ガス対策に防塵マスクとゴーグル、後は団扇と絵の具を手の平に。念のため血糊。
防毒のが手に入ればそらええけどもね。
後は情報収集、というか最短距離のシミュレートを。
所謂『猛者達』のルートを調べてみて、使えるようなら各々に伝える。

・行動
狩瀬ちゃん(ja2989)とガスマスク3人組の足止め。
基本、空調の位置に注意して風下に立たないように。
近づく際に濃いようなら団扇で扇いで、多少なりとも防ぐ。
ガスの効き具合が何とかなりそうな程度やったら、
絵の具塗り立てな手形でガスマスクの視界潰しを狙ってまともに人ごみ歩けんようにする。
余裕あったらタイプによってはガスの元も閉めたいね。後遺症残らん言うても危ないしな。
効き具合やばかったら、持病の喘息が、とか言うておおげさに咳き込んでえらい事になった振り作戦に移行。状況次第で血糊を噛む。
共通して。有効やなかったら、しゃあないし、足にでも引っ付くわ。俺の屍を超えて行け。
マッチョ側の状況によっては、マッチョ軍団の方向へ吹いてもらえるように立ち位置を調整せなあかんね。



リプレイ本文


●点心ランダムライン
 ナイアルテックな味を極めた這い寄る屋から新商品。

 購買。それは戦場である。恐らくは校内で最も地獄に近いであろう場所。だがそれ故に、勝者への見返りは大きい。戦士がそこに集まるのも、その褒章あってのものであろう。そういやこの学校、パシらされてパン買いに行くとかあるんだろうか。そんな理由で買えるやつ、マスクマントゥエンティワンより凄ぇけど。
「絶望ってどんな味がするんだ……?」
 なんだかカッコいいロングコートを着用したまま、神宮陽人(ja0157)は授業を受けている。思考するも、その回答はでない。近辺でガスマスクを購入するのは難しかったため、代わりに防塵マスクとゴーグルをつけている。同じく購買に走る予定のクラスメイトたちが、彼を警戒していた。こいつ、やる気満々じゃねぇか。
「正直、購買でそんな争いがあるなんて知りませんでした」
 楊 玲花(ja0249)からすれば、購買なんて縁のないものだ。実家の関係上、手作り弁当でその辺りの飲食店を凌駕する味が出せるからである。正直、購買になんて興味はないし、それこそ異次元の話に近い。だが、少女カミキリの熱意は伝わった。手伝うのもやぶさかではない。
 購買。購買。購買だ。初めての仕事がパンを買うことだなんて、七嵐青馬(ja0311)は始め楽な話だと思ったものだが。聴くにはどうも違うらしい。天魔がどうのと比べれば平和な話だが、学校らしいと言えば学校らしい。それに、土下座されて無視出来るわけでもないのだ。
「さぁて、そしたらいくか」
 初依頼。初依頼。狩瀬 灯夏(ja2989)にしても、これは初めての仕事である。チャイムが鳴ったら、走って、戦って、パンを買う。そういう仕事。景気よく成功させたいものだ。
 止木 静音 (ja3532)が、休み時間を利用して校内を散策している。普段から通っているこの場所だ。見慣れて入るものの、戦争が始まるまで念を入れておくのも悪くない。流石に公共の場所へビデオカメラを仕掛けるわけにもいかず、あらゆる経路を想定するにとどめていた。非常階段。屋根の上。窓からのノーロープバンジー。カミキリの教室から、可能な限り最速のルートを搾り出す。オイ無茶言うな。
 伊勢原 直樹(ja3998)は感心したものだ。聴くにして、購買のラッシュも一筋縄ではない。本当、弁当組でよかったと心から思う。マスクにゴーグルという先の誰かに似た格好で、手のひらに絵の具を塗り準備を進めていく。こっちも思いっきり臨戦態勢である。お前これどうやって板書写すんだ。
 ところで、日々の講義を受けているものからすれば預り知らぬ話だが。昼休み前の購買にはよく見受けられる光景が存在する。それは反則者の撤廃。有利を取るためと、自主休講してでもこの近辺に陣を取る学生が後を絶たないからだ。そういった生徒は例外なく見回り教師に発見され、昼休みまで購買より程遠い部屋で指導を受けるのである。その中に、孫矢麗(ja3701)と古河 直太郎(ja3889)の姿があった。熊みたいな教師に引きずられ、どこかしらまで連れて行かれるのだろう。他にも数名、そう言った姿が見受けられる。チャイムが鳴ったら戦争開始。起立、礼、ダッシュ。それまで戦士は戦場に居ること罷り通らぬのだ。

●惣菜ヒートホーク
 成分表皆無。材料極秘。度胸がなければ食うべからず。

 三分でいいからと授業の早回しをお願いするものの、教師には一年という短いスパンで教えきらなければならない学量があるものだ。その格好、その装備。熱意は買うが、それを許可しては毎日が同じ事。それに、正々堂々の概念にはフライングの許可が含まれていない。
 最後の問いで、教師が手からチョーク粉を払う。鐘がなれば、生徒達の必死さに苦笑しながらそれを宿題とした。
 起立、礼。
 着席はない。上履きが廊下を擦る音で埋め尽くされる。戦争開始。これより我ら、修羅となる。

●麺類カスケード
 某所某時間にて完全限定発売。

「トリックヒーローとは俺のこと……やめろそんな目で僕を見るな! これには事情があるんだ!」
 威風堂々と飛び出した陽人の周りに一定の距離が保たれる。痛い。嗚呼痛い。そんな視線が突き刺さるも、それに惹きつけられた連中がいた。人体模型みたいな模様の全身タイツ。ほぼ全員同じ体格。これぞ戦闘員。雑魚敵浪漫同好会。彼らからすれば、なんかかっこいいコートにマスクゴーグルの出で立ちはまさに仮面ヒーロー……に見えなくもなかったのだ。
「法の下の平等なめんな! 食らえ必殺『独禁法の正式名称は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律だ』キーック 」
 長い。長い上に意味が分からない。ちゅーかこれキック中に言ってんのか。滞空時間長ぇな。
「ちなみに独禁法は企業の販売権利占有を規制する法律であって実際には君たちは抵触しないので安心したまえ」
 この説明、戦闘員諸君はその場を一切動かずに聴き入っている。ザコ敵はヒーローの口上を邪魔してはいけないのだ。

「悪事はそこまでネ! ザコザコ軍団!」
 少し遅れて、矢麗が戦場に到着した。まるでヒーローのような衣装に身を包んでいるが、マスクを用意できずに露出した顔からは披露のそれが色濃く見えている。一限目の休憩から購買周辺に身を潜ませ、途中から熊教師と相部屋。地獄であった。
 だが、その啖呵と扮装にも戦闘員集団は反応する。彼らにとって最優先されるべくは浪漫であるからだ。片言っぽい日本語。正義の味方っぽい格好。中国武術とか使いそう。彼らのセンサーがびんびんに反応している。父さん、正義を感じます。
「金と愛と金の戦士、チャイナレッド登場ネ!」
 二回言ったほうが大事な事な。

 周囲で倒れている人を見て、灯夏は周囲を見回した。ガスだ。その発生源はどこであるのかと。居た。ガスマスクの集団に向けて走る。この一瞬で昏倒するほどの全身麻酔。本当に後遺症は無いのだろうか。  墨汁を後ろ手に隠した。視界の悪いマスクだ。これをぶちまけてやれば身動きを取ることもできなくなるだろう。自分達で撒いた種のせいで顔を出すことも出来まい。
 だが、それは灯夏も同じことであった。短期間で近辺からガスマスクを用意するのは難しい。それ故に、彼も周囲の戦士らと同じく素顔を出したままだ。この状態では笑気ガスを防ぐことなどままならない。頭にもやがかかった錯覚。麻酔に、顔がひきつった笑顔を見せる。その場に倒れ伏した。購買というのはこれほどまでに過酷な環境なのである。

 その横を、直樹が駆け抜けた。倒れた仲間も心配だが、ガスの元を絶たねば被害は拡大する一方だ。自分達だけでなく、それは他の仲間にも広がって行くことだろう。
 防塵マスクにゴーグルと外気ノーサンキューな格好。念を入れ、団扇で仰ぎながら自分へ向かうガスを少しでも他へと受け流す。焦る化学薬品研究部員。常に自分達よりも風上に位置するよう動かれているので、効力も薄いのだ。笑気ガスを痺れ薬に変えても同じ事だろう。他に薬品を取り扱えないわけではないが、彼らのポリシーは気体毒。液体個体に類するものなどこの場に持ちあわせてはいない。畜生なんだコイツ、全面俺ら対策じゃねえか。
 直樹の接近に、落ち着いた思考を追いやられた部員達は身動きを取ることもできない。元より、運動能力があればこんな薬品まで使ってパン買いに行ったりしないものだ。視界を遮られる。絵の具の手形が邪魔で前が見えない。こうなってしまえば脆いもの。
 慌ててマスクを脱ぎ去り、卒倒する部員たちを尻目に。直樹はガスの元栓を閉めた。

 玲花の背格好が、授業中のそれとは異なっていた。頭脳が大人になるほど変貌しているわけではないが、顔を半ば隠し。服もサイズを変えてパッと見では彼女とわからぬようになっている。玲花にすれば、今後のこういった戦争に自ら好んで参加することは極めて稀な未来であると想定できるものだ。だが、それにしたってこの場の有力者達に顔を覚えられて不利にこそなれど、有利に働くものではないだろう。それを忌避するに越したことはなかった。
 目前の凄いマッチョに効果の薄いことをわかっていながらも足払いをかける。時間稼ぎが目的だ。ここで倒せなくとも構わない。それにしてもこの四人、非常によく似ている為まるで区別がつかない。トムスンもセルゲイも五郎もキャサリンもまるで瓜四つ。髪型以外の違いが存在しない2Pカラー集団であるため、紅一点であるはずのキャサリンすらどれとはわからないのだ。
 ちょんまげのそれ―――多分五郎の足を狙う。マッチョといえどローキックは無視できまい。

 足に視線がいった五郎の顔へ、青馬が飛び蹴りをいれた。マッチョ四天王は全員がこれ筋肉の鋼ボディ。サシで勝たせてくれるほど甘くはない。ならばどうするか。シンプルだ、そうしなければいい。味方と同じ相手を狙う。自分の役目も玲花と同じ足止めだ、本命が通るまでの凌ぎとなればそれでいい。
 全力で五郎を抑えこむと、横から別のマッチョ―――髪が長いからきっとキャサリンに殴りつけられた。その衝撃。インパクト。たまらず廊下に転がるも、道の中心。その邪魔にはならぬよう場を開いた。そこを、少女カミキリが走り抜ける。疾く、疾く。パンを買うために戦士が走る。
 立ち上がると、また仲間と共に筋肉質な連中へとぶつかった。これでいい。最優先されるべきは彼女だ。カミキリ。彼女が走っていったなら、この場を抑えることが役割なのだ。全力で。全開で。遮光された瞳の色は伺えず、されど笑みが途絶えることはない。

 遅れ馳せ、直太郎が猛ダッシュの姿勢からそのままに四天王のひとりを殴りつけた。効果は薄い。筋肉の鎧がそのダメージを奥まで届けてはくれないのだ。構わない。直太郎も足止めチームのひとりである。乱戦乱闘の購買戦争において、正面からでは切り込めぬ四天王の存在は脅威だ。だからこそ、足止めとして起因し。作戦遂行まで戦闘に身を費やさねばならない。
 遅れた理由を上げれば、昼休みの開始まで直太郎が軟禁された教室が他生徒のそれより購買へは遠い位置にあったためである。矢麗と同じく、その顔には披露の色が濃く見て取れた。
 仕返しか、殴りつけたキャサリンに腹を強く殴打された。身体がくの字に折れるが、気概は曲がらない。オーケー昼飯前で助かった。足払いをかける仲間に合わせ、体当たりを仕掛けていく。こんな戦闘が廊下で、踊り場で、そこかしこで行われたいた。これが購買。日本全国でもよくよく見受けられる学生の日常風景である。

 作戦、結構。
「前の、授業で、お財布……忘れちゃったの。でも、教室、どこにあるか……分からないの。このままじゃ、私……死んじゃう」
 マッチョの輪、インザ幼女。およそ戦場には似つかわしくない光景がそこにはあった。泣きじゃくる静音に、場の空気が凍る。闘争の空気ではない。おろおろするマッチョ四天王に静音は顔を上げた。ふたりのハゲたマッチョ―――おそらくトムスンとセルゲイがどきりとする。幼女が目尻に涙を貯めていたからだ。彼らとて鬼ではない。日頃学校に通い、勉学に勤しむ中学生に過ぎないのだ。端から見ればタフガイが少女を取り囲んでいるようにしか見えないが、雰囲気暴漢共の内心は同情に傾いていた。
 一緒に、探して。そんな懇願に逆らえるはずもなく。筋肉四名は静音と共に戦場を離れていった。もしも彼らが冷静であったなら、その違和感に気づいたかもしれない。だが戦闘に疲弊した彼らの精神は、その隙間に入り込んだ唐突に反論を持たなかった。
 もしも彼らが万全であったなら、泣きすする幼女の漏らした呟きに気づいたかもしれなかったのに。
「……バカばっか」

●弁当サバイバル
 奈良漬味も出た。

 人ごみをかき分けて、人ごみをかき分けて。走れ。早く。もっと速く。いつもはあれだけ居る戦闘員の集団も、何かもわからないガスを撒き散らす三人組も、どれだけぶつかってもびくともしない四天王も。現れない。自分の前には見当たらない。きっと彼らが抑えてくれているのだろう。心中で感謝の言葉を思いながら、決意を強くする。これで買えなきゃ、嘘だろう。これで買えなきゃ、申し訳が立たない。
 かき分けて、かき分けて。身体を押し込んで。思い切り前に見を乗り出せば、光が見えた。嗚呼、来た。来た。ここだ。ここが最前列。決めていた言葉を、力いっぱい口にした。
「女将さん、絶望カレーパンひとつ!」
「あいよ」
 ガッツポーズをして、少女カミキリは勝利の雄叫びをあげた。

「本当にありがとう、恩に着る!!」
 だから土下座はやめろって。
 戦争が終われば、勝者には楽しい楽しい昼食の時間が待っている。敗者は空腹に嘆くことになるのだが、それも毎日のように行われていることだ。今更、同情の対象にもなりはしない。日の当たる場所で、パンと弁当を囲んで。肌寒いが、勝利の高揚には丁度いいぐらいだった。
「しかし、このカレーパン、話題にはなっとっても、美味いという保証はあれへんのよな」
「とりあえず『絶望カレーパンの中身はタコやイカがたっぷり入ったシーフードカレー』に一票」
 挙手をして、矢麗が予想を立てる。デビルフィッシュ混沌味。
「ふふ、きっと美味いに違いない。きっと……えっと、そう。美味いに違いない」
 要領を得ないカミキリの隣で、直太郎がこっそり購入した絶望カレーパンの封を空けた。静音も同じく、小さな右手にはコッペパン。どうやら、各々も昼食の確保には成功したらしい。
 さて、余韻に浸るのも頃合いにして食べてしまうとしよう。昼休みは短いのだ。次の授業に遅れるわけにもいかない以上、名残惜しいが速く終わらせてしまわなければ。
 それでは、
「いただきまーす」
 大きく口を開けて、がぶりと一口。その味や、推して知るべし。
 了。


依頼相談掲示板

相談しましょう
楊 玲花(ja0249)|高等部3年3組|女|鬼道
最終発言日時:2011年12月10日 12:03
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2011年12月05日 19:26








推奨環境:Internet Explorer7, FireFox3.6以上のブラウザ