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マスター:星置ナオ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
サポート:0
報酬:通常
リプレイ完成日時:2011/12/27


オープニング

 ところで。どこまでクラスがあるのか判らない久遠ヶ原学園は寮生活が基本と言う事になっている。
 寮と言う事は学内で生活の全てを行わなければならない。これは寮生活を送った事が無い者にはなかなか想像がつかない。いや、寮生活をしていたとしても尚、あらゆる意味に渡り超弩級の学園である久遠ヶ原学園の生活は想像が付きづらい。
 パンの購入は戦争である。食堂の席取りは秒単位で勝敗が決する。そして風呂は‥‥。
 そう、久遠ヶ原には温泉が湧くこともあり、あちこちに共同浴場があるのだ。中でも生徒が密集する寮の近くにある浴場はとりわけ人気が高い。

「ぎゃあああ!」
 夜の帳が引き裂かれるような絶叫は、それら浴場の中のひとつからハッせられた。浴場で絶叫があるとしたら、つまりは「のぞき」。
「でも『ぎゃあああ』って?」
 そう、妙に濁音が混ざる、しかも野太い声が発せられたのは「男湯」からであった。

「やっぱり殿方はガチムチな方に限りますね」
「あら、私は繊細な方も堪りませんわ」
「私は苦み走った殿方が一番ですわね」
 闇の中、特に足場らしい足場もないのにも関わらず平地を駆け抜けるように壁を登坂し屋根を飛ぶ三つの影があった。身の動きを妨げないようにできるだけ軽量化したその衣装は、見る者が見れば判る魔装である。というか久遠ヶ原学園指定の体操着にしか見えないのだが。そして「のぞき」と言う虚を突いた行為とは言え、撃退士による包囲を易々と突破していく「彼女ら」は、周到に追っ手を巻いたのを確認した上で、いつものように久遠ヶ原の外れに建つマンションの、最上階の一室の窓から中へと入っていく。
「今宵も、堪能できましたわね」

 彼女らの名は安部春香、香苗、彩香と言う。判りやすくぶっちゃけてしまえばガチムチ好きが春香、繊細な美少年好きなのが香苗、中年好みが彩香、と言う訳だが彼女らが何者かと言えば親同士が兄弟になる同学年の従姉妹の関係になる。
 古来より忍者の一族として影の仕事をそれなりに行ってきた家系の一族の出であり、その阿部一族の中でもこの3人は優秀な者なのである。人に言うのも憚られる性癖を持つ彼女らも学園に入るまではストイックに、むしろ素養があるだけに禁欲すぎる生活を送っていたのであるが、それが入学すると生活が一変。いきなり自由と言う名の荒野に放り込まれた彼女らは、それまで押さえに押さえていた「それぞれの嗜好」が爆発した。いや、爆発しただけならば懐深い校風の久遠ヶ原学園ならばそこまで問題にはならなかったのではあるが、「学園上層部をモデルにした薄い本」を創り販売するまでに至り、度重なる警告にも反省や恭順の態度を示さなかったことから放校処分となり。しかし彼女らは外部からは要塞のような久遠ヶ原での放校をむしろ奇貨のように喜び。
 やりたい放題、欲望の赴くままに行動を取り。既に数年が過ぎ去った。高校生として入学したもののそれから5年。齢は二十歳を優に超えていた。

「‥‥という頭が痛いような話が上がっているんですけど」
 話を聞いてこめかみを押さえながら撃退士らは言う。
「その『空飛ぶ痴女』らがいつどこの浴場に現れるのかも判らないまま。投げっぱなしの依頼にしか思えないが」
 うーん、と手にした鉛筆を唇に当てながら書記局のバイトが呟く。
「全く、無いとも、言えないのですけど」
 このバイトは謎解きが趣味らしく、頼まれもしないのに表計算ソフトや見取り図や地図を駆使して『空飛ぶ痴女』の行動パターンを徹底的に分析した。結果、ある一定の法則を発見したのである。
「まず第一に新月の夜であること。つまり5日後」
 ぱら、と資料をめくる。
「次に待ち伏せを極端に嫌うのかエリアが絞れないようにランダムで選んでいるようですが、それこそが仇になったようで」
 バイトが地図を広げる。確かに日付が書かれた位置には法則性が見当たらないようだが。
「前と同じ場所には行かない、という方針だけは守ってしまったようですね」
 のぞきが目的ならばそれもそうだろう。少なくとも同じ年は同じ生徒を除くことになるから。
「今は11月なのでかなり絞られるんですよ」
 バイトは3つの浴場に赤で丸を付けていった。それぞれはAを起点にするとちょうど一直線にB、Cと並ぶ。それぞれの距離は500m程か。オリンピック選手並みの体力を有す撃退士なら約1分で走破できるのが500mという距離である。しかし、初動で生じた1分の差が詰るだろうか。
「後は、走るのが速い人を適切にそろえるか、多少距離があっても狙うか」
 少しだけ、言いづらそうにバイトが呟く。
「あるいは、どなたかに囮になっていただくか、でしょうか」
 3人の嗜好に合致する人でしたら、今日から5日間浴場に通っていれば必然的にロックオンされますから、とバイトは真っ赤になりながら小声で呟くのであった。

 と言う訳で猛者募集。


解説

 標的になるだろう3つの浴場の周辺は同じ高さの平屋の住居が並んでます。これはA、B、Cとも同じ条件です。遮蔽物は多くは無いのですが隠密系のスキルがあると身を隠すのには多少は有利になるでしょう。または感知系スキルが高いと異音に気付くかも知れません。
 ちなみに3人は入浴中の学生に気がつかれないと1時間は「鑑賞」しているそうです。あまり聞きたくないガールズトークを交わしているようですが、その会話は向かった相手にしか聞こえない忍び独特の方法を取っているようで、余程鋭敏な感性がないと周囲には漏れ聞こえないようです。
 ちなみに、3人の親からは「もし発見できたら即時に帰還させて欲しい」という依頼も出ており、今回の報酬の一部はそちらからも出ております。

【地形・立地】
 浴場はいずれもほぼ同じ構造で幅8mの通りに面して横幅30m、奥行きが40mで建物の高さは8m。通り側から見て右手が男性浴場。浴場の横には幅4mの路地が両サイドと浴場裏手にあり、窓は路地から高さ6mの位置にある小窓です。窓に足場らしい足場はないのですが、懸垂したら覗くことくらいは可能の模様。建物奥や両サイドに連なっているのは高さ4mの一軒家です。
 ちなみに浴場A、B、Cはそれぞれ松の湯、竹の湯、梅の湯という名前です。

【成否判定】
 鬼道忍軍である彼女らの一人でも捕捉できれば成功です。彼女らが全力で逃げるのを阻止して捕捉、あるいは攻撃を命中させ「やり過ぎない程度」に負傷させることに成功しましたら捕捉が成功したといたします。

●マスターより

 初めまして、星置ナオと申します。文化祭期間中は大変お世話になりました。さて。ええと、なんと申しますか。困った方もいたもんだ、という依頼でございます。
 ガチ依頼ではあるのですけど、ギャグで返されましたらギャグで応える所存です。なお、一応情報なのですがこのお三方、見目も悪くはありません。それだけに非常に残念なのですが。
 ちなみに、このお三方の目に止った方は、ちょっと、その。執心される可能性が否めなくも無いとも。あくまで、可能性ですけど。
 そ、それでは、よろしくお願いいたします。


現在の参加キャラクター


プレイング

撃退士・石動 悠一郎(ja0268)
鬼道忍軍
野郎をのぞき見・・・・・これ男女逆だったらもっと大事だったよな、きっと。
とりあえず野郎はみんなBで囮だな。
何気ない感じで風呂に浸かりつつ周囲の警戒か・・・・うん、忍者らしい。

すっ裸だけに警戒班とは連絡取りづらいが防水のしっかりした携帯をタオルで隠し持っておく、マナーモードで何かあったらワンギリとかして貰おう。
連中の好みとは外れてるはずだからガン見はされないと思うが・・・・

「ふう・・・・この寒い時期風呂は気持ち良い、それが覗きなんぞに邪魔されてると思うと気分悪いかもしれんな。」
囮仲間とは簡単なハンドサインを決めて無言で連絡を取り合えるようにしておこう。
行動開始のタイミングとか合わせないと。
ターゲットの位置確認ができ、覗きに夢中な感じの時に決行かな、魔具、魔装召喚して追い掛ける。
追う時に関しても俺らは囮、バカ正直に追って他への注意を逸らせよう。
「俺だって忍び的な追い方位・・・・出来る!」

撃退士・寿 智恵(ja0323)
ダアト
あらあら殿方が悲鳴を上げるなどとは情けない…
とは言え、学園にも恥ずかしい話のようですわね
放逐された元先輩とか…お覚悟あそばせ

◆性格上の立ち位置
腐でも百合でも変態でもない
世間知らずで第三者的傍観者ゆえに他人事でいられる、この場限定の天然S

◆準備
・他班との連絡手段(携帯電話)
・お風呂セット(某昭和歌謡風に、石鹸・シャンプー・赤い手拭を洗面器の中に入れたもの)

◆監視
わたくしは梅の湯の警邏役
さすがに覗き行為はできませんから
お風呂セットを抱えて入口で待機しておりましょう

何でそんな所に?早く入りなよ等の声を親切な御方に掛けていただいた場合
「今日はこの銭湯に入ろうと…お友達と約束しておりまして」
先に入ると湯中りや湯冷めが心配ですし…等々理由を並べ待ち続けます
待ち人があるのは嘘じゃありませんものね

お寒うなって参りました…手拭を首に巻いて、もう少し粘りますか
携帯を手から離さず握り締め
他銭湯班から連絡があれば其方へ急行、三姉妹発見時は他班へ急ぎメールします

此方で発見した場合は絶対に三姉妹に気取られぬよう注意
一人では抑えきれません、接触など持っての他
動向を監視しつつ皆さんの合流を今かと待たせていただきますね

◆捕獲
他銭湯急行の際は到着時に状況確認
捕獲がまだなら気取られぬよう風守さんと合流
既に始まっていれば捕獲対象が三姉妹の誰かを見極めて参戦

殿方の尊い犠牲に合掌しつつ…彼らはなるべく見ないようにして追いましょう

撃退士・和奏(ja0396)
ディバインナイト
…がちむち…?
嗜好は個人の自由ですが他に迷惑をかけるのは…

◆目的
銭湯を覗く変質者さんを捕まえる

◆準備
銭湯の管理者に小細工の許可をいただく
冬至も近いですし「体育会系クラブ所属者は割引」等、店頭ポスターなどで
特定の客層を集める努力を…
作戦、連携等あれば併せます

(細工)
浴室にポータブルのミストサウナを必要台置く
入浴剤(香/色付)を入れる

通常より湯気多目…見えそうで見えない(覗くことにより集中が必要な)
状況を作る

◆行動(囮)
期間中はこちらの銭湯に通う
どこかに覗く隙間があるでしょうから、ガールズトークの他、湯気の動きや浴
室の温度などにも注意します
いらっしゃることが確認できれば…どうしましょう
より気を惹くとすれば彼女たちの視線を確認した上で、嫣然と微笑んでポロリの
さーびすでもします?

張込方の成功を祈りつつ…風邪をひかないようしっかり服を着て…追いかける
というか、捕まった人の顔を見に行く?
女性の覗きは珍しいしNEWSのネタにはなりそう

撃退士・時雨 八雲(ja0493)
ルインズブレイド
銭湯Bに通い続け三人娘を釣り上げる。
携帯をタオルに包んで洗面器に入れて浴場へ。

普段どおりを装いつつそれとなく窓の辺りなどを警戒する。
異音などを感じ取ったらこちらが気づいたと感づかれないように一瞬だけ確認し、こっそり携帯で他のメンバーにメール及び他の囮にこっそり耳打ち。

メール内容:「ターゲット確認、お楽しみ中なので今の内に包囲されたし。○分後に外に出る」
三人娘に気づいた後に出ようとするのは不審なので暫く風呂を堪能。


撃退士・恭介(ja1179)
インフィルトレイター
 

撃退士・黒輝 レオ(ja1405)
阿修羅
相談とか
よくわからないのですが…

まずは皆さんの後ろにくっついて
暴れてみたいです

撃退士・雨堂 慧魅(ja2203)
ディバインナイト
【心情】
  「覗きなんてやって何が楽しいのかしら?」

【目的】
  三姉妹の捕獲
  今回の面子からか、彩香の捕獲は期待薄なので春香、香苗に狙いを絞る

【準備】
  先生、目撃者から三姉妹の顔、身体的特徴(髪型、体型、当時の服装など)の聞き込み
  面子同士で携帯番号、メアドの交換。簡素なメールの定形文の作成(標的出現、接近、逃走など)
  ハンズフリー用イヤホンマイク、カイロ、懐中電灯の準備

【行動】
  A(松の湯)警邏担当
  不要に明かりを灯さず周辺を感知を使い警戒。標的が接近しても囮に食いつくまで放置。囮班に連絡
  捕獲開始の連絡があればすぐさま懐中電灯を標的に照らしBの窓に近い通路から接近、挟撃を試みる。戦闘になったら打刀は使わず柔術のような投げ、絞め技で捕獲

  捕獲したら逃げられないように、さらしで手足を縛り(亀甲縛り(ぇ!?)反省させて後日引渡し。他の姉妹にも猛省させて、薄い本の没収

撃退士・風守 ひなた(ja2988)
鬼道忍軍
◆心境
なんて言うか・・・覗くという行為が理解できません。
困っている人がいるので、助力をという次第です。
特に親御さんを心配させてはいけないと思うので・・・

◆思考
三姉妹の方は呼び分けが出来そうにないので纏めて「変態姉妹さん」と呼んでしまいます。
他意も悪意もありません。素で呼んでしまう感じです。
風守にとっては、彼女達は自分の理解を超える人智を超えた存在の様な見方です。

◆事前
予め地図で周辺状況の把握を行っておきます。
変態三姉妹さんの顔も集合写真等で確認しておきます。
情報操作用のポスター・チラシ作成もお手伝いします。
捕縛用の縄を調達しておきます。

◆作戦
囮であるB班に所属します。
入浴場の外で【隠密】で待機、覗き行為を確認したら仲間にメールで連絡。
初動が肝心という事で、一番至近の方を捕縛するべく行動します。
打刀の峰打ちにて脛を打って行動を制する形です。
然るのちに縄で手を縛って捕縛します。
逃げられた時の為に、可能な時に携帯のカメラで変態姉妹さんのお顔を撮っておきます。
もし取り逃がしたとしても、最終的にはお住まいへ帰られるのでしょうか。
見失ったら実家の方へ回り込む・・・とか。

◆説得
変態姉妹さんが逃走したら・・・
変態行為によって親御さんを悲しませている事、後輩の手本たる先達が、何故得体のしれない事をするのかを声高に問いながら、訴えながら追います。

◆補足
囮の男性陣のお洋服の確保の必要があれば、行います。



リプレイ本文

●準備開始!!
「変態姉妹さんの居住地、確認しました」
「戦いとは勝手が違いすぎて疲れたわね」
 風守ひなた(ja2988)と雨堂慧魅(ja2203)が捜索から帰って来て報告をする。
「高等部の先輩達のお手並み、鮮やかすぎて大変だったぜ」
 少し遅れてひなた、慧魅らの護衛兼チラシ貼りの補助を請け負った黒輝レオ(ja1405)も入ってくる。「鮮やか過ぎて」と「大変」の言葉がなぜ繋がるのかの説明を求められたレオがうんざりしたように話す。
 チラシを作るために3人の写真などを見て全員が感じたのは、3人は揃って美形であること。それなのに思考も嗜好も残念なのであるが見た目に麗しい顔に「残念」の札がついている訳ではない。つまり、人の記憶に残るであろう美女が3人揃ってこうどうしているのである。噂の一つや二つが出ない訳がない。あるいは難航も予想された聞き込みだったが、皆、進んで捜索に協力してくれた。特にその3人とどうにかお近づきになろうとしていたような男性にとっては、お近づきのきっかけにもなる訳で。ましてやその3人を探しているのがひなたのような清楚な美少女と慧魅のように目も覚めるような美女なのである。
「お前知っているはずだったよな?」‥‥電話、ネット、チャット、SNS、ありとあらゆる媒体が駆使された結果、回線が一時パンク寸前だったらしい。
「で、俺は。しつこく先輩達にメアドを聞く男らを、情報に感謝しつつ追い払う役だった訳だ」
「最近の男は晒しも珍しいのでしょうか」
 感情の起伏も見せないままで慧魅がつぶやく。着流しの中で、固く締めてもその豊かなふくらみが隠せない慧魅の晒が視野に入っただけで膠着する男も多数だったらしい。
「お陰で聞き込みも楽だったぜ」
 レオが苦笑するも、慧魅にはなぜそう言う話になるのかは理解できなかった。
「手伝って貰ってこんな事を申しますことも恐縮ですが、あの男性たちはいつも暇なのでしょうか?」
 同じくダースで数えた方が早そうなほどお茶に誘われたひなたも困惑の顔を見せる。
「ともあれ、作戦開始だな」
 
●入浴開始!!
「この寒い時期風呂は気持ち良い」
 入浴の所作を完璧にこなし石動悠一郎(ja0268)は湯に身を任せていた。
「それが覗きなんぞに邪魔されてると思うと気分は悪いかもしれんな」
 湯船に近付いてくる男性に気付き目で相図を交わす。
「最近冷え込んできたからな、外の連中には悪いが暖まらせてもらうか」
 裕一カと入れ替わる様に湯船にゆっくりと浸かったのは時雨八雲(ja0493)である。180cmを超える身長に金髪が目だつ‥‥はずなのだが、今宵は何やら体育会系男子学生がいっぱいで、その引き締まった体も多少埋没気味。
「銭湯に入るのは初めてだったんですよ」
 小型のミスト発生器を使いながら浴場の雰囲気を楽しんでいるのは和奏(ja0396)である。裕福な家に生まれた和奏は実家に帰れば身の回りの身支度まで手伝ってくれる人がいるらしく、それ故に人に「見られる」事にも取り立てて抵抗がないそうで、屈託のない笑顔で八雲に語りかけてくる。
 当初は経営者に「体育会系のクラブの割引きデー」ができないかを相談してみようとしたのだが、逆に「時間を限った上で団体割引なら」と持ちかけられたことでそこからあとは部活との交渉、という流れでこの時間の密集状況が作られた訳である。
 こんな混雑の中で、しかも周りは全て撃退士ばかりという状況の中、果たして気配を感じられるだろうか。三人は細心の注意を払い探知を行おうと思っていたのだが、なんというか。
 だだ漏れの邪念は「危機感」として何よりも真っ先に感じ取られるものらしい。
 いままさに湯船から出ようとした八雲の、その火照った体に「ぞくっ」と悪寒が走った。波動というかリズムというか。それに「はあはあ」という書き文字を合わせると妙に一致するような悪寒が。
 見ると和奏も腕を組んでぶるっとするような震えを抑え込んでいる。
「居たぞ、そこの窓のところだ」
 八雲が裕一カと和奏にサインを送る。
 三人が三様にさりげなく視線を固定しないまま窓を通過させると、6つの小さな光点が見えた、ような気がした。
 まるで、今まさに獲物を捕えようとする獣の視線にさえ感じられるような。
「ターゲット確認、お楽しみ中なので今の内に包囲されたし」

●作戦開始!!
 洗面器には小さな石鹸箱。入った石鹸がカタカタと音を立てる。寒さを感じ赤い手ぬぐいを首に巻く。まるでどこかで聴いた歌のような寿智恵(ja0323)がそこにいた。寒そうにも見える智恵に時折「中に入ったら?」と心配して声を掛けて来る学生もいるのだが、携帯電話の通話を始めてからはそれらの声も掛からなくなった。何よりもこの姿では恋人との待ち合わせにしか想像ができない。
「かしこまりました。包囲の件、お伝えして参ります‥‥。あら、今度は悠一郎さんからですわね」
 八雲からの通話を切った後、すぐに悠一郎からの着信が入る。三人がいる窓が視界の端に入る位置にいる八雲を残し、悠一郎がまず先に上がり、次に和奏が出て来る段取りが伝えられる。作戦が功を成したせいか通話から聞こえる男子浴場は妙に賑やかであり。
「なんだか、聞いちゃいけないものを聞いているみたいな気もしますわね」
 高らかな笑い声に筋肉の自慢。自分にはそれらを嗜好するような属性はない。が、今まさに興奮を隠さず窓に張り付いているだろうちょっと残念な元先輩の姿を想像すると、そしてこれから起こることを何も知らないその先輩らへの包囲網が着々と構築されつつある現状を考えると。奇妙な嗜虐心にも似た心が沸き上がるのを止められない。
「待ってていらっしゃいませ、先輩達」
 智恵はすかさず慧魅、ひなた、そしてレオへメールを一斉送信する。
 送信後、風呂上がりとなった悠一郎がちらっと一瞥だけして智恵の横をすり抜けていった。屋根へと逃げられても追いかけられるように、竹の湯と突き止めた居住地を結ぶ直線上に悠一郎は待機する。一応念のために松の湯方面へと向かっていた慧魅も、メールの呼び出しで帰参して、ここに竹の湯包囲網は完成した。

 一方その頃。
「ねえ、そろそろ帰ろう、春香、香苗」
 体操着に身を固め、吐息も荒く窓にじっと張り付いたままで動かない春香と香苗にやきもきしているのは彩香である。男湯を覗くと言う禁断の楽しみの真っ最中ではあるのだけど、今宵の客の中には彩香のストライクゾーンな「素敵なおじさま」は全くいなかった。
「彩香はこの間1時間しがみついて動かなかったからおあいこなのです、あ、あの子、好みなのです!」
 長くさらさらの髪に均整な顔、本来は見目麗しいと言われるはずなのだが、はあはあの吐息で台無しの春香と、物も言わず「はなぢ」を流しながら鑑賞に耽っている香苗は、一言で言おうが長文で言おうがただただ残念そのものである。神も無残な事をするもんだが、天魔を考えるに人の神もどこか悪ふざけが過ぎる存在なのかも知れない。こうなったら最後であることを彩香自身がよく知っている。
「仕方が無いわねえ」
 仕方が無い、で覗かれる側はたまったもんじゃないのだが、全く意に返すこともなく彩香も再び覗きを開始する。自分の嗜好とは離れるけど「薄い本」を描く時のモデルにはできそうだとか勝手な事を考え始めた、まさにその時。積み上げられてきた彩香の戦場勘(今となってはただひたすら残念な能力なのだが)が何かを察知した。
「散!」
 言うが否や彩香は状況を判断する。
「囲まれている!?」
 突然ライトに照らされた時、彩香は思うよりも先にアウルの力を解放させた。そして全力疾走。それでも、まだ脱出できるかさえ不明な状況だった。彩香は屋根へとジャンプし脱兎の構えを見せる。

「変態姉妹さん、覚悟!」
 声と同時に二つの影が窓に向かって飛んでいった。
 完全に機先を制された春香にひなた打刀の峰が命中する。
「ぐげ」
 美女の悲鳴からは縁遠い声を上げ、春香は瞬間、呼吸をする事ができなくなった。
「てえええいっ!」
 着流しを大きく乱しながら慧魅が香苗の奥襟を掴むとそのまま投げを放ち窓から引き離す。着地する刹那、相手に怪我をさせないように回転で力を逃がすと、そのまま首を足で締め上げ。
「覗きなんてやって何が楽しいのですか?」
 痛がる香苗の瞳の奥を、慧魅がじっと覗き込む。
「逃げられない様に」
 替え用に用意していた晒をしゅっと取り出し痛みで暴れる香苗の体を括っていく。だがしかし、必要以上に縛ってしまった感もあり。その場に駆けつけて来た和奏の目の前には体操着の上から亀の甲羅模様できつく縛られた香苗と、呼吸も覚束ないままでひなたに抑えられている春香の姿であった。
「和奏さん、変態姉妹さん達のお顔を撮って貰えますか」
 ひなたに促され苦笑しながら和奏がカメラを構える。
「女性の覗きって、珍しいNEWSのネタにはなりそうですよね」
 何気なくつぶやいた和奏の一言が、春香、香苗に動揺を与えた。人の姿をネタにし続けた者には、ニュースのネタになる事がどういう意味を生むかが直線で結ばれるからだろう。
 ようやく事態を把握したふたりは「それだけは止めて」と哀願してきた。が、そこにいるのは和奏、そして遅れてやってきた八雲である。
 自らは勝手に人を使っておきながら、いざ自分がその身に置き換わると味わう恐怖。気がつけば騒動に感づき集まり始めた学生が遠巻きに覗き込もうとしている。
「これがニュースになったら親御さんは悲しむでしょうね」
 真っ直ぐに視線をむけてひなたが二人に説く。
「それ以前に後輩の手本たる先輩が、どうしてこのように得体の知れないことをなさっていらっしゃるのでしょうか」
 確かに自由は貴重な物であろう。しかし自由には責任が生じる。自分たちよりも若いひなた、慧魅、和奏に道を説かれた春香、香苗は心に響き内省する所があるようにも見えた。それがどの程度のものかはわからないが。
「追いかけて行かれた皆様の首尾はどうでしょうか」
 着流しの襟をしゅっと直して慧魅がつぶやく。和奏とひなたは人目をさけるようにしてふたりを静かに連れて歩いた。とりあえず、亀甲縛りされた香苗の、足の部分だけは解き。

●追跡開始!!
 八艘跳び、と言う言葉があるが、悠一郎はまさにその言葉を実感していた。慧魅の放ったライトを相図にするような捕縛作戦の開始。そしてそこから逃げ出し、飛んで来た影。久遠ヶ原学園体操着に身を包んだそれは、本当に影だった。全力で離脱するためにアウルの力を解放した彩香はまさに影。確かに月がない夜では目立たないだろうが。
「むしろ撃退士には丸見えだな」
 呆れの感情が追跡する心を挫けそうにもさせるが、相手がどれ程ざんねんであろうとも作戦の成功のためにここは頑張る以外は無い。
 互いにアウルの力を全開で、全力での疾走を繰り返す。ゆえに引き離される事もないが差が詰ることもない。しかし悠一郎には二つの利があった。
 ひとつはひなたがまとめてくれた詳細な地図。これがあるから俯瞰で相手の行く先が想定できた。逃げ続ける彩香は一直線に進む以外には振り切る手も無い以上、次に動く先はほぼ想定できた。
「隠里にいた頃は随分とコンプレックスがあったもんだが」
 悠一郎は撃退士として覚醒してからの自らの力が、あの頃と比べると大きく向上している事を実感した。相手は名家と聞き、今の自分の力が奈辺にあるかを切実に知りたかったのである。自らの力は彼女らに比して遜色はない。
「俺だって忍び的な追い方くらい‥‥出来る!」
 そして現れるもう一つの力。
「さすがは悠一郎さん。安心して待っていたぜ」
 最後まで逃げようとしていた彩香の足がぴたっと止った。
 待ち伏せをしていたレオがアウルの力を解放する。これで挟撃。
「もう遊びの時間は終わりだ」
 仲間という力を得た悠一郎、そしてレオは次第に間を詰めていく。そして「ぽん」と彩香の肩を叩く。彩香も、ようやく観念をして。今度は大人しく二人についていった。

●銭湯終了!!
「これで全部ですか」
 仮にも女性の部屋なので慧魅、ひなたらが付き添い室内にあった薄い本を全て回収する。学園で見た事がある教師や生徒をモデルにしたとしか思えない薄い本も出て来たのに目眩を感じながらも作業は終了した。
 あるいは「片付けられない女」のような部屋の可能性も考えていたのだが、この三人は本気で残念な人達だったらしく、嗜好以外は全て「世間的には最良」とされる躾がされていた模様で、説くに悠一郎には奇妙だけど納得できた。
「お騒がせしました」
 ごくごく普通のパンツスーツを身をまとった彼女らは、あるいはテレビに出て来る女性アナウンサーと言っても通るのではないかという容姿へと変わっていた。
 しかし、誠に。それだけに残念であることを、今回の依頼に参加した全員が深く、深く思うしかなかった。
 実家に帰るまでにナンパされる可能性の方が高いのは、親の方がよく知っていたらしく、引き払ったアパートの前では三家の家族が既に待機していた。
「許されたら学園に戻ってきますね」
「今度は後輩に誇って貰えるような先輩になります」
「それまではどうか、ご健勝でありますように」
 3名の瞳が妙に潤んでいる。あ、やばい。なんか変なフラグが立ったかなあ、と背筋に走る危機感を皆一様に感じたのだが。その中でもっとも危機感を感じた物は、刹那、じりじりと足を後ろに引いた。
「ですから、また、‥‥って下さいお姉様っ!」
 香苗の目に映る自分、そしてそれに同調していそうな春香、彩香から漂う腐臭を感じ取った慧魅は、今回の依頼で初めて全力疾走を行う羽目になるのであった。


依頼相談掲示板

作戦会議室
雨堂 慧魅(ja2203)|高等部3年21組|女|ディ
最終発言日時:2011年12月10日 12:36
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2011年12月05日 11:08








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