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マスター:冬森 乃兎(代筆:クダモノネコ)
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
サポート:0
報酬:通常
リプレイ完成日時:2011/12/27


オープニング

●stand by at Field
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい」
 小さな嗚咽が、暗く狭い室内に零れる。
「なんで泣く……。ここにいるのはお互いさまだろ」
「……だ、だって、私がいなかったら、二人だけだったらあと少しの距離だもの、ここから抜けられるのに」
 か細い少女の鳴き声に、少年二人が顔を見合わせる。
 普段の勝気で生意気な、剣を振りまわして敵のただ中に飛び込んでいく姿からは遠い少女の泣き顔にに小さく笑う。無事な腕を伸ばし、くしゃりと少女の髪をかきまぜた。
「ちびっこ一人担いで出られないおにーさん達の方が、かなりみっともないから気にするな」
「外に連絡は取れたんだ、信じて待とう」
「……でも、サーバントの数が多かったわ。ここだって、いつ見つかるか……」
「大丈夫」
 弱気な声を遮るように、重ねた励ましの声は大きくはないが、強く揺らがない口調。
「信じれば、道は開かれる。諦めたら終わりだ」
「救助より先に、皆がゲートをぶち壊して終わるかもしれないしな」
 先ほどまで共に戦っていた仲間達の状態を思えば楽観かもしれない。
 けれど、諦めたら全てが終わる。
 少女は小さく頷くと、ぐいと拳で頬をぬぐった。


●go to the rescue
「急いで行かないといけない仕事なんだけど、向かえる人……いない?」
 撃退士達に声をかけているのは、困り顔にも見える微苦笑を浮かべた女子生徒だった。
 いつもへらりとした笑みを浮かべている彼女が浮かべる見慣れない表情に幾人かが足を止める。
「救援……というより、囮の迎撃チーム……かな。そっちは、経験を積んでる撃退士でメンバーを組んで向かうんだけど、その間にこっちで負傷した仲間を支配領域内から連れ出すの」
 ゲートの撃破へ向かった撃退士達の戦いは苛烈を極めた。敵を侮った訳ではない――彼我の差。
「いる場所はわかってるの、だから真っ直ぐ負傷したメンバーを拾って、支配領域内から脱出するのが今回のお仕事」
 救出すべき撃退士は3名。うち1名は脚を負傷しているため、動くことが困難だという。脱出には、何らかのサポートが必要になる。
「中の話を聞く限り、サーバントの追撃があるだろうから、油断は出来ないかなぁ……」
 あるだろう、ではなく、あって然るべきで作戦を練らなければならないが、女子生徒はそう説明した。
 楽観的な性格上か、あるいは仲間達の気持ちを軽くするためか。
「あのね、ちょっと厳しい状況かもしれない。人数的にも、すごく安心って大人数で行ったら、逆に目立って敵を引き寄せちゃうかもしれないから、一緒に行くのは最低限。戦えない仲間を庇いながら敵地を抜けるって、けっこう難しいんだよね。だから、私達が向かう事態になったことを、よく考えないとだめ」
 前線に立って力を振るい敵を討つ、華々しい戦果をあげることはない支援行動になる。
 けれど、助けを待っている撃退士は、明日の友人の姿か……あるいは自分かもしれない。
 味方を喪う訳にはいかない。
「危険だけど、一緒に行ってもらえないかな?」


解説

リプレイの描写は、負傷待機中の撃退士と合流してからとなります。
撃退士が待機している建物がある住宅地を抜けて、直線距離で2キロ先の支配領域外へ脱出して下さい。
作戦決行は深夜になるため、住宅街を歩いている住民はいません。
動いている敵影は、敵と認識して頂ける状況となります。
最短距離となる住宅地の中心を走る太い道には大型犬サイズの犬型サーバントが10数体。
移動距離は延びますが、住宅地の中の路地を抜けることも可能。確認されている敵影は今のところありませんが、いないと言い切れる状況ではありません。
戦闘が長引いたり大きな物音がすれば、犬型サーバントが駆け付ける危険性も大きくなります。

なお、合流、回収しなければならない負傷の撃退士は、3名。
3名とも最低限の止血、治療は行われているが、戦うことができないため、戦闘中の仲間達と離れ待機中。
・小柄な15歳の少女、脚を負傷し自力で動くことが困難。
・18歳の少年、利き腕から肩にかけてを負傷。
・17歳の少年、肩から腹部にかけて負傷し、出血が多いため、早い治療が望まれる状況。

●マスターより

初めまして、こんにちは。冬森乃兎(ふゆもり・のと)と申します。
名を改めて、身も心もこの機会に一転……皆さまと撃退士ライフを送っていきたいと思っております。
お目にとまりましたらどうぞよろしくお願いいたします。


現在の参加キャラクター

撃退士
卜部 紫亞(ja0256)

ダアト
撃退士
地領院 徒歩(ja0689)

アストラルヴァンガード
撃退士
機嶋 結(ja0725)

ディバインナイト
撃退士
葉山 彗(ja1336)

ディバインナイト
撃退士
佐藤 としお(ja2489)

インフィルトレイター
撃退士
シャティアラ・ヴォランドリィ(ja3594)

ディバインナイト
撃退士
ムテキオー(ja3931)

ディバインナイト
撃退士
天野リリシア(ja4116)

インフィルトレイター


プレイング

撃退士・卜部 紫亞(ja0256)
ダアト
出発前に市販のもので良いから痛み止めの支給を要請しておき、受理されたら怪我人に飲ませる。
加えて周辺の地図も入手できれば入手しておき、合流前に路地側の最短ルートを確認しておく。

さあ、て…どうにか合流できた事だし、早い所ここから離れるとしようかしら。路地から逃げた方が安全そうなのだわ。
撤退最中は中衛に位置して透過能力で壁から現れないか警戒しつつ、怪我人のペースに合わせて走っていく。

とはいえ、私だけじゃ警戒しきれないし怪我をしてる子にも警戒だけは協力してもらおうかしら。
透過で壁から現れたら有無を言わさず光弾を出現した敵に撃ち込み、その隙に先に進む。

基本的に戦闘自体は避け、撤退を最優先するが、前方に現れた場合は一体に集中して攻撃を打ち込み、突破するための穴を作る。
強引に接近してきた個体がいればそちらを優先して攻撃し、怪我人への接近を防ぐ。
敵には基本目に近い部分を狙い、目を眩ませる効果も狙っていく。

不意打ちや突破された時などは重症を負わない範囲で盾になる。

怪我人の消耗があまりにも激しい場合は1〜2分の休息を提案する。
休息中も周囲(特に壁)の警戒を怠らずいつでも攻撃できるような態勢を整えておく。

撃退士・地領院 徒歩(ja0689)
アストラルヴァンガード
【目的】
多少傷ついても良い、全員で生きて帰る。
【事前購入】
小児用栄養ドリンク一本と普通の栄養ドリンク買っていく
【合流時点】
「ああ、恩にきろ、義理を感じろ、借りを憶えておけ。そして全員帰ってからしっかり返せ。不義は許さん」
最低限の治療しか出来てないという事なので、傷口を綺麗な水で洗ったり、ちゃんと包帯を巻いたりとしっかりとした治療を施し、
かつ、その間にそれぞれに栄養ドリンクを飲ませ、活力を蓄えさせる。
一番重症の少年に対しては、更に『回復スクロールα』を一枚使ってしまおう。
残りの『回復スクロールα』は体力がやばくなった奴が出る都度使用。
【脱出作戦】
住宅地の中の路地ルートを選択。敵に遭遇しない事を最優先とする。
見つかった場合でも出来る限り戦闘が最小限になるように行動だ。
俺は足を怪我している少女を背負って移動する。
道中での役目は「指揮」。
移動中は偵察や後方警戒をしてくれている人からの情報を受けて、
出来る限りハンドサインで全員に指示。
万が一戦闘になった場合は、他の敵が来ないか周囲を警戒しつつ、
皆が戦いやすいよう、そして被害が最小限になる様に言葉で指示を送る。
安全圏にまで来たら、急いで救急車を呼ぼう。
【呼び方】
男女問わず『名字』さん。

撃退士・機嶋 結(ja0725)
ディバインナイト
■事前
消臭スプレー購入
移動中の臭い消しに使用
必要なら他者へ貸出

スマートフォン持参
地図確認・連絡用
味方の手が埋っている際
囮の撃退士に攻勢強化を依頼

■移動
前衛位置
天野さんの連絡を貰いルート協議
遠回りでも敵の道を進む
天野さんが襲われた際は救助の為先行。その際は積極攻撃策

走って移動中
敵が隠れる事を懸念
壁裏、屋根等注視
敵襲は声で全員に通達

皆が一息つく際は
少し離れ敵接近警戒し監視
常に戦闘に入れるように
「早々とこんな所…抜け出したいけど」

逃げる敵は無理に追わず
「必要ない…依頼の目的とは違いますから」

■戦闘
通達後も声を出し敵誘引
同時にトンファー構え

敵攻撃は魔具で受ける事に注視
全ての攻撃を正面で受けるよう、体捌き利用し立ち回る
受けて敵動作停止時→味方射線から離れ別の敵対応
味方射撃で倒れない際追撃

積極的攻撃は防御の手が不必要時のみ行う
接近し回転の動きで連続攻撃
葉山さんの足止めした敵を優先
当てる事を第一に攻撃を

撃退士・葉山 彗(ja1336)
ディバインナイト
●心情
初めての依頼ですけど、これから私達の身に起こるかもしれない現実…ですよね。
せめて私の手の届く所からでも、人を守りたい、ですね。


●目的
怪我人の敵支配領域外への搬送、護衛
個人的には信条である「自身の手の届く範囲で、大切な人達を守りたい」という思いを元に行動する


●注意点
敵の臭いによる追尾への警戒、止血の確認は徹底
移動の痕跡は残さない様注意

戦闘等による付近住民の野次馬に注意
被害が一般人に絶対に広がらない様


●行動
怪我人の搬送は路地を使用
18歳の少年の移動に肩を貸し、駆け足等が難しい場合は背負う
移動時は「地形把握」の一般スキルを活用、効率が良く安全な道を選択し先行・偵察の天野へと伝達

移動中の休息等については一息つく程度に抑え
休息時には周辺警戒、怪我人の状態確認、再止血・治療が必要か確認

会敵した場合、やり過ごせる様ならやり過ごす様に行動
ただし、いつ襲いかかられても大丈夫な様に体制は整えておく


●戦闘
18歳の少年は後衛の元へ行ってもらい、敵の足止め壁役として戦闘
機嶋の行動とのバランスを見、敵の足などを中心に攻撃を行う
後衛射撃メンバーの射線を意識して空けるようにしてチャンスを作り、敵が後衛へ向かわない様に注意

撃退士・佐藤 としお(ja2489)
インフィルトレイター
目的
負傷者と共に参加者全員の生還

準備
・参加者と囮チームとの連絡先の交換
・携帯アプリでの地図の取得
・携帯マナーモードの設定
・丈夫な紐を購入
・ハンズフリーマイクの購入及び設定をする
・白いビニールテープを購入腕に巻く
・銃弾は亜音速弾を選択

行動
・囮チームとの連絡を密にする
・皆との作戦行動を順守する
・17歳少年に回復スクロール後容体の確認をし歩けるなら肩を貸して不可能なら背負い紐を使って簡単に固定
・行軍時は隊列の中央付近に位置する
・負傷者・皆との行動予定の確認
・透過能力も加味し常時周囲への警戒をすると共に音や光が周囲に漏れないように気をつける。
・負傷者の状態を常に確認し回復の必要があれば回復をしてもらう。
・敵を発見したら皆に静かに伝達し極力戦闘はしない
・囲まれた場合は囮チームにヘルプ要請し可能であれば突破、離脱
・戦闘は一点集中・最短・最小限・撃破後は直ちに移動
・射撃は負傷者を背負っているので片手で支えつつ銃を撃つ
・背負っていないなら両手で銃を保持し射撃する
・お互いの射線軸に入らない
・無駄弾を撃たない
・後方からの支援攻撃をする
・味方が敵を足止めをしている状態では積極的に頭を狙う
・一人で対応時は体→頭の順に撃つ
・負傷した時は地領院に手当てをしてもらう
「さぁ帰ってラーメンでも食べに行きましょうか!」

撃退士・シャティアラ・ヴォランドリィ(ja3594)
ディバインナイト
■道具
・携帯電話
・ペンライト

■行動
パーティの一番後方で追順。殿と後方警戒を担当。
移動の際は、援護ができるよう先頭組が射程ギリギリに入る位置で、一番後ろ。
後方を一般スキル「感知」を用いながら、ある程度進んでは全身で後ろに振り向いて警戒。
援護要請があった場合は味方に当たらないようなら援護射撃。

■戦術
・主体は後ろからの敵のみ攻撃。
基本的に近い敵から狙う。
数が少ないなら近づかれる前に撃破できるように攻撃。
数が多いなら、脚を狙って足止めを重視する。
無理に殲滅せず、逃げ切れるようなら足止め射撃しつつ逃げる。
近寄られた場合、負傷者に敵が行かないよう盾になる。自分への被害も厭わない。
盾として自衛程度に戦闘をし、他の仲間に援護攻撃で撃破してもらう。

仲間への援護攻撃は狙えるなら敵の脚を狙う。

■作戦終了後
救助者の治療中も邪魔にならないよう見守る。
救助者の容体が安定:胸をなでおろし、自分がやれたことを実感
救助者の容体が危険:自分の無力さを悔やみ、より強くなろうと誓う

撃退士・ムテキオー(ja3931)
ディバインナイト
【心情】
「うおおおおお!俺の魂は今、猛烈に燃焼しているぜ!」
熱いハートを皆にアピール

【目的】
被害者の救助を目的として参加する。

【準備】
作戦行動の前にストレッチで体を温めておく。

【行動】
戦闘では対象の生命確保を最優先する。
我が身の危険を考えず、装備を駆使して少女を救助。
「力が正義ではない、正義が力だ!」
戦闘終了後にはキメポーズで高らかに宣言する。

撃退士・天野リリシア(ja4116)
インフィルトレイター
【準備】
地図とペンライトを購入、地図は味方と相談しながらルートを幾つか先に決め暗記しておく。
佐藤と共に銃と弾に消音対策を施す。

【目的】
全員の生還。負傷者と共に支配領域外への脱出。

【心境】
偵察時は負傷者の事は後方側に任せ、隠密行動と気配を察知することに全神経を集中させる。

【行動】
出来るだけ音を立てないよう行動。
移動ルートは路地。敵との戦闘を避け、慎重に行動する。
移動時は先行偵察しルートの安全を確認。
後方とはお互いを視認出来る距離を維持する。
敵影を察知次第、後方にハンドサインもしくはペンライトで合図し待機させる。
敵を発見した場合はやり過ごすか別ルートに移動する。
戦闘が不可避の場合は敵の数に合わせ味方と合流し狙撃する。
4体以上の場合は一旦戻り別ルートを行く。
後方側が敵と遭遇した場合は合流し地領院の指示に従う。

【戦闘】
暗殺、援護、牽制
気づかれた場合は顎、喉、足を重点的に狙う



リプレイ本文


 天使に支配された真夜中の街は、不気味な静寂に包まれていた。
 2人の仲間とともに無人の建物に身を潜める少女は、窓から差し込む月光をぼんやりと見つめる。
「寒い……」
 疲労が滲む呟きとともに、白く凍る吐息。
「……さすがに、キツイな」
 軽傷で済んだ少年の顔にも、焦りと疲れの影が濃い。
 と、そこに。
 扉が鋭く、強く打ち鳴らされた。
「!?」
 天使に見つけられたか。傷ついた3人の目が絶望で見開かれる。
 だが、次の瞬間。
「もう大丈夫だ、小さき者、弱き者を護るため、ムテキオー(ja3931)見参!」
「……え?」
 力任せに入ってきた覆面レスラーの姿に、今度は口がぽかんと開かれた。
「窮地にあっても仲間を守ろうとする心意気! うおおおおお! 俺の魂は今、猛烈に燃焼……」
「大丈夫、私たちは味方です。久遠が原学園より参りました」
 熱いハートを熱烈アピールするムテキオーの肩越し、葉山 彗(ja1336)が【救助対象】たちに柔笑みを向ける。
 その物言いと来訪者たちの数人が学園の制服やジャージを身につけていたことで、傷ついた撃退士たちも状況を把握。強ばっていた表情がふっと緩んだ。
「……手間をかけて面目ない」
 重傷の少年が、壁にもたれたまま唇を僅かに動かし、地領院 徒歩(ja0689)を見上げる。
「ああ、恩にきろ、義理を感じろ、借りを憶えておけ、そして」
 徒歩はぶっきらぼうを装いつつ、救急箱から取り出した医療用の純水と包帯を手にその傍らに膝をついた。
「全員帰ってからしっかり返せ。不義は許さん。だが仲間の窮地となれば別なようだ。
「さあ、て……どうにか合流できた事だし、早い所ここから離れるとしようかしら。路地から逃げた方が安全そうなのだわ」
 月光差し込む窓際で、持ち込んだ周辺地図を再確認しているのは漆黒の長髪が印象的な卜部 紫亞(ja0256)。
「そうですね、遠回りにはなりますが」
 その横で機嶋 結(ja0725)もスマートフォンの画面を覗き込み、脱出ルート選定に余念がない。 紫亞と並んで立つ彼女の髪は銀色。月明かりに照らされ、輝かんばかりだ。
「では、私が偵察として先行しよう」
 消音対策を施したリボルバーを腰に下げた天野リリシア(ja4116)が、こくりと頷いた。顎の下で綺麗に切りそろえられた髪が、わずかに揺れる。
「よし、じゃあ行こう! こんなとこ、皆で脱出だー!」
 沈みがちな空気を振り払うように、明るい声を上げたのは佐藤 としお(ja2489)。長駆で金髪のソフトモヒカン、さらには龍のタトゥーという容貌だが、表情は穏やかで優しい少年のそれに他ならない。
「……ありがとう」
「立てるか?」
「ああ、心配には……、痛ッ」
「まだちょっと無理かな」
 撃退士とはいえ生身の人間、怪我人に無理はさせられない。素早い判断のもと、としおは背に少年を負うた。
「しっかり掴まってろよ」
 足を痛めた少女を背に担いだのは徒歩。同じ年頃の男子におぶさった少女は、消え入るような声で不甲斐なさを詫びる。
「ごめんなさい……」
「さっきもいった筈だ。借りは帰ってから返せと」
 聞きようによっては、冷たい物言い。だが少女にとっては、慰められるよりも楽であった。
「はい」
 返さなきゃ。生きて帰って、恩を──。義務はときとして、希望にもなるのだから。
「ごめんな、俺、男なのに、君たちみたいな女の子に」
 彗に体を支えられ、なんとか自立した軽傷の少年も、バツが悪そうだ。
「あなたと私は学園の仲間、ですよね。私は大切な人を守りたい、んです」
 私がそうしたいから、そうする。意志を込めた癒しの笑顔を、彗が少年に返す。
 そしてシャティアラ・ヴォランドリィ(ja3594)も、決意を込めて少年に答えるのだった。
「あなた達のこと、助けて見せますわ……必ず」
 シャティアラにとって、この任務は自身への問いでもあった。
 己に誰かを守る力があるのか、否かの。

 8人と3人は、扉をあけて外に出た。
 さあ行こう、さあ帰ろう。この「檻」を抜けて。



 時計の針は午前1時。凍てつく冬の夜、住宅街は深い眠りについていた。
 人の気配が絶え果てた大きな通りを、体長1mはある大型犬が闊歩する。しかも一頭ではなく、数頭が悠然と。
 勿論それは、只の犬ではなかった。
 街を守る、否、街を支配する天使の下僕、サーバントだ。
(……情報通り、沢山出てるな)
 ついと犬──サーバントが、路上で足を止めた。
 喉の奥で低く唸り、鼻をひくつかせあたりを暫し、見回す。
(見つかったか……?)
 だが、硝子玉のような黒い目には、何も捉えることができなかったようだ。一声吠えると、先ゆく仲間のあとを追って、犬は大きな交差点を渡っていった。
 冴えた月が路上に、犬の影を長く落とす。その光を遮るように、大きなカラスが空を舞った。

「ふぅ」
 サーバントが去ったのを見届けたリリシアが、路地の影で小さく息をついた。
「奴ら、思ったより鼻が効くな。やはり大通りにはなるべく近づかず、迂回するのが得策か」
 ついと振り返り、手にしていたペンライトを一度大きく振ってから、下ろす。
【待機解除】のサインに、怪我人3人を連れた仲間が、注意深くリリシアとの距離を詰めた。
「壁から出てこられると厄介なのだわ……」
 天使とその眷属は、人間界の物質をすり抜ける透過能力を持つ。故に紫亞は五感と魔術師の「血」を駆使して「招かれざる客」への警戒を怠らなかった。
「一般の方はいないようですね。被害が広がらないからよかったような……でも、悪いような……」
 支配地域に住む人間は、それと気づかぬまま「ゲート」に魂を吸い取られている──。授業で習った事を思い出し、顔を曇らせるのは彗。だがすぐに頭を振って悪い想像を追い払った。
「行きましょう、少し急ぎますね」
 肩に乗った少年の腕を抱え直し、最前方のリリシアと、後ろに続く結の背中を追う。
 脱出のためには路地裏を抜け、何度か生活道路を渡らねばならなかった。犬型サーバントが闊歩する大通りほどの危険はないが、急いで越えるにこしたことはない。
「行くぞ」
「ちょっと揺れるけど、我慢してくれ!」
 まずリリシアが安全を確認して、疾走。さらに結、紫亞が怪我人担当の彗、徒歩、としおを先導するように駆けた。
「大丈夫、背中はお任せくださいませ」
 背後を守るのは、シャティアラとムテキオーだ。
 アスファルトに、撃退士たちの靴の音が響く。
「そこ……右折です」
 結がスマートフォンを手に、100mほど先に揚げられた「やきたてパン」の看板を示す。アウル適応能力を持つ彼らには、数秒で到達してしまうポイントだ。
「うおおおおお! 気合だ!」
 隠密行動中ゆえ、ムテキオーも口の中で急ブレーキを唱える。
 かくして一行は、電気屋とパン屋の壁の隙間に身を潜めたのであった。
「よし、ここからはしばらく路地の通行だ」
 徒歩の言葉に、皆が一息ついたのも束の間。
「大丈夫か!?」
 としおが声をあげた。背負っていた少年の異変に気づいたのだ。
「……ああ、なんと……」
 もない。
 短い言葉すら続けられず、少年はとしおの肩にぐったりと頭を預ける。
「少し休んだほうが良さそうなのだわ」
 紫亞がすっと側に寄り、痛み止めの錠剤を少年に含ませた。とはいえ即効性があるわけでもない。ひどく、辛そうだ。
「止血を」
 彗の申し出に、少年はかろうじて頷いた。としおの背中から下ろされた少年の腹の包帯は新しい血であとからあとから、赤く染まってゆく。
「早々とこんな所……抜け出したいけど、仕方ない」
 結がスマートフォンのライトを灯し、先行くリリシアに向けて短く3回振った。【休憩】の合図だ。すぐさまペンライトが振り返される。応答、了解。
 結自身は、怪我人にも仲間にも、特別な思い入れ──痛みへの共感であったり、寄り添う心であったり──は、持ち合わせていなかった。だが、任務である以上失敗は避けたい。思いはそれだけの筈だった。
(初仕事が救助……天魔に嬲られた私が……こんな事)
 自分らしくない。そう思いつつも、因果を感じずにはいられない結であった。
「あと、ここを曲がってここをつっきって……けっこうあるなあ」
「安全策でいきたいところだが……」
 一方としおは徒歩と一緒に己のスマートフォンを覗き込み、この先のルートに思いを巡らせていた。
 予定では路地を最大限活用し、時間をかけても安全を取る方向だったが、怪我人の状況からして最善とも言い難くなってきたからだ。
「……こんな時間にカラス……?」
 ふと空を見上げた紫亞が、月を背に空舞う影に気づく。カラスに限らず、大方の鳥類は夜飛ぶことはない。こんな真夜中なら、尚更だ。
 黒い大きな鳥は、みるみる高度を下げて来た。鋭く尖った嘴をまっすぐこちらに向け、撃退士たちに狙いを定めて──!
「来たのだわ」
「邪魔しやがって……! いい加減頭にきたぜ……光纏っ!」
 撃退士たちのアウルが、目を覚ました。
 としおのピストルが、先鋒の一羽の羽を吹き飛ばす。続いて、頭!
「これ以上近づけさせません!」
「力が正義ではない、正義が力だ!」
 続く2羽、3羽目の翼をえぐったのはシャティアラのショートボウと、鉤爪を奮うムテキオー。だが致命傷には至らず、カラスどもはぎゃあぎゃあと暴れまわった。
「こっちだ!」
 結がトンファーで手近な一羽を撲殺し、死骸を手にサーヴァントを煽る。天界の眷属とはいえ賢くはないのだろう、カラスどもは挑発に見事に乗った。
「怪我人はこっちだ!」
 その隙に、徒歩と彗が三人の怪我人を戦域から少し離れた場所まで誘導し、ハンドサインと言葉を織り交ぜた指示を飛ばす。
「鳴いて仲間を呼ばれるとまずい、頭を!」
 断続的に響く交錯する魔具と眷属の接触音、光、そして──。
「あっ、逃げやがった!」
 同族の死に命の危険を悟ったのか、生き残ったカラスがばさばさと羽ばたき、空高く逃れる。
「必要ない……依頼の目的と違いますから」
 悔しそうなムテキオーと対照的に、結は表情を変えない。
「先を、急ぎましょう」
「ああ」
 彗が再び少年に肩を貸し、としおと徒歩は少年と少女を背負う。
 新しい傷をあちこちにこしらえた撃退士たちは、それでも先を急いだ。


 大通りだけは回避しつつも、最大限無駄のないルートを選び、一行は闇の中ひた駆ける。
 犬型サーバントとの接触は免れたものの、小型の眷属──例えば鼠型や先ほどのカラス型──とは何度か遭遇したが、全て払いのけた。
 それを為したのは魔具の力だけではない、アウルの力だけではない。
「……本当にごめんなさい……私たちのせいでみなさんまで」
「謝る必要などない、俺は決めたんだ、多少傷ついても全員で生きて帰るって」
「地領院さんの言うとおりですよ。私の手の届く所からでも、人を守りたい……それだけです」
 皆の、想いの力だ。
「ふぅ、あの道を横切れば脱出できるのだわ」
 地図と目の前の風景を確かめていた紫亞が、大通りを指差した。
 車の一台も通らない静まり返った道。中央分離帯を境に、眠る街並みは僅かに歪んで見える。
 冴えた月の光が、何もないはずの空間に「映り込」み、不思議な位置に光を反射させていた。
「『障壁』だ!」
 距離にして支配区域との境界線まで、わずか10m程。最外郭を守る3頭の犬型サーバントさえいなければ目と鼻の先だ。
「私が引きつけて、右の方向に引っ張る。その隙に皆は左側から抜けてくれ」
 リボルバーを手にとったリリシアが、路地から顔を出し様子を伺う。
「外で、待っている」
 犬がなるべく離れたのを見計らって、細身の体を大通りに、躍らせた。
 サーバントが気づくまで、ほんの1、2秒。
「行こう!」
 けたたましい吠え声の中、リリシアが走る。
「これで最後だ」
「しっかり捕まってて」
 その後ろから、3人の怪我人を支え、背負った3人が続く。速度のでない3人+3人の両脇を護るのは紫亞と結だ。
 脱出を阻もうと、撃退士たちに飛びかかるサーバント。
「悪いが、相手をしている暇はないんだ…!」
「させません!」
「どけ!! どけえええ!!」
 だが、8人は怯まない。
 リリシアのリボルバーが、シャティアラのショートボウが、そしてムテキオーの鈎爪が邪魔する犬を振り払いはじき飛ばし、文字通り活路をこじ開けてゆく。
 願うは、生還のみ。駆ける、駆ける、かける──!
「抜けるぞ!!」
 徒歩が叫んだ。
 中央分離帯を、超えた!
「!!??」
 その瞬間、一行を軽い衝撃が襲う。例えるならはじき飛ばされるような感覚。
 そして、転がり出た先は──。

「こらおまえたち。こんな時間に何やってるんだ?」
「……え、あ、お廻りさん、ですの?」

 見た目は「障壁の内側」と何も変わらない、静まりかえった真夜中の住宅街だった。
 だが眷属の姿はどこにもなく、代わりに若い巡査が自転車に跨ったまま一同を見下ろしていて──。
「抜けたんだ……!」
 その姿に、撃退士たちは脱出が成功したことを悟った。
 だが、まだ終わりではない。少年に肩を貸したままぺたんと座り込んでいた彗は、ポケットから久遠が原学園の学生証を取り出し、巡査の目前に差し出した。
「私たちは任務途中の撃退士です。怪我人がいます」
「そうだ、急いで救急車を!!」
 徒歩も、慌てて叫んだ。



 それから十数分の後。
 通報を受けてすっ飛んできた撃退庁の治療車の前で、生死をともにした8人と3人は別れを惜しんでいた。
「ありがとうございました! 本当に…!」
 車椅子に乗せられた少女の顔は、緊張の糸が切れ気が緩んだのか涙でぐしゃぐしゃだ。リリシアはその頭を優しくなで、そっと耳元に囁く。
「傷を治したら他の二人と共に旅団【カラード】を訪ねてくれ、美味しいお菓子をご馳走する」
 こくこくと頷く少女に続いて、担架で運ばれてゆく重傷の少年。横たわったまま彼は、一同の顔を見つめた。ありがとう。視線に、感謝を込めて。
「借りは必ず返します」
「ああ、楽しみにしてる」
 最後に、軽傷の少年が自力で車に乗りこむと、ハッチがばたんと閉まり
「またな!」
 治療車はサイレンを鳴らしながら、その場を去っていった。
「ま……上々ですか」
 車影が見えなくなった頃、結が満足そうに呟く。
「なんとか……なりましたわね」
「ええ、今回のことは、これから私達の身に起こるかもしれない現実……ですよね」
シャティアラと彗は、初依頼を通じて撃退士の任務の過酷さを、ひしと感じたようだ。
「ま、とりあえず皆でラーメンでも食べに行きましょうか! 疲れた! 腹減ったあ!」
 重傷の少年をずっと背負っていたとしおが、明るい笑顔で場を盛り上げる。
「うおおお!! ラーメン!」
 どうやらムテキオーにも、異存はないようだ……?

 紫亞の瞳に、紫色に染まった東の空が映る。
 長い夜が、今明けようとしていた。


依頼相談掲示板

作戦会議室
天野リリシア(ja4116)|高等部2年39組|女|イン
最終発言日時:2011年12月10日 14:34
なぜなにエリュシオン
地領院 徒歩(ja0689)|高等部1年7組|男|アス
最終発言日時:2011年12月08日 21:52
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2011年12月04日 23:39








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