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マスター:think
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8名
サポート:0
報酬:通常
リプレイ完成日時:2011/12/6


オープニング

●グラウンドに、出た?

 その日の久遠ヶ原学園は、いつもと何かが違っていた。
 常の喧噪が形を潜め、朝もはよからひっそりとしている。――いや、どんよりとしている。目に見えない黒いオーラが周囲一体に立ち篭めている、いうなればそんな雰囲気だった。
「……、たんだって」
 ふと、鼓膜を掠る音に気付いて足を止め、耳を欹てる。
「出たんだってさ。昨日、夜中のグラウンドに……うん、マジだったみたい」
 出た? 昨日? 夜中のグラウンド?
「見間違いじゃなくてぇ?」
「ううん、だって何人も目撃者が出てるんだもん。凄い噂になってるし」
 やだぁ、と上がる悲鳴を最後、どこからか聞こえていたひそひそ話はぷつりと途絶えてしまった。
 よく分からないが、とりあえず昨日の夜中、学園のグラウンドに何かが「出た」らしい。
 一体何がと思うが早く足が動き、気付けば小走りになっていた。

●トラウマになります

 執行部棟の入り口を突っ切ると、ここも例に違わず空気が淀んでいた。気にはなるが、いつものように依頼窓口に歩を進めて呼び掛ける。
 すると、奥で作業をしていたアルバイトの女生徒が声を察して振り向き、顔を覗かせる。どことなく険しい表情だ。だが、こちらを見るなりふっと幾らか眦が弛む。彼女は少し身を乗り出すようにして、
「ああ、丁度良かった。急ぎの依頼があるんです、出来ればすぐにでも解決して頂きたい感じの……」
「ぅ、うーんうーん」
 と、流暢な説明に被さるように突如誰かの呻き声が響いた。何事かと首を巡らせてみると、室内端に設置された机に突っ伏している男子生徒が一人。その向こう側には頭を抱えた女子生徒が二人見える。
「も、もうお婿に行けないぃ……」
 男子生徒がガリガリと顔中を引っ掻き回す。
「お嫁に行けないぃ〜〜いやああああ」
 女子生徒はガツンガツンと机目掛けた強烈なヘドバンをかましている。
 どうやら仲良く悪夢に苛まれているようだ。アルバイトの女生徒が眉を顰め、悩ましげに溜息を吐く。
「あれも『急ぎの依頼』の被害者です。この学園の七不思議についてはご存じですか?」
 久遠ヶ原学園七不思議については、その存在だけは知っている。ただし詳細を知るには至っていないために首を振ると、女生徒は頷き一つで説明を続ける。
「まあお約束なんですけど、夜に女の泣き声が聞こえるだとか自殺した亡霊が出るだとか、そういうのがこの学園にも存在していて。どうせ眉唾だろうと言われていたのに、昨日の夜中、見てしまったらしいんですよ……」
 ここまで来て、なぜか女生徒の声のトーンが変わった。
「肝試しの最中……」
 ゆるゆると、目も虚ろになる。
「グラウンドで……」
 お前はホラーの語り部か。が、後に続く言葉を聞くなり、流石に耳を疑った。
「……全裸でラジオ体操第一を踊る男達の姿を……」
「えっ?」
 思わず声が出た。
「……全裸でラジオ体操第一を踊り狂う男達の姿を……」
 大事な事なのですかさず二度繰り返され、聞き間違えではないと理解せざるを得ない。撃退士の絶句を読んだ女生徒は、哀愁漂う顔付きで被害者男女へ視線を流す。
「怖いでしょう? 恐ろしいでしょう? あの通り、ピュアな男女はトラウマになってしまって今も悪夢に苦しんでいます。これ以上の被害を出さないためにも、どうにか退治して頂きたいんです。で、これ、はじめは幽霊の類かと思ったんですがディアボロのようなので」
 さらりと後付けされたが、おかしなディアボロも居たものである。ただ、そうとなれば急を要す事は確かだろう。
 暫く逡巡した後で了承すると、アルバイトの女生徒は意気揚々と更なる詳細を告げ、戻って行った。

 ――室内を満たす呻き声は、依然として止む気配を見せない。


解説

・へんてこディアボロ討伐シナリオです。
・雰囲気的にはギャグ寄りですが、相手は腐ってもディアボロのためふざけすぎると痛い目を見ます。ご注意を。

ディアボロについて:
アルバイトの女生徒から聞かされた詳細は以下になります。

・連日居る訳では無いが、高い確率で夜中の0時に久遠ヶ原学園グラウンドに出現する。
・人型のディアボロ5人組。
・何か拘りがあるのか決まって全裸でしかもマッチョ。股間のみ辛うじて何かで隠されているようである(詳細不明)。
 そのうちの1人、光り輝く股間の持ち主が号令を掛け、周囲が従っていた点からしてリーダーであると推測される。
・ラジオ体操第一以降も体操競技を行なっていたことから、体操部であると推測される。
・グラウンドに踏み込んだ地点で気付かれるが、踏み込んだ程度では何もしてこない。
・ふざけて体操を邪魔しようとした生徒が凄まじいパンチで殺されかけている。肉体が武器のようである。
・挨拶はふつーに通じる(どうも、と声を掛けるとどうも、と普通に返ってくる)

●マスターより

thinkと申します。
ギャグかな? いやいやギャグじゃない……トラウマ拡大を食い止めて下さい、宜しくお願いします。
それでは、皆さまのプレイングを楽しみにお待ちしております。


現在の参加キャラクター


プレイング

撃退士・フランシスカ・フランクリン(ja0163)
阿修羅
何をどうなってこんなディアボロが生まれたのか……頭が痛いですわね。
でも、己が肉体が武器と言う所だけは敬意に値しますわ。ええ、そこ『だけ』は。

●事前
戦端が開くまでは、観察するだけで特に行動を起こしませんわ。誰かが戦端を開いた時点でわたくしも戦闘開始ですわね。

●方針
部員の一人を足止め、出来れば単独撃破を狙いますわ。足止めなので、タイマンが基本ですわね。あちらが肉体が武器ならば、わたくしもそれは同じ。力と力で真っ向からぶつかり合いますわ!
どうせスキルも無い事ですし、手加減抜き、一切足を止めずに全力で物理攻撃ですわ。相手の攻撃は、プロレスラーらしく身体の硬い所で『受け』止めますわね。
倒せたら他の仲間に合流しますわね。そちらでも攻撃の方針は変わりませんわ。ピンチになっても退きませんわね。

格好や奇行はさておき、肉弾戦を競えるディアボロは貴重でしたわ。
問題部分はともかく、闘いはなかなか楽しめましてよ?

撃退士・瞳 九耀(ja0398)
ダアト
初の依頼で緊張するとともに、人型のディアボロということで気が乗らない。
「人型のディアボロですか…なんだか人を殺すような気分ですね…」

遅い時間なので眠そう。眠そうな目をメイクで誤魔化す。
「こんな時間にラヂオ体操って健康に悪いですよね。でもディアボロはよい子じゃないか」

先ずは対話を試みる。
体操に対してヨガでアピール。「ヨガもいいですよー。きっとしなやかな筋肉になりますよ?」

戦闘では部長担当。遠距離から股間を狙い撃つ。
「僕も男ですからね…。急所は分かりますよ」
「!?ファウルカップです!?」
基本的に部長を優先的に倒すが、部員(ABCD)担当側が劣勢になったらそちらの補助に回る。その際遠距離から攻撃できることを利用し、部長も部員も射程内に収まるポジションどりをあらかじめしておく。

「ふむ。しかし…ファウルカップを付けてる割に小さい…」
「部長なんて輝いてるだけで、Dの方が大きいんじゃないです?」

撃退士・東郷 遥(ja0785)
阿修羅
・戦闘前
戦闘が始まるまでは警戒を怠らないが殊更武器を構えたりせず、交渉や会話を行おうとする味方に合わせる。
・戦闘
部員は部員狙いの味方に任せ、敵リーダー(部長)との戦闘に専念。部長狙いの味方とタイミングを合わせつつ、まず最初に渾身の一撃で切かかり、その後は味方と連携し集中攻撃を仕掛ける。

・台詞
「こんな真夜中まで鍛錬を怠らないとは、敵ながら見上げたものですね。」
(戦闘開始時)
「私はあれ(部長)を狙います。是非、手合わせしてみたいと思いますので。」
(リーダーとの戦闘時・相手の動き(や筋肉を)見て)
「なるほど、中々に鍛えているようですね。ですが、それは私とて同じこと。」「勝負はまだまだこれからですよっ」

撃退士・高畑 弓弦(ja0842)
インフィルトレイター
【心情】
そっとしとけば実害のない敵、やったらそっとしときたいところやけど
そうも言うてられへんのが現実やからなあ。しっかり慣れて働かんと…!

【目的】
敵を撃破して平穏を取り戻すために参加。
話し合いで平和的に解決…は、まあ、できたらええけど…

【行動】
事前に話し合って協力で応える。

戦闘前の行動…
話し掛ける人がいれば、便乗する形で挨拶だけしてみる。刺激するのが怖いので質問はやめておく。
そして、あまり見たくはないけどディアボロたちの股間に注視する。
何かそこに重大な秘密が隠されている気がするから。…万にひとつも隠されてたら皆に教える。
参加者以外の人間が近付かないように周りに気を配っておく。

戦闘では「後列」に立ち、弓で「部員D」を攻撃する。
※ただし、他の人と被っていない対象を優先して攻撃。
敵が減れば順次対象を変える。防御行動は回避。
「やっぱ倒さなあかんのか…」
「あいったたたた」「だ、大丈夫ですか!?」

撃退士・和菓子(ja1142)
ディバインナイト
●基本方針
■準備■
トラウマとしての記憶されるほど。それらは聞きまわらねばならないでしょう。
一つでも有益な情報が得られればいいのですが…。

一応、椅子の借用許可を担任に借りましょうか。僕ので構いません。

■ネタ■
体操がお好きという事でラジオ体操の番外編をしてもらいましょう。
大丈夫です、椅子も準備しております。もちろん体操を志す者ならできますよね?ね?

と。可能であれば、部員識別のため、プレート(S、A、B、C、D)を付けてもらいましょうか。
※S=リーダー。桐原さんの記述を優先

…女性陣は開脚の際、正面に居るか、目を逸らされたら良いと思います。


■戦闘■
リーダー優先撃破のため、部員Dの行動封じ&撃破を担当。
大剣を振るい、行動範囲を狭め、リーダー及び他部員と戦闘をしている仲間に近づけさせないように。
自分へのダメージはそれほど気に留めず、他者のダメージ軽減を優先。
撃破次第、部員撃破の協力・守護に回り、リーダー撃破をする。

撃退士・不知火 まなり(ja1147)
阿修羅
◆呼び方
プレイング上の敵呼称は桐原雅っちの説明通りッス。
敵自体はマッパメン。

◆マッパメンズに声掛け
「かっこいッスねー」「寒くねっスか?」「調子いーッスか?」など。
怒らせない様に様子を見つつ、以後の戦闘に向けてスキを作る為に気を散らせる感じ。
ただし部長がピクッとしたら愛想笑いで様子見。
大太刀は見えない様に後ろに隠し持ち。

◆戦闘
メンバーのネタが一通り終わったら、先手を打って攻撃。
前衛なんで大太刀振り回して部長とガチで。
後手に回らない様、一気に畳みかけて敵同士の連携を取らせずに仕留めるッス。
独断先行はせず、動いて敵を誘導、仲間の後衛に対して部長が背を向ける形になる様に動くッス。
後衛の行動に反応させない様に、また後衛が命中を上げられる様に、挑発しながら。

◆ネタ
できたら敵が消滅する前に、部長のデコに油性マジックで「肉」とかヒゲとか書いて写メ撮るッス。
部活のみんなに見せる為に、嬉々として、容赦なく。

撃退士・桐原 雅(ja1822)
阿修羅
○撮影
まず部長に挨拶してから、撮影の許可をもらうよ
相手がディアボロだからって、礼儀は忘れちゃいけないよね
ん?別にマッチョ好きとかじゃないから勘違いしないでね
友達から撮ってきてって頼まれたんだよ
次に出す本の為の資料って言ってたけど……
撮影しながら、さりげなく背後へ回り込むように移動

○戦闘
部長への攻撃を優先して号令を出す暇も無くさせて、相手の連携を封じる作戦だよ
わたしは部員をフリーにしないよう抑えに回る係
担当は部員Aの予定だけど、他の人と被らないよう適宜調整

戦闘開始と同時に部員Aの足元を払うようなローキックで背後から強襲
その後は正面から当たらず、相手の側面や背後に回り込むなど
小柄な体躯を活かした撹乱戦術を仕掛けるよ
わたしの技量じゃ相手の攻撃をかわすのは難しいだろうし
多少攻撃をもらっても、怯まず積極的に攻撃していくよ

○呼称
仲間内で呼称を統一
リーダーを『部長』
その他を『部員A(B、C、D)』

撃退士・柏木 丞(ja3236)
鬼道忍軍
寒空の下の肝試ししてトラウマ増やしちゃってかわいそーだったけど。
…ああ、ヤバい。俺がピュアな男子生徒じゃないのバレる。
…うわー、とらうまだー(棒読み)

◆担当
輝く股間の部長担当

◆作戦
部員と別口で先に部長を潰し、ディアボロ掃討
見たら「あーあー…。うわぁ…」ってテンションになるだろうけどご愛嬌
事前に校庭の照明許可を打診

◆戦闘
後衛
部長と部員の中間で攻撃の応用の利く位置を取りたいとこ
基本は投擲攻撃

対部長
前衛組の攻撃前後に投擲を合わせ、部長の攻撃の隙潰し&前衛組の攻撃用隙作り
狙いの軸は奴だけど光り輝く部分狙い易そ…。庇う動作あれば狙いの重点そこで(
万一突破のときは九耀先輩の前に駆けてガードし前衛

対部員ズ
部長戦闘中から部員側戦況は耳目で把握に努め、もし不利な時は加勢
あとは部長戦闘後、残りが居れば加勢に回る
後方からの奇襲狙い&速攻
光源不足の場合、ペンライトで狙う変t…ディアボロを照らし補佐

適宜連携協力



リプレイ本文

「あーあー……」
 討伐作戦決行当日。すっかり日も落ち、身を切るような寒風吹き荒ぶ昇降口前で、柏木 丞(ja3236)は苦笑せざるを得なかった。手持ちの双眼鏡を構える姿勢で見つめる先には、お馴染みの久遠ヶ原学園グラウンドが広がっており――丁度一分ほど前に、突如異変が生じた。どこからともなくわらわらと現われた黒い影達が、整列を始めたのだった。その体格や格好など、もはや説明するまでも無い。意気揚々と準備運動らしき動きを取り始めるマッチョマン達の奇行を呆然と眺めること数秒。柏木は思い出したように携帯を開き、虚ろな目付きで耳に宛てた。
「あ、俺っす。出ました0時ぴったりに。股間も凄ぇピカピカしてて……、とらうまだー、って感じ?」


「よく鍛えてますね」
 なぜか感心する東郷 遥(ja0785)。
「人型のディアボロですか……、なんだか人を殺すような気分ですね……」
 シリアス且つアンニュイに呟く瞳 九耀(ja0398)。
「はは……」
 高畑 弓弦(ja0842)に至っては乾いた笑いしか出て来ない有り様だ。
 柏木の連絡を受けてグラウンドに集合した撃退士達の反応は三者三様だった。まだ遠巻きにする形でディアボロを眺めながら、フランシスカ・フランクリン(ja0163)は眉間を抑えて頭を振る。
「何をどうなってこんなディアボロが生まれたのか……頭が痛いですわね。でも、己が肉体が武器と言う所だけは敬意に値しますわ。ええ、そこ『だけ』は」
「ディアボロも人間も、あんまり変わらないね。さて、」
 同意するように頷いた桐原 雅(ja1822)が、表情を改めて仲間を見渡す。
「あまり悠長にもしていられないかな。作戦会議はちゃんとしたんだし、皆で上手くやろうよ」
「そそ、桐原雅っちの言う通りちゃっちゃとやっちまおうぜ」
 目が合った不知火 まなり(ja1147)は飄々と呟き、含み笑いをする。
「それとあたし部長のデコに最後『肉』とか書いて、写メってやりたいんスけど、どっスか? 面白そうじゃないっスか?」
「『肉』? ちょっと面白いかも。でもわたしは最初に撮らせて貰おうかと思ってたよ」
「へ? 最初?」
「友達から撮ってきてって頼まれたんだよ。次に出す本の為の資料にしたいらしくて……、あ、別にマッチョ好きとかじゃないから勘違いしないでね」
「マジか! マッパメンの本とかヤバくね? 雅っちのダチパネェ」
「借りて、きました、よー」
 と、妙な方向に盛り上がり掛かった場の空気を和菓子(ja1142)の叫びが切り裂いた。一足遅れて登場した彼は肩に担いだ生徒用椅子をドンと下ろし、竹笠に隠れた額を拭う。
「これで準備は整いましたでしょうか」
「おっけ。じゃ、ぼちぼち行きますかね」
 あまり緊張感を感じさせぬ顔付きで、ぱちりと携帯を閉じた柏木がまずは歩き始める。その後に続くようにして仲間の顔をそっと窺った九耀はさり気なく溜息を吐いた。欠伸を噛み殺し、メイクでは隠しきれぬほどに眠気の滲んだ双眸を瞬かせる。
「にしても、皆元気そうですね。ディアボロも、こんな時間にラヂオ体操って健康に悪いですよね」
「俺はもともと夜更かしっ子っすから。あーどうしても眠気で気が遠くなりかけた時は輝く股間をジッと見てみるとか?」
「……それは別の意味で気が遠くなりそうです……」


「ちぃいーっす」
「ちゃおー」
 不知火と柏木が先手を打って放ったゆるゆるな挨拶に、ディアボロ達は揃ってサッと振り向いた。なるほど確かに言葉は通じるらしい。隅に置かれたラジカセから流れるラジオ体操第一のメロディに合わせ、ポーズを取る腕はどれもこれも筋肉隆々としている。手をひらつかせた柏木の半笑い度合いが増すが、不知火は満面の笑みで放つ。
「ちょーかっこいッスねー。寒くねっスか?」
 ここで、リーダーと思しきディアボロの頭がぴくりと揺れた。不知火の顔が強張る。だがどうやら気を損ねた訳では無いらしく、その証拠にゆっくりと撃退士に身を向けたディアボロが、おもむろにボディービルのポージングを取り始めた。
「イー!」
 某戦隊物の敵を思わせる、甲高い声。むきっと盛り上がる上腕二頭筋がツヤリと光る。見せ付けられる筋肉美。
「調子もよさそうっすね!」
「うわぁ……じゃなかった。よっ、日本一。ナイス筋肉☆」
 すかさず賞賛を続けて拍手喝采する前衛の後ろで――高畑は絶句して、光り輝く股間を凝視していた。
「……」
 別に見たい訳では無いのだが、どうにもそこに視線が吸い寄せられてしまう。
「ファウルカップです……?」
 横からこそこそと耳打ちしてくる九耀の顔からは、早くも眠気が飛びかけている。高畑は我に返ったようにはたと顔を上げ、それから首を振って小声を返す。
「え? いや、いやいや。バナナとちゃいます? 光っとるバナナ」
「!? おかしいですね。僕には金色のファウルカップに見えるんですが……」
「ええっ」
 人によって見える股間隠しの形状が異なるのだろうか。おかしい。
「しかし、アレですね……」
「うん」
「ファウルカップを付けてる割に小さい……」
「……うん」
 後衛が神妙に語る間にも、ディアボロへのおべっかは続いており――気付けば部長のみならず、部員総ぐるみで思い思いのビルダーポーズを取っていた。
「あ、そこでもうちょい右向くとかいッすね。そそ、そんな感じで、今雅っちがイカす写メ撮るんでー」
「はい、ポーズ」
 いつのまにか撮影会まで始まっている。カシャ、とシャッター音が鳴るたびに桐原はデジカメを確認し、満足げに目を細め、
「うん、いい感じだよ。これなら友達も喜びそう。……でも、どうせなら演技中の様子も撮らせて貰いたいな」
「イッ?」
「あなた達はラジオ体操の番外編とか踊れないのかな」
「イー!!」
 その瞬間、ディアボロ達がにわかに騒がしくなった。肉厚の暑苦しい身体を寄せ合うようにして何やら数秒ざわ付く。それから顔の向きを戻し、桐原目掛けて頷く。
「え、本当? 出来るの?」
「イー!」
「一時期CMで話題になった、とっても難しいあれなんだけど……本当に?」
「イー!!」
 硬く力強い頷きが繰り返され、遂にはグッと親指までもが立てられる。が、そこでふと何かを探すように首を巡らせたディアボロの仕草を見逃さず、和菓子がずいと進み出て用意した椅子を示す。
「椅子ならばあそこに用意してあります。……ああ、それとお願いがあるのですが」
 抱えていた何かをしゃらりと差し出す。S、A、B、C、Dの数字が刻印された白い5枚のプレートだ。
「良ければこのプレートを付けてくださいませんか? 僭越ながらどなたが一番上手く演技が出来るのかに興味がありまして」
「ィー……」
「でも、体操を志す者ならば点数を付けられる事なんてもはや慣れっこですよね? ね?」
「イー!!」
 その言葉に煽られたように、一人が和菓子の手からプレートを分捕り、実にあっさりと首に提げてくれた。
「ありがとうございます」
 ディアボロ達が動き、それぞれのポジションにつく。結果的に撃退士8人とディアボロ5人が完全に対峙する形になり――Sのプレートを提げた部長が、不意に腕を掲げた。太い指が、パチン! と音を鳴らす。
「イー!!」
 その合図と同時に、端のAがラジカセのボタンを押す。音楽を切り替える。流れ始めるのは――紛う事なき、ラジオ体操番外編の音楽だ。
 ♪ちゃんちゃかちゃららら、ちゃんちゃかちゃららら、後ろに反ります。
「イー!」
「イー!!」
 横一列に並ぶディアボロ達が、その肢体を鮮やかに後ろに反らせる。
 ♪股関節の運動。倒立から。
「イー!」
 ♪開脚。開脚。
「イー!! イー!!」
 一斉に倒立するディアボロ達が、足並み揃えてぱかぱかと開脚を繰り返す。なかでも一際目立つのは椅子の上で驚異的なバランス感覚を保持する部長の動きだ。
「うわぁ」
「うわあああ……」
 無駄に滑らかで美しい挙動に得体の知れぬ恐怖を感じる。撃退士達は硬直するまま一連の演技を見届け――終わり際にカシャ、ともう何枚目かのシャッターを切った桐原だけが、画面を見下ろしてクールに呟いた。
「……いっそビデオカメラを借りてくるのもよかったかな」


 やがて、たかだか一分弱である筈がどうにも長く思えるラジオ体操番外編が終了した。輝く汗を拭い拭い、謎の奇声を交わし合ってハイタッチをかますディアボロ達を眺め、撃退士達は目配せをした。引き攣った笑みを浮かべた柏木が、スィ、と一歩進み出る。
「みなさんお疲れー。演技、なかなかいい感じだったんじゃないっすかね。ちなみに結果はあんな感じで」
 示すように腕を流す先に、ディアボロ達の視線が集中する。プレートと一緒に用意された物だろうか、撃退士達はプラカードを手にしている。始終なんとも言えない表情を浮かべて腕組みをしているフランシスカを始め、掲げているのは満場一致で「S」のカード。それを見るなり胸を張るSこと部長と、項垂れる部員達。『部長なら仕方ないか……』と言った空気が如実に伝わって来る。続けて踏み出す九耀が、おもむろに両腕を頭上に伸ばし、
「さて、一息がてらにヨガもいかがです? きっとしなやかな筋肉になりますよ?」
 文字通り、唐突にヨガを始めた。
 ――そう、ここからが本番なのだ。
 あらかじめ体操をさせる事で体力を奪い、褒めて持ち上げ、ディアボロ達が気を抜いた隙を衝いて攻撃を始める……という作戦を立てた訳では無かった筈だが、なんとなくそんな流れである。だが、ディアボロ達は微動だにせず九耀の動作をガン見している。
(あれ……? この反応はいまいちです? 困ったな)
 ヨガは守備範囲外なのだろうか。内心焦りつつも九耀は次々としなやかに姿勢を転じ、四肢を優雅に伸ばし、すると徐々に着物がはだけ白い太腿が際どい具合に露になる。それでもディアボロ達は動く素振りを見せず、仁王立ちで居続け――られなかった。部員Aが、何の前触れもなくたらっと鼻血を垂らしたのだ。
「!? イー!」
「イー!!」
 場は一転して騒がしくなる。あんな軟弱な身体に見惚れるとは何事か! と言わんばかりの形相で部長が動き、取り繕うように鼻を覆うAに強烈なビンタを喰らわせる。続けて他部員も参戦し、ドカッバキッと激しい袋叩きが開始。九耀は慌てて身形を整え、
「え、ええっ!? な、なんだかよくわかりませんが、今です! 攻撃開始!」
 腹の底から声を張った。
 その途端。――今までのふざけた空気が、嘘のようにピンと張り詰める。
 弾かれたように飛び出すのは東郷だ。大太刀を真っ直ぐに構え、揉み合うディアボロの中へ怯む事無く突っ込む。
「ッヤアァーッ!」
 気合いを込めて吠え、驚きに振り向く部長の額へ太刀を振り下ろす。強かに撃たれて大きくよろめき、だがすぐに体勢を整えて威嚇めいた声を上げる。
「イ゛ィイイー!!」
「っなるほど、中々に鍛えているようですね。ですがそれは私とて同じこと」
 輝く股間などもはや気にも止まらない。細める瞳の奥に、愉快げな色がちろりと燻る。東郷は足を踏み換え、長い黒髪を振り乱して続けざまの一撃を放つ。
「遥っち、マジかっけー!」
 その横に、不知火も喜々として肩を並べる。硬派な東郷とは対照的な動きで持って振り回す大太刀で、バランスを崩した部長の胴体を狙う。
「加勢するよ、っとお。――あ! マッパメンパネェー!」
 だがすんでの所で一閃を躱した部長は、筋肉の重みを感じさせぬ素早さでバク転をかまし、距離を置いた。不知火は一瞬目を丸め、
「早っ」
 と、呟いた瞬間に九耀の光弾が飛んだ。攻撃の隙を与えぬ的確なタイミングで股間に命中、途端に部長は急所を押さえて雄叫びを上げる。
「――ッィイイギャアアア!!」
「僕も男ですからね……。急所は分かりますよ」
「九耀さんナイスッすよ! おっし、そんじゃあーたーしーもー」
 体勢をグッと低めた不知火が、悶える部長に目を輝かせて突進する。乙女心をどこかに置き去りにした刀を容赦なく叩き付ける先には――ムキムキの男の尻がある。
「喰らえ−!! 遥っちも続け続けー!」
「ええ、勝負はまだまだこれからですよっ」


「あらあら、何を戸惑っておいでですの?」
 集中砲火を浴びせられる部長、それに追い打ちをかけ続ける容赦ない仲間の攻撃を横目に、フランシスカはうっすらと微笑んだ。文字通りあたふたと慌てふためく部員達は、すっかりと協調性を無くしているように見える。連携を封じる作戦はまんまと功を成したらしい。笑みを深めた少女は重心を落とし、
「さあ、少しはわたくしを楽しませてご覧なさいな。遊びの時間はもう終わりですのよ!」
 距離を置こうとする部員B目掛けて、真っ直ぐに飛び込んだ。そのまま空中に高々と身を躍らせ、捨て身のドロップキックを叩き込む。ギャッ、と悲鳴を上げたBは激しく転倒し、けれど即座に立ち上がるなり牙を剥いて攻勢に転じる。丸太のような太腕がパンチを繰り出す。が、
「ふんっ!」
 避ける事も無く、フランシスカは交差させた両腕の前面で難無くそれを受けた。悔しげに歯軋りするBを力任せに弾き飛ばし、よろめいた隙を狙って片脚を抱え上げる。
「ガードが緩いですわね!」
「!」
 そのまま実に痛快に、慈悲の欠片も無く――ガツン、と急所に膝を叩き込んだ。


「あいったたたた……! フランシスカえげつないなあ。でもかっこええ、っとお」
 この世の物とは思えぬ断末魔がグラウンド中に木霊するのに、高畑は思わず首を竦めた。が、休んでいる暇は無く、側転で襲いかかってくるCに目を剥き、慌てて仰け反った瞬間、敵の後方に素早く回り込んだ桐原が低い位置で回し蹴りを放つ。
「させないよ」
 丁度、Cにカウンターを与える形だ。その動きに追い打ちを掛けるよう、前衛組に協力をしていた柏木が振り向きざまに苦無を放ち、腿を貫く。
「お、おおきに!」
 体勢を立て直した高畑も、申し訳無げに眉を下げて発砲した。矢は吸い込まれるようにCの額に命中し、悲鳴を上げて崩れ落ちる。
 部長を抑え続ける東郷が顔を上げる。
「残り何体ですかっ」
「AとDの二体、でしょうか! いや違いますね、Dは既にフランシスカさんが――ッぐ」
 応じた和菓子に隙が生じた。Aが放つアクロバティックな蹴りをモロに喰らう。和菓子は顔を顰めて大きく仰け反り、しかしすぐに奥歯を噛んで大剣を握り直す。
「……っ。今は痛みを忘れます!」
 体当たりをするように振り下ろした一撃は、見事Aの身体を一刀両断。
 ――こうしてトラウマの元は断たれ、久遠ヶ原学園グラウンドは元の平和を取り戻したのであった。


 後には喜々としてディアボロの額に落書きする不知火と、それを生ぬるく見守る仲間達――プラス、一人だけやはり合掌する高畑の姿があったとかなかったとか。


依頼相談掲示板

相談しよう
桐原 雅(ja1822)|高等部1年17組|女|阿修
最終発言日時:2011年11月24日 06:50
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2011年11月17日 22:55








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