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マスター:越山 樹
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8名
サポート:0
報酬:通常
リプレイ完成日時:2011/12/6


オープニング

●走れ、走れ、とにかく走れ
 怖い、怖い怖い、怖い――。
「はっ――はっ、はっ――ぁっ、はぁっ――」
 息が上がる。呼吸が乱れる足が重い。気持ち悪い。立ち止まってしまいたい。
 だけどそれはダメだ。立ち止まればあいつに追いつかれる。
 追いつかれたら殺される。だから走れ。逃げろ。
 足を上げろ。腕を振れ。
 とにかく、ここは山の中。
 木を隠すなら森の中、私は木ではないけど森へ逃げ込め。
 そうすれば、隠れられる。
 そうすれば、あいつから身を隠せる――。

 必死になって、彼女は駆けていた。
 慣れない山道を、時々転んだか、土でその身を、その服を汚しながら。
 ちらりと後ろを振り返る。遠目に、緑の異形の姿が見えた。
 ゆっくりと確実に、こちらに向かって歩いている。
 彼女はまた正面を向き直り、山を駆けた。

 とにかく、あいつに見つからない場所を――。

●緊張走る
「緊急の依頼です!」
 所変わって久遠ヶ原学園。
 斡旋所の腕章を付けた女子学生が、早朝の教室に駆けこんできた。
 大学部の学生らしき彼女は呼吸を整え、ごくりと口の中の唾を飲み込み、居合わせた撃退士たちに説明を始める。手に持った冊子を素早く捲った。

「本日未明、山間部の林道で通行中の乗用車をディアボロが襲撃する事件がありました。幸い車に撃退士が居合わせたため死者こそありませんでしたが、その撃退士も含めてほぼ全員が負傷し……そのうちの一名が、ディアボロから逃走したまま山中に残っています」
 襲撃者がディアボロであると判明したのも、撃退士が居合わせた為だと言う。その撃退士は応戦時に重傷を負ったため、逃走者を捜索出来る状況ではない。現在は治療を受けている最中との事だ。
「ディアボロはこの逃走者を標的に定めたのか、逃げた彼女を追跡しているようです。彼女は山中に逃げこみ、ディアボロも同じく山中へ消えています」
 襲撃の様子から、徹底して一人を狙う習性がみられたようだ。他の者を無視して彼女一人を狙うあたり、かなりしつこい相手と思われるが、妨害する者や脅威となりうる者が間に入ればその排除に切り替える傾向にある、と彼女の読み上げる冊子には記述がある。恐らくは撃退士の応戦が、彼女の逃げる隙を作ったのだろう。
「出来る限り早く現地へ向かい、ディアボロを撃破して逃走した女性を救出してください。幸い撃退士が時間を稼いだのと、山中は竹が茂っているため、今はまだ避難出来ているようです」
 彼女の位置については、彼女の携帯電話のGPS機能から、多少の誤差はあるものの絞込みできるだろう、と判断されている。しかし当然の事ながら、時間をかければディアボロに発見されてしまうだろう。

「……逃走している女性は二十代前半、会社員です。楽観的で好奇心の強い性格をしている、とご友人方から説明がありました。今回の襲撃は友人内でのドライブ中に発生したとの事ですが……今は取り敢えず、関係ないですね」
 性格にやや問題がある。逃げ出していても、落ち着いたり状況が変化すれば確認の為に周囲を歩きまわるかも知れない。冊子の記述には、その可能性が指摘されていた。女子学生はそれを読み上げ、顔を顰めた。
「戦闘中に様子を見に来る可能性も考えられますね……。そうなればディアボロの習性から考えて、女性が危険に晒さる可能性が高いです」
 何らかの対策を、考えておいた方がいいだろう。そう言いながら、女子学生は冊子のページを捲る。ディアボロについての記述に内容が切り替わり、彼女はそれを読み上げ始めた。
「今回のディアボロは便宜上、『チェイサーマンティス』と命名されています。その名の通りカマキリを模した姿で、体長は2メートル程度。前足が極端に長く鋭い鎌になっていて、それを振り回してきます」
 鎌の大きさからリーチが長く、振り回せば広い範囲を纏めて攻撃できるようである。襲撃を受けた者たちが負傷しているのは、それによる傷が主な原因のようだった。

「なお、女性が逃げ込んだ場所から、竹林での戦闘が予想されます。伸び繁る竹は当然、移動や攻撃の妨げになります。距離が開けば開く程、ディアボロを狙うのは難しくなります」
 攻撃力に秀でるルインズブレイドや阿修羅が剣や斧などの切り裂く武器を使えば、あるいは竹ごと切断してディアボロを狙うのも可能かも知れない。しかしその場合、今度は竹が一撃の威力を和らげるだろう。更にある程度の攻撃力があるなら、それも無視した一撃を叩き込めるかも知れないが……。
「ディアボロの振るう鎌は鋭く、その腕力も非常に高いようです。敵は一体とは言え、油断の出来る相手ではありません。充分に気をつけてください」
 そう言って、女子学生は冊子を閉じた。

 自分の役目はここまで。ここからは、撃退士たちの出番だ。そう言わんばかりに。


解説

ディアボロを撃破し、逃走した一般人を救出してください

逃走者:
20代前半の女性。一般人で戦闘能力はありません。
携帯電話のGPS機能を辿れるため、彼女の発見自体は容易です。
現在は山中、竹林の奥にある洞穴に逃げ込んでいるようです。

ディアボロ『チェイサーマンティス』:
巨大なカマキリの姿をしています。
前肢の鎌が大きく、展開すれば2メートル程度。
他に武器となるようなものはないらしく、遠距離攻撃は出来ないようです。
但し、切れ味が鋭く腕力も強いため、注意が必要。
また、両方の鎌を振り回す事で周囲一帯を纏めて切りつける事も可能です。
ディアボロと逃走者の間には結構な距離があり、すぐ向かえば遭遇前にどちらかを確保できます。

竹林
斜面です。天候は良好なので硬いですが、体勢を崩しやすく注意が必要です。
手入れは余りなかったようで、深く多い茂っています。
戦闘時は障害物となります。これについては幾つか特殊なルールがあります。
詳しくはOP本文を参照してください。

移動手段の都合、竹林の入り口から状況が始まります。
撃破・救出に成功した場合、元の入り口まで戻れば大丈夫です。
周辺地図は希望があれば配布されます。


●マスターより

ソルパでお世話になった皆様はお久しぶりです。
初めてお会いする皆様には初めまして、越山 樹と申します。

最初のシナリオとして、竹林での戦闘をお届けします。
ちょっと時代劇みたいな戦いになるかもしれませんが、お楽しみください。
剣戟と名はついてますが、勿論剣でなくとも一向に構いません(笑)。

それではこれから、よろしくお願い致します。



現在の参加キャラクター


プレイング

撃退士・藪木広彦(ja0169)
インフィルトレイター
地図を受け取り、GPS情報を頼りに女性の元へ急行。
仲間が竹を伐採し戦場を整備している間に洞穴の入り口から声を掛け、ペンライトを使って中へ。女性を確保したら、以後傍を離れぬよう厳重に言い含めます。

「2mもの蟷螂が、竹林で音を立てない理屈もないでしょう」
物質透過能力は天魔、つまり天使と悪魔の能力。天魔は人型のようですし、透過能力を利用した静音移動はないものと判断します。蟷螂の立てる音に注意。

「この世界に居たいなら、この世界のルールに従うことですね」
誰かが蟷螂に気付いたら、射程外でも射撃開始。潜伏する仲間に気付かぬよう、ご執心の女性と私の攻撃とで蟷螂の気を引きます。

潜伏組以外の仲間が蟷螂を食い止めている間に、女性と共に竹林の入り口へ走ります。女性が躊躇ったり、動きにくい服装だったりしたら、抱え上げて。

戦闘は数十秒、長くとも二分で終わるでしょう。三分走っても携帯に仲間から連絡が無ければ増援要請を。

撃退士・高城 カエデ(ja0438)
鬼道忍軍
●接敵前
俺は女性確保班に参加するつもりだ。
ディアボロが狙うって言う女性の隠れてる洞窟の傍まで行く予定だぜ。
藪木くんがディアボロの注意を惹いて、女性を連れて行ってくれて、
かつディアボロがこちらに来たら……まあ、戦闘開始だ。

●戦闘
潜伏してたヤツらが竹を切っていてくれれば、問題なくディアボロに攻撃出来ると思いたいがね。
装備している二刀による斬撃を繰り出しながら、とりあえず潜伏組が奇襲してくれるまでは、
ある程度防御や回避に傾倒しつつ、ディアボロを惹きつけるのを優先して行動するぜ。

潜伏組が奇襲を仕掛けてくれた瞬間に、奇襲を仕掛けられて戸惑うディアボロに
追撃の斬撃を繰り出したいな、て思うぜ。
そのあとは、一発斬ってその場には留まらない高速のヒットアンドアウェイで戦うつもりだ。
可能ならば、僅かに残ってる竹を盾にすることも考慮できればな。て思うぜ。

撃退士・三神 美佳(ja1395)
ダアト
まずは逃げている女性がいるという洞窟まで全員で行く。
洞窟の入り口辺りで女性を確保するメンバーとディアボロの接近に注意しつつ竹を切り倒して戦う場所を整備するメンバーに分かれる。
この時整備するメンバーは身を潜める場所も確保する。
ディアボロが近づいて来たら整備していたメンバーは見つからない様に身を潜め奇襲の機会を窺う、確保メンバーは洞窟内で女性確保し一旦は洞窟の入り口で待機。
ディアボロが姿を現したら確保するメンバーは食い止めるメンバーと女性を逃がす人に分かれて行動開始、ディアボロの注意が食い止めるメンバーに向いた所で潜伏していたメンバーは背後より奇襲を行う。
その後は近接攻撃組はディアボロの範囲攻撃に気をつけつつ一撃離脱の攻撃を交互に行い、遠距離攻撃組は攻撃の届かない所で近接攻撃組の援護攻撃を行う。

撃退士・妃宮 千早(ja1526)
ルインズブレイド
・心意気:
誰一人として、欠けることなく依頼を遂行する。

・目的:
女性の救出

・作戦:
女性のところまで全員で移動。その後は邪魔な竹を切り倒し、戦闘の場を整える。
敵の気配を感知したら、すぐに身を潜める。
敵の注意が味方に向いたら奇襲をしかける。
後は、敵の攻撃に注意しつつ味方と連携してダメージを与える。

・行動:
できるだけ敵の気をそらす。
後衛に攻撃が向いた場合、すぐに援護にまわる。
常に周囲の状況を把握し、逐一味方に報告。

・言動:(希望)
「命あっての物種ですし、ご自分の身体は大切になさってください。」
「私はこの学園が好きですから、皆さんのことも好きですよ。ですから、誰にも欠けてほしくないんです。」
「女性を追い掛け回すなんて、ストーカーじみたディアボロもいたものですね。」

撃退士・Nicolas huit(ja2921)
アストラルヴァンガード
まずは皆と一緒に女の子のいるっていう洞窟まで行くね
洞窟についたら確保班の人たちと別れて、僕は竹を切るお手伝い!
僕の力でも切れると良いけど…もしダメなら切った竹を運んだりして隠れる場所を作っておくよ。

敵が近づいてきたら僕達潜伏班は見つからないように隠れて待ってるね。
奇襲の合図とか全体的な行動は同じ班の三上ちゃんに合わせるよ。
なので三上ちゃんの合図が出たらすぐに奇襲!
敵の攻撃が届かない所から魔法で攻撃して、近接の人達の援護射撃をするね。

あ、でも怪我した人がいた時は一旦離脱して回復優先だよ?
これは三上ちゃんの指示じゃなくて僕がスクロール使う時を決めさせてもらうね。
使うタイミングについてはとにかく深手を負った人優先で、余裕がありそうなら前衛の人をって感じかな?
数に限りもあるからちょっとの傷では使えないんだけど
危ないなーっていう大変な傷ができた人にはちゃんと使ってあげるから、安心してね!

撃退士・縁下 力(ja3234)
阿修羅
「逃げている女性がいるという洞窟まで全員で行く」

「洞窟の入り口辺りで女性を確保するメンバーの高城、樹之原、夜風とディアボロの接近に注意しつつ竹を切り倒して戦う場所を整備するメンバーの妃宮、三神、Nicolas、縁下に分かれる」

「この時整備するメンバーは身を潜める場所も確保する」

「ディアボロが近づいて来たら整備していたメンバーは見つからない様に身を潜め奇襲の機会を窺う、確保メンバーは洞窟内で女性確保し一旦は洞窟の入り口で待機」

「ディアボロが姿を現したら確保するメンバーは食い止めるメンバーと女性を逃がす人に分かれて行動開始、ディアボロの注意が食い止めるメンバーに向いた所で潜伏していたメンバーは背後より三神の合図で奇襲を行う」

「その後は近接攻撃組はディアボロの範囲攻撃に気をつけつつ一撃離脱の攻撃を交互に行い、遠距離攻撃組は攻撃の届かない所で近接攻撃組の援護攻撃を行う」

撃退士・樹之原 涼二(ja3275)
阿修羅
基本的には作戦道理に行動する。
まずはGPSで場所を確認しながら女性のもとに行き、女性を確保。
地図を見て有利な足場を探し、二手に分かれてマンティスを待つ。
マンティスとの接触後は潜伏組にきづかないよう投擲武器でけん制しながら有利な足場に移動。有利な場所がない場合は、斜面に足を取られないよう、動きを最小限にして時間を稼ぐ。
この時、一気に仕掛けようとはせず、女性を逃がす時間を作るため、攻撃を当てるより避けることに集中する。
その後、十分に女性との距離をとれたのを確認後、仲間と挟み撃ちにし、時間差で攻撃を繰り返す。
ただし、敵の意識が後方の味方に向いた場合、その味方をかばうようにして戦い、再び距離を取る。

撃退士・夜風 隼(ja3961)
ダアト
「女性に怪我をさせないように行動しないとな…」

常に周囲にマンティスが来ていないか警戒しつつ
女性の隠れている洞窟に直行
女性の確保をするために洞窟内に侵入する

無事女性を確保することが出来れば洞窟から出て周囲を警戒しつつ移動、
マンティスを発見したら仲間に知らせ、仲間がマンティスに攻撃したら自身も攻撃を開始する

攻撃は基本的に接近せずできるかぎり射程ギリギリで
うまく側面、背面に回りこむように動き魔法で攻撃し、マンティスを撹乱する
また、仲間のダアトに接近しないように移動する
仲間が危機に瀕しかつ回復が間に合わないor届かない場合、自身が囮になるように行動する
また、万が一女性が危機に瀕した場合もかばうよう行動する

「仲間に手出しはさせない!」



リプレイ本文

●山林を駆け上がれ


(痛いのは嫌いだし、本当は怖い)
 天魔に対抗すべく、撃退士を養成する久遠ヶ原学園。そこに入学するのは無論、アウル能力……撃退士としての素養を持った人間達である。
 しかし、彼らが皆戦いを経験した事があると言えば、無論そのような事はない。生徒達の大半は、入学してから初の実戦を経験することとなる。ディアボロの撃破と、それから逃げる女性の救助。その為に仲間と共に山中を駆けるNicolas huit(ja2921)も、この戦いで初陣を迎える一人だった。
(さっきから震えてるのも、きっと寒いからじゃない。でも)
 走りながら、共に走る仲間達をちらりと順に視界に入れていく。藪木広彦(ja0169)のような自分よりもずっと年上の者はもちろん、三神 美佳(ja1395)のような、初等部の少女もいる。
(皆も頑張ってるし、僕しか出来無い事だってある……僕だけ臆病じゃいけないよね!)
 Nicolasは無理やり顔に笑みを浮かべた。笑顔は皆を安心させるし、恐怖もどこかへ吹き飛ぶはずだ。
「女性を追い掛け回すなんて、ストーカーじみたディアボロもいたものですね」
「その女性に、怪我をさせないようにしないとな……」
 妃宮 千早(ja1526)が呆れたような皮肉なような風に言うと、それを受けてか夜風 隼(ja3961)が静かに呟く。今回はディアボロが女性を狙い追っている状態でもあり、慎重かつ迅速に事を運ばねばならないだろうと言えた。
 山中を駆けながらも、縁下 力(ja3234)や広彦は周囲に気を配る。
「2メートルもの蟷螂(かまきり)が、竹林で音を立てない理屈もないでしょう」
 そう言って周囲の物音に気を配る広彦。
 天魔は物質透過能力を持つ。それらは下位の存在であるディアボロやサーバントでも例外ではないが、それらの場合はその透過能力を活かすだけの知能を持たないものが多い。結果的に事実上能力がないに等しいともいえ、これは天使や悪魔に比べてディアボロやサーバントが与し易い理由の一つでもあった。
 力も周囲の気配を探り、小さく顔をしかめた。美佳も警戒を緩めない。竹と竹の間を縫うように、8人の撃退士は山中を駆け抜ける。
 昼前の晴天で、竹林も日差しをそれ程妨げるものではない。日向の出来る場所も多く、明るさは十分だった。

 巨大なカマキリ型のディアボロ、チェイサーマンティスは撃退士よりもかなり先に山中に入っていた。それはつまり、撃退士達が山中に入る時点では、彼らよりもずっと女性に近い場所にいると言うことである。
 GPSの反応を追える分、女性の探索は撃退士にアドバンテージがある。しかしそれでも、彼らが女性を保護するまでには、チェイサーマンティスの接近を相当距離許すことになるだろうと推測された。
 その証拠だろうか、周囲を警戒していた者たちは遠目に緑色の影を見つける。
「残念ですが、竹をどうにかする程の時間の猶予はなさそうですね」
 地図から現在地と女性のGPSの反応を確認していた樹之原 涼二(ja3275)が頭を振る。斜面の向こうに見えたチェイサーマンティスは、まだこちらに気づいていなければ、女性も見つけてはいないようだった。
 彼らは女性を確保した後、竹林の竹をある程度伐採し、戦い易い地形を得るつもりでいた。しかし、チェイサーマンティスの位置が想定よりも近すぎる。どうやら竹を伐採して戦場を整えられる程の時間はないようだった。
「おーい、無事か!?」
「久遠ヶ原学園の撃退士です。保護に参りました」
 辿り着いた洞穴に向かって、高城 カエデ(ja0438)と広彦が声をかける。やがて人一人が隠れるのがやっと、という小さな洞穴から、ショートカットの女性が顔を出した。
「た、助かる? 私助かるの?」
 相当緊張をしていたようだ。女性は駆けつけた撃退士達の姿を見るやいなや、ずるずるとその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「生きた心地がしなかった……ありがとね」
「ご安心を……と申し上げたいところですが、蟷螂も近くまで迫っているようです。避難をお手伝いします」
 丁寧な広彦の言葉に、女性はこくこくと頷き、両手を膝について立ち上がった。その間に他の仲間達はチェイサーマンティスの迎撃体勢を整えていく。どうやら、マンティスもこちらに気付いたようだ。ゆっくりと斜面を登り、近づいてくる。

●剣戟の竹林
「この世界に居たいなら、この世界のルールに従う事ですね」
 竹林は戦場へと変わる。その幕を開けたのは、広彦のピストルから放たれた銃声だった。
 女性を連れて逃げる役割であるはずの広彦が、敢えてマンティスの気を引く。チェイサーマンティスの執着する女性を釣れている以上、囮としては確かに有効だろう。
「え、きゃああ!?」
 ……彼女を無事連れて逃げる、という役目を忘れなければ。彼の背で、迫るチェイサーマンティスの巨大な姿に恐怖した女性が目を丸くし、次いで悲鳴を上げた。
「早い!?」
 戸惑いの声を上げたのは誰だったろうか。探し求めた獲物を見つけたとでも確信したか、チェイサーマンティスは勢い良く走りだし、女性と広彦のもとへ一直線に駆ける。その鋭い鎌を振り上げながら。
「しまったか…!」
 銃を持った右手を翳し、女性の盾となろうとする広彦。そこにチェイサーマンティスの鎌が振り下ろされ――
「させるかっ!」
「手出しはさせない!」
 がぎぃ、という金属同士のぶつかり合い、擦れる音。次いで、がっと刃の喰い込む音。
 状況に気づき、真っ先に動いていたのは涼平と隼、そしてカエデだった。涼平がチェイサーマンティスと広彦達の間に割り込み、ツーハンデッドソードでチェイサーマンティスの鎌を受け止める。左手を柄から離し、刀身の腹に添えて衝撃に耐えた。その隙に、カエデが二刀流に構えた打刀のうちの一刀で横合いからチェイサーマンティスの胴を斬りつける。隼は広彦と女性を背に隠すように立ち、油断なくスクロールを広げ構えて見せた。
 ぶうん、とチェイサーマンティスの空いた鎌が横薙ぎに振り回される。それに合わせて撃退士達はチェイサーマンティスから飛びずさって離れ、刃の射程から外へ退避する。その間に、広彦は女性を……腰を抜かせたらしくへたり込んでしまった彼女を抱え上げ、距離を取って離脱を図る。
「……い、今です! 気を引いて、藪木さんの逃げる隙と時間を!」
 美佳の合図に、彼女と同じく周囲に散って潜んでいた千早が、Nicolasが、力が、一斉に飛び出しチェイサーマンティスに奇襲をかける。美佳のスクロールの詠唱で放たれた光弾を皮切りに、力のトンファーの振り下ろし、千早のファルシオンの斬り上げ、更にはNicolasの魔力を纏ったケーンの一撃が次々とチェイサーマンティスを襲う。思わず面食らったか、チェイサーマンティスはその場でたたらを踏むが、シャアアと威嚇するような鳴き声を上げ、鎌で応戦した。
 チェイサーマンティスの注意が撃退士達に向いているのを確認すると、広彦は女性を抱え上げたままチェイサーマンティスとは別方向へ駆け出す。四十絡みのドレッド男が竹林の中で女性を連れ去る様は絵的に怪しいのだが、それを指摘する余裕のある者などこの戦いの場にはいない。
「無事に逃げれたみたいです」
 斜面を駆け下りる二人の様子をちらりと横目に確かめ、千早は仲間に周知する。彼女の表情は普段の柔和なそれとは打って変わって冷たい。敵たる者を見据えたその瞳は、鋭い刃物のような印象を与えた。油断なく、ファルシオンを構え直す。
「よし、予定とは変わっちまったが……まあ、改めて戦闘開始だ」
 にやりとカエデが口角を上げた。一度斬りつける毎に足を使って位置を変え、チェイサーマンティスを撹乱する一撃離脱の戦法に出る。同じく位置を変えながら、美佳も光弾による援護射撃を繰り返す。
「射撃出来ると思ったんだけどなーっ!」
 マンティスの反撃を受けて片膝をついた力の傷を癒す、Nicolasの表情は渋い。ケーンはそれ単体でスクロールのような魔力弾を飛ばす能力はない。武器としては、増加された魔力を込めて叩きつける使い方となる。治癒が終わると同時に、立ち上がった力は再びチェイサーマンティスへと駈け出していく。

 撃退士達は蟷螂の攻撃を警戒して、総じて一撃離脱を繰り返す戦法をとっていた。攻撃に切れ間が出来ないよう、タイミングを意識してずらす。その間に後衛のダアト達が、光弾で援護も行う。撃退士達に翻弄されるチェイサーマンティスは攻撃力こそ高いものの、一匹であることに変わりはなく、数の差でやはり撃退士に分があった。
「ほら、こっちだぞデカブツ!」
「こっちもなっ!」
 ゴ、と隼の光弾がチェイサーマンティスの頭に炸裂する。更に反対側から、力がトンファーで胴を殴り飛ばす。
「投げナイフでもあればよかったが……!」
 涼平が愚痴を零しながら、鎌を掻い潜って横薙ぎに大剣をチェイサーマンティスの脚部に叩きつける。すかさず千早が続いて斬り込み、涼平が距離を取る隙を作った。
「おっと!」
 カエデが軽快なステップで、チェイサーマンティスの一撃を避けた。竹を盾にすることも考えたが、チェイサーマンティスの豪腕から繰り出される鋭い一撃は竹を切り裂き、なおも威力を減じない。美佳がスクロールの光弾でチェイサーマンティスを牽制し、カエデを援護する。時折竹に射界を塞がれるものの、光弾はチェイサーマンティスを打ち据え爆ぜた。
 チェイサーマンティスに一撃を加えつつ、味方の状況をよく観察するのはNicolasだ。負傷の重い者がいれば、即座にスクロールで治療する心算だった。
 ある者は雄叫びを上げ、ある者は鋭く睨みつけ。撃退士達は、チェイサーマンティスを攻め上げていく。時折反撃に吹き飛ばされても、その闘志は折れることなく、立ち上がり戦い続けた。

 竹林を抜け出た広彦は、肩に抱え上げていた女性を下ろす。途中で気を取りなおした女性だが、今度は恥ずかしさで散々暴れたようだった。彼女が身だしなみを整え落ち着くまで、待つことにする。
「……あっちの方、行かなくて大丈夫なの?」
 心配そうに、女性が広彦に尋ねる。
「それ程長くかかる事はないでしょう。それよりも、念の為離れないようにしてください」
「大丈夫よ、危ないって判ってるのに、行くわけないわ。……子供じゃないんだから」
「それは失礼を」
 子供のように膨れる女性に、律儀に頭を下げる広彦。自分たちが竹林に突入した林道沿いへ歩いて移動しつつも、警戒は緩めない。女性と会話を交わしつつも、味方からの応援要請に備えて、その手は銃を握っていた。

●これからに思いを馳せ
 ぐらりと揺れ、崩れ落ちる緑の影。
 倒れ伏し、動かなくなったチェイサーマンティスを前に、撃退士達は各々油断なく身構え直す。
「……やったか」
 肩で息をしながら、力が確かめる。確かに息絶えたようだった。大丈夫だな、と力は仲間達に頷いてみせる。それを受けてようやく、一同は構えていた武器をそれぞれ下ろした。
「皆で頑張れば、カマキリなんてちょちょいのちょいだよね!」
 疲労を滲ませながらも、Nicolasは笑みを浮かべる。「はいっ!」と、美佳が元気よく頷いた。
『――そうですか、皆ご無事で。何よりです』
 カエデの携帯電話を通じ、広彦が安堵の声を伝える。久遠ヶ原学園のスタッフと合流して女性の身柄を預けたところに、カエデが撃破の連絡を行っていた。
「そっちも女性に怪我はなしか。お疲れ様だぜ」
 一同の心配事であった女性の無事も確認し、カエデの通話を見守っていた涼平と隼が、安堵の溜息をついた。

「私は久遠ヶ原学園が好きですから、皆さんの事も好きですよ」
 竹林から引き上げる道すがら、千早がふと、呟くように話しだした。
「ですから、誰にも欠けて欲しくないんです」
 これから頑張りましょう。誰も欠けないように。
 柔らかい笑みを浮かべた千早のその言葉に、撃退士達は各々決意を新たにする。

 久遠ヶ原学園に入学した新入生、新米撃退士達の戦いは、まさに始まったばかりなのだ。
 彼らの今後の活躍は、彼ら自身にかかっている。


依頼相談掲示板

作戦会議
藪木広彦(ja0169)|大学部3年1組|男|イン
最終発言日時:2011年11月24日 05:48
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2011年11月18日 01:50








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