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「うぅ……うぅ……」
日の傾いた商店街。
今日もヤツは泣いている。獲物が掛かるのを、じっと待ちながら。
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その日の商店街は、普段とは空気が違った。
理由は明白だろう。街の中にちらほらと、普段居ない警察官等が散見されるからだ。
(何かあったのか……?)
道を行く人々は僅かに疑問を抱くも、特に普段と変わらない日常を過ごす。
その視界の端に泣いている子どもが映っても、変わらずに。
「標的は子供に擬態してやがる上に、人通りの多い時間帯を狙って現れる、か。……ちと厄介だぜ」
小田切ルビィ(
ja0841)は内心溜め息を吐きながら、街を歩く。
その視線は、『一人で泣いている子ども』を注意深く探す。
と、小さな本屋の前に、丁度泣いている子どもを発見した。
「うぇぇん……ぐすっ……」
「――子どもを見つけた。本屋の前だ」
小田切はケータイを取り出し、連絡を入れる。『わかりました』と短い返事。すると人混みの中から、何処にでもいるような普通の青年が小田切の前に現われる。鈴代 征治(
ja1305)だ。
「あの子ですね。ちょっと待って下さい……」
鈴代はそう言うと、僅かな間を持って首を振る。「あの子は違いますね」
彼らは、ルインズブレイドのスキル『中立者』を使用し、子どもの正体を確かめていた。
相手は子どもの姿。といって、碌に確かめもせず本物の子どもを攻撃してしまっては、取り返しがつかない。
その子どもは、やがて現われた親に連れられ、人混みに消えた。ただの迷子だったのだろう。
と、鈴代のケータイが鳴動する。「また見つかったみたいです。行って来ますね」
次の現場でも、違った。
「……子供の姿を借りて罪なき善良な人々を手に掛けようとは、やはり天魔は人の心を解さぬ奴らだな」
榊 十朗太(
ja0984)は、泣いている子どもを遠目に見つつ、呟く。
今から自分達が倒すのは、あの子どもと同じ姿をしているモノなのだ。
しかも、相手の良心に付け込んで。
「これ以上犠牲者を出さぬ為にも速やかに排除することとしよう」
決意を込めた、榊の一言。「そうですね」と鈴代も同意した。
(嫌なサーバントの人がいたもんだよね……騙まし討ち、しかも人の好意を踏みにじるような真似をして。しょーじき、かなりムカつく)
並木坂・マオ(
ja0317)は内心憤慨しながら、商店街を見回って行く。
今ここに、敵がいるかもしれない。うかうかしていたら、また新たな被害者が出てしまうだろう。
けれど、派手に動くわけにはいかないから、結局地道に探すしか無いのだ。
(焦っちゃうよね。特にアタシなんか短気だから)
今すぐにでも、アウルの限り走り回りたくなる。そうすればきっと速い。でも勘づかれるかもしれない。逃げられては意味が無い。
すぅ、はぁ。彼女は深呼吸を数度繰り返す。(――よし、頭がクリアになってきた)
過去の事例から絞った出現範囲を、頭に浮かべる。
(とりあえず、あの辺から行こっか)
「しっかし……まぁ、いろんな手段をとってくるようになったな」
蒼桐 遼布(
jb2501)はそう呟いた。
(まぁ……それだけ人の習性とかを理解してきたってことなんだろうけどな)
人というものを知らなければ、こんな風に良心に付け込む真似は出来ない筈だ。
天使でも悪魔でも、人を知ることは出来る。ただ、それを分かり合う為に行うものもいれば、今回のように利用するものもいる。
「うぐっ……えぐっ……」
彼もまた、泣きながら歩く子どもを発見。鈴代に判別を行って貰う。
が、「違いますね……」
また外れだ。
親らしき者が来る気配も無いので、蒼桐は近くの警官にその子を引き渡す。
「幼子の振りをして、心配した者を騙し討ちとは……」
エイネ アクライア(
jb6014)の心は怒りに燃えていた。
「なんと阿漕な! 悪魔でござるか!」
そう言う本人が悪魔でござった。とはいえ、これは慣用表現だろう。
(……人界では「兵は詭道なり」と言うようではござる。が、これは違わぬでござるか?)
戦いの中では、時として敵を欺くことも大事なことだ。
だがこの場合は、その域を超えている気がしてならない。
「うぅぅ……うぅぅ……」
と。
エイネもまた、俯いて泣く子どもを発見する。
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往来は、地元警察や駅員の協力もあり、徐々に人が減ってきていた。
「すいません、こちら封鎖するそうなので、移動しましょう」
田村 ケイ(
ja0582)もそれに協力し、一般人を誘導していく。
いっそ全面封鎖してしまえれば早いのだが、それでは混乱を生んでしまう。その上、敵に勘づかれれば逃走を促す事にもなりかねない。
「何故泣いているのでござるか?」
エイネは、先程見つけた子どもに話しかける。その体には、見た目からそれと分からない程度に力が篭っている。もし、それが敵だった時に備えて。
珠真 緑(
ja2428)も、その様子を遠目に見つつ、スマートフォンを操作していた。
……そう見せかけつつ、手には阻霊符を隠し持っているのだが。
「うぅぅ……うぅ……」
子どもは泣くだけで、答えない。
鈴代が近くに到着した。他の撃退士達も、付近へ集結していく。他に泣いている子どもも見つからなかったから。
「両親は何処でござる?」
「うぅ……イナイノ……イナイノ……」
ぶつぶつと、何となく聞き取り辛い声で、子どもは答える。
もしこの子がただの子どもだったら、持って来たカツサンドと牛乳をあげよう。エイネは内心そう思った。
その、瞬間。
「反応有り。敵です!」
無線で、肉声で、鈴代の声が響いた。
「カオスレートは 3。確実に天魔です!」
「……っ!」
撃退士や警察官達の間に、緊張が走る。
榊と珠真は反射的に阻霊符を発動。敵の透過を防ぐ。
「この付近は立入り禁止となります!」
警察官がそう言って、残った一般人を退避させる。並木坂や鈴代が、その作業を手伝う。
「え、え、なんかあったん?」
「危険です離れて!!」
興味本位で様子を見ようとした若者に声を張り上げる、田村。彼女は素早くリボルバーを取り出すと、子どもへマーキング射撃を行った。
「おいガキ。こっちを見な……!」
小田切ルビィ(
ja0841)は子どもに対し、挑発を行う。一般人から目を背けさせる為だ。
「善意を踏みにじって餌にしやがるその所業――反吐が出るぜ」
その効果はあったらしく、ハッと子どもは小田切の方を向く。
「削剣active。Re-generete。それじゃぁ……いっちょ行きますか」
蒼桐はその隙を突き、アジ・ダハーカを実体化。子どもへ向けて飛びかかる。
ザクッ。
敵の手足を削ぐようにと放った十字斬りは、子どもの腕の肉を超え、骨に達したような嫌な音を響かせる。
「――ッッ!」
子どもは喉が裂けてしまいそうな高い声で、叫ぶ。蒼桐は奴の姿など気にしない。見た目が子どもだろうがなんだろうが、敵は敵。
「うおっ、ガキ斬った?」
と、その叫びに反応した一般人が、呟く。傍目にはそう見えるのだ。「あれは撃退士です! 子どもの姿をした天魔を退治してるだけです!」事情を知っている警察官がすぐに説明するが、あまり良い光景ではないのも確かだ。
「……ひとたび戦場に立てば、敵がいかなる姿であろうが全力で討ち倒すのが真のもののふというモノだ!」
榊は叫び、自らの闘争心を解き放つ。そして手にした和槍、雷桜によって子どもを思い切り薙ぎ払う。
「童の姿を取ろうとも、天魔の手先である以上きさまに掛ける容赦など一片もないわ!」
「う、うぅぅ……」
子どもは嗚咽を漏らしながら、撃退士達の包囲網から逃げようと走る。そのスピードは、やはり一般人のそれとは乖離している。
「イナイ、イナイノ……」
その先には、避難中の一般人の群れ。
「させませんよ!」
鈴代が間に入り、それを防御しようと試みる。
子どもはそれを察し、人混みに紛れることを諦める。攻撃を行うつもりは無かった様だ。
「悪い子にはおしおきです!」
彼は白鶴翔扇でその頭をぶっ叩く。あえなく命中だ。
珠真は子どもの動きを観察し、その特徴を捉えようとしていた。
得意なのは物理か、魔法か。近距離が主か遠距離が主か。厄介な範囲攻撃はないか。
ただ、最初に選択した行動が『逃走』であることを考えると、戦闘能力は高くないのかもしれない。
「うぅぅ……ぅう……」
「ああもう、鬱陶しいわね……」
「うぁぅっ!」
彼女は激しい風の渦を生み出し、子どもへブチ当てる。スキル『マジックスクリュー』である。
これには相手の魔法力を計るのに有効な効果がある。
朦朧するなら良し、しないなら魔法特化の可能性が高い。結果……
「ぅ……ぁ……」
子どもはぼぅっとして、足下が覚束なくなる。掛かった。ぼたぼたと、涙らしきものが地面に落ちる。
「ったく泣いてりゃいいって問題じゃないのよ、ガキ」
泣く以外のことを、このサーバントは行ってない。それでどうにかなるわけでもないだろうに。
泣けば助けてくれるような甘い奴は、今ここにはいない。
「イナイ……イナイノ……」
無理矢理合成したような声で、子どもはぶつぶつ呟く。
「何がいないって?」
両親かもしれない。けれど、それにしては多少の違和感がある。
(ま、意味が分かっても分からなくても何の意味がないとしても、結果は変わらないけど)
今ここで、珠真を含む撃退士達が倒すだけだ。
(私は子供だからってぴーぴー泣く奴は嫌いだからね)
「大人しく斬られるが良いのでござる!」
エイネが背後から抜刀:雷閃。紫電を纏う刀の一撃だ。マジックスクリューの効果を受けていた子どもは、それを充分に避ける事は出来ない。
「――ッッ」
再び響く、叫び声。あまり聞いてて心地のいいものではない。それが子どもの姿なら、尚更だ。
「子供だっていろいろ考えて生きてるんだ。バカにすんな!!」
ある程度避難が済み、充分スペースを確保したと考えた並木坂は、開口一番そう叫びながら子どもを蹴り上げた。子ども目線である。
実際、無理矢理子どもを再現したようなこのサーバントには、あまり知性を感じることが出来ない。『イナイノ』という言葉にも或いはやはり、意味などないのかもしれない。
「うぅ……うぅぅっ……」
子どもは唸るように泣きながら、辺りを見回す。
近くには並木坂、小田切、榊、それから蒼桐にエイネ。
僅かに距離を空けた所には珠真がいて、鈴代が人混みへの逃走経路を経っている。
最早この人型サーバントに、なす術は無い。それでもこの子どもは、人混みの中へ逃走しようと試みる。今度は鈴代とは逆の方向。
「まったく。人が多いだけで厄介ね」
だが勿論、他のルートを無防備にしているわけもなく。田代はそんな風に愚痴りながら、黒い霧のようなものを纏った弾丸を撃ち出す。
冥魔寄りの力を持った弾丸は、避ける事が困難だ。肩口に一撃を喰らった子どもは、「うぁぅっ!」と短く叫び、近くの路地に逃げ込む。
とはいえ、その先にはもう人もいない筈だ。「一般人の避難完了してます!」と警察が無線で知らせる。
「ただ、店の従業員等、建物内に残っている人もいます!」
警備や安全の問題で、容易に退避出来ない人間もいた。あまり余裕を持ってもいられない。
が、子どもの行方自体は、田村の放ったマーキングで逐一追う事が出来た。
「――悪いな。俺は敵対する以上、ガキだからって容赦はしねえ主義なんだ」
「うぅ……」
小田切が逃走経路に回り込み、その正面に立ちふさがる。子どもはジャンプして建物の上に逃げようとしたが、そこへ田村のダークショットが再び火を吹いた。
「悪いけど、逃がせないのよ」
逃がせばまた被害が増える。そもそも、居場所すら掴めなくなってしまうだろう。
だから是が非でも、ここで殺すしか無い。
(見た目がなんだろうと、敵は敵。……後味は悪そうだけどね)
躊躇う理由など、何処にもなかった。
「遊びの時間は終わりだぜ。――そろそろ消えな……!」
これ以上、鬼ごっこに付き合っている暇もない。相手が子どもの姿をしていようと、小田切の戦士としての心が揺らぐ事も無い。
全身全霊。小田切は鬼切に自らのアウルを限界まで込め、
振り抜く。
「――――ぁぁぁッッッ!!!」
黒い光が、衝撃波が、子どもの体を引き裂く。
断末魔の叫びをあげた人型のサーバントは、
そのまま倒れ、
動かなくなった。
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「……サーバントだと分かっていても、やはり後味の悪さは残るな」
倒したサーバントの死体を見て、榊はそう零した。
よく見れば、服の下や関節等、人間としては多少違和感のある部位もある。けれど全体をみれば、それはどうしてもただの子どもにしか見えない。
「まあ、いい。この不快感は次に天魔にあった時に存分に晴らさせて貰うこととしよう」
エイネは戦いのあと、巻き込まれて怪我をした人間がいないか確かめていた。
結果、どうやらあのサーバントにやられた人はいないと判明する。精々、避難中に転けて擦りむいた人がいるくらいだ、と。
「お疲れさまです」
全てが片付いたあと、警官は撃退士達に敬礼した。