●牛
「このクニのケモノはヒトをたべないのですね。なにをたべますか?」
「え、シロさんのとこは食べるんですか? ……牧草とか、かなぁ……」
シロ・コルニス(
ja5727)の素朴な問いに、藤沢薊(
ja8947)は少し面食らいながら答える。
咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)は、シロが上半身裸なのが気になるのか、チラチラと見ながら戦闘を進む。
「ケモノにたべられる。シロのムラではよくあることです」
喰うか喰われるか。
狩猟文化の中で生きていたシロにとっては、今回のような構図は当たり前のことだった。
彼が被っている牛の頭蓋骨も、そんな生活の中勝ち取った強い戦士の証なのだろう。
思えば、彼程牛退治に適した生徒もいないかもしれない。
「そうなんだ……」
藤沢は呟きながら、(まぁ、今まで、反乱起きなかったのも、不思議かな?)と思う。
『クワレクワレレ! ウラミ! ツラミ! ハラミ!』
『ニクニクオニク! ニンゲンニクイ!』
と、何処か気の抜けた鳴き声が三人の耳に入る。見れば、牛の放牧場だったと思われる場所に、三頭の牛に似た何かがいた。
「何か馬鹿そうね」
咲はそう言いながら、くんかくんかとビーフ共の匂いを嗅ぐ。
「このピリッとくるにおい……」
カオスレートはプラス1だと、咲は二人に伝える。スキル『中立者』を使った様だ。
「それでは、頑張って行きましょう♪」
明るい声で、藤沢はリカーブクロスボウA52を構える。
シロも頷いて光纏。ロングボウを実体化させる。が。
(あ、戦闘時も半裸なんだ……)
咲はシロをチラ身して、思う。彼は魔装を一切装備しておらず、来た時のままただのズボンを身につけているのみだ。しかも裸足。
それで大丈夫なのかなぁ、と心配になるが、シロにとってはそれが一番楽な状態なのだろう。
「憎い……憎い憎い憎い憎い……テメェら見てるとうざってぇ!」
開戦、瞬間、豹変。
藤沢の口調は先程までとは打って変わって、憎しみに満ちた乱雑なものになる。
彼の周囲には黒い薔薇が舞い、弓は赤黒い霧に包まれていた。
華弾『Black Rose』。彼のその憎悪は、天を退ける魔界寄りの力。
『ブモゥッ』
藤沢の弓撃が、ビーフの胴体に突き刺さる。ビーフは悲鳴めいた鳴き声を上げると、藤沢へ突進する。
その肉体へ、もう一本の矢。見つからないよう身を潜めていたシロが放ったものだ。
「このクニのケモノは、どれもおとなしいですね」
確実に狙いを定めながら、一言。
ビーフとて、安穏と受け続けていたわけではない。が、それでもシロの目には大人しく見えるらしい。
彼は、今までどんな猛獣を狩って来たのか。
それは分からないが、頼もしい。
「ジェーロニモー!」
咲は突撃して来た別の牛へ、雷桜という銘の槍を構える。
その穂先には、黒い闇。咲もまた、スキル『ソウルイーター』の力でカオスレートを下げていた。
「食べられないくせに生意気よ!」
狙いを付けるような細かい真似はしない。ただ最大の力で、咲はビーフを突き刺す。
『ブモゥッ! オニクニクイ! ニンゲンウラミ!』
突かれながら、壊れたラジカセのように叫ぶビーフ。恐らくその意味は、彼ら自身理解していまい。
(家畜の概念を仮にも理解してる天使がいるってことかしら。スゴイスゴイ)
言葉を聞き流しながら、咲は思う。
「てゆーか誤解か。天魔社会はいわば狩猟・採集民の段階のまま進んでるから、農耕・畜産のことがちゃんとわかってないわねー」
彼女は悪魔であるが、人間界にいた時期の方がずっと長いらしい。だから、人間のこのような文化もきちんと理解している。
(人間は狩猟・採集の段階にあったときから、なんやかやで収穫に感謝してたわ、天魔と違って)
いただきます、ごちそうさま。
食物となったモノ達への感謝の風習は、太古から現代まで無くなっていない。
「ほんとに家畜の概念がわかってんなら、ゲート内での生命を保証して人間を歓待するはずよ」
たとえ最後には喰うのだとして、天使には人間に対する感謝を感じない。
『ウラミ! ニクニクイ!』
と、もう一頭の牛が咲へ突進していく。が、そこへまた矢が飛んで行く。
「何処見てんだよォ? お前の相手は此方だぞ……」
それは藤沢の援護射撃だった。彼らが狙っていた牛は、既に地に伏している。
「たべなければ、ころさなければ、こちらがしんでしまいますから」
シロが、その亡骸を見て呟く。
「ニンゲンにたべものをもらうなら……たべられる、しかたないでは?」
恨み等、口にした所で。その命を育んだのは人間だ。人間がいなければ維持出来なかった命だ。
殺される事に文句は無いが、そうであるなら殺す事に文句を言われる筋合いもないのだ。
シロとって、それは至極自然な事だ。
だから彼は、弓を引いた。
●鶏
所変わって、鶏小屋への道中。
「家畜かー、何のつもりなんだろう。家畜の反撃?」
アナスタシア・スイフトシュア(
jb6110)は、聞いた話を思い返しながら考える。
(そんなん、あんたらも家畜扱いの連中の反撃で痛い目あってんじゃん。自分にも跳ね返る皮肉って、ほんとお馬鹿なの)
彼女は天使。つまり、今回のサーバントを作った者と同族だ。そんな彼女から見ると、制作者の考えは浅はかに思えて仕方ない。
「結局家畜型サーバントって事は家畜の下剋上にはならんよなー?」
白陽 ジンフィンス(
jb4337)も、ふっとそんなことを口に出す。
今暴れてるそれは、家畜ではない。ただその形を模しているだけだ。であれば尚更、意味がわからない。
とはいえ、悪魔の自分には関係ないことだと、白陽は思い直す。
依頼に専念しよう。彼はその足を活かして、同行者より早く鶏小屋へ向かう。
『コケケココッ! ニンゲンニクイニンゲン! クワレレウラミ!』
さて、鶏小屋では、チキンサーバントが人間への恨みを口走っている。
「食われた恨み、なあ……」
乾 政文(
jb6327)はそれを聞き、溜め息混じりに呟いた。
ムカつくとも何とも思いはしない。本当に鶏達がそう思っているとして、人間が今やられていることと同じだ。
ただ、人間は他の生き物に勝ったからそうなってるだけ。
(いま人間が負けちまったら、こうなるんだろうな)
戦いがそこにあるのなら、天使も人間も悪魔も、畜生も変わりはしない。
「平等平等……でもって上等だっつうの」
彼の両手には、ラピダメンテという二対の銃。乾はそれで、チキンを狙い撃つ。
バン! 銃声と共に、チキンが一匹動きを止める。弱い。
アナスタシアはヒイロに輝く太刀を振るい、鶏共をなぎ倒して行く。長い刀身は小さな敵に向かないが、少々外した所で、今度はこちらが反撃を避ければ良い。
「二匹目……三匹目っ……」
チキンを倒しながら、彼女は仕留めた数を覚えておく。討ち漏らしが無いようにだ。
『ケッコココククワレッッ!』
と、奥から複数の鶏が二人の方に駆けて行く。見れば、奥から白陽が影手裏剣を用いて鶏を誘導していた。
乾は向かって来たチキンを鉄拳で殴りつける。が、やはり小さめなチキンには向かない武器なのか、当てるのが面倒だ。
代わりに乾は、チキンの攻撃方向を先読みしながら、クラルテというワイヤーを広げて行く。
走り回るチキン共は、それに引っかかり、引き裂かれる。
アナスタシアは空中から薙ぐように一撃。「十二、十三……」それからすぐに離脱と、着実に数を減らして行く。
白陽は逃げて行きそうなチキンを狙って白虎八角棍で潰して行く。
と、その背後を一匹の鶏が狙うが、アナスタシアがその鶏をアイスウィップで薙ぐ。
数が多くて面倒だと感じた乾は、サンダーブレードで足止めも狙い始める。
鶏退治、順調に進行中。
●豚
(支配されている者が支配している者に反感を持つのは解らんでもない)
養豚場への道すがら、恭夜(
jb6418)は物思いに耽る。
(だが奴等のやってることはその考えを逆手に取り悪用し、己の力を誇示しようとしているに過ぎん。こんなものは下克上でも何でもない、ただのエゴの塊だ)
恭夜の顔に、僅かながら嫌悪感が浮かぶ。だが彼は、それ以上余計な事は考えない。
「きっと、この眷族を作った天使は「どや顔」でござろうなぁ」
エイネ アクライア(
jb6014)は、今回のサーバント作成者に、そんな感想を抱く。
「が、天使も悪魔も、家畜と侮る人間に反撃されている事をどう思っているのでござろうか?」
支配者が支配されるものに反撃されるというのなら、それは天魔とて同じ事。「多分その事は一切考えておらぬのでござろうが」とエイネは付け足す。
「エイネはどうなんだ?」と、梶夜 零紀(
ja0728)は彼女に問う。
「拙者でござるか? 拙者は、人間を家畜と思った事はないのでござるよ。上司や同僚はそうでもなかったでござるが」
彼女は悪魔だが、人間を見下すような考えは持っていない。それどころか、人間の持ち得る力に強く興味を抱いているのだ。
「どちらかと言えば、猟師と獲物の対決、でござろうか。一方的に狩るのではなく、油断すればこちらが死ぬ、真剣勝負でござるな」
エイネの考えは酷く単純で、しかしそれ故にシンプルな事実なのかもしれない。
それは別の班の仲間と同じ考えなのだが、居合わせなかったので知る由もない。
『ブヒァ! ニクイニクイオニクニクイ! ニンゲンオニクニニクイ!』
養豚場では、ポークサーバントが激しい鳴き声を上げていた。
憎い、憎い。鳴き声はそう聞こえるけれど、意味を分かっているとは到底思えない。
『ニクニクイ! クワレタウラミ! ブッヒャァ!』
「知能がないのなら、レコードと一緒だ。 ただ同じ内容を繰り返すだけ……気にする必要はない」
梶夜はポークの叫びをそう断じると、ワイルドハルバードを構える。
「それより、一匹も逃がさないようにしないとな。町に被害を出すわけにはいかない」
数だけは多い。撃退士にとっては大した事のないサーバントでも、一般人にとっては十分すぎる脅威だ。
「人里に出る前に駆逐しねぇと。これ以上面倒臭くなんのは御免だ」
恭夜も、梶夜と同じ考えだ。といって、彼の場合には『街に出たサーバントを探すのが面倒』という感覚も強く混じっているだろうが。
梶夜が前に出て、ポーク共を引きつける。
「悪趣味に造られた哀れなサーバント……来い、今すぐ土に還してやる」
ブヒブヒと豚が集まって来た所で、梶夜はハルバードにアウルを集中。ぶぅんと振り抜き、黒い光の衝撃波を発生させた。
『ブッギャァァ!』
集められた豚はその衝撃派に巻き込まれ、悲鳴を上げる。
『ニククニククニンゲンオニクゥ』
エイネは闇の翼を展開し、紫電を纏った刀で上空から抜刀、一閃。
『ブヒャッ』と豚は短く叫び、その場に崩れ落ちる。何度か同じ攻撃を繰り返した後、エイネの刀は紫電から緋炎へと変わる。
「こんがり焼けてしまうのでござるよー!」
通常、アウルで生み出された炎は本物ではないが故に、燃え移ることはない。
だがアカシックレコーダーの力は、ポークサーバントを本当の焼豚へ変える事に成功する。
最も、だからといって食べて良いわけではないのだが。美味しそうに焼けたサーバントの死骸を見て、エイネはぐぅと腹を鳴らした。
『ブヒァァァア!』
敗色濃厚。彼らにもそれが分かったのか、狂気じみた叫びと共に突っ込んで来る。
恭夜はそれをがっしりと受け、氷の鞭で着実にカウンターを仕掛け、潰す。
それが、最後だった。
豚達は全て倒れ、養豚場に静寂が訪れる。
「……そうだ、連絡だったな」
梶夜がケータイを取り出し、他の班と連絡をつけようとする。
と、それを見てエイネもらく●くホンを取り出した。
「拙者も、立派な人界通でござろう!」
彼女はドヤ顔。確かにそれは人界通というか、人界で長く生きたご長寿向きのアイテムなのだが。
彼女が他の班へ電話しようとした瞬間、彼女のらく●くホンが鳴動。
『ウシのとうばつ、おわりました』
シロが電話をかけて来たのだ。どうやらポーク班も仕事を終えたらしい。
『鶏も終わったらしいわね! そっちはどう? 終わった?』
声がシロから咲に変わる。梶夜の方からも、「鶏終わったって」と言われる。
家畜の反撃、無事鎮圧。
●
牧場主の遺体は、養豚場にあった。一目ではそれとわからない程、食い荒らされていたのだが。
梶夜はその亡骸の前で十字を切り、祈る。
白陽は手を合わせ、藤沢も黙祷。
「あ、それ持って来たのね?」
「はい、つよきセンシのアカシとして。いけなかったでしょうか」
「そうねー。多分大丈夫なんじゃないかしら」
シロが手にした牛の角を見ながら、咲は答える。悪用するわけでなく、ただ持っているだけなのだろうし。
「俺は鶏肉が好みだなー。あ、普通の方な。恐兄は?」
「俺は……そうだな……」
白陽に話しかけられた恭夜は、煙草をふかしながら考える。
今回同じ戦場に立つ事は無かったが、二人は腐れ縁のコンビだった。この後も、二人で雑談しながら帰るのだろう。
「わざわざこんな仕掛けをするという事は……どこかで、俺達の様子を見ているのかもしれないな」
ぽつりと、梶夜が呟いた。
こんな嫌がらせじみたサーバントを作る奴だ。それくらいしていてもおかしくない。
彼はそう考えるが、しかし、そいつを探す事はしなかった。
戦場には来なかったのだから、見つける前に逃げられてしまうだろう。
ともあれ、今は勝ったのだ。それだけで、充分な成果と言えるだろう。